葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~   作:Amisuru

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第1話をご覧いただいた皆様、果てはお気に入り登録、評価、感想まで下さった皆様、誠にありがとうございます。
連載というものを始めてみて、こういった読者様からの反応が続きを書く上での大きなモチベーションに繋がるのだなあと気付かされた次第です。
このありがたみを最後まで忘れることなく完結目指して頑張っていきたいと思います。
よろしくお願いします。

今回のお話ですが、途中からオリジナルでもワートリ出身でもないキャラクターが登場します。ご了承下さい。
タグとタイトルから訓練された葦原大介ファンには察しが付くものかと思われます。




その男、紳士(ジェントル)につき(前編)

 

 

「――父さん母さん、僕()()六頴館に受かったよ!」

 

 

 帰宅一番にそう伝えると、父と母はぱあっと顔を綻ばせて、口々に祝いの言葉を並べてくれた。

 

 

「やったなあ葉月、■■! 父さんは絶対受かるって信じていたぞ!」

「おめでとう二人とも。当然よね、葉月も■■もこの日のためにずっと頑張ってきたんだもの」

 

 

 父も母も、心の底から僕たちを褒めてくれている。視れば理解る。いや、()()()()()に頼る必要すらないんだ。両親は今までずっと優しく、暖かく僕らを支え続けてくれていた。その日々の積み重ねの果てに紡がれたこの祝福の言葉に、一体何を疑う余地があるというのだろうか?

 

 

「ありがとう――でも、これからだよ。僕たちはまだ、何も成し遂げてなんかいないんだからね。六頴館に入ってからも研鑽を怠らずに、良い大学に入って、きちんとした仕事に就いて、父さんと母さんの期待に応えられる立派な大人になるんだ」

「まあ、いいのよそんな、私たちのことなんか気にしなくても」

「そうだぞ葉月、お前のやりたいことを存分にやりなさい。親っていうのはな、いつだってそれを心から望んでいるんだ」

「大丈夫だよ。これが本当に、僕がやりたいと思っていることだから。僕たちのことをずっと大切に想ってくれたからこそ、僕も自分の意思で、父さんと母さんに恩返しをしたいと思ったんだ。僕は大庭家の子として生まれてこられたことを誇りに思うよ」

「葉月……おまえ、良い子に育ったなあ……」

「ええ……あなたは本当に、私たちの自慢の息子だわ」

 

 

 なんだかおかしな光景だ。二人とも感極まってしまったのか、互いに涙をぼろぼろと流しながらうんうんと頷き合っている。けれど紛れもなく、僕の中にも満たされたような気持ちがある。何も成し遂げていないだなんて言ったけれど、僕は今一つの到達点に至ったような気がしてならない。僕()()が描いた成功という名の輪の中に父と母を連れ込んで、家族全員で喜びを共有する。世の中にこれ以上の幸福なんて存在するのだろうか? 淀みの欠片すらもない、完璧な理想の空間だ。

 幸せだなあ。僕は今、本当にしあわせなんだ。

 

 

「ほら、■■もこっちに来なよ」

 

 

 そう言って僕は、後ろでいつまでも黙っている■■の方へと振り向きながら、ふと思った。

 

 

 ――()()()()()()()()

 僕は、父と母は、こいつのことを一体どういう名前で呼んでいた?

 僕とこいつの関係は一体何なんだ?

 こんな訳のわからないやつが、どうしてこんなところにいる?

 

 

 お前は――何だ?

 

 

 

 

 

 振り向くと、鼻と鼻が触れ合うほどの距離に()()()()

 

 

「お前が()()()に来るんだよ」

 

 

 血走った目で僕を睨み付け、呪詛を吐き、引き摺り込むように、■■(陽花)が僕の腕を掴んだ。

 そこで全てが終わった(夢から覚めた)

 

 

 

 

 覚めてもまだ腕を掴まれたままだった。

 

 

「うわあ!!」

「のあぁ!?」

 

 

 あ、やっと離れた。今度こそ本当に目が覚めたか。いや待て、まだ感触が残ってるぞ。こわい。夢と現実の境界(ボーダー)があべこべになりそうだ。しっかりしろ。自分を保つんだ大庭葉月。お前という存在は何なのか一からしっかりと思い出せ。

 僕の名前は大庭葉月。生まれたときに一卵性の双子を失くして、両親からは双子の()として育てられたけれどれっきとした男だ。しかしその育てられた家からも出ていく羽目になり、ふらふらと街を彷徨っていたら警戒区域へと辿り着いて、そうだ、ボーダーに入ろうと思い立ち、鉄線の隙間を潜り抜けて、近界民(ネイバー)と出会って、ボーダーの人に助けられて――

 

 

 ――助けられて、死に(忘れ)かけて、また助けられた(救われた)

 

 

 覚えている。

 ――覚えて(生きて)、いる。

 

 

 息を吐いた。それはもう、胸の底から深々と。

 大丈夫だ。覚えているのなら、もう、大丈夫だ。僕はまだ生きている。()()()()()()()()()()水子(死人)を見捨てて、踏み越えて、戦い続ける意志を持っている。槍をこの手に掴んでいる。

 ならば、もう、負けない。

 僕はもう、絶対に、負けない(死なない)

 

 

「……おい、おまえ、だいじょーぶか?」

「はい」

 

 

 まさに()()()()を確信していたところにそんな質問が飛んできたので、反射的に頷いてしまってから、ようやく現状に意識が追い付き始めた。

 僕はベッドに寝かされている。両脇には手すりが付いていて、身体に被さっているのは清潔感に溢れた純白のシーツが一枚。周りはカーテンで覆われており、部屋の全容を窺うことは出来ない。いかにも病室の患者という扱いである。いや、実際そうなんだろうが。

 いつの間にか制服から着替えさせられており、身に着けているのも典型的な検査衣――いわゆる病人服だ。12月とはいえあちこち歩いたもんな、ずっと着っ放しっていうのは精神的にも嫌だったから助かる。

 身体の方もあちこち拭いてもらったのか、丸一日シャワーも浴びていない割には不快感がない。とはいえまだ父に受けた暴力の爪痕が残っているのか、節々の細胞が痛い痛いと悲鳴を上げているような感じがする。そのことを辛いとは思わない。むしろ安心感すら覚える。この痛みの原因も、僕はしっかりと覚えているのだから。

 で。

 

 

「あの、あなたは?」

 

 

 解けていない唯一の疑問がこれだ。いや、厳密に言えばこの病室が一体何処なのかも正しくは把握出来ていないのだが、まあボーダー本部基地の医務室なのだろうという想像は付く。意識を失う寸前、僕を助けてくれたボーダー隊員――カゲさんとゾエさんの二人が、僕をそこへと連れていくようなことを言っていたので。そうだ、あの二人にもきちんとお礼を言わなければ。特に――

 ――カゲさんに会いたい。いや、願望で済ませてはいけない。僕は絶対にもう一度、カゲさんに会わなければいけないのだ。

 そんな僕の決意を他所に、僕のすぐ傍、カーテンの内側で二人っきりになっている謎の()()が、

 

 

「ふふん」

 

 

 と、何故だか得意気に鼻を鳴らしていた。よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりである。

 看護師ではないだろう。私服だし、そもそも僕と同年代に見える。茶色い長髪の片側をリボンで結んだ女の子だ。身に纏っている雰囲気が、なんというか、猫っぽい。自由気ままなのだけれど、人懐っこさと愛らしさを兼ね備えている、そんな感じ。出会ったばかりの相手にこんなことを思うのも何だが、こたつで丸くなっているのがよく似合いそうだ。

 

 

「アタシは仁礼光。おまえのこと助けたカゲとゾエのチームメイトで、あいつらの()()()だ」

 

 

 姉貴。

 ヒカリ。

 

 

「……すみません、ヒカリの字って太陽の陽じゃないですよね?」

「うん? フツーの光だけど。フツーのって言っていいのかわかんねーけど、どうかしたか?」

「いえ、何でも」

 

 

 ちょっとその漢字の姉的存在にトラウマがあるだけです、とまでは言わない。

 しかし――姉貴分ということは、カゲさんとゾエさんよりも年上なんだろうか? とてもそうは見えない。女性の年齢というやつは男性以上に分かり辛いものだが、しかしそれにしても。

 

 

「あのな、おまえは本当だったら寝てる間に昨日のこと全部忘れちまって、頭ん中すっからかんにしてからおまえのウチへと突っ帰される筈だったんだよ。でもおまえ、カゲにお願いしたんだろ? 忘れたくないって」

 

 

 お願い。

 そうだ。確かに僕は願った。忘れたくないと、あの恐ろしくも暖かい陽の中に割り込んできた、一筋の影に向かってそう願ったのだ。願った、けれど。

 

 

「……願っただけで、口にすることは出来ませんでした」

「でもおまえ、カゲのこと、見ただろ?」

「ええ。それは、間違いなく」

()()()()()()()()()()。よかったなーおまえ、助けに来てくれたのがウチのカゲで。ほかのヤツならアウトだったんだぞー? カミサマってのに感謝しねーとな!」

 

 

 さっきから一々複雑な気持ちになる言い回しをおやりになられますね?

 しかし、そうか。伝わったのか。理解出来るものなのか、言葉にしなくても。

 そんな人が、()()()()()、いるのか。

 

 

「でな、それでカゲといりょーはんの人がちょっと揉めちまって、話にならねーからってことでもっと偉いヒトまで顔出してきて、昨日は結構エラい騒ぎだったわけ」

「ご迷惑をお掛けしてすみません」

「ホントそれだぞー。もう勝手に警戒区域に入ったりしないかー?」

「はい。誓います」

 

 

 誓いを破ってでもやりたいことが出来たりしなければ。

 それって誓いになってなくない? と、頭の中のもう一人の自分がツッコミを入れたような気がする。しかし、こればっかりは断言出来ない。未来は無限に広がっている。

 ただ――少なくとも、遊び半分に突っ込むような真似だけはしない。それだけは間違いない。「うむ、よろしい」と仁礼さんも頷いていることだし、野暮なことを言いなさんなよおまえさん。

 

 

「そういうことで、おまえの記憶は()()消えてない」

「――まだ?」

 

 

 不穏な表現に思わずぴくりと震えてしまう。まさか、今は残っているけど明日になったら消えてしまうとかそういう罠じゃないだろうな。

 

 

「アタシがおまえを見張ってたのは、おまえが起きたら偉いヒトにほーこくするためだよ。何しろおまえ、夜にこっそり警戒区域に忍び込んでた悪りーやつだもんなー? そんなやつを庇うようなマネしたんだから、だったらある程度は面倒見ろよってことで影浦隊(ウチ)が見張りを押しつけられたってワケ。一人で目ぇ覚まして病室から抜け出されたりしても困るしな」

「……その()()()()とのやり取り次第で、改めて僕の記憶を残すか消すのかどうかが決まるということですか」

「ま、そんな感じだなー……ふあああ、ねむ……」

 

 

 なるほど。状況は理解出来た。つまり依然として、僕の記憶()は完全な安全を手にした訳ではないということだ。

 まあ、準備が出来ているのなら何とかなるだろう。昨日は記憶を消すと言われた時点で不覚にもパニックを起こしてしまったが、交渉の余地が残っているのなら、希望はある。

 それにしても仁礼さんが眠そうだ。そりゃあそうだろう、見張りを始めたのは僕の治療や手当てが終わってからの話なのだろうが、それでも『昨日』という表現を使った通り、少なくとも日を跨いでいるのは間違いないのだ。カーテンのせいで外の様子が判らない。へい大将、今何時(なんどき)でい?

 

 

「すみません、僕なんかのために寝ずの番を押しつけられるなんて」

「いやフツーに寝てたからそれはいいんだけど」

「なんですと?」

「アタシ元々眠り浅いんだよ……普段からコタツで寝たりとかしてっからかなー? ちょっと人の声とかしたらすぐに目ぇ覚めるし」

 

 

 やっぱり仁礼さんは猫であったか。

 

 

「でさ、ここに椅子があんだろ? おまえがいきなり大声上げたもんだからビックリして立っちまったけど、さっきまでそこ座ってさ、おまえの腕掴みながら寝てたワケ。おまえがちょっとでも動いたら目ぇ覚ませるようにな。アタマいいだろ?」

 

 

 おかしい。何故だかこの仁礼さんのドヤ顔が陽介(バカ)と被って見える。頓珍漢なことを言ってるのに本人はさも自信満々で正解を疑ってない無敵の人間の顔だ。僕はこの顔の出来る人間に勝つ方法を知らない。別に仁礼さんを倒したい訳でもないのだけれど。

 まあなんだ、ひとまず悪夢の原因ははっきりした。仁礼光、あなただったのか。現実で僕の腕を掴んでいたのは。

 

 

 ――いやでも、どっちが悪夢だったんだろうな。陽花(死人)に引き摺り込まれかけたことが悪夢だったのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 夢の中で僕の腕を掴んだのは陽花という名の死者(ひかり)だったけれど、現実で僕の腕を掴んでいたのは光という名の生者(ヒカリ)で、僕が最終的に帰ってきたのは後者の方なのだ。

 

 

「賢いかどうかはさておいて、ありがとうございます」

「さておくなよ。アタシ的にはそこが一番重要なんだぞ」

「いえ、その――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような気がして」

 

 

 こじつけにも程がある話だが、なんとなく、そう思った。

 僕はいつも、自分の輝きを疑うことのない愛すべき陽光(バカ)に救われることで生き永らえているような気がする。

 いやまあ、出会って早々に陽介(バカ)扱いは流石に失礼か。でもなんだろう、なんか知らないがこう、近いものを感じるんだよなあ。具体的に言うとその、学校の成績とかが……。

 

 

「……よくわかんねーけど、おまえ、()()()()()()()()()()()()、みたいな?」

「そうですね。気分的にはそんな感じです」

「はっはーん……」

 

 

 ところで仁礼さん、あなたは何故このタイミングで()()()()()()()()()とばかりにニヤニヤした笑みを浮かべていらっしゃるのでしょうか。正直怖いです。

 

 

「おまえ、ハヅキっていったっけ」

「ええ、そうです。大庭葉月です」

「歳いくつ?」

「15です」

「げ、タメじゃねーか――いや待て、まてまて。誕生日は?」

「はあ。8月2日ですが」

「っし!! ギリ勝ち!!」

 

 

 ぐっと力強く拳を握り締める仁礼さん。なんだなんだ、えらい急にぐいぐい来るな。さっきまであんなにも眠そうにしていたというのに、今はやけに目がキラキラと――いや、もう少し強いな。ギラギラとしている。狩人の目をしておられる。一体さっきのやり取りの何がこの人のスイッチを押してしまったというのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが。

 というかやっぱり同年代だったのか。ずっと敬語で通してきてしまった。とはいえ、今の僕と仁礼さんの関係は一般人とボーダー隊員なわけで、友人関係でも何でもないのだから敬意を払うのは当然のことだろう。仮に僕がボーダーに入ることが出来たとしても今度は先輩と後輩の間柄になるわけで、ということは別に無理に崩す必要もないのかな、などと思っていたのだけれど。

 

 

「なあハヅキ。アタシのこと、頼ってくれていいぜ」

「は?」

「今からちょっくら偉いヒトんとこ行ってくるけどよ、おまえのこと、いいヤツだったって言っておくからな! 二度と勝手に警戒区域に入ったりなんかしねーし、きみつ? だってちゃんと守れるヤツだって、そう言っておいてやる! 何も心配すんな、アタシに全部任しとけ!」

「え、あの、ちょっと、仁礼さん?」

()()()()!」

 

 

 そう言って仁礼さん――いや、ヒカリさん? さんを付けることも許されないのか? 呼び捨てにしろと言っているのか? とにかく彼女が、勢いよくカーテンを開いて、閉じた世界が広がった。

 そこは何の変哲もない真っ白な病室でしかなかったのだけれど、部屋の照明がカーテンによって遮られていたせいか、急に開けた視界が僕にはやけに眩しく思えて、思わず目を覆いそうになる。

 だから僕は反射的に、彼女の方を見た。この無闇やたらに真っ白いものと向き合っていると疲れそうだったので、彼女(ヒカリ)の影に隠れることを選んだ。

 そんな根性なしの僕に比べて、当たり前のように部屋の扉へと踏み出していく彼女の、何と堂々としたことか。この世界に怖いものなんか何もないんだと、恐れることを知らない者の足取りで、彼女は純白を掻き分けていく。そんな彼女の背中を見つめていると――()()()()()()()()()()()、何故だか不思議と気持ちが落ち着いて、ただの病室に訳の分からない感情を乗せていたことが馬鹿馬鹿しく思えるようになって、余計なことを考えずに、ただただ安心出来るのだった。

 

 

「いいかハヅキ! あたしはヒカリだ! ()()()()()()()()()()()()()()! 忘れんなよ!」

 

 

 そう告げた彼女が部屋を出て行くと、病室はただの真っ白いものへと戻っていったというのに、何故だか彼女がいた時よりも暗いものに思えてしまって、なるほど、という四文字だけが頭の中に浮かんだ。

 確かに彼女は、()()以外の何物でもない。

 そう思った。

 

 

 ――ああ。カゲさんに会ったら、言ってみようかなあ。

 あなたが彼女とチームを組んでいる理由が理解(わか)ってしまっただなんて言ったら、僕はまたあなたに怒られてしまうんだろうか?

 

 

 

 

 さて。

 ふと思ったのだが、勝手に逃げ出されないための見張りとして僕に付いていたというのに、お偉いさんを呼ぶために持ち場を離れたのでは見張りの意味がないのではないだろうか。電話なりLINEなりで連絡するという選択肢はなかったのだろうか。あれで意外と医療施設の中では携帯の電源を切るタイプだったりするのだろうか? とにかく彼女は行ってしまった。おかげさまでこの通り、僕は自由の身だ。

 かといって今更ここから抜け出す筈もないのだが、如何せん手持ち無沙汰だ。こういう時に現代人の余暇を潰してくれるのがスマホなる文明機器の良いところだったのだが、生憎それはもう父に取り上げられてしまった。

 僕は個人の娯楽に関しても徹底的な管理体制を敷かれており、逃げ道は陽介や公平に借りてこっそり読む漫画と、あの掌サイズの長方形マシンから飛び込める電子の海の中だけだったのだ。とはいえ当然、通信料にも割と厳しめの制限を掛けられていたので、動画視聴や音楽配信サービス等を利用するときはコンビニの無料開放wi-fiなどの世話になるのが常だった。

 一方、世間から金のない家庭だと思われたくない見栄なのか、小遣い自体はそこそこの額を頂戴していたのが大庭家のちぐはぐなところでもある。勿論ゲームや蒐集品といった形の残る趣味には使えないので、必然的に用途はカラオケを筆頭とした()()()()()()()()に限られてしまった。ああいう生活を続けていたらそのうち刹那主義にでも目覚めていたんじゃないかと思ったりする。或いはもう手遅れだったりするのかもしれない。僕が今ここにいるきっかけがそもそも、ねえ。

 とにかく暇だ。暇なのである。一応は判決待ちの被告人みたいな立場なのだから大人しく罪を反省して待っているというのが僕に求められている正しい態度なのかもしれないが、無心でただ時の流れに身を任せるとか、そういう悟りの境地めいたところとは真逆に立っているのが僕という人間なのだ。

 何か患者用の本とか置いてないのかな、でも勝手に読んだらそれはそれで怒られるかなとか思いつつ病室の中をきょろきょろとしていると、()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう、こちらも先刻までカーテンの中にいたから気付かなかったのだが、お隣さんがいたのだ。僕は真っ先に、あ、これは謝らなければと思った。両親からやれ常識を守れないだの当然のことが出来ないだのと言われ続けてきた僕ではあるが、流石に病室では静かにというマナーくらいは守るべきだと思っている。が、さっきまではこの部屋の中に僕と彼女――ヒカリの二人しかいないものだと思っていたので、周囲への配慮とかそういった意識がすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。

 ……というかヒカリ、君は普通に知っていたんじゃないのか? 思い返してみたら目を覚ましたときを除けば騒がしかったのは常に君の方だったじゃないか、大声を出すときは周囲の迷惑を考えるべきだと公平もそう言って――おお、なんか自然と脳内で敬語が取れてきたぞ。次に会った時はこんな感じで行ってみよう。そんなことを思っていると、

 

 

「こんにちは」

 

 

 と声を掛けてきた、お隣さんと目が合った。

 

 

 ――()()()、と思った。

 色素が薄い。アルビノとまでは言わないが、平均的な日本人女性と比べても、かなり白い方の肌に入るだろう。ただでさえこんな真っ白い病室の中にいるものだから、この人もまたその()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのまま消えてなくなってしまいそうな――このシチュエーションのせいなのだろうか? そんな儚さを感じさせる、第一印象だった。

 

 

「あ、すみません。うるさくしてしまって」

「ううん、大丈夫。眠っていたわけでもなかったし――あの、15歳なのよね?」

「そうですが」

「私も同い年だから、敬語は使わないでいいわ。一度使い出したら後から直すのが大変でしょう? 敬語って」

「まあ、相手にもよりますね。……よるかな」

「さっきの子は?」

「ひょっとしたらもう敬わなくなるかもしれない」

「あら」

 

 

 ひどいのね、とくすくす笑われてしまった。いやまあ、言ってみてから思ったが確かに酷いな。仮にも親切にしてくれた相手に『もう敬わない』はないだろう。大庭葉月、そういうところだぞ。

 しかしそうか、ここで笑える人なのか。()()()()()()()()()、と思った。いかにも薄幸の美少女(こんな表現を現実の人間に使う日が来るとは!)といった風体をしているが、案外見た目よりも逞しい内面をしているのかもしれない。()()()()()()()()、諦めや絶望といったどうしようもないものは一切抱えていないようだし。表面上は普通に振る舞っていても、負けそう(死にそう)になっている人間には常に巣くっているものなのだ、そいつらが。

 この人もまた、戦って(生きて)いる。そう思ったら自然と、僕の口からその言葉は吐き出されていた。

 

 

「あの、もし良かったらヒカリ(彼女)が戻ってくるまでの間、話相手になってくれないかな」

 

 

 言ってからなんだか軟派男の口説き文句みたいだなと思ったので、「何もすることがないんだ」と付け加えてみる。それはそれで暇潰しに付き合えと言っているようで失礼な言い方だったかもしれないが、目の前の女の子は気を悪くするどころか、「よかった」と口にしたので、少し驚いた。社交辞令ではなく、本当にそう思っているのが()()()()()()()()()

 

 

「私もあなたとお話したいと思って声を掛けたのよ。盗み聞きするつもりはなかったのだけれど、あなたとさっきの子――ヒカリちゃん? の会話を聞いてしまって、色々と興味が湧いて、ね」

 

 

 なるほど、全部聞かれていたのか。僕が勝手に警戒区域に入ったこととか、これから記憶を消されるかもしれないこととか。しかしそれは先程も謝罪したとおり、こちらが騒がしくしていたせいなのでこのひとに非は一切ない。とはいえこちらだけ一方的に事情を知られているというのも面白くないので、

 

 

「それなら僕も、君がここにいる理由を知りたいな」

 

 

 と言った。()()()()()()、と言いかけてしまったのを寸でのところで抑えたのはファインプレーだったと思う。

 「もちろん」と彼女が頷いて、続けた。

 

 

「それじゃあ互いに、自己紹介から始めましょうか。――那須玲よ、よろしく」

「大庭葉月。……ああ、それももう知ってるのか」

「ええ。ごめんなさいね」

 

 

 そう言いながらも口に手を当てて笑っているので、うーむ、これは早いところこのひとの事情も根掘り葉掘り引っこ抜いてフェアな関係を築く必要がありそうだ、と思った。

 僕はこう見えても負けず嫌いなのだ。

 

 

 




2020/11/25
改行の増加、内容の分割、それに伴う文章の微修正等を行いました。
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