葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~ 作:Amisuru
「――そこの
「「…………」」
……ふふふ、凄いな今のお巡りさん。
ほんの一瞬すれ違っただけで、僕らの地雷を的確に踏み荒らして去っていきやがった。通り魔にでも転職した方が良いんじゃないかな?
ボーダー本部基地を離れ、いつぞや紳士と上った白屋敷までの坂道を、今度は出会ったばかりの先輩と二人で歩いている。風間蒼也。僕と同じで、他者からの認識と実体が噛み合っていない人。
笹森くんに僕の
「……三門の警官には顔が知れ渡っているものだと思っていたが、そうでもなかったらしいな」
「警察に顔覚えられるって何したんですか風間さん」
「罪を犯したという意味じゃない。最近は夜に警官とすれ違っても声を掛けられることがなかったからな、俺の存在が認知されたものだと思っていた」
「認知……」
想像する。三門市警察の間で『最近見かけるあの小柄で目つきが鋭い短髪の男性は子供ではないから注意するように』などという通達が出ているところを。認知されるってそういうことだよな。それは……なんていうか、シュールな光景だ。
ああでも、そういえば嵐山さんが言っていたっけなあ。『訓練生の中に女性のトリオン体をした男子の隊員がいるという連絡は事前に受けていた』って。僕も正隊員に昇格したら、ボーダー全体にそんな感じのお触れが出回るのかもしれない。今までのように一々訂正する手間が省けて楽だと思うべきか、はたまた変に特別扱いされて面倒だなあと思うべきか。その時になってみないと判らないな。
「……なんだかなあ」
どうにもセンチな気分になっている。陽花が眠っているからだろうか? 鬼の居ぬ間にという訳ではないが、普段はあいつに叱られるから考えられないようなしょうもないことが、次から次へと頭に浮かんでくる。まさしく『つまんない時のお兄ちゃん』だ。
叱られると言えば、あいつは僕が髪を切ることにも反対していたな。トリオン体なら髪型なんかはある程度融通が利くんだから生身の髪型くらい自由にさせてくれよと訴えてみても、『ダメ』『絶対にダメ』『早まらないで』『自分を大事にして』『人には決して似合わない髪型というものが存在するの』『そのくせっ毛を愛してあげて』『そのままのもさもさしたお兄ちゃんでいて』と異様なほどの押しの強さで止められてしまったのだ。この男でも女でも通じるような
「世の中ってめんどくさいことで溢れ返ってますよね風間さん」
「……唐突に同意を求めるな。何の話だ」
「いや、僕の性別にしても風間さんの年齢にしてもそうなんですけど、誰もが一目で相手のことを理解できる世の中だったら、一々『僕は男です』とか『俺は大人だ』とか主張しなくても済むじゃないですか。その方が楽だと思いませんか? 面倒じゃないですか、初対面の相手に何度も何度も自分はこれこれこういう者ですってアピールするの」
――などと考えてしまうのは、僕の
僕は他人の感情が視える。自分の意思とは無関係に、相手の気持ちを
時折、考えてしまうのだ。
なんか公平の家で見たアニメにも、似たような思想を抱いてるキャラがいたような気がするな。僕は
「――面倒であっても、必要なことだ」
「わお、大人の御意見」
「不理解への反骨心によって培われるものもある。……おまえの言う通り、他者から正しい理解を得られる社会というのはさぞかし居心地が良いだろう。だが――そんな世の中に生まれていたら、俺は
「ほ、本当に大人の御意見……」
強い。風間さん超強い。何が強いって
不理解への反骨心。周囲から
正直に言って、格好良いなと思う。僕もいつかはこの人のように、揺るぎないものを手に入れることが出来るのだろうか?
「わたくし大庭葉月は、今後の人生において決して風間さんを子供扱いしないことを誓います」
「……今後の人生においてということは、
「は……ははははは、まっさかぁー……」
明後日の方向を向いてひゅーひゅーと吹けもしない口笛を吹いてみる。ああ、風の通り過ぎる音だけが聞こえる……。
風間さん、そんな僕を眺めて呆れたように溜息を一つ。なんだかやたらと風間さんの溜息を見る機会が多いような気がする。やれやれ系男子か風間さん。いや男性か。
「……まあいい、俺もおまえを初見で女子だと誤認したからな。一方的におまえを責めるのはお門違いというものだ」
「いや、それは仕方ないですよ。誤認も何も、トリオン体の僕は実際に女の顔と身体をしているんですから」
「――何度聞いても不可解な現象だな。大庭、おまえは異常の原因に何か心当たりはないのか」
「心当たり……」
あります。正直なところめっちゃあります。お医者様には一笑に付されてしまったウィルバー氏の仮説だけれど、現在進行形で僕の身体に起こっていること、そして何よりあの
しかし、どこまで話していいものか。陽花のやつも眠ってしまっているし――まあ、
何の気もなしに空を見上げる。陽はとうに落ち、浮かび上がるは銀色に輝く半分の月が一つ。
僕だけの、時間だった。
「――という訳で、
「…………」
話を終えて、風間さんの方を
様々な感情が、彼の中で渦を巻いていた。否定と納得が真っ向から殴り合いをしている。否定側が大分優勢。まあそうなるな、といった感じだが――その陰に隠れて、おや、と思わせる色の感情が顔を出している。これは……『
なんだろう。僕の話の中に、風間さんが何かシンパシーを感じるような点があったのだろうか? 他者から何かと勘違いされやすいという以外の点で、僕と風間さんの間にある共通点とは――
――ひょっとすると、アレかな。
「……にわかには信じ難い、というのが正直な感想だな」
「まあ、そうでしょうね」
本当に正直な感想でむしろ好感を抱いてしまう。これで下手に『……なるほどな』とか頷かれていた方が反応に困るところだった。
「ところで、僕の話をしている最中に
「……? なんだ」
「――風間さんにも、御兄弟の方がいらっしゃったりします?」
風間さんの眉がぴくりと動き、感情に新たな波紋が刻まれる。
僅かながらの動揺、そして驚愕。どうやら当たりを引いてしまったようだ。
「――何故、そう思った?」
「最初に"おや?"と思ったのは、笹森くんが風間さんのことを僕の
「……意外だな。正直、おまえはそういった感情の機微に疎いタイプの人間だと思っていた」
「さらりと酷いことを仰いますね?」
「そうだな。印象だけで決めつけた。悪かったな」
「ああいや、その印象は間違ってないと思いますよ。僕はちょっと、
「ズル?」
「そう、ズルです」
――ああ、
ボーダーに入るまで、この力の存在は誰にも明かしたことがなかった。陽介にも、公平にもだ。那須さんや、僕を待ってくれている
僕は今、風間さんの感情を覗き込むことで、本来であれば知り得る筈もない彼の秘密を暴こうとしている。ならばこちらも、自身の秘密を明らかにするべきだ。今は眠っている脳内妹の存在は、あいつの許可を得てからでないと明かすことは出来ないけれど。
「『感情視認体質』――僕の
「……そういうことか」
「驚かれないんですね?」
「あの顔で男を自称された時や、自分のトリオンは妹で出来ているなどという話に比べれば可愛いものだ。……
「おや、そうなんですか」
なるほど、前例が存在したのか。一体どんな人なんだろうな。是非ともお会いしたいものだ。
それにしても――つくづく流石の風間さんだ。『僕はあなたの思っていることが理解りますよ』と白状したにも関わらず、内面に忌避や動揺がまるで視えない。それがどうしたと言わんばかりの不動っぷりである。僕だったら即座に、脱兎の如くこの場を後にしているところだ。何しろ中身がこんななので。
うん、やっぱり打ち明けて良かったな。僕の
「――俺に兄弟はいるか、という話だったな。大庭」
「あ――はい」
前置きを一つ挟み、風間さんは足を止めた。僕も立ち止まり、姿勢を正した。
「おまえの推測は当たっている。……兄が一人
「――過去形、ですか」
「そうだ。過去形だ」
……数十分ほど前に笹森くんと似たようなやり取りをしたっけなあ、そういえば。
僕はヒロアカのトゥワイスが推しだった。七海健人や血の魔人パワーも推しだった。彼らのことが好きだった。愛していたと言ってもいい。
僕に将棋を教えてくれた、祖父のことも、大好きだった。
過去形だ。全て過去形だ。別に嫌いになったという訳じゃない。それでも彼らは、どうしようもなく過去の存在でしかないのだ。
彼らはもう、
過去になるとは、そういうことだ。
「兄もボーダー隊員だった――正確に言えば、今のボーダーの
「前身……」
「2年前の大規模侵攻で、現ボーダーが存在を公にする前に活動していた組織だ。『旧ボーダー』という呼び方をする者もいる」
そういえば――大規模侵攻当時、三門市民に向けてボーダーからこんな声明が出ていた筈だ。『こいつらのことは任せてほしい。我々はこの日のためにずっと備えてきた』みたいな。その
だが、その旧ボーダーに属していた風間さんの兄が、大規模侵攻を待たずして命を落とした理由というのは――
「……大規模侵攻の前にも、
「そうだ。兄はそれに参戦して、二度と帰っては来なかった」
風間さんはその事実を、至極淡々と口にした。声に一切の震えはなく、表情もまた平静を保っている。
それでも――
――ああ、
僕の目には、どうしようもなく。
「……風間さんは、お兄さんの復讐をするためにボーダーへ?」
故に僕は、そういう理由で風間さんが兄と同じ道を選んだのだと思った。この人のことだ、肉親を失っていつまでも泣き寝入りするようなタマじゃない。それこそ羅刹の如き怒りを胸に、されど瞳は氷の如く、冷徹に
「……どうだろうな」
しかし、予想に反して返ってきた答えは灰色であった。実際、風間さんの感情にも僕が想像していたような『怒り』は視えてこない。これは正直、意外だった。
「兄は兵士として戦場へと赴き、戦場の中で散っていった。死者ではあっても、
「……大人の御意見です」
「正直に言えばいい。冷たい考え方だと」
「いいえ、本心ですよ。嘘だと思うのなら、僕の目玉をお貸ししましょうか?
「……笑えない冗談だ」
それは残念。3割くらいは本気の発言なのだけれど。ほら、風間さんには言ってないですけど、
で、人の冗談にダメ出しをかました直後、
「――旧ボーダーは、
「はあっ!?」
「夜中だぞ。大声を出すな、近所迷惑になる」
「い、いや、こんな唐突にとんでもない爆弾落としといてそんなマジツッコミされましても……」
なんだそれは。
なんだそれは。
僕の知ってるボーダーと違う。三門市民の誰もが例外なくおったまげる驚愕の新事実だ、そんなのは。旧だよな? あくまで旧ボーダーの話だよな? まさか
「――心配せずとも、あくまで旧ボーダーの話だ。
「心配するなっていうなら余計な一言付け足すのやめてほしいんですけど……」
「その旧ボーダーの流れを汲む者たちが、現在水面下で独立の動きを進めていると言ったらおまえはどうする?」
「……マジですか?」
「マジだ」
「マジかー……」
畜生。恨むぞ風間さん。恨むぞ僕の
「……ってことは、ゆくゆくは風間さんも
「――いや、それはないな」
「あれ」
大庭葉月、ここに来て推測が外れまくりである。いやだって、風間さんは
「……恨みを抱くのは筋違いだとは言ったが、かといって進んで仲良くなりたいと思えるほど割り切ってもいない。そういうことだ」
「あ、なるほど」
それ故の『どうだろうな』か。納得。要するにまだ、風間さんの中でも定まっていないのだ。
……なんていうか、
「――今の俺の目標は、
それでもやっぱり、風間さんは僕の遥か先を歩んでいる。最終的な答えは見えていないまでも、
僕の辿り着くべき場所っていうのは、一体何処にあるのだろう?
風間さんのお兄さんの話から、何やら思わぬ方向へと話が進んでいってしまった。僕がうんうん唸っていると、風間さんからまたしても予期せぬ発言が。
「――大庭。おまえ、
「は、はい? エンジニア?」
「
言われてみれば、確かに一介の訓練生如きが聞いていいのか怪しい内容だったな。いや、
というか、風間さんはお兄さんに殺されたかもしれない
「正隊員に昇格すれば、おまえが現在使用している訓練用トリガーではなく、トリガースロットを8つに増やした正隊員用のトリガーが与えられることになっているが――そのチューニングは基本的に、
「はえ~……」
「おまえにツテが無いのなら、知り合いの
「……その幾つかのトリガーというのは?」
「レイガストと
「
「声」
「はい」
いかんいかん、馴染みの名前を聞いたもんだからついついテンションが上がってしまった。
いやしかし、まさかまさかの御提案だ。
「欲しいです。めっちゃ欲しいです。紹介」
「――いいだろう。正隊員に昇格したら俺の隊の作戦室に来い。仲介役を引き受けてやる」
「わぁー、ありがとうございます――でも、えらい親切にしてくれますね。会ったばっかの訓練生を相手に」
「……理由が気になるか?」
「そりゃもう」
「ならば推測してみろ。おまえの
「うげ」
しまった。藪をつついて蛇を出してしまった。明らかにこれ試されてるやつじゃないですか? 外したら紹介の話は無しとか言い出しそうで怖いぞもう。
仕方がないので、真正面から風間さんをじっと見据える。相も変わらず氷のように鋭い目つきは無視をして、彼の感情を
……ああ、そういうことか。
風間さんが僕に対して、今抱いている感情の正体は。
「――申し訳ありませんが、あなたの
そう言って、僕は深々と頭を下げた。
風間さんには恩義がある。出会ってまだ1日、それどころか1時間と経ってはいないが、こうして家まで送ってもらって、易々と打ち明けることでもない秘密を明かされ、あまつさえ
それでも、僕にだってどうしても、
「風間さんは
「…………」
風間さんは口を開かない。
そんな風間さんを、僕は無言でじっと
僕はもう一度頭を下げて、「ごめんなさい」と言った。
一つの可能性が途絶えた、瞬間だった。
「――まあ、それはそれとして、
「え」
僕の
風間さんは決して、僕に怒りも嫌悪も抱くことはなかった。ただ、僅かな諦観が
「――いいんですか? そちらのお誘いを断ってしまったというのに……」
「……おまえが俺を、後輩に勧誘を蹴られた程度で一度振った紹介を取り下げる小さい人間だと思っていたのは理解した」
「風間さんはちっちゃくないですよ!!」
「身長の話はしていない」
なんか今ボケにボケで返されたような気がする。いや、こちらとしてはボケたつもりはないのだけれど。器の話ですよね、器の。
「……ですけど、本当に何も風間さんにお返し出来ませんよ、僕」
「俺への返礼などどうでもいい。おまえが正隊員になる上で、必要な措置だから手を回すだけだ。ボーダーという組織自体のためにな」
「さ、流石のA級隊員……」
「――おまえにとって、A級は遠い存在か? 大庭」
「そりゃ、今の僕はまだC級のぺーぺーですし」
「だが、
きがるに いって くれる なぁ。
たかが4つ、されど4つ。果たして僕は、
「何にせよ、おまえの仕事は
「あ、やっぱりないんですか、やる気」
「優れた技量も
「……?」
「……気にするな。問題児の多さに頭を抱えているというだけの話だ。――もう行くぞ」
「あ、はい」
すいません。今は大人しくしていますけど、多分僕も本質的には
「その――今日は本当に、ありがとうございました! それと、明日もよろしくお願いします!」
「……これで明日中に昇格できないなどという締まらんオチが付かなければいいがな」
「え、縁起でもないこと言わないで下さいよ……」
「冗談だ。――じゃあな」
にこりともせずにそう言い残して、踵を返す風間さん。その小さな背中を見送りつつ、思った。
早く明日になりますように、と。
『――だから今日のお兄ちゃん、あんな朝早くから本部基地の前に張り付いて"早く開け……早く開け……"ってぶつぶつ唱えてたんだね』
「……それで朝一でロビーに飛び込んだはいいが、誰も対戦相手がいないとは思いもしなかった」
『きみはじつにばかだな』
悪いな葉月、このランク戦2人用なんだ。そんな感じだった。なんで昨日から怒涛のドラえもん推しなのかは自分でもよく理解らない。
とにかく、出だしで若干躓きながらもどうにか目標は達成した。左手の甲に刻まれた『4004』という数字と、目の前にある扉を交互に眺めて、ふう……と深呼吸。
――ここからだ。
何よりも先に、
『……それで、お兄ちゃんはいつまでこの扉の前で立ち往生してるわけ?』
「いや、第一声をどうするかで悩んでるんだよ。素直に『失礼します』で行くべきか、もうちょい気さくに『お邪魔します』で行くべきか、少し調子に乗って『お待たせしました』なんてのも――あ、『私が来た!!』でもいいな。頼れる
『
「――欠けているように見えるか? 僕」
『そりゃもう、あちこち穴だらけでしょ』
「だったらおまえが埋めてくれ」
『は? 何それ』
「僕はね、三日月ってやつが好きなんだよ」
光と影の共同作業によって生み出される、
なんていうか、今の僕らにぴったりだ。そう思わないか? マイシスター。
『……言いたいことは理解るけど、
「――そうだな。その件については、後でまたじっくりと話し合おう」
『それ、昨日も同じこと聞いたんだけど』
「いや、だっておまえがいきなり寝るとか言い出すから――」
「……さっきからなーにぶつくさ言ってんだ、おめーは」
「あ」
――背後からの声に振り替えると、そこに並んで立っていたのは。
「おー、誰かと思ったらハヅキじゃねーか! なんか久しぶりだな! アタシのこと覚えてっか?」
「――忘れるワケないでしょ、ヒカリ」
そう、
「ゾエさんもいますよー」
「……なんていうか、嵐山隊の
勿論、あなたのことも見落としてはいませんよ、
で、そんな二人の
「――どうも、改めて今日からお世話になります、
「……堅っ苦しい呼び方してんじゃねーよボケ。フツーに呼べ、フツーに」
「はい! カゲさん!!」
「声がでけぇ」
――僕の恩人、影浦雅人。
今日から
「2週目に突入したら選択肢が追加されて風間隊ルートに入れるらしいですよ」
「えっ!? そうなの!?」
「まあ、ウソですけど」
連休パワーをフル活用して書き上げました。
次の更新なのですが、C級隊員編が終わったので一区切りの意味も込めて
最初の頃の話の更正作業に充てたいと思います。
具体的に言うと改行を増やしたり1話を分割したりします。
どうも当時の私は改行したら寿命が100日縮む病気に罹っていたようなので……。