葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~   作:Amisuru

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不変の友情と共に歩め、千変万化の人生を(後編)

 

 

 それでも流石にタダでは受け取れないのでお願いですから将来出世払いで返済させて下さいと、何故だかこっちから拝み倒す格好になってしまった。

 とにかくそんな訳で、当面の問題であった生活基盤の安定がいきなりある程度成されてしまった僕である。正隊員になるまでの無収入期間こそが最大の山場だと思っていただけに、なんというか気が抜けてしまったというか、いやはやこれからどうしたものか。

 

 

「さて――それでは早速、少年の新たな住処へとご案内させていただきましょうか」

 

 

 別室の扉を閉め、本部基地の廊下にて紳士らしいエスコートを提案するウィルバー氏。

 まあ、まずはそこからか。今日のうちに買い出しとかも済ませておかないといけないだろうし。

 ……ああ、でも。

 今日のうちにというか、無事に入隊を果たすことが出来たからには、今すぐにでもやらなければ――もっと言うなら、()()()()()()()()()()()()()人達が僕にはいるのだ。

 

 

「あの、紳士ウィルバー。申し訳ないのですが――」

 

 

 そのことを思い出した僕が、別の行き先を告げようとしたところで。

 

 

「おっ、ウィルバーのオッサンじゃん。ちーっ……す……うん?」

 

 

 聞き慣れた、友人の声がした。

 境界を越えたことで、違う世界の存在になったもの(両親)もあれば、変わることのないもの(友情)もある。

 いや――或いはまた少し、僕らの関係にも変化が生まれたのだろうか? 同僚。戦友。ランク戦というものの存在を考慮するのであれば、ゆくゆくは好敵手(ライバル)だなんて間柄にもなったりするのだろうか。それならそれで面白い。単なる友人よりも繋がりが深まったように感じられる。僕にとって好ましい()()の形だ。

 とはいえ、そんなものはまだ先のお話である。今はただ純粋に、1日ぶりとなる友人との再会を喜ぶことにしよう。

 

 

「お疲れ様です、米屋()()。……なんちゃって」

「――葉月!?」

 

 

 おどけた風に僕がそう言って笑いかけると、僕の愛すべき友人(バカ)1号は、一緒に歩いていたチームメイトと思しき(隊服のデザインが一緒なので)集団の輪をだっと抜け出し、足早に僕らの側へと駆け寄ってきた。ふふふ、いる筈のない人間に声を掛けられてさぞかし驚いたことだろう。本日の『と、思うじゃん?』ポイントを1つ稼いだなこれは。

 

 

「先輩って、おまえ、もしかして……」

「そ。ボーダー隊員になりました、僕。まだ仮入隊だけどね」

「『なりました』じゃねーだろ、オレ何も聞いてねーぞ!? 大体おまえ、前に誘ったときは親が許してくれるワケないから無理だって――」

「家は出てきたよ」

「……マジで?」

「うん。マジで」

 

 

 さらりと告げる僕。二の句が継げない陽介。いやあ、普段は人を驚かせる側に立っているやつがこうやって口をパクパクさせているのは愉快なものだなあ! なるほど、これが裏切りの醍醐味というやつか。確かに癖になりそうだ。

 

 

「先に行ってるぞ、陽介」

 

 

 と、陽介と並んで歩いていたチームメイトさん達の一人が声を掛けてきた。陽介と二人でその人の方へと視線を向ける。

 俗に言うマッシュルームカットを栗色に染めた、端正な顔立ちの少年だった。笑みを浮かべる訳でもなければ、強い視線を向けている訳でもない、いわゆる無表情。感情の読めない顔というやつをしている。

 まあ僕には()えてしまうのだけれど、その中にもこれといって、特別な感情(もの)は見受けられない。ただ陽介が輪を離れていったから義務的に声を掛けただけ、といったところか。冷静(クール)だ。クール系男子である。

 が、僕としては珍しいことに、僕はその人の内面よりも外見の方が気になっていた。間違いなく初対面の筈なのだが、()()()()()()()()()()()()()()。このイケメンに近しい整った顔立ちの人物に、僕は心当たりがある気がしてならない。一体誰のことだっただろうか。

 

 

「お、おお。わりーわりー、そーしてくれ」

「――30分後に、今日の試合の反省会だ。遅れるなよ」

「わーかってるって」

 

 

 続いて陽介がひらひらと手を振り返したのは、黒の上着に白いマフラーのコントラストが映えるオシャレ系男子(大庭葉月的観点(センス))であった。その声色にも目付きにも、特に刺々しいものは感じなかったのだが――

 

 

 ――なんだろう。

 この人の胸の奥底にある、()()()()()()()()()()()()は。

 

 

 その正体を見抜く間もなく、早々に踵を返してその場を後にするマフラーの人。それに続いて、きのこ頭の人、僕らに対して特に反応を見せることのなかった眼鏡の子、他の面子よりもやや大人びた顔立ちの女の人らが去っていく。どうやらあのマフラーの人が、陽介の部隊の長を務めているようだが――うーん、気になるなあ、あの(感情)

 

 

「……まあいっか」

「何も良くねーっつーの! ……ったく、葉月にツッコミ入れんのは弾バカ様の仕事だってのに、あのヤローこんな時に限っていねーんだもんな」

「ああ、三門を離れるとか何とか言ってたっけ」

「そーだよ。ちょうど今日の朝に出て行って、帰ってくんのは年明けだとさ。おまえがしれっとボーダーの隊服着て訓練にでも参加してんの見たら、間違いなく『はあ!?』って大声上げんぞ、あいつ」

「それは見るのが楽しみだ」

「ああ、それは間違いねー――はー、マジかー、葉月がボーダー隊員かー……」

「そんなに意外だった?」

「――いや」

 

 

 僕がそう訊ねると、陽介はそれまでの彼らしからぬ間の抜けた表情から、普段通りの飄々としたニヤケ面へと切り替わって。

 

 

「むしろ、()()()に来んのが遅過ぎたぐらいだよおまえは。断言してもいい、ボーダーってとこは間違いなくおまえに向いてる。これから毎日退屈しねーし、()()()()からな! 覚悟しとけよ!」

「――おう」

 

 

 そう言った陽介が突き出してきた拳に、僕も拳を突き合わせて、二人してにやりと笑う。

 ああ、なんかいいな、こういうの。いかにも男の友情って感じがする。僕はずっとこういうのに憧れていたんだ。境界(ボーダー)を踏み越えて良かったと、改めて、そう思った。

 

 

 ……そういえば。

 そのことで、陽介にも伝えておかなければいけないことがあった。

 

 

「陽介。『と、思うじゃん?』って、良い言葉だね」

「おお? どーしたいきなり」

「いやさ。()()に来る途中、ちょっと何回か心が折れかけたんだけど――もう駄目だ、おしまいだってどん底まで追い込まれた時に『と、思うじゃん?』って唱えてみると、なんか自分が無敵になったような気持ちになれたんだよ。だから陽介に礼を言いたくてさ。素敵な言葉を教えてくれてありがとう、って」

「……そーいうセリフを恥ずかしげもなくさらっと言えるのがすげーよ、おまえは」

「お? 照れとんか? 照れとんのか?」

「照れてねーっつーの」

 

 

 そう言ってそっぽを向く陽介。漫画か何かだったらここでわかりやすく顔が赤くなったりもするのだろうが、特にそういった外見的な変化はない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。ふふふふ。調子に乗って突っついてみてもいいのだが、陽介はそういうのをひらひらと躱すのが上手いからこのくらいにしておこう。やっぱり弄るなら公平に限る。あいつはあいつでやり過ぎるとガチで怒るけど。

 

 

「フフフ……仲良きことは美しき哉、にございますな」

 

 

 そんな僕らを眺めつつ、何やら訳知り顔でうんうんと頷いているウィルバー氏である。

 ……そういえばさっき、陽介は僕よりも先にウィルバー氏へと声を掛けていたような? それもいかにも、気心の知れた相手に接するようなノリで。

 

 

「あの、もしかして陽介のお知り合いだったんですか」

「ええ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、声を掛けたのがきっかけでしてな。聞けばどうやら、彼の親戚(宇佐美文)私の知人(日野てつこ)の友人にあたるとのことで」

 

 

 かなり遠い関係性だなそれは。しかしまあ、それでも確かに縁は縁か。

 

 

「つーか、そっちこそいつの間にオッサンと知り合いになったんだよ?」

「……今日会ったばっかりなんだけど、色々あって、御住まいを譲って頂けることになりまして」

「はあ!?」

「あの、改めて確認するんですけど、本当にいいんでしょうか」

「ええ。どの道、()()()()()()()()()()()()()()()()。片付けの手間が省けまして、こちらとしては礼を述べたいくらいに御座いますな」

『え』

 

 

 僕と陽介のリアクションがハモってしまった。家を引き払うって、それは要するに――

 

 

「なんだよオッサン、もう蓮野辺に帰っちまうのかよ?」

「今後については未定ですが、三門市における私の役目は終わったものと判断させて頂きました。お美しいお嬢さんの研究(プロジェクト)も無事軌道に乗りましたし、それにもう、()()()()()()()()()()()ようですからな。後のことは少年少女にお任せするとして、紳士は死なず、ただ消え去るのみ……」

 

 

 ニヒルな笑みを浮かべるウィルバー氏。三門市を去る。そうなってしまえば間違いなく、僕と彼が顔を合わせる機会は激減してしまうことだろう。何せ僕は、今日からこの町(三門市)の防衛隊員になったのだ。町を守るということは、傍にいて離れないということだ。いやまあ、公平みたいにどっか行ってる例外もいるにはいるみたいだけれど。

 

 

「……本当に、この恩をどうやって返せばいいのか……」

「おや、出世払いで返して頂けるのではなかったのですかな? その時が来れば帰ってくる所存に御座いますが」

「それだけで足りるものとは思えません」

「であれば、己の務めを全うすることですな、()()()()()()。私にとっても、この町にとっても、それが何よりの貢献となることでしょう」

 

 

 ……なるほど。

 確かにそれが、僕のするべき一番のこと、か。

 

 

「――わかりました。僕をボーダーに引き入れて下さった紳士の恩に報いるべく、防衛組織の隊員として、必ずや恥じることのない戦果を――」

「そのような心構えで臨むのであれば合格は取り消しとなりますな、少年」

「ええ!?」

「無論、そういった意識を持って職務に就いておられる方々を否定するつもりはありませんが――ただ()()()()を支えにしていては、務まるものも務まらぬかと」

「あー、ワカるワカる。自分で自分を追い詰めるみたいな感じになるもんな、()()()もそーだし」

「あいつ?」

「んにゃ、なんでもねーよ。……葉月はともかく、あいつの場合はしょうがねーけどさ

 

 

 何やらぶつぶつ言いながら、陽介が廊下の向こうを眺めている。チームメイト――マフラーの人らが去っていった方角だ。

 ……陽介も、()()()に気付いているのかな、やっぱり。そりゃそうだよな、陽介は人の心の機微に敏いやつだ。僕みたいな副作用(サイドエフェクト)がなくったって、見えないものを()る力が備わっている――そういうやつだ。

 

 

 ()()()()()()

 ()()()()()()()()()

 

 

「少年」

 

 

 紳士の呼びかけで、はっと我に返る。

 ああくそ、本当に何から何まで、僕はこのひとの世話になりっぱなしだ。こんな簡単な一言で、このひとは僕をあるべき道へと引き戻してくれる。その在り方を誇らしくさえ思う一方で、ほんの少しだけ、悔しくもある。せっかく名前で呼んでもらえたというのに、またも呼び方が元に戻ってしまった。情けない。この人に()()()()()()()()()を、僕は目標にしなければ――

 

 

「そう焦ることはありませんよ」

 

 

 ――参ったな。

 本当に、このひとは――どこまで()えているんだろう。

 きっと、僕の副作用(サイドエフェクト)なんかより、この人や陽介の方がずっと、()()()()()に違いないのだ。

 

 

「お美しいお嬢さんから学んだことを、ゆめゆめ忘れないことです。炸裂弾(メテオラ)を芸術とするのなら、変化弾(バイパー)こそが我が人生――()()()()()()()()()()()()()()()()。標的を射抜かんとする意志さえ、捨てなければ――ね」

 

 

 そう言って紳士が、決め顔の横に星をきらりと瞬かせ――

 

 

 暫しの沈黙が流れた。

 

 

 教訓:名言っぽいことを誰かが口にしたからと言って、それで話に区切りがつくとは限らない。

 良い子の諸君! 聴く側のリアクションってやつは大事だぞ! 誰かが良いこと言っても、反応がなかったら滑ったみたいな空気になるからな! ちょうど今みたいに! ちょうど今みたいに!

 

 

「――()()()()()()()()()()()()、ね」

 

 

 だもんで、僕はとにかく何かを言わんと口を開きかけたのであったが、それよりも先に鸚鵡返しの如く呟いたのは陽介であった。

 

 

「おもしれー話だったよ、ウィルバーのオッサン。次に使うトリガーの参考にさせてもらうわ」

「おや。スコーピオンはもう飽きてしまわれましたかな?」

「そういうワケじゃねーけど、ちょっと試してみたいやつがあってさ。誰も使ってねーから気になってたんだよな」

先駆者(パイオニア)の道を歩まれますか。それもまた一興かと」

「だろ? こんなトリガー使い道ねーだろって思ってるやつの首を()()()()()()()()緊急脱出(ベイルアウト)の直前にこう言ってやるのが夢なワケよ。『と、思うじゃん?』ってな」

「少年の浪漫に御座いますな」

「そーそー。ボーダー隊員だろーがなんだろーが、オレだってまだまだ単なる少年(ガキ)ってことだよ。――おい、聞いてっか? 葉月。先輩が今、後輩くんのためになる話をしてやってんぞー」

 

 

 置いてけぼりになってぼけっとしていた僕に向けて、唐突に陽介が話を振ってくる。いやまあ、こんな様だが流石に会話の内容は頭に入っている。

 要するに――ボーダー隊員であること(戦うこと)と、少年であること(楽しむこと)は両立出来ると言いたいのであろう。確かにそれは、那須さんの変化弾(バイパー)を見た時に、僕の頭に過った考え方だ。その考えを受け入れて、敗北を認めた結果、僕はウィルバー氏から採用の通知を受け取ることが出来たのだ、が。

 

 

……ふふふ。

 

 

 ――()()()()()を、捨てるな、か。

 ……なんだろうな。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――葉月? おい、マジで聞いてねーんだったら、流石の陽介サマも怒っちまうぞー」

 

 

 ……いかんいかん。いくら何でも呆け過ぎだ。しっかりしなくては。

 

 

「――大丈夫、ちゃんと聞いてるよ。ボーダー生活(ライフ)は楽しくあれ、そういうことでしょ」

「おう。理解ってるならいーんだよ、理解ってるなら」

 

 

 先輩を通り越して僕の師匠でも気取らんとばかりに、腕を組み満足げに頷く陽介のすぐ隣で。

 

 

(……どうやら、私が思っていたよりも()()()()()を、少年は抱えておいでのようですな)

 

 

 その内側に、もう視ることはないと思っていた()()()()()()()()らしきものを宿しつつ――紳士は黙って、僕の顔を眺めていた。

 

 




2020/11/25
改行の増加、内容の分割、それに伴う文章の微修正等を行いました。
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