捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど 作:黒マメファナ
燐子と本格的に恋人同士になった……ということになるんだろうかこの場合。ううん悩んでしまうな。なにせ普段の関係が一切変わらない。相変わらず燐子はペット系を名乗って憚らないし、時折俺のことをご主人さまと呼んでくるし。
でお、甘え方が変わったところはある。今まではネコのように頬をこすり付けてきたり、膝の上でゴロゴロしてきたりというのが主流だったのに、今はじっとコッチを見上げてくるときはキスをしてほしい合図だし、飛び込んできて受け止めるために腰を抱くと、発情したように瞳を歪めて蕩けてくる。それがまたかわいくて抗いがたいんだよなぁ。
「つまり夜の営みが激しい、と」
「違う……と思うんだけどな」
「そこで言い切れないのが悲しいですな~」
青葉にそう煽られるけどどうやら彼女もらしい。絆創膏の数増えてるじゃんと指摘するとそーなんですよ~と幸せに頬を緩ませながら愚痴なのか惚気なのかわからない話し方をされてしまう。
「ちょーはげしーんです~。そのうえノリ気ないとマゾっぽいのにノリ気だとサドだから~、ガッコじゃあぜんぜんガッツかないのに~ベッドだと~」
「ああもういい、ごめん胃もたれしそう」
こう、あんまり穢れも知らなさそうな高校二年生女子からめちゃくちゃ生々しい上にチラリととんでもない発言が飛び出されるとキツい。よかった俺は全然激しくねぇや。激しいってのはもっとこう、他人に話せないようなことなんだって理解した。
「あ、こんにちは」
「あー上原さん。いらっしゃいませ」
「もう、ひまりでいいですってば」
「ひまり、ちゃん?」
「おっけーです!」
今日も元気な子だ。リアクションがおっきいからなぁ、動くたびにおさげの二つ縛りが可愛く揺れて、かわいらしいスカートが揺れて、かわいくない凶悪な果実が揺れる。ううんやっぱりデカい。こう、セクハラなんだろうとは思うんだけどつい目に入っちゃうんだよ。燐子に匹敵するよなあれ。
「ひーちゃん、今日もまた一つ罪を……」
「え、なにかした私!?」
「カロリーっすね~」
「も、モカ~!」
なんだか盛り上がってるなぁ、というのを見ながら俺は静かに心を鎮めるようにしながら仕事をこなしていく。あの果実を見て反応しない男がいるのだろうか。いやいない。なんなら見ないほうが失礼なんじゃないかとすら思ってしまうね。
「見るのは……普通に、セクハラ、かと……」
「……り、燐子」
「はい、あなたの燐子です……ご主人さま」
「外でそれを言うのはやめような」
ペット系カノジョの白金燐子さんがそこにはいらっしゃった。なんかもうたぶん否定しきれる材料がなくなり始めてるんだけどさ。外ではやめようね? 俺は認めてあげるから外でペット感出してくるのとご主人さまって呼ぶのやめようね?
「ならおうちでなら、常に」
「仕事の邪魔なのであっち行っててください白金さん」
「……いじわる」
ぐっ、その顔とその声で言うのは反則だろ! 俺は心の中で猛抗議する、だがしかし、本気でご主人さまって呼ぶのだけはやめてほしいので心を鬼にして休憩もう少しだから待っててと頬を撫でた。
「ん……わかりました、待ってます……」
「おう、待ってろ」
そうやってまた後ろに戻っていくといつの間にやら……というかたぶん燐子と一緒に来ていたであろうリサがすごくビミョーな顔で俺を見ていた。なに、なんでちょっと不機嫌な雰囲気醸し出してるの?
「……心を、鬼に? いや絶対甘いじゃん」
「いや鬼にしただろ」
「じゃあ今の頬を撫でるの必要だった?」
え、必要だと思ってた。やばい俺もしかして燐子に毒され始めてるのか? 隣で青葉がうんうんと頷いてくる。マジか……それは、確かに由々しき事態だ。なにせあのネコ系、しつけしないと調子づいてくるし!
「ネコ……ですか~」
「もうそこが完全に終わってると思う」
「え」
ちょっと前までニンゲンだなんだって抵抗してたのにと指摘され、俺ははっとする。どうだった、燐子ニンゲンだったネコじゃねぇ。そんなところまで毒され始めてるとかもう末期かもしれない。夏休みも終わろうというところで、ついに俺という常識が燐子というペットの前に陥落してしまっていた。
「……ついに、ですね、ふふ」
「計画通り、ってか」
「第二段階成功……です」
もはや洗脳の領域だよなそれ。ただ第二段階、ということは第三段階や逆に第一段階もあるわけでその概要がちょっと怖いんだけど。すると燐子はとあるメモ帳を俺に見せてきた。メモ帳には桜田翔太、と俺の名前がいつか見たキレイな字で書いてあって、そこにはなんと……俺の行動記録がズラリと。
「……間違え、ました」
「よし、それをもうちょっとじっくり見せてくれ燐子」
「えい……です」
元ピアニストらしい長くてキレイな指がかわいらしくチョキのカタチをして、俺の眼球に的確にダメージを与えてくる。痛いんだけどなにしてくれてんのこのペット! 痛みに呻いてから言葉通り血走った目で睨むと燐子は恥ずかしそうに顔を逸らしてくる。
「乙女の……秘密、ですから」
「
「意味は……通じます」
通じねぇから俺がツッコミ入れてるんだけどな。じゃなくて計画の第何段階ってのはなんだよと問いかけるとストーカー履歴の後ろに入っているものだった。題してご主人さま育成計画とな。その第一段階には俺の家に居候、つまりはペットとして拾ってもらうという計画らしい。そしてこれは既に達成済みとある。そうだな。
「マンション前のやつ……あれも計画のうちか」
「はい……計算通り、拾っていただきました」
なんか懐かしいな、まだそんなに時間経ってねぇはずなんだけど随分前に感じる。あの日、二週間の預かりの後、燐子は俺の部屋の前に段ボールを置いてにゃあにゃあ鳴いてきた。誰かに見つかるかもって家に入れた時にもう俺の負けは決まってたんだな。
──そして、第二段階は、ご主人さまとしての自覚を持っていただく、ということらしい。
「わたしはペットで、翔太さんが飼い主、です……その自覚、は少し……自分のわがままで達成が遅れてしまいましたが……」
「……翔太さんに対して、愛情が抑えられなく、なったので……」
だがそれが逆によかったのかもな。燐子がそういう気持ちを持ったおかげで、俺も燐子と距離を縮められたんだから。というかその気持ちを持ってくれたからこそ、第二段階を完遂できた気もするな。
「そう……ですか、えへへ……んん、好き、好きです……いっぱい、いっぱい、翔太さんの愛をください」
「あ、あのな……ここ、コンビニだから」
こらこら擦り寄ってくるな。ここ公共の場だし、しかもなんなら青葉とリサがガン見してるからな。けど燐子は頑固でやると決めたらやるカッコいい子なのでどうあっても俺に甘えてこようとするってのはわかってるから。諦めていつものように頬を撫でて肩にその嬉しそうな顔を置いておく。
「これで、後は家帰ってからな」
「……はい、翔太さん、すぅ……んん、ふふ」
「匂いかぐな」
結局、この一面を見ていたリサにあんなところでイチャイチャしないでとやや理不尽に怒られてしまった。
なんだかリサは、あんまり恋愛が得意じゃないという気がした。いや見せられるのが得意じゃないんだろうな。なにせカップルっぽいやり取りをするとすぐに不機嫌になるんだよな。
「今井さんの……そういう話、聴きませんから」
なんならつい最近まで紗夜の恋愛も知らなかったようだし、実は高校二年生、去年の秋頃からカレシの影があったらしいことをリサからそれとなく教えてもらったんだとか。はーあの紗夜が。なんかカタブツかと思ってたけど案外恋愛的な感情もあるんだな。
「でも……少しだけ、わかることも、あります」
「ん?」
「怖いんだと……思います。自分の想いが……受け入れられないかもしれない、という自己肯定の低さからくる、恐怖です」
「……そうか」
だから、俺はリサが恋愛の話にめくじらを立てるのがあんまり得意じゃねぇし、きっとリサも、俺がバカみたいに明るい顔で恋愛するのが得意じゃねぇんだろうな。まるで歪んだ鏡のように、最低で最悪にお互いの感情を映しだしているんだな。
「俺だって、まだ宙ぶらりんにしてること、あるしな」
「はい……でも」
「ああ、俺には燐子がいるから、それだけは……変わらない」
だけど、リサの問題と俺の問題は別だ。リサのことはリサやリサを愛するだれかが解決する問題でもあるし、逆に俺の問題に燐子は関わってもリサが関わることは絶対にない。リサと呼び捨ててるけど、翔太と呼び捨てられるけど、そこまでなんだよな。
「それを翔太さんが……気にすることは、ないと思います」
「……そうだな」
そう、例えばあのバイト先の先輩がリサを愛さなくなっても、それで世界中全てが終わるわけじゃない。きっと、世界のどこかで、誰かがリサを愛してる。そう思える日がくるといいなって、俺は思うよ。
「わたしも……」
「燐子は……俺がいるだろ?」
「はい……翔太さんに愛されて、わたしは……世界の誰よりも、幸せです……」
関係は変わったけど、言葉は変わったけれど。ペット系、ネコ系の燐子の態度は変わることがない。構ってほしそうに傍にやってきて、甘えてきて嬉しそうに目を細めて微笑み、そして眠くなったところで一緒のベッドに入る。
「……ご主人さま」
「ん?」
「あの……今日は、ちょっと……寝れそうに、ないです」
「……わかった」
寝れるまで俺は彼女を抱く。幸せそうに眠りに堕ちていく彼女を見送り、その寝息を聴いているとすぐに俺も夢の世界へと意識を飛ばしてしまう。
──こうして、夏は過ぎていく。両親に文句を言われてナイショでペット飼ってと説明して、後期の日程が判明して二人でバイトなどでこれからの計画を立てていく。
「今度こそ……わたしの、お金も使ってください」
「でも」
「ペット……ですけど、翔太さんの、恋人……ですから」
そんな風に押し切られ、結局燐子にちょっと頼ることになりそうなこれからに俺はため息をつきながらも、俺のことが好きだと言ってくれる燐子の飼い主として、過ごしていくことになりそうだ。今の俺にとってそれは、すごく幸せなことに思えるのだった。