捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど   作:黒マメファナ

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第十二話:二人で過ごす愛すべき一日

 あれから少し、燐子との関係が変わった……ように感じられる。些細なところで、違うなという程度だけど。

 ──まず、前よりも更に甘えてくるようになった。どうやらあれでも以前は借りてきたネコだったらしい。

 夏の厳しい暑さも、クーラーが効いた部屋には届かない、だが朝の目覚めには寒いような冷房を調整していると、背中から抱き着かれる。

 

「翔太さん……んん」

「おはよう」

「……まだ、寝てたい……です」

 

 朝、以前は甘えたいのを我慢してでも頑張って起きていたようで、今ではすっかり隙あらば二度寝を誘ってくる。

 これがまたなんとも抗いがたいものだから困るんだよなぁ。でもまぁ今日はお互いバイトとバンドだから起きなきゃいけねぇし、寝転がることはしないけど手招きしていく。

 

「ん……すぅ」

「寝んなよ?」

「……はぁい」

 

 おい寝ようとしてただろ燐子。匂いを嗅がれるのはもう慣れたんだけど、以前よりも密着してくるのはどうもドキドキしてしまう。以前は一応信用はしていたけれど、どこかで自分を女だと認識され欲を出されたら……と思っていたのか顔だけの場合が多かったのに、今じゃ全身くまなく抱き着いてくる。色々と柔らかいのを感じても何もない自分を一週間に一度は褒めようと思うくらい。

 

「離れたく……ないです」

「はいはい、今日はほら……迎えに行くから」

「……そうでした……頑張り、ます」

 

 ゆっくりと彼女は俺から離れ、ベーコンとスクランブルエッグを焼いてくれる。その間に俺も冷蔵庫にあるサラダを取り出し、パンにマーガリンを塗って紅茶を淹れていく。こんな優雅な朝ご飯が食べられるなんて数ヶ月前までは考えもしなかった。

 

「ご主人さまの……ためですから」

「めんどくなったらいつでもサボっていいからな」

「なりません」

「どうして?」

「……好きな人が、笑ってくれるから……です」

 

 次の変化としては、これだよな。好きって言葉を使うようになった。前はその単語を使うことで俺との関係が壊れるって思ってたんだろうな、あくまでペットとしてご主人さまに懐いてる、というスタンスを取っていた。けど旅行以来、くっついてくる時も好きって言葉になる。そしてなにより燐子の奏でる好き、という音が俺にはとても心地良いってことを知ったのも大きな要因だと思う。

 

「それでは……終わり次第連絡、致しますので……」

「うん」

「……待って、います」

 

 なにより、この変化が俺と燐子の関係に一番変化をもたらしたと思う。小さな変化に見えるけど、その言葉があるとないとでは、やっぱり心の距離感みたいなのに差が出るんだと思う。実際、燐子との距離はすごく縮まったよな。

 

「お待たせ燐子」

「あ……翔太さん」

 

 それが、あれがほしいこれがほしい、というのを我慢しなくなったこと。迎えに来てほしい、一緒に出掛けたい、買い物に行きたい。そんな風にヒト並みの欲求を口に出してくれるようになった。俺にとってはそれがなんだかとっても嬉しいことのように思えた。やっと、()()で過ごせるんだなって思った。

 

「ふふ……」

「なに、どうしたの?」

「なんだか……こういうの、いいな……と」

「いいな、か」

「はい」

 

 今日は練習が終わったタイミングで迎えに行き一緒に買い物に向かうことにした。繋がれた手を少し見ながら柔らかく微笑む燐子の言葉に少しだけ頷く。以前なら燐子だけが行くか、俺だけが買い物に行っていた。でも燐子が本当に望んでいたのは二人で並んで色んな話をしながら買い物をすることだった。

 

「燐子は何が嫌いなんだっけ」

「セロリ、です」

「セロリ、俺も苦手だ」

「ふふ……一緒ですね」

 

 そんなことを話しながら今週は何が食べたい、とかそういう方向で買い物カゴに食材を入れていく。傍から見ると俺と燐子はどう見えてるんだろう、とか意味のないことを考えながらドリンクコーナーでふと燐子が俺を見上げてくる。

 

「お酒……飲まないんですか?」

「飲まないよ、酔うのは苦手」

「……そういうもの、ですか?」

「なに?」

 

 じ、っと意味ありげな目で俺を見つめてくる。なにか訴えたいのかな? 首をひねっていると燐子はでも……とスマホを取り出して何かを調べるような仕草をする。えっと、燐子さん? なになに? 

 

「……数ヶ月前は、毎日のように……」

「ストーカー日記の確認はやめようね? というか消せ?」

「……嫌です」

「嫌です!?」

 

 まさか拒絶されるとは思わなかった。大切な思い出ですっていやその思い出を消せって言ってるんだけど? だが燐子は断固拒否してくる。よしわかったそこまで言うなら法廷で会おうか。

 

「……ご主人さまの嫌いな、ものばかり……作ります」

「抵抗が雑だな」

「今井さんに……ご主人さまが、夜激しいって……言いつけます」

「おい」

 

 そんな事実無根なことをリサに話したところで……あ、いやあの子はそれでめっちゃ態度厳しくなるタイプだって俺知ってるよ。

 そういうのに寛容で嘘とホントを見抜いてくれるのは青葉の方なんだよな。最近はなんだか青葉と仲良しな感じだし。

 

「仲良し……」

「大丈夫、浮気じゃないから」

「……それでも、今日はいっぱい匂い、つけます」

 

 嫉妬するとすぐ抱き着いて離れなくなる。そもそも最近はずっと寝る時、俺が抱き枕にしてるから匂いならとっくについてると思う。燐子が買ってるシャンプーとコンディショナー、めっちゃいい匂いするんだよな。

 

「翔太さんも……同じの使われますか?」

「い、いや、流石に男の俺が使うのはハードル高いだろ、あれ」

「そうでしょうか……?」

 

 燐子はお揃いの匂いになりたいだけなんだろうけど、だって俺からこのかわいらしい匂いが漂うのなんか変だろ。いやもう匂ってるなら今更なのかもしれないが、それにしたって自分の頭洗ってて燐子の匂いがするなって考えるのがもう恥ずいんだよ。

 

「よいしょ」

「……いっぱい買って、しまいましたね」

「だなぁ。これからはちょっと抑えないと」

「はい……ふふ」

 

 色んなものを買って、思ったより高くてビックリして持って帰るのが重くて、そんな帰り道、燐子は夕日に反射してキラキラの笑顔を俺に向ける。そして荷物を持ってる俺の代わりに、()()()()()()()()()を使って家の中に入っていく。ちょっとだけ急いだ様子に首を傾げると、彼女は振り返ってまた微笑んだ。

 

「おかえりなさい……翔太さん」

「……ただいま、燐子」

「はい……わっ……びっくり、します……から」

 

 思わず、燐子を抱きしめてしまう。流石の彼女も驚いたようで、目をちょっとだけ大きくしてからまた、ふふと嬉しそうな吐息を吐き出した。

 やっぱり俺にこの匂いは似合わない。これは俺にとって日常であるけどそれ以上に幸せの匂いだから。彼女の微笑みや穏やかな寝顔と共にあるものだから。

 

「──ああ、わかった」

「……なにが、ですか?」

 

 この気持ちがなんなのかわかった。恋をした好きじゃない、でも燐子と過ごす時間がなによりも幸せだ。燐子の身体が欲しいわけじゃない、でも燐子に触れていると胸の奥から甘く溢れてくる気持ちがあるし、触れていたいと感じてしまう。

 

「愛おしい」

「……翔太さん」

「愛してるんだ。燐子のこと……恋とかじゃなくて、ただ純粋に」

 

 本当にペットに向けるような気持ちに似てるよ。愛おしい、愛してる。そんな言葉なんだけど、ニンゲンがニンゲンに向ける欲じゃなくて、家族に向ける愛情に似ている。俺が両親や家族をこんなに愛おしいと思ったことはないけど、ただ一匹、そんなヤツがいたことを思い出した。

 

「……スズカゼ」

「え?」

「昔飼ってたクロネコ。気難しかったのか、触られるの好きじゃなかったみたいで……なのに夜な夜な俺の部屋に来ては机とか膝とかに乗っかってきて、寒い冬なんか布団にもぐり込んできてさ」

 

 そう考えると燐子と似ていたのかも。だからあの日なんとなく話しかけたのかな。アイツも、捨てネコだったから。捨てられてて、拾って世話をした。だから俺だけに懐いたのかもしれないし、俺には触れられることを望んだのかもな。

 ──中学を卒業する日、最後に学校の前で見かけたっきり、何処かへ去っていってしまったけど。もしかしたら、独り暮らしする俺を許せなかったのか、それとも……最期の挨拶だったのか。

 

「……燐子?」

「妬きました……ちょっとだけ」

「ネコの話、してたんだけど……?」

「……にゃあ」

「うん、よくわかった」

 

 自称ペットというスタンスは崩していない燐子からすればスズカゼはほぼ昔の女に近いのだろう。アイツまで嫉妬の対象とは思わなかったけど、その嫉妬した分満足するまで彼女の毛並みを堪能させてもらうことにする。サラサラで、やっぱり幸せの匂いが俺の鼻腔をくすぐってくる。

 

「おやすみなさい……翔太さん」

「うん、おやすみ」

「……ん、好きです……こんな、風に……愛してくださるというなら……わたしは、幸せです」

 

 一日が終わると、必ず燐子は好きと言葉を残す。こんな愛し方でいいなら俺はいつまでも伝えてやるから、と返すと口角を上げながらピタリと密着してきてやがて寝息を立て始める。

 夜の蒸し暑さも、クーラーの効いた部屋には届かない。少しだけ寒いかなってくらいに設定した冷房を確認し、風邪をひかないようにと燐子を抱き寄せ、眠りに堕ちていくのだった。

 

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