葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~   作:Amisuru

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C級隊員編、完結。


幼年期の終わり(後編)

 

「――そこの()()()()()()()()、もう遅いから早く帰りなさい。()()()()()()()()()()()()()

「「…………」」

 

 

 ……ふふふ、凄いな今のお巡りさん。

 ほんの一瞬すれ違っただけで、僕らの地雷を的確に踏み荒らして去っていきやがった。通り魔にでも転職した方が良いんじゃないかな?

 ボーダー本部基地を離れ、いつぞや紳士と上った白屋敷までの坂道を、今度は出会ったばかりの先輩と二人で歩いている。風間蒼也。僕と同じで、他者からの認識と実体が噛み合っていない人。

 笹森くんに僕の()扱いされた時のように、また悲しんだり怒ったりしてるんじゃないかと思わず彼の心を覗いてしまうのだが、特に揺らぎは視えない。やれやれと言うように溜息を吐いている。

 

 

「……三門の警官には顔が知れ渡っているものだと思っていたが、そうでもなかったらしいな」

「警察に顔覚えられるって何したんですか風間さん」

「罪を犯したという意味じゃない。最近は夜に警官とすれ違っても声を掛けられることがなかったからな、俺の存在が認知されたものだと思っていた」

「認知……」

 

 

 想像する。三門市警察の間で『最近見かけるあの小柄で目つきが鋭い短髪の男性は子供ではないから注意するように』などという通達が出ているところを。認知されるってそういうことだよな。それは……なんていうか、シュールな光景だ。

 ああでも、そういえば嵐山さんが言っていたっけなあ。『訓練生の中に女性のトリオン体をした男子の隊員がいるという連絡は事前に受けていた』って。僕も正隊員に昇格したら、ボーダー全体にそんな感じのお触れが出回るのかもしれない。今までのように一々訂正する手間が省けて楽だと思うべきか、はたまた変に特別扱いされて面倒だなあと思うべきか。その時になってみないと判らないな。

 

 

「……なんだかなあ」

 

 

 どうにもセンチな気分になっている。陽花が眠っているからだろうか? 鬼の居ぬ間にという訳ではないが、普段はあいつに叱られるから考えられないようなしょうもないことが、次から次へと頭に浮かんでくる。まさしく『つまんない時のお兄ちゃん』だ。

 叱られると言えば、あいつは僕が髪を切ることにも反対していたな。トリオン体なら髪型なんかはある程度融通が利くんだから生身の髪型くらい自由にさせてくれよと訴えてみても、『ダメ』『絶対にダメ』『早まらないで』『自分を大事にして』『人には決して似合わない髪型というものが存在するの』『そのくせっ毛を愛してあげて』『そのままのもさもさしたお兄ちゃんでいて』と異様なほどの押しの強さで止められてしまったのだ。この男でも女でも通じるような()()()()()()の髪型も、僕の性別が正しく認識されない理由に一役買っていると思うんだけどなあ。

 

 

「世の中ってめんどくさいことで溢れ返ってますよね風間さん」

「……唐突に同意を求めるな。何の話だ」

「いや、僕の性別にしても風間さんの年齢にしてもそうなんですけど、誰もが一目で相手のことを理解できる世の中だったら、一々『僕は男です』とか『俺は大人だ』とか主張しなくても済むじゃないですか。その方が楽だと思いませんか? 面倒じゃないですか、初対面の相手に何度も何度も自分はこれこれこういう者ですってアピールするの」

 

 

 ――などと考えてしまうのは、僕の副作用(サイドエフェクト)のせいかなあとか思ったりもして。

 僕は他人の感情が視える。自分の意思とは無関係に、相手の気持ちを()()()()()()()()。それは普通の人間ではあり得ないことだが、この副作用(サイドエフェクト)のおかげで僕は、かろうじて人間社会に溶け込むことを許されている。人間失格と呼ばれる寸でのところで、踏み止まることが出来ている。

 時折、考えてしまうのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。僕が周りとズレているんじゃない、()()()()()()()()()()()()()()()()()と、自己中心的な思想に支配される時があったりするのだ。ちょうど今みたいに。

 なんか公平の家で見たアニメにも、似たような思想を抱いてるキャラがいたような気がするな。僕は新人類(ニュータイプ)でも何でもないけれど。或いは『間違っているのは世界の方だ!!』ってノリかな? いずれにしても、こんな思想の行き着く先は革命家かテロリストの二択だ。成功すれば前者、失敗すれば後者。僕はそのどちらになるつもりもないけれど。こうして世界の片隅でくだを巻くだけの小市民がお似合いってとこだろう。

 

 

「――面倒であっても、必要なことだ」

「わお、大人の御意見」

「不理解への反骨心によって培われるものもある。……おまえの言う通り、他者から正しい理解を得られる社会というのはさぞかし居心地が良いだろう。だが――そんな世の中に生まれていたら、俺は()()()()()()()()()()にしか成長しなかったと思っている。成人を間近に迎えながらも子供のように扱われることを良しとする、周囲に甘えた弱い人間にな」

「ほ、本当に大人の御意見……」

 

 

 強い。風間さん超強い。何が強いって()が強い。決して揺らぐことのない芯が通っている。

 不理解への反骨心。周囲から幼子(おさなご)のように扱われる度、風間さんはこうして理解(わか)らせてきたのだろう。()()()()、と。その存在証明の繰り返しが、今の揺るぎない風間蒼也を作り上げたのだ。

 正直に言って、格好良いなと思う。僕もいつかはこの人のように、揺るぎないものを手に入れることが出来るのだろうか?

 

 

「わたくし大庭葉月は、今後の人生において決して風間さんを子供扱いしないことを誓います」

「……今後の人生においてということは、()()()()内心でそう思っていたということか?」

「は……ははははは、まっさかぁー……」

 

 

 明後日の方向を向いてひゅーひゅーと吹けもしない口笛を吹いてみる。ああ、風の通り過ぎる音だけが聞こえる……。

 風間さん、そんな僕を眺めて呆れたように溜息を一つ。なんだかやたらと風間さんの溜息を見る機会が多いような気がする。やれやれ系男子か風間さん。いや男性か。

 

 

「……まあいい、俺もおまえを初見で女子だと誤認したからな。一方的におまえを責めるのはお門違いというものだ」

「いや、それは仕方ないですよ。誤認も何も、トリオン体の僕は実際に女の顔と身体をしているんですから」

「――何度聞いても不可解な現象だな。大庭、おまえは異常の原因に何か心当たりはないのか」

「心当たり……」

 

 

 あります。正直なところめっちゃあります。お医者様には一笑に付されてしまったウィルバー氏の仮説だけれど、現在進行形で僕の身体に起こっていること、そして何よりあのROOM303(303号室)で体験したことを考えると、最早それ以外の理由が想像つかないほどの心当たりが。

 しかし、どこまで話していいものか。陽花のやつも眠ってしまっているし――まあ、()がどうだ脳内妹がどうだの話は置いておいて、とりあえずはお医者様に話したことをそのまま言ってみればいいだろう。それならあいつもとやかくは言うまい。

 

 

 何の気もなしに空を見上げる。陽はとうに落ち、浮かび上がるは銀色に輝く半分の月が一つ。

 僕だけの、時間だった。

 

 

 

 

「――という訳で、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

 

 

 話を終えて、風間さんの方を()る。

 様々な感情が、彼の中で渦を巻いていた。否定と納得が真っ向から殴り合いをしている。否定側が大分優勢。まあそうなるな、といった感じだが――その陰に隠れて、おや、と思わせる色の感情が顔を出している。これは……『()()』かな?

 なんだろう。僕の話の中に、風間さんが何かシンパシーを感じるような点があったのだろうか? 他者から何かと勘違いされやすいという以外の点で、僕と風間さんの間にある共通点とは――

 ――ひょっとすると、アレかな。

 

 

「……にわかには信じ難い、というのが正直な感想だな」

「まあ、そうでしょうね」

 

 

 本当に正直な感想でむしろ好感を抱いてしまう。これで下手に『……なるほどな』とか頷かれていた方が反応に困るところだった。

 

 

「ところで、僕の話をしている最中に()()()ことがあるんですけど」

「……? なんだ」

「――風間さんにも、御兄弟の方がいらっしゃったりします?」

 

 

 風間さんの眉がぴくりと動き、感情に新たな波紋が刻まれる。

 僅かながらの動揺、そして驚愕。どうやら当たりを引いてしまったようだ。

 

 

「――何故、そう思った?」

「最初に"おや?"と思ったのは、笹森くんが風間さんのことを僕の()呼ばわりした時です。後は、僕が()の話をした時――とりわけ、妹が母親の胎内で死んだ(消失した)という話をした時に、大きな()()()を感じたので、そこからの推測ですね」

「……意外だな。正直、おまえはそういった感情の機微に疎いタイプの人間だと思っていた」

「さらりと酷いことを仰いますね?」

「そうだな。印象だけで決めつけた。悪かったな」

「ああいや、その印象は間違ってないと思いますよ。僕はちょっと、()()()()()()()なんで」

「ズル?」

「そう、ズルです」

 

 

 ――ああ、()()()()()()()()()と、思った。

 ボーダーに入るまで、この力の存在は誰にも明かしたことがなかった。陽介にも、公平にもだ。那須さんや、僕を待ってくれている()()()()()にもまだ話してはいない。

 僕は今、風間さんの感情を覗き込むことで、本来であれば知り得る筈もない彼の秘密を暴こうとしている。ならばこちらも、自身の秘密を明らかにするべきだ。今は眠っている脳内妹の存在は、あいつの許可を得てからでないと明かすことは出来ないけれど。

 

 

『感情視認体質』――僕の副作用(サイドエフェクト)の名称です。その人の抱えている感情を、大まかながらに察することが出来ます。対象を視界に捉えることでね」

「……そういうことか」

「驚かれないんですね?」

「あの顔で男を自称された時や、自分のトリオンは妹で出来ているなどという話に比べれば可愛いものだ。……()()()()()()()()()()()()()()()にも、心当たりがあるからな」

「おや、そうなんですか」

 

 

 なるほど、前例が存在したのか。一体どんな人なんだろうな。是非ともお会いしたいものだ。

 それにしても――つくづく流石の風間さんだ。『僕はあなたの思っていることが理解りますよ』と白状したにも関わらず、内面に忌避や動揺がまるで視えない。それがどうしたと言わんばかりの不動っぷりである。僕だったら即座に、脱兎の如くこの場を後にしているところだ。何しろ中身がこんななので。

 うん、やっぱり打ち明けて良かったな。僕の(サイドエフェクト)に狂いはなかった。こいつが狂ってたら生きていけないんだけど、僕の場合。

 

 

「――俺に兄弟はいるか、という話だったな。大庭」

「あ――はい」

 

 

 前置きを一つ挟み、風間さんは足を止めた。僕も立ち止まり、姿勢を正した。白屋敷(我が家)はもう目と鼻の先であったが、流石にこのまま話を聞かずに門を潜るという選択肢は存在しない。

 

 

「おまえの推測は当たっている。……兄が一人()()

「――過去形、ですか」

「そうだ。過去形だ」

 

 

 ……数十分ほど前に笹森くんと似たようなやり取りをしたっけなあ、そういえば。

 僕はヒロアカのトゥワイスが推しだった。七海健人や血の魔人パワーも推しだった。彼らのことが好きだった。愛していたと言ってもいい。

 僕に将棋を教えてくれた、祖父のことも、大好きだった。

 過去形だ。全て過去形だ。別に嫌いになったという訳じゃない。それでも彼らは、どうしようもなく過去の存在でしかないのだ。

 

 

 

「おれはね、終わったんだ。()()()()()()()、葉っちゃん」

 

 

 

 彼らはもう、()()()()()()()()()()、から。

 過去になるとは、そういうことだ。

 

 

「兄もボーダー隊員だった――正確に言えば、今のボーダーの()()にあたる組織に所属していた」

「前身……」

「2年前の大規模侵攻で、現ボーダーが存在を公にする前に活動していた組織だ。『旧ボーダー』という呼び方をする者もいる」

 

 

 そういえば――大規模侵攻当時、三門市民に向けてボーダーからこんな声明が出ていた筈だ。『こいつらのことは任せてほしい。我々はこの日のためにずっと備えてきた』みたいな。その()()()()()()()というのが、風間さんの兄が所属していたという旧ボーダーなのだろう。

 だが、その旧ボーダーに属していた風間さんの兄が、大規模侵攻を待たずして命を落とした理由というのは――

 

 

「……大規模侵攻の前にも、()()()()()()近界民(ネイバー)との間で争いがあった――ってことですか?」

「そうだ。兄はそれに参戦して、二度と帰っては来なかった」

 

 

 風間さんはその事実を、至極淡々と口にした。声に一切の震えはなく、表情もまた平静を保っている。

 それでも――

 

 

 ――ああ、()()()()()()

 僕の目には、どうしようもなく。

 

 

「……風間さんは、お兄さんの復讐をするためにボーダーへ?」

 

 

 故に僕は、そういう理由で風間さんが兄と同じ道を選んだのだと思った。この人のことだ、肉親を失っていつまでも泣き寝入りするようなタマじゃない。それこそ羅刹の如き怒りを胸に、されど瞳は氷の如く、冷徹に近界民(ネイバー)を処理する鬼と化したのだろう、と。

 

 

「……どうだろうな」

 

 

 しかし、予想に反して返ってきた答えは灰色であった。実際、風間さんの感情にも僕が想像していたような『怒り』は視えてこない。これは正直、意外だった。

 

 

「兄は兵士として戦場へと赴き、戦場の中で散っていった。死者ではあっても、()()()()()()()。或いは兄の手によって、命を奪われた近界民(ネイバー)も存在するのかもしれない――そう考えれば、俺が一方的に近界民(ネイバー)へと恨みを抱くのは筋違いというものだ」

「……大人の御意見です」

「正直に言えばいい。冷たい考え方だと」

「いいえ、本心ですよ。嘘だと思うのなら、僕の目玉をお貸ししましょうか? ()()()()()()()

「……笑えない冗談だ」

 

 

 それは残念。3割くらいは本気の発言なのだけれど。ほら、風間さんには言ってないですけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってやつ。その栄えある第1号に風間さんがなってくれたら嬉しいかなーなんて、思ったんですけどね、3割くらい。

 で、人の冗談にダメ出しをかました直後、()()()()()()()()()()()をぶっ放してくるこの御方。

 

 

「――旧ボーダーは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はあっ!?」

「夜中だぞ。大声を出すな、近所迷惑になる」

「い、いや、こんな唐突にとんでもない爆弾落としといてそんなマジツッコミされましても……」

 

 

 なんだそれは。

 なんだそれは。

 僕の知ってるボーダーと違う。三門市民の誰もが例外なくおったまげる驚愕の新事実だ、そんなのは。旧だよな? あくまで旧ボーダーの話だよな? まさか()()()()()()()()()()()()()()()()とかそんなことはないよな? そうだと言ってくれ風間さん。

 

 

「――心配せずとも、あくまで旧ボーダーの話だ。()()()()()()()

「心配するなっていうなら余計な一言付け足すのやめてほしいんですけど……」

「その旧ボーダーの流れを汲む者たちが、現在水面下で独立の動きを進めていると言ったらおまえはどうする?」

「……マジですか?」

「マジだ」

「マジかー……」

 

 

 畜生。恨むぞ風間さん。恨むぞ僕の副作用(サイドエフェクト)。『マジだ』なんて風間さんが滅多に言わなそうなこと言うからてっきり嘘だと思うじゃんよ。でもこの人どう()ても嘘吐いてないんだもん。那須さんやウィルバー氏のような相手をからかう時の愉快なテンションでもなければ、水上さんみたいに靄がかってる訳でもないんだもん。この手の人は僕に対して嘘吐けないようになってんだもん。故に僕は、風間さんの言をただひたすらに()()()()()()()()()()……おお……もう……。

 

 

「……ってことは、ゆくゆくは風間さんも()()()()()へと転属してっちゃう訳なんですかね」

「――いや、それはないな」

「あれ」

 

 

 大庭葉月、ここに来て推測が外れまくりである。いやだって、風間さんは近界民(ネイバー)に恨みを抱いている訳ではなくて、その上で兄と同じボーダー隊員という職務に就いた訳で、そしてそのお兄さんが属していた旧ボーダーというのは近界民(ネイバー)との交友を目的としていて、ここに来てその旧ボーダーに復活の動きがあるとなれば、ほら、なんか話が繋がるじゃない? そうはならないの?

 

 

「……恨みを抱くのは筋違いだとは言ったが、かといって進んで仲良くなりたいと思えるほど割り切ってもいない。そういうことだ」

「あ、なるほど」

 

 

 それ故の『どうだろうな』か。納得。要するにまだ、風間さんの中でも定まっていないのだ。近界民(ネイバー)という、別の世界の存在に対するスタンスが。

 ……なんていうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕達は。

 

 

「――今の俺の目標は、近界民(ネイバー)という存在を()()()()()()()()ことだ。遠征にでも選ばれたなら、兄が触れた世界の一端に手が届くのかもしれないが――ようやくB級を抜けたばかりだ。まだまだ先は長い」

 

 

 それでもやっぱり、風間さんは僕の遥か先を歩んでいる。最終的な答えは見えていないまでも、()()へと辿り着くための確かな計画(プラン)を持っている。

 僕の辿り着くべき場所っていうのは、一体何処にあるのだろう?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()というのは、一体何なのだろう?

 風間さんのお兄さんの話から、何やら思わぬ方向へと話が進んでいってしまった。僕がうんうん唸っていると、風間さんからまたしても予期せぬ発言が。

 

 

「――大庭。おまえ、技術者(エンジニア)にツテはあるのか」

「は、はい? エンジニア?」

個室(ブース)でおまえに声を掛けた際、左手の甲(個人ポイント)を覗かせてもらった。近いうちに、おまえが正隊員へと昇格することは判っている。そうでなければ、俺も訓練生相手に今のような打ち明け話はしない」

 

 

 言われてみれば、確かに一介の訓練生如きが聞いていいのか怪しい内容だったな。いや、近界民(ネイバー)との交友云々については、正隊員でもどれだけ知ってる人がいるんだって感じだけれども。

 というか、風間さんはお兄さんに殺されたかもしれない近界民(ネイバー)の存在を思って恨みを捨てたっていうけれど、それって要するに近界民(ネイバー)の正体というのは――まあ、ウィルバー氏がなんとなく匂わせていたから、もしかしたらとは思っていたけれど。

 

 

「正隊員に昇格すれば、おまえが現在使用している訓練用トリガーではなく、トリガースロットを8つに増やした正隊員用のトリガーが与えられることになっているが――そのチューニングは基本的に、技術者(エンジニア)の役目になっている」

「はえ~……」

「おまえにツテが無いのなら、知り合いの技術者(エンジニア)を一人紹介してもいい。攻撃手(アタッカー)から転向して1年弱といったところだが、既に幾つかのトリガーを開発した実績もある。腕は確かだ」

「……その幾つかのトリガーというのは?」

「レイガストと炸裂弾(メテオラ)だ」

炸裂弾(メテオラ)!!」

「声」

「はい」

 

 

 いかんいかん、馴染みの名前を聞いたもんだからついついテンションが上がってしまった。豆腐(キューブ)が手元にあったらたまらず暴発していたところだ。

 いやしかし、まさかまさかの御提案だ。炸裂弾(メテオラ)使いのこの僕が、開発者直々のトリガー調整(チューニング)を受けられるだなんて。こんなん一も二もなく飛びつくしかないじゃんね。

 

 

「欲しいです。めっちゃ欲しいです。紹介」

「――いいだろう。正隊員に昇格したら俺の隊の作戦室に来い。仲介役を引き受けてやる」

「わぁー、ありがとうございます――でも、えらい親切にしてくれますね。会ったばっかの訓練生を相手に」

「……理由が気になるか?」

「そりゃもう」

「ならば推測してみろ。おまえの副作用(サイドエフェクト)()を使ってな」

「うげ」

 

 

 しまった。藪をつついて蛇を出してしまった。明らかにこれ試されてるやつじゃないですか? 外したら紹介の話は無しとか言い出しそうで怖いぞもう。

 仕方がないので、真正面から風間さんをじっと見据える。相も変わらず氷のように鋭い目つきは無視をして、彼の感情を()()()()。風間蒼也という存在の真意を理解しようとする。そうすることの出来る力が、()()()()()()()()()()()――

 

 

 

「――今の俺の目標は、近界民(ネイバー)という存在を()()()()()()()()ことだ」

 

 

 

 ……ああ、そういうことか。

 風間さんが僕に対して、今抱いている感情の正体は。

 

 

 

 

 

「――申し訳ありませんが、あなたの期待(感情)には答えられそうにありません」

 

 

 

 

 

 そう言って、僕は深々と頭を下げた。

 風間さんには恩義がある。出会ってまだ1日、それどころか1時間と経ってはいないが、こうして家まで送ってもらって、易々と打ち明けることでもない秘密を明かされ、あまつさえ技術者(エンジニア)の紹介までも請け負ってくれるという。これに報いなければ僕はクソだ。人間として失格(クソ)だ。

 それでも、僕にだってどうしても、()()()()()()はある。

 

 

「風間さんは近界民(ネイバー)を見定める上で、()()()()()()()()()()()()()()()()――そのために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……どうですか? 当たってます? 推測」

「…………」

 

 

 風間さんは口を開かない。

 そんな風間さんを、僕は無言でじっと()る。

 ()()()()()()

 

 

 

「――正解だ」

 

 

 

 僕はもう一度頭を下げて、「ごめんなさい」と言った。

 一つの可能性が途絶えた、瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

「――まあ、それはそれとして、寺島(エンジニア)への紹介は請け負ってやる」

「え」

 

 

 僕の()()()が既に決まっていることを伝え、送ってくれた礼やら改まっての謝罪やら何やらを散々重ねた末の別れ際、尚もそんなことを口にする風間さん。ただでさえ申し訳なさで目を合わせるのが辛かったのだが、それでも顔を眺めずにはいられない。心を覗かずにはいられない。

 風間さんは決して、僕に怒りも嫌悪も抱くことはなかった。ただ、僅かな諦観が()えただけだ。視るんじゃなかった、と思わず後悔するくらいにはくっきり視えてしまったけれど、とにかく今はそれも掻き消えて、割と自然(フラット)な心持ちである。

 

 

「――いいんですか? そちらのお誘いを断ってしまったというのに……」

「……おまえが俺を、後輩に勧誘を蹴られた程度で一度振った紹介を取り下げる小さい人間だと思っていたのは理解した」

「風間さんはちっちゃくないですよ!!」

「身長の話はしていない」

 

 

 なんか今ボケにボケで返されたような気がする。いや、こちらとしてはボケたつもりはないのだけれど。器の話ですよね、器の。

 

 

「……ですけど、本当に何も風間さんにお返し出来ませんよ、僕」

「俺への返礼などどうでもいい。おまえが正隊員になる上で、必要な措置だから手を回すだけだ。ボーダーという組織自体のためにな」

「さ、流石のA級隊員……」

「――おまえにとって、A級は遠い存在か? 大庭」

「そりゃ、今の僕はまだC級のぺーぺーですし」

「だが、()()()()B()()()8()()()()()()()()――いや、もう6位か。後はそこから4つ順位を上げて、昇格試験を突破するだけだ。雲の上を目指すような話じゃない」

 

 

 きがるに いって くれる なぁ。

 たかが4つ、されど4つ。果たして僕は、()()()()()にそれだけの上積みを与えられる存在なのかどうか。そもそも僕は彼らの実力も、他の正隊員達の実力も碌に知らないのだ。これで那須さんやイコさんのような達人級(マスタークラス)がうようよしてたらどうしましょうね。

 

 

「何にせよ、おまえの仕事は()にやる気を出させることだ。そうしないことには何も始まらん」

「あ、やっぱりないんですか、やる気」

「優れた技量も副作用(サイドエフェクト)も、今の奴には宝の持ち腐れもいいところだ。あれでは太刀川はおろか俺すら越えられん。……いや、その太刀川も最近は――」

「……?」

「……気にするな。問題児の多さに頭を抱えているというだけの話だ。――もう行くぞ」

「あ、はい」

 

 

 すいません。今は大人しくしていますけど、多分僕も本質的には()()()()()()()()()()()()()の人間です。そんな言葉が喉まで出かかったのをぐっと堪えつつ。

 

 

「その――今日は本当に、ありがとうございました! それと、明日もよろしくお願いします!」

「……これで明日中に昇格できないなどという締まらんオチが付かなければいいがな」

「え、縁起でもないこと言わないで下さいよ……」

「冗談だ。――じゃあな」

 

 

 にこりともせずにそう言い残して、踵を返す風間さん。その小さな背中を見送りつつ、思った。

 早く明日になりますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

『――だから今日のお兄ちゃん、あんな朝早くから本部基地の前に張り付いて"早く開け……早く開け……"ってぶつぶつ唱えてたんだね』

「……それで朝一でロビーに飛び込んだはいいが、誰も対戦相手がいないとは思いもしなかった」

『きみはじつにばかだな』

 

 

 悪いな葉月、このランク戦2人用なんだ。そんな感じだった。なんで昨日から怒涛のドラえもん推しなのかは自分でもよく理解らない。

 とにかく、出だしで若干躓きながらもどうにか目標は達成した。左手の甲に刻まれた『4004』という数字と、目の前にある扉を交互に眺めて、ふう……と深呼吸。

 幼年期(C級時代)の終わりを迎えるにあたって、やらなければならないことが幾つもあった。まずは当然、風間さんへの報告。ROOM303(303号室)に籠もっていると話した那須さんを探して、僕の()()()が他所に移ったことも伝えなければならないし、正隊員になったら陽介とランク戦をする約束も取り付けてあった。その他、何やかんやと事務的な手続きもあるのだろうが――

 

 

 ――ここからだ。

 何よりも先に、()()からだ。

 

 

『……それで、お兄ちゃんはいつまでこの扉の前で立ち往生してるわけ?』

「いや、第一声をどうするかで悩んでるんだよ。素直に『失礼します』で行くべきか、もうちょい気さくに『お邪魔します』で行くべきか、少し調子に乗って『お待たせしました』なんてのも――あ、『私が来た!!』でもいいな。頼れる助っ人(ヒーロー)感が出そうだ」

完全無欠(オールマイティー)からは程遠い人がなんか言ってる』

「――欠けているように見えるか? 僕」

『そりゃもう、あちこち穴だらけでしょ』

「だったらおまえが埋めてくれ」

『は? 何それ』

「僕はね、三日月ってやつが好きなんだよ」

 

 

 光と影の共同作業によって生み出される、()()()()()()()()()()()()()()()()

 なんていうか、今の僕らにぴったりだ。そう思わないか? マイシスター。

 

 

『……言いたいことは理解るけど、()()()()()()()()()()()()()()は、議論の余地があると見た』

「――そうだな。その件については、後でまたじっくりと話し合おう」

『それ、昨日も同じこと聞いたんだけど』

「いや、だっておまえがいきなり寝るとか言い出すから――」

 

 

 

「……さっきからなーにぶつくさ言ってんだ、おめーは」

「あ」

 

 

 

 ――背後からの声に振り替えると、そこに並んで立っていたのは。

 

 

 

「おー、誰かと思ったらハヅキじゃねーか! なんか久しぶりだな! アタシのこと覚えてっか?」

「――忘れるワケないでしょ、ヒカリ」

 

 

 そう、()()()()。仁礼光。僕は君のことをそう呼ぶんだ。忘れる訳がない、絶対に。

 

 

「ゾエさんもいますよー」

「……なんていうか、嵐山隊の狙撃手(スナイパー)の子みたいな自己主張ですね? ゾエさん」

 

 

 勿論、あなたのことも見落としてはいませんよ、北添尋(ゾエさん)。『ていうか、ガタイ的に見落としようがないよね。昨日のちっちゃい人と違って』おまえ各方面に喧嘩売る発言は控えろよ。マジで。

 で、そんな二人の()になるかの如く、やや後方でぼりぼりと頭を掻いているマスク姿の人が――

 

 

 

「――どうも、改めて今日からお世話になります、()()!!」

「……堅っ苦しい呼び方してんじゃねーよボケ。フツーに呼べ、フツーに」

「はい! カゲさん!!」

「声がでけぇ」

 

 

 

 ――僕の恩人、影浦雅人。

 今日から()()が、僕にとっての新たな居場所(ホーム)となるのだ。

 

 




「2週目に突入したら選択肢が追加されて風間隊ルートに入れるらしいですよ」
「えっ!? そうなの!?」
「まあ、ウソですけど」


連休パワーをフル活用して書き上げました。
次の更新なのですが、C級隊員編が終わったので一区切りの意味も込めて
最初の頃の話の更正作業に充てたいと思います。
具体的に言うと改行を増やしたり1話を分割したりします。
どうも当時の私は改行したら寿命が100日縮む病気に罹っていたようなので……。
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