捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど   作:黒マメファナ

5 / 16
第五話:過去と現在、そして人間関係

 燐子が家にやってきてからすぐ、夏休みがやってきた。補講やらなんやらで俺は八月から大学に行かなくていい日々が、燐子は普通の高校生らしく七月終わりくらいから、それぞれ長期休暇に入っていった。

 

「お盆、俺はこの日に実家帰るけど」

「……わかりました」

「ついてくる気じゃないよな?」

 

 目を逸らしてくる。お前な……と思うがこれが白金燐子というヤツなので流しておく。けどなし崩し的にペットとしてご主人さまに飼われています、だなんて自己紹介をしかねない爆弾を実家に持ち込むわけにはいかない。袋小路に爆弾を置いたらどうなるかなんてボンバーマンやってれば誰でも知ってることだ。ましてやそれを自分でやるなんてアホなことはしない。

 

「実家に帰りなさい」

「ここが実家です」

「精神的な意味じゃねぇよ!」

 

 だが自称俺のペットさん曰く実家などない。ご主人さまに拾われたこここそが唯一無二の我が家であり、また俺の実家が自分の実家だと主張する。ようするに頑として実家であらぬ誤解を招く自己紹介をする気らしい。

 

「家で留守番にしとけ」

「さみしくて死んじゃいます……!」

「じゃあ両親のところ戻ってて」

「……いじわる」

 

 うぐ、となってしまう。なにせ普段は暴君じゃないかともいうべきわがままで俺を振り回してくるネコ系大魔王なのだが、こうかわいらしいのに変わりはない。引いてうるうるっと宝石のようなつぶらな瞳を緩く開かれるとどうにも抗いがたいのだった。

 

「うち、十人単位で集まるけど平気?」

「……おうちに帰ります」

 

 だが彼女、重度の人見知りらしい。いや俺とも初対面のはずだったんだけどなとツッコミを入れたが拾ってくれたので、という嘘か本当かわからない言葉で誤魔化された。俺以外に誰も知り合いのいない、けど俺は知り合いという状況を想像したのか、ちょっと青い顔をして離れていった。

 

「……そういえば、バイトは、見つかりましたか……?」

「……それがな」

 

 見つからなかったんですはい。夏休み前なのに見つからんってどういうことなんだろうね。まぁそもそも見つからなかったからこうして真昼間、クーラーの効いた涼しいリビングで甘えてくる燐子を撫でたり置いてあるお菓子で餌付けしたりとテキトーに構えてるんだけど。

 

「わたし個人としては……このままでも、いいです……んふぅ」

「だろうね」

 

 めっちゃ緩み切ってるもんな。連日最大級に構われる燐子としてはこの日常が続けばいいと。ただなぁ……その場合なぁ、なんて言っても仕方ない、そういう時のための貯蓄でもあるしな。

 

「……わたし、少しだけなら……稼いでこれます」

「いや、燐子のお金は燐子が使ってよ」

 

 ぴょこんと、まるで耳を立てるように緩んで肩に頬ずりをしていた燐子が上体を起こしてくる。でも彼女の自称とはいえペットの燐子に頼るわけにはいかないため、俺は遠慮しておく。飼い主たるプライドというやつだ。

 

「カードと通帳は……両親に預けていたので、少し前までは」

「ほう、そのせいで前回は大変なことになったわけだけどな」

「……そうですね。ですが……翔太さんのおうちで、飼っていただく、という話の際に……大丈夫だろうと、渡されまして」

 

 それをあっさりと俺に手渡してくる。見ていいの? マジで? 燐子は頷き飼っていただける手当、とでも考えてくださいと補足してくる。ま、まぁどんくらいかなと覗くだけ覗くと……なんかケタがバグってるんだけど。

 

「なぁ燐子」

「……はい」

「これ、どう数えても七ケタになるんだけど」

「……100万(ななけた)ですからね」

 

 しかも上の数字が2から始まってる。普通に俺より貯蓄あるんだけど? どうなってるの? しかも稼いでこれるってなんかバイトやってる? もしかして水商売的なやつじゃないよな? 大丈夫? 

 

「……バンドの、色々です」

「バンド……前も言ってたな、燐子ってプロ?」

 

 首を横に振る。インディーズでそこまで稼ぎ出せるもんなの? 俺初耳なんだけど、確かに今はなにやらガールズバンドが流行しているらしいのは知ってるけど、それにしたって一年と少しでこれはスゲーよ。

 

「さすがに学生には……分不相応だと」

「うん、そう思う」

「……以前課金に、費やした過去も、あるので」

「なにやってんの?」

 

 課金という言葉が指す通りネットゲームが趣味、というのは聴いているしなんなら引っ越し荷物の中にめちゃくちゃデカいデスクトップパソコン持ってきたからな。しかも回線もめちゃくちゃいいのに変わっているため今ウチは快適なのである。ネットインフラとかその辺は燐子の方が詳しいまであるからな。

 

「これからは……翔太さんが、使ってください」

「って言われてもな、これは燐子のお金だし」

「あなたの燐子ですから……」

 

 有無を言わせぬ、という雰囲気。そんなことにいつもよりも更に一段階踏み込んだ頑固さを見せてくる燐子。

 彼女は、俺に他人を見る目で見られることを極端に嫌ってる。一回離れた時にそうしたせいだろうか、燐子はより深く、より色鮮やかな主従をその瞳に映していた。

 

「わたしはご主人さまのペットですから……わたしの全てを、翔太さんに。それがペットとしての務めです」

「……燐子」

 

 その踏み込み方が、少し怖いと思う。俺と燐子は……少なくとも一ヶ月前まではお互い存在も知らなかった全くの他人同士だ。すり合う袖すらもなかった、きっと燐子があんなパーフェクトな状況で家の鍵を落とさなければ、きっと、名前も顔も知ることのなかった関係なのだから。

 

「……()()()()()()()()……()()()()()

「うわ、り、燐子……?」

「翔太さんに、出会わなくても……平気だったはずの、自分がいるということが……怖い」

 

 抱き着かれ泣き着かれ、困惑する。燐子はどこまでもペット感覚なんだな。拾われなくてもなんとかなったのかもしれない。彼女はそれが恐怖なんだな。

 ──ごめんな、怖がらせてしまってごめん。抱き締め返すと、ちょっと燐子は反応してから、よりぎゅっと抱き締められた。

 

「わたしにとって、翔太さんに飼われて……過ごすことが、唯一の、幸せであるべき……なのです」

「そっか」

「はい……わたしは、翔太さんのペットですから」

 

 燐子の暖かく柔らかい身体と言葉に、俺は微笑みを浮かべて落ち着かせる。彼女のこと、まだまだわからないことだらけだけど、こうして救われた自分のことを好きになったということだけは思った。よかったよかった。

 

「──なので、お金の件は……ご主人さまに任せましたので」

「……あ、ちょ、燐子!?」

「これから……練習があるので……失礼いたします」

 

 はい絆された。絆されましたとも。俺は燐子に甘いのだろうか。多分めちゃくちゃ甘い気がする。というか燐子もそれを薄々わかって誤魔化してるような感じもある。

 結局、素早く逃げられ、独りになってしまったところで俺は深い深いため息をつく。

 

「本気でバイト探さなきゃだな……」

 

 押しつけられたからにはなるべく俺が使わない、という方向にするしかない。そうするとやはり、バイトしなければならないという結論に至った。

 ──なんて思ってパソコンでバイト先を調べている時だった。スマホが鳴って、電話がかかってくる。

 燐子かな、と思って画面を見ると……うげ、アイツだ。

 

「……もしもし」

『なーにその、うげ、アイツだ……みたいな反応!』

「そのまんまだよ」

『はぁ、ホントひどい』

 

 ひどくて当然だ。お前に優しくする理由はこれっぽっちもないからな。だが電話の向こうの彼女が意地悪く微笑んだ気がした。こういう時、コイツの口からは大抵ロクでもないことしか聞かないし俺の方が立場が弱い時だ。

 

『せっかくバイト先、紹介してやろうと思ったのに』

「……飲みには行かないからな」

『知ってる。どーせカノジョさんとヨリ戻したんでしょ』

「そもそもいねぇよ。誰だよそのエアカノジョ作ってるやつ」

『まっつん』

 

 燐子のお金下ろして札束で殴ってやりたくなった。あのバカめ。

 まぁそれはさておき、バイト先を紹介してくれる、というのは正直ありがたい。どんな恩を着せられるかわかったものじゃないがそれでも人脈に金を使うヤツの紹介、というのは信用に足るものだ。

 

『いないなら、そっち行っていい?』

「ダメだ」

『ケチ』

「うるせぇな」

 

 こっち来てやることは宅飲みだろうがこの酒クズ。

 だが、その酒クズは今まで柔らかく明るかった声音を急に変えてくる。最近どうしたの? という探るような、そんな言葉だった。

 

「なにがだよ」

『なんか隠してる』

「お前になんか明かした覚えはない」

『……っ、なんで、なんでそんな』

()()()()()()()()()()()()

『翔太……』

「桜田って呼べっていつも言ってんだろうが梅村(うめむら)

 

 電話の時だけ呼び方変えんなって、ガチっぽくなるだろうが。

 彼女は、梅村志保(しほ)は無言を貫き通してくる。いつもは愛嬌のある女だが、その仮面の奥にあるものを、俺は知ってる。知ってるが誰にも言うつもりもないし言っても信じてもらえるとは到底思わない。

 

『昔は、志保って呼んでくれてたのに』

「俺はお前に呼び捨てにされた記憶はないな」

『……もういいもん。バイト先、紹介してやらない』

「勝手にしろ」

『……バカ』

 

 それを最後に電話が切れる。はぁ、燐子が傍にいなくてよかった……って、燐子が傍にいたからどうだってんだって話だけど。

 梅村の……あの女の存在を知ったら燐子はどうなるだろうか。嫉妬でもするのか、否変わらないのか。俺の知ってる燐子は俺と関わる時の燐子だけだ。

 そこに他の人間が入ってきたとき、あの子はどういう動きを見せるのだろうか。

 

「いや……無粋な考察だな」

 

 それはまるで燐子を試すようなものだ。飼い主としても同居人としても、下種の考えに他ならない。彼女は俺をご主人さまと形容する。そして自分のことをあなたの燐子と形容する。それが事実だ。それだけで十分だ。

 あ、でも逆に、燐子はバンドメンバーに今の状況や俺のことをなんと説明しているのだろうか。いやこれは考察するまでもないことだろうな。

 普段は頑固で素直じゃないが、ことこの一点に関しては素直で誠実に、説明するのだろう。

 ──ちょっと怖くなってきたな。ガールズバンドなんだから相手も同年代の女の子だよな? 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。