◆時の狭間は、不可侵の領域なり――◆
「……」
ひどく響く機械音。
金髪の少年はそれに誘われて覚醒した。
「ぐ……」
口から漏れた声は弱弱しく、今にも死にそうなほどの頼りなさ。
その身に纏う衣服はボロボロで、とてもまともとは言えない外見である。
ふと彼は、自身の右手がずっしりと重いことに気づいた。
「?」
右手に握られているのは平均的な大きさの両手剣。
特に目立った部分もなく、デザイン自体には疑問がない。
彼が強く疑問に思っているのは一つ。
(俺は……なんで剣を?)
自分がなんで剣を持っているのか分からない。
強く握られたそれは奇妙なほどにしっくりきているのに、そもそもの用途を思い出すことが出来ない。
何かと戦っていたのだろうか?
「俺は」
そして、思い出せないことを正確に理解していく。
記憶がない。名前も出身も年齢も。
ここに至るまでの経緯が抜け落ちている。
ひどく空虚な頭の中だ。
「……」
強い不安にかられて周囲を見渡す。
そこは薄暗い場所であり、機械音がいやに響く空間。
薄汚れて色褪せた石の床や壁を見るに、かなり歴史のある建物に思えた。
何処なのかは当然分からない。
「なんだってんだ……?」
痛む体を起こして、彼はしっかりと立つ。
握った剣は手放すことなく。
何が起こるか分からないので不安なのかもしれない。
「……」
彼は握った剣を構える。
自然とそうしていた。
自分でも分からない不安感からだ。しかし、なぜかとても確信できる脅威を感じた。
その脅威は当然、己の命を脅かすものだ。
「!!」
薄暗い室内の奥。
動く影をしっかりとその目に捉えた。
ゆったりと近付いてくるそれは、朧気ながらも、彼の心臓を凍らせ、その足を震わせるような存在だ。
「……誰だっ」
恐怖で声は上手く出ず、少し聞き取りづらいものになってしまった。
そのせいなのか返事は来ず、影はゆっくりと接近してくる。
そしてそれを見た。
「う、あ」
その影の正体は、二足歩行の狼のような怪物。
体長は二メートル近くあり、目はまるで小動物のような愛らしさで。
その右手の爪には赤いなにかが付着していた。
「あ、ああ」
ほのかに漂ういやな臭いは気のせいではないのだろう。
なので恐怖はどんどんと増していき、思考は逃走・逃げる・逃避に満ちていく。
息が荒くなり、心臓はきりきりと痛む。
なんでいきなりこんなことになっているのかと、理不尽さに泣きそうだ。
ただでさえ記憶を失った不安で潰されそうだというのに。
「く、そ」
逃げたくても逃げられない。
おそらく背を向けた途端に、追いつかれ、殺されるだろうから。
つまりこの状況を回避する方法など一つしかない。
「……ッ」
両手で持った剣で戦う。
あの怪物を殺し、己の命を救う。
弱肉強食の理に従って、動物としての生を掴み取るのだ。
(それしかないッ。戦うッ)
彼の目に闘志と勇気が宿り、目前の敵を屠る決意が固まった。
そうと決まればあとは、どうやって攻撃を仕掛けるかだ。
その剣をどこに突き立てるか・相手の動きはどう来るか?
(あの巨体だ……そこまで速くはないはず。ならば一気に接近し、一気に仕留めるッ)
しかしもし速かったら?
そんな疑問が浮かび、彼の体は硬直してしまった。
おそろしく速いイメージが頭から離れない。
(とにかく突っ込んで……確かめるしかない)
そう思ったが。
相手の鋭い爪を見て、考えが停止する。
(すごい鋭い……あんなの受けたら、きっと俺の体は……顔に当たったら、どうなる? ■■■が抉られて……即死……目は、じゃあ、腕に腹にッ)
考えがまとまらない。
さっきまでの決意が嘘のように四散していく。
決意を固めるのは簡単なのだ。
死を・恐怖を前にしてもそれを貫くのは死ぬほど難しいのだ。
(どうやって動くッ、相手は、自分はッ、そもそも勝てるのかッ、負けたらッ)
そうして悩んでいる内に。
怪物はアウトラインを踏み越える。
「う」
そのラインは彼が勝負を挑む可能性を保証するもの。
つまり、それを敵が越えたということは。
「うああッ!?」
恐怖の限界に達して剣を放り投げた。
唯一の救いであった筈の剣を、自ら手放してしまう。
そして選択したのは逃走。
出来ないと結論付けたはずの選択肢。
「ああああッ!?」
必死に走る彼の耳には何も聞こえない。
それだけなりふり構わずの逃走を行っている。
転びそうになりながらも、その両足は思ったよりも速く動いていた。
(火事場の馬鹿力か!? いけるッ!!)
「ぎゃあッ!?」
気のせいだった。無謀だった。
すさまじい左足の痛みと共に激しく転び、鉄柵に激突してしまう。
打ち付けた痛みすら気にならないほどに、恐怖は増していく。
早く、速く、起き上がらないと死――。
「が、ああッ!?」
床を這いながら、急いで振り返った先にいたのは。
「――あ」
捕食者の笑みを浮かべて・見える・獰猛な牙を見せつける怪物の・唾液がぬめった・口の中――。
◆一瞬、頭を過った光景は◆
「あ」
◆すべてを飲み込む、滅びの恒星◆
――ある町の一角。
「そう恒星」
◆朝日に照らされた町の中心で、その人物が言った◆
◆銀髪の麗人は、町の上空にあるソレを見上げる◆
「剣を修復しなくては……滅びの恒星が世界を飲み込む前に……!!」
◆空を歪めるかのような・形や色を正確に認識できない・禍々しい恒星◆
◆タイムリミットは十二の時を巡るまで◆
◆再び動き出した災厄ハ、誰にも抗えぬ力となって世界を壊ス◆