捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど 作:黒マメファナ
わたしにとって、男性とは恐怖の対象だった。わたしを
「美人……かぁ」
街中で声を掛けられた。美人だから是非芸能デビューしてみないか、という旨の勧誘だったけれど、丁寧に断った。
──本当なら、その言葉が嬉しいのだろう。わたしには理解できない。いいや、理解できないというのは嘘だ。服を作るのが趣味で、服が輝かせるのはわたしで、それを鏡に映していいと思うのは、わたしなのだから。
そんなちぐはぐなわたしは、なにに成りたいのだろう。一体なんのために、着飾るのだろうか。
「……これ、あそこにあった……?」
そんな時、駅前に喫茶店が移転してきていることに気付いた。前は少し遠くにしかなくて、どうしても飲みたい時にだけ足を延ばしていたもの。閉店してしまっていたのかと思っていたらこんなところに、と引き寄せられるように、店内に入っていく。
「いらっしゃいませ」
「……えっと」
「おひとり様ですか?」
「……は、はい」
内装は元の雰囲気を維持しているし、BGMは以前のままだったけれど、店員さんは知らない人だった。そのせいか、少しの落胆と同時につっかえながら頷いた。案内され、すみっこの座席で、お水を出され注文が決まりましたら、という定型文を遮るようにしてわたしは声を出してしまった。
「あ……えっと」
「お、お決まりでしたか?」
頷いて以前のお店でいつも頼んでいたものをちょっとだけ早口で注文していく。恥ずかしい……いつもすぐに訊かれていたからクセで声を出してしまって、もうこれ以上会話もなにもしたくなくて、首の動きだけで注文を確定させた。
「お待たせしました……さっきはすいませんでした」
「い、いえ……そんな、つい……」
「もしかして移転前のお客さんだったりしますか……?」
さっきの挙動とメニューを見なかったことが決定的だったのだろうか。そう思いながら無言でうなずく。相手が男性で、それが嫌で下を向いていたけど……その男性はわたしのことをそういう目では見ていなかった。
──それが印象的な人でした。それからも、時折足を運んでは、いつもいるその人はにこやかな顔で二言三言くらいの会話をしてくれた。
「そっかぁ」
「……はい」
「まぁ俺……はあんまり女の人をそういう目で見るのが得意じゃないからなぁ」
「そう、なんですね……なんというか、得手不得手が、あるんですね……?」
「それ、クラスのヤツにも言われた」
「ふふ……変な人、なんですね?」
でも、唯一平気だったその男性との短い会話もあんまり長く続かなくて、その店員さんはわたしが中学を卒業した日を最後に、高校を卒業してバイトを辞めてしまった。最後の挨拶もできず、店長さんからそのことを伺った。
「なんだろう、お客さんって……笑うとネコみたい」
「……猫、ですか」
「うん、だからかな……平気かも」
昔、実家で猫を飼っててさ、という言葉がわたしにとっては数ある会話の中で一番印象的だった。そうか、それなら平気なのかという衝撃でもあった。
その人にはわたしが男性に見られるのが苦手ということを話していたから、まるで愛猫をあやすようなその暖かさが、わたしは好きだった。
「ふふ、でしたら……いざという時は、飼って、いただきたいですね……なんて」
「や、待ってそれだと変なプレイみたいじゃないかな?」
「冗談、です……」
わたしの中学、最後の一年は彼との思い出でいっぱいだった。真正面から彼の顔を見たことはなかったけれど、わたしはずっとその人のことを忘れてはいなかった。
だから、本当は知っていたんです。近所に住んでいることも、一人暮らしだったことも。だから、わたしは……許されないことをしていたんです。
だってあの日の出逢いは、決して、決して……
「暑い……まさか、鍵を落としちゃうなんて……どうしよう」
お金もない、鍵も見つからない。心の底からどうしようと途方に暮れていた時、わたしはその言葉を思い出したから。三年半も前の話、覚えているのはわたしだけかもしれない。でもわたしはこの時間帯は
「……拾って、くれるかな……店員さん」
愚かなわたしの恋、女性として見られることは苦手なのに、抱いてしまったこの歪んだ恋心を叶えるチャンスのような気がしていた。今思えばもう、暑さで頭がどうにかなっていたとしか言いようのない言動、でも……わたしは、大好きな人の傍にいられるなら、なんでもよかったから。
「……拾って、ください……にゃん」
──もうずっと前から、わたしは拾っていただきたかったんです。鍵じゃなくて、わたしを。白金燐子を、ペットとしてでいいから傍に置いてほしかった。好きな人のところに行くことを許してほしかったんです。
──語りが終わり、俺は言葉が出なかった。
確かに記憶がある。高校の終わりに喫茶店で働いてた。そこで黒髪をショートボブにしていて、前髪で目が隠れたちょっと雰囲気の暗い子と仲良くなったことも覚えてる。でも最後まで年齢とかは訊いてなかったから中学生だったとは知らなかった。だからどこかの大学に行っているもんだと思っていた。何回かその喫茶店には行ったけど、会えなかったから。
「……燐子だったのか」
「はい……」
ただ、そこまではいいんだ。そこまでだったら再会できた、でいいんだけどな? お前今さっきとんでもないこと言わなかったか? なんで俺が近所なことを知っていた? いやそれはうっかりどの辺に住んでるかをしゃべった気がする。燐子は聴いていただけだったけど。
「なんで俺のバイトの時間を把握していた」
「……つけていたので」
つけていたので、じゃねぇんだよな。それは立派なストーカーだからな!? なんか視線感じるなと思ったのお前かよ! 自意識過剰じゃない? って志保に散々バカにされてたんだからコッチは!
「三年も……バレないとは、思いませんでした」
「三年!?」
素っ頓狂な声が出る。俺を発見しストーキングを開始したのがなんでも五月頃だとか。三年以上前じゃねぇか! そりゃあ俺のバイトのパターンくらい把握してるよな。ただまさかそうだとは考えず、偶然選ばれたとばかり思っていた俺は驚くことしかできなかった。
「……思い出しましたか? わたしが、なぜ、あなたのペットだと……言っていた意味を」
「ああ十分にわかった」
お互い様の少女が、まさかこんな風に図々しくも逞しいペット系になるだなんて俺は思いもしてなかったよ。語り終わった燐子はまた甘える動作にシフトしてくる。隠し事がなくなったせいか以前よりもお構いなしに、以前よりも大胆に、俺に触れてくる。
「わたしの気持ちも……伝わりましたか?」
「十分すぎるほどに」
あー、えっとつまりなんだ? 俺は自分が男として見られるのが嫌で、女性を男性的な目で見ることが苦手だったから燐子は、ぶっちゃけちゃえばエロいとかキレイとか美人とかかわいいとかそういう目で見られることがなくて、居心地がよかったと。そしてその居心地のよさが恋心の直接的原因というわけか。
「……はい」
「そっか」
「ずっと前から……好きでした」
「燐子……」
抱き着かれ、縋りつかれ、さてさて困った。なにが困ったって俺は実のところまだ志保との一件が宙ぶらりんになってるんだよな。
そして燐子には何も伝えてないんだよな。どうしたらいいんだろうか。
「……?」
「なに?」
「知ってますよ……
「……はい?」
知ってるって何を? 付き合ってたこと? マジで? ストーカー怖くない? しかもまだ明確に別れてないのにきっぱり元カノって言っちゃうところあたり多分に嫉妬していることが伺える。
「……当然です。浮気者のこと……翔太さんがいつまでも、引きずる必要なんて……ないんですから」
「浮気者……まぁそもそも俺がそういうことできないのが悪いんだけど」
「それがなければ、愛じゃないと言うなら……ますます、ご主人さまには、合いません……」
言い切りながら俺に纏わりついてくる燐子。ちょっと前から思ってたんだけど、この子、独占欲すげぇよ。ここまで俺が不快にならないのに独占欲出せるってある意味感心するレベルだよ。
「大丈夫、ですよ……わたしなら、もう少しくらいは、待ちますから……」
「少し」
「夏休み、終わって……そうですね、一週間くらい……なら」
「短いな!」
本当に短い。夏休みの間は別に志保のヤツに会う気もないから、実質一週間しかないんだが? だけど燐子はそれ以上は決して待つ気がないようでまた俺に甘える作業に戻っていく。というかガチのマーキングだったとは恐れいったよそれ。
「匂いを付ける……常識です」
「動物界のね」
「人間も……猫も、同じです」
同じなのか、ちょっと納得しがたいけどそれでも燐子は実際、分かる人はわかるんですよと自慢げに言ってくる。自慢げに言うところじゃないとは思うけどまぁいいか。リサもなんかそんなようなこと言ってたし。
「んん、好き……好き、好き……やっと言えます……うふふ」
「お、多い多い」
「……我慢していた分、です。いっぱい、これからいっぱい伝えて……いきますから」
それが、燐子の見つけた答えのような気がしていた。でも俺が正しいか正しくないかで言うなら、正しくない恋なんだと思う。それでも……燐子は俺を好きだと言う。
ただ俺にとってそれが、正しい恋だ間違ってる恋だなんて決めることはできないし、なによりも燐子の好きは……言い方が悪いけど都合の良いものでもあった。愛欲のない好き、身体のない好き。その好きという言葉に俺は甘えさせてもらうことにしたのだった。