葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~ 作:Amisuru
客席の方からぎゃっはっはっはと品性の欠片もない笑い声が聞こえてきたのでそちらの方に視線を向けると、呆れとも驚嘆とも付かない――いや呆れ顔だなこれは。
あんにゃろ、人の
「――お見事! すごい記録が出たな! ひょっとしたら歴代最速なんじゃないか?」
「いや、嵐山さん……『大庭ダウン』って言われてましたけど……これアリなんですか?」
爆心地から舞い戻った僕を笑顔で出迎えてくれる嵐山さんと、やや引き気味の表情で突っ込みを入れる奥寺くん。まあ、慎重派の彼としては一言物申したくもなる戦法だったことは間違いない。
「確かに、入隊訓練で
左手の甲を見る。確かにポイントが増えている……のだが、『2520』。ちょっと待ってくれ。この記録でたった
「……笹森くん。きみ何ポイント増えた?」
「え? あ、えーっと……1519なんで、19ポイント増えてますね」
僕らのやり取りを耳にしてか、コアデラ組も自身の左手に視線を落とす。二人のタイムは同一なので、ポイントの増加数も一致しているのは間違いない。問題はそれがどれだけ増えたかだ。この訓練の制限時間、そして僕と笹森くんのポイント変遷から察するに、彼らが得たポイント数は――
「1515……」
「1415――んん? おい奥寺、なんでオレよりおまえの方が100もポイント多いんだよ?」
「……仮入隊の間に素質を測って、その結果次第でポイントが上乗せされるって嵐山さん言ってたよな。じゃあ、ボーダー的にはオレの方が小荒井よりも
「はああああー!? なんだそりゃ、納得いかねー! よこせ奥寺、おまえのポイント50でいいからオレによこせ!」
「無茶言うなよ……でも、オレたち1分もかかったのに、あっちの二人と貰えるポイントに大して差ないんだな」
それな。
僕が獲得した20ポイント。おそらくこれが、この訓練で得られる最高点だろう。次点が笹森くんの得た19ポイント。そして、笹森くんからジャスト1分遅れの二人が15ポイント。制限時間は5分間で、1分につき4ポイントが失われる。
つまるところ。
「――満点を獲得するためには、
はい。そういうことらしいです。無理に最速とか狙う必要一切なかったみたいですね。
コアデラが突き、葉月が捏ねし
「なに、この訓練で得られる
「那須玲です」
「よし、1号室のトリを飾るのは君だ那須さん! 武器を構えて位置についてくれ!」
訓練を巻きで進めることにより、事前説明が足りなかったことへの追及を逃れようとする嵐山准(言いがかり)。いやまあ、勝手にもっとポイント入るものだと思い込んでた僕も悪いんだけど。でもそういう基準は前もって聞いておきたかったぞ嵐山さん。思わずそんな恨み節を綴ってしまうあたり、数字に囚われまくってるな僕は。いかんいかん。
嵐山さんの指示に従い、スタート地点へと移動する那須さん。彼女が手元にトリオンキューブを浮かべると、コアラ君の口からおおっと驚きの声が上がった。あれ、ひょっとしてご覧になるのは初めてですか、その
『だってあの子たち、お兄ちゃんが
うんそうだね。彼ら目線だと僕って『
まあいい。訓練の前から理解っていたことだ。嵐山さんにも言われたとおり、僕のやり方はあくまで邪道。
『――そうだね』
おや、珍しく兄の言うことに同調するじゃないかマイシスター。普段は辛辣なツッコミばっかり入れてくるくせに。
那須さんが配置に着いたタイミングで、仮初の雪景色が取り払われ、バムスター君のおかわりが召喚される。この子もぶっ壊されるためだけに何度も何度も使い回されて大変だなあ。
『……言っておくけど』
『1号室、用意』
那須さんのキューブが細かく砕け、彼女の周囲に散らばっていく。輝く無数の立方体に包まれてお馴染みの薄い微笑みを浮かべる彼女は、まさしく魔女の風格と言ったところだ。
そして今まさに彼女の魔法が放たれようという瞬間、始まりの
『お兄ちゃんは只のファン止まりかもしれないけど、
――What?
『
「――な」
『始め!』
最後の一人ゆえか、やたら気合の入った
そのおかげで、「何言ってんだお前」という僕の呟きは、誰にも聞かれずに済んだようだった。
――さて。真っ直ぐにしか飛ばせない
という訳で、開幕早々手持ちの
が、ここで予期せぬ事態が発生した。
「はあ!?」
「あら」
思わず大声を上げてしまった僕。那須さんも反応こそすっとぼけているものの、流石に軽い動揺が
カンカンカン、とバムスター君の上唇……上唇? とにかく人体でいうその辺りを、虚しく叩く
「――嵐山さん? これはどういうことなんでしょう?」
「
「……そうなると、『事前に
「想定外の状況に対処する能力を持ち合わせているか! それもボーダー隊員に求められる資質の一つだ! 切り替えていこう!」
ああもう、女だと思ってた訓練生が実は男でも即座に対応した人が言うと説得力あるなあ畜生!
とにかくマズい。何がマズいってこんな漫才をかませるだけの時間が経っても訓練が続いているという事実がマズい。開始から何秒が経過した? 10秒? 或いは20秒か? 『まだ5秒くらいだよ』そんな早口で人間が喋れる訳ないだろいい加減にしろ! 時止め中の
「まるで我が事のように慌ててくれるのね、大庭くん」
そう言う君はピンチの割に余裕あるな那須さん。踏みつけをぴょんと飛び退いて距離を取るその様を見ているとそう思うよ。
しかしどうすんだこれ? 弱点の目は塞がれ暴れボタンまで押されてしまったとなっては、最早『
「……こういう格好を付けた台詞は、いかにも
だからそのとーちゃんっていうのは一体誰なんだ那須さん!!
ああ来た! バムスター君が突っ込んできた! 案の定その口はがっちりと閉じられたままで――いや、よく見ると生えている牙がすかすかなおかげで
「――
なんですって?
いつの間に
――そう、それはまさしく魔弾であった。
僅かに開いた
『……ああ。やっぱり、すごい……』
妹の声が陶酔の極みに達していた。おそらく今の僕も、誰かに感想を訊ねられたらこいつと似たような反応を返すことになるだろう。数字に囚われるなと嵐山さんは言っていたが、今ならばその言葉の意味がはっきりと理解出来る。僕と那須さん、訓練結果でこそ僕の方が大幅に上回っているけれど、どちらが正隊員に相応しいかと問われれば、誰もが彼女を指し示すに違いない。誰だってそーする。僕もそーする。
「うおおおおおおおおお!! すげええええええええええええええ!!」
「……オレは摩子さん一筋。オレは摩子さん一筋。オレは摩子さん一筋。オレは――」
語彙力という概念を失った小荒井登(哺乳綱双前歯目コアラ科コアラ属に分類される有袋類)と、その隣で何やらぶつぶつと念仏のようなものを唱え続けている奥寺常幸。どうやら彼らも陥落したようだ。いや、一人は崖の下に落ちる寸前で必死に踏み止まろうとしているのかもしれない。まあどうでもいいや。
笹森くんも言葉にこそ表れていないが、
何か声を掛けようかと思ったが、その前に嵐山さんが彼の肩をぽんと叩いて笑いかけていた。
「20ポイント達成、おめでとうございます」
「それ、厭味かしら? 3.1秒クリアの大庭葉月くん」
「まさか」
むしろ、今となっては正攻法で挑戦しなかったことを後悔しているくらいだ。下手に最短記録に拘るよりも、
まあ、これはこれで僕らしいやり方を貫いたと言えなくもない。正道であれ邪道であれ、目標を達成するための意志さえ捨てなければそれでいいのだ。
……那須さんの前で口にすると、変な意味に捉えられそうだから言えないけれど。うん。
とにかくこれにて、1号室一同の訓練は無事終了した。暫しの間はのんびり出来そうだ。というのも、実はさっきからちょくちょく他所の訓練結果も聞こえてきているのだが、その殆どが1分オーバー、2分や3分を越えた記録も耳に入っている。どうやらコアデラ組の1分18秒という記録も、そこまで悲観するほどの結果ではないらしい。
という訳で嵐山さんの許可を頂き、他の部屋の訓練が終わるまで束の間の雑談に興じていた僕らの下へ、その報せは唐突に舞い込んできた。
……なんかやけに聞き覚えのある声だな? この
…………。
「素敵なお知り合いがいるのね、大庭くん」
「……いや、葉月って名前の隊員が僕一人とは限らないし、ほら」
「ああ、そういえばオペレーターにそんな名前の女の子がいたな。七尾葉月さんだかなんだか」
嵐山准、まさかのマジレスである。というか、完全にその場凌ぎで口にしたんだけど本当にいたのか。知らなかった。冗談抜きで。いや本当に、今の今まで知らなかったんだけど万が一ご尊顔を拝む機会があったらどうしましょう。別にどうもしないんだけど、ちょっと本当に想定外だった。それだけ。
想定外といえば、本当に
1.53秒。僕の更に半分の早さでバムスター君を仕留めた人。一体どんな人なのだろう。トリガーは何を使っているのか? ポジションは一体何処なのか? うーん、気になる。是非とも一度お会いしたい。
きっとどんな外見であれ、性格であれ――那須さんと同等、或いはそれ以上の
その素顔を目の当たりに出来る時が、つくづく楽しみだ。
「――何秒やった? 水上」
「ナチュラルに
「マジか。なんかぴょんと飛んでスッと抜いてズバッとやったら終わっとったで俺」
「長嶋か」
「おまえ大阪人やのにようその名前出せんな。そっちじゃ巨人の選手の名前は禁句ちゃうんか?」
「いや、いくら虎の住処言うても流石にミスターはセーフでしょ。そもそも俺オリファンなんで」
「ウソやろおまえ、あの日本に3人しかおらんっちゅうオリックスファンの一人やったんか」
「うちの家族だけでもフツーに4人おりますわ。ぶっ飛ばしますよホンマ」
「訓練の結果がアカンかったから言うてそないキレたらあかんで自分」
「実家に帰らせてもらいますわ」
「アカン! 待ってぇな水上! おまえに逃げられたら誰がこの子の面倒見たるねん!」
「いや知りませんよ誰なんすかその子」
「うっす! 南沢海っす! 訓練でイコさんと同じ部屋だったんすけど、イコさんマジヤバいっす! リスペクトっす! イコさんが
「ウソつけ」
「こないな感じでえらいなつかれてしもてん。な? アカンやろ自分? ここで俺らを見捨てて地元帰っても夢見悪いやろ。毎晩枕元ですすり泣く俺の幻を拝む羽目になるで」
「妖怪ゴーグルアニキって呼ばせてもらいますわ」
「おれもイコさんみたいな綽名付けられてみたいっす!」
「妖怪キューピーマヨネーズ」
「ええ~……」
「ていうか、子守りが欲しいんやったら俺やなくてマリオちゃんに頼めばいいでしょ」
「せやな。まあアレや、おまえも化け物退治に1分2分掛かったからってくよくよすんなや。ウルトラマンかて怪獣倒すのに毎回3分近く掛けとるんやから」
「……別にくよくよはしとりませんけどね。どーも俺の小細工は
「お、ええやん。後でまたいっちょ将棋でも付き合ったろか?」
「イコさん指すとき毎回王手王手言うからなー……」
「おれも水上先輩と将棋指してみたいっす!」
「2万年早いわ」
「ゼロ師匠!」
「誰がCV宮野真守やねん。もうええわ」
「ありがとうございましたー」
――第■■期、対
第3位:那須玲(15)/
記録:13秒
第2位:大庭葉月(15)/
記録:3.1秒
第1位:生駒達人(17)/
記録:1.53秒
――以上。集計担当、B級5位嵐山隊所属、時枝充。
2020/11/25
改行の増加、内容の分割、それに伴う文章の微修正等を行いました。