突然な話だけど、僕はとある竹敷の母港の指揮官として働くようになった。
正確に言えば、高校の職業体験で、少しだけお邪魔させて貰うというだけだ。他の子達は公務員やら、工場見学などが人気でそちらに集中している。指揮官の職業体験が、僕しかいない事が疑問なだけで、結構ワクワクしている。又聞きだけど、あまり指揮官体験が選ばれない割に黒い噂が絶えないのはどういう事なのか。『やべー奴がいる』くらいしか聞いてないから分からないや。
「それにしても、君は物好きね……普通なら市役所や工場見学かと思ってたけど、指揮官体験を選ぶなんて」
これからその母港に向かう途中、クルーズ船の中で、僕の担任の女の先生、「千斗 類(せんと るい)」先生と二人きりで食事しながら雑談をしている。クラスの30人中29人が他の職業体験に行く中、僕だけがここを選択したので、付き添いはどうするかという事なので担任の先生が選ばれた。千斗先生、あだ名で【セントルイス先生】、【ルイちゃん】などと呼ばれている。
「先生も他の場所が良かったですか?」
「そういう訳じゃないけど……毎年選ぶ子がいないから、今年いなかったら廃止にしようかなって、他の先生達で決めてたの。それなのに君は真っ先に挙手して選んだけど……どうしてなの?」
セントルイス先生は、普段は余裕のある大人の女性で男女問わず生徒から人気がある。そんな余裕のある先生ですら、困り顔で聞いてきた。どうしてと言われてもなぁ。
「面白そうだからですよ」
呆気ない僕の回答に、先生は納得していないが、分かった、それだけを言った。
「あれが母港ですか?」
「ええ、そうみたいね」
これから僕が職業体験する母港に到着する。見た感じ、建物は普通に綺麗だし、母港内で遊んでいる子達もちょこちょこと見かけている。黒い噂のカケラも無く、少し残念だ。
「あら? もしかして……●●学校の方ですか?」
僕が回りを見渡して残念そうにしていると、栗色の髪の、着物をきた女性に声をかけられる。なんでこの人、狐の耳と尻尾付けてるんだ? ここはコスプレ会場なのかな?
セントルイス先生が頷き、何やら書類や入港証を見せると、栗色の髪の着物の女性に案内される。途中、あまりにリアルで大きな尻尾なので、触ってみると、どこからか艶かしい声が聞こえただけで何もなかった。作り物かな。
「皆さん、職業体験の方が来られました。ご挨拶をお願いします」
大きな会議室みたいな円卓のある部屋に案内されると、色んな髪色の女性達が椅子から立ち上がった。
「ユニオン……アメリカ出身のエンタープライズだ。数々の戦を駆け抜けた正規空母。指揮官、よろしく頼む」
背の高い銀髪の女性が自己紹介をして握手をした。僕はもう指揮官として認識されてしまっているようだ。気が早い。
「エンタープライズさん? まだこの子は職業体験ですからまだ、指揮官は早いですが……まぁ私達もその方が呼びやすいですね。
あ、申し遅れました。私は巡洋戦艦の天城、と申します。重桜、日本の代表だと思って頂ければ」
僕と先生をここまで案内してくれた着物の女性である。やはりコスプレなのだろうか?
「私はフリードリヒデアグローゼ。鉄血艦の代表だと思ってくれれば良いわ。困った事があれば私に甘えてくれて良いのよ、ボウヤ」
黒髪の女性が挨拶をするが、またまた背が高い。僕をボウヤと呼ぶ辺り、ママキャラなのだろうか?
「遠いところからお疲れさま。ロイヤル、イギリス代表のプリンスオブウェールズよ。この母港での戦力は私達に任せてくれ。きっと活躍できるだろう」
金髪の格式高そうな女性が挨拶をして皆、自己紹介が終わった。とりあえずこの母港はユニオン、重桜、鉄血、ロイヤルの4陣営がいて、それらの指揮を執るのが指揮官の役目っぽい。
「指揮官。この仕事は分からない事も沢山あるだろう? とりあえず何か聞いてみたい事はあるか?」
ユニオンのエンタープライズさんが尋ねる。いつの間にか僕の真横に来ていた。近くない? 何だかやべー奴っぽい片鱗が見えてきた。
聞きたい事か……クルーズ船の中で飲み過ぎてトイレ行きたい。
「トイレはどこですか?」
先生が、やっぱり変わった子ね……みたいな感じの頭を抱えたリアクションをとる。しょうがないじゃん!
「私が案内してあげる。排泄も手伝ってあげるわ、ボウヤ」
フリードリヒデアグローゼさん、デアグローゼさんが僕の肩をがっちり掴むと、連れて行こうと会議室の扉まで移動される。
「フリードリヒさん……くれぐれもまた変な事をしてはいけませんよ? 次、学生さんを骨抜きにしてしまったら来年から来なくなってしまいますからね」
天城さんが釘を刺した。この人前も何かやらかしたの? ますますやべー奴だ。
「勿論よ。可愛いから少しからかっただけ。さあ行きましょ?」
「指揮官様、もし何かあれば大声を出すか、この天城を読んで下さい」
「ここはどう? やっていけそう?」
トイレに向かう途中、デアグローゼさんと会話をしている。質問内容が、私立中学に入学した息子を持つママすぎるんだよなぁ。
「まだよく分からないですけど、面白そうな人が沢山いますね」
面白い=やべー奴。
「そう。なら良かったわ。来る人皆、怖がって数時間で帰っちゃうから心配だったのよ」
エンタープライズさんみたいに急接近したり、ボウヤ扱いするからじゃないかな?
「もし、普通にしゃべれるのならタメ口でも構わないわ。もう家族同然だもの」
もう家族扱いしてるところもやべー奴だわ。
「分かりました、うーん、分かったよ。デアグローゼさん」
トイレに着いたので行かせてもらう。
「もし手伝えるなら私がシてあげるわよ……」
「あ、間に合ってます」
「そう……」
残念そうにしているデアグローゼさんを背中に、トイレに入る。
「……確かにやべー奴が多いなぁ。色んな意味で」
用を足した後、トイレからこっそり廊下を覗くと、ワクワクした顔で待っているデアグローゼさんがいる。多分ここを出たら、仕事が始まるか、他を見回る時間も無さそうだなぁ。そうだ。
「迷ったフリをして他を探検しよう!」
トイレの窓から外へ脱出した。
母港を歩いているけど、特に設備や建物に問題がなさそうだ。黒い噂はドックの人の事かもしれない。
歩いているうちに、格式高そうな寮に着いたみたいだ。さっきのロイヤルの代表の人の雰囲気に似てる。適当な部屋にノックして、挨拶してみよう。
「あっ」
「ん……?」
ノックをしようとドアを叩こうとする前に、開いてしまった。ドアを開けた人物は耳が長い──────、
──────人に部屋に連れ込まれた。
「そなたは?」
「僕は職業体験で来た、指揮官だよ」
ほら、と首から掲げているネームタグを見せた。
ピンクの長髪の女性は、最初の疑問の表情から獲物を捕らえるような扇情的な表情へと変わった。おや? この人もやべー奴か?
「私はキングジョージ5世級のデュークオブヨーク。そなたへ興味が湧いたわ。ああ……何だか我慢出来そうにないわ……」
デュークオブヨークさんの口の唾液が半端なく溢れている。やべー奴だね。
この部屋を見渡してみると、端っこで赤い髪の女性がボードゲームで遊んでいた。しかも人生ゲームを一人で。
「くそっ……! また家族を捨てられるマスだ……私が劣っているからなのか!?」
「モナーク、これで1334回目よ。それに遊戯の話だから、ね?」
モナークと呼ばれた赤い髪の女性は、僕を見るなり、肩を掴んで椅子に座らせた。目の前にはボードゲームがある。
「お初にお目にかかる。モナークだ。指揮官、お前も付き合え」
モナークさんは僕のコマの準備を始めだした。この人も相当背が高いぞ。威圧感と自信が凄く感じる。
「無知なる蛇よ、私も参加するわ。そなたよ、賭けをしましょう? 先に終焉を迎えた方が、一つ何でも言うことを聞く。どう?」
完全にモナークさんは勝負から外されてしまっている前提なのか。運が絡む勝負は最後まで分からないぞ?
「良いよ。ただ、来たばかりで何も思いつかないから後ででも良い?」
「勿論。契りは交わされた。私が勝ったら一晩、付き合って貰おうかしら」
人生ゲームが始められ、順番はデュークオブヨークさん、僕、モナークさんでルーレットを回す。
「ふむ……『伴侶を得る』か。幸先良いわ」
デュークオブヨークさんは車のコマに男のコマを刺す。その色のコマ、僕のなんだけど?
「『SNSでロックンロール! と呟く。三マス進む』……何これ?」
ちょっとクソリプすぎない?
「くっ……! また1か!? 『戦艦の計画書が廃案になる。三マス戻る』!? 私は必要とされていないのか!?」
モナークさんは頭を抱えて唸る。ちなみにそのマスに止まるのは30回目だ。
ほとんど1しか出ないモナークさんを置いて、僕とデュークオブヨークさんはゴールまであと少しと、接戦状態でいた。
「……6! ようやく終わりへ到着したわ。不浄の蛇よ……そなたも同じ目を出さなければ順位に差がつくわ。ふふふ……」
妖艶な目で僕を見る彼女は、勝利や欲望を抑えきれずに舌舐めずりをしている。やべー奴か?
「こい! ……あっ、4だ。『戦艦に乱暴にされる。10万失う』!? 何これ?」
この人生ゲーム、マス目が戦艦絡みなの多くない?
「お!? おお!! 136回ぶりに3が出た! やはり私は最優な存在だ!!!」
おお〜、と僕らは感動に似た声を出す。100回以上、1を出す方が凄いと思うんだけど。
「見よ! この幻想たる帝王の進行をとくと見よ!! ……『大好きな人が姉妹の悪習に染まる。一回休み』!? 何故だぁぁぁぁ!?」
余りにも約束されたオチのようで、僕とヨークさんは笑ってしまった。運がなさ過ぎだし、面白すぎるだろ。モナークさん。
「おい! ヨーク! モナーク! また指揮官を拉致してないだろ……う、な? 指揮官!」
勢いよく開かれた扉には、先程挨拶した金髪、栗色、銀色、そしてトイレに連れていってくれた黒髪の人が立っているが、穏やかな表情ではない。
デアグローゼさんが怒っている理由は分かるのだが、他の三人、ウェールズさんは何故怒っているのだろうか。ちらりとヨークさんとモナークさんを見ると、二人は僕を庇うように立ち上がった。
「ウェールズ如きに、我がアドーニスは渡さない。思うように自由を奪うのは私なのだから」
「貴様ら……良いところで邪魔をした事を後悔させてやるぞ!」
良いところ? どこが?
「やはりお前たちの仕業か……ちょっと話し合う必要があるようだな……」
「指揮官と遊ぶなんてズルい……じゃなくて、拉致だなんて看過できないぞ。空母のお仕置きを喰らってもらうぞ!」
「二人まとめて反省して貰いますよ? ロイヤルのお二方?」
「ボウヤ……満足に用も足せなかったのね……後で私が手伝ってあげるから」
ウェールズさん、エンタープライズさん、天城さん、デアグローゼさんが艤装を展開して、敵意を剥き出しにした。数で言えば、こっちは不利なんだけど、ヨークさんとモナークさんは一向に怯まない。
「お前たちが私に勝った事あるのか? 喧嘩を売る相手を間違えた事を後悔するんだな!」
モナークさん、それ負けフラグでは……またもやポンコツ振りを発揮するかと思いきや、
「女王の号令でも、この幻想たる帝王を従えられない!」
モナークさんの号令と共に主砲が発射されて、戦艦3人と空母の計4人をあっという間に蹴散らしてしまった。肝心な時は強いんだなぁ。
「モナークは、この母港で一番、練度が高いのよ。どこで経験値を積んでるのか分からないけど」
僕が呆気に取られていると、ヨークさんがこっそり教えてくれた。
「し、指揮官様……早く逃げて下さい……職業体験も破棄して構いません……なので……」
「くっ!?」
「何っ!?」
瀕死になりかけの天城さんが、隙を突いて逃げ道を作ってくれた。けれど、
「あの……大事になって申し訳ないんですけど、僕は拉致されてないよ?」
「「「「え?」」」」
「トイレから道に迷っただけで、ここに来たのは、たまたまなんだ」
「……ヨーク、どうなんだ?」
ウェールズさんの問いに、ヨークさんはため息混じりに答える。
「……ここには無知なる蛇から訪れたのよ。折角、夜のお楽しみが来たというのに残念だわ」
「夜のお楽しみだと!? その相手はヨークタウン級の二番艦が相応しいのでは?」
「残念ながら重い方のヨークはお呼びでは無い」
「そんな……!?」
ヨークさんの攻撃は、エンタープライズさんにはクリティカルだったか、灰になる勢いで膝から崩れ落ちた。
「でもデアグローゼ。あなたが指揮官の御手洗いに付き添ったんだろう?」
「ええ。トイレの前でずっと待ってたわ。ずぅっと……。ねぇボウヤ、どういう事?」
ウェールズさんの指摘に、空気の流れが変わる。おや……? これはひょっとしたら良くない流れなのでは?
「トイレの窓が空いていたので、そこから出れちゃいました〜ただ、迷って、ここまで来たのはホントだよ」
多分、頭がキレそうな人ばかりなので嘘ついても無理だから、正直に話した。
「……ちゃんと反省しているの?」
「ホントだよ」
「……心配したのよ? ボウヤ」
わりかし適当な返事なつもりだったから、ビンタの一つでも来るかと思ったけど、デアグローゼさんはギュッと僕を抱きしめた。痛い、背骨が折れる……。
「……はぁ、変わった指揮官様ですね。今までは真面目な学生さんしか来ませんでしたけども……」
「まぁヨークとモナークと普通に馴染めるくらいだから、それくらい変わってても良さそうだけどね」
「確かにここのKAN-SENは、変わり者や変な奴が沢山いるからな。それに、この指揮官なら安心できるぞ。戦争が終わったら付いて行きたいくらいだ」
目の前にやべー奴もいるみたいだけど……まだやべー奴いるの!?
「あの先生が言っていた通り、あなたは変わり者だけど……」
「「「「これから一週間、指揮官体験よろしく」」」」
「……一週間もやるの!?」
てっきり日帰りだと思ってた。