葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~ 作:Amisuru
B級8位。
それが、今期における影浦隊の最終順位であった。
影浦雅人は滅多なことでは、ランク戦において落とされることはない。
かといって、毎度のように複数得点を重ねて暴れ回れる訳でもない。
彼は戦場において、孤独だった。
戦闘において無類の効力を発揮する彼の
これらの要素が合わさった結果、彼とまともに
かといって、本人にわざわざ戦場を駆けずり回って獲物を狩りに行くほどのやる気がある訳でもなく、相方の北添尋と連携する訳でもなく、とりあえず戦場に転送されたらバッグワームも付けずに徒歩で適当にうろつき回り、誰かの視線を感じたら何見てんだコラと絡んでいく。逃げられたら逃げられたで舌打ちをしてから再び戦場をぶらぶらする。そしてたまに乱戦の最中に出くわしたり複数人からの奇襲を受けたり
そういった偶発的戦闘によって稼いだ僅かな得点をコツコツコツコツと積み重ねた結果が、下位に落ちるほど低くもなく、上位に残れるほど高くもない、B級8位という結果で表れたのであった。
「……チッ」
ソファーに身体を預けたまま、何度目かの舌打ちをする。寝転がっていればそのうち睡魔にでも襲われるものかと思っていたのだが、どうにも今日は寝つきが悪い。
……
そんな謎の思考に捕らわれつつ、影浦雅人は自身の作戦室にて無為の時間を過ごしていた。
ランク戦といっても、感覚的には普段やっている戦闘訓練とそう大差がない。
基地の一角には無駄に客席の多いランク戦の観戦会場も設置されているが、正隊員ならまだしも訓練生で足を運ぶような物好きは殆どいない。それだけ研究熱心な隊員は、
影浦のランク戦に対するモチベーションは低い。他の訓練ならともかく、ランク戦までサボるとなると
……つまんねー。
影浦は退屈を持て余していた。
以上の理由により、
近頃、影浦はそんな風に考える機会が増えつつあった。
そもそも
そんな彼の
正直に言えば、正体そのものはどうでも良かった。影浦にとっての問題は、肝心のトリオン兵と戦ってみても、自身の求めていた
今や防衛任務といえば単なる小遣い稼ぎの場でしかなく、実家のお好み焼き屋を手伝ってバイト代を受け取るのと変わらない、何なら後者の方が充実しているくらいの気持ちすらあった。ああ、俺ァ
故に昨日の防衛任務も、普段と何ら変わり映えのない、小遣い稼ぎの一環に過ぎなかった。
過ぎなかった筈、なのだが。
何度思い返してみても、この言葉が自分の口から発せられたものだと信じることが出来ない。
一体自分の心の何処に、
「あ゛ー…………」
さて、影浦雅人の名誉のために、今の濁声は彼の喉から発せられたものではないということを断っておく。
声の主は仁礼光。L字型のソファー、影浦から見て左45度の位置にて、さっきから定期的に意味不明の呻き声を上げているこのポンコツオペレーターの存在も、影浦にとって苛立ちの原因の一つであった。私服姿でうつ伏せになり、枕に顔を埋めたままあ゛ーあ゛ー唸っている謎の生命体だ。この珍獣は何処のペットショップに行けば売り捌くことが出来るのだろうか。
「……さっきからうるせーぞ、ヒカリ」
「だってよー……ハヅキのやつ、どこ行っちまったんだよー……」
そう。
退屈よりも、光よりも、今の影浦を苛立たせている一番の存在といえば、きっと
ハヅキ。大庭葉月。影浦雅人が助けた者。
口を利けなくなった彼であっても、何を望んでいるのか知ることが出来る。そう、自分の
一夜が明け、目を覚ましてからずっと、このことばかりを考えていた。この必死さは一体、何処から生まれたものだったのか。元々自分の中にあったのか、或いは大庭葉月の
要するに、昨日の自分はきっと、どうかしていたのだ。
故に、大庭葉月なる小僧の存在は奇麗さっぱり忘れてしまって、さっさと昼寝の一つでも決めて意識を切り替えるのが賢い選択なのだろう。そう思っているのに寝付けない。寝つきが悪い。寝付栄蔵が悪い。あのニヤケ面を思い出すと何故だか無性に腹が立ってくる。きっと前世か何かで妙な因縁があったに違いない。これっぽっちも興味はないが。
「ランク戦終わって病室に戻ったらいなくなってたんだっけ。そりゃ気になるよねえ」
ソファーに空きがないため、オペレータールームから引っ張ってきた椅子に腰掛けた北添がそう言って光に同調する。基本的に影浦隊のコミュニケーションというのは、光が話題を投げ、北添が拾い、影浦が一蹴する。その繰り返しによって成り立っている。今回も早速、その流れに乗りつつあった。
「おめーが会ったっていう紳士のオッサンがどっか連れてったんだろ。もう放っときゃいい」
「なんだよー……カゲだって気になってるくせによー……」
「あァ?」
が、稀にこうして光が食い下がるせいで話題が引っ張られることもある。そして奇妙なことに、大抵の場合において
「そうだよねえ。今日のカゲ、葉月くんのこと気にしてたせいで落とされたんだもんねえ」
第三勢力である
……しかしまあ、何を言い出すのかと思えば。影浦は即座に否定の言葉を放とうとしたのだが、それより光が北添の妄言に乗っかる方が早かった。
「あー、やっぱそーだよな。
そう。
本日行われたB級上位ランク戦昼の部・今期最終戦。影浦隊は見事に無得点で試合を終え、中位への転落を果たしたのであったが――影浦雅人の
そもそもこの男、
極端な話、
頭をぼりぼりと掻きながらベイルアウト部屋を出た時の自分を見る『何やってんだコイツ……』的な光の視線が酷く鬱陶しかったことを覚えている。
余談:大金星、或いは大番狂わせを果たした三輪隊
『うわあ!! ななな奈良坂先輩どうしましょう、うっかり影浦先輩を補足しちゃいました!』
『落ち着け章平。すぐにその場を離脱しろ』
『……試合前のミーティングでも注意しておいた筈だ。後で叱らせてもらうぞ、章平』
『あああああすみません! 三輪先輩すみません!』
『――待って、章平くん。影浦くんの光点に動きが見られないのだけれど……彼、本当にあなたに気が付いている?』
『……え? あ、えーっと……その、スコープ越しに眺めてみても特に反応ありません……』
『なんか考え事でもしてんじゃねーの? 撃ったら案外当たるかもしんねーぜ』
『馬鹿を言うな陽介。いいか、章平はすぐに離脱して俺と合流だ。今そっちに向かって――』
『……いえ、悪くないアイデアね。やってみましょう』
『おい、月見さん』
『本来であれば章平くんはもう
『おっ、いいねー。オレそういう博打みてーなの大好き』
『陽介!!』
『おお、こえーこえー』
『どっ……どうしましょう奈良坂先輩……?』
『おまえは困ったらとりあえず俺に縋りつく癖から直せ、章平』
『す、すみません……』
『で、どう? 章平くん。こんな寸劇を続けていてもまだ影浦くんに動きはない?』
『……ないですね』
『では
『……撃て、章平』
『りょ、了解――』
余談の余談:これを書いてから気付いたのだが、古寺章平は本来那須玲の同期であり、現時点で三輪隊に所属しているのはおかしいのだが、特に本筋に影響を与える存在でもないので修正はせずそのまま話を進めていくものとする。前回もう出しちゃったからね。仕方ないね。
――などというやり取りが他所で繰り広げられていたとは露知らず。
なるほど確かに、自分は狙撃を食らった。そしてその理由が、恐る恐るといった感じで遠くからちょんちょん刺してくるビビり散らした
が、影浦はそれを言語化して目の前の二人に説明することを諦めた。というより面倒になった。こういう
こういう時は何もかもをぶん投げるに限る。舌打ちと、「……くだらねえ」という悪態を一つ。そして目を閉じて眠りに就こうとして、何故か脳裏に浮かんでくるキツネ顔の中年男性。地獄か? もしかして俺ァこの先眠れなくなる度にあのヘラヘラ野郎の面を思い出す羽目になんのか? 誰だ俺にこんな
狐の幻に脳内でアッパーカットを決めつつ、影浦雅人はこう結論付けた。
不意に、作戦室備え付けのインターホンが鳴らされた。
来客。
「……ヒカリ、おめーが出ろ」
「パスいちー……」
「大富豪やってんじゃねーんだよ」
「はいはい、ゾエさんが今行きますよー――っと」
椅子から立ち上がり、どすどすと作戦室の入口へと向かっていく北添尋。面倒臭がりの二人に代わって(稀に光が謎の保護者面で影浦らの世話をしたがる日もあるが)自発的に動き回るこの男の存在がなければ、影浦隊はチームの体裁を保てずに早々と崩壊していたことだろう。ソファーから一歩も動くことなくぐでーっとしている
ゴゥーン……と、作戦室の扉が開く音がする。その後に続く「お――」という北添の反応と、「どうも、ゆうべはお世話になりました」という、
聞き覚えのある声だった。それも、ごく最近に。
光がガバっとソファーから跳ね起きて、入口の方へと駆けていく。影浦も後に続こうとして――やめた。何の理由があって、自分がわざわざ出迎えるような真似をしなければならないのか。用があるならそっちから勝手に上がり込んで来ればいい。
壁の向こうで光と北添、そして来訪者らがわいわいと盛り上がっている。それをどこか違う世界の出来事のように感じつつ、影浦が再びソファーに身を預けて目を閉じようとしたところで――
――案の定、そいつは勝手に
「ご無沙汰です、カゲさん」
いや、まだ1日ぶりですけどね――と、面白くもないツッコミを自分で自分に入れている、薄い笑いを浮かべた
大庭葉月が、そこにいた。
2020/11/25
改行の増加、内容の分割、それに伴う文章の微修正等を行いました。