「ああああ………」
少女は受け入れ難い現実を目の当たりにして思わず口元を手で抑える。
(……信じられない)
………いや、本当は少し前から何となく気付いていた。こうなったのは気付いていながらも目を背けていた自分の失態だろう。それでも確固たる証拠を突きつけられると目を背けてしまいたくなる。だが、受け入れなければならない。自らの行いに責任を持ち、向き合わなければ今起きている現実と戦う事など出来ない……から。
宙はため息を吐きながら体重計に目を戻した。
「でも、ひと月足らずで4キロも増えてたなんて事………ある?」
鏡で自分の姿をまじまじと見つめ直す。
(見た目に変化は無いんだけど)
身体中あちこちをぺたぺたと触ると、骨と皮で結構硬かったはずの体が緩く反発するようになっていた。以前に比べて身体中が情け無い事になっていると嫌が応にも実感させられてしまう。
腕を組み考えること10秒。頭に浮かんでくるのは運動する自分とご飯を頬張っている自分。2つを秤にかけ、頭の中で完成させた天秤がご飯を頬張っている自分の方に大きく傾いた。
スクールアイドル部の練習が緩いとは断じて思っていない。寧ろ普通の人間には十分過ぎると思える程の練習量だ。だが、それでも自分の日々の消費量分を賄う事は叶わなかったらしい。
学校では千歌達に昼食のおかずを分けてもらい、購買でお菓子やパンを買い、帰る途中に商店街に寄り道すると店の方から無償で食べ物を頂戴して帰りながら食べる。千歌の家では旅館特有の巨大な釜の飯の半分以上を自分が平らげる。
(………)
頭の中に「タダ飯食らい」の文字が思い浮かんだ。
(もしかして私ってとんでもないくらい厚かましいことしてるんじゃ)
宙は自分の両頬を掴み、左右に思いっ切り引っ張っる。
(………これは戒めよ)
少女は食生活を今一度見つめ直そうと心に誓った。
ーーー
ーー浦の星女学院ーー
「どういう事ですの⁉︎」
突然理事長室に押し掛けたダイヤは、胸ぐらを掴まんばかりの勢いで理事長に詰め寄る。本来なら咎められる事だが、その理事長は3年生でありダイヤの幼馴染。彼女が遠慮する理由は何処にも無い。
「書いてある通りよ。……分かっていた事でしょう?」
その理事長ーー鞠莉は詰め寄るダイヤを躱す様に椅子を横に回転させながら呟いた。
「それは……」
「ただ、まだ決定では無いの。待って欲しいと私が強く言っているからね」
鞠莉は穏やかな声音で言葉を続ける。
「何の為に私が理事長になったと思っているの?この学校は無くさない。私にとって…どこよりも大事な場所なの」
「方法はあるんですの?入学希望者はこの2年でどんどん減っているんですのよ?」
「だからスクールアイドルが必要なのよ」
「鞠莉さん…」
「私もあの時言ったでしょう?諦めない…と。今でも決して終わったとは思っていない」
「私は…私のやり方で廃校を阻止しますわ」
差し伸べられた鞠莉の手を握り返す事無くダイヤは理事長室を後にする。
「………はぁ」
1人残された鞠莉は緊張を解くように小さく息を吐き出した。
学校の事はまだ良い。まだいくらでも手の打ちようがあるし、私が何とかしてみせる。問題は……
「ーーーー!!!!!!」
内浦に現れた怪物達。ヘリの中から、校舎から見たあの悍しい光景。頭の中にはまだ彼らの怨嗟の叫びがこびりついている。
それなのにダイヤや果南以外に誰もあの怪物達の事を覚えておらず、壊された建物は次の日には元通りになっている。
「こんなの……こんなの絶対におかしいよ」
あるべき平和な日常が、少しずつ壊され始めている。その事に殆ど誰も気付いていない事への恐怖。そして……
「デァァァ‼︎」
あの怪物達を狩るように現れる黒い巨人。
「貴方は誰?私達の味方なの……?」
ーーー
「へっくしょい」
突然小さなくしゃみをした宙に、隣で昼食をとっていた梨子がポケットティッシュを渡す。
「はい、どうぞ。……風邪?」
「いえ、急に鼻がむずむずしてしまって…あ、わざわざすみません」
「…ねぇ、宙ちゃん、他の子にもっと話しかけてみても良いんじゃないかな?私達といる時以外ずっと1人でしょ?」
「皆んなに宙ちゃんの事もっと知って欲しいの」
曜や千歌が心配そうに声を掛けるが、宙は首を横に振る。
「良いんです。色々あって何だかちょっと気まずいですし、それに」
持っていた本を机に置くと、3人に向かってはにかむ。
「千歌さん、曜さん、梨子さん……Aqours。もう私には大切な友達が居ますから。充分過ぎますよ」
「宙ちゃん……これあげる」
いつも通り曜は弁当の一品を宙の口元に持っていこうとする。
「わあっありがとうごz………すみません。曜さんのお母様が作られた大切なごはん……私が食べて良い物じゃ無いですよ」
「えっ……いやでも、いつもに比べて全然食べてないよね?」
その黒い巨人が浦の星の校舎で粛々と学校生活を送っている事を鞠莉は知る由もなかった。
ーーー
「私だけでも知らないと………今何が起こってるのか」
鞠莉はパソコンに向かうと内浦で起きている事……… ここ最近で起きた事件に関する記事、ネット上での噂等を綿密に調べ始めた。
「そうだよね〜マジムカつく…よね〜………よね」
学校が終わる頃。堕天使の一件から学校に毎日来るようになった善子はぎこちない喋り方ながらもクラスメートと楽しそうに会話していた。その様子を花丸は嬉しそうに見守っている。
「ふふっそうだよね!」
「じゃ、私達はお先に……練習頑張ってね!」
「うん!ばいばーい!」
クラスメートが「やっぱり善子ちゃんって面白い」と呟きながら教室を出ていくのを確認した途端、善子は机の上に突っ伏してしまう。
「疲れたぁ……普通って難しい…」
「無理に普通にならなくても良いと思うずら……よっ!」
労いの言葉をかけながら善子のシニョンに黒い羽根を突き刺す花丸。途端に善子はバネ仕掛けの人形の如く跳ね起きた。
「深淵の深き闇からぁ〜〜ヨハネ、堕天‼︎」
「やっぱり善子ちゃんはそうじゃないと」
やっぱり堕天使になってしまう善子を見て花丸は何度も頷く。そんな2人を他所に、ルビィが真っ青な顔をしながら駆け込んできた。
「大変!大変だよ‼︎学校がーーー」
ーー部室ーー
「「「「「統廃合ぉ⁉︎」」」」」
その報せは突然舞い込んで来た。
「そうなんです。沼津の学校と合併して、浦の星女学院は無くなるかもって……」
「そんなぁ!?」
「いつ!?」
「それは……まだ…一応来年の入学希望者の数を見てどうするか決めるらしいんですけど」
ルビィの話を聞くと皆黙り込んでしまう。
浦の星女学院自体、全校生徒を合わせても80人足らずの小規模校で、もしかしたら……とこれまでもまことしやかに囁かれてはいたのだが、実際に生徒会長の妹であるルビィから「廃校」という言葉を聞くとその重みが違った。
「……嫌です」
やがて宙が小さく呟く。
「え?」
「そんなの嫌です……だって、沼津の高校と統合したらクラスも沢山別れちゃいますよね?そんな事になったら私、千歌さんや曜さん、梨子さんと離れ離れになっちゃうかもしれないじゃないですか……」
崩れ落ちるように部室のパイプ椅子に腰掛けた宙は、身体の震えを抑えるように自らの肩を抱き寄せる。
「皆さんのいないクラスで1人……無理です。生きていけません」
「大袈裟すぎない⁉︎」
善子の言葉にも悲しげな表情をするだけで宙は何も答えない。
「宙ちゃん、あんまり自分からクラスメートに話しかけたりしないの…いつもは私達と一緒にいるからあんまり困る事は無かったみたいだけど」
「まだ決まったわけじゃ無いですし、そんなに落ち込まないで下さい」
ルビィは椅子の上で萎んでいる宙に近付いて励ますと、宙はもたれかかる様にぴたりと身を寄せて来た。
何だか姉に甘えられている様な気分になり、嬉しくなったルビィは宙を撫でる。
「えへへ……よしよし」
「あんた実はあんまり気にしてないでしょ」
すぐに表情を綻ばせる宙を見て善子は呆れた声を漏らす。
とは言え、気兼ね無く会話できる友人が少なく、まだ完全にクラスに馴染めていない状態でまた住む環境や人間が変わるのは、引っ込み思案な彼女にとってそう簡単に受け入れられるものでは無かった。
「はいこう……?」
「「え?」」
それまで顔を伏せ沈黙を保っていた千歌が突然勢い良く顔を振り上げる。
「キタ! 遂に来た‼︎統廃合ってつまり、廃校って事だよね?学校のピンチって事だよね?」
「千歌ちゃん?」
「心なしか嬉しそうに見えるんだけど…」
あまりのショックに壊れてしまったのだろうか。目の前で手を振り意識は正常か確認を始める曜を気にも留めず千歌は飛び跳ね始める。
「だってぇ!」
「廃校だよーー‼︎ 音ノ木坂と、いっしょだよ〜‼︎」
窓際から飛び出したと思ったら入り口から高速でフェードイン。あまりにも軽快な動きを見て目を白黒させている一同を尻目に、
「これで舞台が整ったよ!私達が学校を救うんだよ!」
千歌は一番近くにいた善子の手を握り締めて抱え込む。
「そして輝くの–––––あのμ'sのように‼︎」
そしてバレエダンサーの様にポーズを決めたまま指先を天に向かって突き上げた。
「そんな簡単に出来ると思ってるの?」
日頃のダンスの練習の賜物か、ツッコミながらもきちんとポーズを決めている善子。
「花丸ちゃんはどう思う?」
頭を撫でながらルビィは背を向けて微動だにしない花丸に話しかける。
「統廃合ぉ!」
「こっちも!?」
千歌同様に花丸は瞳を輝かせながら振り向く。
「が、合併という事は、沼津の学校になるずらね?あの街に通えるずらよね?」
「ま、まぁ……」
「うひょぉ〜〜」
「相変わらずね、ずら丸……昔っからこんな感じだったし…」
見慣れない都会や施設に感激するのは昔から変わらないらしく、幼稚園の頃花丸と一緒に過ごしていた善子は苦笑する。
「善子ちゃんはどう思う?」
「そりゃ統合した方が良いに決まってるわ!私のような流行に敏感な生徒も集まっているだろうし」
善子は胸を張りながらそう答える。案外一年生達は廃校を悪くは思っていないようだ。
「良かったずら〜中学の友達にも会えるずらね!」
「統合絶対反対〜〜‼︎」
中学校の頃の黒歴史を掘り返されてしまい、善子は一瞬で先程の発言を翻す。
「とにかく!廃校の危機が学校に迫っている今、Aqoursは学校を救う為行動します!」
様々な意見が飛び交う中、千歌は机の上を軽く叩いて皆の注目を集めると高らかに宣言した。
「ヨーソロー!スクールアイドルだもんね!」
「でも、行動って何をするつもり?」
「………へ?」
「「「「「え?」」」」」
廃校阻止への道のりは遠い。
ーーー
「結局、μ'sがやったのはスクールアイドルとしてランキングに登録して……」
準備運動しながら考える。
「ラブライブ に出て有名になって!」
長い階段を駆け上がりながら考える。
「生徒を集める……」
疲れて砂浜に寝転がりながらも考える。
「それだけなの!?」
あまりの少なさに曜が驚いた声を漏らす。
浦の星と同じく廃校の危機に晒されながらも見事にその危機から学校を救い出したμ's。話だけ聞くとやっていた事は他のスクールアイドルと変わらないように思えてしまう。
「あとは………あ!そうだ‼︎」
流れていく飛行機雲をなぞっていた千歌が急に声を上げる。
「何か思い付いたんですか?」
「うん!これならいけるかも–––––」
「内浦の良い所?」
「そう!東京と違って外の人はこの街の事知らないでしょう?だからまずこの街の良い所を伝えなきゃって!」
「それでPVを?」
「そう!μ'sもやってたみたいだし、これをネットに公開して皆んなに知って貰うの!」
「知識の海ずら〜!」
千歌の発案によりこの日の練習は途中からPVの撮影となった。千歌が身振り手振りで説明しているところを早速曜がカメラに収めている。
「というわけで、一つ宜しく!」
曜は花丸にカメラを向ける。
「えっ…いやま、マルには無理ず……いや無理」
「ピ⁉︎ピギッ!」
ルビィを画角に収めた瞬間、彼女の姿が消えてしまう。
「あれ?」
画面から目を離し、辺りを見回してもルビィは何処にも見当たらない。
「視える……あそこ–––––っよ‼︎」
善子が指差したのは高い木の上。しかし、小柄な彼女が一瞬で3メートル以上ある木に登れる筈も無く……
「違います〜〜べー」
善子を揶揄うように反対側の看板裏から現れる。
【……下らん】
「何でよ!微笑ましいでしょう!」
体の中から聞こえてくる声を宙は嗜める。
【…………貴様も大概だな】
こうして、ドタバタしながらPVの撮影は始まったのだった。
ーーーパチンッ!
「どうですか?この雄大な富士山!」
ーーーパチンッ!
「それと、この綺麗な海!」
ーーーパチンッ!
「更に!みかんがどっさり!」
どこから借りてきたのか、映画の撮影に使われる拍子木を用いながら本格的に撮影は行われる。
ーーーパチンッ!
「そして街には!……えっと街には………」
千歌はサムズアップしながら笑顔で答えた。
「特に何も無いです!」
「それは言っちゃダメでしょ……」
カメラを下ろしながら曜がジト目を向ける。
住み慣れている街である筈なのに中々撮影は上手くいかない。頭を抱えそうになった皆を見て善子が不敵な笑みを浮かべながら手を上げる。
「しょうが無い。ここは堕天使ヨハネに任せなさい!」
善子はゴスロリの服を纏いカメラの前に立つ。誰も拍子木を鳴らそうとしなかった。
「フフフ………リトルデーモンのあなた。堕天使ヨハネです。今日はこのヨハネが堕ちてきた地上を紹介してあげましょう。まずこれが……土‼︎ アハハハハハハ!」
善子は積み上げられた小さな砂山を指差しながら高らかに叫ぶ。
「やっぱり善子ちゃんはこうでないと」
皆が口を閉ざして黙り込む中、花丸だけが彼女をフォローする様に笑顔で呟いた。
「……そうですよね!じゃ、じゃあ一旦切りますね」
録画停止ボタンを押そうとした時、宙は気付いた。若干顔を赤く染めながら振り向いた善子の指先は真っ直ぐ宙に向けられているのだ。
「え」
「ほら、宙!貴方もやって‼︎」
「えええ!?」
「私達は一昨日契約を交わしたばっかりでしょ?貴方は私のリトルデーモンよ!」
「りとるでーもん?な、何ですかそれ?私達は友達じゃ」
「私達の仲は友情の二文字で片付ける程容易いものではないはずよ!」
「ちょっと!宙ちゃんにまでソレ吹き込むつもり⁉︎ていうか恥ずかしいからって人を巻き込まないの!」
梨子は宙に助け舟を出す。しかし善子は引き下がらない。
「違うわよ!……マネージャーだからって遠慮しなくても良いじゃない。貴方だってAqoursの一員でしょう?私は貴方が自分を表現するところをもっと見てみたい!」
花丸が何か言いたげな表情をしているが、気にせず善子は言葉を続ける。
「…………」
「確かに……ちょっと見てみたいかも。宙ちゃんもやってみない?自分の大好きを叫び出す事。別に堕天使じゃなくても良いから…ね?」
「……………」
「おっ」
曜にカメラを向けられた宙は善子のポーズを真似ながら精一杯叫んだ。
「わ、私は宙!光を飲み込む………無限の闇です‼︎」
やっぱり善子の堕天使キャラを意識しようとしたが、自分でも何をやっているのかよく分からなかった。
「な、何か凄い悪役の台詞みたいだね」
「……貴方センスあるわ」
「うぅ……穴があったら入りたい……」
結局、PVの作成は根本から見直される事になった。
【(…………悪くない)】
束の間の平和・優しさを知った少女が得るものは本当に幸せだけなのか
もうそろそろしたらあのネズミみたいなアレが出てくるかも……しれません