捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど   作:黒マメファナ

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第十六話:さよならを告げよう

 夏休みが終わって一週間、それが燐子の出したタイムリミットだった。それまでに志保と話をすること。いやもうこうなったら一週間だって待ってくれない恐れがある。ウチのネコ系は嫉妬深いから。

 久しぶりの大学、俺は燐子の顔を思い浮かべることで自身を奮い立たせながらやってきていた。

 

「あ……翔太」

「よう……志保」

「おはよ」

 

 教室で会って挨拶、と思ったら大学の購買で早速かち合ってしまった。う、夏休みん時の電話っきりだからな、気まずい。ただ久しぶりにすっきりと名前呼びしたらちょっとだけ態度が軟化した。

 

「カノジョさんとは、どう?」

「うまくいってる、ってことになるな」

「……そっか」

 

 今朝もにゃあにゃあ言いながら寂しいを連呼し挙句迎えにきてほしいとか抜かしやがったからな。嫌です自力で帰ってきてと言いたいところだが夜飯コンビニ弁当の危機が待っているのでそうはいかない事実。生徒会長さんが校門前に男待たせるってどうなんでしょうね。

 

「羨ましい」

「先輩とうまくいってねぇの?」

「だから付き合ってないって」

「そうだったのか」

 

 前から言ってるよとは言うが、夏前までしょっちゅう一緒にいただろ。まさか付き合わずにあれだったのかというと志保が逆に、付き合ってないって言ったクセに女の匂いさせてたヤツに言われたくないとか言いやがった。

 

「俺はそんな爛れた関係じゃねぇ」

「はぁ? じゃあなんなの?」

「ペットと、飼い主?」

「……それ、一番爛れてるよ」

 

 あ、つい。だけどあの関係を表すにはそれしか言い様がなかったんだよ。今は堂々と恋人って言える……うん、対外的には言えるけどな。身体の関係とかなかったし、という中でめんどくさいからもう志保には全部話すことにした。

 

「というわけで、恋人なのはつい最近からだな」

「一つ屋根の下で……手を出したのがつい最近、チキンじゃん」

「うるせぇ」

「ま、アタシが抱き着いても一切手出さなかったんだから、チキンか」

 

 それだけ志保のことが大切だったんだよ。なんていうか、触れたら傷つけそうで、というか一緒にいるだけで、幸せで楽しかったのになんで性欲なんかで汚さなくちゃいけねぇんだよって気持ちになった。だから踏み出せなかった。

 

「そしたらアタシとケンカして」

「お前が浮気したと」

「だね」

「付き合わなかったのか、結局」

「セフレだからね」

 

 セフレの意味が俺にはよくわからんから置いとくとして、それが原因で俺は距離を取った。まぁそれも当たり前だろうなって思っていたらしく、志保はゆっくりと息を吐き出し、まっすぐな瞳で俺を射貫いた。

 

「アタシは、手を出してほしかった」

「……そうなんだろうな」

「もうわかってるでしょ? それも一種の愛情表現だってことくらいはさ」

 

 そう、思っていたような、教えられたような汚いものなんかじゃなかった。なんかこう、形容しがたいんだけど、気持ちいだけじゃなくて、ほしいものがそこにある。普段の生活とは違う、痒い所に手が届くような幸せっていうんだろうか。

 

「アタシは、翔太のこと好きだよ」

「……俺は志保のこと、好きだった」

 

 それを最後に、志保はじゃあねと俺から離れていった。好きだよ、か。俺がもうちょっと器用だったら、性欲すらも愛おしいからだって気づけたら、今頃は一緒に歩いてたのか。それともそれでもあの子を拾っていたんだろうか。

 もしもの話などに意味はなく、現実として俺はこれでやっと宙ぶらりんだった志保との関係を終わらせることができた。それを一概によかった、だなんて言えない後味の悪さを感じながら燐子を迎えに行く。

 

「桜田さん」

「あ、紗夜。燐子はまだ学校?」

「ええ」

「ありがと」

 

 紗夜とすれ違い、他にも何人かとすれ違う。松原さんやこころとも会って今から練習なの! とキラキラ笑顔で去っていく。そんな知り合いとの時間が少し後味をマイルドにしてくれたところで、本命にとびかかられた。

 

「と、飛んでくるヤツがあるかバカ……!」

「ご、ごめんなさい……つい」

 

 よっぽど嬉しかったのかハートマークを幻視するレベルでほおずりをされる。普段の燐子とはあまりにかけ離れた行動に……ほら見ろ、隣のツインテの子がびっくりしてるじゃん。その辺のフォローとかもしておこうな。

 

「飼い主です」

「は、はぁ……燐子先輩ってかなりヤベー人だったのか」

 

 既に誤解されてる。いや誤解じゃないのか、ごめんなキミの先輩は中学時代の店員さんをストーキングした挙句に捨てネコを自称し拾わせてきたヤベーヤツだ。そして俺にとっては、誰よりも掛け替えのない。かわいいペット系カノジョだ。

 

「それでは市ヶ谷さん、まだ明日」

「あ、は、はい!」

「翔太さん、今日は……好きなもの、なんでも作ります……なにがいいですか?」

「んー、セロリ」

「……コンビニ弁当ですか……わかりました」

 

 脅し文句のコンビニ弁当だけど、燐子を拾う前はそれがもはや贅沢だったクラスなんだけどな。基本はまかないで済ませて、なんかお腹が減った時とかはコンビニって生活からは考えられないくらい食生活が変わった。いや、食生活だけじゃない、日常全てが変わっていった。今じゃもう、彼女がいない生活は考えられない。

 捨てネコのような彼女、白金燐子を拾ってからというもの、全てが変わったんだ。

 

「そうだな……煮込みの気分だ」

「どんな?」

「ホワイトシチュー、かな」

「……はい、翔太さん。ブロッコリーは、抜いておきますね」

 

 そうしといてくれと言いながら俺は燐子と手を繋いで帰る。ふと燐子の方を見るとこれ以上ないくらいに口許が緩んでいて、思わず、俺も同じ顔になってしまう。

 ──幸せなんだ。俺も燐子も、どうしようもないくらいに幸せだった。

 

「燐子」

「……はい」

「愛してる」

「……わたしも、翔太さんを、愛しています」

 

 ちょっと恥ずかしかったな、なんてごまかすけど、紛れもない本当の気持ちだった。志保とのやり取りは確かに後味は悪かったし、もうちょっと状況が違えば、なんて後悔もしたけど、燐子の前ではそんな後悔すらも溶けて消えてしまった。

 後に残ったのは、燐子を想う気持ちだけ。志保のことがいくら宙ぶらりんだったとしても、俺の心には燐子の存在があった。

 

「これで、俺もすっきり、燐子を好きだって言えるな」

「そうですね」

「たくさん伝えていってもいいか?」

「もちろん、たくさんください……ご主人さま」

 

 ネコのように甘えん坊なクセにわがままで頑固で、その上強引で……俺の大切な恋人。最初に合った時とはずいぶん違った印象で、キラキラとした笑顔をしている。でもキレイな瞳はあの頃から変わっていなかった。前髪から覗かせた宝石のような瞳、夏の暑さにあっても光を失わなかった、燐子の心の強さの証だ。

 

「ありがとう」

「それは、わたしのほうです……」

「じゃあお互い様だな」

 

 お互いに救われたことがあった。お互いに、俺と燐子はお互いにしかないものを補い合っていたのかもしれない。もらってばっかりなのにこんなことを考えるのは変だけど。

 ──夏休みが終わるとなんだか夏が終わったように感じるけど、まだまだセミの鳴くような暑さは健在で、けれど出会った頃よりも確実に日の入りは早まっていく。前は五時でも明るかったのに、もうすっかり空の色が変わり始めていた。

 

「これから……もっと、短くなります……から」

「から? もしかして迎えに?」

「……そうしていただけると、とても……嬉しいです」

 

 寂しがり屋で甘えんぼうな彼女、ネコのような彼女。俺の大好きな彼女。そんな燐子と一緒にマンションに辿り着くとどこかでにゃあ、と声が聴こえた気がした。燐子が甘える時の声によく似たネコの声。振り向いても、そこには何も、誰もいなくて。

 

「……じゃあ、燐子」

「はい」

「……改めて、これからもよろしくな」

「不束者ですが、よろしく……お願いします」

 

 部屋の前でそんな風に俺が右手を差し出すと、燐子は()()()()()()()()()()()笑った。その瞬間燐子のお気に入りだったチョーカーがまるで最初からそうするべきだったかのように首から滑り落ちていった。不思議なほどに不自然に、何かで切られたように。

 

「……あう、ごめんなさい……せっかく、買ってもらったのに」

「いや、いいよ。その代わり」

「はい?」

「来週あたりでネックレスでも買いに行こうか」

「……はいっ」

 

 大丈夫だよ。今度はちゃんと置いていったりしない。だからお休み、ありがとう。

 ──段ボールに入っていたのは捨てネコではなく、女の子だった。でも、もしかしたらその両方だったのかもしれない。そんなあり得ないことを考えながら俺は冷房のリモコンに手を伸ばして、電源をつける。

 まだまだ、暑い日は続く。俺はそれを見越していつもより一度だけ、冷房の温度を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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