葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~   作:Amisuru

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汝、人を見かけで判断することなかれ

 まずは挨拶代わりに。

 

 

炸裂弾(メテオラ)

 

 

 笹森くんの足元目掛けて、分散したキューブの3分の1程度を雑にぶっ放す。

 笹森くん、即座に地を蹴ってこれを回避。跳ぶのではなく僕から見て時計回りの軌道で走って、地面に触れた炸裂弾(メテオラ)による爆発をもやり過ごしていく。

 

 

『狙いがバレてるねえ』

「……足元狙いは露骨だったかな」

 

 

 跳んで回避したところを残る3分の2で撃ち落としたかったのだが、横軸から向かってくるのか。今までの対戦とは違って、大通りっていうのが面倒だな。走れるスペースが広過ぎる。流石にこの広さを纏めてカバー出来るだけの弾丸はバラ撒けない。

 まあ、だからこその足元狙いだ。周囲のメテオラキューブが壁の役割を果たしている間は、笹森くんも容易にこちらへは近付けまい。のんびり行こう。

 もう3分の1を発射。これも同様に避けられるが、()()()()()()()()炸裂弾(メテオラ)の爆発はしっかりと地面を抉り、地形を歪め、笹森くんの走るスペースを削っている。ふふふ、この調子で見渡す限りのアスファルトを丸ごとデコボコ道に作り変えてやるぜ。ダイナマーイ!!

 

 

「くっ……!」

 

 

 おっと、気付いたかな? ぐるぐる回って時間を稼ぐのも限度があるということに。笹森くんの感情に『焦り』が()えてきたぞ。とはいえ、それでも彼は我慢するだろう。笹森くんの仕掛けたいタイミングなら判っている。僕が一度キューブを撃ち切った時だ。そこから僕がキューブを再生成(リロード)するまでの僅かな時間だけが、笹森くんにとってのチャンスタイムなのだから。

 という訳で、彼にターンを渡さないためにもここで一度とんずらこかせてもらいましょ。

 

 

「どろん」

 

 

 後方へと大きく跳躍、同時にそれまで自身の立っていた足元目掛けて残りの炸裂弾(メテオラ)を発射。煙玉を地面に放ってその場から逃れる忍者みたいな感じだ。閃光と噴煙が上手い具合に笹森くんから僕を隠してくれる。その間にテキトーに見定めた街路樹の陰へとするり。

 

 

「……いないっ!?」

 

 

 ややあって視界が晴れてきた頃、ぽつんと一人取り残された笹森くんの驚声が響く。

 ふふふ……近接オンリーの身で標的を見失うというのはさぞかし不安になることだろう。()れば理解る。しかし、こうしてランク戦を重ねてみて思ったが――僕の感情視認体質(サイドエフェクト)、中々いやらしい使い方が出来るじゃないか。自分の仕掛けが相手に効いているのかそうでないのかを判別できるというのは存外に悪くない。罠に嵌めたつもりが逆に嵌められていた、みたいな錯覚の入り込む余地がないもんな。

 

 

『その代わり、今のお兄ちゃん立ち回りがすっごいワルモノっぽいけどね』

 

 

 それは言うな。

 見晴らしの良すぎる大通りのど真ん中でぼっ立ちは流石に不味いと判断したか、笹森くんもまたその辺の木陰に身を隠す。そして首だけを出して辺りをきょろきょろ。やっていることは僕と似通っているが、未だに僕を探している時点で君の負けだ。だってほら、もう僕の手元には新たな豆腐(キューブ)がこの通り。

 という訳で死ねィ! 笹森日佐人ォ!!

 

 

炸裂弾(メテオラ)ァ!! ……あっ」

「――!?」

『なんで不意打ちするのにトリガー名を叫んだ?』

「わ、わざとだよ! ついだよ!!」

『どっちだよ』

 

 

 これはいかん。よーく狙って撃つ時はトリガー名を叫ぶというのがすっかり癖になってしまっている。どうせ叫ぶなら『僕はボーダー隊員、階級・C級! 大庭葉月だ! 今からお前を撃つ!!』ぐらいのことは言っておきたかったぜチクショウ。

 とにかく、僕の声に反応して木陰から跳び出す笹森くん。彼の背後で無人の街路樹を必死こいて吹き飛ばしている炸裂弾(メテオラ)の輝きが虚しい。しかもトドメの一撃になるもんだと思ってうっかり全弾ぶっ放してしまったよ。

 仕方がない、那須さんと遊んで以来の鬼ごっこと行きますか。今度は僕が逃げ回る番だ。新たな豆腐(キューブ)が生えてくるまでの僅かな時間だけね。

 

 

「とうっ!」

 

 

 最初に転送された歩道橋の上へと跳躍する。高いところなら何処でも良かったのだが、パッと目に付いたのでここへと避難することにした。さて、笹森くんは追って来てくれるかな。どうかな。

 

 

「うっ……」

 

 

 おっと、勢い任せに跳び移っては来ないか。彼が跳び移ろうと地を蹴ったら僕が道路へと降下、それを追いかけてきたら歩道橋の下を潜って再跳躍という最高にウザい無限ループを決めようと思っていたのだけれど。絵面がギャグにしかならないから出来なくて良かったかもしれない。

 ……というか、待てよ? この歩道橋というポジション、中々に悪くないのでは? ここから笹森くんが僕を斬るために採れる進路(ルート)など、両端の階段を駆け上がるか直接跳び移るかのどちらかしかあるまい。前者であれば上り切ってそのまま一本道を突っ込んでくるタイミングで、後者であれば跳んだ瞬間に炸裂弾(メテオラ)をぶっ放す。いずれにせよ彼に生還の芽は無い。

 王手だ。期せずして僕は王手を指してしまっていたらしい。『負けました』という水上さんの声が思い起こされる。投了の際にはそう宣言するのが将棋のマナーなんだと祖父は言っていた。あのタイミングでその言葉が出てくるってことは、水上さんもやっていたのかな、将棋――

 ――まあ、とにかく。

 

 

It’s over, Sasamori!(終わりだ笹森くん!) I have the high ground!!(地の利を得たぞ!!)

『なんで英語で言った?』

 

 

 うーむ、なんでだろうか。

 スターウォーズは見たことがないと那須さんに言った筈なんだが……。

 

 

 

 

 ――やはり厳しい展開になってしまったと、笹森日佐人は内心で歯噛みする。

 弾丸トリガーを相手にするのはこれが初めてのことではない。諏訪洸太郎、堤大地と別れてからの数時間、笹森もまたランク戦へと身を投じ、幾人かの訓練生と矛を交えてきている。その過程で思い知らされていたことだ。弧月で弾丸トリガーの相手をするのは非常に辛い、と。

 特に追尾弾(ハウンド)はどうしようもなかった。百戦やっても勝てる気がしないと思った。そのうち追尾弾(ハウンド)使いに対戦を挑まれても絶対に拒否しようと固く誓ったほどだ。ならばこの炸裂弾(メテオラ)というのはどうだろうかということで、リストの中から最もポイントの高い炸裂弾(メテオラ)使い、大庭葉月を相手に勝負を申し込んだのだったが――その結果がこの現状だ。

 

 

It’s over, Sasamori!(笹森は終了しました!) I have the high ground!!(私は高い土地を持っています!!)

 

 

 笹森日佐人の学力は平均よりやや上、決して低くはないが取り立てて高くもないと言ったところである。洋画も吹き替え派だった。故に、中学二年生の英語力で彼は素直にその言葉を翻訳する。

 何故このタイミングで英語なのかはさっぱり理解らないが、確かに窮地だ。歩道橋という侵攻ルートが極めて限られた位置に陣取られてしまうと、刀一本では到底攻め込みようがない。相手にキューブのない今なら――とも思ってしまうが、最悪なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。地面と異なり、回避のための手段がジャンプ一本に限られてしまう。そこを二段構えの弾丸で撃ち落とすことこそが、彼女――もとい、彼の狙いなのだろう。跳ばせて落とす、単純だが強力な戦法だ。

 

 

「どうした笹森くん! 僕はこのままタイムアップでもいいんだが――言ってみてから思ったんだけど、個人ランク戦って時間制限とかどうなってるのかな? 笹森くん知ってる?」

え!? い、いや知りませんけど……」

「そうかありがとう! 返事のお礼にこの炸裂弾(メテオラ)をあげるぜぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 絶叫と共に頭上より放たれた炸裂弾(メテオラ)から身を守るべく、歩道橋の下へと潜り込む。追尾弾(ハウンド)変化弾(バイパー)ならともかく、ここにいれば射角の都合ですぐに攻撃を受けることはないだろう。とはいえ安心は出来ない。正直言ってこの大庭葉月という先輩、何をしてくるのか予想が付かない。言動の方は更に予想が付かない。訓練で助言をくれた時のミステリアスな雰囲気は何処に行ってしまったのだろうか? いや、ワケがわからない(ミステリアス)という点で言えば今もそうなのかもしれないが。

 ()()だ。とにかく一矢を報いなければ気が済まない。怒りというよりはある種の意地、()()()()()()()()()()()()()という思いが、笹森の中に芽生え始めていた。さっきから良いように振り回されている、この不甲斐ない現状を打破したい。どうにかしてあの炸裂弾(メテオラ)の雨を掻い潜り、あの無駄に整った少女の顔に一太刀を――

 ……いや、やはり狙うのは心臓にしておこう。いくら中身と言動がアレであっても、女性の顔を両断するのは流石に抵抗がある。ただでさえ男性の隊員であっても、首やら胴体やらを斬り落とすのにはまだ慣れていないというのに――

 

 

「みいつけた」

 

 

 ひっ、と喉の奥から漏れかけた悲鳴を寸でのところで堪える。歩道橋の上から逆さ吊りに首を突き出して、大庭葉月がこちらを覗き込んでいた。爪先を手すりにでも引っ掛けているのだろうか? トリオン体なら落ちたところでダメージはないとはいえ、よくもまあそんなことを――

 

 

炸裂弾(メテオラ)

 

 

 首の横からキューブの浮いた手も生えてきた。そして即座に発射される。ひいひい言いながら橋の下から脱出しつつ、笹森は考えた。相手が不安定な体勢を取っている今なら、跳び上がって斬りかかるチャンスだろうか? 大庭葉月が顔を出していない側から廻り込むように――いや、それも駄目だ。爪先を引っ掛けることで身体を支えているのなら、軽く足を上げるだけで向こうは歩道橋から降りる(落ちる)ことが出来るのだ。この攻撃も釣りだ。乗ってはいけない。

 チャンスは一度だけだ。大庭葉月が歩道橋の上から動くことなく、こちらの跳躍を許してくれる場面(シチュエーション)。それは言うまでもなく、炸裂弾(メテオラ)によってこちらを撃ち落とそうとする時だ。その迎撃を受け流す手段さえ見つかれば、不毛な追いかけっこに興じることなく、一刀のもとに切り伏せることも叶うのだが――

 駆け出した背中が爆風に煽られる。痛みも熱さも感じないのだが、熱波とは別に背中を叩く感触がある。()()()炸裂弾(メテオラ)によって吹き飛ばされたアスファルトの破片が当たっているのだ。振り向くと視界が煙によって覆われている。この状況で闇雲に撃ち込んでは来ないだろう。緊張で落ち着かない呼吸を整えつつ、再び思考する。

 炸裂弾(メテオラ)――追尾弾(ハウンド)ほどではないとはいえ、このトリガーも中々に厄介だ。きっちりと地面に着弾するよう放たれているので、一発一発の当たり判定が広い。戦闘体に直接命中しなくても、()()()()()()()()()()()という性質を有効に使われている。開戦当初もその性質を(シールド)代わりにされてしまったが、構わず攻撃を仕掛けていれば、せめて相打ちには持っていけただろうか?

 訓練の際に流れたアナウンスを思い出す。()()()()()炸裂弾(メテオラ)の爆発に巻き込まれれば、相手も無事では済まないのだ。そう――例えば、向こうが弾丸を発射するよりも早く、()()()()()()()()()()()()()()()()()でもあれば、炸裂弾(メテオラ)は脅威ではなく、こちらにとっての武器へと早変わりすることだろう。しかしそんなものどうやって――

 

 

 ……待てよ。

 もしかすると、これなら――

 

 

 

 

「――む」

 

 

 逆さに映る視界が晴れて、笹森くんの姿が露になる。今、隊服のポケットに()()を仕舞いこんでいたような?

 気がかりなのはそれだけではない。焦りと混乱に支配されていた彼の感情に変化が()える。訓練の前、バムスター君へと挑みかかる時にも感じた、勇敢なる挑戦者(チャレンジャー)の精神だ。上手くいくのかは分からないけれど、とにかくやってやるぞという感じの――彼を誘った正隊員の言葉を借りると、ロマンとかいうやつ。そう、今の笹森くんからは、()()()()()()()()()()()()()が漂っている。

 これはこっちも気を引き締めた方がいいかもしれない。ひとまずこの間抜けな体勢を止めよう。背筋運動の要領で背中を持ち上げて復帰する。トリオン体じゃなければ絶対に出来ない動きだな、これは。

 

 

「――今の僕、隙だらけだと思うんだけど、跳び込んでこないのかな?」

 

 

 口プレイで誘ってみる。実際のところ、いつでも落ちる準備は万全だ。このまま歩道橋の上から悠々と眼下の笹森くんを撃ち続けても構わないのだが、彼自身がここへと上ってきてくれるのならそれに越したことはない。

 

 

「……いいえ。多分ですけど、もうその必要はないと思います」

「――ほう?」

 

 

 これは異なことを言う。弧月使いがこちらに近づくことなく、如何にして僕を斬るというのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があるならともかく、そうでなければ笹森くんの方から跳びかかってくるしかないだろうに。まさか弧月で歩道橋を切り倒そうとでも思っているのか? 達人(イコさん)じゃあるまいし、流石に笹森くんがそこまでの技量を持っているとは考え辛いぞ。

 万全の体勢で歩道橋へと舞い戻り、全回復した炸裂弾(メテオラ)のキューブを浮かべる。一方の笹森くんもポケットに手を突っ込み、先程仕舞いこんだ()()を取り出したようだ。弧月を左手に持ち替えて、右手には正体不明の()()を握り締めている。どうやらアレが笹森くんの切り札のようだが、訓練生に使えるトリガーは一つしかない筈だ。一体、この状況下で何が有効打になり得るというのか――うーん、わからん。

 

 

『うわ、負けフラグがビンビンに立ってる』

 

 

 やめろ。ただでさえさっきから『これどう見ても僕がかませで笹森くんが主人公みたいな空気になってるよな……』って不安を抱いてるとこなんだぞ。

 とはいえ、空気、フラグ、感情――そんなものは結局、勝敗を決める絶対条件にはなり得ない。根性論というやつは、知略の限りを尽くした上で最後の最後に縋りつくべきものだ。最初からアテにするようなものじゃない。いま僕は笹森くんの感情に気圧されかけているわけだが、そんな自分に喝を入れる意味合いも込めて、あえて内心でこう唱えさせてもらおう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 

「――行きます!」

 

 

 駆け出す笹森くん。僕はキューブを掲げたまま動かない。足で搔き乱す作戦に切り替えたのだろうか? それならこちらも最初の足場削りに戻るまでのことだが、またしても橋の下へと潜り込まれてしまった。さて、前後どちらから出てくるのか、或いはまたも身を隠し続けるのか――あれ、何気に今、中々に面倒な三択を迫られていないかこれは。跳び移ってきたところを即座に撃ち落とせばいいとばかり思っていたのだが、そもそもちゃんと反応できるのか僕?

 いやまあ、順当に行けば背後を突いてくるだろう。という訳で振り向き、眼下を覗き込む。流石にもう逆さ吊りにはならない。手すりに腹を乗せて上半身だけ突き出すような格好だ。

 発見した。ちょうど真下から笹森くんがこちらを見上げている。やはり後ろに回り込もうとしていたのか。さあどうする? 跳び込んでくるか? 迎撃準備は万全だぞ、と見せつけるように豆腐(キューブ)の浮いた右手を突き出したところで――

 笹森くんが、手に持っていた()()を投げつけてきた。

 

 

『「あ」』

 

 

 その瞬間、僕と陽花のリアクションがハモった。

 どうやら笹森くんが握り締めていたのは、僕が景気よく吹っ飛ばしたアスファルトの破片だったようだ。砂利と言い換えた方が伝わりやすいだろうか? 細かく砕けた無数のそれは、散弾の如き鋭さでこちらへと殺到し、僕の身体と()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たかが砂利と侮ることなかれ。何しろ、戦闘体の強化された腕力で投げつけられた砂利である。痛みはなくとも()()()()()()()()()()。だが僕自身の話はどうでもいいのだ。問題なのは、そう、問題なのは――

 

 

 

『――ちなみに少年のトリガーには炸裂弾(メテオラ)という名前の武器がセットされているのですが、対象に命中したり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という性質があります故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――』

 

 

 

 数瞬後に待ち受ける未来を連想して、僕は即座に地を蹴った。

 手すりを跳び越え歩道橋から離脱した直後、衝撃を与えられたキューブが盛大な爆発を引き起こして、歩道橋を真っ二つに叩き割った。

 

 

「――なんとぉ!?」

 

 

 間一髪、爆発に巻き込まれることなく歩道橋からの離脱には成功したものの――やられた。僕ではなく、キューブの方を狙ってくるとは思わなかった。水上さんとの撃ち合いでは炸裂弾(メテオラ)の特性が優位に働いたが、炸裂弾(メテオラ)ならではの弱点というものもきっちりと存在した訳だ。いや、誘爆の危険性については前々から理解っていたことだが、笹森くんに遠距離攻撃の手段はないとタカを括っていたのがそもそもの誤りだったのだ。地形破壊が持ち味のトリガーを使っておきながら、破壊した地形の残骸を武器として利用されるとは、よもやよもや――

 

 

「――やっと降りてきてくれましたね、大庭先輩!」

「げっ」

 

 

 最悪だ。着地地点へと笹森くんが既に先回りしている。これもまた理解していたことだ。歩道橋の上で炸裂弾(メテオラ)を回避する手段は、飛び降り以外にない――完全に僕のやりたかったことを笹森くんにやられてしまっている。策士策に溺れるとはこのことだ、ちくしょう。

 

 

『言うほど策士だったか?』

 

 

 反論しようとすればするほど惨めになる追い打ちはやめろォ!!

 

 

「せぇいっ!!」

「くぬっ……!」

 

 

 必死に空中で身を捩って、心臓目掛けて突き出された刃を避けようと試みる。完全に悪足掻きだったのだが、まさかのこれが功を奏した。といっても刺さる箇所が胸から腹に変わっただけで、回避自体は成功していない。単に即死を免れただけだ。傷口から鮮血のようにトリオンがガンガン漏れまくっている。いやもう、生身を刺してもここまで景気よく噴き出さないだろうという勢いで漏れまくっている。死ぬ。これは普通に死んでしまう。

 

 

「……う」

 

 

 おっと、弧月を握る笹森くんの手がやや緩んだか? これだけ近いと心の中もよく()える。どうやらこのまま腹を掻っ捌くことに抵抗があるみたいだ。迎撃手段に突きを選んだことからしてもそうなのだが、極力僕の身体を傷つけずに倒したかったのかな。

 ……いや、僕というか陽花(おんな)の身体を、か。

 

 

『――まーた私に命を救われてしまったね?』

 

 

 いや、まだ救われて(助かって)ないんだけどね、命。()()()()()()()()()()()()()()()()

 笹森くんがぶんぶんと頭を振り、弧月を握る手に力を込め直した。どうやら腹を括ったようだ。こっちは腹を裂かれようとしているのにな。ハハハ、ナイスジョーク。

 

 

「や、やめろ……こ……これ以上押し込むのはやめろ、死……死んじまうゾ」

「このタイミングで承太郎の物真似とか、結構余裕あるじゃないですか大庭先輩……!」

「ところでなんでこの時の承太郎って語尾がカタカナだったんだろうね? ギャップ萌え狙い?」

本当に余裕あるなこの人! ああもう、変に躊躇ったのがバカバカしくなってきた……!」

「――そりゃまあ、実際にまだ余裕あるからね」

「……!?」

 

 

 左手でがっしりと笹森くんの手首を抑え、右手は彼の胸元へ。前者は言うまでもなく刃の進行を食い留めるためだが、後者については()()のためだ。

 覚えているだろうか? 開戦当初、僕が笹森くんに掴みかかろうとしていたことを。頭か胸さえ掴んでしまえば、一撃で仕留められる技があると嘯いていたことを。あれは法螺でも何でもない、純然たる事実だ。いやまあ、実戦で使用するのはこれが初めてのことになるのだが、上手くいくと信じている。

 

 

 

「――()()1()()()0()()()9()9()

 

 

 

 それでは食らいたまえ、笹森くん。

 大庭葉月先生による、()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

炸裂弾(メテオラ)

 

 

 

 

 

 ぼんっ、という軽い破裂音が響いた後、笹森くんの瞳から光が失われ、彼の戦闘体にぴきぴきと亀裂が走っていく。なるほど、戦闘体っていうのは供給器官(しんぞう)を破壊されるとこうなるのか。いや、そういえばイコさんにぶった斬られた陽花の身体にも似たようなヒビが入っていたっけか? よく見ていなかったから覚えてないな。

 

 

「な……爆発の威力が……!?」

 

 

 おっと、まだ喋れるのか笹森くん。致命傷は負わせた筈だが、動けるのであればのんびりしてはいられないな。ええい、刀を握る手を放しなさい。ぐいぐい。

 

 

射手(シューター)は弾丸の発射前に、威力・射程・弾速の3つを細かく調整出来るんだってさ。それで最低限の火力だけ残したキューブを、()()()()()()()()()()。相手に直接触らないと使えないから、実戦で披露する機会はないと思ってたんだけど――いやはや、何でも試してみるもんだね」

「……相手に寄られた時の対策も、ちゃんと用意していたんですね……勝ったと思ったのに……」

「いや、本当だったら完全に僕の負けだったでしょ。やる事成す事どれもこれも逆手に取られて、穴があったら入りたいくらいの心境だよこっちは」

「……でも、やっぱりオレの負けですよ。だって今オレ、めちゃくちゃ悔しいし――」

 

 

 うん、そうだろうな。()れば理解る。見た目によらないその負けん気の強さは、間違いなく君の良いところだ。ちょっと危なっかしさを感じなくもないけれど、その悔しさを忘れない限り、もう二度と戦闘体を斬るのに躊躇したりはしないことだろう。たとえ相手が女の隊員であろうとも。

 僕の確信を裏付けるように、笹森くんは僕の顔を真正面から見据えて、力強くこう断言した。

 

 

 

「――次は絶対に斬りますからね、大庭先輩」

 

 

 

 直後、笹森くんの戦闘体が割れた風船のように弾け飛び、視界が煙によって覆われてしまった。な、なんだ? 炸裂弾(メテオラ)か? いや僕はもう撃ってないぞ。そんな駄目押しのような真似はしない――いや待て、そういえば今までに倒してきた訓練生達も、やけに散り際の爆発が派手だったような気がするな。アレか? ひょっとして戦闘体っていうのは、破壊されたら例外なく爆発する仕組みになっているのか? 今までずっと普通の炸裂弾(メテオラ)でトドメを刺してたから気付かんかった。

 

 

『トリオン供給器官破損、笹森ダウン。勝者、大庭葉月』

 

 

 ……終わった。笹森日佐人、紛れもない強敵であった。いや本当、ここまで苦戦させられるとは思ってもみなかった。"君の刃が僕に届くことは決してない"とかほざいてた頃の自分を助走付けてぶん殴りたい気分だ。汝、弧月使いを侮ることなかれ。

 

 

『っていうか、弧月がどうこうじゃなくて炸裂弾(メテオラ)のせいで追い込まれたんじゃないの、今回は』

 

 

 おまっ……なんてことを言うんだこの妹は! いいか、この炸裂弾(メテオラ)っていうトリガーはだな、紳士ウィルバーが僕に見繕ってくれた思い入れのあるトリガーなんだぞ! 正隊員になっても絶対に外さないからな! ふんす!

 

 

『別に外せとは言ってないけど――ふーん、()()()()()()()()()()()()()()()()

「――うん?」

『私からの借り物じゃない、()()()()()()()()()()()()()()()()。だからそのトリガーにやたらと拘ってるんじゃない? 違うかな?』

「……ノーコメント」

 

 

 ……借り物、か。

 確かにまた、その事実を再確認するような一戦になってしまった。いや、目を背けていたつもりも拒絶するつもりもないと思っていたのだが――()()()()()()()()()()()()、というのを意識してしまうと、何とも言えない正体不明の後ろめたさがある。この感情は笹森くんに対して抱いているものなのか、或いは――

 

 

『……釘刺しておくけど、そうやって中途半端な態度取られるのが一番腹立つからね。譲るんなら譲る、譲らないなら譲らないではっきりしてくんない』

「……そういうお前は、どうしたいのよ。無理矢理取って代われるんなら、どうしてさっさとそうしないんだ?」

『今はまだ私が動くべき時ではない』

「なんだそりゃ」

 

 

 やっぱりこいつの考えていることはよく理解らん。

 ……正直に言うと、今は自分の考えていることも、よく理解ってはいないのだけれど。

 僕は結局、大庭陽花をどういう存在として扱っていきたいのだろうか?

 妹だなんて言ってはいるけれど、僕は単にこいつの身体を体よく利用しているだけなんじゃないのか?

 本当にこいつのことを想うのであれば、僕は大人しくこいつに身体を明け渡して、心の隅っこで体育座りでもしているのが正しい態度なんじゃないのか――とか。

 

 

『――まあ、じっくり考えなよ。私のこと、ちゃーんと愛して(信じて)くれるんでしょ? いつになるのか知らないけどさ』

「……善処します』

『勝者のトリオン体を個室(ブース)へと転送します。お疲れ様でした』

 

 

 ……そうだな。

 本当に、考えてみよう。じっくりと。

 

 

 

 

 

 

 

 ――それはそれとして、早いとこ訓練生という立場は卒業しなければならない。

 笹森くんとの一戦、今までにない長丁場になってしまった。充実した戦いではあったが、左手の甲に燦然と輝く『3800』の4文字を確かめてしまうと、思わず溜息が漏れてしまう。8ポイント。あの激戦の末に得られたのがたったの8ポイント……なんて割に合わない勝負だったんだ……。

 もう逃げがどうとか言ってはいられない。弧月に拘る必要もない。とにかく一番の高ポイントを狙うのだ。一分一秒でも早く、偽隊員の立場を卒業するのだ。などと逸る気持ちでパネルを叩き、新たな試合を申し込もうとしていた僕の背中に――

 

 

「――22時だ。18歳未満の隊員は速やかに個室(ブース)を出て帰宅しろ」

 

 

 淡々とした語り口ながら、有無を言わせぬ迫力のある男性の声が掛けられた。

 22時――そうか、もうそんな時間になってしまったのか。通りでパネルを眺めても碌に隊員が残っていない訳だ。入隊即日昇格の夢、今ここに潰えたり。

 仕方がない、僕ではない誰かがこの大記録を達成してくれることに期待しよう。具体的に言うと2年後くらいに。そんなことを思いながら、声のした個室(ブース)入口の方へと振り返ると――

 

 

「…………?」

「――何をしている。早く上がれ」

「あ、うん――いや、はい……?」

 

 

 子供が。

 子供が立っていた。

 

 

 いや待て、僕の背中に呼び掛けた人と確かに同じ声をしている。ということはこの子――いや、この人はまさか、18歳未満ではないというのか? この外見で? 目つきの鋭さ以外に大人らしいパーツが欠片も見当たらない。肌もやたらと若々しいし、それに何より、そこから年齢を推し量るのはあまり褒められた行為ではないと思うのだが、どうしようもなく第一印象が――

 

 

『わー、ちっちゃくてかわいー』

 

 

 それな。

 いや、"それな"じゃないよ僕。失礼にも程があるだろう。こんな呼びかけをしているのだから、相手は正隊員に間違いないんだぞ。たとえ今は私服姿で、本部基地にうっかり迷い込んでしまった迷子の小学生か何かにしか見えないとしてもだ。

 

 

「……おまえが何を考えているのか、大体の想像はついている」

へえっ!? い、いやあの誤解だよじゃなくてその滅相もございませんですますことよ!?」

「嘘を吐くのならもう少し上手くやれ。……まあ、初めて俺と会った時の()()()()()に比べれば、おまえの反応はまだマシだがな」

 

 

 何やら遠い目をしながら左手を握ったり広げたりしている青年隊員(仮)。表情こそ何の変化も見受けられないが、それでも僕には()えてしまう。怒っている。ささやかながら、確かにこの方は怒りという感情を抱いていらっしゃる。僕に対してというよりは、かつて無礼を働いたという自身の部下に対する怒りのようだけれど。

 となると、やっぱり外見弄りは控えた方が良さそうだ。僕の副作用(サイドエフェクト)がそう言っている。ここで思わず"君も寄り道しないでまっすぐ家に帰りなよ"とか"大丈夫? お兄さんが送っていってあげようか?"とか口走ったが最後、あの左手によって僕のほっぺたも鷲掴みされてしまうに違いないのだ。かわいい。いや違う怖い。

 

 

『でも怒ってやることがほっぺたぶにーっていうの想像すると可愛くない?』

 

 

 やめろ。僕の想像力を迂闊に刺激するな。何が出てくるかわかったモンじゃないぞ。

 

 

「――それにしても、見ない顔だな。まさかとは思うが、今日が入隊初日か?」

「は――はい、そうです。訓練が終わってからずっと、この部屋に籠もってランク戦してました」

「……一日中か?」

「まあ、結果的にそうなっちゃいましたね」

「……まるで太刀川だな」

「タチカワ?」

「馬鹿の代名詞だ」

 

 

 なんだか酷い言われようである太刀川氏。いや待て、僕は今そのバカ(太刀川)と同レベルだと暗に言われなかっただろうか? 中々に容赦ないなこの人。悪意がないのは()れば理解るのだけれど。

 

 

「その、タチカワさんというのがどなたかは存じ上げませんが、お馬鹿さんの同類扱いというのも悲しいので名乗らせていただいてもよろしいでしょうか」

『お兄ちゃんも今タチカワさんに大分失礼なこと言ってると思うよ』

「たしかに」

「――そうだな。俺もはっきりとおまえに年齢を伝えておくとしよう。二度と余計な想像力を働かせないためにもな」

「よ、余計な想像なんてしておりませんですわよ……?」

「……次会うまでに、顔か口調のどちらかは誤魔化せるようになっておけ」

 

 

 妙な課題を出されてしまった。うーん、他の部分はともかく、この氷のような視線と静かな声のダブルセットには確かな威圧感がある。小学生には決して出すことの出来ない、凄みというやつを感じる。

 僕も大人になったらこんな感じの迫力が身に付いたりするのかなあ、などと思いつつ。

 

 

 

「――大庭葉月っていいます。15歳で、男です」

「風間蒼也、19歳だ。はじめまして」

 

 

 

 それから、若干の沈黙があって。

 

 

 

「19……」

「……男……?」

 

 

 

 そんな呟きが、互いの口から漏れた。




体内にシールド張れるんだったら体内にキューブ作れてもいいじゃないですか理論

自分の身体の中に張るのと他人の身体の中に作るのとじゃワケが違う?
それは…まあ…そうねえ…
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