葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~   作:Amisuru

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海鼠を喰らう(後編)

 

 

 ――長かった。

 この人と再び出会うまでに、随分と長い時間を掛けてしまったような気がする。ほんの1日前の出来事だというのに、体感で言えば1ヶ月半、話数にして6話、文字数にして10万――何の話だ? とにかく、ようやくだ。ようやく出会えた。お会いできて本当に良かった! と叫んでしまいたいくらいに、僕はこの時を待ち望んでいたのだ。

 ランク戦の反省会があるとかで、陽介は自分の部屋――というか、所属している部隊の本拠地(ホーム)、作戦室へと帰っていった。正隊員に昇格して部隊(チーム)を組むと、各隊ごとに一部屋、専用の隊室が与えられることになっているのだという。それを聞いた僕は、別れ際に陽介へと訊ねたのだ。影浦隊の作戦室って何処にあるか知ってる? と。

 

 

『知ってっけど、葉月、おまえカゲさん達とも知り合いだったのかよ?』

『知り合いっていうか、昨日ちょっとね。近界民(ネイバー)――まあ近界民(ネイバー)でいいか。近界民(ネイバー)()()()()()()ところを助けてもらったんだよ』

『――おいコラ待て。食われかけたって何やってんだおまえ』

『ちょっと警戒区域に忍び込んで――OK、言いたいことは理解る。陽介の気持ちはよく理解る(視える)。でもこれは僕にとってどうしても必要なことだったんだ。だからどうか怒らないでほしい。正直、陽介みたいな怒るところが想像つかないやつに怒られるのが一番怖い』

『……オレはいーけどよ、弾バカに会ったら蹴りの一発くらいは覚悟しとけよな、マジで』

『その時が来たら遠慮なく蹴ってもらうことにするよ。ただし僕はトリオン体で』

『ったく、ふてぶてしさに磨きが掛かりやがってよ――』

 

 

 そう言って最後は苦笑しながら、陽介はここの場所を教えてくれた。ついでに自分のとこ(三輪隊の作戦室)も。『ヒマならいつでも遊びに来いよ! そのうちいっちょバトろうぜ!』とのことである。

 つくづく良い友人を持った、と思う。僕はどうやら生まれはともかく、人の縁には恵まれていたらしい。陽介と公平をきっかけにして飛び込んだ境界(ボーダー)の向こう側で、僕は何人もの素敵な人たちに出会った。ゾエさん、ヒカリ、那須さん、ウィルバー氏――きっとこの先、より沢山の素晴らしい出会いが待っているのだろう。

 その始まりとなった人、僕を絶望から引き上げてくれた人に、伝えたい気持ちが山ほどあった。僕の中のあらゆる感情を、全身全霊でぶつけたくてたまらなかった。言ってみればこれは告白だ。愛の、は間違っても付かないけれど。むしろ本来の意味の――救いの主に対する信仰の念を露わにするという意味で、僕はするのだ。告白を、するのだ。

 

 

「あの、昨日は本当に――」

「帰れ」

 

 

 フラれました。

 

 

 いやだから愛の告白じゃないんだけども。でもこれは完全に脈無しって奴だろう。だってほら、カゲさんの全身から僕に対する『拒絶』のオーラが漂っている。比喩ではない。少なくとも僕にはそう()える。

 けれどちょっと待て。いくら何でも、ここまで邪険に扱われるような狼藉を働いた覚えはない。これはもう、害虫か何かを前にした時の人間の反応じゃないか? 或いはナマコだ。僕はナマコという奴の見た目がどうにも苦手で、近付けられたら多分全力で『無理! マジ無理! やめて!!』と拒絶を示してしまうことが予想されるのだが、僕はどうやらカゲさんにとってのナマコも同然であるらしい。なるほど。そういえば僕滑るもんね。ぬるぬる。

 

 

「ぬるぬる……ぬるぬる……」

「ハヅキ!? おいハヅキしっかりしろ! 目が死んでんぞハヅキ!!」

「葉月……? 違うよヒカリ、僕はナマコだ。なんか黒くてうねうねしてて体液でぬるぬるしてる癖に表面はざらざらっていうちぐはぐで気味の悪い生き物……それが僕だ、大庭ナマコさ……うふふふふ……」

「なんだこいつちょっと見ない間にキャラ変わってやがる……」

 

 

 はいドン引き認定もう一丁。まあ前に会った時は『仁礼さん』とか呼んで敬語使ってた奴が急にMy Name is Namako. とか言い出したらそりゃあ正気を疑われるってなモンだろう。でも申し訳ないがこれが本来の僕なのである。いや流石に普段はここまで気持ち悪くない。と、思いたい。『と、思うじゃん?』うるせえ今その言葉はお呼びじゃねえんだよ黙ってろこんちくしょう。

 

 

「あー、ごめんね葉月くん。カゲってあんまり人から感謝されるのに慣れてないから、ついつい今みたいに突き放すようなこと言っちゃうわけ」

 

 

 ああ、ここに一人の聖者がいる。ナマコに触れることを恐れない菩薩の化身がいる。そう、漱石も言っていた。海鼠(ナマコ)を食らえるものは親鸞の再来にして、河豚を喫せるものは日蓮の分身なり――しかしゾエさん、悲しいけれど僕には視えてしまうんですよ。カゲさんの心を覆い隠すように溢れ出ている『拒絶』の――

 

 

 ――()()()()()()()

 

 

「……オイ、いい加減なこと言ってんじゃねーぞゾエ」

「だってそうでしょ? 前にほら、チンピラに絡まれてた後輩の子を助けてあげた時とかもそんな感じで逃げてたじゃん。結局そのまま懐かれちゃって、ウチらが中学卒業するまでべったりだったもんねえ。いやあ懐かしいなあ」

「勝手に過去形にすんなボケ。今でもたまにウチの店来んだよ」

「あ、今でも仲良いんだ? ふーん」

「やめろ。その『ゾエさんは何でも理解ってるから』みてーなツラやめろ。気色悪ィ」

「とまあ、こんな感じですぐにツンツンしちゃうんだけどめげずに相手してあげてね葉月くん」

「オイ、久々にやり(殴り)合いてェんだったら今すぐに表出ろ、オイ」

「なんかゾエってカゲのおかーさんみてーだな」

「あァ!?」

「うお、こっちに来た」

 

 

 ソファーからがばりと身を起こしてヒカリに目を剥くカゲさん。即座にささっとゾエさんの陰に隠れるヒカリ。二人の間に挟まれながらのほほんとしているゾエさん。そんな三人を見ていると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という臆病な考えが鎌首をもたげてくる。彼らの関係は既に完成されたもので、これ以上の異物は不要なんじゃないか、ましてや海鼠のようなおぞましい生き物を放り込むなど以ての外なんじゃないか――そんな考えが浮かんでくるのだ。

 感謝の言葉は伝えなければならない。それだけは間違いない。しかし、()()()()()()()は言わずにしまっておこうか――そう思いかけたとき。

 

 

「――『と、思うじゃん?』ですよ。少年」

 

 

 僕の背中を押すように、紳士の声がした。

 ……いやはや、全くもってその通り。今はお呼びじゃないとか言ってごめんな陽介。逆だった。今だからこそ、この言葉が必要なのだ。目の前に見えない壁があるだなんて下らない思い込みは、この()をもって突き崩してしまわなければ。今の僕はまだ、カゲさんにとっての近界民(ナマコ)でしかないのかもしれない。だからこそ、この境界(ボーダー)を飛び越えることで、僕もカゲさんと同じ世界の住人にならなくてはならない。

 そう、僕は近界民(ナマコ)ではない。葉月(人間)だ。大庭葉月だ。言うことがころころ変わって申し訳ないが、そこはもう一つの言葉を借りることで自分を正当化させてもらうとしよう。即ち――

 

 

 ――変化弾(バイパー)こそが我が人生、だ。

 

 

 振り返り、紳士に軽く頭を下げる。結構、と言うように紳士が頷き返す。

 それで充分だった。

 

 

「あの、聞いてくれますか、カゲさん」

 

 

 先程までの信心染みた想いを一度取り払って、()()()()()()()()()()()()、僕は改めてカゲさんに声を投げかけた。ヒカリとぎゃあぎゃあ言い合っていたカゲさんの眉がピクリと動いて、視線がこちらに向けられる。良かった。無視はされなかった。『拒絶』という名のバリアーに、槍の矛先程度は食い込んだのを感じる。

 

 

「それから、ヒカリ――やっぱり仁礼さん呼びの方が良かったかな」

「お? んや、ヒカリでいーんだよヒカリで。何ならヒカリ姉さんでもいいぞ」

「ヒカリとゾエさんの二人にも聞いてほしいんです。皆さんに関係のある話です」

「おい、おまえ何気にアタシの扱い雑じゃねーか、おい」

「まーまーヒカリちゃん。えーと、どうしたの葉月くん?」

 

 

 すまないヒカリ姉さん。流石に同い年の子をそう呼ぶことには抵抗があるのでこうやって脳内でそう表すだけに留めさせてほしい。ただ、本当は君にもカゲさんと同じくらいの感謝を抱いているというのに、何となくついでのような形になってしまっていることは確かに謝りたい。今度改めてちゃんとしたお礼の機会を設けさせてもらおう。

 

 

「まずは僕の命を救って(記憶を守って)下さった皆さんに、心からの感謝を。本当に、ありがとうございました」

「……そういうのを止めろっつってんだよ、俺は」

「まーた照れちゃって」

「なー」

「マジで八つ裂きにすんぞてめーら……」

 

 

 マスクで隠れて見えないのだが、カゲさんががるるるると牙、もといギザギザの歯を剥き二人を睨み付ける。ゾエさんとヒカリはそんなカゲさんに臆することなく、むしろ暖かい目でカゲさんの視線を受け止めている。

 照れ――そうなのだろうか? この『拒絶』の向こうにあるもの(感情)の正体というのは、本当に()()なんだろうか? 僕の副作用(サイドエフェクト)でも暴くことの出来ないものの素顔が、この二人には()えているとでもいうのだろうか? 或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようにすら思えるというのに――まあ、とりあえずその件については置いておこう。

 

 

「それでですね、殺されず(記憶を消されず)に済んだついでと言っては何ですが、僕もこの度ボーダーに入隊することが決まりまして」

「おおー! マジか!? やるじゃねーか紳士のオッサン!」

「――いえ、私が少年に与えられたものなど、たかが知れていますよ」

 

 

 ヒカリの賞賛に対しそんな言葉を返すウィルバー氏。謙遜もいいところだと思ったのだが、僕の背後で彼はこう続ける。

 

 

「少年が()()()()()()()()()()()()のは、これからの話に御座います故」

「……うん? どーゆーこった?」

 

 

 ……つくづく、この人には敵わない。僕の思考の全てが読まれているみたいだ。いやまあ、那須さんの誘いを断ったときの僕の言葉を聞いていたなら、僕がこれから何を言おうとしているのかもそりゃ想像がつくのだろうけれど。

 頭の上に『?』を浮かべるヒカリとゾエさん。その一方で、カゲさんはウィルバー氏ではなく、僕の目をじっと見据えている。『聞いてくれますか』と訴えた時から、彼の『拒絶』に罅が入り、ささやかな関心のようなものが芽生えたのが視える。

 なんとなくだが、理解出来た。カゲさんはきっと、信者のように縋り付かれるより、()()()()()()()()()()()()()()を好むタイプなのだろう。そう、これは僕は僕とカゲさんの喧嘩だ。僕の槍がカゲさんの『拒絶』を突き崩せるかどうかの勝負なのだ。

 

 

「無事に入隊を果たした以上、僕もやがては誰かと部隊(チーム)を組んで、防衛任務やランク戦に参加することになる訳なんですけど」

 

 

 ここまで来たらもう、回り道はいらない。()()から目を逸らさぬまま、僕は一気に、言った。

 

 

 

 

 

「――正隊員(B級)に昇格した暁には、僕はあなた達と同じ部隊(チーム)で、ボーダー隊員としての人生を歩んでいきたいと思っています。どうかこの僕を、大庭葉月を――影浦隊の一員(貴方達の仲間)に、加えていただけないでしょうか」

 

 

 

 

 

 ――言えた。

 ようやく、僕が本当に伝えたかった言葉を、伝えられた。

 忘れたくない(死にたくない)と願った時、伸ばされた手を掴んだ時から、ずっと思っていたことだ。()()()()()()()()()()()()。こんな捻じ曲がった僕の心から発せられた悲鳴を、一切の誤解なく受け取って、理解してくれた人。

 ボーダーにはきっと、僕が出会った人達以外にも何人もの人格者がいて、その人達もまた、僕にとっての理解者たり得るのだとは思っている。けれど、あの時の僕を救うことが出来たのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()、ボーダーにおいてカゲさんただ一人であったに違いない。

 こんなことを言ったらそれこそ気持ち悪いと言われてしまうだろうが――運命のようなものすら感じていた。僕はきっと、この人の下で働くために境界(ボーダー)を踏み越えてきたのだ、と。

 

 

 けれど。

 その一方で僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っている。

 僕が抱いているものは、カゲさんにとって、ただの()()でしかないから。

 他人に理想を押しつけられるというのは苦しいものだ。一度そんなものを抱かれたが最後、その人は願望者にとって完璧な存在であり続けることを要求されてしまう。そういう人生は、()()()()のだ。僕はそのことを知っている。本当に、よく、知っている。

 故に今、僕の中では二つの感情が激しくせめぎ合っている。影浦隊に心の底から入りたくて仕方がない僕と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、この瞬間にも血みどろの争いを繰り広げている。

 先の言葉は、前者の僕が死に物狂いで放った一矢だ。()()()()()()()()()()()()。これ以上は何も求めない。カゲさんの心に届かなくても良い。ただ、『拒絶』の壁だけでも打ち崩して、貴方と共に歩みたい、そう思っている人間がここにいるのだと、伝えることが出来ればそれで良かった。

 だからもう、これ以上は何も、求めない。求めてはいけない。断られたら、帰れと言われたら、今度こそ何も言わずに部屋から出て行こう。そして改めて身の振り方を考えよう。

 そう思いつつ、僕は目を瞑った。これ以上カゲさんを眺めていたら、きっと彼が口を開くよりも早く、彼の答えを察してしまう。全くもって情けない話だが、僕はそれが怖かったのだ。

 何も求めないと誓っておきながら、僕はカゲさんに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こんなみっともない僕の心の中までは、どうか伝わりませんように――ああ、これも身勝手な願望だな、ちくしょう。

 ヒカリとゾエさんは何も言わない。きっと二人とも、()()の判断に全てを委ねている。彼が良いと言えば歓迎され、駄目だと言ったらごめんなーと謝られて、それで何もかもが終わるのだろう。いや、もしかしたら少しは僕の側に立って食い下がったりもしてくれるのだろうか。わからない。いずれにしても、僕にとってはカゲさんの返す言葉が全てであり、それ以外の全てが不要なのだ。事ここに至っては、僕自身の感情でさえも。

 さあ、今度こそ殺してしまえ。その願望をぶち殺せ。

 

 

 

 

 

 何も期待するな(お願いします)

 

 何も期待するな(僕を仲間に入れて下さい)

 

 何も期待するな――(人間に、して下さい――)

 

 

 

 

 

 舌打ちが、一つ響いた。

 

 

「……()()()()()()

 

 

 ――それは、昨日の夜(救われた時)と同じ言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――つくづくこの野郎は、俺をイラつかせるのが上手い。

 

 

 そんなことを思いながら、影浦雅人はガシガシと頭を掻き、おっかなびっくりといった感じで瞼を開いた少年の視線を受け止めた。

 自分の感情受信体質(サイドエフェクト)を知り、それでいて自分のことを恐れているような連中に出くわすと、しばしば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が突き刺さってきたりする。その程度の痒みにはもう身体(こころ)が麻痺してしまったので、最早不快に感じることすらない。

 しかし、この大庭葉月の中から漏れ出てくる感情の、なんと()()()()()ことか。ここまで自分の気持ちを隠すのが下手糞な奴に出会ったのは、生まれてこの方、初めてのことかもしれない。それ程までに、筒抜けだった。こいつの抱いている()()の全てが。

 その一方で、()()をそのまま包み隠さずにぶつけられていたら、それこそ自分はゲロの一つでも吐いてしまっていたかもしれないという想像もある。一体こいつは、どれだけの重たい感情を自分に対して抱いているのか。それだけのものを、何故こいつは、ぶち撒けることなく己の内に留めていられるのか。どうして我慢出来るのか。()()()()()()()()()()()()()()()()

 きっと自分は今、大庭葉月に対して理不尽な感情を抱いている。我慢しなければ拒絶していたという確信がある一方で、()()()()()()()()()()、そう思っている自分がいる。前者が本音で、後者は()()だ。故に、この苛立ちの根本的な原因は、自分自身の中にあるのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その自己矛盾こそが、影浦の心に住み着いた苛立ちの正体なのだろう。

 影浦にとっての理想の自分。それはきっと、昨日の夜に大庭葉月を救けた時の自分だ。あの時の自分はまあ、それなりに、ボーダー隊員の務めとやらを果たせていたように思えている。けれど、平時から()()を求められるのは真っ平御免だった。堅苦しいし、面倒臭い。何より自分が、そんな御立派な振る舞いを続けられるとは思えない。そんな役目は、嵐山隊(広報部隊)なり風間隊なりのクソ真面目な連中が勝手に背負っていればいい。

 

 

「いいか」

 

 

 ()()()()()()()

 今の今まで。

 

 

「俺は、てめーを見てるとむかっ腹が立って仕方がねえ」

 

 

 真正面から見据えてそう告げると、大庭葉月の顔は一瞬くしゃりと歪み、しかし即座に苦笑いを取り戻して。

 

 

「――そうですか」

 

 

 口にしたのはそれだけだったが、言葉と共に強烈な一刺し(ショック)が飛んできて、思わず胸元を抑えそうになった。クソッタレめ。やっぱりこいつは鬱陶しい。()()の人間を相手にするというのは、実に厄介で、面倒で、疲れる仕事だ。

 そう感じる一方、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、影浦は思っていた。この痛み(感情)が目の前の人間から発せられたものであるのなら、そいつの中にも、()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分はそのことを気遣うよりも前に、自分自身の不快感ばかりを気にして、腹を立てることしか出来ない。そんな身勝手な自分をクソだと思った。クソだと思える自分がいた。

 

 

 そんな感情(もの)がまだ、自分の中にも、残っていたのだ。

 

 

 大庭葉月。こいつは確かに、自分を苛立たせる存在でしかないのかもしれない。けれど、いつの日かその苛立ちが、()()()()()()()に変わるのだとしたら――

 ――その時が来たら、少しは自分も、()()()()()()()になれているかも、しれない。

 

 

 故に、影浦雅人はこう続けた。

 

 

「――そんな(野郎)と一緒の部隊(チーム)でやっていける自信があんなら、勝手にしろ」

 

 

 それだけを告げて、話は終わりだと言わんばかりにソファーへと倒れ込み、今度こそ快適な眠りに就けると思ったのだけれど。

 一呼吸の後、刺された胸の痛みを丸ごと吹き飛ばすほどの()()()()()()()()()()()()()()、眠るどころではなくなってしまった。

 

 

――カゲさぁぁぁぁぁぁぁん!! ありがとうございます! ありがとうございます!!」

だああああうぜぇぇぇぇぇぇ!! 俺ぁ今クソ眠みーんだよ! 静かにしてろボケ!!」

「え、全然そんな風には()えませんけど……」

「あァ!?」

「カゲって何かあるとすぐ『あァ!?』って言うよねえ」

「のの姐さんもよく王子パイセンとか神田パイセンに『あぁん?』っつってるからなー。ヤンキーってみんなそうなんじゃね?」

 

 

 ――クソッタレ。どいつもこいつもここぞとばかりに好き勝手言いやがって。

 想像以上の喧しさだ。いよいよもって寝付けそうにない。北添や光とわいわい騒いでいる間にも大庭葉月からはちょくちょくむず痒い感情が飛んでくるし、そうでなくても単純に騒々しい。もう長いこと気怠い空気に支配されていたこの作戦室が、これだけの声量に包まれているのはいつ以来のことだろうか。鬱陶しい。まったくもって鬱陶しいが――

 

 

 ――少なくとも今は、たとえ幻であったとしても、誰かの顔をぶん殴りたいとは思わない。

 そう思った。

 

 




登録タグに『影浦隊』が追加されました。


2020/11/25
改行の増加、内容の分割、それに伴う文章の微修正等を行いました。
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