捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど 作:黒マメファナ
──そんなことがあっていいのだろうか。こんなことに遭遇していいはずがない。俺は疲れているのだろうかと本気で疑う光景がそこには広がっていた。
まず目を見張るのはキラキラのキューティクル、ツヤのあるロングの黒髪だった。夏の暑さで頭がおかしくなったんだろうが、いやおかしくなってるのは相手の方だろうこの場合。
太陽の暑さから逃れようと黒い日傘を差し、手には手のひらサイズの扇風機。
「……あ」
大学帰りにこんな光景に出くわすとは……と思っていたら、あ、目があった。ヤバい。何がヤバいって……相手が超絶美人であること、ではなくて。
あの……マジで一旦待ってもらっていいかな? いいよな。背を向けてチラリとバイト用のワイシャツ越しに座り込んでいる彼女をもう一度見る。いやいや絶対おかしいだろこの状況。
「……に、に……にゃぁ……?」
はいかわいい。じゃなくて、いやなにこの子。
俺の見間違いではないかもしれないとは思っていたが、この子はなんで
「え、えっと?」
「……捨てネコ、です」
「はい?」
ネコ、とはなんだろう。概念が崩壊しかけた。やっぱり夏の日差しにやられ……ってこの子ずっと日陰にいるわ。日傘でがっちりガードしたうえでしかも扇風機みたいなのまでつけてるし。
「にゃぁ……ひ、拾ってください……にゃん」
「ごめん、理解できないんだけど……家は?」
とりあえず見て見ぬフリはできない。いやネコならウチのマンションペット禁止だし、見て見ぬフリをしてしまう気がするのだが、相手はどう見ても人間である。どう考えても人間である。故に言語が通じると判断し質問をしてみた。
「家は……その、締め出されて……か、帰れなく、なってしまって……」
おお、意思疎通が取れた。これは一歩前進だ。だがまぁ、締め出されて……ということは両親とケンカでもしたのだろうか? 帰れなくなったとは穏やかではない。見たところ制服姿で、女子高生らしきその彼女は、もう一回、一言だけ。
「拾って、ほしい……んですけど……」
「俺?」
「……はい」
何故俺が、と一瞬思ったが彼女の目は至って真剣だった。
宝石のような瞳でじっと見つめられて、俺は少し悩んでしまう。警察に連絡すればいい、いくら警察が民事不介入の原則を持っていたとしても、こうして路地に段ボールを置いて拾ってと言ってしまうくらいに追い詰められているのなら、なんとかしてくれるだろう。
「……その、警察には、言っても……どうしようも、ないので」
「へ?」
「……あの、あの……少しでいいから……お願い、します」
ゆらりと瞳が、頭が揺れる。よくよく見ると汗が尋常じゃない。そんなの当たり前で、いくら日傘とか暑さをやり過ごすアイテムがあったとしても、コンクリートは熱を吸収し、再現なく温度を上げる。下からの熱には、段ボールの中に座り込んでいる彼女は無防備だった。
「ちょ、ちょっと……ってマジか」
フラリと前後に頭が揺れたことで疑念が確信に変わり、慌てて近寄って受け止める。うわ、スゲー汗だ。
しかもこれ……やっぱ熱中症の症状だ。まずいまずい。どこの誰かも訊いてないんじゃ病院にも連れていけやしない。付き添いに両親とか知り合いも……無理だろう。となると、ここは家から近いんだ。もう俺がなんとかするしかない。
「まだ歩ける……!? 行くよ!」
「……あ、あの……わたし」
「いいから、とにかく荷物はこれだけ?」
「……はい」
まるで引きずるようにしながら俺はバイト先に休む旨を伝えていく。
──本当のことは言い出せないから、体調が悪くてと誤魔化しておいた。いやあんな言い方されちゃ怪しまれるだろうけど、一応納得してもらってよかった。
「はぁ……ふぅ……」
「はい、スポドリ」
「……あ、ありがとう、ございます……」
それから数十分後、彼女はソファに上体を起こしながら喉を鳴らして、500mlのペットボトルを飲み干していく。冷却シートも残りがあってよかった。彼女の額に張られているそれと汗でベタベタになってしまったセーラー服を替えた代わりに俺のジャージを貸して、冷房の効いた部屋で彼女はようやく落ち着きを取り戻していた。この際、めちゃくちゃカップのでかい下着だとか、そういうのは確認する前に洗濯機に放り込んだ。
「あ、危なかったよ」
「す、すみません……流石に、暑くて」
「それはいいんだけどさ」
あんな小さな扇風機じゃ無理でしょ。今は俺んちの扇風機の風を受けながら目を細めていく彼女にほっと息を吐いた。
いつからいたのだろうか。少なくともあんな汗だくで、熱中症になるくらいだ。学校帰りに、と考えるのが自然だよな。
「……助かり、ました」
「それで……ここまでしたんだから、説明は、してくれるよね?」
「……そう、ですね」
いくら熱中症で倒れたからといってそのまま事情も訊かずになし崩し的に拾うことはできない。犬や猫ならここまで面倒を見たらもう言い訳はできないだろうけど、相手は幸いなことに人間だから、事情を訊きだすこともできる。
「両親は……悪くないんです。ただわたしが……イケナイ子だったから」
「……それって」
やっぱり両親との確執が原因なのだろうか、ペットボトルを見つめながら悲しそうに語り始める。
けれどいくらなんでも熱中症になるまで外にいて、警察にも連絡できないなんて……一体なにが。
「……海外旅行中なのに鍵をどこかに落としてしまったわたしの落ち度です」
「は?」
「だから……拾ってほしくて……」
拾ってほしいってそっちかよ。つまり整理すると、両親が海外旅行のチケットを当てたものの彼女は学校やらなんやらを捨てるわけにはいかないので一人留守番をするハメになった。だがここで問題が発生した。学校帰り、犬に追いかけられてしまい必死で逃げたはいいものの、その際、鍵を落としてしまった。
探せど探せども見つからず、警察にも一応協力を頼んだが、見つかるはずもなく途方に暮れた結果、段ボールに拾ってくださいと書いて家の前で。
「……あれ、自分ちの前だったのか」
「はい」
「一言足らなくない?」
「……段ボールに書く段階で……捨てられた猫、のようだな、と……」
「つまりその状況でキミは遊び心を入れたと」
「……はい」
アホなのこの子? だからにゃんとかにゃあとかネコの鳴き真似のようなことまでしてたの? それでよく事情が伝わると思ったな!?
──と、まぁツッコミはさておくとして身の上話は理解した。
「どうすんの?」
「もう一度探して、みようかと……」
「いや、両親に相談は?」
「……時差が、あるので」
ああ、なるほど今夜中とかそういう感じか。ヨーロッパだと五時間以上差があるんだっけか。けど今なら多分朝だろ、と言いかけたところでそもそもこの子が国際電話の仕方を知っているとは到底思えなかった。別に笑ったりしないから正直に話してほしいんだけどな。
「……う、すみません……」
「いいけど、やり方教えるよ、どこの国?」
「……?」
「まじかぁ」
八方塞がりである。国番号が分からなきゃ電話もかけれない。そして早めのバカンスらしく期間はなんと二週間なんだとか。
そうすると次は鍵の紛失に関しての鍵開けサービスなんだけど、なんとなく予想はついた。お金かかるもんなあれ。
「……この間、新しいキーボード買ってしまって……三ケタしか」
「しょうがない、俺が立て替えてあげよう」
「……あ、ありがとうございます……!」
貸し、というほどの金額でもないし、これは人助けだと思っておこう。なにより美少女の笑顔が見れたんだ。安いもんだ。
だがとりあえず今日は汗だくの制服やらを洗濯に出してしまったので色々と悩んだが泊めることにした。モテない一人暮らしの家に女の子って刺激が強いんだよなぁ。
「お一人……ワンルームじゃ、ないんですね……」
「親が金持ちなの、ウチ」
「……そうなんですか」
これ言っちゃうとやっかみを受けるからあんまり好きじゃないんだけど。恵まれたものっていうのは恵まれたなりの苦労がある。いや、苦学生とかにはこれもイヤミにしか聴こえないんだろうが。
と、なんとか言いながら料理を用意して、お風呂に案内して、色々あってすっかり夜になった。
「まぁでもベッドしかないから使っていいよ。掛け布団はあるしソファでも十分寝れるし」
「……一緒に、でも……平気ですよ?」
「18歳未満に手を出したら犯罪なんだ。知らなかった?」
「……にゃぁ?」
そうきたか。そうだな、キミは捨てネコだ。人はネコに手を出すことはないし、ペットと一緒に寝るとめちゃくちゃ癒される、と聴いたことがある。
──いやいや、キミ人間だからね。
「……わたしだけ、ベッドというのは……あまりに申し訳なくて……」
「気にしないで」
「……すみません」
はぁ、とため息を吐く。中々強情なお嬢さんだ。でもネコではなくて人間の、異性と一緒に寝るのは色々不都合だから。
しかしそれでも彼女は俺の横にやってくる。また何かを隠しているような表情が、まるで借りてきたネコのようで、少し笑えてきてしまう。
「ど、どうして……笑うんですか……?」
「いやいや、自分の中でツボに入っただけ。どうしたの?」
「……本当は」
「うん」
「あの段ボールの中で、あなたと目があって……怖い人だったら、どうしようって、思ってて……」
「そりゃそうだ。初対面だもん」
「けれど……わたしを、救ってくれた。英雄のように、なにも訊かずに助けてくれました……」
おおげさな言い様だ。あなたはまるでペルセウスのように、なんて言われるとくすぐったい。そうするとキミは夏の猛暑という大鯨に食われそうになったアンドロメダだろうか。彼らは夏の空にはいないけれど。
「だから、独りが、さみしい……と言ったら、傍にいてくれますか……?」
「キミは、本当に頑固だね」
「……燐子、です」
「……あ、名前」
今更ながら、名前を聴いていなかった。色々なことがありすぎて、忘れていたなぁと思っていたらどうやら彼女も同じだったようで、バツが悪そうに笑っていく。
なんだか本当に、ネコのようで愛着が湧いてしまう。美少女だからだろうか? ネコカフェでも美人なネコは大人気だからね。
「……白金、燐子です」
「俺は、
「……翔太、さま」
「ペット設定を引っ張るな」
「ご主人さま……」
「あのねぇ……」
「わたしは燐子、と是非呼び捨てに」
「白金さん」
「……燐子です、ご主人さま」
「白金さん」
「……翔太さん」
「はい、燐子ね」
──ひょんなことから、白金燐子を拾ってしまった。
袖すり合うも他生の縁、とは言いますが、まさか段ボールに入った捨てネコ感覚で女の子を拾うことになってしまえば、袖がすり合うだけでは済まないわけで。
しかも懐かれてしまったことで、俺は彼女に振り回されるという大変な人生がスタートしてしまったのだった。