捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど 作:黒マメファナ
あの一件以来、やたらと紗夜とリサがウチに来るようになった。いやそりゃ、いくら事情を知ったとはいえ、男の一人暮らしに友達が居候してるって知ったら気が気じゃないんだよな。そして一週間もすれば打ち解けるわけで、本人たちに許可をもらい呼び捨てになった。
「バイト先? コンビニでよければ紹介できますよ~」
「コンビニ?」
「そ、アタシのバイト先なんですけど」
そんな雑談をしていたある日のことだった。ああ、リサのバイト先か。紹介してくれるならありがたいとばかりに頼むことにした。あれ以来、梅村から連絡は来ないし、渡りに船だしな。ちょっと時給安いけどと言われたけど、そこは大丈夫。
「翔太さんはどうしてそこまでバイトに拘るんです?」
「いや今はもはや燐子がいるからなんだけど」
「その前から、なんでしょ?」
まぁな。やっすいプライドだとは思うんだが、それゆえに張り続けないといけないんだよな。頼りっぱなしはよくないし、なにより燐子の貯金に手をつけるのだけは仕送りで暮らすより俺のプライドが許さない。
「いいんですよ……? 使い、潰して……いただいて」
「燐子……言い方」
「わたしは、ご主人さまのものですから……」
言い方はアレだけど、燐子はマジでこうだからなぁ。まぁほんの少しとはいえもう幾らか手を付けちゃってるから無駄なプライドと言われればその通りなんだけど。
ところでリサが苦笑いしてるのもお構いなしににゃあにゃあと甘えてこないでもらえます?
「……燐子、なにしてんの?」
「翔太さんに……匂いを、付けてます」
「……マーキングじゃん」
「はい」
「はいじゃない」
前に梅村に匂いがしなくなった的なことを言われてたんだったこともあったけどマジでそういうのってわかるもんなの? リサに問いかけるとあー確かにわかるかも、と言われた。お前もなのか今井リサ。
「今井さんも……わたしと同じ、気がします……」
「いや燐子みたいにはならないケドね?」
つまりネコ系なのかな。まぁ確かに目を細める感じとかそれっぽいのかなと思うところもあるけど。俺としてはネコ系というとどうしても燐子を思い浮かべるから腰が引けてしまう。でもまぁ燐子のように段ボールに入って強引に拾わせるようなことはないよな。
「あはは、ないない!」
「……拾わないで、くださいね。浮気はダメです」
「どこ目線?」
「ヤキモチ?」
「当然です……ご主人さまのペットは、わたしだけで十分です」
そ、そうか、ちょっと引き気味になっちゃったけど一応もう一人養う能力は俺にはないから安心してほしい。というかもしかしてそういう意味もあって甘えてきてるのか。
燐子はまるでその思考を肯定するように、首元に頬をこすりつけてくる。
「ところで……アレな話なんですけど」
「うん」
「ヤってないんですか?」
「ねぇよ」
危な、もうちょっとでコーヒー噴き出すところだったじゃねぇか。華のJKが唐突に男性にしていい話題じゃねぇからな。
だが俺のツッコミに同調するように燐子が頷き、素敵な笑顔を浮かべた。
「まだ童貞さん……です」
「あー」
「あーってなんだよ」
「いや、燐子とひと月近く一緒にいて何もないなら、たぶんそうだろうなぁと」
物凄くナメられてる気がする。そうだよ童貞ですけど何か? というかハタチ越えた途端童貞バカにされるとか悲劇でしかないんだが。
ちょっと落ち込んでると燐子が頭を撫でてフォローしてくる。
「大丈夫です……Roseliaはみんな、処女です……」
「ちょ、燐子!?」
フォローというか暴露だった。燐子ならまだしもリサやここにいない紗夜の分まで知りたいかというとその限りじゃないし、なんとなく異性のそういう事情を知るのは恥ずかしい感じもするし。
「それじゃあ、とりあえず店長に話してみて、アタシから連絡しますね」
「了解、じゃあまた」
「はい! ごちそうさまでした!」
そうして夕ご飯を燐子と一緒に作って、食べてそれから手を振って別れていく。送っていこうかと提案したけど遠慮されてしまった。確かに噂にでもなっても困るだろうし、俺はそのまま家の前で見送っていった。
「大丈夫……でしょうか」
「わかんない。でも俺としては断られたらそれ以上ついていけねぇし」
「……ですね」
すっかり馴染んだ感触となってしまった彼女の頬のもちもち感やサラサラとした髪の触覚を感じながら俺は心配そうにドアを見る燐子に応えていく。燐子としても知り合い、友人ともいえる存在が夜道を独りで歩くのは問題らしい。
「燐子?」
「んん……複雑、です」
「なにが?」
「翔太さんとの時間を取られるのは、嫌ですけど……送っていってあげてほしいな、と」
「優しい燐子らしい言葉だな」
「優しいだなんて……」
ただ友人を心配してるだけ、自分はわがままなだけ。そう首を横に振る燐子に、俺はもう一度だけ、燐子は優しいよと声をかけていく。
そこで複雑ながらも送っていってほしいと言えるところだよ。わがままなだけだったらそんな言葉は出てこないだろうから。自己肯定感低めの燐子はやっぱりそれでも首を横に振って否定する。
「わたしは……最低です」
「どうして?」
「そもそも……翔太さんの、ペットなのに、飼われているのに……ヤキモチ、だなんて」
一緒にいる時間を取られたくない。家にいるなら一秒でも多く甘えたい。そんなわがままである意味図々しい感情に、燐子は自分で自分を傷つけていた。
だが、俺はそんなことしなくていいと思っていた。俺にとってその感情は、図々しいなとも言うけど、満たされた気持ちにもなるんだから。
「知ってるか?」
「……はい?」
「男って、そういう特別とか、優越感が欲しいものなんだよ」
「そう……なんですね」
燐子が薄く微笑む。その微笑みは、ペットだとか飼い主だとか、そういうものを越えたナニカを感じさせるようなものだった。
彼女をニンゲンだと思わせるには十分な、魔力のようなものを感じる瞳だった。
「わたし……特別、ですか……?」
「え、ああ……じゃなきゃとっくに追い出してるし」
「……
ビクっと身体が震える。するりと燐子が俺の身体に割り込んできて、すり寄ってくる彼女は、いつもの無邪気な顔じゃなくて、女の顔だった。
──ぞわりと背中に寒気が走る。思わず力強めに、彼女を引き剥がしてしまう。
「……あ、あの……わたし……ごめん、なさい」
「い、いや、大丈夫」
瞳がいつもの燐子の色を取り戻し、はっとしたように下がって頭を下げてくる。今のは一体、なんだったんだろう。
俺にとって燐子は、正直ペット、なんだと思う。家にネコがいて勝手気ままに出歩いたりするけどなんだかんだで懐かれてるし俺としてもかわいい、そんな認知だった。
けど、今の燐子の目はそんなものじゃなかった。懐いてるとか懐いてないとか、そういうのじゃなくてもっと鬱屈した、まっすぐじゃない……ニンゲンの感情だ。ならその感情を持つ燐子は、一体俺をなんと認知しているのだろうか。
「お風呂、先入るね」
「……はい」
逃げるようにして風呂に入っていく。
思考もまとまらないまま、たださっきの燐子の目と触れられた体温に怯えるように震える身体を温めようとしていた。
「……なにやってんだ、俺」
惨めだ。まさかまだ全然、何も変わっていないとは思わなかった。打算的なところもあったのに、燐子を受け入れることで何かが変わっているとどこかで信じているところもあったのに、結果はこのザマだった。
──怖かった。あの目が怖い、あの表情が怖い、怖い、怖い怖い怖い。
『……翔太、さん』
「り、燐子!? どうしたの?」
そんなことを考えているとドア越しに燐子の声が聴こえてくる。それはいつもの彼女のトーンで、少しだけおどおど、とした以前の雰囲気を纏っていた。
声をかけられびくっとしはしたが、少し深く湯舟に漬かりながら入ってもいいよと言う。
「……先ほどは、失礼しました……」
「いや俺も過剰に反応しすぎた……ごめん」
「……翔太さん」
──近づいてきたら濡れる……と言おうとしたところで固まった。
それは……燐子? 水着ではないでしょうか? 黒のワンピースタイプ、というんだろうか、豊満な燐子の輪郭を隠すのではなく強調するようなものだった。髪もちゃっかりタオルとヘアゴムでまとめあげられている。え、入る気なの?
「ああいえ……ご主人さまの入浴を邪魔するつもりは……ありませんから」
「いや、うんそうしてくれると嬉しいけど……」
お話しをしたいというけどお風呂じゃなくていいかな? のぼせそうだし燐子に裸を見せるのは嫌なんですが。だからわざわざそんな水着まで用意して……まったく。
少し、笑えた。怖さが消えていくのがわかった。やっぱり燐子は燐子だ。
「待ってて、後でゆっくり話そう」
「……はい、でしたらあの……お背中くらいは」
「もう洗ったよ」
「……そんな」
しゅんとしないでよ。また今度ねと言うと燐子は嬉しそうにでしたら明日は是非、と微笑んでくる。
明日って、水着洗ったら明日は無理じゃないの? と問うともう一着あるので、と自慢げに微笑んでくる。マジかよ。
「というか水着あるなら……プールとか行く?」
「……人目が」
「じゃあなんで水着持ってるの……?」
それは友人に誘われたので、と答える燐子だが、なるほど自分から積極的にはプールに行きたくない、ということか。
それなら、と俺は少し考えてからならばと提案を変えてみる。
「ナイトプールとかは?」
「……それなら、なんとか……ですが」
じっと俺を見上げて……あ、そっか。一緒に行くなら俺も水着だし、カップル大量発生している場で、俺と燐子が一緒なのか。確かにそれは考えものだ。
だけど偶には出掛けないと。いつまでも燐子を家に押し込めてるだけじゃ嫌だから。
「……翔太さん」
「だからまた後でね」
「はい……」
後で、という言葉通り燐子がお風呂から出てきたのを乾かしながら、二人でどこかへ出掛ける計画を立てていく。
燐子的には、やっぱり人混みが少ない場所がいいみたいだ。ゆっくりのんびりできて、飼い主である俺と特別な時間を過ごしたい、ということらしい。
「探してみる」
「……わたしも、ご一緒します」
「うん、よろしく」
ノートパソコンで探しながら、やがて眠くなったらしい燐子に誘われてベッドへ潜っていく。甘えるようにすり寄ってきて頭を撫でると嬉しそうに微笑み寝息を立てる燐子の中にはあの、ニンゲンとしての燐子がいる。どこかでそう思いつつも、彼女の温もりを抱きしめながら眠りにつくと、心地よく夢の世界へと沈んでしまえる。だんだんと彼女と一緒に寝ることが当たり前になりつつあることにほんの少し、苦笑いをしたところで俺の記憶は途切れたのだった。