「――マスター、ワタシと一緒にデート、しよ?」
――最近、コトルシィの様子がおかしい。
――――――
ここの所、コトルシィは一人でずっと何かを悩んでいるようなのだ。
少しでも力になれたらと思い、とても真剣な表情のコトルシィに声を掛けてみたこともあったが――。
「――……いえ、大丈夫ですマスター。どうかお気になさらずに」
――この通り、拒否されるのだ。
それならばとソフィにも話を聞いてみたが、あのソフィですらも、コトルシィの悩みの内容は聞かされていなかった。
「――自分一人の力で考えて、答えを出したい。それだけ、その悩みがコトちゃんにとって大きなモノで、そしてそれだけコトちゃんが真剣、ってことなのよね。きっと……」
コトルシィは賢い娘だ。必ず、その答えは見つけられるだろう。
下手に心配をするよりも、彼女を信じて、俺は待つべきなのだろう……。
――――――
――まあ、そうは言っても心配になってしまうのは親心というものなのかはたまた……。
……いや、きっと、親心ではなく純粋に不安になっているのだろう。
「……マスター……? ……ダメ、……ですか……?」
現実逃避気味な思考を止め、目の前の、全く現実とは思えないこの現実と向き合う。
本当に、最近のコトルシィは様子がおかしい――。
――まさか、あのコトルシィが、赤面上目遣いでおねだりをしてくるとは……。
「………………」
困惑の中で、その真意を探ろうと彼女の瞳を覗けば、同じように彼女の瞳は、真意を探るようにじっと見詰め続けていた。
ただでさえおかしい、コトルシィらしくないあざとさを見せたと思えば、またすぐこうやって、無機質で知性的な眼差しに変わるのだ。
これが、一度ならず二度も三度も何度でも、おねだりにボディタッチに、果てには晩酌からの酔っちゃったアピールまで。
ここのところずっと、コトルシィのあざと無機質ムーブに翻弄され続けているのだ。本当に訳が分からない。
……まあ、それはそれとして当然おねだりは聞き入れるのだが。
「ありがとうございます、マスター……♪ ……ところでマスター、何故マスターはワタシのお願いを当然のように聞き入れてくれるのですか?」
それは勿論、コトルシィが大切な仲間であり、自分がコトルシィのマスターであるからだ。
それと、何か不自然さがあるとはいえ、いつも皆の為に頑張ってくれているコトルシィの、珍しいおねだりなのだ。応えたいと思うのは当然だろう?
「……ありがとうございます」
何故だか、少し不服そうな色を瞳に見せるコトだが、やはりその真意はさっぱり読むことができないのだった。
……まあ、真意の話で言ったのなら、あざと可愛い仕草をするコトにドキっとしてしまい、それをひた隠しにしている自分には、探る権利は無い気もするのだが……。
「……………………」
……もうじき夜も近い。さあ、皆が待つわが家へと帰ろうじゃないか。
彼女の探るような視線を無視してそう提案する。
「………………ぁっ…………」
コトルシィの微かな声が聞こえ、帰路に向かう身体は振り返させられる。
「…………あっ、……いえ……マスター、……なんでも……無いです……」
そこには、明らかな迷いの表情と、白く細い手指を伸ばしかけて止めたコトルシィの姿があった。
…………どうしたんだ、コト。……何でも言ってくれ。
「……あ、……あの……ワタシ、まだ……いや、えっと、……なんというか……」
いじらしい様子のコトルシィに、瞬刻、鼓動が早まるのを感じた。
……いや、良くないな……こういうのは……。
最近のコトルシィの行動の所為か、近頃マスターとしての自覚と自重が緩んでしまっている気がする。
しっかりと引き締めていかなけれ――。
「…………すみません、…………ワタシ、まだ帰りたくないです……マスター…………」
――――…………うぐぁわ。
胸に致命傷を負い身体が固まる。
……いや、これは反則だって……。
こんなん、堕ちるなって方が無理な話だろ……。
「…………すみません、マスター……ワガママを言ってしまって……」
静かに落としたコトルシィのその悲しげな瞳で、俺の身体は再び動き出した。
「…………え、…………そう、ですか……? ……はい、……ありがとう、ございます」
コトルシィの表情が、いつも通りの無機質なものに変わる。
「………………♪」
そして、その表情の中にあるコトの瞳は、明るく生き生きと楽しげに、温かく彩られているのであった。
――――――
とあるホテルの一室。
俺たちはコトルシィの要望で、ディナー付きのホテルに一晩泊まることにした。
たまには二人きりでの外泊も良いかもしれないな。
「マスター、ここのディナーはとても美味しかったですね」
まあ、一流のプロの料理人が作っているのだからな。当然だろう。
……あー、自分も早くスキルレベル追いつきたいなあ……プロに……。
「マスターの料理もとても美味しいですよ。安心する味です」
……まあ、わが家の食事は大体自分の担当だからな。……あとたまにメイドさん。
家庭の味……と言うのは言い過ぎかな。
「いつも、美味しい食事をありがとうございます、マスター」
いえいえ、どういたしまして。
……今気付いたけど、そういえば家に連絡してなかったな。
「あっ、そこは大丈夫ですマスター。既に連絡済みなので」
そこら辺は流石コトルシィだな。
「ありがとうございます、マスター…………」
……………。
「………………」
…………ん、そうだな……なにかお茶でも淹れるか。
ほんの少しの沈黙の、微かな緊張。そんなコトルシィに温かな緑茶を渡そうと立ち上がる。
「あっ、マスター。お茶ならワタシが、」
いやいや、大丈夫大丈夫。たまには自分にも淹れさせてくれ。
……なあに、お茶の淹れ方はソフィ直伝。味は保証するよ。
「……そうですか、ありがとうございます。それではお言葉に甘えて……」
――備え付けのティーポットにインスタントなお茶の葉。
質は高級、という訳では無いのだが、中々どうしてソフィが淹れると美味くなるのだ。
「お姉様の技術と、愛情の賜物ですね……」
……そうだな……。
最愛の人を想い微笑むコトに静かに同意する。
そんなソフィに倣いながら、二つのカップに茶を注ぐ。
……ほら、できたぞ。
そう言ってコトリと、コトルシィの前にお茶を置く。
「ありがとうございます、マスター……いただきます」
細い両指でカップを持つと、ふーっと静かに水面を揺らす。
それを見届けながら、自身の分のカップを持ち軽く口付ける。
「…………ん……温かくて、美味しいです……」
ほっと、柔らかな表情をするコトルシィを優しく見詰める。
温かなお茶というものは、なんとも素晴らしいものだな……。
胸に広がる温かさを感じながらそう呟く。
「ええ、……そうですね…………」
………………。
「……………………」
静かな空間に、ただ茶の音だけが響く。
だがこの沈黙に先程のような緊張は無く、温かな居心地の良さが二人の間に流れていたのだ。
「……………………」
………………。
「――――…………マスター……」
…………ん、どうした……。
「…………ワタシが、悩んでいたのは……知っていましたよね」
……ああ、そうだな……。
「……ワタシ、ずっと一人で考えていました。自分の、感情というものを」
「以前、マスターが言っていた通り、感情というものはとても、知識だけでは分かりません……。ワタシにとっては、感情の理解、……いえ、ワタシ自身の理解というものは、とても難しいものでした」
「…………なので、たくさん悩み、たくさん考えました。時には、試してみたりもしました」
そう言って、コトルシィは俺の目をじっと見る。
……なるほど、あの行動はその為にやっていたんだな。
「はい、……その結果、分からないこともありましたが……それでも、その結果を踏まえさらに考えました」
「…………ワタシの感情を、全て理解した訳ではありません。理解できないことだらけです」
「…………ですが、……ですがワタシは、…………ワタシの気持ちに、……従いたいと思います」
そうして、決意した表情、真剣な眼差しで、コトルシィは言った――。
「――マスター、ワタシと……結婚しましょう」
――――――――
……………………。
…………コトルシィ。
……それは、……その気持ちは、マスターとして、では無く、か?
「……………………」
この言葉は、口に出さない方が良かったのかもしれない。それは、彼女を傷つけることになるかもしれない。
…………だが、この言葉は、言わなければならないと、確かめなければいけないと、そう思った。
「…………それは、……それこそが、……ワタシの悩みでした」
「ワタシでは、マスターへの想いが、主人への物なのか、異性に対する物なのか、家族に対する物なのか……分かりませんでした」
「だから、ずっと悩み、考えました。マスターへの想いが、一体何なのかを。……ワタシは、マスターのことを心から慕っております。それは、マスターがマスターであるからです」
「ワタシにとってのマスターは、ワタシの生きる目的であり、それがアンドロイドであるワタシの定めだからです」
……………………。
「………………ですが…………。…………マスターは、ワタシを家族として扱いました。マスターはワタシに命令ではなく、ワタシが自分で考え行動する為のことを伝えました」
「……ワタシに、たくさんの愛情を注いでくれました……」
「…………そうやって、マスターから愛情を頂く度に、……ワタシは、とても温かくて嬉しい気持ちになるのです……」
そっと、コトルシィは微笑む。
「この気持ちは、次第にワタシの中で大きくなりました。最初はわずかに感じられるくらいだったものが、今ではマスターのそばに居られるだけで、感じられるようになったのです」
「………………ですが、…………ワタシには、……この気持ちが、何の感情なのか分からないのです……」
そう言って、コトルシィが目を伏せる。
「……マスターは、ワタシを家族だと言って大切にしてくださりました。ワタシもそれが嬉しくて、またワタシもマスターのことをマスターであると同時に、家族のように感じていたと、思います……」
「……だからこそ、マスターへの感情は、家族に対する物なのかもしれない。そう、ワタシは考えてしまうのです」
……………………。
…………それは……。
「…………ええ、それは……分からないです……。きっとこの答えは、どんなに悩んでも、考えても、出てこないと思います……」
「ずっと、マスターと一緒に居るからこそ。マスターから、たくさんの愛情を受け取っているからこそ。マスターが、ワタシを家族として扱ってくれているからこそ。……ワタシのマスターへの想いの正体は、複雑で、理解できない物になりました……」
…………そう、か……。
コトルシィは、それでも……ずっと一人で、その答えの見えない問いに向き合っていたのか……。
「…………はい。そうですね……これは、ワタシが、自分で考え、向き合わなければいけないことでしたから」
「……一度、ヨルには話をしてみました。ヨルはワタシが悩み、考え、決断することを、尊重して、見守ってくれました」
……そうか、良い友だな……。
「……ええ。本当に……。……そしてヨルから、一つ助言を頂きました。マスターの気持ちを、確かめてみろ、と」
……そうか、だからあんならしく無いことを……。
「はい。……マスターから見たワタシが、どういった物なのか。それを知れば、ワタシの答えも分かるようになるかもしれない、と」
「結果は……、……そうですね、……多分の困惑――つまり、家族としてワタシを見ている割合が最も大きいことを確認しました」
…………まあ、そうだな……。
「…………ですが、その中に少し、……家族以外への感情も、見受けられました。かなり奥底の部分に隠されているようでしたが……」
「……きっとマスターは、あえてその感情に見ない振りをしているのではないかと、そう思いました。……ワタシを、純粋に家族として扱う為に……」
…………コトには、敵わないなあ……。
「いえ、……すみません、マスター」
いや、良いんだ。それくらい。
「……ありがとうございます」
「…………そしてワタシは、そのことを認識し、……とても、嬉しく思いました……」
「……その感情が、どこから来るのかは分かりません。ワタシを、……異性として……意識してくださったことになのか。それとも、ワタシをそれだ家族として見てくれていることになのか……」
「…………でも、ワタシが、マスターのその感情に、行動に、想いに……温かくなっていることは事実でした……」
……………………。
「…………マスター、……マスターは、言いましたよね? 感情は、理屈では無い、と。好きになる気持ちに、理屈なんて要らない、と……」
「……だから……ワタシは、……この純粋な温かさを、嬉しさを、マスターへの気持ちを、…………恋心だと、決めました」
「ワタシにとってのマスターが何なのか。それは分かりません。ワタシのこの気持ちを正確に理解することも、できません」
「……ですが、その分からないも、理解できないも、温かさも、嬉しさも、……全て引っくるめて、ワタシの、マスターへの想い」
「……ワタシの、コイゴコロです」
………………そう、か……。
…………コトの気持ちは、伝わったよ。
……俺は、コトルシィのことを大切な仲間だと思っている。そして、コトの言う通り、大切な家族として見ていた。
それは、お前のマスターになったその時から、決めていたことなんだ。
……コトルシィ、お前を道具扱いは絶対にしないと言ったな。それは、宣言であると同時に、戒めでもあった。
コトルシィは、マスターの為なら何だってする。マスターのことは、心から慕っている。
……何故なら、そういう存在だから……。それは、コトルシィの純粋さなんだと、俺は思うんだ。
……俺は、その純粋さを、絶対に利用したく無かった。
出会った頃のコトルシィは、何にでもなれたし、何にでも染まれた。俺はコトルシィに、他でも無い、コトルシィ色に染まって欲しかったんだ。
だから、たくさんのことを教えてきた……お前は元から積極的に色々なことを知ろうと行動していたから、その意志を大事に、何より、自分の意志で考え行動するように、時には促し、時には導きながら、見守ってきた。
……だからこそ、……俺はコトルシィのマスターとして、家族として、接するようにしたんだ。あくまで、見守る立場。それを崩すことは無かった。
そうで無ければ、お前を染めてしまうかもしれないと、思ったから……。
だから、見ない振りをしたんだ。俺を心から慕ってくれて、心の底から頼ってくれる異性を、な……。
…………だが……、…………お前は……答えの無い問いに自分一人で立ち向かい、決断をした。
それは、誰にだってできることじゃない……とても、とても凄いことなんだ。
それができるのは、自分という物を受け入れた、自分という物をしっかりと持った人間だけなんだ。
……だから、コトルシィはもう……コトルシィなんだ。
そして、俺は……コトルシィが真剣に自分と向き合って得た、決意を……気持ちを、受け取ったんだ。
……だから、俺も……真剣に、自分の気持ちと向き合おうと思う。
「………………そう、ですか……。…………マスターの気持ちは、伝わりました……」
暫し、瞳を閉じて呼吸をするコトルシィ。
やがてその瞳を開くと、静かに立ち上がり、俺の元へと歩み寄る。
それを迎え入れるように自分も立ち上がると、同じ高さの目線が交差した。
「…………もう一度、伝えますね――」
「――――マスター、ワタシと……結婚してください」
…………ああ、喜んで……。
――――そうして二人は瞳を閉じて、その温かさを伝え合うように、唇を交じわらせるのであった。