葉月の異常な愛情~または僕は如何にして心配するのを止めて近界民を愛するようになったか~ 作:Amisuru
葉月は激怒した。必ずや、かの邪知暴虐の那須さんを除かなければならぬと決意した。葉月にはトリガーが分からぬ。葉月は入隊前である。境界を越え、ボーダー隊員になるべく
まあ那須さんの中に邪悪なものなんて微塵もないんだけども。
『くっ……ふふふっ……ほ、ほげっ……』
微塵もないんだけどさあ。
そんなに笑うことないんじゃねえかなあ! なあ!!
「……紳士ウィルバー。お尋ねしたいのですが」
『ふむ。如何されましたかな』
「なんで僕は消し飛んだ筈なのに生きているんでしょうか」
トリオン体が傷ついたところで生身に影響はないという話は聞いていた。しかし、考えてみれば
『現在そちらの空間には『仮想戦闘モード』が適応されておりまして、トリオン体は一度破壊されても瞬時に再生する仕組みとなっております。ですので、少年は安心して
「さっきので本当に君子に近づいたんですかね、僕」
『千里の道も一歩からにございますよ、少年』
なるほど。まだまだ道は長く険しいようだ。
それってやっぱり今はバカってことなんじゃないのかな? これは解釈に悪意があるか。うん。
『ちなみに現実の戦闘で戦闘体を破壊された場合の話ですが、正規のトリガーにはベイルアウトと呼ばれる緊急脱出装置が付いておりまして、戦闘体が崩壊した瞬間に
気にする必要はない。ウィルバー氏はそう言ったが、これはもしかして暗に釘を刺されているのだろうか? 何しろ僕は、その規則を破ったせいで記憶を消されかかっている立場の人間なのだ。そうなんだよ、皆忘れてるかもしれないけど僕は今採用試験の真っ最中なんだよ。だからこういう『お前分かってんだろうな?』系の話を聞き流すのは宜しくない。反省とは心ではなく態度で示さなければ。
まあそれは心から規則を破りたいと思ってしまったら遠慮なく破るって意味でもあるんだけど。そんな機会は来ないだろう。多分。
「――『理由の1つでもあります』と仰っていましたが、それでは紳士ウィルバーが僕に
『少年の好みに合うかと思いまして』
「好み」
『かのタロー・オカモトもこう言い残しております。芸術は爆発だ! とね。見る者を圧倒する破壊と衝撃のカタルシスに心躍らぬ男子などおりましょうか? おりますまい! そう、
謎の語りが始まってしまった。僕の好みがどうこうっていうより、単にウィルバー氏が
ついでに言うと。
僕はさっき、『那須さんを吹っ飛ばしたいと思った訳じゃない』だなんてお行儀の良いことを口にしたけれど。
『それにしても、お美しいお嬢さんは意外と笑い上戸にございますな』
『ごっ、ごめんなさい……その、大庭くんの口から『ほげえええええ!!』だなんて悲鳴が上がるとは思ってもいなかったから、なんだかツボに嵌まってしまったみたいで……大庭くん、もう一回言ってみてもらってもいいかしら……』
「那須さん。世の中にはね、たとえ悪意のない行動であっても許してはいけないことというものが存在するんだ。いや、或いはそれこそが
『じゃあ笑わないからもう一度ほげえええって言って?』
「ほげえええ……」
『あはははははははは!!』
あれれー、また手から勝手に
「僕も今から
『その衝動は今は抑えていただくとして……ふむ。計測した時点で判っていたことですが、やはり少年は中々のものを持っておられる』
「と言いますと?」
『トリオンです。トリオンキューブというのは常に、その者のトリオン能力に応じた大きさの物が生み出される仕組みとなっております故、キューブの大きさから少年のトリオン量もある程度察しが付く訳なのですが――見たところ、ボーダー隊員の平均サイズを明らかに上回っているものかと存じます。お美しいお嬢さんのものよりも一回りは大きい』
『――あら』
ウィルバー氏の言葉に反応してか、それまでずっと遠くの方で腹を抱えていた
僕のキューブに並べるように、那須さんが掌を上にして、自身のキューブを浮かばせる。倍とかいうほどの大袈裟な違いはないものの、確かに一回りは大きさに差があるように見える。僕の
「……
「才能……かどうかは知らないけど、とりあえずトリオンには恵まれてる、らしいね」
「――悔しいわ。ちょっとだけ」
おや、と思って那須さんの心を覗いて視る。どうやら割と本気でそう思っているらしい。前に話した極々稀に祖父に将棋で勝てそうになったとき、その更に極々稀、本当に勝利を収めた時と似たような感じのものが彼女の中に視える。祖父のものに比べると大分ささやかなものだけれど。
……あの人は、小学生を相手に本気で心の底から悔しがっていたからなあ。いや、相手が小学生だからこそか? でもどっちにしたって大人げないよなあ。まあ、祖父が本気でそう思ってくれていたからこそ、僕の方も心の底からたまの勝利を喜ぶことが出来た訳なのだけれど。勝ったところで相手が何とも思っていない勝負というのは虚しいものだ。
ただ那須さんには悪いと思うのだが、僕は自分のトリオン量が多いという事実を前に、何故だか気を良くすることが出来ずにいた。上手く言えないのだが、僕は今、僕の目指していた
この気持ちは一体、僕の何処から生じたものなのだろう?
僕はずっとそれに憧れていた。それになれたら、世の中のどんなものとでも戦うことが出来ると思っていた。陽介のくれた『と、思うじゃん?』とはまた別の、今は雲に覆われて見えない、僕が修めたいと思っている
――馬鹿馬鹿しい、錯覚。
そう、所詮は錯覚だ。そもそも那須さんにも言ったじゃないか、『ろくでもないものに囚われるくらいなら、君は自分の才能を全力で利用するべきだ』と。僕は今まさに、ろくでもないというか考えたところで仕方のないことに囚われていやしないか? 那須さんに偉そうな口を叩いた僕が、自分の才能を受け入れないでどうするっていうんだ。
そう、僕は全力で自分の才能を誇るべきだ。あはははーごめんねトリオン多くってさぁー!! と、ドヤ顔を決めてみせるべきなのだ。
という訳で那須さんにドヤ顔ダブルトリオン(両手にトリオンキューブを浮かべて目の前の相手に見せつける動作を指す)を決めて
「大庭くん」
先手を取られてしまった。いつの間にか那須さんの手元からキューブも消えている。一人でいつまでも豆腐をぶら下げている僕が馬鹿みたいだ。ただでさえ触ると爆発するっていうのにな。僕も
「私は負けず嫌いよ」
「はい」
「だからね、大庭くんにはトリオンの差が戦力の決定的差ではないということを教えてあげたいと思うの」
なんか前に公平の家で見たアニメのキャラみたいなことを言っている。どちらかというとそのキャラの妹みたいな見た目をしてるよね、君は。
そんな良いとこのお嬢さんみたいな見た目の女の子が、笑みこそ浮かべていながらも、その内側で
「――ということで、私と勝負しましょう? 大庭くん」
そう来たか。いや、そう来るだろうとは思っていた。『もっと! ちゃんと! 助けましょう!』と宣言したときのウィルバー氏と似たようなものが視えたときから察してはいた。勝負を挑もうとする者特有の決意みたいなやつだ。そして僕も男子たるもの、勝負事というやつは大好きだ。
が、勝負と言われても僕はトリガー使いの戦いというのがどんなものなのかも知らないのだ。
「恥ずかしながら、私がトリガーでの戦闘訓練を始めたのは最近のことなのだけれど」
唐突に自分語りが始まった。いや、そういえば訓練室に来る途中でも言っていたな。『トリガー――
「私に
「はあ」
「更に言うなら、私は他の隊員と対戦したことがない――つまり、訓練で未だ一度も勝ったことがないのよ」
『――ほう?』
何故かこのタイミングで僕ではなくウィルバー氏が相槌を打った。どうしたのだろう、那須さんの語りに氏が何か興味を惹かれる要素でもあったというのだろうか。
「繰り返される敗北! 勝利への飢え! ――そこで私はこう考えたわ」
なんか那須さんのテンションがおかしなことになっているような気がする。全身で強く訴えかけるように両手を持ち上げてわなわなとさせている。こんな愉快なキャラだっただろうか? まるで別の誰かが乗り移ったかのようだ。
ついでに言うなら、その誰かというのは
「相手がもっと弱ければいいんじゃないかと……!」
…………。
こいつだめだ……。
「……紳士ウィルバー、彼女に何か一言」
『非常に強い共感を覚えました』
「なんでだよ!?」
やっぱりか! やっぱそうなんだな? アンタの影響なんだな!?
「……というのはまあ冗談なのだけれど」
ホントか? 本当に冗談なのか? 僕の
「大庭くん。
「……それは?」
「『ランク戦』に勝つこと」
おや、意外なことに知っている単語が飛び出してきたぞ。
「ランク戦……隊員同士でチームを組んで、三、四つ巴の模擬戦をするっていう?」
「あら、よく知ってるわね」
「ボーダー隊員に友達がいるんだ。そいつらからちょこっとだけ」
「そういうこと――でもね、私がしたいのは
「入隊当日、訓練生のトリガーには最低1000の
「ふむふむ」
「そのポイントを最も効率良く稼ぐための手段が、
なるほど。確かにそういうことなら、僕と那須さんの事情は同じだ。もっとも僕が一刻でも早い正隊員への昇格を望むのは、訓練生などといういかにも研修的な立場はさっさと抜け出して、まともな収入を得られるようになりたいという切実な事情によるものなのだけれど。友達が
「早いところ正隊員になりたいのはその通りだけれど、僕の方は別に友達を待たせているとかそういう訳ではないんだ。陽介――あいつらには、僕がボーダーに入隊することを話せないままここに来ちゃったし」
「あら、そうなの? ……そういうことなら、
意外な誘いだった。社交辞令だろうか? と思いついつい
ただ、申し訳ないが今回はハズレを引いてもらうことにする。
「誘いはありがたいけど、部隊を組みたい人達なら別にいる。……
「恩人?」
「そう、命の恩人だ。誇張でも何でもなくね」
「……そうなの。そんな相手がいるのなら、無理強いは出来ないわね」
「僕も最初から、君と
冗談めかしてそんなことを言ってみると、那須さんはまたくすりと笑って。
「それはちょっと、キザが過ぎるわね。大庭くんのキャラじゃないわ」
「那須さんの思う僕のキャラってどんなイメージなのかな」
「『ほげえええええええ……』」
「OK。やろう。勝負しよう那須さん。その奇麗な顔を吹っ飛ばしてやる」
葉月は激怒した。必ずや、かの邪知暴虐の那須さんを除かなければならぬと決意した(数分ぶり二回目)。
――まあ、激怒したっていう割には、僕の方も彼女と似たような顔をしていたと思う。多分。
2020/11/25
改行の増加、内容の分割、それに伴う文章の微修正等を行いました。