「今日はお家でゆっくりするのね」
お茶を運んできたソフィが言うように、今日は我が家から出ることなく居間でくつろいでいた。
ここ最近はあちこちを駆け回る忙しい日々だったので、たまにはゆっくりするのもいいだろうと考えたのだ。
ソフィやイルミカ、コトルシィにも今日はゆっくりするといいと告げている。
イルミカとコトルシィは一緒に部屋で読書をするらしい。いつの間にか一緒に読書をするくらい二人は親しくなっていたようだ。嬉しい限りである。
「はいシュトさん、お茶を持ってきましたよ。淹れたてだから気を付けて♪」
そしてソフィは二人分のお茶を淹れ、一つを俺の前に、もう一つを向かい側に置きソフィ自身もそこに座った。
どうやら今日は一緒にお茶をして過ごすつもりのようだ。もちろん大歓迎である。
「ふふっありがとう。それにしても久々ね、こうやって二人でお茶をするのも」
思えば確かにそうだった。こっちに来てからは戦い詰めだったり依頼や交易で働き詰めだったりで、あまりそういった機会は作っていなかった。
それにイルミカやコトルシィとも暮らすようになって、ソフィと二人で過ごす時間というものはさらに減っていたのだった。
「イルちゃんやコトと過ごすのも、とっても楽しいから私は構わないけどね。
……でも、やっぱりシュトさんと過ごす時間が一番好きよ。シュトさんと話してるとすごく落ち着くの」
そう微笑んでお茶を一口飲むソフィに習い、自分もお茶に口を付けホッと一息つく。ソフィのお茶は本当に美味しい。一口飲むだけで心が落ち着く、本当に優しい味をしていた。
だが、今自分の心を落ち着かせているのはお茶だけではないだろう。ソフィの柔らかな言葉が、会話が、心にすっと入り染み渡るのだった。
「本当に落ち着くわ……。ふふっ、それはシュトさんも同じみたいね?」
ああ、とても落ち着く……。そう答えてお茶を置くと、何の気なしに目の前の彼女――ソフィを見て考える。……それに気付いたソフィにそっと微笑まれて、少し気恥ずかしくなりつつ。
ソフィはこのノースティリスに来る前からの大切な仲間だ。昔から彼女は歳に合わずとても大人びた少女であった。
いつもお姉ちゃんだと自称するソフィだがそれはあながち間違いでもなく、彼女の落ち着いた物腰や常に余裕のある態度、仲間としての年長者や自分の一番の理解者として、まるで本当の姉のように優しく温かに接してくれている。
誰かの為に尽くすのが好きで、自分をもっと頼って欲しいと甘えさせようとしてくる。あまり考えたことは無いが、これが理想の姉というものなのかもしれないと思っている。
……まあそれが高じて、あの暴走列車「お姉ちゃん」になってしまうのだが。
それさえ無ければ、本当に落ち着いた大人な少女なのだが……まあそこもソフィの魅力の一つなのだと思おう。
実際にあの「お姉ちゃん」モードも、自分たちを大切に思ってるが故のものなのだから。
「そんなに褒められるとお姉ちゃん、抑えきれなくなっちゃうわよ?」
……口に出したつもりは無かったのだが……。
「顔に書いてあったわよ♪ お姉ちゃんのことが好きで好きで堪らないって♪」
そんなことは思っていないのだが……まあこれも分かってて言っているのだろう。
ソフィは人の心をまるで見透かしてるかのように当ててくる。それだけ自分たちのことを見てくれているのだろう。
そういう所からも、彼女の気立ての良さを感じるのだ。
「もうっ……そんな真っ直ぐに褒めないでよ……流石の私も恥ずかしくなってきちゃう」
今度は声に出して言ってみた所、ソフィはいつもの余裕のある態度を少し崩し、照れを隠すようにしてカップを口に付けた。
ソフィはあまり素直に褒められることには馴れていない。それは彼女自身が素直に褒めれないことを望んでいるからというのもある。
あえておどけてみせたり過剰に接したりして、少し鬱陶しがられたり(もちろん本気ではないが)、素直になれないでいる様子を見るのがソフィは好きなのだ。
だからこそ、こうやって素直に褒められることには意外と弱かったりするのだ。
「もー、からかってるの? ちょっと調子狂っちゃうわね……」
別にソフィをからかうような意図はない。
嘘一つない心からの言葉だ。本当にソフィは、良くできた素晴らしい女性だと思っているのだ。
「…………。……ありがとう、シュトさん」
顔を少し伏せ耳を赤く染めながら、ボソッとそう呟くソフィ。……ソフィのこのような仕草はあまり見られないので非常に眼福である。
まあそれは置いておくとして……実は、素直に褒められないことを望んでると言っているソフィだがそれとは裏腹に、心の奥底では褒められることを望んでいるのだ。
そんな素振りをソフィ本人が見せようとしておらず、長いこと付き合っている自分にすら話したことは無いので、そのソフィの本心を知る者は非常に少ない。
自分がそれに気づいたのも、長いこと一緒に居てソフィを見てきたからだったりするのだ。
素直にならないのがカワイイとか何とか言っておきながら、その実ソフィも相当素直じゃなかったりするのだ。
「…………うぅ……。もう、ホントに恥ずかしいんだからあんまりそういう意地悪はしないでね……?」
その言葉をあえて黙殺し、冷えてきたお茶に口を付ける。
ソフィは素直ではないと言ったが、それが最も表れているのが「甘えさせる」という行動だ。
お姉ちゃんとして皆に甘えさせようとしているソフィなのだが、実はソフィの方が「甘えたい」という欲求を強く持っているのだ。
しかし、それを素直に言えない、どうやって甘えればいいか分からないからこそ、逆に自分に対し甘えたいと他の人に思わせることで代替としているのである。
まったく、本当に素直じゃないなと思ってしまうのだが、本人のその大人びた振る舞いを考えてみると、そのような行動も仕方ないのかもしれないと思うのだった。
「……もう、何か言ってよね……。ホント、困ったご主人様だわ……。
…………。
……お茶、すっかり冷めてしまったわね。気がついたらこんな時間ね……時間が経つのは早いわね。
そろそろお茶の時間も終わりね……カップ、お片付けしとくわね」
いつもの調子を取り戻してきたのかゆっくりとお茶を飲みカップを空にすると、そう呟いて立ち上がり、自分のカップを同じく空になった俺のカップと一緒に流しに運んでいくのだった。
部屋から出ていくソフィの後ろ姿を見ていた俺は、吸い寄せられるかのように自然と立ち上がり、ソフィの背をゆっくりと追いかけた。
流しへと続く廊下を少し歩いた所で、後ろから来る気配に気付いたソフィが振り返る。
「……うん? どうしたのシュト――」
不思議そうにしたソフィのその顔に手を伸ばし、そっと頭を撫でて、いつもありがとう、ソフィ……、と呟く。
「――えっ……あっ…………」
一瞬、何をされたのか分からなかったようだったが、すぐに理解したのかその顔を真っ赤に染める。
「〜〜〜〜〜〜っ!!??」
声にならない声を上げたソフィは真っ赤な顔をさっと背けると、真紅に染まった耳を晒したまま、すたすたと流しに歩いていってしまうのだった……。
……ふむ、言葉は心からのものだったとは言え、とても良いものが見れたな……と、一人ごちりつつ自分の部屋に戻ろうと振り返った所で、うっへりとした表情をしたイルミカと目があった。
「………………」
しばらくお互い無言のまま、イルミカに冷ややかな目線で見つめられ続けた俺は、自分の背中になぜか冷や汗が流れてくるのを感じていた。
「……お熱いことで」
そう言ってイルミカは、肩をすくめながら自室に戻っていった。
なんて場面を目撃されてしまったのだろう……。
今度は自分が顔を耳まで真っ赤に染めながら、すたすたと部屋に向かって歩いていくことになるのだった。