捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど 作:黒マメファナ
なんで俺はこの女に捕まっちまったんだろうか。バンド練習のある燐子と一緒に家を出て昼過ぎまでバイトして、暑いからと喫茶店に入った、これが運のツキ。なんとそこには梅村志保がいたのだった。避けられるはずもなく、勝手に相席されてしまう。
「夏休みヒマすぎ!」
「居酒屋には行かねぇからな」
「じゃあビアガーデン行きたい」
「酒クズ」
行きたいじゃなくて勝手に行けっての。俺を巻き込むな。というかコイツ口を開けば酒の話ばっかしてるなお前。ビアガーデンって、確かに今行ったらちょっと涼しそうだし、良い感じに晴れてるけど。
「……あのさ」
「なに」
「
いつもの常に酒でも入ってるのかってハイテンションじゃなくて、伺うような言葉。周囲が俺と彼女だけという世界に、その言葉はよく響いた。
まだ怒ってるかどうか、か。そんなもん、
「そう訊いてこれるお前の神経に今イラっとした」
「……ごめん」
「冗談だ、もう怒ってねぇから」
「死ね」
「おい」
怒ってはないけどお前を許すつもりもない。酒クズは酒クズらしくしていろと俺は思ってるし、たぶんその方がお互いの精神衛生上のためになる。
だが梅村はそれって諦めてるってことじゃんと返される。まぁ、そうともいうな。
「まだ一回だけじゃん」
「その一回がアウトなんだけどな?」
「翔太だって後輩ちゃんと」
「だから俺は誤解だっての、それで話も聴かずに先輩と一週間ほどヨロシクヤッたのは志保だろうが」
「ばーか」
「言うことがなくなった瞬間に誤魔化しかたクソ下手になるのやめろよ!」
慣れているものの、それは久しぶりのやりとりに感じられた。これが彼女の、志保の思うつぼってんなら大した口先だと言ってやりたいところだった。
なんのことはない。俺と志保はかつてそれが怒れるような関係だった。それだけのことだ。
「ってか、翔太、マジで新しいカノジョ作った?」
「作ってない」
「嘘だ」
「嘘じゃねぇ」
嘘じゃない。カノジョを作ったんじゃなくてペット系女子高生を拾ったんだけ。そこにはとんでもない違いがある。かと言って正直、ここで志保に触れられるのすら怖いんだ。そこはごめんだけど。
「え……?」
「気づいてなかったのか」
「あたしだけ? それとも女の子に?」
「女の子に。触れられるのはギリセーフだけど、好意を向けられると……気持ち悪くなる」
「……そっか」
それは暗に
──おぞましいとかそういうんじゃない。ただ
「じゃあ、あたしと飲みに行くのが嫌なんだ?」
「そうなるな」
「……ケチ」
しゅんとまるで犬耳を垂らすように机に頬杖をついた。俺に向けてお前が飲みに行きたいって言うのはそれそのまま俺んちに泊まりたいって意味なことくらい覚えてるからな。昔はご飯食べに行きたい、だったけど。見事にまぁ酒クズになられてしまって。
「酒クズじゃないもん」
「じゃあビッチ」
「ひど!」
「浮気したヤツがひどいって言うか?」
そんなこんなで、二時間くらい付き合わされた。帰り際に一度だけ、もう先輩とはシてないから、と言われ俺は今はもういいよと許しておく。裏切った、なんて志保には向けるけど、確かに後輩女子に懐かれてデレデレしてしまったのは事実だ。だから俺だって同罪だ。家には連れ込んでないしなんにもしてないけど。
「ごめんな、俺は……ダメな男だよ」
多分もう、俺は前の関係には戻れないんだろうなという思いがあった。だからもう俺に拘ることなく先輩でも、誰でもいいから幸せになってくれよ。多分もう一度好きになられても、俺は怖くて吐きそうになるんだよ。
「翔太さん……!」
「燐子?」
「丁度、よかった……時間でも潰して、いらっしゃったんですか……?」
考え事をしながら道を歩いていたら、燐子とばったり会った。俺を見るなり嬉しそうに駆け寄ってくる彼女を真正面から受け止めると往来には目に毒になってしまうので腕を空けて抱き着いてくるのに耐えた。
「今日の練習は終わった?」
「はい……ふふ」
「なに?」
「一緒に帰れるの……嬉しいです」
ぎゅっと身体を寄せてきて、極上のスマイルを浮かべる燐子。以前リサに聞いたが普段はまさしく借りてきたネコっぽく大人しいらしい。大人しくて静かな燐子……想像ができない。寝てる時くらいじゃないかな。今だって鼻歌交じりでスキップでもしそうなくらいご機嫌だもん。
「今日は、オムライスを……作りたいと思います」
「お、いいね」
「ふふ……ケチャップで……かわいく文字、かいてあげますね」
そんな話をしながら、同じ家に帰っていく。お互いにただいまと言って、おかえりと言い合い、暖かな雰囲気が生まれる。燐子がチキンライスを炒めている間にお風呂を先にもらって、俺がスープを作って燐子がお風呂に入る。
「お待たせ、しました……」
「ううん、味見する?」
「……はい」
後ろから抱き着いてくる燐子のぽかぽかした頬を撫でながら、アツアツのスープを小皿に移して渡すと、息を吹きかけある程度冷ましてから飲んでいく。あ、やっぱりネコ舌なんだね燐子は。なんだかほっとしちゃったよ。
「ん……おいし、い……です」
「よかった。恥ずかしい話ほとんど自炊しないから味覚に自信なくて」
「大丈夫です……わたしが、ちゃんと、普通の味覚に……戻してあげますから」
とっくに俺の胃袋を掴んできたこのペットはそんな風に胸を張る。なんか普通じゃなくて燐子の好みの味覚にされている気がするよ。なんかもう……なんかもうまた実感しちゃったんだよな。
「……翔太さん?」
「俺、燐子がいない生活がどうだったのか……忘れてきたよ」
「わたしも……ご主人さまに、ご奉仕していない自分は……忘れました」
いつの間にか燐子がいる生活が当たり前になっている。腕の中で燐子がもぞもぞ動き出すことで目が覚めて、それから朝起きてご飯を作ってくれて、家事をいつも丁寧にしてくれて、帰ってきたらおかえりなさいと迎えてくれて、お風呂も沸いてて、いつもおいしいご飯が食べれて幸せな時間の中、抱きしめながら眠りにつく。
「ありがとう燐子」
「……こちらこそ、拾っていただいたのは、わたしですから」
やっぱり燐子は、はっきりとした笑顔でこの空間を明るく照らしてくれる。
食べ終わり、洗い物をしたら寝るまでしばらく、燐子を構う時間がある。適当にテレビを見ながら、甘えて擦り寄ってくる彼女に手や腕で構っていく。慣れたもので、もう最初の気恥ずかしさなんてどこかへ忘れていってしまった。
「あの……翔太さん?」
「ん?」
「ぎゅって……してもいいですか?」
「いいよ」
「……っ!」
腕を広げると燐子はぱっと顔を明るくして飛びついてくる。肩に顔を埋めて存分に甘やかす代わりに俺も彼女の美しくてサラサラの毛並みを存分に堪能していく。そしてしばらくしてから、ペットは緩み切った頬をそのままにしながらまとわりついてくる。
「あ……」
「プール、やっぱり行きたい?」
「ちょっと……だけ」
「でも人混み?」
「はい……翔太さんと、色んなものを、見たいのですが……」
だから静かなところへ行こうねって言ってるんだもんなぁ。でもやっぱり燐子も年頃の女子高生らしく、夏のイベントには目を輝かせている。
──どうしたもんかなぁ。と悩んだところで、俺はあっと叫んだ。そういや、うちの親がなんか言ってたな。
「ど、どうかしたんですか……?」
「たまには誰かと旅行にでもって連絡あったんだ。全額負担で海外じゃなきゃどこでもいいって……いやまぁ問題はあるんだけど」
「問題……?」
ペアで頼むと必然的に誰? ってなるから。ほら結局また大問題の紹介をしなきゃいけないわけで。カノジョの方がまだ紹介しやすいんだけど。女子高生ペットにしてますって紹介は流石に……ほらそのせいでリサと紗夜は俺んちに度々来るようになったんだからな。
「……難しいですね」
「素直にその時だけは恋人、でも許せるんだけど」
「ご主人さまを……カレシだなんて」
いやいや、ペットの方がハードル高いでしょ。ご主人さまで飼い主ですって言い方をするほうが俺の立場を危うくするということを知ってほしい。
こらそこ首を傾げるな! そんなことないですけどわたしペットですし見たいな顔はやめろ!
「にゃん……ペットなので」
「この……わかった今日は別々に寝るか」
「……わかりました。それが飼い主たる、翔太さんの頼みなら……」
──というわけで、なんとか燐子を丸めこんで……ただ代償としてまた彼女が甘えるのを拒否できる理由を失ってしまったのだが、一応の誤魔化しはできるようになった。親に未成年と付き合ってると思われるほうが未成年を飼ってると知られるよりも数億倍マシである。
背に腹は代えられない。燐子が喜ぶのなら多少の汚名は被る所存だ。
「じゃあ明日お暇なので、デートしませんか? ご主人さま……?」
「いいよ」
「やった……」
ううん、ただそれだったらあれだな、と俺はリサなどにも声を掛けるとするか。三人、四人となれば友達としても通じるな。恋人作戦は最終段階ってことで。万が一の保険ってやつにしておくとするか。