――勝負するとはいっても、流石に僕の方に炸裂弾、もっと言えばトリガーに関する基礎知識が足りな過ぎるということで、改めて講習の時間を設けることとなった。
以下、那須さんとウィルバー氏から懇切丁寧に教わった授業内容である。
①訓練生用のトリガーに装備されている武器は1種類だけ。正隊員になると盾や隠れ蓑などのオプションを含めた最大8種類が装備出来るようになる。
②僕の装備している炸裂弾は、銃手・射手と呼ばれるポジションの隊員が扱う弾丸トリガー。銃型トリガーを使わずに弾丸を飛ばす僕のようなタイプは射手に属するらしい。今のところ。
③射手は弾丸の発射前に、『威力』『射程』『弾速』の3つを毎回の攻撃で自由に調節できる。トリオンキューブは小さく割ってバラ撒いたり、一個丸ごとぶっ放したりとある程度の自由が利くらしい。銃手に比べると攻撃に手間が掛かるのと、命中精度がやや粗いのが欠点だとか。焦ると勝手に弾があらぬ方向へと飛んでいくこともあるという。使いこなすのが大変そうだ。
④トリガー武器の威力は使用者のトリオンに比例して向上する。射手の場合はトリオンの量がそのままキューブの大きさになるので、威力兼弾数といったところか。
⑤炸裂弾に関しては先にウィルバー氏が語ったとおり。付け加えると、キューブを丸ごと道端に置いておいて外部からの干渉で起爆させる『置きメテオラ』なるテクニックもあるとか。これには那須さんもふむふむと頷きながら氏の講釈を聞いていた。参考にするつもりなのだろうか?
『他にもまだまだ教えていないことは多々ありますが――いきなり詰め込み過ぎても身に付くものではありませんからな。とりあえずはこのくらいにしておきましょう』
「……今更ですけど、本当にトリガーにお詳しいですね。どこで学ばれたんですか?」
『フフフ……紳士とは常に謎が多きもの……』
なるほど。とりあえず紳士って言っておけば何でも片が付くと思っているなこの人は。
『まあ、習うより慣れよという言葉もあります。早速実践と致しましょう、少年』
「――実践?」
『開門!!』
唐突にウィルバー氏がそう叫ぶと、僕らの頭上に見覚えのある黒塗りの門が現れた。
反射的に身構えてしまう。ここから出てくる奴というのは、僕にとってのろくでもないものだと相場が決まっているのだ。ただでさえさっきも奇妙な幻聴に苛まれたばかりだというのに――などと思っていると。
『飛行トリオン兵バド召喚!!』
なんか両脇に光る輪っかを付けたちんまいのが出てきた。
長い尻尾の一つ目小僧が、こちらに腹を見せてふわふわと宙を舞っている。正直可愛くはない。バムスター君もそうだったのだが、トリオン兵というのは皆が皆、この目だかのどちんこだかよく判らないものが顔にくっ付いているのだろうか? まじまじと眺めてみると結構気持ち悪い見た目してるなこいつら。
『では、的当てを始めましょうか』
「……こいつを炸裂弾で堕とせってことですか」
『ええ。初めは動かぬ的から、徐々に数を増やし、動かし――そんな形で一つ、如何ですかな?』
「わかりました」
いかにもチュートリアル、といった感じの内容だ。とはいえこちらも素人である。舐めて挑んで恥を掻くのも癪だし、多くは語らずに挑むとしよう。
とりあえずキューブを出す。これはもう感覚でぱっと生み出せるようになったのだが、ここから更に細かく設定を弄れるというのか。
しかし何分初めてで勝手が分からない。100の値を『威力』『射程』『弾速』の3つに振り分けられるという話なのだが、この距離とあの的、そして僕のトリオン。さて、どれをどのように割り振るのが適切なのか。しかもこれを毎回撃つ度に決めるのか? なんともはや……。
「最初は何も考えずに、とにかく撃ってみるのがいいわよ、大庭くん」
キューブを出したまま固まっていた僕を見かねてか、那須さんが助け舟を出してくれた。まあ、確かに一発ぶっ放してみないことには始まらないか。初期設定は威力30、射程30、弾速40。ひとまずこれで行ってみよう。
「それから戦闘体に換装する時と一緒で、撃つ時に弾丸の名前を言うと気持ちが籠もって弾が飛びやすくなったりもするわ」
「そんな効果あるんだ」
「馬鹿に出来た話でもないのよ? 声に出したのと違う種類の弾を撃つのって難しいんだから。『通常弾!』って叫びながら実際に撃つのは炸裂弾だとか、そういうことが出来る人はほとんどいないって聞いているわ」
「それ、仮に出来たとしても近界民相手に役に立つのかな」
「……さあ?」
『さあ?』ときたもんだ。まあ、確かに『さあ?』だよな。それ以外に答えようもない。
掌を持ち上げてキューブを浮かべる。弾丸を飛ばす、これは投げるような動作とかも必要なく、念じるだけで思った通りの方向に飛んでいくのだと教えられた。便利だなと思う一方、焦ると暴発するという理由にも納得がいったものだ。訓練ならともかく実戦で暴発を起こしたらと思うと洒落にならない。炸裂弾なら尚更である。
冷静に。慎重に。的を見据えて、気持ちを籠めて。すう、と息を吸い込んでから。
「――炸裂弾」
撃った。分割もせず、丸ごと一個のキューブをそのままぶっ放した。
命中精度が粗い、そう聞いていた割には思いの外真っ直ぐに、キューブは標的を目掛けて素直に飛んでいく。高層マンションの更に彼方、50mは先の虚空で呑気に漂っているそいつが、豆腐の角に頭をぶつけて――
「たーまやー」
――花火が上がった。
初めての時は爆心地にいたものだから分からなかったのだが、こうして夜空の向こうで炸裂するトリオン粒子の放つ輝きというのは、想像以上に眩しく、鮮やかで――奇麗だった。
今、ウィルバー氏がどうして訓練場所に夜の街を選び、僕に炸裂弾などというトリガーを与え、空高く舞うトリオン兵を標的に選んだのか、その全てが理解出来たような気がする。
彼は僕に、この輝きを見せたいと思ったから、こんな舞台を用意したのではないだろうか?
芸術は、爆発だ。
僕の目の前に映し出された光景は、紛れもなく炸裂弾というトリガーによって描かれた、一つの芸術だった。
「……かーぎやー」
隣の少女が放った掛け声に、やや遅れて合いの手を打った。
今時こんなこてこての反応を取りながら花火を眺める客というのも珍しいんじゃないかと思うのだが、まあ、悪くない。むしろ風情があっていい。それに今、夜空を眺める那須さんの心の中といえば、これから僕と一戦交えようだなんて言っていたのが嘘のように穏やかで、安らいでいた。
「……なんだか、勝負するって感じの雰囲気じゃなくなっちゃったわね」
で、実際にこんなことを口にする訳だ。たしかに、と僕も頷きながら、空に散らばるトリオンの光と、粉々になって燃え尽きながら落下していく哀れな火種くんの姿を眺めていた。
なんだかまったりとしたムードになってしまった。僕らは一体何をしにここに来たんだったか。女の子と二人っきりで花火大会を見に来た訳ではなかった筈なのだけれど。
『ふむ。それでは、お二人にはもっともっと熱くなっていただきましょうか』
紳士の声が響くやいなや、花火の光を掻き消すように、無数の昏き門が夜空を覆い尽くした。
「……!?」
「あら、曇り空になっちゃったわね」
開かれる門。そこから飛び出す大量の的、的、的。ちょっと待て。難易度がいきなり跳ね上がり過ぎじゃないのかこれ。しかも今度の連中は、ゆっくりと地上に向かって高度を下げてきている。キモい。こんな鳥だか虫だか蝙蝠だかよく判らない見た目の連中に纏わりつかれるのは真っ平だ。
『私は花火の中でもスターマインがお気に入りでしてな』
「はい!?」
『速射連発花火ですよ少年。あなたにそれを打ち上げていただきたい、ということです。素早く、立て続けに、絶え間なく。暗い夜空に明かりを灯し、観客の心を魅了してみて下さい。――ああ、そういえばまだ、少年は採用試験の真っ最中にございましたな。丁度いい、これで決めましょう』
「はい!?」
さっきからはい!? しか言ってないぞ大庭葉月! しっかりしろ! いやしかしだね、空から降る一億のバド(誇張)、迫り来る無数のそれ、そして唐突に明かされた僕の採用条件。これで平静を保てる人間がいるだろうか? あ、ヤバい。なんか手元のキューブがぷるぷると震え始めている。くっ……鎮まれ、僕の右手(から出てきた豆腐)よ……!
『空からバドが降りてきていますね? あれを一匹たりとも撃ち漏らすことなく、飛んでいる間に仕留めるのです。バド本体――いえ、炸裂弾の爆発が地面に触れるようなことがあれば失敗と判断させて頂きましょう。如何ですかな?』
「もう始めて構いませんか!?」
『判断が早くて大変に結構』
了承を得たと見なして、とにかく目に付いた適当なバド目掛けて無心でキューブをぶっ放した。
うわ、なんか狙いが大幅にズレたぞ! 的が山ほどいるおかげで他の的に当たって弾けたが――なるほど。理解した。これが本来の命中精度なのだ。さっきは慎重に落ち着いて狙いを定める余裕があったから思った通りの場所へと飛んでいっただけで、実戦ではこんなにも照準がブレてしまうものなのだ。
今は何処に撃っても当たるような状態だから誤魔化しが利くが、数が減ってきたらそうも言ってはいられない。大玉一発を丸々外してしまうのも損だ。そうだ、的が多いのであれば、こちらも的の数に見合うだけの弾をばら撒かねば――
「あら、よく理解ってるわね」
新たに生み出した僕のキューブが無数に分割されていくのを見て、感心感心、とでもいった風に那須さんが言う。
ちくしょう、彼女は未だに観客モードだ。こっちは花火に見惚れる余裕すらないというのに――とはいえ、彼女を恨むのも筋違いである。むしろ呑気に彼女と二人で打ち上げ花火を満喫していたさっきまでの僕が間違っていたのだ。
そうだ、思い出せ大庭葉月。お前は一体、何のために境界を越えてきたんだ? 近界民を、この昏き門の向こう側からやって来る連中を一匹残らず滅ぼすためだろう。僕が今やっていることは、まさにそれじゃないか?
なるほど、流石は紳士だ。確かにこれをこなせなければ、僕はボーダーに入隊する資格がない。撃ち落とせ。防衛せよ。僕らの大地を守り抜け。戦えボーダー隊員大庭葉月! 三門市の未来は君に託された!
『…………』
発射。発射。発射。幾度となく繰り返しているうちに、少しずつ火加減というか、標的の大きさと相対距離、移動速度から弾の設定をどのように弄ればいいのかが理解出来てきた。といっても、こんなものは1の位まで毎回毎回きっちりと調節する必要などないのだ。火力が過剰だと感じたら10くらいドカッと下げてその分を弾速に回す、逆に足りないと思ったら弾速なり射程から一気に貰ってくる、そのくらいの大味な弄り方でいい。一々考えていたら脳味噌がバカになってしまう。
狙いもある程度は雑でいい。炸裂弾ならば特にそうだ。少しでも掠れば勝手に爆発してくれる。しかしこの武器、今は標的が周りに何もない虚空を彷徨っているからいいものの、市街戦で使おうと思ったら町に被害が出るのは避けられないのではないだろうか。その辺は上手いこと威力を調整してなんとか、といった感じなのだろうか?
この的が相手ならともかく、バムスター君なんかが相手だとあまり有効な兵装とは思えないな。あいつ硬そうだし――そんなことを考える余裕すら生まれ始めた頃、気付けば僕の頭上に傍迷惑なお隣さんの姿は欠片も見えなくなっていた。流星の如く地表に降り注ぐトリオン粒子の煌めきが、花火でいうところのナイアガラみたいにうっすらと夜空を彩っていた。
『お見事』
紳士の声がする。お見事。一般的には賞賛に値する言葉の筈なのだが――気のせいだろうか? その感情が乗っている気がしない。こういう時に僕は決まって相手のことを視るようにしているのだが、遥か彼方の訓練室にいるウィルバー氏の姿を僕の目で捉えることは適わない。
うーむ、注文通りの結果を出した筈なのだが、一体何が不満だったというのだろうか。それともこの感覚は僕の勘違いなんだろうか?
「……どう、でしたか?」
不安になって、思わずこちらからそう訊ねてしまった。そう、普段から僕は自分の持っている副作用とやらに頼り切っているため、こういう相手の心境が読めない状況になると弱いのだ。
思考の全てを読み取る必要などないが、少なくとも相手の感情にさえ寄り添っていれば、大抵のことは上手くいく。僕はずっとそうやって生きてきた。例外と言えばどれだけ寄り添おうとしても突き放されることしかなかった両親を相手にした時くらいのものだ。だから、いつからか僕は彼らのことを視ることさえしなくなった。そこに僕の欲しいものなど欠片もないということが理解っていたから。
まあ――もう、終わった話だ。
「大庭くん大庭くん」
不意に、思わぬ方向から声が掛かった。那須さんである。なんだなんだ、名前を二度も呼ぶだなんてやけにテンションが高いな。
「どうだった?」
聞き覚えのある台詞である。マンションの屋上から、彼女と二人で手を繋いで仲良く飛び降りたときの言葉だ。
『どうだった?』彼女はそうやって僕に問いかける。いつも僕がそう思っていないタイミングで問いかけてくる。それは紛れもなく僕の心に寄り添っていない行為なのだが、そのズレに不快感を覚えないのは何故なのだろう? どうして彼女は少しの不安を抱くこともなく、そんな風に訊ねることが出来るのだろう? それが普通の人間というやつなのだろうか? 彼女の問いはいつもズレている、僕はそのように感じているのだけれど、本当にズレているのは僕の方なんじゃないのか――とか、そんなことを思いつつ。
「……最後の方はともかく、ただただ必死で何かを考える余裕なんてなかったよ」
「もう、大庭くんは真っ白になってばっかりね」
「そうは言うけど、プレッシャーやら何やらで本当に一杯一杯だったんだって」
「私はそんな一杯一杯な大庭くんの横顔を『いいなあ、面白そうだなあ……』って思いながら見ていたわ」
「そりゃいいご身分だ」
「なら、私もあなたと同じ身分になりましょうか?」
――え? なんだって?
「ウィルバーさん。今のやつ、私もやってみていいかしら」
『――ほう。面白い提案ですな』
あ、ダメだこれ。完全にこの人生エンジョイ勢×2の思いつき空間に流れを全部持っていかれるやつだ。実際に今持っていかれてるもんな。合格は? 僕の合否は一体どうなってしまったのか?
が、ここでせっついて面接官の心証を悪くするのも宜しくない。試験を終えても浮かれることなかれ。採用通知を受け取るまでが面接なのである。不が付いていなければいいのだけれど。
などと思っていると、那須さんが再び訓練室のウィルバー氏から僕の方へと意識を戻したのか、こちらを向いて。
「大庭くん。私達の間で、お流れになっていたことがあるでしょう」
そんなことを言った。
「……僕も今お流れになりかけてるもののことを考えていたところなんだけど、それは那須さんと直接関係のある話じゃないな」
「あら、ひどいのね。約束したでしょう? 私と勝負するって」
「ああ、そういえば――」
え、今からやるの? 勝負? 那須さんは良いんだろうけどこっちはさっきから気もそぞろで全然勝負に集中出来る気がしないのだが。
……いや、待てよ。
何となく、彼女の考えが読めた気がする。
「これをその勝負にしましょう」
やっぱりね!
お題:No.1バド狩り王決定戦。これが野生動物相手だったら心の一つも痛むところなのだが、何しろ相手はトリオン兵、それもおそらくはコンピュータか何かで再現されたプログラム的なものに過ぎないのである。
要はゲームだ。僕は遊んだことがないけれど、モンスターハンターとかそういうやつと同じだ。いやさっきの感覚はどちらかというと無双ゲーとかそういうジャンルの方が近いのかもしれない。詳しくないけど。
「条件は大庭くんと一緒――ああ、確かそっちは炸裂弾が地面に触れても失敗扱いだったのよね。私のトリガーにはそういうのないから、代わりにバドの降りてくる速さを上げて貰いましょうか」
「そういうのないって……炸裂弾みたいに、一発の弾丸で広い範囲を攻撃出来るようなトリガーじゃないってこと?」
「ええ、そうよ。弾丸自体は通常弾と同じで、ただ相手を貫くだけのもの」
「誘導ミサイルみたいに勝手に相手に飛んでいくとか……」
「そういうトリガーも確かにあるけれど、私のトリガーとは別物ね」
それは――結構、キツいのではないだろうか? 僕がさっきの無茶振りに応えられたのは、炸裂弾という一発で複数の的を纏めて吹き飛ばすことが出来る、いわば雑魚狩り特化のトリガーを装備していたことによる恩恵が大きい。
こういう推測は上から目線になったようでアレなのだが、那須さんは僕よりもトリオンが少ないから一度の攻撃で撃ち落とすことの出来る的も少なくなってしまうわけで、言ってみればその時点で僕と那須さんの条件は対等ではないのだ。その上で更に、難易度を上げるというのであれば――
「……それで那須さんに成功されたら、確かに僕は負けを認めざるを得ないな」
「あら、そう? 失敗したら私の負け、上手くいっても引き分け扱いでお茶を濁そうと思っていたのだけれど」
「随分と僕に甘い判定だね」
「言ったでしょう? 面白そうだと思いながら見ていた、って。正直に言うと、勝負っていうのはただのこじつけなの。私がやりたいと思ったからやるのよ」
言いつつ、那須さんが手元に光の立方体を作り出す。その大きさはやっぱり僕のものよりもやや小さく、再び空を覆い始めた大量の昏き門を前に立つ守護者の装備としては、言っては何だが頼りない印象を受けてしまう。
僕は未熟な技量を弾数と巻き込み力で誤魔化していた部分があるのだが、那須さんのトリガーにその二つを補う要素がないのなら、後は純粋に那須さん自身の腕前、彼女がどれだけ繊細に弾丸をコントロール出来るかに全てが掛かってくる。負けたところで失うものなど何もない勝負なれど、少しはプレッシャーを感じてもいい場面の筈だ。
――それなのに、僕の目に視える彼女のなんと、心躍っていることか。
「ああ――でもやっぱり、大庭くんにきちんと理解らせてあげたいという気持ちも、確かにあるかもしれないわね」
「え」
「トリオンの差が戦力の決定的差ではない――というよりも、トリオンだけがボーダー隊員の才能ではない、ということを」
虚空の深淵から這い出るように、無数の標的がその顔を覗かせる。それらを迎え撃つかの如く、彼女はキューブを細かく砕き、自身の周囲に散りばめて――もはや見慣れた感のある、薄い微笑みを浮かべて、言った。
「あなたに見せてあげる。私の本当の才能を――」
口にしてから、彼女の中にちょっとした羞恥心のようなものが視えて。
……なんてね? と、慌てたように付け足したのが、こんな時なのに、可笑しかった。
――そして、僕は確かにそれを見た。
近い将来、ボーダー隊員が『那須玲』という少女を思い浮かべたとき、誰もが真っ先に連想することになる――彼女の代名詞を。
「――変化弾!!」
彼女の体を廻るようにして漂っていた無数のキューブが、その掛け声で一斉に空へ飛んでいく。
炸裂弾とは異なり、弾丸の軌道を射線上に残したまま伸びていく光の線。それは発射するというより、夜空というスケッチに絵を描いているようだった。彼女の手に握られた筆が虚空をなぞる、その動作が結果として、弾丸という形に変換されて現実に表れている――とでも言えばいいのか? そうでなければ説明が付かない。初めは一直線に伸びていた幾重もの光が、突如として各々が意思を持ったように軌道を変えて、一本一本が狙い違わず無数のバドを貫いていく――眼前の光景は。
……なに、これ。
曲がる。うねる。纏わりついて、食らいつく。その動きはさながら蛇だ。狙った獲物の喉元へと牙を立てる毒蛇の如しだ。ああ――しかし、なんて生き生きとした蛇なのだろう? これが毒だというのなら、そいつはさぞかし甘美なものに違いない。
そう、この蛇は美しいのだ。薔薇に棘ありだなんて諺があるが、迂闊に触れれば傷ついてしまうようなものにも人を惹きつける力があるように、彼女の描く光の軌跡もまた、観客の心を魅了する美しさがあった。
芸術は爆発だなんて言ったが――とんでもない。本物の芸術なら今、僕の目の前で彼女が描いているじゃないか。これが本当に、怪物と戦うために作られた兵器から生み出されているものだというのか?
ある時は正面、ある時は死角を突き、ある時は脇をすり抜け、かと思えば折り返して背後から。彼女の弾丸に規則性はない。何者にも縛られていない。一発一発が思い付きだ。その場のノリだ。そんなデタラメな弾丸で、彼女は迫り来る標的を正確に撃墜し続けている。そんな戦い方で、彼女は街を守れてしまっている。一体、彼女の目には世界がどんな風に視えているというのだろうか?
――すごい。
「ふふ――」
描く。描く。描く。僕と同じことをしているのに、その言葉の持つ意味がまるで違う。彼女は今、戦いながら楽しんでいる。いつからか僕が切り離して考えるようになってしまっていた、僕の中にも存在する、確かなもの。その二つを両立させている。
出来る訳がない。そう思っていた。ボーダー隊員の職務は将棋ではない。戦うことを仕事にするからには、それを楽しむことなど出来る筈がない――と、無意識のうちに僕は、心の中に境界を作っていたような気がする。戦うことと、楽しむこと。その二つの間に線を引いて、互いが互いにとっての近界民になってしまっていたような――そんな気がする。
――すごい。すごい。すごい!
けれど――もしかして、一つになることが出来るのだろうか? 僕が戦う意志を持つとき、僕の手からキューブが生まれる時、僕の中には戦うことしかなかった。楽しむことを排除しようという意識があった。その意識を捨て去り、目の前の女の子と同じように、僕の傍にいる私と手を取り合うことが出来たなら――
――僕は。
――私は。
――貴方のことを、愛せるようになるのだろうか?
最後の標的が撃ち抜かれる。一つ前の斉射で狩り尽くせずに一匹だけ取り残される格好となってしまったそのバドは、新たに生み出された那須さんのトリオンキューブ、そこから放たれた全弾丸を思い思いの角度でぶち込まれるという、なんとも哀れな末路を迎える羽目になった。かわいそうなバド。せめて痛みを知らずに安らかに死ぬがいい……。
「――さて」
ふう……と息を吐き、落下していく標的から視線を切って、那須さんが僕へと向き直る。彼女が次に言う言葉は何なのか、僕には既に想像が付いていた。
「どうだった?」
やっぱりね。
彼女は確かに見かけによらず衝動的な人間であり、思いつきで突拍子もないことを口にしたり、僕の気持ちとズレた言葉を放ったりもする。けれど、彼女の中にはいつだって、それが息づいているから。
彼女の弾丸は、どんなに軌道を変えることがあっても、ブレることだけは絶対にないのだ。
「僕の負けだよ」
正直に言った。
それは単に、No.1バド狩り王決定戦に敗れたこととか、そういう意味ではなく。
きっと僕もまた、彼女の描いた芸術に、魅了されてしまったのだ。
『合格です』
そんなことを考えていたものだから、不意に届いたウィルバー氏の言葉の意味に、僕は気付くのが遅れてしまった。
へっ、と間抜けな声を出したら、那須さんがまたも吹き出しやがって、やっぱりこの女には後日改めてリベンジを挑む必要があるかもしれないとか思いつつ――
『界境防衛機関ボーダーへようこそ、大庭葉月隊員――あなたの入隊を歓迎致します』
――僕はようやく、念願の採用通知を受け取ることが出来たのであった。