捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど 作:黒マメファナ
「それでは……二週間、お世話に……なりました」
「こちらこそ、ありがとう」
頭を下げられ、俺は恥ずかしくなって頬を掻いた。この二週間、世話になったのは俺だ。家事をしてくれて、帰ったら出てきて微笑まれ、その時には既にお風呂も沸いてるしご飯もできていて、バンドの練習がある日もそこには料理が置いてあって、浴槽はピカピカだった。
「桜田ァ! 絶対カノジョできたろ!」
「は? なんで?」
「いや最近顔色めっちゃいいし、なんていうか生き生きしてるしな」
大学の友人にはそんなことを言われた。そりゃそうだ、今までコンビニ弁当やら賄いで済ませていたメシがちゃんと燐子によって作られる。そして風呂や料理を用意する時間が短縮できてるから寝る時間がそれだけ早くなって、朝飯もちゃんと用意してくれる。そんな子がいるんだから。
だけどそれももう終わりで、俺は燐子を見送っていた。濃いながらあっという間の二週間だったな。
「また、あらためて……お礼に伺いますので」
「いや十分だよ」
「……ですが」
「もう沢山してもらったから」
これ以上貰うのは気が引ける。今度は拾ってください、みたいなことになるなよと最後に手を差し出すとまたもや握手とかではなく頬をこすりつけてくる。最後の最後まで、燐子はネコのような仕草のまま自分の住処へと戻っていった。
「ありがとな、燐子」
──こうして、俺と燐子の二週間が終わった。捨てネコのように段ボールに入っていた女の子を拾ってしまった、なんていう突拍子のない非日常が終わり、俺の家にシンと静かな日常が戻ってきた。きっと燐子も今頃は家事に追われることもない静かな日常を過ごしているのだろう。
「おーい、サクっち? どしたー」
「……悪い、ぼーっとしてた」
「どした、フラれた?」
それから数日後、大学の食堂でぼーっとしてると知り合いに話しかけられる。ちげぇよ、と返すものの、なんか元気ないじゃんと言われてしまう。
そんなにか? 自分では気づいてない上の空を指摘され、首をひねったがすぐさまあれでしょ、と原因を知っている口振りでドキっとする。
「バイトクビになったんでしょ?」
「なんで知ってる」
「まっつんに教えてもらった」
「……余計なことを言ってやがるなあの調子ものは」
ああ、そっちねと内心思いながら溜息を吐く。前のバイト先が突然すぎたせいかな、新しいバイトを探してはいるが、どうも空振り気味で。いや笑うくらいならお前のバイト先紹介しろよとぼやく。
「あはは、いーじゃん。お小遣い貰ってるんだし?」
「その話をされたくねぇからバイトしてんだよ」
「いやいや、でもお金に余裕があるのにバイト探す人って割とイヤミに感じるよね~」
なにがイヤミだよ。俺は俺で必死だっての。確かに家賃やらなんやらを払ってまだ少し貯金があるレベルで親からの仕送りがくる。けどだからってバイトもせずにって方がイヤミじゃないの普通。
「ま、バイトないなら飲んでこ」
「昨日、先輩と飲んでたろ」
「酔わせれたら持ち帰ってもいいよ」
「ふざけんな」
だいたい俺はお前より弱いから無理に決まってんだろ、とその染められたゆるふわウェーブ髪の同期の言葉にムカっとしてしまう。その男とサシで飲むクセやめろっての。この間お前にめちゃ絡まれたって
「まっつんドーテーだから」
「俺もだっての」
「嘘つき」
「嘘じゃないです」
「最近カノジョできたって噂なのに?」
松本……明日会ったら殴ってやろう。アイツは口が軽いうえに予測でしゃべるからな。まぁ本人はかもしれんって感じなのかもしれないけど、断定口調でくるからなぁ。
だが急に近づかれ、首元の匂いを嗅がれる。
「あれ?」
「なんだよ」
「この間は確かに女の子っぽい匂いしたんだけど……別れた?」
え、キモ。今真面目に引いたんだけどなにその特技。多分ちょい前までシャンプーを自宅から持ち込んでたやつを抱き枕にして寝てたからそのせいなんだが、犬かお前は。戦慄していたが別にカノジョとかじゃないから違う、と強く否定する。
「じゃあサシ飲み」
「は?」
「浮気でもないならいいでしょ?」
「なんでそんなに俺に拘る。先輩誘えよ」
「だってホテル折半とか言ってくるし」
「しらねぇよ」
俺はそもそも泊めないし泊めても絶対別々に寝てるからな。宅飲みは野郎としかしないし、その辺の貞操観念はしっかりしてるつもりなんで。残念ながらガチ童貞なんだよお前の予想と違って。終電なくなる前にきっちり帰してやるからな。
「つまんない、養え」
「死ね」
「ひどくない? アタシに当たり強いの翔太くらいなんだけど」
「名前呼びすんな」
「しょーちゃん」
「は?」
桜田かサクっちって雑に呼んでくるだろ普段は。そういう二人きりん時だけ呼び方変えたらガチっぽいからやめろよ。あとサクっちって渾名もあんまり認めてないからな。なんかお手頃価格のお菓子っぽい。とまぁこの女の相手もいい加減鬱陶しいので俺は立ち上がり帰り支度をすることにした。
「あり、帰るの?」
「このままだらだらしてたらのんべぇに酔わされるうえに奢らされるからな」
「付き合い悪~」
「元々だろ」
と、そこで俺はとんでもないことをやらかしてしまう。ぼーっとしていたせいか、文句ありげに手に触れられたせいか、つい甘やかすように頬を触ってしまう。流石の彼女も固まってしまったうちに悪い、と逃げるように食堂をあとにした。恥ずかしい。というかやらかしすぎだろ。
「流石に、キモいな今のは……はは」
明日が怖いな。そもそも二週間でホントに飼い主根性が染みついてしまったらしいという事実が俺をより惨めにさせた。もう関わることもない。関わったとしても他人の関係だというのに。
──シンと静かな家に帰る時、ついついただいまと言ってしまった。誰もいないのについ、名前を呼んでしまった。独りで寝るのが、ほんの少しだけさみしかった。
「……燐子」
「はい」
「はい?」
感傷に浸りながらついついまた、名前が零れてしまい、そして……マンションの部屋の前に大きな段ボールが置いてあった。
デカデカとキレイな字で拾ってください、という言葉が書かれた段ボール、そして毛並みは艶やかな黒のロング。アメジストのような神秘の美しさを宿した瞳、首にはいつかのチョーカーをつけて手に収まるくらいの扇風機に前髪を浮かせながら、タオルで汗を拭う……捨てネコがいた。
「……あのさ」
「はい」
「一つ訊いてもいい?」
「暑いので……手短に、おねがいしたいです。もしくはクーラーの効いたリビングで」
「図々しいな」
「猫……ですから……にゃん」
いやにゃんじゃなくてさ。人んちの前でそんなことしたら噂になるからやめてね。上の方の角地でよかったな俺の部屋。
そうじゃなくて。なにしてんの? なんで捨てネコしてんの?
「……ご主人さまに、捨てられたので」
「キミのご主人さまは?」
「……ん」
じっと俺を見つめてくる。俺ですかそうですか。
おかしいね、俺は二週間ヒトの家のネコを預かってたような感覚だったんだけど、めちゃくちゃガン見してくるね。俺だねキミの飼い主。
「拾って、ください……にゃん」
「また家の鍵でも落とした?」
「いえ……今回は純粋に……わたしを拾って、ほしいです」
さては事情を説明する気がないなこの子。一向にしゃべろうとしねぇんだけど。そうですね、燐子は頑固だから。
だから俺が折れなきゃ話も進まないんだよな。
「理由をしゃべったら家に入れてやる」
「……ダメです」
「なにが?」
「飼ってくれる……というまで、沈黙します」
「強情すぎない?」
「ご主人さまに、翔太さんに認知していただけないなら……意味はありません」
というかこの状況、俺に不利すぎるな。ここで問答を繰り返して見られたらアウトだしな。
なにより、言い訳をしてまた期待している自分がいる。ここで燐子が望む言葉を、俺が燐子を認知することで、あの日常が戻ってくるんじゃないかって。
そんな俺の期待を殴り飛ばし、実際はただの忘れ物か、帰り際に言っていたお礼がどうとかでメシでも作りに来てくれたんだろうという妥当なアタリをつけて、彼女に目線を合わせる。
「ほい、入れてやる。飼うかどうかは……まず三ケタのサイフなんとかしろ。俺だってバイトクビになってんだから」
「そこは問題……ないです。お小遣い、もらいました……」
つまりはちゃんと両親もいるってことだし別にマジで仲が悪いとか家出じゃないってこともわかった。確認のための言葉だったが、逆にますます燐子の行動が意味不明だな。
手を差し出して、燐子を狭く暑い劣悪な段ボールからクーラーをつけた涼しい家へと招待する。いや帰ってきたばっかだからまだ暑いけど。
「……お、今日は風が涼しいな」
「はい……ですね」
しばらく窓際に座ってのんびりと空を見上げていたが、燐子が少し迷いながら俺の腕辺りに頭を預けてくる。さっきの失敗からちょっと躊躇ってしまうところもあるが、頬に触れ、顎を撫でる。
「んん……にゃふ……」
「んで? 家出か?」
「……家出、という意味では、そうですね……」
どういうこと? と問い返すと燐子は事情を解説してくれる。
まず、家に戻って何日か経過するうちにさみしさを感じるようになった。そしてそのせいでうっかり鍵を落としたことをきっかけに俺の家で居候をしていたことを両親にバラしてしまった。
「……そうしたら」
「うん」
「飼い主が見つかってよかったね、向こうさえよければ行っておいでと」
「おかしいだろ!」
俺のツッコミは間違っていないはずだ。年頃の娘を持つ親がそれでどうすんだよ! 相手男ですよ? 一人暮らしの男性ですよ? しっかり俺のことも飼い主説明してんじゃねぇよ! 燐子もそれを聴いていいんだと思ってこうして段ボールに座り俺の帰りを待っていたってことか……うん、わかった。
「帰れ」
「そんな……!」
心配して損した。そんなぽわぽわした理由で実家から離れて……ってほどでもねぇけど、離れて暮らしていいわけなくないか? 俺の感覚がおかしいわけないよな?
──そして当たり前だがそれで帰るほど、燐子は簡単な子じゃない。
「嫌です……わたしは、翔太さんに飼われるんです……」
「飼われる側が強気すぎない?」
「猫ですから……」
いやネコじゃない、人間です。
人間だから、マジで途中からその辺の認識危なくなったけど数日離れてて思ったよ。やっぱ燐子は人間だよ。
「……翔太さんと、一緒の日は、とっても楽しくて……幸せだったから」
「燐子」
「ちゃんと、飼って……ほしい、です」
「はぁ……」
二週間預かる、という約束をした時も確かこんなんだったな。狙ってんのって言いたいほどタイミングがいいよな。昨日までだったら間違いなく断固拒否してた。どんな事情があろうとやっぱり俺と燐子は他人でいるべきだって思ってた。
けど、今日丁度燐子のことばっかり考えてたんだよ。一緒に過ごした日を思いながら過ごしてたから、簡単に絆されてしまうんだよ。
「まぁ、一度拾った身だしな……」
「……翔太さん」
「じゃあこれからもよろしく……ってことにしとく」
「……はい」
クーラーの効いてきた部屋は涼しくて気持ちよくて、窓を閉めてしばらくしたら燐子は外にいたせいか寝息が聞こえてきた。長い睫毛が閉じられて、サラサラでツヤが美しい黒髪に指を通していくと気持ちよさそうに口許が緩む。
「なにやってんだろうな、俺は」
大学帰りにまたもや、白金燐子を拾ってしまった。
しかも今度は一時的とかではなく……いつまでなんだろうな。彼女は本当にペットとして、ただ飼い主なのか、それともまた違う感情を含んでいるのかなんて、俺にはわかるはずがなかった。