ただただ土下座
申し訳ありません
撮影を終えての帰り道。半日かけて海、沼津、伊豆長岡の商店街を回り、道なき道を歩き回った事で一同は疲れ果てていた。
「ねぇ、わざわざ山に登る必要ってあった?」
梨子が恨めしげに呟く。
「でも面白かったでしょ?」
「まあそれは……って面白くってどうするの⁉︎」
「あははは…」
千歌と梨子がそんなやり取りをしていると、突然後ろから短い悲鳴が響く。
「いたたたた…」
驚いて振り向くと、そこには足に傷を負ってしまったルビィの姿。地面に出来た起伏に蹴っ躓いて転んでしまったのだ。
「大丈夫⁉︎」
「あ、ちょっと擦りむいただけなので平気です」
「めちゃくちゃ血が出てるじゃないですか。きちんと手当てしないと」
言うが早いが宙は背負っていたリュックからティッシュや消毒液、包帯を取り出し患部に処置を施していく。Aqoursが外でジョギングや練習をする時に宙が必ず持ち歩くリュック。その中にはいざという時の為に様々な物が入っていた。
「宙ちゃん、手当て上手いんだね!」
手際の良さに千歌は思わず感嘆の声を漏らす。
「つい最近
「そうなんだ!……誰に?」
「……?誰でしたっけ……あ、痛みますか?」
「大丈夫です。ありがとうございます!」
「いえいえ。…あ、こういう事できると何だかマネージャーっぽいですよね」
宙はリュックを前向きに据え何も背負っていない方の背中をルビィに向けしゃがみ込む。
「え?」
「足引きずってますよね?………おんぶさせて下さい」
「いや、でも先輩だって疲れてるんじゃ」
「まだ全然元気ですよ。頑丈さは取り柄なんです。だから遠慮しなくても大丈夫……ね?」
乗って下さいと言わんばかりに背中を揺らす宙。
ここまでされると断るのも難しく、ルビィはおずおずと背中に跨ると宙はゆっくり立ち上がって歩き始めた。……がすぐに立ち止まる。
「……ちょっと待って下さい」
歩くたびに彼女の長い髪の毛が舞い上がってルビィの顔にかかってしまうのだ。宙はわしゃわしゃと髪を退かそうとするが、どうにも上手くいかない。
「ふふっ」
ルビィはツインテールの片方を解き、空いたヘアゴムで宙の髪の毛を結び始める。
「これで大丈夫…ですか?」
「ありがとうございます…私、中々格好が付きませんね」
「そんな事無いですっ」
ルビィは恥ずかしそうに笑う宙に体を預けると小さく呟いた。
「お、お世話になります」
「こちらこそ」
ルビィがお辞儀すると宙も同様に頭を下げ、再び歩き始める。
地面を踏みしめる事で生じる小刻みな揺れと宙の息遣いにルビィは不思議と安らぎを感じていた。同時に以前にも感じた事のある温かな感覚を思い出す。
(そういえば昔お姉ちゃんにもおんぶしてもらって家の中を走り回ったんだっけ……)
ルビィは宙の体に手を回すと瞳を閉じた。視界は遮られふわふわとした感覚が体に残る。空を飛んでいるようなこの不思議な感覚が昔から好きだった。
「先輩の背中……あったかくて、柔らかいです」
「うっ」
不意にルビィがそう呟くと、宙の背中が僅かに揺れる。
「やっぱり私の体、ダルンダルン……になってますか?」
「そうじゃないです!なんて言うか、前にこうして貰った時よりも何だか心地良くなったっていうか」
「……やっぱり分かる人には分かるのかな」
「え?」
体重が増え、身体付きが変化してしまった事には気付いているのだが、いざルビィから指摘されると結構ダメージを受けてしまう。
––––––早く何とかしないと。
スクールアイドルとしてAqoursは皆可愛らしくアイドル然とした綺麗な体をしているのに、そのマネージャーがこのまま体重が増え太ってしまうのは情け無さすぎる。
宙は頭を振ると下山への歩を速めた。
ーーー
地面に出来た起伏はルビィが躓いた事で付着していた土が払い落とされ、膨らみを形作っていた物の正体が露わになる。
靴だった。
登山客が使うごく普通の底の厚い靴………その中には炭化した何かの塊がぎっしりと詰まっていた。
ーーー
ーー松月ーー
「お待ちどうさま。こんなに大人数だなんて珍しいわね。ごゆっくり」
帰り道。Aqoursの皆は喫茶店で今後のPVの撮影についての計画を練り直していた。
「どうかな?善子ちゃん。出来た?」
まだカメラを回していたり、美味しそうに運ばれてきたお菓子を頬張ったり……思い思いの休息を取る中、千歌は隅の席で編集作業に励んでいる善子に声を掛ける。
「簡単に編集してみたけど……お世辞にも魅力的とは言えないわね」
「やっぱりここだけじゃ難しいんですかね?」
「うーーーん……善子ちゃんの堕天使パフォーマンスみたいに私達の頑張り次第でもっと面白い感じになりそうだけど………あ、折角だから宙ちゃんのやつも入れてみようかな?結構面白いし」
「後で怒られても知らないわよ」
善子は千歌が操作するマウスを抑えながらやんわりと嗜める。
今この場に宙と梨子はいない。先程宙は用事があったと言って突然喫茶店を飛び出し
「うーーーん……じゃあ沼津の賑やかな映像を混ぜて………」
千歌の脳内で沼津をバッグに撮影が始まる。
○○○
「これが私達の街です!」
○○○
「そんなの詐欺でしょ‼︎」
トイレの中から梨子の声が聞こえてくる。彼女は喫茶店内で放し飼いにされている犬、「わたちゃん」に怯えてトイレから出てこられない状況に陥っていた。
「何で分かったの⁉︎」
考えている事を見透かされ驚愕する千歌。曜はそんな2人のやり取りを見て苦笑する。
「だんだん行動パターンが分かってきているのかも……ってうわ⁉︎終バス来たよ‼︎」
「嘘⁉︎」
曜と善子は慌てて喫茶店から撤退していく。
「だぁぁ!?もうこんな時間!?ほらっ花丸ちゃん!口に餡子付いてるよ!」
先程足を引き摺りながら歩いていたルビィは花丸を抱えるようにして店から飛び出していった。どうやら怪我の具合は大した事無かったらしい。
「結構何も決まらなかったなぁ……意外と難しいんだなぁ、良い所を伝えるのって」
わたちゃんを抱えながら千歌は溜め息を吐く。
「住めば都。住んでみないと分からない良さは沢山あるでしょ?」
「うん。でも学校が無くなるとこういう毎日も無くなっちゃうんだよね」
「そうねぇ」
「スクールアイドル、頑張らなきゃ」
「今更?」
わたちゃんが店の奥へと戻っていくと同時にトイレから出てくる梨子。揶揄うような口調とは裏腹に、その表情は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「だよね。でも、今気がついた。無くなっちゃダメだって。私、この学校好きなんだ」
掛け替えの無い日々を自分達なりのやり方で守る。例え皆それぞれ胸に秘めた想いは違うのかもしれないが、Aqoursが共に目指す場所は一つだった。
「ふふっ」
千歌と梨子は顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
「私だって!」
突然、息を少し切らしながら少女が入り口から顔を覗かせる。
「まだ生活し始めて日は浅いけど、この街の事好きです。私も皆さんのお手伝いしながら、一生懸命頑張ります!」
「……!」
「あ、宙ちゃん!用事は終わったの?」
「はい!学校に少し忘れ物をしてしまって……おっちょこちょいでした」
「ありゃりゃ…わざわざこっちまで戻って来なくても良かったのに……長い距離走って大変だったでしょ?」
「いえ、その……やっぱり皆さんと一緒に帰りたくて」
「もう!可愛い事言って………そんな宙ちゃんには……はい!これあげる。一個取っておいたから!」
「あっ……お気持ちは嬉しいですけど私、今減量しないといけないんです」
千歌から差し出されたお菓子を見て宙は首を横に振る。
「え、何で?宙ちゃん細いじゃん。ダイエットなんてする必要無いでしょ」
「ですが体重が一月で4キロも…」
「前が痩せすぎてたんだよ!凄いガリガリだったじゃん。ミイラみたいだったよ?だから多少増えても大丈夫!ていうか適正体重まで近づけて!」
「で、でも……ふむぅ!」
言うが早いが宙の口の中にパンケーキが押し込まれる。
(………嘘)
宙の足元を真っ直ぐ見つめ、梨子は首を横に振る。
(怪獣と戦ってたんでしょう?私達がここにいる間に……私達に悟られないために変に誤魔化して)
宙の足首には靴下を切り刻む程の裂傷ができていた。
ーー淡島ホテルーー
「……えぇ、委細承知しております。お嬢様にも何度もそう説明してはいるのですが……それが、こちらでやるべき事がありそれを果たすまでは戻るつもりは無い…と」
1人の男がホテルの裏口付近で近況報告を行っていた。
その屈強な体格の男ーー
「こちらの事は私にお任せ下さい。お嬢様は私の命に変えてでも……縛ってでも良いから早く連れ戻せ?……無茶な事を言わないで下さい」
「はぁ……」
携帯を切り終わると、彼はがっくりと肩を落とす。豪胆な所は母親も娘も同じようで、ここ最近は鞠莉の言動に振り回されてばかりだった。板挟みとはこの事を言うのだろうか。
(まぁ…この長閑な街で安心して過ごせるのならそれも悪く無いのかもしれないな)
彼はヘリで鞠莉を内浦に連れてきた際、ビースト・フログロスの襲撃に立ち会ってしまっていた。そして立て続けにビースト・バグバズンの襲撃––––––安心も何もあった物では無いが、TLTの忘却装置・レーテによって人間はビースト襲撃の記憶を抹消されてしまうため、この街で起こっている事に殆どの人間は気付くことはない。彼もその例外では無かった。
倉島は身を翻してホテル内に戻ろうとすると、背後から足音ーーーホテルの裏口から入る事は禁止されているため、誰かが侵入して良い筈が無い。
「誰だ⁉︎」
反射的に振り返ると、そこには特徴的な長いポニーテールの少女が立っていた。
「貴方は……!」
「こんばんは。そしてお久しぶりです。おじさん」
頰に張り付いた髪の毛を横に流し、松浦果南は悪戯っぽく笑う。
「鞠莉に会わせてくれないかな?」
長い廊下に2人の靴音が響く。時折すれ違う使用人は果南を見て訝しげな表情をするが、側を歩く倉島を見ると特に気にするそぶりもせず通り過ぎていった。
「1年ぶり……だよね?こっちに戻ってきたの」
「えぇ」
「やっぱり鞠莉に付き従うのは大変でしょ?」
「いえ……お嬢様は立派な方です。私を側に置くのが勿体無い程…」
「もう!」
果南は頰を膨らませる。
「前はそんなに畏まって無かったでしょ?変に気を遣わないでよ」
「ははっ…それもそうか。分かったよ」
専属パイロットという肩書きを持つ手前、航空機の他にも様々な車両や船舶を乗り熟す事ができる彼は、果南にも小型船舶操縦のやり方を教えた事があった。お互い良く見知った仲だったのである。
「……ねえ、私達達の学校が無くなるかもっていう話知ってる?」
昨今の事柄の談笑が途切れるのを見計って果南は話を切り出した。
「話には聞いているよ。お嬢様もそれを止める為に今対策を講じていると……ただ」
「ただ?」
言い澱む彼の姿を見て果南は首を傾げる。
「かなり無理をしているようで、どうにも危なっかしいんだ。今日も何かを調べようとして突然山に登り出そうと……お嬢様の話を聞いて貰えないかな?」
鞠莉の部屋の前まで案内すると、倉島は果南に向かって小さく頭を下げた。
「親友の君になら何か分かる事があるかもしれない」
ーー1週間後・理事長室ーー
『以上!がんばルビィ!こと、黒澤ルビィがお伝えしました!』
「どうでしょうか?」
千歌達が作成したPVを鞠莉は静かに眺めている。
わざわざ生徒会長を通す必要は無いのかもしれないが、一度部設立の際お世話になった身としては、今後ともご贔屓にしてもらえるよう学校の為に行っている活動をもっとアピールするべきだと考えたのだ。
これで評価して貰った場合、部費だってもう少し何とかちょろまかして……
やや浅はかな考えではあるが、決して無い話でもない。
皆が固唾を飲んで見守る中、鞠莉の頭がガクンと前に倒れる。
「………オゥ!?」
途中で寝ていた。
途端に千歌達はその場にへたり込む。
「もう!本気なのに!ちゃんと見て下さい‼︎」
「本気で?」
「はい!」
鞠莉はノートパソコンを閉じながら冷たく告げる。
「それでこのティタラァクなのですか?」
「て、てぃたらぁく?」
「…それは流石に言い過ぎじゃないですか?」
「そうです!これだけ作るのがどれだけ大変だったと思ってるんですか‼︎」
鞠莉の言葉に宙と梨子が反発する。特に梨子は普段中々見せない程の剣幕で声を荒げていた。
「努力の量と結果は比例しまセン!」
鞠莉は臆する事無く逆にAqoursの一同を睨み返す。
「大切なのはこのタウンやスクールの魅力をどれだけ理解してるかデス!」
「それってつまり……」
「私達が理解してないという事ですか?」
「じゃあ理事長は魅力が分かってるって事?」
「……少なくとも貴方達よりは」
再度鞠莉の方に視線が集中する。
「聞きたいデスか?」
鞠莉は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
ーーー
「何で聞かなかったの?」
「何か……聞いちゃダメな気がしたから」
結局、あの後鞠莉から答えを聞き出す事はしなかった。
「何意地張ってんのよ?」
「意地じゃないよ。それって大切な事だもん。自分で気付けなきゃPV作る資格なんて無いよ」
「そうかもね」
「ヨーソロー!じゃあ今日は千歌ちゃん家で作戦会議だ!喫茶店だってタダじゃ無いんだから梨子ちゃんもがんばルビィして!」
梨子はビクリと肩を震わすと、宙がその肩をそっと抑える。
「大丈夫。しいたけは優しい子です。変な事はしませんよ」
「はは……しいたけちゃんに押し倒された人にそんな事言われても説得力ないなぁ」
「うふふっ……あははははは!」
突然千歌が笑い出す。
彼女は思った。漠然とした事から答えを導き出すのは簡単な事では無い。それでも、こうやって皆んなで一緒に考えるていると何とかなりそうに思えてくるし、何より、今この時間がとっても楽しかった。
「よーーーし!」
千歌は覚悟を決めたように右手を天井に向かって突き出す。
「あ、あれ?忘れ物した。ちょっと部室見てくる!」
彼女はパタパタと慌ただしく校舎に駆け戻っていった。
「もうっ肝心な所で締まらないんだから…」
「はっはっはっ……ん?」
千歌は渡り廊下を潜り抜け、体育館の隣にある部室にーーー行こうとしてはたと足を止める。ステージの上には生徒会長……黒澤ダイヤが日本舞踊の様な踊りを踊っていた。美しく、静かに、澱みなく。その見事な動作に魅了され、千歌は思わず拍手してしまう。
「凄いです!私、感動しました!」
「な、何ですの?」
千歌に見られていた事に気が付き、動揺するダイヤ。そんな彼女に構う事無く千歌は語りかける。
「ダイヤさんがスクールアイドル嫌いなのは分かってます。でも、私達も学校続いて欲しいって…無くなってほしくないって思ってるんです。一緒にやりませんか?スクールアイドル!」
千歌を追って後からAqoursの皆が体育館に入ってくる。
「お姉ちゃん……」
「ルビィさんだってスクールアイドル始めてからずっと言ってるんですよ。貴方と一緒にやりたいって」
ダイヤは黒髪を麗しく翻しながらステージから飛び降りる。
「残念ですけど…ただ、貴方達のその気持ちは嬉しく思いますわ。お互い頑張りましょう……ん゛っうん‼︎」
いつもとは異なり優しく言葉をかけると、ダイヤは千歌の横を通り過ぎる。そして、肩を寄せている宙とルビィの間に手を入れ距離を離した。
「「⁉︎」」
ーー翌日ーー
けたたましい音を立てる目覚まし時計を止め、体を大きく伸ばして欠伸する梨子。時刻は3:30。まだ眠気を感じるのも無理は無い。彼女は体操着に着替えると、手を擦りながらまだ薄暗い道を歩いていく。
「うぅ……寒い」
……適…能ゥ……者……此処ニイ……
…タ…ケ…
「?」
「………」
「………」
「千歌ちゃん、今日はちゃんと起きてるかなぁ……」
海辺に近づくと、そこには既に沢山の提灯の燈があった。意外な事に、千歌も来ていた。ここ最近寝坊しかけて宙に起こされていたとは思えない程元気良く手を振っている。
「おーーーい!梨子ちゃーーーん‼︎」
「おっはヨーソロー!」
「おはようございます」
千歌、曜、宙の3人は既に提灯を持ち、清掃作業に移ろうとしている。
「こっちの端から海の方に向かって拾っていってね!」
「こちらをどうぞ」
宙から手渡された提灯とゴミ袋を受け取ると、梨子は再び海に集まった人々に目を向ける。
「凄い人数ですよね。さっきまで私もびっくりしてました。ここの海開きって毎年こんな感じらしいですよ」
「街中の人が来てるんだよ!勿論学校の皆んなも!」
2人の会話が聞こえていたのか、少し離れた所から曜が捕捉する。
「誰に強制されるでも無く……しかも街全体の人が来てるなんて、本当に凄いですよね」
『十千万』と書かれた提灯を見て、宙は目を眇める。
「この海を慈しみ、守る為にこれだけの人が集まるなんて……だからこそこの街や海はこんなにも美しいのかもしれませんね」
「そうなんだ…… !」
梨子に何か閃いた様に目を見開き、瞳を震わせる。
「千歌ちゃん!これなんじゃないかな?この街や、学校の良い所って」
千歌も気がついた様で、顔中に笑みがじわじわと広がっていく。
人々の間を縫って走り出し、道路沿いに設置してある階段を登った所で声を張り上げた。
「あの!皆さん!」
全身全霊、一語一語に魂を込めるようなその叫びは海辺に集まった大勢の人々の目を惹きつける。
「私達、浦の星女学院でスクールアイドルをやっている、Aqoursです‼︎私達は学校を残す為に、ここに生徒をたくさん集める為に皆さんに協力して欲しい事があります!」
ーーー
「……よし!」
撮影器具の設置を済ませた宙は安堵したように頷く。撮影舞台は浦の星女学院の屋上。眼下に広がる海は赤茶色の夕焼けに美しく照らし出されている。この空模様なら「あれ」が美しく映える事間違い無しだ。
「お待たせ!」
振り返ると、そこには衣装を纏った千歌達が並んでいた。
「どうかな?」
赤・青・紫の、この日の為に誂えたドレスの様な衣装。髪留め代わりに頭につけた大きなリボン。初めてスクールアイドルの衣装姿を見た宙はその可愛らしさと美しさに息を飲む。お腹の前で指を絡めながら考える事数秒……
「最高に可愛いです」
上手い言葉が思い付かず、思った事をそのまま述べることにした。
「……あの、私、一つ思いついた事があるんです」
夕焼けに照らされた街にぽつりぽつりと橙の光が灯りゆくのを眺め、宙は呟く。
「何を?」
「この景色を山頂から撮影したら……きっと凄い事になるんじゃないでしょうか?」
「それ良い!凄く良いよ!」
千歌は目を輝かせる。
「でももう撮影始まっちゃうよ?今からじゃもう間に合わない……」
今からカメラを持って山に登るのはいくら何でも遅すぎる。だが、宙は笑いながら自信満々に胸を叩いた。
「私に任せて下さい」
ーーー
「……綺麗」
音楽を流した直後に豪速球で登った甲斐があった。『Aqours』と形作られていた幾百ものスカイランタンが空に向かって登っていくのを見て、万感の思いを込めそう呟く。
学校の皆さんと、この街の皆さんと協力して製作したスカイランタン。皆が快く引き受けてくれたお陰もあって、このPVは街の様々な美しさ・温かさが感じられる素晴らしい物となるだろう。
山頂から眺めるこの景色が、カメラのフレーム内だとややスケールダウンしてしまうのが何とも惜しい事だった。
耳を澄ませば、遠くから微かに歌声が聞こえてくる。
(皆さんが歌う姿を生で見れなかったのはちょっと残念だけど、後で沢山観れるからいっか)
全てのスカイランタンが空に登っていったのを確認すると、宙はカメラを折り畳んで下山する準備をする。
「……痛」
足首に僅かな痛み。少し前の戦いで出来た傷は中々塞がらなかった。宙は足首に巻いた包帯の具合を確認する為にしゃがみ込む。
刹那、熱波と共に先程頭があった場所を何かが掠める。
「ん?」
顔を上げると、目の前を舞い降りていた落ち葉に機銃痕の様な穴が空く瞬間を見逃さなかった。
「ッ!?」
撃たれている––––––咄嗟に横に転がって立て続けに放たれた光弾をギリギリのところで躱し、木を遮蔽物代わりにして身を隠す。
「避けられちゃったか…隠れてないで姉弟でもっと仲良く触れ合いましょうよ!……姉さん」
数メートル先から近づいてくる男の声。聞き覚えがあった。
「……お前は!」
木の影から身を乗り出そうとした時、眼前に少年が降り立ち、首を掴まれる。
「ガッ……」
「自己紹介がまだでしたね。僕は
「私に弟なんていない……汚い手で触るな!」
繰り出した膝蹴りは鳩尾に直撃するものの、有働と名乗る少年は全く怯む事なく小首を傾げる。
「スキンシップはお嫌いですか?ならしょうがない」
有働は宙の首から手を離すと、その場でスピンして回転の勢いを乗せた後ろ回し蹴りを見舞う。
「…フッ!?」
寸前でガードした右手から伝わる強烈な衝撃。体が一瞬で吹き飛ばされ、宙を舞った。
ーーー
「私、心の中でずっと叫んでた。”助けて”って。”ここには何もない”って……でも違ったんだ!」
PVの撮影が終わった後、千歌は確かな手応えを感じながら沈みかけている夕陽を振り返る。
「追いかけてみせるよ。ずっと…ずっと!」
千歌は、Aqoursは沈みゆく夕陽に向かい決意を新たにする。
夜が近づいている。
残照が、消えかけようとしていた。
「宙ちゃん……遅いなぁ」
ーーー
「僕達の体は特別……一度力を望めば練り上げられた肉体を手に入れる事が出来る」
「……ぐッ‼︎」
黒い影が高速で宙の周囲を移動し、すれ違いざまに蹴りや拳が叩き込まれる。反撃する事もままならない。
「なのに……それなのに貴方は人間として生きる事を選んだ」
有働は絶えず宙を殴り続ける。
「そんな貴方が力を行使して良い筈が無い。何故貴方がウルティノイドの力を持っている?」
何故……何故…何故何故何故何故何故何故何故
憎しみか嫉妬か……彼の胸の奥底に秘めた激情がそこかしこを這い回るような不快感に見舞われる。
「……っもう……いい加減…黙れ」
宙はダークエボルバーから放つ真空衝撃波動弾を周囲に撒き散らす事で有働を自分から遠ざけようとする。
「大切な人を守る為に戦って何が悪い!」
「『守る』……ですって?」
刹那、背後から感じる気配。悪寒と不快感で振り返る事が出来なかった。
「人間の為に自分が犠牲になる事が美しいとでも思ってるんですか?」
「下らない。下らな過ぎる」
背中が焼ける様な激痛が走り、再び吹き飛ばされる。
数回地面を転がって木に体を打ちつけると、宙はそのまま動きを止めてしまった。有働……謎の少年が持つ力は桁外れで、まともに打ち合う事が出来ない。
【(こいつ……まさかビーストの細胞を全身に移植しているのか?)】
「まぁ……そうしてる内はウルティノイドの力を引き出す事など不可能でしょうね」
有働は動かなくなった宙に近づき、ダークエボルバーに手をかけようとする……その時だった。
「いだぁ!?」
突然有働の顔面は砂まみれになり、両目に入った砂を払うべく両目を覆う。
気絶したフリをしてギリギリまで彼を近づけた宙が砂を投げつけて視界を遮ったのだ。彼女はそのまま即座に跳ね起き、跳び膝蹴りで有働の鼻柱を思いっ切り蹴り込んだ。
「フッ‼︎」
「……ッ‼︎」
有働はそのまま落ち葉の塊に吹っ飛んでいった。が、すぐに顔を出す。
「痛たたた……まさか砂礫とは…油断してました」
「………チッ」
決死の一撃も目に見えたダメージは入っておらず……もう彼の力を借りる他無い。宙はダークエボルバーを握りしめ、エネルギーを集中させる。
「………まぁそうなりますよね。ならしょうがない。僕もビースト君を呼ぶとしますか」
「何?」
身構えると同時に大地が大きく揺れ、すぐ近くの大地が轟音と共に吹き飛んだ。
「ーーーー!!!!!!」
「守ってみて下さいよ。貴方の言う人間を。選択を間違えたら皆んな炭になって死んじゃうぞぉ」
巨大な3枚の花弁が軋む様な音と共にこじ開けられ、周囲が黄色く染まり始める––––––––
まずは遅れて本当にすみません。読んで下さる方をお待たせした分文章も少し長くなってしまいました。
この世界では1日経つとビーストに襲われた記憶は抹消され、街はTLTが所有する能力で元に戻ります。その点は少しSSSS.GRIDMANと似ているかもしれません。
次回はダークファウストとビーストの戦闘…ビーストの正体はもうお分かりでしょうか?