『これでお別れなの?』
警報の鳴り響くコックピット。仄暗く、溶液に満たされたその空間で、十三番機兵パイロット・和泉十郎は、気丈に涙を堪える少女の姿を思い浮かべていた。夜空の様に深い、濡れ羽色の髪が風に靡く。理知的でクールな印象を与える横顔。スラリとした長身。けれどあの時……僕の腕の中で泣いていた彼女は何処までも温かく、柔らかく、そして儚く感じられた。
(薬師寺、キミを、この街を護りたい。だから僕は――)
《十三番機兵、敵機多数、攻撃範囲内――退避せよ。繰り返す、退避せよ》
無機的な自分の声が、状況を知らせてくる。有利不利を論ずる必要などない。劣勢を通り越した絶望。街を破壊する巨大な機械の化け物……怪獣の群れ。この世界に奇跡などは無い。そして、僕にこの世界を救う力なんてある訳がない。この
流星が降り注ぐ。悪魔たちを乗せて。
「あれは……」交差点を曲がった先で、怪獣の一体が巨大な腕を振り上げるのが見えた。
『待つんだ、如月君』
『放っておいてよ、ママを捜すんだから!』
通信から聞き覚えのある声が聴こえた。戦友である関ヶ原の先輩にして時代を超えた適格者たちのリーダー、郷登蓮也。そして薬師寺の親友、如月兎美。
「させるか!」機兵を前進させ、体当たり。二千トンの質量は怪獣の巨体を難なく吹き飛ばす。
『機兵だと…… 出るにはまだ早いぞ。誰が乗っている?』
郷登の怜悧な顔に微かな驚愕が浮かぶ。そうだろうね……十郎は皮肉に嘯いた。出撃は実験の為に行うのであって、この街を守る為じゃない。森村先生は、この街を初めから放棄する心算だったんだから。けれど十郎は郷登や森村を責める気にはなれなかった。
(あんなことが起こった直後なんだ。仕方がないよ)十郎はゆっくりと機体をビルに近づける。
世界を護る人類の切り札……機兵。だというのに、この戦いに出せる機兵は、この十三番機兵のみなのだ。此処でのデータを元に捲土重来を計る……彼らは全く正しい――
「十郎だ――」正直に答える。隠す意味など無いから。
『和泉か!?』郷登の驚愕した声が聴こえた。
「このまま奴らを迎え撃つ」
『なぜお前がそれに乗っている――』
ウイルスに汚染された自分が、この汚染された機体に乗ればどうなるのか。そんな事はわかっている。けれど――
「十三番機兵は、
昔見たアニメで、そんな台詞があった気がするな……そんな愚にもつかない事を想いながら、十郎は機体をさらに前進させる。前方に全高三百メートルはある巨大な多足型の怪獣が聳えていた。この世界を制圧するために、掘削を開始している。もう猶予は無かった。
(僕が戦わなければ、薬師寺がこれに乗る事になる。そんな事はさせない――)
新たな適格者……それが薬師寺と如月であることを聞かされた時。
『あなたは、もう十分に戦ったわ』森村先生はそう言って、十三番機兵のパイロット登録を薬師寺に変更すると僕に告げた。それは嘘偽りなく、ウイルスに汚染された僕の身体を案じての事だ。けれど僕は同時に、彼女がその瞳に映る
それは兎も角。如月のことは郷登先輩に任せておけば問題ないだろう。十郎は周辺の安全を確保すると、敵の密度の濃い方位へと機体を加速させた。連装ロケット砲を斉射。ハンターの群れを一掃する。
森村先生と郷登先輩……二人と僕とは決定的な違いがある。十郎はそう思う。この世界を腰掛けとしか思っていない二人と違って、僕はこの世界を知ってしまった。数字に管理される僕たちの時代や、抑圧された階級社会となった関ケ原たちの時代。それとは違う、文明としては未熟ではあるけれど、まだ豊かな感情が残るこの時代を。
――そして薬師寺との、短いけれど忘れられない生活。
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「和泉さんの生まれた時代って、みんなどんな生活をしているんですか?」
「十郎でいいよ。そうだなあ……」
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「今日の夕飯はハンバーグを作ってみたの。十郎の口に合うといいけど……」
「……美味しいよ、薬師寺。君は料理が得意なんだね」
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「何を怒ってるんだい、薬師寺?」
「学校で、トミが変な事言うから……そんな事できる訳無いじゃない」
「……? どうしたの、顔が赤いよ?」
「何でもない!」
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《左腕損傷、腕部兵装の使用に支障あり》
《高熱源体、多数接近。退避せよ》
《連装ロケット砲、残弾ゼロ。降機しての再出撃を推奨》
次々と発せられる警報。
(自分の声に絶望を感じるというのは妙な気分だな……だけど!)十郎は不敵に笑うと機体を跳躍させて敵機の海へと飛び込んだ。一斉に十三番機へ回頭を始めるダイモス。それを予め設置しておいたセントリーガンが一掃する。アベンジャーを身代わりにして前進。ややあって機体背後で大爆発が起こった。
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カーテン隙間から覗く月明かりが、隣で眠る薬師寺恵の顔を照らしていた。
仄かに汗ばんだ白い肌。着痩せして見えるが、シーツ越しにもはっきりと分かる女性らしい起伏。けれど自身よりも小柄な十郎の腕に縋りつく姿は、まるで幼子のようだ。
『十郎……』微かな寝言。彼女はどんな夢を見ているのだろうか。
『薬師寺、僕が君を必ず護るから――』
遥か昔にも、そんな事を言ったような気がする。2104年の世界で生まれてからずっと、自分には何かが欠けている……そう思ってきた。顔すら分からない、運命ともいえる存在。それは隣で昏々と眠る少女では無かったけれど……十郎はかぶりを振る。
(それがどうしたっていうんだ? 僕は薬師寺が好きだ。全てを賭しても護りたい子なんだ)
少女の眠りを妨げないようにそっと身を起こす。淡いピンクのベッドに拡がる夜空のような黒髪。それをそっと撫ぜて、十郎は薬師寺の部屋を後にした。やるべきことは、もう決まっていた。
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《連続稼働時間、一時間を経過。警告、これ以上の戦闘継続は操縦者の脳負荷が――》
《高エネルギー体により右腕喪失。戦闘効率三十%へ低下》
機体の制御AIが悲鳴を上げていた。目標の超巨大ダイモスが放ったビームによって、十三番機兵の半身は融解し、もはや歩くのがやっとの状態だ。
《搭乗者は直ちに操縦を終了せよ》
「まだだ……たかが右腕をやられただけだ! まだ左腕が残っている――」
《生命維持に異常発生。機兵操縦緊急解除……》
「駄目だ! 解除撤回――」ふざけるな。こんなところで、僕は……!
「操縦継続、上書きしろ」
(必ず護る……そう誓ったんだ。薬師寺の……恵の住む
押し問答のように続く解除と撤回。這うように進む十三番機兵の目前に巨大な四本脚……ハイクアッドの姿が見えた。左腕にプラズマアーク溶断機をセット。採掘を続ける脚部を破壊する。自重を支えきれなくなったハイクアッドの巨体は崩壊していく。
「これで……少しは……」やっとの思いで、擦れる息を吐く。しかし――
《上空に巨大敵機出現。搭載機多数、展開開始》
AIの警告。十郎は翳む目で上空を見やる。ダイモスの空中空母……テラキャリアと雲霞の如きハンターの大群が満身創痍の十三番機兵へと襲い掛かって来た――――
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(ごめん、恵。約束……まもれそうに……ないよ――)十郎の意識は深淵へと沈んでいく。
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ついにこの日がやって来た。
隕石に擬態した奴らが街に降り注ぐ。
蒼井区・御形通り。逃げ惑う人々を他所に、歩道橋の上に佇む一人の少年の姿があった。
『じゃあ行くよ』
何処かに向って告げる少年。
『ああ。気合い入れろ、十郎。ゲームオーバーでも交代は無しだ――』
何処かから、ぶっきら棒なエールが聴こえた。
それを受けて、少年は巨大なロボットを呼び出し、世界を救う戦いへ向かう。未来を、無限の可能性を切り開くために。それは、ずっと昔から決まっていた事だから。
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『なあ、お前は、アイツに何か言わなくてよかったのか?』
何もない空間。見覚えのない少年に話しかけられた和泉十郎は、黙って首を横に振る。
『そっか。ま、お前はアイツより、俺に近いからな。アイツらの戦いを見守ってやろうぜ――』
眼下に、戦い続ける十三機の機兵の姿があった。2025年……十三番機兵の孤独な闘いは無駄な足掻きだったのかもしれない。けれど今は……十三番機兵に寄り添うように戦う二十三番機兵の姿がある。薬師寺が共に戦っているのだ。
(正直に言えば、悔しいよ。けれど……ありがとう、クラベジュウロウ。薬師寺を、恵を救ってくれて。好きになってくれて――)
微笑む十郎の瞳から、一滴の涙が流れた――――