「はぁ……はぁ……ッ!!」
恐怖感で乱れに乱れた息をなんとか整えようとするが、そんなことは不可能だった。
危機的状況で冷静に行動する。
それが最善。
そんなことは誰でも分かっていることだが。
(冷静に……ッ!? なれるかよ……ッ!!)
吐きそうになりながらも彼は考える。
目前に迫る怪物から逃げる方法を。
戦うなどとんでもない。
(無理だ……!! もう戦えないッ)
一度逃げてしまったせいで心は折れてしまった。
剣はどこかにいってしまい、怪物は素手でどうにかなるわけもなし。
足の痛みがどんどんと増していき、恐怖感で心が壊れそうだ。
(くそ、くそ、くそォッ)
歯が砕けそうなほどに食いしばる。
ゆっくりと接近する怪物の牙が、外から射す僅かな日射しによって、危険な光を放った。
これから自分がどうなるかを考えてしまった。
(あぁ……食われる、のかッ)
鳥が虫を食う。
人間が鳥を食う。
そして、怪物が人を食う。
そんな食物連鎖に組み込まれてしまったことを自覚した瞬間、叫び出しそうになってしまった。
いや。
「おあぁああああ……!! あぁああああッ!!」
叫んだ。
恐怖をどうにもできずに子供のように、恥も何も投げ捨てて、彼は思い切り泣き出した。
それだけならまだしも。
「ゆ、ゆるしてくれぇ……頼むぅうう……!!」
怪物相手に命乞いを始めてしまった。
どう考えても言葉が通じるような相手ではないのだが、とにかくなんでもいいから、己の命を守るための行動を。
危機的状況ならではの、恐怖に支配された愚かな行動。
無意味な命乞い。
「あぁあああッ」
怪物の無機質な目はまるで動かない。
じっと、これから食べる・腹に収めるエサを見ている。
その動きがぴたりと止まった。
「あぁぁッ!?」
希望を抱く少年。
「あぁっ――」
それを砕くように怪物は口を閉じた。
◆飛び散る血は◆
◆床や鉄柵に付着した◆
「――残念だった」
◆そして◆
「食事の時間は終わりだ。モンスター」
その怪物の血を浴びた白銀の剣を持つ男が、少年を庇うように立っていた。
モンスターと呼ばれた存在は、斬撃を受けたことで怯んで後退している。顔に受けた切り傷から血が垂れていた。
「――ちょっと、アンタ大丈夫?」
◆新たな声が◆
◆いまだに座り込んで震えている少年に掛けられた◆
「お、あ?」
「ほら、しっかりしなさいな。死ぬような傷じゃないわよ」
「あ、ああ?」
「だめだこりゃ……完全に混乱してるわね。もう、情けないっ」
声の持ち主は、セミロングのやや濃い水色の髪を伸ばした女性。
ロングスカートのメイド服のような、きっちりした服を身に纏い、少年の傍で屈みこんでいる。
どうでもいいですよと言う感じに無関心を装っているが、その心配そうな表情を隠すことが出来ていない、とても綺麗な少女。
「なんで……っていうか誰……?」
「え――」
当然知らない人なので問いかける少年。
その言葉を聞いた少女の顔が酷く歪んだ。
この世の終わりにでも直面したような、すさまじく絶望を宿した顔。
何も分からない少年だが、彼女の大切な部分を踏みにじってしまったのは分かる。
「あ、いや、その……俺は……」
どうやって弁明すればいいか混乱し、何も言えなくなる。
少女は顔を伏せて、無言で体を震わせていた。
(くそッ、なんだよッ。怪物の方はどうなった!?)
罪悪感から逃げるように怪物の方を向く。
そこでは黒いコートを着た剣士が、怪物と対峙している。
剣士の体格はかなり良くて、どこかの国の兵士なのだろうかとも思える。
(まるで……勇者のような背中)
◆何故だろう◆
◆さっきまでの不安を打ち砕く、希望の剣士の姿が◆
◆少年にはとても眩しく、そして――◆
「やれやれ……今日はこれから予定があったのによ。おれ様お怒りだ」
呟く剣士の男。
怪物と対峙しているというのにその姿は余裕がある。
今にもとびかかりそうな敵の動きを睨んで、どんな些細な動作も見逃さないようにしていた。
「来いよ。滅びの恒星の【欠片】」
◆剣士の言葉と同時◆
◆狼のような怪物が、勢いよく飛び掛かった――!◆
「は?」
◆その怪物の肉体は◆
◆一瞬で胴体を真っ二つにされ、血をまき散らし、地に落ちた◆
「おれ様を舐めるな。【LEVEL1】の【モンスター】如きが」