「はい本日も始まりました! 今日はなんの日!? 本日2/22は〜?」
…………。
……ねこの日か?
「はいっせいか〜い!」
最初からクライマックスなテンションで突然絡んでくるソフィ。
どこでハイテンションスイッチがはいったのかは分からないがとても嫌な予感がする。
こういう時のソフィは暴走列車だ。巻き込まれたら確実にろくな目に合わない。
「そう、2/22はねこの日です! つまり今日はニャンニャンなあなたたち二人が主役の日なんです!」
あなたたち二人。てっきり自分だけなのかと思ったがどうやらそうでもないようだ。
「……えっこれボクまで巻き込まれるの……?」
離れたところで傍観を決め込んでいたイルミカが心底嫌そうな顔を見せる。
自分は関係ないと思い込んでいたようだが、現実は非常である。イルミカも既にソフィの射程距離内に入っているのだ。
「知らなかったかしら? お姉ちゃんからは逃げられないのよ!」
「なんでだろうね……ソフィがまるで魔王か何かに見えるよ……」
首を縦に振り無言で同意しておく。
「つまりあなた達は勇者……まさに主役ね……。
なんだかんだ言って二人とも主役になりたかったのね……もうっ素直じゃないんだから……でもそんな所がカワイイ!」
誰かこの暴走列車を止めてくれ……。
誰も自分たちが勇者だなんてことは言ってないし主役になりたいとも言っていない。
「会話が成り立たない……まったく、コレのどこが穏やかなのかね? ボク以上のスピードで会話を投げてくるじゃないか! ドッチボールやってるんじゃないんだからね?」
……普段なら会話も穏やかなんだ。
スイッチさえ……お姉ちゃんスイッチさえ入らなければ……。
「ほぼ毎日スイッチ入ってないかい? 少なくともボクは穏やかなソフィをほとんど見たことがないんだが……」
「それはイルちゃんが素直になれない可愛い弟もとい妹だからよ……! そんなのお姉ちゃんになるしかないじゃない!」
「いや、訳が分からないのだが……」
……まあ分からなくもないな。
「えっ」
「でしょー!? イルちゃんが可愛すぎて私、自分を止められなくなっちゃうの……。
天然のお姉ちゃんキラーよ……恐ろしい娘……! ああっイルちゃんカワイイ!」
ソフィの気迫にたじろぐイルミカ。……心なしか、イルミカの顔が赤くなっている気もする。
「ぼ……ボクのことはもういいからっ……何か別の話を……あっそうだ、ねこの日! なんで唐突にボクたちを主役にーとか言い出したんだい?」
あっまずい。
焦ったイルミカは話を自分のことから逸らそうとしたが、その逸らした先が不味かった。
ソフィの眼が怪しく光り、ふっふっふ……と笑い嬉しげな表情になる。
「よくぞ聞いてくれました!」
ああ……こうなったらもう止められないな……。
イルミカもソフィの反応を見て、ようやく自分が地雷を踏み抜いたことに気付く。だがもう遅い。
「私思ったのよ、2/22がねこの日って呼ばれるのはニャーニャーっていう鳴き声から来てるんでしょ?」
「……あ、ああ……そうらしいね」
「でも二人とも、猫なのにニャーニャー言わないじゃない?」
……いや、人間の言葉が喋れるのにわざわざ猫の言葉で喋る必要は無いのだから当然だろう。
「でもニャーって鳴く猫ちゃんはすごく可愛いじゃない! それを可愛い可愛い弟妹たちがやってくれたら可愛いの相乗効果ですっごいことになると思ったの。
そんな訳であなたたちを喜ばせてニャーって言わせたいのよ!」
どんな訳だ。
「理解できない……」
突然興奮しだすソフィ。正直こわい。
「私ね、折角のねこの日だからあなたたちの喜ぶことをしたいのよ……思わずニャーって言っちゃうくらいに喜んで欲しいの。
ねこの日だから主役だからって名目で思いっきり甘やかして喜ばして、あなたたちのカワイイ姿をこの目に焼き付けたいの!」
「ひっ……」
イルミカに迫りながらそう力説するソフィ。
ソフィのその気迫にイルミカは完全に怯んでいた。可哀想に……強く生きて。
……しかし、喜ばすとは言ってもそう容易くできるものでも無いと思うのだが。既にイルミカは喜びとは真反対な感情に包まれている。
「そこはお姉ちゃんに任せなさい! どんなことをすれば喜ぶのかなんて余裕よ。お姉ちゃんには全てお見通しなのよ!」
「……全てお見通しとはこれまた強く出たね……とんだ自信じゃないか。
そんなことが本気で出来るとでも? シュトならまだしも、このボクを喜ばせようだなんてね」
調子が戻ってきたのか強気になるイルミカ。確かに、あのイルミカをニャーニャー言いながら喜ぶ姿なんてまったく想像できない。
なるほど、イルミカが強気なのもよく分かる。これは流石のソフィでも不可能かもしれないな。
「ふふっ、勿論本気よ?」
しかし、当のソフィは自信に溢れたその顔を止めようとしない。
はてさて、その自信は何から来るものなのか……。
「それじゃあ見せて貰おうかな? どうやってボクを喜ばせてくれるのか……少しボクも気になってきたよ」
「ふっふっふ、これを見てもその余裕は保てるかしら?」
自信に溢れた表情でそう言うと、ソフィは懐から何かを取り出した。
こっ……これは……!
「……これは……。……ねこじゃらし……?」
「そう! ねこじゃらしよ! さあイルちゃん、存分に飛びつきなさい!」
ねこじゃらし。……そう、ねこじゃらしだ。
確かに、ねこじゃらしは猫の遊び道具ではある。実際に飛びつく猫も多い。
だがしかし、ねこじゃらしでの遊びはある意味狩りごっこである。その気が無ければまったく意味はないのだ。
「……ふざけているのかい? ボクを鳴かせるくらい喜ばせたいなら、思わず飛びつきたくなるようなものでもないと。
その程度のもの、我慢しようという意識すら必要ないね」
「……あれ? えっ……。うーん、おかしいなあ……これならいけると思ったのに……」
「考えが甘いんじゃないかな? まあそもそもが土台無理な話だったのさ」
「……くっ、いやまだよ! 今度こそっ……これなら飛びつくほど喜ぶはずよ! 喰らいなさいっ!」
イルミカの辛辣な言葉にもめげずにソフィは次の一手を打つ。
はてさて、彼女が懐から新たに取り出した物とは……。
「……これは……、……かつお……節……!」
なんだかソフィから美味しそうな匂いがすると思っていたが……まさか、かつお節を懐に忍ばせていたとは……。
かつお節は猫にとってのご馳走である。確かにこれは飛びつきたくもなる……自分も正直言って飛びついて今すぐに食べたい。
「ふふっどうかしら?」
流石にソフィの目的は十分理解しているので我慢している……。
だがイルミカは、ここよりもさらに近くにかつお節があるのだ。かつお節の美味しそうな匂いもさらに強いだろう。
これは流石のイルミカも厳しいか……?
「…………。……くっ、確かにこれは強敵だね……。
だがね、ソフィ……ボクがこの程度で屈する訳がないだろう……」
イルミカの意思は折れていはいなかった。
だがしかし、イルミカの目線はバッチリかつお節に注がれていた。
さて、ソフィはどう動くか……とソフィを見ようとした。
「……さあ次はどうす――」
……だがそこに、既にソフィは居なかった。
「――えっ?」
イルミカがかつお節に目線を向け意識を逸した一瞬、その隙さえあれば十分だったのだろう。
ソフィはまるでブーストを使ったかのような速度でイルミカに近づくと、一瞬で組み伏せる。
「油断したわね?」
「なっ……」
ソフィは組み伏せられたまま自由の効かないイルミカの身体を器用に動かし、ひざ枕の形へと持っていった。
それは一秒足らずの間の出来事であった。
「ボクは一体何をされて……って、ソ……ソフィ……? なっなんでボクこんな姿勢に……」
イルミカはまだ事態をあまり把握していないようだった。
そんなイルミカの身体に、ソフィの手がゆっくりと迫る。
「……さあイルちゃん……? 覚悟は良いかしら……?」
「えっなっ……何をす――」
――――――
それから一時間後、ソフィは満足したのかその手をイルミカの頭から離した。
ひざ枕という名の拘束を解かれたイルミカだが、その姿は見るも無惨なものであった。
「にゃっ……にゃんでぇ……? こっ……こにょぼくがぁ……。こんにゃっ……こんにゃあ……ぁぁ」
ひざ枕をしかけてから先は、本当にソフィの独擅場だった。
自由を失ったイルミカの頭を、ソフィはひたすら撫で続けたのだ。
頭のてっぺんを、首すじを、頬を、喉を、耳を、一時間ひたすらに撫で続けたのだ。
「やめて……ってぇ……もぅやめてっていったのにぃ……」
ひざ枕をして頭を撫でる。それしかソフィはしていなかった。
だがしかし、絶妙な力加減で繰り出される心地良いソフィの撫では、イルミカをいとも容易く崩落させた。
「ごめんねイルちゃん、イルちゃんの反応がとってもカワイイものだからお姉ちゃんちょっと張り切っちゃった!」
テヘペロとでも言うように舌を出して謝るソフィ。
だがしかし、その仕草からにじみ出るのは可愛さよりもどこまで行っても底が見えない不気味さであった。
「にゃあぁ……」
焦点の合っていない顔で今日何度目かのニャーを漏らすイルミカ。
……そう、既にイルミカは撫でられている間に何度もニャーと言っていた。
しかしソフィは目標達成しているのにも関わらずその手を止めることはなかったのだった。
「……あっそうね! そういえばそんな目標もあったわね! それじゃあ今回は私の勝ちってことで!」
イルミカは最後に「にゃぁ……」と呟くと、そのまま動かなくなってしまった。
恐ろしい……なんて恐ろしい奴なのだソフィという少女は。
恐怖に震える自分をよそに、ソフィは立ち上がりツヤツヤとした顔でテーブルに向かいコップの水を飲みにいく。
「ふぅ……一仕事終わった後のお水は格別ね……」
イルミカがソフィの餌食になっている間、自分はソフィの迫力とその恐ろしさのあまり固まっていた。
次は自分が餌食となると分かっていながらも逃げることができず、まるで断頭台で処刑を待つ囚人のような心持ちで立ち尽くしていたのだった。
……しかしソフィは、どうやらイルミカだけで満足したようだった。
助かった……と緊張をほぐして、寝て全部忘れようと自室へと足を進めた……が――
「……ねえ、どこに行くの……? 次は……あなたの番よ、ご 主 人 様 ?」
俺は窓をぶち破って我が家を飛び出した。
そしてルミエストへと続く橋に足を踏み入れた辺りで、時を止めたソフィによって拘束された。
……そこから先の記憶は無い。
イルミカもまた、ソフィに拘束されてからの記憶は無くなっていた。
全てを知るのは、まるでプチでも食べたみたいにお肌がツルツルなソフィただ一人であった。
「ふふっ……」