葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~   作:Amisuru

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寺島さんは現役時代に鬼滅が流行ってたら絶対弧月で霹靂一閃の練習してるタイプ



寺島雷蔵(エンジニア)

 

 

 ――という訳で、寺島さんにわからせ棒(レイガスト)で叩かれることになったぜ!!

 

 

『お兄ちゃんは今すぐそのトリガー(レイガスト)使ってる全ての人から怒られるべきだと思うよ』

 

 

 少なくともC級では一人も見かけなかったんだよなあ……。

 那須さんとウィルバー氏に連れられて入った()()()に似た、白くて広い殺風景な空間。僕と寺島さんは15mほどの距離を開け、トリオン体で向かい合っていた。ちなみに僕が換装したときの寺島さんの反応は今までのパターンと同じなので省略するものとする。僕らの生態に対する技術者(エンジニア)さんの意見というのも伺ってみたくはあったのだが、それはまた別の機会にということで。

 

 

「……さて、レイガストの前に――元使い手としては、()()()の本領も教えておかないとね」

 

 

 そう語る寺島さんの手に握られているのはレイガストではない。弧月だ。僕がただの刀呼ばわりして、訓練生時代に狩り尽くしたもの。

 攻撃手(アタッカー)を舐めているつもりはない。その言葉に偽りはないつもりだが、この武器(トリガー)を目にしてもまるで怖さを感じなくなってしまったというのもまた事実だ。笹森くんにぶっ刺されこそしたが、あれは彼自身の機転によるものであって決して弧月の力ではない。一度植え付けられた固定観念というものは、容易く覆りはしないものだ。

 それ故の理解らせ。そのための訓練室、そのための寺島雷蔵。元トップクラスの攻撃手(アタッカー)が今、納めた筈の刃を抜き放つ――!

 

 

「……おまえ、本当に今でもその距離からの旋空が届くのか? 起動時間内に剣を振り切ることが出来ればいいがな」

 

 

 そんな燃えるシチュエーションに全力で冷や水をぶっかける御人、風間蒼也。

 いやまあ、彼が懸念する気持ちも理解らんでもない。『またトリオン体でコーラか』と風間さんが口にした通り、寺島さんは出会った時点で換装済みの状態だった。つまり生身だろうがトリオン体だろうが丸いものは丸いのだ。僕らみたいなワケアリ組と違って。

 

 

「風間。俺はね、エンドゲームでソーが最後まで太ったまま戦い抜いたことにいたく感銘を受けたんだよ」

「……確かに最後まで体型が戻らなかったのには俺も驚いたが、そこは真似するポイントではないだろう」

「エンドゲーム? なんです?」

「あれ、大庭くん知らない? アベンジャーズだよ、去年やってた映画。興行収入で世界歴代1位になったって話題にもなったんだぜ」

「すみません、娯楽に関する知識が偏っているもので……ところで今って西暦何年でしたっけ?」

『そこは考えたら負けだよお兄ちゃん』

 

 

 陽花の言に倣うかの如く、沈黙をもって答えとする御二方。

 なるほど、禁忌(タブー)に触れる話題だということはよく理解った。

 

 

「で、そのソーっていうのは一体何者なんです?」

「元ネタは北欧神話に出てくる神様だよ。日本だったら"トール"の方が馴染みあるかな」

「あ、それならわかります」

 

 

 といっても、本当に名前を聞いたことはある程度だが。ただ、この名前を聞いて連想するものといえば――

 

 

「――()()()()、ですよね? 寺島雷蔵さん」

「そういうこと。俺がそのキャラにシンパシー感じた理由、なんとなく理解ってくれたんじゃないかな」

「そうですね。僕も名前に葉とか月とか付いてるキャラ見かけると勝手に親近感湧いたりします」

『単純……』

 

 

 そうは言うけどおまえも好きだろ、太陽の花(ひまわり)とか。毎朝様子気にしてるもんな、ちゃんと咲いてるかどうか。

 

 

『……まあ、そういうこともある』

 

 

 素直でよろしい。

 

 

「――ということは、寺島さんの握ってる弧月(そいつ)はさしずめ神の鎚(ムジョルニア)ってとこですか」

「そんな大層なもんじゃないけどね。投げたら戻ってくる訳でもないし、掲げたところで雷が降ってくる訳でもない――ただ、この剣はね。()()()()()()

 

 

 そう言って、寺島さんが弧月を顔の横に構える。野球のバッティングポーズにも似た、いわゆる八相の構えとかいうやつだ。

 旋空。弧月専用のオプショントリガー。確かに間合いが伸びるとはBBFにも記載されていたが、あくまで近距離兵装の域を出ないレベルの話だと思っていた。しかし、この距離で振るわれた刃が僕の身体を両断しうると言うのであれば――確かに二度と、弧月をただの刀とは呼べなくなるな。

 

 

『え、ていうか何。私ら普通に斬られる流れなのこれ』

 

 

 痛くなければ覚えませぬ。

 

 

『痛覚ないじゃん』

 

 

 ええい、揚げ足を取るでない。こういうのは身体で覚えるのが一番なんじゃい。

 

 

「――というわけで、覚悟はいいかな大庭くん」

「押忍。まな板の上の鯉になった気分で臨みます」

「おまえの諺の使い方はおかしい」

 

 

 いえその、捌かれるのを待つだけの身としてはこれ以上にない表現だと思いまして……。

 とにかく、さあばっち来いや弧月ァ!!

 

 

 

「旋空弧月」

 

 

 

 射手(シューター)が弾丸を放つ時のように、繰り出す攻撃の名を口にして。

 稲妻の如き一太刀が、僕の身体を真っ二つに――

 

 

 

ぶおん。

 

 

 

 しませんでした。

 

 

「……」

「……」

「……」

『……』

 

 

 虚しく刃が空を切った後、気まずい沈黙が訓練室を支配する。

 な……なんだ? 故障か? トリガーの不具合か何かか? どういう言葉を投げかけるべきか判断に迷っていると、当の寺島さんから「……もう一度いいかな」というお声が掛かる。僕には視える。寺島さん、動じていないように見えてめちゃくちゃに焦っている。こんな筈はないとでも言いたげに、困惑と動揺が彼の内面を埋め尽くしている。で、そんな心境を拭い切れぬままに繰り返し弧月を振るうのだが――

 

 

 

ぶおん! ぶおん。ぶおん……。

 

 

 

 一刀、また一刀と振るう度にどんどん太刀筋からキレが失われていく。トリオン体に疲弊の概念はない筈なのだが、これは一体どういうことなのか。それになんだろうか、素人目にも寺島さんの素振りは力が入っていないというか、筋肉のエネルギーが刀に伝わっていないというか、あちこち歪んでいるというか――これが本当に、元トップクラス攻撃手(アタッカー)の剣だというのか……?

 

 

「……見る影もない……技の冴えに限って言えば、忍田本部長にすら見劣りしないと言われた男の剣が……」

 

 

 遠くの方で目を覆いながら風間さんがそう嘆いている。目を覆い……な、泣いている!?

 いや流石にそれはなかった。単に額に手を当てていただけだった。でも悲しいのはマジっぽい。やはり現役時代を知る者からしてみれば、今の寺島さんの姿というのは大層ショックなものなんだろう。かつては速球派で鳴らしていた投手(ピッチャー)が、大怪我から復帰したら最速135kmとかになってた時の気分に似ているだろうか。寺島さん……肥えてさえいなければ……。

 

 

「……大庭くん、もう5mくらい寄ってきてもらってもいいかな」

「は、はい」

 

 

 言われるがままに寺島さんへと歩み寄っていく。5mくらい。よく理解らないが距離を詰めれば解決する問題らしい。

 というわけで、テイク2入ります。

 

 

 

「……旋空弧月」

 

 

 

 先と比べて大幅に覇気の減退した声に、おいおい大丈夫かと心配しかけた次の瞬間。

 胴薙ぎに振るわれた寺島さんの弧月が()()()()()、ぼっ立ちしていた僕のお腹をずんばらりんとぶった斬った。

 

 

『戦闘体活動限界』

『「うおおおおおおおお!?」』

 

 

 思わず兄妹で悲鳴がシンクロしてしまった。当然のことながら仮想戦闘モードなので一瞬にして千切れた腹も元通りなのだが、それでもビビるものはビビる。伸びた。本当に剣が伸びた。すごいぞ弧月。ヤバいぞ弧月。誰だこんなトンデモ兵器をただの刀とか言ったのは。『お前じゃい』その言葉(ツッコミ)が聞きたかった……。

 

 

「……旋空の射程距離は、起動時間の長さに反比例する。大体の攻撃手(アタッカー)は起動時間を1秒くらいに設定してて、それだとさっきまでの距離――15mくらいまで剣が伸びるんだけど、どうやら今の俺にはこの距離が限界みたいだ……はは、ははははは……」

「……少しは痩せる気になったか?」

「いや……いいんだ、むしろ逆に実感したよ……攻撃手(アタッカー)寺島雷蔵はもう死んだ、リバプールの風になったんだってね……」

 

 

 黄昏るように力なく笑う獣神サンダー・ライゾー氏。哀愁の漂い具合が半端ない。ああ……祇園精舎の諸行無常の沙羅双樹がうんたらかんたら……つまるところ盛者必衰、新庄剛志が現役復帰を断念したように、寺島さんも全盛期の輝きを取り戻すことは叶わなかったのだ……泣けるで……。

 

 

「――欲を掻くから綻びを生む。良い教訓になったな、寺島」

「そこは『粗製デニムのようにな』って言えよぉ……」

「おまえがジーンズの似合う体型に戻ったら言ってやる。……弧月の真価であれば、おまえでなくとも大庭に叩き込める奴は幾らでもいる。わざわざおまえが見栄を張る必要は何処にもなかった」

「いや……そこはうっかり、元弧月使いの血が騒いじゃったというかさ……」

「それが欲だと言っている。……別に責めているわけじゃない、おまえの役割を思い出せという話をしたいだけだ。確かにおまえの言う通り、弧月使いの寺島雷蔵は死んだんだろう――だったら、()()()()()()()()()()? おまえは一体、この正隊員に成り立てのひよっ子に何を教えられる?」

 

 

 責めているわけじゃない。本人の言う通り、風間さんの内側に寺島さんを批難するような感情は視受けられない。むしろ、()()()()()()だからこそ出来ることがある筈だ――と、気付かせようとしている。相手の存在を否定するのではなく、肯定させるための苦言だ。

 ――うん。どうせ叱られるんだったら、こういう風に叱られたいもんだよな、やっぱり。

 

 

『……それ、()の叱り方と比べて言ってるわけ?』

 

 

 ――さて。誰のことでしょうね?

 

 

「……隊長やるようになって、人を使うのが上手くなったよね、風間は」

 

 

 苦笑を浮かべて、寺島さんが握っていた弧月を消失させる。代わって手元に生み出されたのは、グリップ部分を庇うように構築された半透明の(ブレード)を持つ、僕が初めて目にするトリガー。

 類稀なる攻撃手(アタッカー)の才能を捨ててまで作り上げた、技術者(エンジニア)寺島雷蔵の魂とも呼べる一振りだ。

 

 

「――OK、ここからが本番だ。キューブを構えてくれ、大庭くん」

「――押忍!」

 

 

 どうやら完全に吹っ切れたようだ。ならばこちらも、射手(シューター)大庭葉月の()ってやつを披露せねばなるまい。

 ――というわけで、準備はいいか? 我が魂(マイシスター)

 

 

『……ったく、寝起きの妹を容赦なくこき使ってくれるよね。お腹は斬られるし』

 

 

 まあそう言うな。一応今回は()()()も用意してあるからさ、ただ働きってワケじゃない。

 

 

『――ご褒美?』

 

 

 そう。ま、おまえが喜ぶかはわからないけど。僕の自己満足で終わるかもしれないし。

 

 

『え、何。お兄ちゃんの癖に思わせぶりな引っ張り方するのやめてほしいんだけど』

 

 

 ……ま、昨日から続く()()()()()の延長線みたいなもんだよ。

 先に言っておくけど、あんまり大層なことは期待するなよ。僕は期待に応えられない男なんだ。

 

 

『まーた自信満々にカッコ悪いこと言っちゃって……まあいいや。好きに使いなよ、(トリオン)を』

 

 

 サンキュー。

 そんじゃま、毎度お馴染みの豆腐(キューブ)作りと行きましょうかね。どん!

 

 

「……ほう」

 

 

 手元に浮かべた僕のトリオンキューブを見て、風間さんが小さくそう漏らす。如何でしょうか、A級隊員の目から見たウチの妹(僕のトリオン)は。

 

 

「――結構デカいね。木崎のキューブもこのくらいのサイズだったかな? あいつのキューブなんてあんまり見る機会ないから、今はもう少し大きくなってるかもしれないけど」

「……あれ、成長するものなんですか? トリオンって」

「若いうちから使っていればね。ボーダー隊員に低年齢が多い理由だよ。20歳になって成長が止まると、本部運営の方に回されたりもするんだけどさ。そういう意味じゃ風間も割と引退ギリギリの歳ってわけ」

「俺はまだまだ裏方に回るつもりはないがな」

 

 

 なるほど。何の理由もなしに子供ばかりを戦場へと送り込んでいるわけではなかったのか。まあ理由が判明したところで人道的にどうなんだという問題が解決したわけでもないが。確か正隊員の戦闘体には緊急脱出の機能があるとかウィルバー氏が言っていたから、それを安全面として対外的にアピールしているんだろう、きっと。

 

 

『……そっか。()()()()()()()、私』

 

 

 らしいな。やる気出たか?

 

 

『ガンガンいこうぜ』

 

 

 僕はいのちをだいじに派だなあ。詳しくないけど。

 

 

「――それじゃあ早速、その自慢のキューブをぶっ放してもらおうかな」

 

 

 そう言って、寺島さんがレイガストを正眼に構える。これが弧月なら何を無謀なと言いたくなるところだが、何しろこいつは『対・弾丸トリガー』との謳い文句で開発された代物なのだ。ならば見せてもらおうじゃないか、その文句に嘘偽りはないということを――

 

 

「遠慮なくいきますよ、寺島さん――炸裂弾(メテオラ)

 

 

 分割無しの大玉一発。弾丸設定こそ初期設定(デフォルト)なれど、直撃すれば即死は免れない一発だ。代わりに避けられたら終わりだが、寺島さんが僕に見せたいのは弾丸トリガーの()()()ではないだろう。さあ、何が起こる?

 

 

 

(シールド)モード」

 

 

 

 寺島さんが呟くのと同時に、レイガストの(ブレード)がぐにゃりと形を変えて――

 直後、炸裂弾(メテオラ)()()()()へと直撃して、彼の身体は爆炎に覆われ見えなくなった。

 

 

『やったか!?』

 

 

 何故お前はそうもフラグを立てるのが好きなのか。ていうか今回は()ってたらダメなんだよ!!

 

 

 

「――これが、レイガストの持つ弾丸対策その1だ」

 

 

 

 ほっ。

 晴れた煙の中、五体満足でレイガストを構える寺島さんの姿がそこにはあった。ただし、その手に握られているのは剣ではない。機動隊の持っているそれにも似た、半身を覆えるほどの大盾だ。これが僕らの炸裂弾(メテオラ)を防いだのか。

 

 

「シールドとスコーピオンの二種をベースにして開発したこのレイガストは、用途に応じて形状を自由に変えることが出来る。攻撃用の(ブレード)モードと、防御用の(シールド)モード――そのまんまだけど、この二種を巧みに使い分けて戦えるのが特徴の一つだ。使い手向けにはもう少し凝ったアドバイスも出来るんだけど、とりあえず今はこういう認識でいい」

「おお~……」

 

 

 そいつはお得だ。何が魅力的かって、これ一本で攻めも防御も賄えるっていうのがいい。射手(シューター)として弧月使いを散々吹っ飛ばしてきた身としては、攻撃手(アタッカー)一同が何故レイガストではなく弧月にばかり群がるのか理解に苦しむばかりだ。なんで皆これ使ってないんだ? (シールド)が手に入る正隊員以降はともかく、訓練生のうちは攻撃手(アタッカー)ならこれ一択じゃないのか?

 

 

「……今の大庭くん、『そんなにすごいトリガーなのに、どうしてC級では全然見かけなかったんだろう……』とか、そんな感じのこと考えてるよね」

「ひゅい!?」

「相も変わらず考えていることが顔に出やすいやつだな、おまえは」

「そ……そうなんでしょうか……まったくもって自覚がないんですが……」

 

 

 何だろうな。表情筋が緩すぎるんだろうか? 普段からもっと引き締まった顔してれば崩れないのかもしれない。キリッ。

 

 

『ああ……また私の顔が佐鳥賢(ドヤ顔)になってる……』

 

 

 ある朝、グレゴール・陽花が不安な夢からふと覚めてみると、ベッドの中で自分の顔が一人の、とてつもなくドヤった佐鳥賢に変わってしまっているのに気がついた。おわり。

 

 

「――理由は単純、()()()からさ。弧月も言うほど軽くはないんだけど、実際に振り回してみると結構感覚に差が出るもんで、第一印象から敬遠されがちなんだよね。ただでさえボーダー隊員には若い子が多いし、尚更って感じかな」

「はえ~……」

 

 

 うーん、()()()()()のウケが悪いのは人間に限った話ではないということか。創作物にも通じる問題なんだな。何事も軽くあっさりめに、それでいて受け手のニーズを満たせるものをお出ししないと、()()()()()()()()()()()のだ。何かを生み出す者にとって、それ以上に歯痒いことはないだろう。

 相手の理解を得られることなく、パッと見の印象で投げ出されてしまう。こういう事態を防ぐにはどうしたらいいんだろうか。軽く出来るならそれに越したことはないのだろうが、(ブレード)(シールド)、二つの機能を一つのトリガーに纏めている以上、そう簡単に改善できる問題でもあるまい。やりたいことが多ければ多いほど、どうやったって何かしらが()()()ものだ。トリガーに限らず。

 

 

「……っていうと、まるで使われない理由を使う側に押しつけてるみたいになるから、正直に白状するんだけどさ」

 

 

 そんな取り留めのない思考を断ち切るように、寺島さんが話の流れを変えてきた。おや、まるでレイガストの側にも非があると認めるような言い方。いやまあ、重たいってだけで充分デメリットなのも間違いないのだが。

 

 

「大庭くん。今から俺がレイガストでキミを斬ろうとするから、キミはそうならないように上手く立ち回ってみて。当然、炸裂弾(メテオラ)を使いながらね」

「うお、いきなり実戦形式でありますか」

「そうだね。そのつもりでやってくれて全然構わない。遮蔽物も何も無いから単純な追いかけっこになるけど、走り回れるだけのスペースはあるからね、ここは」

 

 

 寺島さんの言う通り、10mもの距離を保ちながら後ろにも横にもまだまだ余裕がある。訓練()を通り越して、ちょっとしたグラウンド程度の広さだ。今更ながら、基地の中によくもまあこれだけ広い空間を用意できるものだな。その辺の問題もトリオン様が解決してくれているんだろうか? まあ、今考えるようなことでもないか。

 

 

「風間、せっかくだから合図(コール)入れてよ合図(コール)

「……おまえ、レイガストを握ってテンションが妙なことになっているんじゃないか? いいから黙って始めろ、黙って」

「いや、そういうのあった方が雰囲気出るかなあと思ってさ」

「素晴らしい提案です寺島さん。風間さんがスタート切るまで不動の覚悟で行きましょう」

「…………」

 

 

 うわーい、風間さんから"こいつらが組むと最高に面倒だな……"とでも言いたげな視線を浴びてしまったぜ。でもまだ怒りは()えないからセーフ。『そういう副作用(サイドエフェクト)の使い方は人としてどうかと思うよ』返す言葉もありません。

 

 

「……用意」

 

 

 溜息交じりに片手を上げる風間さん。わざわざ構えを取ってくれるあたり、何だかんだこの人も律儀である。

 さて、そんじゃまぼちぼち意識を切り替えまして――

 

 

 

「始め」

炸裂弾(メテオラ)ァ!!」

 

 

 

 風間さんが右手を振り下ろすのとほぼ同時に、予め周囲に分割しておいたキューブをまとめてぶっ放す。今度は避けられることも想定してのばら撒き弾だったが、一発一発の威力は先の大玉に比べて遥かに劣る。となれば、寺島さんの取る選択肢は当然――

 

 

(シールド)モード」

 

 

 ――受けですよね。知ってました。細かく弾ける炸裂弾(メテオラ)の衝撃を物ともせず、のっしのっしと大盾(レイガスト)を構えて駆け寄ってくる寺島さんから距離を取りつつ考える。

 (シールド)を持つとはどういうことか。それは即ち、相手の攻撃に対して回避と防御、別々の対処を取れるようになるということだ。避けられることを嫌って弾をばら撒けば防がれる、かといって(シールド)を割ろうと弾丸を集中させれば今度は回避のリスクが付き纏う。この時点でもう、攻撃手(アタッカー)は僕にとって単なる狩りの対象ではなくなってしまった。トリオン頼りの雑な戦い方で無双できる時代は終わったのだ。グッバイ、僕の全盛期。

 

 

『――だからって、このまますんなり斬られるかって言ったらそうでもないでしょ』

 

 

 それもまた然り。いかに寺島さんが僕の攻撃を凌げようと、射程の優位までもが失われた訳ではないのだ。それにどうやら寺島さんの機動力は訓練生と比べても大分見劣りするらしく、こうして視線を切らないようバクステ気味の後退を続けていてもまるで追いつかれる感じがしない。全力で走っていないのか、或いは――いや、言うまい……。

 

 

「――確かにご立派な盾のようですが、ただ守っているだけでは僕は斬れませんよ!」

「……そう、それが訓練生にレイガストを見限られた本当の理由なんだ」

 

 

 おや、思わぬタイミングで核心を突いてしまったらしい。寺島さんの感情に、ちらりと暗い影が過る。苦々しいというか、歯痒いというか――何かを悔やんでいる、そんな感じの色をしている。

 

 

「確かにレイガストは、C級ランク戦において唯一の防御機能を持ったトリガーだった――そりゃもう、射手(シューター)銃手(ガンナー)に煮え湯を飲まされた多くの攻撃手(アタッカー)たちがこぞって飛びついたもんさ。けれどキミの言う通り、(シールド)だけでは弾丸トリガーに対する決定打にはならなかった――」

 

 

 新たに放った炸裂弾(メテオラ)をも難なく防ぎながら、レイガストの実装当時を振り返る寺島さん。

 攻撃手(アタッカー)視点のC級ランク戦というのは、クソゲー以外の何物でもないんじゃないかという印象が僕にはある。一方的に射手(シューター)銃手(ガンナー)からポイントを毟り取られるだけの踏み台、それが攻撃手(アタッカー)。レイガストというトリガーは、そんな彼らに齎された福音とも呼べる代物だったのだろう。誰もが()()ってやつを抱いたに違いない。レイガストさえあれば正隊員になれる、攻撃手(アタッカー)でも弾丸トリガーに勝てるんだ――などという、願望を。

 ならば何故、現在のC級ランク戦からレイガストは姿を消してしまったのか?

 

 

「レイガストは重い。重いってことは、担いでるだけでそれだけ()()()()()()ってことだ。無類の防御力を与える代わりに、攻撃手(アタッカー)の命綱とも言える機動力を、レイガストは奪ってしまった――キミの言う通り、レイガストは()()()トリガーであっても、()()()トリガーではなかったんだ」

 

 

 つまるところ。

 レイガストというトリガーは、C級攻撃手(アタッカー)たちの期待を裏切ってしまったのだ。

 期待を裏切った者に対する、願望者の反応というやつは冷淡なものだ。渇望していたものが手に入らなかったとき、人間っていうのはどこまでも()()()()()なれるのだということを、僕は知っている。本当に、よく、知っている。当時のレイガストも、それはもうC級攻撃手(アタッカー)たちからボコボコに叩かれたことだろう。()()()()()()()()、と。

 ――彼らと寺島さんの求めていたものは、同じだったかもしれないのに。

 

 

『……まーたお兄ちゃんが余計な共感抱いてる』

 

 

 ……まあ、僕が()()()だから言う訳じゃないんだけどさ。

 誰かの願望(ゆめ)を叶えるっていうのは、簡単なことじゃないって話だよ、陽花。

 

 

「……寺島さんにとって、レイガストは()()()なんでしょうか?」

 

 

 三度目の炸裂弾(メテオラ)を放ちながら問いかける。レイガストが炸裂弾(メテオラ)を受け止める。寺島雷蔵の生み出した、二つのトリガーが真正面からぶつかり合っている。

 レイガストは依然健在。しかしよく見ると、(シールド)のあちこちにうっすらと罅が入り始めている。このまま遠巻きに撃ち続ければ、いずれは粉々に砕け散るのだろう。レイガストが攻撃手(アタッカー)に齎すものは、勝利ではなく敗北までの僅かな猶予だけ――

 

 

「そう思ってるなら、キミを相手にあんな啖呵は切らないよ」

 

 

 そうだ。

 そんな筈はない。

 

 

 

『――射手(シューター)としてC級ランク戦を駆け抜けたキミに、()()()()()()()()とわからせるにはうってつけのトリガーだ。そう、俺はずっとキミにこいつの力を見せつけてやりたかった――』

 

 

 

 寺島さんの見せたかったものが、レイガストというトリガーの持つ力が、()()()()()である筈がない。この言葉を放ったときの寺島さんから感じた情熱が、嘘偽りである筈がない。理解らせるんでしょう、寺島さん。攻撃手(アタッカー)は決して射手(シューター)の踏み台なんかじゃないって、僕に教えるために再び剣を取ったんでしょう、寺島さん。だったら――

 

 

「――だったら見せて下さいよ、レイガストの本当の力ってやつを! 炸裂弾(メテオラ)ァ!!

「ああ、言われなくっても見せてやるさ……! これがレイガストの弾丸対策その2、欠点の機動力を補うために開発された、専用のオプショントリガー――」

 

 

 殺到する炸裂弾(メテオラ)の雨に向けて、寺島さんが大盾(レイガスト)を掲げる。その体勢だけを見れば防御の構え、けれど僕にはくっきり()()()。寺島さんは今、炸裂弾(メテオラ)()()()()()()()()()()。自分の身を護るためではなく、()()()()()()()()()()()()、その(ブレード)を握っている。

 

 

 ――そう、レイガストは決してただの(シールド)ではない。

 攻撃手(アタッカー)が相手を斬るために生み出された、紛れもない(ブレード)トリガーなのだから――!

 

 

 

「スラスター起動(オン)!!」

 

 

 

 瞬間。

 寺島雷蔵は、今度こそ、()()()()()()

 大盾(レイガスト)の四隅から、ジェット機のアフターバーナーのように光が噴き出している。トリオンを燃焼させて推力に変換しているのか――いや、そんな分析はどうだっていい。それよりもこれは――

 

 

 ――迅い!!

 

 

「んなっ……!?」

 

 

 炸裂弾(メテオラ)の爆炎から、一瞬にして寺島さんが飛び出してくる。それはまさに、爆発(メテオラ)的な加速――鈍足になるというレイガストの印象を180度ひっくり返す、『と、思うじゃん?』精神の結晶!

 見る見るうちに距離的優位が失われていく。射手(シューター)の間合いから、攻撃手(アタッカー)の間合いへ――そう、このトリガーには、()()()()()()があるのだ。突き崩せないと思っていた壁を、越えられないと思っていた境界(ボーダー)を、あっという間に跳び越えていくその()()()たるや! 寺島さんがレイガストに注いだ情熱が、まるでそのまま燃え滾っているようではないか――!

 

 

(ブレード)モード!!」

 

 

 5m。4m。突っ込んでくる寺島さんの手に握られたレイガストが、再びその形を変えていく。

 3m。2m。大盾(シールド)から(ブレード)へ。護る者から攻める者(アタッカー)へ。本来の姿を取り戻したレイガストが今、スラスターの加速を刃に乗せたまま、鋭く奔って――

 

 

「――でぇいっ!!」

 

 

 ――稲妻の如き一太刀が、僕の身体を真っ二つにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ――大庭葉月を一刀の下に斬り捨てた瞬間、寺島雷蔵は思った。

 そうだ。刀を振るうときの感覚は、こういうものだった――と。

 それと同時に、先に弧月を振るったとき、自分の身体は何故思うように動かなかったのかということにも察しが付いた。さっきの自分は、現役だった(痩せていた)頃の感覚に囚われ過ぎていたのだ。トリオン体を操縦する際の感覚は、生身の延長線上にある。当時の体型と今の体型のズレが、弧月の振りにあれほどの歪みを齎したのだ。

 皮肉なものだ。技術者(エンジニア)としての自分を自覚し直した途端に、攻撃手(アタッカー)の感覚を取り戻してしまうとは。きっと今なら、15m級の旋空も難なく放つことが出来るだろう。いや、或いはそれ以上、30mや40mにだって伸ばせるかもしれない。それ程までに、五感が研ぎ澄まされていた。

 

 

 けれど。

 

 

「――()()()()()()()ようだな、寺島?」

「……いや。見間違いだよ、それは」

 

 

 けれど――やはり攻撃手(アタッカー)寺島雷蔵はもう、死んだのだ。

 本気で現役復帰を目指せば、再び攻撃手(アタッカー)ランクのトップ争いに食い込める自信はある。けれど今の自分がやりたいのは、望んでいるものは、そういうことではない。自分の作ったトリガーが、数多くの攻撃手(アタッカー)たちに愛され、弾丸トリガーを撃ち破っていく光景――それこそが、寺島雷蔵にとっての理想の未来であった。今は技術的な制約により外付け(オプション)扱いになっているスラスターも、いつかはレイガストの基本性能に組み込んでみせる。その時こそ本当の意味で、レイガストは完成するのだ。

 今は道半ば――そして、その道を降りるつもりなど、微塵もない。

 

 

「今の俺は技術者(エンジニア)で、これからもずっとそのままだ。風間が見たのはちょっとした、()()()みたいなもんだよ。もう燃え尽きた。点け直そうったってそうはいかないね」

「――そうか」

 

 

 風間蒼也は短く、それだけを言った。

 『そうか』というたった三文字の言葉がこの男の口癖であることを、寺島は知っている。風間は小言こそ多いが、自身の主張を一方的に押し付けるような真似はしない男だ。相手に確固たるものがあると理解した途端に、この三文字と共にすっと身を引いていく。今回もまた、同様であった。

 

 

「好きにすればいい。おまえの人生だ」

「ああ、そうするよ」

 

 

 最早未練はない。自分はこれからも、コーラ片手に開発室の片隅でちまちまとトリガーを弄る、華々しいランク戦の舞台とは無縁の人生を送り続けることになるだろう。けれど、それでいい。

 ――そこに自分はいなくとも、自分の手掛けたトリガー達が、証を刻んでくれることだろう。

 寺島雷蔵という一人の技術者(エンジニア)が、ボーダーにいたという確かな証を。

 

 

「――お見事でした」

 

 

 その声で、思考が未来から現在へと引き戻される。換装を解いた大庭葉月が、柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 大人げないことをしてしまったなと、今更ながらに寺島は思った。攻撃手(アタッカー)の本領を理解させるなどと聞こえの良いことを口にはしたが、実際のところ自分は、昇格したての正隊員を相手に()()()()()をしたかっただけなのではないだろうか? 満足しているのは自分だけなんじゃないか? この少年に、攻撃手(アタッカー)の――レイガストの何たるかというのは、しっかりと伝わったのだろうか?

 

 

「……なんか、ようやく冷静になれたんだけど――変なことに付き合わせちゃって悪かったね」

「とんでもないです。(シールド)の脅威、自分の間合いに持ち込めた時の攻撃手(アタッカー)の怖さ、そして――」

 

 

 寺島の握っている半透明の(ブレード)へと視線を落として、大庭葉月は続ける。

 

 

「――レイガストに籠められた寺島さんの()()ってやつも、ばっちり伝わってきましたよ。良いトリガーですね、これは」

 

 

 良いトリガーですね。

 飾りっ気のないシンプルな賞賛だが、胸に響くものがあった。

 きっと自分は、ずっとその言葉が欲しかったんだろうなと、思った。

 

 

「決めました。僕の(メイン)トリガー、残り2枠はこれで埋めます」

「――え? これでって……レイガストとスラスター?」

「そうです。一目惚れしました。他にも気になるのは幾つかあったんですけど、なんていうか――()()()()()()()()()()()()っていうのが、いいなって」

 

 

 その発言の意味するところは、寺島にはよく理解できない。けれど、彼がレイガストに何らかの共感(シンパシー)を抱いているらしいということだけは、朧気ながらも察せられた。

 

 

「僕、()()()()()とかそういうの、好きなんですよ。一本だけだと重たくて不便なレイガストが、スラスターに支えられて自由に飛び回る――いいじゃないですか」

「さり気なくスラスターの無いレイガストは使い辛そうだと白状しているな、大庭」

お゛っ……!? ちちち、違うんですよ寺島さん、持ち上げるフリしてレイガストをディするようなつもりは全くもってこれっぽっちも!!」

「は、ははは……いや、いいんだよそれは。開発者の俺が一番よく理解ってるから……でも、(メイン)の方に入れるんだ? (サブ)トリガーの方に入れれば、レイガストを構えながら炸裂弾(メテオラ)で撃つなんてのも出来るんだけど」

 

 

 自分で言いつつ、ちょっと見てみたい光景だなと寺島は思った。愛着があるのは断然レイガストの方だが、炸裂弾(メテオラ)もまた、自身の手掛けたトリガーの一つ――少し大袈裟な言い方をすれば、我が子も同然なのだから。

 自分の子供が可愛くない親など、この世にいるものなんだろうか?

 

 

「いえ――(メイン)に入れます。僕の使うトリガーなので」

 

 

 大庭葉月は大庭葉月で、またしてもよく理解らないことを口にしている。(メイン)だろうが(サブ)だろうが単に利き手が変わるだけで、使い手が彼自身であることに変わりはない筈なのだが――

 などと、思っていると。

 

 

 

 

 

「――(サブ)トリガーの方は、()()()()()()()()()()

 

 

 いよいよもって理解を越えた発言に、寺島雷蔵の脳内は無数の疑問符によって埋め尽くされた。

 

 




寺島さんの実力はいくら盛っても許されるという風潮

しかしたかだかトリガーセット決めるのに何話使うつもりなんですかね……(呆れ)。
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