……最近、調子がおかしい。別に熱がある訳でもないのにぼーっとして、のぼせたみたいになってしまう。
胸がとても苦しくなるし、鼓動も早くなる……特に、シュトを見ている時は。
もちろん原因は分かっているさ、そこまでボクは鈍感には出来ていない……むしろ、鈍感だった方がどれだけ楽だったろうとは思うけど。
「イルちゃーん? 調子はどうー?」
自室のベッドで横になりながらそんなことを考えていると、ソフィが様子を見に部屋に入ってきた。
今ボクは、体調が悪いと嘘をつき家で留守番をしていた。
シュトたちは街に出掛けていったが、ソフィはボクの看病をすると言って一人残ってくれた。
ただこの通りボクは仮病を使っていてるだけなので、そんなソフィに対しボクはとても申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
「熱は……、無いのよねえ……どこか痛いところは?」
心配してくれるソフィに心がチクチクと痛むが、かと言って実は仮病だったと素直に言えない卑怯なボクは、頭が痛い……と嘘を一つ呟いた。
「……うーん、頭痛ねえ……。
……とりあえずそのまま横になってなさい。また様子見に行くから」
そう言ってソフィはボクの髪をそっと撫でると静かに部屋を去っていった。
ソフィは優しい少女だ。こんなボクのために一生懸命になってくれる。いつでも親身になって接してくれる。
落ち込みやすいボクに気付いて、いつも相談に乗ってくれるのもソフィであった。
本当に優しい少女だ……ボクなんかよりもずっと魅力的で素晴らしい女性だ……。
……ボクなんかよりずっと、シュトに相応しい……。
ソフィは大切な仲間であり、ボクの姉分であり、……シュトのお嫁さんでもある。
ボクは仲間に入った時から今までずっと、二人のことを見てきた。
だからボクは二人の仲の良さをよく知っているし、どれだけお似合いかもよく理解している。
……ボクなんかが二人の間に入ることなんて出来ないということは、ボクが一番理解していた……。
嫉妬なんて気持ちはない。……あるのは羨望と、自分への否定の言葉だけ。
……冷えた部屋で一人、そっと窓を見つめる。外には純白の雪が淋しげに降り積もっていた。
――――――
「ご飯作ってきたわよイルちゃん」
しばらくして、ソフィが簡単な食事を持って部屋を訪ねてきた。
気付くともう昼頃、考え込んでいるうちにこんな時間になってしまっていた。
「……どう? イルちゃん体調は」
ソフィの持ってきたお昼を少し口にし、コップの水を飲み終えた所でソフィが声をかけられる。
少し良くなってきたよ……と心にもないことを言える自分が恨めしい。
「うーん、何が原因かしらね……もしかして寝不足とか?」
ソフィに尋ねられ、そういえば昨日はあまり寝付けなかったな……と思い出し素直に肯定する。
「うんうんやっぱり、そうだと思ったのよね! ちょっとクマも出来てるわよ? 寝不足は美容の大敵なんだから! 気をつけなきゃ駄目よ!」
したり顔でそう語るソフィを見て、やはり彼女にはかなわないな……と強く思わされた。
自分でも気付かないような所にもよく気付く……本当にボクのことを大事にしてくれてるんだな、と嬉しく思うのと同時にとても申し訳なく思ってしまう。
……と罪悪感に苛まれていた所で、そんな考えすら見通しているのかソフィがボクの顔を覗き込んでじっと見つめてきた。
「……ねえイルちゃん、もしかしてなんだけど……今何かとっても悩んでたり……しない?」
その言葉にドキリとする。
辛うじて顔に出すことは避けられたが、言葉に詰まってしまった。
……本当にソフィには何でもお見通しのようだ……。
「…………。……それって、シュトさんのこと……?」
それは明らかに確認であった。
多分、ボクの考えなんて始めから全部分かっていたんだと思う……。
ボクは白状するように目を伏せ息を吐く。
……本当にソフィはズルい人だ……。
……そして、……優しい人だ……。
「やっぱりそうよね……」
全てを分かっていた上で、ソフィはボクにここまでしてくれた……泥棒猫だと思われても仕方ないというのに。
本当にソフィは、ボクなんかのことをとても大事にしてくれている……申し訳ないと思うくらい……。
「…………。はあぁ……」
ソフィの深い溜息を聴き、思わず身体をビクリと跳ねらせてしまう。
「ああ、違うのよイルちゃん……どうして皆素直になれないのかなあって思っただけなの……。
……まあ多分イルちゃんは、シュトのこと好きになっちゃったけど既にお姉ちゃんがいるし、それにボクなんて相応しくない〜なーんて思ってるんでしょ?」
気遣うような顔を見せるソフィ。……そんな顔をしないで欲しい……。
ソフィにボクの考えを全て読まれていたことには驚きは無かった。ソフィのことだからそれくらい、最初から全部分かっていたのだろう。
「そうよね、イルちゃんはそんな風に考えちゃうのよね……分かってるわ……。
……もう、ホントおばかちゃんよ……もっと自分のやりたいようにすればいいのに」
……だって、シュトにはソフィの方がお似合いだし……。
シュトにとっての特別は、ソフィ……でしょ?
「…………。
……はあ……イルちゃんは分かってないわ……。
……本当に、何も、分かって、ない……!」
ボクの言葉を聴いたソフィはまた深い溜息をつくと、突然語気を強めて詰め寄ってくる。
……ボクは一体、何が分かっていないのだと言うのか……。
「……あのねえイルちゃん、あなたはシュトさんから特別に見られてないと思ってるかもしれないけど、そんなこと、一切無いのよ……!」
……えっ?
「あの人はね……イルちゃんのこと、私と同じくらい大事に大切にしてるのよ? もちろんただの仲間よりもっとずっと特別な相手としてね。
……こういうの、あの人普段隠しちゃうから分かりにくいとは思うけど……全く本当に皆素直にならないんだから……」
ボクがシュトから特別視されてる……?
ボクのことを少し女の子として意識してくれてるのは何となく分かってたけど……そうじゃなくてもっと特別に思われてる……の?
「うん、意識されてることくらいは分かっていて安心したわ……でも、それだけじゃなくね……。
……イルちゃんのことをちゃんと見ているのよ、あの人は……いつもあなたのことをとっても気にかけているのよ?
……実はね……あなたが落ち込んでる時、それに真っ先に気付くのはいつもあの人だったのよ」
……ボクは時々、小さなことでくよくよと落ち込んでしまう……。それにいつも気付いて相談に乗ってくれるのは目の前のソフィだった。
……でも、それは少し違うのだという……。
……そんなことなんて全く知らなかったボクは少なくない衝撃を受けていた。
「イルちゃんのことを大切に思っているから、いつも気にかけているから、あなたの少しの変化にもすぐに気付くのよ?
でもね……あの人、自分が相談に乗ってもイルちゃんに気を遣わせちゃうからって言っていつも私に任せて、自分がしたことは全部秘密にしているのよ……あなたの為を思って。
ホント、バカな人よね……」
……正直言って、ボクはソフィの言っていることを信じきれていなかった……だって、ボクの知らない所でシュトが色々やってくれていたんだって、そんなこと……急に言われても実感湧くわけないじゃないか……。
「まあ急に言われたらそうよね……うーん、それは本人に確認してみるしかないんじゃないかしら?
信じるかはイルちゃん次第な気がするけど……。
……あとはそうね……今日私がここに居るのも、あの人からあなたの様子がおかしいから看てやってくれって頼まれたからなのよ?
――いつもは多少具合が悪くても無理しようとするイルミカが、今日は休んでいろって言っても、いや、ただ昨日あまり寝付けなかっただけだから大丈夫さ……っいうイルミカが、自分から休みたいって言うなんて何かあったに違いない……!
……なーんて言ってきたからよく見てみたら、ホントにいつもとちょっと違うじゃない……なんかソワソワしてるというか……だからこうやってお留守番をしてるのよ」
ソフィのやけに具体的な――恐らくシュトの言葉をそのまんま真似たのであろう言葉を聴き、そしてこの前熱を出した時にしたシュトとのやりとりを思い出し……。
……ようやく、……シュトがボクのことを特別に見てくれていたことを、実感として、……理解することが出来た……。
「……ふふっ、ようやく理解出来たみたいね。
……あなたがどれだけあの人から特別だと思われてるのか」
……理解した、……理解してしまった……。
……なんだか、とっても……顔が熱い気がする……熱を出したあの時よりもっとずっと熱い気がする……。
「うん、耳まで真っ赤! とってもカワイイわ!
まったくもう……両思いだってのに、あと一歩踏み出せばいいのにお互い全然素直にならないんだからもう……何がボクには相応しくないからよ……なにが大切な友人だからよ……こんなにお似合いなのに遠慮なんてしちゃって……もう……。
……でもこれで一歩が踏み出せるわよね?」
満足そうな顔をしたソフィがボクに優しく問いかける。本当に、本当にソフィは優しい人だ……。
ソフィがボクの仲間で、ボクのお姉さんで、本当に良かったってボクは今心の底から強く感じている。
……しかし、ソフィは本当に良いのだろうか……ボクがシュトと結婚しても……。
シュトのお嫁さんという位置は、今までソフィだけのものだったのに……それをボクが……。
「………………」
そう問いかけてみると、ソフィは唐突に無表情になって無言になる……。
……ああ、やっぱり駄目だよね……ボクなんかが――
「…………うん……?
……なんというか……今更ね……? 本当に今更ね……。
……良い? イルちゃん、私は最初からずっとウェルカムだったのよ? ここだと重婚なんて珍しくないし、シュトさんとイルちゃんがお似合いなのは最初っから知ってたし、イルちゃんと結婚してもシュトさんは変わらないって本気で信じてるのよ?
むしろ駄目な部分が見つからないわよ!!」
――ってあれ……? 何か想像してた反応とは全然違って……。
……ボクは、……本当に、本当に……良いのかな……?
「それに、イルちゃんが結婚したら血縁上の姉妹みたいになるじゃない!! イルちゃんが妹的な存在から実質妹! もしくは本当に妹になるのよ!! そして私が本当のお姉ちゃんになるの!! 素敵だと思わない? イルちゃん、なんならもう今すぐ結婚しなさい!! そして早く私のことをお姉ちゃんって呼ぶのよ!! いいわね!?」
……うん、これは嘘偽りなく本気で歓迎してるやつだね……。
突如として目をギラギラさせて興奮してまくしたてるソフィ。
いつものソフィに思わず苦笑いをしながら、窓の外を見る。
……気がつくと雪はやんでいて、暖かな日差しが差し込んでいたのだった。
「すっかり晴れたわねえ……。
……さ、あとは二人でシュトさんたちの帰りを待ちましょうか!
……あっ、お昼のおかわりいる?」
ソフィの問いかけに、お願いするよと笑顔で答える。
楽しそうに食器を持って出ていくソフィの背中を見て、一回くらいならお姉ちゃんと呼んでもいいかな……と考えながら、ボクは暖かくなった部屋でシュトの帰りを心待ちにするのだった。