輪が繋ぐ双霊   作:共沈

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1-夢は終わる

 少年には希望がある。このこじんまりとした村でしか出来ないことが。

 理想もある。自身が一端の達人となれるならば、その将来像に笑みを浮かべずにはいられない。

 同時に絶望があった。残された時間は少なく、その時が来るまでに習得していなければ家族や街の人を守ることも、自分が生き残る事すら困難になる。だが、抗う意志はあった。

 

 だからこそ、俺はアルベイン流道場の門を叩き、剣士となることを志したのだが……。

 

「せっかく試したのに悪いが、君に剣を持たせるのは非常に難しいようだ……」

 

 その時その瞬間。夢は夢のまま叩き折られた。現実の始まりはあまりに残酷であり、用意したプランは脆く砕け散り、先行きは不透明になった。

 

 どう考えてもおかしい。前世でもありえないような物理法則がねじ曲がったかの異常に、俺は敗北とこの人生があまりにハードであることを悟った。

 

 そも、どうしてこのようなことになっているのか、それを語るには俺の生まれと、その前まで遡る必要があるだろう。そしてこの世界がいかに薄氷の上にあるかを認識しなければならない。

 

 地獄なのだ、アセリア暦4300年前後のこの時代は。

 

 

 俺が転生している事に気づいたのは、脳が発達して思考力がついてきた5歳頃のことだった。それまでは夢見心地のようなものであったため、子供らしい行動は収まり性格が急変したように見えたらしい。一次反抗期を迎えて格好をつけてるように見えたのが幸いだったか、そもそも前世の記憶持ちだろうなどという突飛な発想による迫害などは無かったといえる。そういう事を心配するのは大抵意識している本人だけで、周りは自分の想像力の範疇で常識に落とし込むものだ。

 

 周りからの外圧が無かったとはいえ、誕生日を迎えてからの俺が感じるプレッシャーは収まらず日に日に増していった。平凡な街に住み、商家に生まれた幸運で呑気にぼけっと過ごしていたはずなのにだ。何故か?

 

 それは誕生日に貰った世界地図と歴史書に原因があった。曰く商家に生まれたからには世界について学び、商人を目指すにしろしないにしろ、世界的な潮流は知っておく必要があると父は語った。経済学における初級講座みたいなものだろう、そういうことが学べる程度にはやはり恵まれている。歴史と経済は切っても切り離せないのだから教えるのは当然の理屈だ。

 

 そこに書いてあることがアセリア暦で、魔王ダオスの存在が記されていて、どこかのゲームで見た世界地図で無ければ。

 

 ページを開いて、頭を抱えたよ。俺の行動を見た父はいきなりわからないところでもあったかと慌てていたが。残念ながらそういうことじゃあない。そりゃぁね、マーテル教だとか、ここはハーメルの町だとか、そこら中にヒントは転がっていたさ。キリスト教とかもないし、町の発展具合と比べれば意外と上下水道はしっかり整備されてたし、ヨーロッパ圏でも無ければ地球の過去でもないとは認識していた。

 

 だからといって子供の頃にやっていたゲームの世界だとは思わんだろう普通。

 

 それをあっさりと受け入れられるのは予めそういう小説に触れることが多いオタクの皆様であって、適度にゲームに手を出していたスポーツマンだった俺では無い。防火訓練のごとく、こういうことは予習しておかなければ耐性はつかないと思う。ついでにいえばその後は忙し目のあまりゲームに触れられない社会人だったし、いつ死んだかも定かではないのだが。好きだったゲームの世界であるのがせめてもの救いか。いや全然救いじゃない。

 

 とはいえ苦悶しても月日は勝手にすぎるもので、状況を飲み込み始めた俺は真面目に勉強に取り組んでいた。現在はアセリア暦4290年、現代編の舞台は4304年で主人公クレス・アルベインが17歳だったから……彼より2つ年齢が上になる。同年代の同郷出身などというピンポイントなご都合主義こそ無かったものの、おとなになる頃に激動の時代に当てはまるというのは意図的な流れを感じずにはいられない。それが運命力というのなら、俺のそれはあまりに低いと感じざるを得ない。

 

 激動の時代、か。そう表現したとはいえ、ストーリーを見れば実のところ世界中のほとんどは関わりを持つ事が無い現代である。地理的な範囲で見れば南ユークリッドのみで、その頃には地震か何かで橋が崩壊しており大陸に渡ることができない。トーティスの村こそ壊滅し人的被害があちこちで出るが、ニュースや伝聞で知る対岸の火事程度の他人事だった。

 

 本当にそれだけならな。

 

 実のところテイルズオブファンタジアには、ゲームに置いて必要でない語られてない部分が数多く存在する。その一つが割と雑に扱われていた魔族の存在だ。彼らは過去編においてローン・ヴァレイの地下にある瘴気が立ち込める場所で初めて出会う強敵だ。セーブもせずに気楽に飛び込んでヘルマスターにサモンデーモンぶちかまされて全滅した諸兄は多いと思う。

 

 メタ的には道中にいるちょっとした強敵で、たまにダオスの部下にそれっぽいのがいるくらいの認識でしか無い。ところがこいつら、実はこの世界を橋頭堡にして天界に攻め込もうとしている種族であり、世界のマナが枯渇するに乗じて侵略を企んでいたそうだ。

 

 魔科学が発展したのはマナがあっても瘴気の外へ出ていける魔族によって唆されたのが理由であり、ダオスはそれらを洗脳して侵略を防いでいた経緯がある。過去編ダオス城はまさにその侵略最前線で、有象無象の魔族をこき使いながら彼らの世界とつなぐ扉を封じていたようだ。

 

 つまりマナの枯渇はダオスの目的が果たせないだけでなく、我々の現代も危うい薄氷であることが伺える。

 

 ダオスが打倒されてから100年になろうとしている現在。過去ほどでなくともミッドガルズでは今も魔科学が研究されているのだろうか? 魔力不足で機能不全を起こしている可能性はあるが。未だに魔族が攻めてこないのは不可解だが、世界に残存する魔力が薄皮一枚しか無いのはわかる。

 

 わかるからこそ、俺は見えないプレッシャーに押しつぶされそうになっている。あとたった14年しか時間が、無い。

 

 その残り時間で一体何ができるだろう。

平凡に生きたいだけで、世界を救いたい訳じゃ無い。かと言って何もしなければ直近の危機として、過去改変が起き未来からダオスがメテオスォームをブッパしてくる。ミッドガルズは確定演出だが他もランダムでぶつかる可能性があるクソガチャが行われる。それで死んだら、家族や友人知人が巻き込まれたら。何も知らなければ、運が無かったと嘆いて忘れたい過去として風化するのかもしれない。だが知っている俺だけはいつまでも苛まされて、逃げ出した事実に一生怯える人生が来てしまう。

 

 ならば、戦わなければ。

 

 これは紛うことなき逃避行動である。自責を負うのが嫌だからという、とても後ろ向きな行為だ。人の死を慈しむ優しさから発露した正義ではなく、悪に対する義憤でもなく、国家に忠誠心を持つ誇りから来るようなものでも断じて無い。

 

 まるで野生のように、脅かされる生命を守るための動物的反応でしかない。

 

 それでも、俺は全力で後ろ向きに走りたい。嫌なことから逃げるために嫌なことそのものを潰す。そうして終わったときに、晴れて極一般的でまともな人生に帰ってこれるのだと思う。仮にPTSDで平和を謳歌できないような有様になった戦場から帰ってきた兵士のようになってしまったとしても、俺はその事からすら目を逸らす。

 

 まずは、最も逃げたいことから対処しなければならないのだから。

 

「また難しい顔をしているなイクセル。勉強でわからないことでもあったか?」

 

「いえ父上。そういうわけではないのですが」

 

「ここのところずっと歴史書とにらめっこしてたじゃないか。お前は早熟だから文字が読めないなんて事は今更無いだろうが、あまり根を詰めすぎるんじゃないぞ」

 

「そういう父上は、随分と晴れやかな顔をしているようで」

 

 ほっ、と中年太りの父は笑い声を上げた。

 

「いやぁわかるか、わかっちゃうかぁ」

 

「商人にしてはポーカーフェイスが下手すぎると近所でも評判でしたよ。ハーメルの取締役なら、もう少ししっかりしてください」

 

「そう、それだ!」

 

 父はパンっと拍手をし嬉しげに俺の目を見つめる。

 

「取締役は弟に譲った!」

 

「……は、はぁ? ですが夢だったのでしょう? 一年そこらで辞めるなんて、父上にとってはその程度のものだったのですか?」

 

「うむ、たしかにそうだ。だがなってみたらなってみたで、細々とした事務に追われて商人らしいことを何一つやっとらん。やはりワシは身一つで商売をするのが性にあっておる。見よこの身体を、一年デスクワークに追われたせいで見事に肉がついてしまった。太りやすい体質ではあったが、せっかくついた筋肉が台無しだ。町暮らしも飽きたし、ココは一つ新天地へ赴こうではないか」

 

「引っ越しをするというのですか……なんと突飛な。ちなみにどこに行かれる予定ですか?」

 

 このとき俺は、直感が喚き立てるかのごとく脳内で警報が鳴りまくっていた。安穏とした空気に馴染めずピリピリとしていた体に纏った野生が、言うのを辞めろと全力で叫んでいる。

 

 だが、それは父には伝わることはなく、

 

「トーティスだ! あそこは商売のしがいがある!」

 

 微睡んだ平和の夢が終わる。/ 直接物語の舞台に旅立てるのは幸先がいい。

 

 現実を直視するしかない生き急ぐ地獄の釜が蓋を開く。それは独り立ちすればいいと考えていた浅はかな自分にとって、確実に守らなければならない対象が増えてしまったと告げるようだった。

 

 

 

 ガコガコ揺れながら大きな石を踏みつけ、整備されてない道を往く。引っ越しに必要な荷物がいっぱいで、馬車数台が並んで移動する様はキャラバンか、あるいはお貴族様のように見えるだろうか。道は幾人もの旅人達の足によって踏み固められ、通った歴史は草が生えてない部分がそれを証明する。人間ってのは昔はこうやって旅してきたのだな、と考えるとその存在はあまりに偉大だ。

 

 とはいえその感慨は長続きせず、未開の地も雄大で眺めるに値するだけの景色ではあったが……こうも馬車生活が長いと早々に飽きて考え事ばかりが頭を過る。

 

 旅の途中で、ローン・ヴァレイに寄ってもらった。好奇心と社会見学を盾にワガママを言ってみたが、珍しいことだからと母は推し、父はしょうがないと連れて行ってくれた。谷の入り口までではあったが、一応と言っていいのか確認したい物は確認できたのでヨシとする。

 

 アーチェ・クラインの居住について。ここは彼の父が住んでいた実家だが、さすがに100年もたった今彼女の血縁がいるはずもない。だがこの時代がクレス達による改変後なら、彼女は恐らくここに留まっている……はずだ。小説版由来の知識だから、確証があるわけではないのだが。

 

 もしもユグドラシルが保護された状態なら、魔術が使え空も飛べる。小説によるとたまに幼少期の彼らをこっそり覗き見していたらしいから、いるなら近所であるこのへんだろう。しかし結果は白で、管理人がいるのみだった。長いことここに人はいなかったそうである。

 

 リアに憑依されたアーチェはクレス達が来なかった場合、どうしたのだろうか。ちゃんと復讐を遂げたのか、あるいは失踪したのか。そのあたりは書いていたかどうかすら覚えていない。

 

とはいえ、歴史改変前であることだけは明らかになった。

 

 実はそのことで、気になることがある。

 過去へさかのぼって帰ってきたクレスは、ユグドラシルが枯れていたという認識だったが、歴史を変えた後に戻ってきた現代でのチェスターはユグドラシルはずっと深緑づいた強い生命力を持った大樹で、一度も枯れたという認識を持っていなかったそうだ……と、これも小説だったか?

 

 ということは、クレスが助けたかったチェスターは彼なのだろうか? とならないか。

 認識が違うということは、共有している思い出すら違う可能性もある。魂の本質を問えば確かに彼はチェスターなのだが、そういった齟齬は些細な差から生まれて亀裂になりうる。また、昨今は時間というものを語るには並行世界論も同時に扱うのが一般的だ。二通りの歴史がある場合、改変後の歴史をたどったなら、そうでない本当に助けたかったチェスターは助けられないことになる。

 

「それは、なんというか寂しいことだな」

 

「何が寂しいのかしら? 友達と離れたこと?」

 

「ああ、いや母上。それは大した問題ではないのですが。ちょっと読んだ物語について考えていたのです」

 

「そうなの。私はあまり本を読まないからわからないけど、物語にまで思いを馳せる事が出来るのは素晴らしいことね」

 

 家事に町内会にと忙しかった母は、あまり娯楽らしい娯楽を嗜まない。昔は弓術を習っていたらしいが、こんなほっそりほよほよとした人にそんな腕力があるようには見えなかった。およそ町では使う機会がなかったのかもしれない。

 

「母上はこの引越をどうお考えなのですか?」

 

「楽しみにはしてるわ。町という小さな単位だと、どうしても付き合いのある人間は限られてくるもの。新しい出会いがあるというのは心躍るわ」

 

「随分とポジティブな考えですね」

 

「だって、あの人は色んな人と出会えるのに私はずっと町の中だなんて。ずっとズルいと思ってたもの。そういうあなたは、楽しみはないの?」

 

「楽しみ、楽しみですか……」

 

 これから人生の一部を棒に振らねばならない状況で、一体何の楽しみが見いだせるというのか。

 

「アルベイン流剣術道場は、一度見学に行ってみたいです」

 

「あら、あなたも男の子ね」

 

 今後を考えると必須技能ではあるが、まぁ、たしかに。剣を振るということに少しばかりの期待はあったかもしれない。

 

 

 

 

「ようやく、ついた……」

 

 あまりに長い旅路だった。途上でゲームにないいくつもの町を辿りながら、平野を越え山道を越え、たまにバグベアに襲われるのを傭兵が返り討ちにしつつ。1週間か2週間か、数えてないが相応に長かった。今こそ自動車と高速道路が恋しい日はない。俺が社会人になってからは異世界転生がトレンドで若者がそういうのに憧れていたが、チート貰ったからなんだというのか。そんなことより高度文明社会のインフラと免許証である。あと通販サイトと引越しのサ●イもな。

 

 しかし親父殿は何を考えてここで商業をしようというのか。たしかに地理的にはベネツィア市よりずっとアルヴァニスタの都に近いが、都会と比べて貨幣の流動率はさほど高くないと思われる。それともトーティス村には何か特産品でもあるのだろうか。

 

「そういえば交易品なんてのもゲームにはあったな……ミゲールの町とアルヴァニスタだと、差がでかかったのはアイヴォリーや毛皮、陶器類だったか?」

 

 ちなみになぜかミゲールの町ではどなべが高価格で売れたのは覚えている。いや忍の里でしか確かにゲームでは手に入らないけど、土鍋くらい作れるだろう。

 

 あと黒檀は稼ぎ頭だったが、この世界では戦闘が前提の稼ぎ方で……いやいや、成木から黒檀ドロップ期待するとか何の冗談だ。それこそ加工品としてどこかで生産してるだろう。現実なんだぞここは。

 

 いい加減ぐだぐだな思考を切り上げて町をみよう。表記上は村でユークリッド最南端だが、意外な程に人が賑わっている。素朴で穏やかな町にはそれに見合った人柄が集まるとでもいうのか、観光地でこそ無いがゆったりとした休暇を過ごすために来訪している方が多いようだ。

 

 片や妙に気合の入った人や、ずっしりとした雰囲気を持った堂の入った人もいる。こちらはアルベイン流を学びに来た人たちだろうか。かつて先祖がダオスと対峙したというネームバリューは今も知る人ぞ知るといった感じで、入門者や出稽古に来る人が止まる事は無いそうだ。

 

 それに……、そう。特筆すべき点は家屋数が意外と多い。ざっと見て100世帯くらいはあるのではないか? ゲームでの表現数にはさすがに限界があるからリアル基準になるとこれほどになるか、と驚いた。

 

 同時にマルス・ウルドール率いる騎士隊はこの数を全滅に追いやったのかと考えると戦慄する。それなりに出来る剣士もいただろうに。

 

「どうだ、いい場所だろう」

 

「……そうですね、父上」

 

 ここが地獄の底でなければな。俺にはもう煌々と燃える火の海の幻覚が被って見えるよ。

 

「ともあれ、まずは引越しの挨拶回りといかねばな。これからここで商売をする事になるのだから、顔合わせしておくのは重要だぞイクセル」

 

「もちろん承知しています」

 

「……まずはその顔を解さんとなぁ。何をするにしても人付き合いが不器用そうで父さんは心配だ」

 

「……性分ですので」

 

 生憎わかってはいるが、月日が解決してくれるような代物でもない。

 そんな心情をよそに挨拶回りは順調に進んだ。牧歌的と言うべきか、穏やかな気質に支えられた他人を疑わない村人の感情がとても心地よく感じる。現代社会ではマンションの隣の住人とすら顔を合わせた事がないなんてよくあった話だ。引越し蕎麦とかやる人もいないし、見も知らぬ人間に食べ物渡されても怖いだけ。それぐらい距離感のある時代だった。それに比べれば随分と密着した空気感を持っている。

 

 回っていく中で、一つの家に行き着いた。

 

「どうもこれはご丁寧に。バークライト家へようこそいらっしゃいました。ハーメルの取締役の方が来たと聞いて、内心ワクワクしていたんです」

 

「はっは、そうは言ってもしがない事務職ばかりしかさせてもらえませんで。同業者同士手を取り合っていきたいところですな」

 

 チェスター・バークライト、主役の一人である彼の生家か。確か父が来年病死で、母が2年後だったか。その後商人のゴーリという爺さんの伝手で貸家に移ったらしいが……。ベッドの数が4つあったのは家族を忘れないためだったのだろうか。村外れにあるというだけあって、買い物するにも一苦労しそうだ。この不便さが後のバークライト家を苦しめる一端になった可能性はある。

 

「…………」

 

「ほらチェスター、挨拶は?」

 

「……フン」

 

「もうっ、すいませんこの子ったら」

 

「いえいえ、子供のことです。大目に見てやるのが大人の努めですよ。うちの子なんて行儀正しくてもいつもしかめっ面してますから」

 

「余計なことは言わないでいいです、父上」

 

 3歳のチェスターは既に捻くれ屋が頭角を現している。アミィを抱いた母親のジュディスの苦言をちっとも聞いていない。

 ……彼女らが死ななければ、あの虐殺まではチェスター達も幸せに生きられたのだろうか。いや、いかんな。自分が将来やろうとしていることを考えていると、誰も彼もが救えないかを思案し始めている。人間はそこまで傲慢には生きられないというのに。医者という職種の人間も、こういうジレンマを抱えて生きてきたのだろうか。

 

 仕方ないと切り捨てるのは簡単だ。だが、それに慣れてしまえばいずれ人間味を失ってしまう。例えばミッドガルズなんかがそうだ。魔科学を研究しているからダオスにメテオされるのも仕方ない、そういう割り切り方をするようになればそれは人間ではなく裁定者や、王のような在り方になる。

 

 テイルズオブファンタジアという物語に明確な善悪という基準はない。「悪があるとすれば、それは人の心だ」とエドワード・D・モリスンの言葉だが、実はこれダオスの発言らしい。ついでに穏便に解決しそうだったところをぶち壊しにしたのもエドワード・D・モリスンとまた、なんだかなぁなややこしさをしている。あの言葉には自戒の意味も含んでいるのだろうか。

 

 そんな状況で、守りたい対象を指定して他を切り捨てるという選択肢はおかしい話ではない。だが、切り捨てることを前提にして動けるほど俺はまだ決意が固まっていなかった。

 

「よろしくチェスター、イクセルだ。イクセル・フォーリナー」

 

「……いい子ちゃんぶりやがって。オレは騙されないぞ!」

 

「こらチェスター、どこ行くの! ごめんねイクセル君っ」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 びっくりした、幼いのにかなり鋭い。どうもこの世界の人間は前世と比べて精神、あるいは肉体的に強い傾向がある。それとも現代人が軟弱になっていただけか。あの時代よりよっぽど死が近い世界はこうなってしかるべきという輝きを持っているように見える。

 

 しかしいい子ちゃん、か。痛いところを突かれる。グダグダして手段も計画も何一つ決められないからこんな事になるんだ。もっとよく考えないと。

 

「行きましょう、父さん。まだ重要な家庭を回っていない、このままでは日がくれます」

 

「おお、そうだな。では皆さん今後ともよろしくおねがいします」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 道を引き返して俺たちは再び町の中心へ歩いていく。そんな中で父は思いつきのように言葉を放つ。

 

「ふむ、何かの折には配達も兼ねようかと思っていたが……あの家はイクセルに任せたほうがいいかもしれんな」

 

「俺に、ですか? それは何故でしょう」

 

「何、ただの勘だ。それに同年代の子供もさほど多くないようだし、いずれお前やチェスター君のような若者が村の中心になるかもしれん。なら仲が良くなっておくに越したことはない」

 

「そうですか……構いませんが、では一つ。バークライト氏をよく見ててください。俺には顔色が悪そうに見えました」

 

「む、そうかね? 私には普通に見えたが」

 

 実際、現状では何の病状も無いのかもしれないからただのハッタリだ。一年後に死ぬからといって今から病を患っているとも限らないし、別の要因で急死という可能性もある。だが、

 

「あんな村外れに住むくらいです。商人ならもう少し潤っててもいいはずですが、家も手入れが届いてないし、ちらと見えた内装もちらかっているようでした。商いが上手くいってないように見えます。早々に倒れてもおかしくないでしょう」

 

「む……確かに彼は旅商人だからな。道中は過酷だし儲けも不安定な仕事だ。長旅の間は妻が一人で切り盛りしているのだろうしな。うむ、同業者のよしみだ。そのくらいは問題ない。それにしても、お前は随分と気が利くな。実は結構目がいいのではないか?」

 

「だとしたら嬉しいですね。早々鍛えられるものでもないでしょうから」

 

「そういう意味ではないのだが……。まぁよい、ほら、見えたぞ。お前が楽しみにしていたアルベイン道場だ」

 

 ああ、主役の二人目とご対面だ。

 

 

「ほう、では剣等も仕入れてもらえると?」

 

「ええ、ハーメルで築いた商業ルートのおかげで色々と仕入れることも出来ましてな。アルヴァニスタからミッドガルズまで、様々な品を用意することが可能でしょう」

 

「はは、それはありがたい。このあたりは猪も多いのですが、鍛冶師が少なくて困っていたのです。纏めて買えるなら越したことはない」

 

 父は早々にミゲール・アルベインと商談を始めていた。妻のマリアさんは一歩引いて俺たちにお茶を用意してくれている。……緑茶のようだが、味わいが日本のものとは全く違うな。渋みよりも甘さが強い気がする。

 

「礼儀正しい子ね。大人の話はつまらなかったりしない?」

 

「いえ、聞いているだけでも勉強になります」

 

「まぁ。うちのクレスとは正反対ね。お父さんのようになるんだ、っていつも木刀を振り回して。ちっとも落ち着きが無いのよ」

 

「俺と比較しないほうがいいでしょう。子供にしては歪だというのは自覚していますので」

 

 俺の返答に、彼女は少々戸惑いを見せて言葉が継げないでいる。そりゃ子供がそんな事言ったらびびる。俺だってびびる。だが納得してくれたほうがこちらとしても負担が減るから楽なやり方だ。この世界の大人は、どうも子供はこうだという常識の押し付けがましいところがあるようだからな。

 

 そして俺はその木刀をブンブン振り回しているクレス3歳を見る。煌めく金髪は将来彼がイケメンになることを約束されているような神秘性を感じる。そして型なんて出来ちゃいないが、それでも振り下ろす木刀にはかなりの力強さを感じた。おいおい本当にあれが3歳時かと言わんばかりで、反対にだからこそ主人公なんだろうなぁとも思わせる。

 

 ジッと見ていたからだろうか、気づいて振り返ったクレスはぱっと笑顔をみせてこちらに寄ってきた。

 

「ねぇ、イクセル兄ちゃんもやろうよ!」

 

「何をだ?」

 

「もちろんけんじゅつ!」

 

 うむ、やぶさかでない(期待)。もしもダオスと戦うこととなったとき、アルベイン流剣術は必須だからだ。どういう理由か知らないが、かの剣術は魔術によらずダオスに傷を入れることが出来ると専ら有名だからだ。大丈夫、ファミ通の攻略本にだってそう書いてある。何より過去から綿々と受け継がれた古流派だしな。心躍るのは確かだ。

 

「ふむ、イクセルが剣を振るのか? よし、おじさんが見てあげよう。そこで素振りしてみたまえ」

 

 そう言われて俺は木刀を受け取った。高鳴る心を鎮めるように、剣を正眼に構える。む、とミゲールさんが唸り真剣な目線をこちらに送ってきた。あまり無様な真似は出来ないな。想像するは日本の武士のように、しかし最もイメージしやすいのは学生時代に見たことのある剣道部員の動き。

 

 振り上げ、足を一歩前に踏み込み剣を振るう。そしてヒュっと風を切るような音が……音が、ふむ鳴らないな。それどころか目の前から剣が消えているが一体どういうことだろうか。その結果はすぐに現れた。

 

「ぐぉっ!?」

 

 頭痛が痛い!? あまりにも意味不明な状況に俺の言語中枢はパニックを起こした。何故だ、何故上から木刀が降ってくるのだ!?

 

「だ、大丈夫かイクセル!? だめじゃないか、途中で剣を離しちゃ……」

 

「い、いえ父上、しっかりと握っていました……。俺とてこのような場で不真面目な行いは出来ませんよ……」

 

「ま、まぁ確かにそうだな。そのような姿は見たことがない。すいません、ミゲールさん。息子にもう一回やらせてもらえませんか」

 

「う、うむ。いやそれは別に構わないのだが。木刀の軌道があまりに不思議な動きをしたものでな」

 

「不思議な動き、とは?」

 

「剣を振るっているのだ。当たり前だが、手を離したなら回転しながら前に飛ぶはずだろう? ところが今のは真上にすっぽ抜けたように見えた。何か別の要因に邪魔されていたような」

 

 ミゲールさんですら理解不能な状況に、何だそれはと俺は首をひねる。とはいえ何だろうがもう一度振るってみるしか無い。木刀を再び手にし、目をまんまるにしているクレスに見直してもらわなければ。

 

「ふっ……! …………、無い?」

 

 また木刀がどこかへ行った。どこへ、と視線を惑わせるとミゲールさんが指示した先、後ろに落ちているのが見える。

 

「すさまじい曲芸に見えた。まるで木刀だけがその場に微動だにせず、腕のほうがすっぽ抜けているようだった……これほど不可解な現象を私は目にしたことがない」

 

「何ですかそれは!? 今までこんなことありませんでしたし、手が滑ることもありませんよ!」

 

 実際指先同士をすり合わせても普通の反応だ。しかし木刀を持ったときに限って、まるで摩擦がないかのようにそれがするりと抜けてしまう。

 

「軽すぎる……というわけでもなさそうだな。仕方ない、これを使ってみよう」

 

「真剣、ですか」

 

「アルベイン流で用いられる正当な剣だ。これには柄に持ち手がついているから、これに布で君の手を縛り付ける」

 

 この流派の剣には柄に垂直な柄、銃で言うサブグリップのようなものがついている。日本刀は片刃のため、反りに手を添えることで押し切ったり、盾にすることができるが両刃はそうではない。通常はその分柄が長くなるものだが、この流派では持ち手に添えることで力を入れやすくしている。

 

「慣れないと振りにくいだろうが、とりあえずこれで横に薙いでくれるか? 我々は離れていたほうがいいな」

 

「もはや完全に危険物扱い……」

 

 これでもすっぽ抜けたら、才能が無いとかそういうレベルの話ではないな。もう縛り付けてでもやらないといけない時点で不可能に近いが。

 

「一縷の望みか……ふっ、」

 

 これなら振れるだろうという情けない確信。その意を翻すように振り始めの瞬間、パァン! と妙な音を聞いた。

 

「は?」

 

 布が破れていた。それも粉々にだ。爆発するような破け方は本当にそれが布だったか怪しくなるほど散り散りになっている。ついでに持ち手は折れて剣は地面と平行なままズドンと床に落ちた。俺の手から滑った感触もない。これはあれだ、漫画の筋肉で衣服が弾けるような

ギャグ演出、それそのものだ。俺の両手は筋肉だった……????

 

「これは、なんと面妖な」

 

「ココまで来ると……息子が憐れなのを通り越して笑いすらこみ上げてきますな……苦笑いですが」

 

「兄ちゃん才能ないけどすごーい!」

 

「ぐはっ!?」

 

 幼児の発言はあまりに辛辣で少なくないショックを受けた。嘘だ、こんな意図してない妙ちきりんな出来事で俺の計画の一つは破綻するというのか!? そんな馬鹿なことがあってたまるか!

 

 その後、俺は剣以外にもありとあらゆる武器を手にとった。アルベイン流は剣以外にも槍、斧、レイピアなど何でも扱える武器術だ。何か、何か俺にも使えるものがあるはず。しかし、そのか細い希望は全て打ち破られ、それらは全てすっぽ抜け落ちる、天井に刺さる、窓を割るといった被害を生み出すことになった。

 

 俺は加害者になってしまったというのに、あまりの惨状に目から涙が止まらない。今生初のギャン泣きである。

 

 

「せっかく試したのに悪いが、君に剣を持たせるのは非常に難しいようだ……」

 

 そして冒頭のこれである。高名な剣士にすら匙を投げられる異常事態に、俺は頭が真っ白になった。どうして……どうして、箸やペンは正しく持てるというのに。その後、何があったかさっぱり覚えていないが3日ほどの時を経てようやく再起動した。無情にもお日様はらんらんと村を照らしている……。

 




お初にお目にかかります。昔見たことある名前だ、という人はお久しぶりです。
現在書いては公開もせず溜め込んでいる昔の作品のリメイクとは別に、大筋は決まってても中身がすっからかんノンプロット見切り発車する(した)本作を投稿することにしました。
時系列で雑に扱えない別作品の息抜きがてらのリハビリ、更新頻度も雑でエタる可能性も大ですのでおおらかな目でよろしくおねがいします。
ロンドリーネは出ません(断言)
魔神剣を連打するクレス君もいません(ほんとぉ?)
誤字脱字は報告フォームにて、それ以外の間違いなどは感想欄にでも。
それと懐古厨だったのでフル版TOV以降は未プレイ作品が多くクロスオーバーも精々1作、多くなっても外伝扱いになります。感想に書き込まれても答えられないネタが多いと思われますのでそのあたりはご了承ください。

参考資料書籍等は以下になります。
語られざる歴史
魔剣忍法帖
ファミ通文庫各種
ファミ通攻略本PS版
ドラマCD
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