葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~ 作:Amisuru
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そういえば原作の入隊訓練で諏訪さん達が手伝いやってたなあ
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…………(『女性の声』と書いてしまった前話の室内音声をサイレント修正)
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ヨシ!!
「――今期の新人、パッとしねーなー。未だに1分切ったやつすらいねえって、ヤバくねえか?」
バムスターの転送から開始・終了のアナウンスまで、戦闘訓練の全てを司っているコントロールルーム。幾重にも並んだモニターを眺めつつ、諏訪洸太郎は背もたれ付きの椅子に身体を預け、
「いやー、一時期の新人が凄すぎただけでしょ。前期で言えば照屋歌川菊地原、その前は米屋犬飼荒船香取――誰も彼も皆、新人離れした記録出してましたからね。そいつらと比べるのはさすがにかわいそうだ」
「……なんか俺ら、来期もそのまた来期になっても似たようなこと言ってそうな気がすんな」
「それ、推理ですか? 諏訪さんお得意の」
「違えよ、なんかのカンだ、カン。それに俺は推理物好きだけどよ、別に推理自体が得意ってワケじゃねえよ」
「ああ、得意なことと好きなことって一致するとは限りませんもんね……」
先日口にした
「……ま、パッとしねーのは俺らも一緒かもな」
「諏訪さんらしくない自虐ですね。急にどうしたんですか」
「俺だってちったあ思うとこあんだよ。風間の野郎は一期であっさり昇格決めやがったってのに、俺は今期もB級のど真ん中から出直しと来たもんだ。あんにゃろ、身長の方は成長止まってる癖に順位の方はアホみてーな速さで伸ばしていきやがって」
「外見弄りは感心しないですよ諏訪さん。……まあ、確かに風間さんは今一番上り調子の隊員ですよね。大物
「知らねーよ。やめろやめろ、風間の話なんて。煙草がマズくならあ」
「先に名前出したのは諏訪さんだし、諏訪さん煙草なんか吸ってないじゃないですか」
「これから吸うんだよ、これから! そう、俺はこれからの男なんだよ。酒も煙草もA級昇格も全部これからだ。今日だって訓練の手伝いついでに、ひよっこ共から使えそうなやつ見繕いに来たんじゃねーか。ワカったらモニターから目ぇ離すなよ堤!」
「離してませんよ、ちゃんと見てます。目瞑ってるように見えますか?」
「おまえ、外見弄りは良くないっつっといてその振りは卑怯だろ」
ははは、とトレードマークの糸目を微塵も崩さぬまま朗らかに笑う堤大地。彼の両目が開かれたとき、烏丸京介を頂点とするボーダーイケメンランキングに変化が起きると言われているが、その真実を知る者はボーダーには存在しない。諏訪洸太郎に関しても、それは例外ではなかった。
こいつも大概、何考えてんのかよくわかんねえやつだよなと諏訪洸太郎は思う。特に入隊前から接点があった訳でもないのだが、同じ
……って、これこそ『諏訪さんらしくない自虐』ってやつだな。やめだ、やめやめ。
「――諏訪さんは自分のことパッとしないって言いますけど、オレはそのうち、なんかデカいことやってくれるんじゃないかと思ってますけどね」
手元のキーボードをカタカタと弄りながら、唐突に堤がそんなことを言う。何言ってんだこいつはと訝しげな視線を諏訪が向けてみても、糸目の男は相変わらずの柔和な笑みを崩さないままだ。
「デカいことって、たとえば何だよ」
「具体的に何かって聞かれたらアレですけど、そうですね――新種のトリオン兵に出くわすとか、
「なんだそりゃ? 百歩譲って新手のトリオン兵は別にいいけどよ、人型
「でも、迅のやつがたまに言ってるじゃないですか。いつになるかまでは
「……んなドデカい争いで、俺なんぞが何かしら結果残せるたあ思えねーけどな」
「ま、
「ロマン、ね」
こいつは
悪貨は良貨を駆逐する――とは意味の異なる話だが、悪評の方が有名になると、好評というのは得てしてその陰に埋もれてしまうものだ。加古望が人知れず8つもの絶品を作っていたとしても、残り2つの失敗作を口にした者が『加古望の作る炒飯には人を殺せる力がある』などと声高に主張すれば、それを聞いた者たちは『ああ、彼女の作る炒飯は不味いのだな』という認識を抱くことであろう。無論その逆も然りであり、好評を聞きつけ期待と共に炒飯を口にした結果、死出の旅路を歩む羽目になった者もいるのかもしれない。結局のところ評価者に罪はなく、創作者に求められているのは、常に最高の作品を顧客へと提供し続けることなのだ。一度たりとも失敗は許されない。他人の評価を気にするのであれば、の話であるが。
……つっても、わざわざ人に振る舞うからには『美味しい』って言ってもらいたくて食わせてるんだと思うんだが、その辺どう思ってんだかな、
「――じゃあよ。そんな大穴狙いのおまえから見て、『こいつが買いだ!』って思うような
モニターに向けて諏訪が顎をしゃくる。別に本気で尋ねた訳ではなく、話の流れの一環、程度の気持ちで口にした言葉だった。単に優れた者を選びたいのであれば、全員の結果が出た後で優秀な成績を収めた者に声を掛ければいいのだから。
「その振りからすると、
「そういうこった。そいつらは良い結果出しても特に意外じゃねーからな」
「うーん、そういうことなら――この子かな」
そう言って堤が指差した先に映っているのは、真剣な表情で他の隊員の訓練風景を眺めている、そばかす顔の少年であった。顔つきにも体格にもやや幼さが残っており、こう言うのもアレだが、その――冴えない風貌をしている。それこそ『パッとしない新人』そのものにしか、諏訪の目には映らなかった。
「……こいつかあ? おいおい、テキトーに選んだんじゃねーだろうな。いや、無茶振りだってのは俺もワカってっけどよ」
「いや、結構良い目つきしてますよこの子。他の子達は割とお遊び気分って感じですけど、この子からはなんていうか、『やってやるぞ!』的な気概が見えるっていうか――雰囲気ですけどね」
「ロマンを感じる、ってやつか?」
「そうですね。諏訪さんと同じです」
「だったら、こいつもハズレくせえな」
先の自虐的な気分を引き摺っていたのか、ついついそんな言葉が口をついて出た。らしくないと再び突っ込まれるかと思ったのだが、代わりに返ってきたのは思いもよらぬ提案であった。
「じゃあ、賭けてみませんか? この子が
「……満点って、大きく出たなおい。一発目で取れた奴ほとんどいねーだろ。それこそさっきの、新人離れした連中でなきゃ出せねえ記録じゃねーか」
「せっかく大穴に賭けるんですから、
「満点取ったらな、取ったら。ま、期待は出来そうにねえけどよ」
「過度に抱かれるのは大変でしょうけど、一切されないのもそれはそれで寂しいものだと思いますけどね、
「おまえ、観客気分もいいけどちゃんと仕事しろよな。おら、バムスター出してやったからさっさと
「おおっと、了解了解――あー、『1号室、用意』」
『1』の番号が割り振られたモニターの中、そばかす顔の少年が
とはいえ――
言われてみりゃ確かに、何かやりそうなツラに見えなくもねえかもな――と、諏訪洸太郎はこの時初めて、
――ま、やるだけやってみろよ、ミスター
……ああ、
――この大型
まず、こちらから手を出さない限りは動かない。奥寺常幸が40秒もの間ただただ思案に耽ることを許されたのは、大型
(――来た!
自身を圧し潰さんと頭上を覆う怪物の前足を見上げつつ、笹森は内心で安堵する。僅か二人ではサンプルとして不充分なのではないかという懸念もあったのだが、ここまでは想定していた通りの流れだ。たとえ致死の一振りであろうと、来ると判っている攻撃であれば何も恐れることはない。恐れることは――
(うわっ……!)
――ない、と必死で自分に言い聞かせたのだが、流石に巨大な質量の塊が降ってくるのを目と鼻の先で体感してみると、
そう、この後が肝心だった。大型
――そんな笹森の願望を打ち砕くように、大型
「な……!?」
大型
笹森日佐人の不幸は、踏みつけを
「うっ……」
眩暈がする。ダメージによるものではない、精神的動揺から来るものだ。失敗した。挽回を――しなければならない。しかしどうする? この次はどうやって動けばいい? 事前に立てていた
「――違う! チャンスだ、よく視るんだ!!」
目を凝らして、揺らぐ視界の
反射的に体が動いた。弧月を腰だめに突き出して、そのままの姿勢で地を蹴り、前に出る。圧倒的質量差で向かってくる
尋常ならざる衝撃が手元から全身を駆け抜け、再び壁へと跳ね飛ばされる笹森。今度こそ弧月が手を離れていき、柄の部分だけがからからと音を立てて地面を転がっていく。どうやら根元から刃が折れてしまったようだ。しかしその折れた部分が見当たらない。一体どこへ――
――地面から顔を上げた先に、その答えがあった。
大型
――倒せた。18秒。
壁に背中を預け、そのままずるずると崩れ落ちる笹森。終わりを告げられた途端に、足から力が抜け落ちてしまった。頭の方も正常に機能している感じがしない。全ての感覚が、なんというか、ふわっとしていた。
「うおお、マジかよ!? あいつすっげーな!!」
「あー……そっか、突進の時に避けないで反撃してればそこで終わってたのか……なんであそこでビビっちゃったんだろオレ……」
「普段から逃げ腰がクセになってっから肝心な時になっても前に出られねーんじゃねーの?」
「ううううるさいな! 馬鹿正直に真正面から突っ込むだけのやつよりよっぽどマシだろ!」
「なんだとー!?」
「なんだよ!?」
例の二人が遠くの方で何やらぎゃあぎゃあと言い争っている。結果だけ見れば確かに彼らを大幅に上回ったのだが、まるで喜びが湧いてこない。本来であれば自分もまた、彼らと似たり寄ったりの記録に終わっていてもおかしくなかったのだ。あの時の呼びかけがなければ、きっと今頃も大型
「お疲れ様。立てるかい?」
いつの間にか歩み寄ってきていた嵐山准が、労いの言葉と共に手を差し伸べてくる。半ば上の空でありがとうございますと応じつつ、笹森は辺りをきょろきょろと見回した。
「そこの彼女じゃないのかな、笹森くんのお目当ては」
嵐山が横目で示した先に、尋ね人はいた。
くせっ毛気味の黒髪をうなじの真ん中くらいまで伸ばした、穏やかな顔立ちの訓練生だ。男子としてはそうでもないが、女子としてはやや高めの背丈がある。その割に顔は小さめで、体格の方もすらりとしている。隣に立つ白い肌の少女と親しげな談笑を交わす姿が、何とも絵になっていた。
不意に彼女がこちらを向いて、遠巻きに眺めていた笹森と視線がぶつかり合う。異性との会話に慣れている訳でもない笹森は思わず目を逸らしかけたが、感謝を伝えようという相手にその対応はないだろうと思い直して、軽い会釈をしてから嵐山と共に彼女の方へと歩いていった。
「――あの。さっきは、ありがとうございました」
そして改めて、深々と頭を下げる。さっきからお辞儀とお礼ばかりだな、と少しだけ思った。
顔を上げると、目の前の女性は照れ臭そうにたははと笑い、ぽりぽりと頬を掻きながら。
「いやー、お恥ずかしい。勿体ないなと思って、ついつい大声出しちゃったよ」
「勿体ない、ですか?」
「その、せっかく目の前にどうぞぶん殴って下さいって感じで顔を突き出してる相手がいるのに、君の中に
そう言って彼女は、相も変わらずやいのやいのと互いの揚げ足を取り合っている
「それにしても、あんまり嬉しそうじゃないね。やっぱり、蹴りを貰っちゃったことが心残り?」
それも
「……それもありますけど。蹴りを貰ったことそのものより、自分一人じゃ立ち直れなかったことの方が――悔しかったです」
「君も男の子だねえ」
ワカるワカる、とうんうん頷くくせっ毛の女性。随分と熱の籠もった共感っぷりである。君
「となると、僕のしたことはお節介だったかな」
「あ――その、すみません。そういうつもりで言った訳じゃ」
「ごめんごめん、意地の悪いことを言ったね。ちゃんと
自身の
「……そういう時って、誰かに頼っても、いいものなんですかね?」
「――その質問に『駄目だ』って答える資格は、僕にはないな。本当に、色々な人の力を借りて、ここまで来たものだから」
言いながら、くせっ毛の少女が隣に立つ白い肌の少女をちらりと見る。視線に気付いた白い肌の少女は目をぱちくりさせてから、愉快そうに口の端をうっすらと釣り上げて「うふふ」と笑った。その笑みの意味するところは笹森には理解らない。理解する必要もないな、と思った。これ以上は流石に、他人が踏み込むことでもないだろう。何事にも
「ただ、
「……強がり、ですか」
「言葉が悪いかな? 僕だっていつかは、独り立ちしようと思ってはいる訳だし――でも、出来もしないうちから無理なことをしようとすると、誰かに止められるってことだけは学んだよ。
そう、これから先の話など、今の自分には何もわからない。子供染みた憧れを抱いてボーダーに入隊を果たしたはいいが、仮に正隊員への昇格が成ったところで、誰かと隊を組むアテもなければ個人的な目標も特にはない。そんな自分であっても、ボーダーの人間は放っておかないとでもいうのだろうか。
こんな
笹森日佐人は宙を見た。
そんな
「ああ――
「……あー。まー、そーだな」
記録の通達後、即座に訓練室へのマイクを切ってまるで我が事のように嘆く堤大地と、なんとも雑な相槌で応じる諏訪洸太郎。
確かに記録自体は惜しかったが、そもそも肝心の内容が良くなかった。寸でのところで
そんな諏訪の心境を察したのか、興奮気味のトーンを抑え平時のテンションに戻った堤が、やや遠慮気味に尋ね直す。
「……リアクション微妙ですね。やっぱりダメでした? この子」
「――いや」
だからこそ、次に発した諏訪の一言は、堤にとっても意外だったに違いない。
「獲るわ。こいつ」
「あれ、マジですか。なんか心境の変化でもありました?」
「別にそういうワケじゃねーけどよ、なんつーか――」
言いながら、諏訪は改めてモニターを注視する。
画面に映る笹森日佐人の表情に、喜びの色はない。
けれども、結局のところ、決め手になったのは。
「――1回こっきりでハズレって決めつけることもねーかもなって、そう思っただけだよ」
要するに――堤大地が笹森日佐人に感じた
そもそも自分は、笹森日佐人を惜しむに値する相手だとすら思っていなかったのだ。そんな自分の観察眼に比べたら、まだ堤の感覚の方が当てになるだろう。後はまあ、これこそ
諏訪洸太郎もまた、笹森日佐人の
「ははあ……なるほど、それはそれは」
何やらしたり顔でうんうん頷く糸目の男。何だこいつ、と顔を顰める諏訪。今の発言の一体どこに、この男にこんな反応をさせる要素があったというのだろうか。意味が理解らない。
「んだよ、言いたいことあんならはっきり言いやがれ」
「いやー、何だかんだ言って諏訪さんもオレの
「言っとくが、その調子で例の炒飯にまで付き合わせようとしても無駄だかんな。それだけは死んでも食わねえぞ、俺は」
「ハハハ、面白いこと言いますね諏訪さん。死んでも食わないとか言ってますが、食べたところでどの道死ぬんですよアレは」
笑い声が乾き切っていた。地獄を
堤大地の
――その時になったら、こいつもあり付けたりするんじゃねえの、絶品炒飯。
加古望の炒飯を食べても、死なずに生き残る堤大地。
それは確かに
日佐人の勇気が三門市を救うと信じて……!
ご愛読ありがとうございました!
Q. 葉月くんはいつになったら正隊員になれるの?
A. フフッ…わかんねえだろ? オレもわかんない