葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~   作:Amisuru

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コアデラ組だけで文字数嵩んじゃったからここで一区切りするかあ

そういえば原作の入隊訓練で諏訪さん達が手伝いやってたなあ

…………(『女性の声』と書いてしまった前話の室内音声をサイレント修正)

ヨシ!!


笹森日佐人の正常な戦場~または彼は如何にしてフリーのB級隊員をやめて諏訪隊に加入することになったか~

 

 

「――今期の新人、パッとしねーなー。未だに1分切ったやつすらいねえって、ヤバくねえか?」

 

 

 バムスターの転送から開始・終了のアナウンスまで、戦闘訓練の全てを司っているコントロールルーム。幾重にも並んだモニターを眺めつつ、諏訪洸太郎は背もたれ付きの椅子に身体を預け、新人(ルーキー)達への失望を口にした。余談だが彼は19歳である。故に、口に何かを咥えていたりとかそういうことはない。酒と煙草は20歳(ハタチ)になってから。余談の余談だが、未来の彼の好物は煙草とビールである。早く成人(オトナ)になれるといいね、諏訪洸太郎。

 

 

「いやー、一時期の新人が凄すぎただけでしょ。前期で言えば照屋歌川菊地原、その前は米屋犬飼荒船香取――誰も彼も皆、新人離れした記録出してましたからね。そいつらと比べるのはさすがにかわいそうだ」

「……なんか俺ら、来期もそのまた来期になっても似たようなこと言ってそうな気がすんな」

「それ、推理ですか? 諏訪さんお得意の」

「違えよ、なんかのカンだ、カン。それに俺は推理物好きだけどよ、別に推理自体が得意ってワケじゃねえよ」

「ああ、得意なことと好きなことって一致するとは限りませんもんね……」

 

 

 先日口にした()()()()()()()()()()を思い返しつつ黄昏るのは、諏訪のチームメイトにして彼の忠実なる右腕、堤大地だ。彼ら二名と、ボーダー屈指の感覚派オペレーターにして元モデルという異色の経歴を持つ少女・小佐野瑠衣を合わせて成り立っているのが、B級11位諏訪隊である。正確に言えば、前シーズン終了後に上位2チームが見事A級への昇格を果たしたことにより、2月からの新シーズンではB級9位からのスタートとなる。とにかく、ボーダー正隊員の中堅的なポジションを担っているのが彼らであった。

 

 

「……ま、パッとしねーのは俺らも一緒かもな」

「諏訪さんらしくない自虐ですね。急にどうしたんですか」

「俺だってちったあ思うとこあんだよ。風間の野郎は一期であっさり昇格決めやがったってのに、俺は今期もB級のど真ん中から出直しと来たもんだ。あんにゃろ、身長の方は成長止まってる癖に順位の方はアホみてーな速さで伸ばしていきやがって」

「外見弄りは感心しないですよ諏訪さん。……まあ、確かに風間さんは今一番上り調子の隊員ですよね。大物新人(ルーキー)二人雇って僅か一期でA級昇格、個人順位もめきめき上がって、最近サボり気味の太刀川に迫りそうな勢いで――いやもう抜いたんでしたっけ?」

「知らねーよ。やめろやめろ、風間の話なんて。煙草がマズくならあ」

「先に名前出したのは諏訪さんだし、諏訪さん煙草なんか吸ってないじゃないですか」

「これから吸うんだよ、これから! そう、俺はこれからの男なんだよ。酒も煙草もA級昇格も全部これからだ。今日だって訓練の手伝いついでに、ひよっこ共から使えそうなやつ見繕いに来たんじゃねーか。ワカったらモニターから目ぇ離すなよ堤!」

「離してませんよ、ちゃんと見てます。目瞑ってるように見えますか?」

「おまえ、外見弄りは良くないっつっといてその振りは卑怯だろ」

 

 

 ははは、とトレードマークの糸目を微塵も崩さぬまま朗らかに笑う堤大地。彼の両目が開かれたとき、烏丸京介を頂点とするボーダーイケメンランキングに変化が起きると言われているが、その真実を知る者はボーダーには存在しない。諏訪洸太郎に関しても、それは例外ではなかった。

 こいつも大概、何考えてんのかよくわかんねえやつだよなと諏訪洸太郎は思う。特に入隊前から接点があった訳でもないのだが、同じ銃手(ガンナー)というポジション、訓練で何度か顔を突き合わせているうちに、話してみると意外と馬が合った。(チーム)を組まないかと声を掛けたときにも二つ返事で了承を受け、それ以降も特に不満を漏らすことなく、B級中位で燻る自分についてきてくれている。俺がこいつの立場だったら見込みねーなっつってさっさと切り捨てちまうけどな、こんな自分(やつ)

 ……って、これこそ『諏訪さんらしくない自虐』ってやつだな。やめだ、やめやめ。

 

 

「――諏訪さんは自分のことパッとしないって言いますけど、オレはそのうち、なんかデカいことやってくれるんじゃないかと思ってますけどね」

 

 

 手元のキーボードをカタカタと弄りながら、唐突に堤がそんなことを言う。何言ってんだこいつはと訝しげな視線を諏訪が向けてみても、糸目の男は相変わらずの柔和な笑みを崩さないままだ。

 

 

「デカいことって、たとえば何だよ」

「具体的に何かって聞かれたらアレですけど、そうですね――新種のトリオン兵に出くわすとか、近界(ネイバーフッド)のトリガー使いと一騎打ちするとか」

「なんだそりゃ? 百歩譲って新手のトリオン兵は別にいいけどよ、人型近界民(ネイバー)なんざ遠征にでも選ばれねえ限り早々出くわすもんじゃねーだろ」

「でも、迅のやつがたまに言ってるじゃないですか。いつになるかまでは()えないけど、そのうち三門で大きな戦いがあるから、皆その時のためにパワーアップしておいてねーって」

「……んなドデカい争いで、俺なんぞが何かしら結果残せるたあ思えねーけどな」

「ま、(ロマン)の話ですよ、(ロマン)の。市民の暮らしを考えたら、そんな戦いは起きないに越したことないですけどね。起こるって断言されちゃったからには、少しは希望持っておかないと」

「ロマン、ね」

 

 

 こいつは賭け事(ギャンブル)には向いてねーな、と呆れ顔で諏訪は堤を眺める。そんな大穴狙いの博打を打つような性格だから、例の殺人炒飯で二度も外れを引く(死ぬ)羽目になるのだ。一説によれば、10回中8回は絶品の代物がお出しされると言われているのに。尤も、実際に加古望(あの女)の炒飯の話題で良い評判を聞いたことなど一度もないので、単なるデマかもしれないが。

 悪貨は良貨を駆逐する――とは意味の異なる話だが、悪評の方が有名になると、好評というのは得てしてその陰に埋もれてしまうものだ。加古望が人知れず8つもの絶品を作っていたとしても、残り2つの失敗作を口にした者が『加古望の作る炒飯には人を殺せる力がある』などと声高に主張すれば、それを聞いた者たちは『ああ、彼女の作る炒飯は不味いのだな』という認識を抱くことであろう。無論その逆も然りであり、好評を聞きつけ期待と共に炒飯を口にした結果、死出の旅路を歩む羽目になった者もいるのかもしれない。結局のところ評価者に罪はなく、創作者に求められているのは、常に最高の作品を顧客へと提供し続けることなのだ。一度たりとも失敗は許されない。他人の評価を気にするのであれば、の話であるが。

 ……つっても、わざわざ人に振る舞うからには『美味しい』って言ってもらいたくて食わせてるんだと思うんだが、その辺どう思ってんだかな、加古(アイツ)は。まあ、どうでもいいけどよ。

 

 

「――じゃあよ。そんな大穴狙いのおまえから見て、『こいつが買いだ!』って思うような新人(ルーキー)、こん中にいるか?」

 

 

 モニターに向けて諏訪が顎をしゃくる。別に本気で尋ねた訳ではなく、話の流れの一環、程度の気持ちで口にした言葉だった。単に優れた者を選びたいのであれば、全員の結果が出た後で優秀な成績を収めた者に声を掛ければいいのだから。

 

 

「その振りからすると、()()()()以外で、ってことですよね」

「そういうこった。そいつらは良い結果出しても特に意外じゃねーからな」

「うーん、そういうことなら――この子かな」

 

 

 そう言って堤が指差した先に映っているのは、真剣な表情で他の隊員の訓練風景を眺めている、そばかす顔の少年であった。顔つきにも体格にもやや幼さが残っており、こう言うのもアレだが、その――冴えない風貌をしている。それこそ『パッとしない新人』そのものにしか、諏訪の目には映らなかった。

 

 

「……こいつかあ? おいおい、テキトーに選んだんじゃねーだろうな。いや、無茶振りだってのは俺もワカってっけどよ」

「いや、結構良い目つきしてますよこの子。他の子達は割とお遊び気分って感じですけど、この子からはなんていうか、『やってやるぞ!』的な気概が見えるっていうか――雰囲気ですけどね」

「ロマンを感じる、ってやつか?」

「そうですね。諏訪さんと同じです」

「だったら、こいつもハズレくせえな」

 

 

 先の自虐的な気分を引き摺っていたのか、ついついそんな言葉が口をついて出た。らしくないと再び突っ込まれるかと思ったのだが、代わりに返ってきたのは思いもよらぬ提案であった。

 

 

「じゃあ、賭けてみませんか? この子が()()取れるかどうか」

「……満点って、大きく出たなおい。一発目で取れた奴ほとんどいねーだろ。それこそさっきの、新人離れした連中でなきゃ出せねえ記録じゃねーか」

「せっかく大穴に賭けるんですから、配当金(当たり)もデカくないとつまんないでしょ。諏訪さんだって、流石に満点取ったらこの子のこと誘うのに渋い顔はしませんよね?」

「満点取ったらな、取ったら。ま、期待は出来そうにねえけどよ」

「過度に抱かれるのは大変でしょうけど、一切されないのもそれはそれで寂しいものだと思いますけどね、()()って――あ、ちょうどこの子の番みたいですよ。さーてどうなるかな」

「おまえ、観客気分もいいけどちゃんと仕事しろよな。おら、バムスター出してやったからさっさと合図(コール)入れろ」

「おおっと、了解了解――あー、『1号室、用意』」

 

 

 『1』の番号が割り振られたモニターの中、そばかす顔の少年が弧月(カタナ)を構え、大型近界民(バムスター)と向き合っている。それなりに様になってはいるが、あくまで()()()()だ。これといった個性を感じられない分、却って凡庸感が増したような気さえする。正隊員の名だたる弧月使いらの隣に並べたら、あっさりと埋没してしまいそうな端役(モブ)っぽさである。

 とはいえ――堤大地(チームメイト)の意見に若干、流されている面もあるのかもしれないが。 

 言われてみりゃ確かに、何かやりそうなツラに見えなくもねえかもな――と、諏訪洸太郎はこの時初めて、笹森日佐人(未来のチームメイト)に対して、ささやかな期待を抱いたのであった。

 

 

 

 

 

「始め!」

 

 

 

 

 

 ――ま、やるだけやってみろよ、ミスター訓練用(チュートリアル)トリガー。

 ……ああ、()()()()はまだ付かねえか。そこのおまえも、俺も、今は。

 

 

 

 

 ――この大型近界民(ネイバー)の動きには規則性がある。前二人の訓練を眺め終えて、笹森日佐人が至った結論はそれだった。

 まず、こちらから手を出さない限りは動かない。奥寺常幸が40秒もの間ただただ思案に耽ることを許されたのは、大型近界民(ネイバー)の方もその間じっとしていたからだ。笹森が望む近界民(ネイバー)の挙動は停滞ではない。故に小荒井登と同じく、笹森の初動は踏み込みからの一太刀であった。

 近界民(ネイバー)の腹にうっすらとした刀傷が付く。とてもダメージと呼べるものではないが、問題ない。どの道もう(ここ)を狙うつもりは毛頭ないのだ。それよりも――

 

 

(――来た! ()()()()()()()()()!)

 

 

 自身を圧し潰さんと頭上を覆う怪物の前足を見上げつつ、笹森は内心で安堵する。僅か二人ではサンプルとして不充分なのではないかという懸念もあったのだが、ここまでは想定していた通りの流れだ。たとえ致死の一振りであろうと、来ると判っている攻撃であれば何も恐れることはない。恐れることは――

 

 

(うわっ……!)

 

 

 ――ない、と必死で自分に言い聞かせたのだが、流石に巨大な質量の塊が降ってくるのを目と鼻の先で体感してみると、仮初の身体(トリオン体)であろうと肝が冷える。後方へのステップで踏みつけを交わしつつ、笹森は次の段階に備え、弧月を握る手に力を込めた。

 そう、この後が肝心だった。大型近界民(ネイバー)が踏みつけの次に取る動作は、()()()()()()体当たり。奥寺常幸は動揺していて気が付かなかったようだが、口の中に攻撃を仕掛けたいのであれば、このタイミングで一撃を入れるチャンスが来る。開始してからまだ10秒も経っていないだろう。ここで止めを刺すことが出来れば、かなりの好記録になる筈――

 

 

 ――そんな笹森の願望を打ち砕くように、大型近界民(ネイバー)は彼の眼前へと振り下ろした左の前足を、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な……!?」

 

 

 大型近界民(ネイバー)の予期せぬ前蹴りに、笹森は反応することが出来なかった。力を込めていたおかげで辛うじて弧月は手放さずに済んだものの、彼の身体はサッカーボールの如く訓練室の床を跳ねて、部屋の壁に叩きつけられたことでようやく止まった。生身であれば間違いなく即死級の衝撃であったが、痛みはない。傷の一つもない。ただ、困惑だけが彼の胸中を埋め尽くしていた。パターンが変わった。何故――

 笹森日佐人の不幸は、踏みつけを()()()()()()()()()()()()ことにある。大型近界民(ネイバー)――もとい訓練用トリオン兵(バムスター)にとって、突進というのは中距離戦用の選択肢(プログラム)だった。小荒井登、奥寺常幸の両名は必死の横っ飛びでバムスターから距離を取ったことにより突進という動作を引き出したのだったが、笹森は彼らとは異なる回避行動を取ったがために、バムスターの選択肢(プログラム)に変化を与えてしまった。彼らと同じパターンを相手に求めるのであれば、突進という動作が確定する瞬間まで、笹森もまた自身の行動を前の二人と変えてはいけなかったのだ。

 

 

「うっ……」

 

 

 眩暈がする。ダメージによるものではない、精神的動揺から来るものだ。失敗した。挽回を――しなければならない。しかしどうする? この次はどうやって動けばいい? 事前に立てていた計画(プラン)はもうぐちゃぐちゃだ。大型近界民(ネイバー)はもう動き出している。奥寺常幸のように思考を費やしている余裕はない。とにかく対応だ。()()()()()()()()()()()。このまま壁際にいては潰されてしまう。故に、自分はこの()()()()()()()()()()()()()()――

 

 

「――違う! チャンスだ、よく視るんだ!!」

 

 

 ()()()()()()()

 目を凝らして、揺らぐ視界の焦点(ピント)を合わせる。そこには確かに、笹森の待ち望んでいた好機(チャンス)が映っていた。()()()()()()()()()()()()大型近界民(ネイバー)。弱点と思しき白いモノアイ(一つ目)を、これでもかという程に晒している。

 反射的に体が動いた。弧月を腰だめに突き出して、そのままの姿勢で地を蹴り、前に出る。圧倒的質量差で向かってくる怪物(ネイバー)の口内めがけて、真正面から刃を突き立てた。

 尋常ならざる衝撃が手元から全身を駆け抜け、再び壁へと跳ね飛ばされる笹森。今度こそ弧月が手を離れていき、柄の部分だけがからからと音を立てて地面を転がっていく。どうやら根元から刃が折れてしまったようだ。しかしその折れた部分が見当たらない。一体どこへ――

 

 

 ――地面から顔を上げた先に、その答えがあった。

 大型近界民(ネイバー)の目玉を割るように、折れた弧月の刀身が突き刺さっていた。口から煙を吐いて沈黙している巨体に、動き出す気配は微塵もない。明らかに機能を停止している(死んでいる)。ということは――

 

 

『――1号室終了。記録――18秒!!』

 

 

 ――倒せた。18秒。1()()18秒ではない。前の二人からちょうど、秒針一回り分の時間を更新したことになる。

 壁に背中を預け、そのままずるずると崩れ落ちる笹森。終わりを告げられた途端に、足から力が抜け落ちてしまった。頭の方も正常に機能している感じがしない。全ての感覚が、なんというか、ふわっとしていた。

 

 

「うおお、マジかよ!? あいつすっげーな!!」

「あー……そっか、突進の時に避けないで反撃してればそこで終わってたのか……なんであそこでビビっちゃったんだろオレ……」

「普段から逃げ腰がクセになってっから肝心な時になっても前に出られねーんじゃねーの?」

「ううううるさいな! 馬鹿正直に真正面から突っ込むだけのやつよりよっぽどマシだろ!」

「なんだとー!?」

「なんだよ!?」

 

 

 例の二人が遠くの方で何やらぎゃあぎゃあと言い争っている。結果だけ見れば確かに彼らを大幅に上回ったのだが、まるで喜びが湧いてこない。本来であれば自分もまた、彼らと似たり寄ったりの記録に終わっていてもおかしくなかったのだ。あの時の呼びかけがなければ、きっと今頃も大型近界民(ネイバー)を相手に錯乱しながらのチャンバラごっこを繰り広げていたに違いない。

 

 

「お疲れ様。立てるかい?」

 

 

 いつの間にか歩み寄ってきていた嵐山准が、労いの言葉と共に手を差し伸べてくる。半ば上の空でありがとうございますと応じつつ、笹森は辺りをきょろきょろと見回した。()()は何処だろう。彼女に礼を言わなければならない。この記録は自分の力だけで勝ち取ったものではないのだ。声がしたのはどの辺りからだっただろうか? 客席からではなかったと思う。と、なると――

 

 

「そこの彼女じゃないのかな、笹森くんのお目当ては」

 

 

 嵐山が横目で示した先に、尋ね人はいた。

 くせっ毛気味の黒髪をうなじの真ん中くらいまで伸ばした、穏やかな顔立ちの訓練生だ。男子としてはそうでもないが、女子としてはやや高めの背丈がある。その割に顔は小さめで、体格の方もすらりとしている。隣に立つ白い肌の少女と親しげな談笑を交わす姿が、何とも絵になっていた。

 不意に彼女がこちらを向いて、遠巻きに眺めていた笹森と視線がぶつかり合う。異性との会話に慣れている訳でもない笹森は思わず目を逸らしかけたが、感謝を伝えようという相手にその対応はないだろうと思い直して、軽い会釈をしてから嵐山と共に彼女の方へと歩いていった。

 

 

「――あの。さっきは、ありがとうございました」

 

 

 そして改めて、深々と頭を下げる。さっきからお辞儀とお礼ばかりだな、と少しだけ思った。

 顔を上げると、目の前の女性は照れ臭そうにたははと笑い、ぽりぽりと頬を掻きながら。

 

 

「いやー、お恥ずかしい。勿体ないなと思って、ついつい大声出しちゃったよ」

「勿体ない、ですか?」

「その、せっかく目の前にどうぞぶん殴って下さいって感じで顔を突き出してる相手がいるのに、君の中に()()()()()()()()()()もんだから、『違う、そうじゃない!』って思っちゃってさ。前の二人には何も言わなかったのに君だけエコヒイキしたみたいになっちゃったけど、そこはご愛嬌ってことで」

 

 

 そう言って彼女は、相も変わらずやいのやいのと互いの揚げ足を取り合っている前の二人(コアデラ組)の方を眺めてから、「……ま、あの二人はあれでいいか、うん」と呟いた。よく理解らないが、彼女の中で何かの結論が出たらしい。

 

 

「それにしても、あんまり嬉しそうじゃないね。やっぱり、蹴りを貰っちゃったことが心残り?」

 

 

 それも()()()()なのか。先の助言にしてもそうだが、自分はそこまで考えていることが顔に出るタイプなんだろうか? 或いはこの女性が特別、優れた洞察力を持っているのか――そんなことを考えつつ、笹森は彼女の問いかけに応える。

 

 

「……それもありますけど。蹴りを貰ったことそのものより、自分一人じゃ立ち直れなかったことの方が――悔しかったです」

「君も男の子だねえ」

 

 

 ワカるワカる、とうんうん頷くくせっ毛の女性。随分と熱の籠もった共感っぷりである。君()、だなんて言っているが、まるで自分も男子であるかのような口ぶりだ。丸みを帯びた顔付きといい不自然さのない透き通った高めの声色といい、明らかに女性以外の何物にも思えないのだが。

 

 

「となると、僕のしたことはお節介だったかな」

「あ――その、すみません。そういうつもりで言った訳じゃ」

「ごめんごめん、意地の悪いことを言ったね。ちゃんと()()()()()から大丈夫。――まあ、一人で何とかしようと思っても、どうにもならない時ってあるよね、やっぱり」

 

 

 自身の()()()()()()を思い出しているのか、少女が苦笑を浮かべている。初対面でこんなことを尋ねてもいいものかと思ったが、少女の醸し出す気さくな雰囲気に釣られて、気が付けばこう口にしていた。

 

 

「……そういう時って、誰かに頼っても、いいものなんですかね?」

「――その質問に『駄目だ』って答える資格は、僕にはないな。本当に、色々な人の力を借りて、ここまで来たものだから」

 

 

 言いながら、くせっ毛の少女が隣に立つ白い肌の少女をちらりと見る。視線に気付いた白い肌の少女は目をぱちくりさせてから、愉快そうに口の端をうっすらと釣り上げて「うふふ」と笑った。その笑みの意味するところは笹森には理解らない。理解する必要もないな、と思った。これ以上は流石に、他人が踏み込むことでもないだろう。何事にも境界線(ボーダーライン)というものは存在するのだ。

 

 

「ただ、()()()()()()()()として言わせてもらうと――誰にも頼らないぞって思ってても、ここ(ボーダー)の人達は優しい人が多いから、そういう()()()を放っておいてはくれないと僕は思うね」

「……強がり、ですか」

「言葉が悪いかな? 僕だっていつかは、独り立ちしようと思ってはいる訳だし――でも、出来もしないうちから無理なことをしようとすると、誰かに止められるってことだけは学んだよ。大人(ミスター)を目指すのはいいけれど、焦りは禁物ですよ、()()――ってね」

 

 

 ()()。自分が無茶をしようとした時に、それは駄目だと止めてくれる誰か。そんな相手に出会うことが出来れば、自分も少しは大人(ミスター)とやらに近づけるのだろうか。今の笹森には、どうにもピンと来ない話だった。

 そう、これから先の話など、今の自分には何もわからない。子供染みた憧れを抱いてボーダーに入隊を果たしたはいいが、仮に正隊員への昇格が成ったところで、誰かと隊を組むアテもなければ個人的な目標も特にはない。そんな自分であっても、ボーダーの人間は放っておかないとでもいうのだろうか。

 こんな自分(オレ)を見てくれている誰かなんて、本当に、いるんだろうか?

 

 

 笹森日佐人は宙を見た。

 そんな()()がいるのなら、今すぐにでも会ってみたい。そう思った。

 

 

 

 

「ああ――()()()()! いやー、あの蹴りがなければなあ、もうちょっとだったんだけどなあ……ねえ諏訪さん、惜しかったですよねこの子」

「……あー。まー、そーだな」

 

 

 記録の通達後、即座に訓練室へのマイクを切ってまるで我が事のように嘆く堤大地と、なんとも雑な相槌で応じる諏訪洸太郎。

 確かに記録自体は惜しかったが、そもそも肝心の内容が良くなかった。寸でのところで復帰(リカバリー)が間に合ったとはいえ、あの前蹴り直撃はかなりのイメージダウンだった。野球に例えるなら一人に長打を打たれ後続の打者にも四球を連発、塁上をランナーで埋めながらも辛うじて無失点に抑えた炎上間近の抑え投手といったところだ。ネット上の実況はさぞかしファンの悲鳴で埋まっている、そんな感じ。

 そんな諏訪の心境を察したのか、興奮気味のトーンを抑え平時のテンションに戻った堤が、やや遠慮気味に尋ね直す。

 

 

「……リアクション微妙ですね。やっぱりダメでした? この子」

「――いや」

 

 

 だからこそ、次に発した諏訪の一言は、堤にとっても意外だったに違いない。

 

 

「獲るわ。こいつ」

「あれ、マジですか。なんか心境の変化でもありました?」

「別にそういうワケじゃねーけどよ、なんつーか――」

 

 

 言いながら、諏訪は改めてモニターを注視する。

 画面に映る笹森日佐人の表情に、喜びの色はない。()()自体は逃したものの、新人としては充分破格の記録なのだから、もう少しはしゃいでも良さそうなものだ。ところが、そばかす顔の少年が浮かべているのは、不服というか煮え切らないというか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()――そんな歯痒さが垣間見える、現状に満足していない者の顔だった。

 ()()()()()()()()()()。そんなことを思ったのだ。合理的とは言い難いその決断は、入隊時から高ポイントを所持する完成度の高い隊員に声を掛け、迅速なるキャリアアップを果たした同年代の隊員、風間蒼也に対する反抗心の顕れでもあったのかもしれない。無名の新人を見出し結果を出すことで、あの小憎たらしい澄まし顔の鼻を明かしてやりたい。そんな幼稚なライバル意識が、全くないと言ってしまえば嘘になる。

 けれども、結局のところ、決め手になったのは。

 

 

「――1回こっきりでハズレって決めつけることもねーかもなって、そう思っただけだよ」

 

 

 要するに――堤大地が笹森日佐人に感じた()()()という奴を、もう少し長い目で追いかけてみてもいいんじゃないかと、そう思ったのである。

 そもそも自分は、笹森日佐人を惜しむに値する相手だとすら思っていなかったのだ。そんな自分の観察眼に比べたら、まだ堤の感覚の方が当てになるだろう。後はまあ、これこそ夢見がち(ロマンチスト)な考え方かもしれないが――たった一度の挑戦で成就しないからこそ、ロマンとはロマン足り得るものだろう、とか。どうにも上手い表現が見つからないのだが、とにかく――

 諏訪洸太郎もまた、笹森日佐人の()()()()(ロマン)を見た。それだけの話だ。

 

 

「ははあ……なるほど、それはそれは」

 

 

 何やらしたり顔でうんうん頷く糸目の男。何だこいつ、と顔を顰める諏訪。今の発言の一体どこに、この男にこんな反応をさせる要素があったというのだろうか。意味が理解らない。

 

 

「んだよ、言いたいことあんならはっきり言いやがれ」

「いやー、何だかんだ言って諏訪さんもオレの賭け(ギャンブル)に乗っかってくれるんだなあと思って」

「言っとくが、その調子で例の炒飯にまで付き合わせようとしても無駄だかんな。それだけは死んでも食わねえぞ、俺は」

「ハハハ、面白いこと言いますね諏訪さん。死んでも食わないとか言ってますが、食べたところでどの道死ぬんですよアレは」

 

 

 笑い声が乾き切っていた。地獄を()()()()者のみに発せられる、魂の呻きであった。なんで炒飯一つ食うのにここまで身体張ってんだろうかこいつは。

 堤大地の賭け(ギャンブル)に乗る。それは即ち、加古望の炒飯を自らの意思で口にするに等しい、馬鹿げた行為なのかもしれない。けれどいつの日か、笹森日佐人の才能が花開き、目覚ましい成長を遂げるような日が来るのであれば――

 

 

 ――その時になったら、こいつもあり付けたりするんじゃねえの、絶品炒飯。

 

 

 加古望の炒飯を食べても、死なずに生き残る堤大地。

 それは確かに(ロマン)のある話だと、死相を浮かべながらも訓練のサポート業務に戻った堤の隣で、諏訪洸太郎は一人、くつくつと笑った。




日佐人の勇気が三門市を救うと信じて……!
ご愛読ありがとうございました!


Q. 葉月くんはいつになったら正隊員になれるの?
A. フフッ…わかんねえだろ? オレもわかんない
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