「――さて。本来であれば即座に消されてしまう筈の警戒区域侵入者の記憶を残すにあたり、そうすることでボーダーに一体どのようなメリットがあるのか――少年はまず、それを私に示さなければなりません」
おっと、意外にもそれっぽい切り口からスタートしたぞ。普通にボーダー職員の人を相手にしているつもりで受け答えしないと落とされるなこれは。
僕はベッドの上で姿勢を正した。しかし今更ながら、病室で採用試験っていうのもなんとも変な感じだ。
「ですがその前に、改めて確認させていただきましょうか。少年は何を目的として、警戒区域に足を踏み入れられたのですかな?」
まあ、そこからか。ここで好奇心だとか遊び半分だとか答えてしまったら全てが終わりだ。
「ボーダーに入隊したいという意思の下、本部基地を訪ねるために忍び込みました」
「正式な入隊試験日まで待てなかった理由は?」
「実家を勘当されてしまって、行くところが無かったんです」
「ふむ。ということはボーダーに保護を求める意味合いもあった、と」
「はい」
勿論そういった打算もあった。正式に入隊して自力で給料を稼げる立場になるまでは、とにかく雑用でも何でもして適当な空き部屋にでも住まわせて貰えないかと考えていたのだ。
我ながら実に子供らしく舐め腐った判断だとも思うのだが、何しろこちとら実際に中学生なのである。バイトでその日の生活資金を得ることすら出来ないのだ。――いや、確か新聞配達とかならギリギリセーフなんだっけか? こういう時のためにきちっと調べておけば良かったな。
「その後、警戒区域にて近界民と遭遇。防衛任務にあたっていた隊員の手によって救出されるも、記憶の消去を告げられた際に意識を失い基地へと搬送された……ここで少年は記憶の消去に対して明確な拒絶の意思を示したと伺っておりますが、あなたは何故そこまで、昨日の記憶を失うことを拒まれたのです?」
そこも聞くのか。どう答えるべきか、と思わず那須さんの方をちらりと見てしまう。いや別に、彼女に聞かれて恥ずかしいということもないのだが。というか気付くのが遅れてしまったが普通に那須さんが面接に同席している。いいのかこれ。無論、出て行くべきなのは僕らであって彼女の方ではないのだけれど。
「家を出てボーダーに入隊するという意思を固めたのが昨日のことだったので、仮にその日の記憶を失ってしまったら、自分はもう二度とボーダーに入ろうという意思を持てなくなってしまう――という、自己判断によるものです」
「つまり少年の記憶を奪うということは、ボーダーにとって未来の隊員候補を一人失うという意味でもある――私の提示した前提条件をよく理解しておられる、良い切り返しですな」
あ、そういうことになるのか。全然考えてなかった。
――と思うじゃん? 思うじゃん? 計算通りですよ計算通り。いやホントに、葉月さんちゃんと理解ってた。
あでもそっか、なるほど。記憶を消したら僕もうボーダーに入るなんて言わなくなっちゃうぞ? いいのか? って脅しをかけた格好になってるのか今。だけど、それって僕がボーダー隊員として使える人材だってことがアピール出来てないと成立しない脅しだよな。
面接というやつは自己アピールの場だと言われている。そこは実際はコミュ障であっても当然のようにぬるぬる潤滑油であることを示さなければならない空間なのだ。どうなんだ僕? ちゃんと滑ってるか? ぬるぬる。
「では、面接らしく志望動機の方も伺っておきましょうか。少年、あなたは何故ボーダーに入ろうと思い立ったのです?」
来た。ここだ。正直言って、僕は防衛組織の隊員として能力面で主張出来るものは何一つとして持ち合わせていない自信がある。となれば熱意だ。僕が見せられるのは熱意しかない。それもボーダー隊員に相応しい、ボーダー以外での職場では決して満たされない衝動を全力でぶつけるのだ。この瞬間に全てを賭けてみろ大庭葉月。すう、と息を吸い込んでから、
「ボーダー隊員というのは、異世界からの侵略者を退治して、この三門市を――より大袈裟な表現をするなら、僕たちの世界を守るのが仕事ですよね」
「ええ」
「僕もずっと、それからの侵略を受けていました。決して手が届くことのない存在に、欲しかったものの全てを奪われて、人生を左右されて、なりたい自分になることも――というよりも、自分は一体、何がしたいのかを考えることすら出来ませんでした。でも、昨日初めてそいつを殴れる機会がやって来たんです。だからぶん殴って、殺して、そのせいで僕は家から追い出されてしまったんですけど、正直に言うなら、最高にすっきりしたんです」
ああ、流石の紳士もこれには困惑しているな。視れば理解る。
というか、普通に殺したとか言ってしまったな。あくまでも比喩に過ぎないのだが、まあ誤解があるなら突っつかれてから訂正すればいいだろう。ボーダーに入る前にブタ箱の中へと入る羽目になるのは真っ平だ。
それはそれとして、那須さんの顔を視るのが今は少し怖い。彼女は今、僕に対してどんな感情を抱いているのだろう?
「それで思ったんです。僕はこれを仕事にするべきだって。近界民を、僕らの世界を脅かすものをただひたすらに殺し続けて、平穏を保つことを生業にするんですよ。だってあいつら、違う世界の存在じゃないですか。僕達とはどうやったって、共存出来ないものなんだ。だから殺すしかない。ボーダー隊員になることで、僕は誓いを立てたいんですよ。お前たちには絶対負けない、死ぬまで戦い続けてやるぞってね。どうですか? 防衛組織の隊員として、これ以上はない回答だと思うんですけど」
暫しの間、沈黙が病室を支配した。
……いやー。
見事に滑ったな! ぬるぬる!
潤滑油っていうかもうナマズだよねナマズ。陽介から借りた漫画で何故か何度も『冬のナマズのように大人しくさせるんだッ!』って台詞が出てくるシーンあったけど、僕も他人から見てナマズのように触り辛い奴だという自覚があるのなら、せめて冬のナマズのように大人しくしているべきだったのかもしれない。こんな奴がいきなり暴れ出したら皆捕まえるの大変だもんね。滑るし。
まあ、これも一つの潤滑油かもしれない。集団の中であえて一人浮いた存在となることで、周囲の目はそいつ一人に集中して『こいつには近づかんとこ』と意思の統一が成されるわけだ。ほら、皆が一つになったよ! やったね!
その一つの中に僕は含まれていないわけだけども。
僕は思わず那須さんの顔を見てしまった。別に期待はしていない。他人に願望を押しつけることはしないと決めている。ただ、せっかく仲良くなれそうな気がしていた相手にこれでドン引きされたりしてたら流石に悲しいな、と思っただけである。だから見た。怖かったけど、視てしまった。
「…………」
――おや。
何故ここでそれが出てくるのだろうか。
彼女は今、僕を見ている。何かを口にした訳でも、涙を浮かべたり強くこちらを睨み付けている訳でもない。ただ僅かに目を細めている、表情の変化でいえばそのくらいだ。だから別に、何かを断言出来るような要素は彼女の視線には存在しない。普通の人間ならそう捉えるんだろう。
けれど、僕には視えてしまう。
那須さんは今、『心配』という感情を抱えている。
その感情を籠めた視線で、僕のことを見つめているというのが、理解ってしまうのだ。
僕がこの手の感情を向けられる機会というのはあまり多くない。思い出せる限り、最初に僕が『心配』というものを理解したのは、今は亡き母方の祖父からこう聞かれたときのことだ。
「葉っちゃん、おめえ、好きでそんな格好してんのかい」
小学校に上がりたての頃だっただろうか? その頃の僕はまだ父が言うところの『化け物』ではなかったのか、当然のようにスカートを履かされ、髪を伸ばし、大庭陽花の『妹』として相応しい存在となるべく、整えられた身なりをしていた。
そんな私の姿が、祖父の目には奇異なものとして映っていたらしい。僕にはそう視えた。
「わかんない」
僕は正直に言った。その頃の僕には、好悪の概念というものが存在していなかったのだと思う。ただ、心には一つの命令だけが刻まれていた。陽花の妹になれ。本当ならあの子がなる筈だった、完璧な娘になれ。理想の投影。願望の押し付け。それに従って動くだけの、心のない木偶人形。
私というのは、今にして思えば、そういう存在だったのだ。
「何か、やってみたいこととか、ねえのかい」
そんな僕のことを、祖父は那須さんと同じ目で見ていた。無視する訳でもなく、かといって強く踏み込んでくる訳でもない、触れるか触れないかの距離で、おそるおそる、気遣うように。そんな祖父の慎重さが、なんというか、当時の僕には丁度良かったのだと思う。だから再度、僕は自然とこう言えていた。
「わかんない」
と。
祖父が僕に将棋を教えてくれたのはその時のことだ。ルールはすぐに覚えられたのだが、僕は昔から正座というやつが大の苦手で、対局中も膝が痛い、膝が痛いとそのことばかり考えてしまい、肝心の対局に集中することが出来ずにいた。そんな僕の前で、祖父は自分から姿勢を崩して、こう言った。
「だったら、おめえ、こうしちまえばいいさ」
胡坐を掻く。いいのかな、と僕は純粋に疑問を抱いた。将棋は必ず正座で指さなければならないなどという決まりは存在しないのだが、なんと言っても正座というのは『正しい座り方』なのだ。それ以外の座り方は間違ったもので、ましてやその時の僕は私で、スカートを履いたままでこんな座り方をするのは良くないことなんじゃないか、はしたないんじゃないか、女の子らしくないんじゃないか――などと、あれこれ考えてしまったのだ。
「つってもよお、そのまんまじゃ、しんどいだろ」
しんどい。
そう、確かに私はしんどかった。
なので、祖父の見様見真似で尻を座布団に付け、足を組み、正しくない座り方になってみると、これが何ともしっくり来て、自然で、落ち着ける姿勢だった。それからはもう、余計なことなんか気にしないで、純粋に将棋という遊戯を楽しめるようになったのだった。
父と母の僕に対する接し方が変わったのも、今思えばその頃からだっただろうか?
出来損ないだと、失敗作だと言い続けながらも、それまでの両親はまだ、僕のことを私に出来るという希望を捨てきれていなかったような気がする。
それはきっと、僕が自分の頭で何かを考えるということをせず、ただ両親の言いつけに従って、彼らの思った通りに動く、人形として振る舞っていたからなのだろう。
けれど僕は、祖父から教わった将棋という遊戯から、父と母が教えてくれなかった二つのことを学んでしまったのだ。
戦うことと、楽しむこと。
私という空っぽの器に、その二つの水が注がれて生まれたのがこの僕だ。
だから、僕の心の中にはいつだって、それがある。
――那須さんの『心配』を受けて、そんなことを、思い出した。僕を初めて、心配してくれた人のことを。
祖父は去年の春に亡くなった。僕が中学に上がった頃には既に将棋を指す体力すらなく、たまに家を訪ねてみても「おれのことなんか、もうほっときな。葉っちゃん、おれはね、終わったんだ。終わったんだよ、葉っちゃん」と言うばかりで、辛いのなら胡坐を掻けばいい、そう言いながらも自分は常に正座で将棋を指し続ける、そんな凛々しさに憧れた祖父の姿はそこにはなく、ただただどうしようもないものに飲み込まれるのを待つばかりの、弱弱しい老人が待っているだけだった。
拳の届かない相手と、戦う手段はない。かといって、そいつと向き合ってみたところでちっとも楽しくない。僕にとって、死というものは異世界からの侵略者だった。
憧れていた祖父が、いとも容易くそいつの前に膝を屈してしまったのを見て、僕の中にもある種の諦めがこびり付くようになった。世の中には、決して逆らうことの出来ないものというのが存在する。僕にとってはそれが両親であり、彼らの信奉する大庭陽花だった。その諦めの表れが、父と母に内心で反発しながらも六頴館への進学を止める訳でもなく、陽介と公平を羨みながらも彼らと同じ道を歩む訳でもない、何者にもなれない昨日までの僕だった。
けれど、僕の前にあの写真が、拳の届く距離に大庭陽花が現れたとき、そいつをぶん殴ったときのことと、こうして祖父の最期を思い返してみて、気付いたことがある。
僕はきっと、祖父に取り憑いたそいつのことも、ぶん殴ってやりたかった。
ぶっ殺してやりたかった。
お前らなんか消えちまえって、叫びたくて仕方がなかったのだ。
近界民。異世界からの侵略者。お前たちは僕にとって、あの写真立てと同じものだ。わざわざそっちから僕の手が届く距離に近づいてきてくれる、これ以上はないサンドバッグだ。僕はお前を殴り続けることで、殺し続けることで、いつか訪れる本当の戦いに向けての備えとしたいのだ。
いざそいつと向き合う時が来ても、最期まで拳を握り締めていられるように。
ウィルバー氏に語った志望動機。これは紛れもなく、僕の本心だ。僕の中にある確かなものから紡がれた、疑う余地のない決意表明だ。
――ああ、でも。
何かが、欠けているような気がするな。
ボーダーに入ることを決めた時。『立入禁止』を破った時。境界を踏み越えた時。近界民への戦意、それ以外の何かを理由として、僕は足を動かしていたような気がするのだけれど。
それは一体、何だっただろうか。
那須さんの抱いている僕への『心配』っていうのは、もしかして、そういうことなんだろうか?
「――倒れる時は前のめり。リョーマ・サカモトが遺したとされる、格言の一つでございますな」
……はい?
不意にそんな台詞が聞こえてきたので、僕はその言葉の主へと視線を移した。
ウィルバー氏の中に、先程まで抱いていた『困惑』の感情は存在していなかった。かといって、嫌悪や忌避といった僕の見慣れているものを抱えている訳でもない。この感情は一体、なんという名前をしていただろうか。
「幕末志士達の格言には、なるほどと頷かされるものが多い――この国を変えた者達の放った言葉ゆえですかな? 或いは彼らも、黒船という日本にとっての近界民を前に、何かを成さんと戦っていた界境防衛機関の先駆けゆえか――偉大なる先人へのリスペクト、という物かもしれませんな」
幕末志士ボーダー説。ペリー近界民説。とんでもない新説が僕の目の前でぶち上げられている。一体どこからツッコめばいいのだろうか。欧米人のあなたがそれを言うのかとか坂本龍馬って本当にそんなこと言ったのか? 司馬遼太郎の創作じゃないのか? とか思うところが山積みだ。
確かにボーダー総司令の城戸正宗氏とか本部長の忍田真史氏とか、いかにも『武士』って感じのオーラが出てると思わなくもないけれど。名前からしてそんな感じあるよね。総司令なんか特に。
「私もまた、彼らの一人にあやかった座右の銘を掲げていましてな。『おもしろきこともなき世をおもしろく。すみなすものは心なりけり』――少年、この言葉はご存知ですかな?」
「高杉晋作ですか」
「ええ。そうです」
27年という短い生涯の全てを攘夷運動と倒幕に捧げた、最後の最後まで戦い続けた人。そんな人の遺した辞世の句が、『世界が面白くなるかどうかは己の心持ち次第だ』という楽しみ方を説いたものだというのは、僕としても興味深い題材の一つではあった。
この句もまた、『正しくはこともなき世"を"ではなく"に"』だとか『下の句は他人が付け足したもの』だとか色々と言われているようだが、僕としてはその辺の真偽はどうでもいいことだった。創作だろうと、作り物だろうと、良い言葉であることには間違いがないのだ。そういう意味では、先の『倒れる時は前のめり』も、誰が口にしたかなんてのはどうでもいいことなのかもしれない。少なくともウィルバー氏の中では、それは坂本龍馬の格言なのだ。それで別にいいじゃないか。
『いいでしょう?』
――あれ、なんだろうな。
なんで今、こんな母の一言を思い出したんだろうか、僕は。
「少年。あなたの語る近界民とやらは、私達の知るものとは別の存在なのでしょうが――それを殴った時にすっきりしたという少年の感覚は、まあ本物なのでしょう。しかし、それと同じものをボーダーの防衛任務でも得ることが出来るとは、私には思えませんな」
「……そうでしょうか?」
「ええ。何故ならば、世間に公表されている近界民の正体というのは、トリオン兵と呼ばれる一種のロボットに過ぎないからです」
えっ? そうなの?
なんか唐突に衝撃の事実が明らかになってしまった。え、何、あのバムスター君って別に近界民でも何でもないの? じゃあ近界民って一体何なの? というか、ウィルバー氏はそんなことを僕に教えちゃってもいいの? やっぱり記憶消される? 消される?
「何、それほど大した真実ではありませんよ。正隊員になれば誰もが最初に教わることです」
「……私も聞いてしまったのだけれど、良かったのかしら」
「はっはっは」
隣のベッドで那須さんも困惑の表情を浮かべている。内心もそれで一杯だ。というか、那須さんはあくまでもボーダーの研究に協力しているだけであって組織に所属しているわけではないのか。そりゃそうだよな、こんな寝たきりの女の子が防衛組織の一員として戦える筈がない。別に彼女を愚弄している訳じゃない、あまり好きな言い回しじゃないが、常識的に考えれば分かることだ。
「まあ、本当の近界民ではないにしろ、トリオン兵が異世界からの侵略者であることには違いありませんが――防衛任務の実態というものを知ってしまった後では、やはり少年の熱意というものも空回りに終わってしまうものかと思われます。それは大変よろしくない。あなたにとっても、私にとってもね」
防衛任務の実態。どういうことだろう。誘導装置と呼ばれるボーダー独自の技術によって、近界民の出現範囲が警戒区域の中だけに限定されているというのは三門市民の誰もが知るところであるのだが――それと関係する話だろうか?
思考に耽る僕を他所に、ウィルバー氏は話を進めていく。
「私はお元気なお嬢さんから少年のことを預かっている身です。もっとちゃんと助けてあげたい、そう語った彼女の背を押して、後は私に任せておきなさい、そう断言した者にございます。そしてどうやら、ただ少年をボーダーに入隊させただけでは、あなたをちゃんと助けたことにはならないらしい――」
言いながら、ウィルバー氏はすっくと椅子から立ち上がる。その瞳に宿る遺志の輝きを確認した時、僕は先程から氏が抱いている感情の正体というものに気が付いた。
祖父と将棋を指していたのは小学校高学年までの僅かな期間であり、当然ながら僕と祖父との間には天と地ほどの棋力の差があった。けれど極稀に、僕が優位に駒を進める盤面というやつも存在したのだ。そういう時にすんなりと勝ちを譲ってはくれないのが祖父の大人げないところであり、僕にとっての魅力的な部分でもあったのだけれど、とにかく本気で勝ちに来た時の祖父というのは実にまっすぐで、実際に飛車の使い方が特に上手だったことを思い出す。こちらの心の盲点を突くように、鋭く打ち込み、自陣を切り裂き、王へと手を掛けてくるのである。
今のウィルバー氏は、その時の祖父と同じ感情を抱きながら立ち上がっていた。
彼は今、何かに対して、本気の勝負を挑もうとしているのだ。
「故に! もっと! ちゃんと! 助けましょう!! ボーダーとは、ただ近界民を狩るための組織にあらず! 少年を招き入れる者として、私はあなたに提示する義務がある! 少年が知らないボーダー隊員の魅力というものを! そのために――」
声高らかに紳士は宣言し、そして彼は彼女の方を見た。こんな娘が戦える筈がない、僕が勝手にそう思い込んだ女の子の顔を見た。
「――手を貸していただけますか? お美しいお嬢さん」
「ええ」
彼女はくすりと笑った。この短期間ですっかり見慣れた、柔らかくも茶目っ気のある微笑みだ。
僕は何故、彼女がそんなものを抱えていられるのかがずっと疑問だった。彼女に戦う意志があるのは理解る。幼い頃から病に苦しめられてきたからこそ、それと戦い、やっつけてやりたいという意識は人一倍強くなるものだろう。時には暗いものが顔を覗かせることがあったとしても、それを完全に捨ててはいないからこそ、彼女はボーダーの研究に協力しているのだ。しかし――
――那須さんは一体どうやって、僕と同じものを手に入れたのだろう?
彼女の胸の内にある、戦うことの傍にあるもの。それを教えてくれたのは、僕にとっての祖父にあたるものというのは、一体何なのだろうか?
「そのことでしたら、私はボーダーの誰よりも、彼に教えることが出来ると思います」
――他人に願望を押しつけることはしない。期待は抱かない。そんな誓いを立てたけれど。
ボーダーという舞台に対しては、少しはそいつを抱いてみても、いいのだろうか?