葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~   作:Amisuru

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>「……そういうことなら今度、会ってもらいたい女の子がいるのだけれど。()()()()()()
>「――トリオン体? 生身じゃなくて?」
>「ええ。私も詳しい理由は知らないのだけれど、男の人が苦手なのよ、その子。でも、大庭くんが相手ならもしかしたら――と思って」
>「ああ、なるほど」


この時はまさか、原作で再び彼女の出番があるとは、
あまつさえ彼女にスポットライトが当たる可能性があるとは想像もしていなかったのです……。




君の前髪をきりたい

 

 

 ――いやー、まさかカゲさんが陽花と同じトリガーの使い手だったとは、よもやよもやだ。

 絡んでいくきっかけができたよ! やったねマイシスター!

 

 

『むり……』

 

 

 ……とまあ、開発室を出てからの妹はこんな感じの有様なのです。

 気にし過ぎだと思うんだけどなあ。カゲさんがどういう感じで僕らの感情を読み取るのかは知らないけれど、僕の存在が許されてお前が許されないとはとても思えないぞ。いくら僕がカゲさんの信者と化しているとはいえ。

 

 

『……私の心の中が視えないから、そういうことが言えるんだよ。お兄ちゃんは』

 

 

 うーん、難しい。今の陽花のテンションを引き上げる言葉がさっぱり思いつかない。

 普通の人達っていうのは凄いなあ。相手の気持ちが目に視えないのに、どうして他人と上手いことコミュニケーションを取ることが出来るんだろう。いや、勿論そういうのが苦手な人もいるっていうのは理解してるんだけど、それでも多くの人はなんていうか、()()()()()()()()()

 僕はそうじゃない。副作用(サイドエフェクト)がなければ、誰かを満足に励ましてやることすら出来ないのだ。たとえ相手が実の妹であっても。こういう時にお兄ちゃんならどうしてやるのが正解なんだ。教えてくれ脹相の兄貴。僕は一体どうやって、全力でお兄ちゃんを遂行すればいいんだ……?

 

 

「全力でお兄ちゃんを遂行するって何だよ!?」

「――ひいっ!?」

 

 

 いかん、件の台詞を見たときの感情がリフレインしてついつい声に出てしまった。だってさあ、ついこの間まで虎杖くんと文字通り死闘を繰り広げてた人がこんな芸人キャラになるとは思わないじゃないですか。生き残ってほしいなあ、お兄ちゃん。お兄ちゃんに限った話じゃないけど。真希さんの安否は一体いつになったら確認できるんですか……?

 ところで今、誰かの悲鳴が聞こえたような気がする。それも女の子の。そう思って、声のした方にちらりと視線を投げてみると――

 

 

「――――」

 

 

 メカクレ女子がいた。

 見た目は若い。僕と同じか一個下くらいだと思う。しかし服装が若くない。何しろスーツだ。スーツ姿だ。流石にボーダー職員ってことはないだろうから、これはアレだな、オペレーターか。言及するのをすっかり忘れていたのだが、栞さんもこの子と同じ格好をしていたから察しが付く。そして思えば僕は未だに、ヒカリのスーツ姿を目にしたことがない。例のクソ寒そうなショーパンスタイルの彼女しか僕は知らない。本当にヒカリはウチのオペレーターなんだろうか。実は戦闘員だって言われても驚かないぞ僕は。

 女の子は背中を壁に貼り付け、左目だけで怯えたようにこちらを眺めている。右目は前髪に覆われていて見えない。うーん、リアルで遭遇するとその髪邪魔じゃないですかって訊ねたくなってしまうなあ、メカクレ女子。前髪が目に入ると視力が下がるって話もあるし、切りたい。君の前髪をきりたい。何だか小説のタイトルっぽくなってしまった。通り魔に刺されそう。

 

 

「あー、ごめんごめん。ちょっとうっかり心の声が漏れてしまって」

「だ、だいじょぶです……()()()()()()()()調()だったから、思わずびくっとしちゃって……」

「いや、みたいっていうか僕は普通におと『「そうなんだー。ごめんね? 脅かしちゃって。いやホントにどうかしてるよね、こんな廊下のど真ん中で大声上げるなんて。頭おかしい奴だと思ったでしょう?」』

「い、いやそんなことは……」

 

 

 ちょい待て陽花、流石に初対面の子相手にいきなりお前が絡んでいくのは許可出来ないぞこら。ていうか喋る時は前もって一声掛けろって言ったのこれっぽっちも守る気ないなお前? ええい、かくなる上はトリガー解除(オフ)して生身に――

 

 

 

『「()()()()()()()()?」』

 

 

 

 ――戻ろうとする寸前、その言葉で意識に待ったが掛かった。

 

 

 

「は……はい、そうなんです。昔、ちょっと色々あって……」

『「そっかー、大変じゃない? ボーダーにも男の人、たくさんいるでしょう? こうやって廊下を歩いてるだけでもすれ違ったりするだろうし」』

 

 

 今みたいにね。

 というか、そうか……男性恐怖症って奴だったのか……いつもの癖でフルオート訂正してしまうところだった。まさか陽花に助けられる日が来ようとは……ナイスフォロー、マイシスター。あとトリオン体(陽花の身体)のまま開発室を出てきて幸いだった。

 

 

『貸し1ね』

 

 

 ……早くもトリオン体使用権2日目を発行する羽目になりそうだなこれは。

 とにかく、そういうことなら今回ばかりはお前に任せるよ。視た感じ、お前のおかげでこの子も落ち着きを取り戻しつつあるみたいだし。でも調子に乗って変なことすんなよ。

 

 

『この子の前髪めっちゃ切ってあげたい』

 

 

 許す!

 

 

『許すなよ』

「ち、直接話しかけたりしなければなんとか……あと、年上じゃなければある程度は大丈夫です」

『「あなた今いくつ?」』

「14です」

『「……危なかった……」』

「え?」

『「いや、こっちの話」』

 

 

 年上男がアウト。14歳。……大丈夫か? ボーダーで働くのかなりしんどいんじゃないのか?

 いや待てよ、笹森くんにコアデラ組、きっくちー君とうってぃー君もこの子と同い年か。それに嵐山隊の佐鳥賢と時枝くんも。なんだ、思ったよりもいるな14歳男子。というか今更だけど、中学生をこんだけ戦場に駆り出そうとしてるボーダーってヤバいな? 緊急脱出装置(ベイルアウト)があるからセーフとかいうレベルを越えてるだろもう。

 

 

『「――でも、すごいね。苦手な人が沢山いるのに、それでもボーダーで働こうって思ったんだ。えらいね、そんなにこの町が好きなんだね。私にはさっぱり理解できないけど」』

「……そんな立派な理由じゃないですよ。親と離れて一人暮らししてたんですけど、あたしの生活を見るに見かねた先輩がボーダーに引き入れてくれたんです。あたし、今はまだ訓練生ですけど、正隊員になったらその先輩と一緒の部隊(チーム)になるつもりなんですよ」

『「……へえ、実家暮らしじゃないんだ。――私もそうだよ」』

「……そうなんですか? 一人暮らしなんです?」

『「ううん」』

 

 

 陽花はそこで言葉を切り、トリオン体(僕の身体)の胸に手を当てて、言った。

 

 

 

『「お兄ちゃんがいるよ」』

 

 

 

 ……どっかに、鏡か何か置いてないかなあ。

 今のこいつは果たして、どういう顔でこの言葉を口にしたのやら。

 

 

『やめろ』

 

 

 正直すまんかった。

 

 

「……お兄ちゃん、ですか」

『「あ、あーえっと、ごめんね? 年上の男が苦手なんだから、他人の兄の話なんか聞きたくないよね。ましてや私のお兄ちゃんの話なんて」』

「い、いえ! そういう意味で言ったんじゃないんです、ただ――その、たまに考えるんですよ」

 

 

 メカクレ少女が左目を伏せ、ただでさえ猫背気味だった背中を更に丸めて縮こまる。

 この子はこの子で、何が原因で男が苦手になったのやら。僕の副作用(サイドエフェクト)でも、流石にそこまで窺い知ることは叶わない。迂闊に踏み込める話題でもない。ただ黙って、僕と陽花は彼女の言葉に耳を傾ける。

 

 

「あたしにも、頼れるお兄ちゃんがいたら――今みたいに年上の男の人が苦手になったりなんか、しなかったんじゃないかって」

『「……あなたは、一人っ子?」』

「いや……弟がいます、それも二人。だから本当は、お姉ちゃんとしてあの子達の面倒を見てあげないといけない立場なんですよ。それなのに、全部ほっぽり出して一人で生活してるんです。最低でしょう?」

 

 

 そう言って、片目をこちらに向けた少女が自嘲的な笑みを浮かべる。

 その痛ましい笑顔の内側に秘められた感情を視て、ああ、この子は自分のことが好きではないのだなと、察してしまった。

 本当はこの子も、姉として弟達の支えになってあげたかったんだろう。全力でお姉ちゃんを遂行したかったんだろう。けれど出来なかった。諸々の事情で。そのことに自責の念を抱いている。

 抱いているけれど――だからといって、それを拭い去るための術も知らない。そうして、彼女は独りになった。自分の世界に閉じ籠もることを選んだのだ。彼女の右目を覆う前髪は、まるで彼女の世界を覆う暗幕のようだ。苦手な男を、外敵(ネイバー)を視界に映さないための防壁。そんな印象を、僕は彼女の前髪に抱いてしまった。

 ……ああ、そうか。

 この子もまた、自身と世界の境界線上(ボーダーライン)で戦っている、防衛隊員の一人なのだ。

 

 

『……戦ってるの? ただ逃げてるだけじゃない?』

 

 

 

 ――いいや。この子はまだ、逃げてないよ。

 本当に逃げ出してしまったのなら、この子は防衛部隊(こんなところ)にはいない筈だからね。

 

 

 

「……最低ってことは、ないんじゃないかな」

 

 

 

 そんなことを思ったせいか、不意に僕も、この子と言葉を交わしてみたくなってしまった。

 恐怖を克服するための手段は二つある。一つは、自身の心を鍛えて乗り越えること。そしてもう一つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。この子の過去に何があったのかは知らないが、異性の誰もが彼女にとっての脅威かといえば、そんなことはあり得ない。けれどこの子は怖がっている。それは男ではなく、この子自身の問題だ。この子以外の誰にも、解決することは出来ない。

 ならば――仮に男の僕が、この子と普通に会話をすることが出来たら。この子の世界に受け入れられたのなら。この子の世界は広がるんじゃないだろうか? 年上の異性を侵略者(ネイバー)ではなく、隣人(ネイバー)として受け入れられるようになるんじゃないだろうか? ()()()()()()

 リスクは存在する。僕がやろうとしていることは、言ってみれば騙し討ちだ。いや、僕の存在を隠して陽花が表に出ている今も騙していると言えば騙しているのだが、それでも彼女と接しているのは陽花()だ。彼女の世界に受け入れられている者だ。そこに男の僕が女の振りをして、彼女の世界に忍び込む――下手を打てば、今以上に彼女が異性を忌避する結果にもなりかねない。

 それでも僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()。世界の片側を覆い隠す、暗幕を取り払いたいと思った。陽介、公平、カゲさん、ゾエさん、風間さん、寺島さん――彼女にとっての侵略者(ネイバー)にも、素敵な人達はいくらだって隠れている。彼らの誰もを好きになれとは言わない。好きになる必要もない。けれど視ようとさえしなければ、関わろうとしなければ、彼らを理解することすらも出来ない。

 それはとても勿体ないことだと、()()僕は思ってしまうのだ。

 

 

『その面子でこの子と普通に絡めそうなのってゾエさんくらいしかいなくない?』

 

 

 それは言うな。

 とにかく――いいか? お前に任せるって言った傍から方針変更してアレだが、もう一度僕が表に出ても。

 

 

『……ま、上手くいくかは知らないけど、やってみなよ。()()()()()()()()()()なんでしょ』

 

 

 そういうこと。

 ――そんじゃま、選手交代といきましょうかね。

 

 

 

「君、名前は?」

「……ふえっ? し、志岐小夜子です」

『いきなり二人称変えたから戸惑ってるやん』

 

 

 いいんだよ。僕がお前の物真似をして受け入れられても意味がない。顔と身体は(お前)のままでも、あくまで中身は()として振る舞うことが重要なんだ。ということで気にせず続行します。

 

 

「志岐さんは今、ボーダーの正隊員になろうとしているよね」

「は、はい」

「ボーダー隊員っていうのは、三門市を近界民(ネイバー)の脅威から守るのが仕事だ。そして三門市を守るということは、この町で暮らす人達の平穏を守るという意味でもある。当然その中には、君の弟達も含まれている――そう考えたら、君は本当に何もかもを放り投げた訳じゃないと僕は思うんだよ」

「ぼ、僕……?」

「気にしないでくれ、()()()()()()()()。――で、どうかな? そんな風には考えられない?」

 

 

 志岐さんの左目が右へ左へと揺れ動き、それに合わせて心の中もぐるぐると渦を巻いている。きっと右目も同じように右往左往していることだろう。見えなくても、()えなくても理解る。

 それでも彼女は最終的に、首を横に振って。

 

 

「……それは違う、違いますよ。だって、そんなの結果論じゃないですか。ボーダーに入ろうって決めた時、あたしは弟達のことなんて少しも考えなかった。ただ先輩に流されただけなんです。『アンタ、このまま一生引き篭もって水と塩昆布だけで生きていくつもりなの?』って……」

 

 

 とんでもない食生活送ってんなこの子。そりゃ先輩も止めるわ。いや、流石にそれだけで生きていける筈もないから何かの冗談だと思いたいのだが……志岐さんの先輩、正隊員なら是非ともこの子にご飯奢ってあげて下さい。死んじゃうから。

 まあ、とにかく。

 

 

「きっかけ自体に大した意味はないよ。理由はどうあれ、君は防衛隊員の一員になるためこうして頑張っている。その時点でもう、最低なんてものとは程遠いところに君はいるんだ。だから、自分のことをそんなに責めないでほしい」

「……そんな前向きな考え方、あたしには無理ですよ」

()()()

 

 

 志岐さんの中に芽生えた()()()()()()を見据えてそう言うと、彼女がびくりと肩を震わせる。

 ……いかんいかん。ともすれば今の僕みたいな輩に強く詰め寄られたせいで、彼女は年上の男が苦手になってしまったのかもしれないのだ。慎重に、慎重に――そうは思うのだけれど。

 それでも、()()()は見過ごせない。人の心を食い荒らし、気力を奪い、良くないものへと変えていく――僕が生涯を賭して殺し尽くしてやろうと思っている感情(もの)が、彼女の中にも巣食っている。こいつを滅ぼさない限り、彼女はいつまで経っても自分を変えることなど出来やしない。

 

 

「志岐さんは多分、自分のことが好きではないよね」

「……そりゃあイヤですよ。男の人にびくびく怯えて、外を歩くときもこそこそ人目を伺って――そんな自分のことなんか、好きになれるわけないじゃないですか」

「それでも君はボーダー(ここ)に来た。この世界の外から来る怪物、近界民(ネイバー)と戦う防衛隊員の一人になったんだ。だったら君も、()()()()()()。最低だなんて誰にも言わせない。志岐さんの弟くん達も、お姉ちゃんがボーダーの正隊員になったらきっと周りに自慢すると思うよ。『ウチのお姉ちゃんはこの町を守る正義の味方なんだぜ! すごいだろ!』みたいな」

「……でもあたし、この性格のせいで戦闘員になれなかった腑抜けなんですよ。トリオンだけなら充分に戦闘員の素質があるって言われたんですけど、それでもなれなくて……」

「だったらその分、オペレーターとして(チーム)の皆をしっかり支えてあげればいい。それだって立派な仕事の筈だ、何も恥じる必要なんてない」

「…………」

 

 

 ……うーん、弱いか。風間さんに倣ってポジティブ精神を植え付ける方向で挑んでみたのだが、そっち路線で行くにはまだこの子に成功体験が足りなかったようだ。特にこの子の場合、戦闘員になれなかったという負い目が自身を強く縛ってしまっている節があるもんな。まずはオペレーターとしての自分を好きになってもらってそこから、というのが正しい順序であったか。人の心を燃やすのって難しいなあ、煉獄さん。

 

 

『……ていうかさ、お兄ちゃんはどうやってこの子の男嫌いを治そうとしてるわけ? なんか話の流れが変な方向に逸れていってない?』

 

 

 よくぞ聞いてくれたマイシスター。いいかね、僕の考えた完璧なる作戦(パーフェクトプラン)は以下の通りだ。

 

 

 まず僕が素のキャラでこの子と接します。

 ある程度仲良くなったところで換装を解いて、こう告げます。

 "実は今まで君と喋っていたのは男だったのさ!"

 するとこの子はこう思うのです。

 "なーんだ、私って男相手でも普通に話せるじゃん! 今まで怖がってたのが馬鹿みたい!"

 こうして彼女は一つの壁を乗り越えて、自由気ままにボーダー生活(ライフ)をエンジョイ出来るようになったのでした……。

 

 

 めでたしめでたし!

 

 

『ガバぁい!!』

 

 

 は? 完璧な作戦(パーフェクトプラン)なんじゃが? 僕が志岐小夜子攻略RTAのために組み上げた一分の隙もないチャートなんじゃが?

 

 

『百歩譲ってチャートが良くてもプレイがガバじゃ意味ないんだっつーの……! 実際に今なんか詰みかけてんじゃん! この子を落とすのにいつフラグ立てたの? ステータスは? 装備は? 準備もなしにいきなり()()()()()()()()()に挑んでも返り討ちに遭うに決まってんでしょーがぁ!!』

 

 

 お前ゲーム詳しいな……ひょっとしてお兄ちゃんより詳しいんじゃないか……一体どこで……。

 

 

『ていうかそもそも、()()()()()()()()()()()だなんて考えるなこの馬鹿!!』

 

 

 ぐうの音も出ねえわ。

 ……いや待て。フラグが足りないって今言ったな? そうだよ、肝心なことをまだ聞けていなかった。

 

 

『というと』

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()だよ。それさえ判ればやりようはある筈だ。言ってみれば今までの僕は、相手の弱点も知らずに闇雲に剣を振り回す愚かな勇者だった。風車と戦うドン・キホーテのようであった。この子の髪を切ろうとする前に、この子が前髪を伸ばすようになった理由を知らなきゃ話にならない。いや、この髪型と男嫌いには何の繋がりもないのかもしれないけど、ひょっとしたら吉野順平君的な事情でもあったりするのかもしれないし……。

 

 

『逆に普通にお洒落のつもりで伸ばしてたのを、私らみたいなのに弄られたせいで男嫌いになった可能性だってあるよね』

 

 

 過去は無限に広がっている……。

 とにかく、ようやく取っ掛かりを掴めた気がする。かくして僕が意を決し、黙り込んでしまった志岐さんへと声を掛けようとしたその瞬間――

 

 

 

「おっ、葉月じゃねーか! こんなとこで何やって――んん? なんか雰囲気変わったか……?」

 

 

 

 廊下の向こうから、僕の親愛なる友人(バカ)が声を掛けてきた。

 最悪のタイミングで。

 

 

「ひっ――」

 

 

 志岐さんの口から掠れた悲鳴が漏れて、彼女の心が一瞬にして『恐怖』に塗り替えられていく。その寸前で彼女に芽生えかけていた()()をも飲み込んで、真っ当な思考の生まれる余地が彼女の中から消え失せていく。

 いかん、これはマズい、どう()ても――

 

 

 

「ごっ……ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 

 絶叫と共に身を翻した志岐さんが、脱兎の如く一目散に廊下を駆けていく。『廊下をトリオン体で走らないで下さい』という注意書きを嘲笑うかのような全力疾走に、僕は棒立ちのままその背を見送ることしか出来なかった。あとこの注意書き、生身だったら走っていいのかと突っ込みたい。運転免許のしょうもない筆記試験のようだ。完全にどうでもいいな。うん。

 

 

「陽介ェ……」

「……ひょっとしてナンパ中だったか? マジか、葉月もいよいよ色を知る年齢(とし)ってやつか……」

「ぶちころすぞ」

「いや、わりーわりー。まさかおまえに声掛けただけで女の子が逃げてくとは思わなくってよ。――え、マジで狙ってたとか、そういうやつか?」

「……いや」

 

 

 溜息を吐いて、僕は志岐さんの消えていった曲がり角から視線を切った。

 今まさに核心に触れようというところで、狙いすましたかのような()()だ。何というか、天から叱りを受けたような気分だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とでも言うような。『本物』という言葉が思い浮かんだ時の感覚に似ている。きっと今ではなかったのだろう、彼女が男嫌いを克服するべきタイミングというのは。

 ……仕方がない。心残りは尽きないが、後は君に任せるよ()()()()()()

 

 

『誰それ』

 

 

 いや、風間隊の気配りが出来る男こと――

 ……うん? どうして今、僕は彼の名前を頭に思い浮かべてしまったんだろうか……?

 

 

 

 

 

 

「…………?」

「え、何してんの歌川。いきなりこめかみ抑えながら変な顔して」

「いや……なんか今唐突に、オレが将来右目を前髪で隠した女の子と(チーム)を組む未来が見えたような気がして……」

「うってぃーが迅さんみたいなこと言い出した!」

「……うさみ先輩、最近よくその人の名前出すよね。迅って人と、それから()()()の人達の名前。何? 仲良いの?」

「いやー、()()仲良しってほどの関係じゃないんだけど、最近ちょっとその人たちと色々話す機会があってといいますか……」

「……ふーん?」

「迅さんか……あの人みたいな髪型にしようとしてるせいで変な影響受けたとか……いや、そんな馬鹿なことが……」

「あ、うってぃー髪伸ばす気なんだ! しかも迅さんヘアー!? いいねえ、うってぃーなら絶対に似合うと思うよ! ついでにこの眼鏡を掛けたらもっと似合うと思う!」

「隙あらば眼鏡じゃん」

「は、ははは……考えておきます……あともみあげの長さは普通にしとこう……」

 

 

 

 

 

 

「……で、どーしたんだよその(ツラ)は」

「いやまあ、話せば長くなるんだけれども」

 

 

 陽花()の顔を訝しげに眺めつつ、そう口にする陽介。どうでもいいけど陽花と陽介で()()()だな。どうかねマイシスター、これを機にウチの馬鹿ともいっちょ絡んでみるのは。

 

 

『パス』

 

 

 ……またか。お前のペースに合わせるとは言ったものの、どうにもお前が出たがる時とそうじゃない時の差が判らんな。さっき志岐さんを相手にした時は自分からフォローに入ってくれるくらいだったのに、どうして陽介や風間さん達相手だとそんなに引っ込み思案になってしまうんだ?

 

 

『……私がどうして、あの子の男嫌いを即座に見抜けたのか、教えてあげようか?』

 

 

 え、何。なんか理由あったのそれ。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 ……ジーマーで?

 

 

『まあ、嘘なんだけど』

 

 

 おい。

 

 

『でもまあ、ある意味本当かもしれないね。少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()っていうのは嘘じゃないし――とにかくそういう訳だから、テキトーにお友達の相手してなよ。私は寝る』

 

 

 いや待て、寝るな。タイミングこそ最悪だったが、元々僕は陽介にも用事があったんだ。正隊員に昇格したらこいつと一戦交える約束してたんだよ。

 

 

『……は? 嘘でしょ、今からいきなり()るつもりなわけ? 私まだトリガーの使い方とかさっぱりわかんないんだけど。お兄ちゃんだって炸裂弾(メテオラ)以外はさっぱりなんじゃないの』

 

 

 いいんだよ、ちょっとした記念デュエルみたいなもんなんだから。まあやるからには勝ちに行きたいけどな。僕らの絆パワーってやつを見せてやろうぜマイシスター!

 

 

『……こりゃあダルいわ』

 

 

 まあそう言うなよ。そんじゃま、とりあえず話進めていっちゃうぞ。

 

 

「陽介。今って余裕ある?」

「あん? これから個人戦ブース行くとこだけどよ、どーした?」

「だったら話は早い――じゃーん!!

「おお!?」

 

 

 渾身のドヤ顔で先程出来上がったばかりの正トリガーを見せつける僕である。とくと見よ、僕らの新たな魂が籠められた逸品を。

 

 

「うわー……やべーな。入隊してたった二日で正隊員とか、どんだけランク戦ガチったんだよ? 流石に引くわー」

「引くな。こっちも生活掛かってるから必死だったんだよ。――それよりも、理解ってるよな? 僕が何を言いたいのか」

 

 

 待ってましたと言わんばかりに、口の端を吊り上げる陽介。たった二日とこいつは言ったが、僕からしてみれば充分過ぎるほどに長かった。『そのうちいっちょバトろうぜ!』と言われたのが、かれこれもう4ヶ月は前のことのようだ。互いのボルテージはもう、はち切れんばかりに高まっている。

 が、陽介はそこで妙なことを言い始めた。

 

 

「おーよ、上等。お誂え向きのタイミングだぜ、()()()()()()()がっつり相手してやんよ」

「あいつ?」

「あれ、言ってなかったっけか? 帰ってくるのは今日だって」

「……誰の話?」

「そりゃ、俺らの間であいつっつったら一人しかいねーだろーがよ」

 

 

 ……言われてみればその通りだ。そうか、帰ってきてたのか。驚くだろうな、僕がボーダーに入ったことを知ったら。しかも正隊員で女の顔までしているとあっては、陽介に比べるとツッコミ気質なあいつのキャパがオーバーフローを起こしたりしないか心配だ。

 ――いいや。或いはそれも、無用の懸念であるだろうか?

 何かを計算・処理することに関してあいつの右に出る人材を、僕は今まで目にしたことがないのだから。

 

 

 

「――いっちょ脅かしてやろーぜ。やっとこさ帰ってきやがった、弾バカ様のヤローをよ」

 

 

 

 出水公平。A級1位部隊の隊員であり、ボーダー内では天才と謳われている男にして――

 米屋陽介に並ぶ、僕の親愛なる友人(バカ)の名前だ。

 

 






頑張れ小夜子。負けるな小夜子。家に帰るまでが遠征試験だぞ小夜子。
これで掘り下げなかったら逆にビックリするぞ小夜子。

次回は帰ってきた弾バカ+α編。

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