模造巨人と少女   作:Su-d

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遅すぎますがようやく投稿です……

そして今回の話はグロ注意です
21話「行く末」で宙がダークファウストに体の主導権を半分譲った事を踏まえてご覧ください。


29.殺戮都市 終局

東京の中心部は混乱を極めていた。

絶え間無く飛び交う怒号と悲鳴。ただでさえ人口が密集している場所で断続的に起こるパニック……もはや収集がつかない状態だ。

 

「ーーーー!!!!」

 

その街に突如現れた半獣型人間・ビーストヒューマン……異形の群れは近くにいる人間から襲いかかり、喰うことでどんどんその数を増やしていく。その場から離れようとして群衆同士がぶつかり合い、途端に身動きが取れなくなる。逃げようとすればするほど、その動きがビーストヒューマンの殺戮を助長させていた。

 

逃げるもの。殺されるもの。

そして、それらと戦う者がいた。

 

 

 

動けなくなった人間に狙いを定め、牙を剥こうとするビーストヒューマン達が突然その動きを止める。四方八方から迫る弾丸がビーストヒューマン達の頭部を正確に撃ち抜いたのだ。

 

「前衛の掃討を確認。第一、第二小隊前進。くれぐれも民間人に誤射はするな」

 

「「「「了解」」」」

狙撃部隊の合図で、現着したナイトレイダーは物量で押し寄せる敵を正確に迎撃していく。

大前提として彼らは人目のつかない場所でビーストの掃討するが、敵が市街地に現れた手前、最早そんなことは不可能だった。

 

「何こいつら……人間なの?」

地面に転がる敵の死体の外観が自分たちとほとんど変わらないことに彼らは動揺を隠せない。

 

「相手が何だろうがビースト振動波が確認された時点で俺達の敵だ。躊躇うな」

前衛で指揮を執る和倉の元に1人の隊員が駆け寄る。

 

「隊長、このペースでは敵の増殖速度に追いつけません。別働隊も敵に包囲されつつある模様」

 

「石堀、至急チェスターに航空支援を要請。今より5分後に我々の現在地から半径1500m圏内に『特殊爆撃』を敢行する」

 

「了解」

 

その時、大きな爆発音と共に遠くで黒煙が噴き上がる。

 

「目標地点の状況も逼迫しているらしい。急ぐぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまでの華やかだった街が変わった。綺麗に舗装された道路は血溜まりで埋め尽くされ、体の何処の部位かも分からない肉片が辺り一面に散らばっている。

しかし、その凄惨な光景よりも梨子は眼前に立つ少女に釘付けになっていた。

 

(こすも)ちゃん……戻ってきて」

 

斬り捨てた敵の死骸を踏み越え、首を鳴らしながら広場の中央に歩を進める宙––––もといダークファウスト。体の宿主が魔人に入れ替わったせいか、その瞳からは赤黒い光が揺らめいている。

ただならぬ殺気を感じるのか、ビーストヒューマン達は距離を保ったまま近づいてこない。じりじりと後退しながらゆっくりと少女の前後左右に回り込んでいく。程なくして50を超える集団がファウストと梨子を取り囲んだ。

 

「ギ……ガアア」

時間が経つほどよりビーストに近づいていくのか、その姿は最早人間の形を留めていない。

 

対するファウストは取り囲まれている事を意にも介さず体の損傷度合いを確認する。執拗に踏みつけられていた右手を持ち上げると、肘から先がだらりと垂れ下がった。途端––––––

 

「あぁッ……!?」

間近で見てしまった梨子は口元を抑えて懸命に吐き気を堪える。

 

ファウストは折れた右腕を躊躇なく引き千切った。

 

「ハハハハ‼︎直に戦いの高揚を感じるのは何時ぶりの事か!血が……血が滾るッ‼︎」

 

ファウストが叫ぶと欠落した肘より先から漆黒の腕が生成される。

その腕でダークエボルバーを握り締め、ファウストは周囲を取り囲む敵に向かって人差し指と中指を軽く動かした。

 

「来い」

 

一方的な殺戮の始まりだった。

 

「ーーーー!!!!!!」

 

全方向から殺到するビーストヒューマン。

異形の群体が駆け出した瞬間、(ファウスト)は最前列の一体に向かってダークエボルバーを投擲。額を貫き絶命させた瞬間、一瞬で間合いを詰めてその死骸の首を掴む。

 

「!?!?」

 

肉の盾と化したそれは前方からの刺突攻撃を一挙に引き受け、攻撃を足止めさせた事で敵の動きを僅かながらに鈍らせる。

その一瞬で充分だった。(ファウスト)はダークエボルバーを逆手に持ち変えると、前方の敵に向かって何度も振り抜く。まるで空間ごと薙ぎ払うが如き一閃は十数体の首を瞬時に切断。地に転がる骸は残存するビーストヒューマン達の動きを阻害させる。

 

「ッラァアァァァァ!!!!」

 

その動きの停滞が更なる攻撃の機会を与える事になってしまい、瞬く間に斬り伏せられていった。

 

いかに数が多くとも、元は人間。その動きはビーストとは呼べないほど脆く、拙いものだった。宙と異なり、人間だろうが何だろうが殺すことに一切迷いの無い魔人にとってそれを捌くのは容易い。ビースト擬きとウルティノイド……手応えなどある筈も無い。

 

だが、そんな事は彼にとってどうでも良かった。

体を自由に動かせる解放感ーーー精神が恍惚感に満たされた魔人は、返り血を浴びながら笑い、求める。

 

「……もっとだ」

 

まだ喰い足りない。もっと楽しませろ。あともう少しで本来の姿を取り戻せるから。赤黒く染まった瞳を敵に向けると、その数は減るどころか増え続けていた。

 

「そうだ……それで良い……!」

 

(ファウスト)は次の標的を見定めると、地面を勢い良く蹴り飛ばした。

 

 

ーーー

 

 

ーー ナイトレイダー防衛戦線 ーー

「……!?」

異変は突然訪れた。ナイトレイダーと交戦していたビーストヒューマン達が突然攻撃を止め、その場から離脱していく。

 

「……燃料切れか?」

 

「もうこちらには見向きもしませんね」

 

その動きは逃げるというより、まるで何か大きな力に引き寄せられているようだった。

 

「隊長、残り60秒です」

 

石堀が時計を指すと、シグナル音と共に展開している全部隊の通信機器、パルスブレイカーからカウントダウンが実行される。遂に『特殊爆撃』が発動されようとしていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

石造りの巨大遺跡と、綺麗な夕暮れの空が見えた。

大都会の真っ只中のはずなのに……私、走馬灯でも見てるのかな?

 

宙ちゃんはどうなったの?千歌ちゃん……曜ちゃん……皆んな……もう会えないの?やだ……嫌だよ…まだ私、何も出来てないのに

 

その場に座り込もうとすると、眩い光の中から誰かが近づいてくる。オレンジの髪を揺らしながら、懸命に何かを叫んでいる。

 

 

「千歌ちゃん?……いや、違う」

 

女の人だ。酷く戸惑い、悲しそうな表情を浮かべながらも、こちらに向かって懸命に手を伸ばしてくる。

 

その手を掴もうとしてーーーーー

 

 

 

 

 

「え?」

血に塗れた世界が広がっていた。

尻餅をついている私に向かって無数の怪物が群がってくる。

 

……戻った

 

「嫌あぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 

梨子が悲鳴を上げると、視界を覆い尽くそうとしていたビーストヒューマンが一瞬で両断された。

 

「え?」

 

崩れ落ちる敵の背後から現れた(ファウスト)は、猫の様にしなやかな動きでビーストヒューマンと梨子の間に転がり込むと、体を最大限に捻りながら左足を振り上げる。

 

 

「ーーゴガッ」

 

強烈な後ろ回し蹴りは敵の腹を貫き、その背後に殺到した敵をも纏めて上空に打ち上げ、そのまま高層ビルに激突。ビルの壁面に血溜まりの花が開くと同時に、(ファウスト)は梨子を抱え込み大きく跳躍する。

 

 

 

「……!?」

 

戦場さら離れたビルの屋上に降り立ち、抱えていた梨子をその場に降ろす。

 

「……邪魔をするな」

 

酷く困惑している梨子に向かってそう吐き捨てると、彼は再び戦場に舞い降りていった。

 

 

殺せ……

 

数で押し潰せ……!

 

 

ファウストの元に都市の至る場所から敵が押し寄せて来る。

殺した数はとうにニ百を超えたはずだが、ビーストヒューマンの数は一向に減る様子が見られない。

 

だが、ファウストも次第に力を取り戻していた。

ダークエボルバーから光弾を乱射し、弾幕の雨を超えてきた個体に鋭く尖った切先を突き立てる。

 

「フンッ!」

 

真一文字に斬り下ろし、沈黙させると直ぐに反転。跳ねるように動き回りながらすれ違いざまに切り裂く。何人も、何人も。動きは衰えるどころか益々キレを増していた。

 

再び広場の中央まで走り抜けると、彼はその動きを止める。

 

「律儀に1人ずつ殺していくのも飽きた」

 

懲りずに群がってくるビーストヒューマン達を確認すると、真上に飛び上がった。無数の視線が上空に流れるが、跳躍時の初速が速すぎる故にその動きを全く捉えられない。(ファウスト)は余裕を見せつける様に空中で体を捻り、何度も回転。そのアクロバティックな軌道はサーカスの曲芸師さながらだった。

彼はそのまま高層ビルの壁面に足を乗せ、重力を無視した体制で静止する。

 

「纏めて死ね」

 

刹那、足元を中心に鉄筋コンクリートが大きく陥没し、(ファウスト)は爆発的な加速力で敵の群れ目掛けて降下。瞳孔から迸る赤黒い残光を一直線に残し、体勢を入れ替え両足を突き出す。

 

 

「アギャァァァァァ!!!!!!」

バタ足するように連続で繰り出される蹴りがビーストヒューマン達の頭部を無惨に千切り取っていった。同時に少女の全身から黒いエネルギー波が撒き散らされ、直撃を免れた周辺の敵も纏めて爆砕する。

 

群体のど真ん中に血にまみれた一本道が切り開かれた。

 

肉を焼き焦がす事で発生した黒煙が、強烈な悪臭を伴いながら周囲を覆い尽くす。

 

 

 

勝負は決した–––––––––––その筈だった。

 

「……!」

一つ巨大な地響きと共に巨影が煙の中からそれは姿を現す。

お互いを喰らうことで体の質量を急激に増やし、最後に残ったビーストヒューマンは10メートルを凌駕する巨体を有していた。

 

 ーー ビーストヒューマン・ギガント ーー

 

「ゴアァァァァ‼︎」

元が人間だったという事実が信じられない程にその体が醜く膨れ上がり、歪んでいた。

 

ダークエボルバーから放たれる光弾を受ける度にその巨大はぼろぼろと崩れていく。それでも巨獣は最後の抵抗を敢行すべくその太い剛腕を眼前の少女に向かって伸ばした。

 

「無駄な事を」

その動きは一般人でさえその一撃を避けることは容易い程に遅く、鈍重なものだった。(ファウスト)は冷笑しながら躱す体勢に移る。

 

 

そして–––––––––––その場に力無く膝を突く。

 

「な…!?」

いかにファウストの戦闘能力が優れていようと、今彼が纏っているのは人間の、それも少女の肉体。ウルティノイドの全力起動に着いて来れる筈が無い。 足元に目をやると、その右足はありえない方向に捻じ曲がっていた。先程の連続蹴りの反動ダメージが大き過ぎたのだ。

 

ファウストは即座に再生させようとするが、一連の動きは眼前の敵に大きな隙を晒してしまうことになる。

 

 

「ガッ……‼︎」

遂にビーストヒューマン・ギガントの攻撃が(ファウスト)を捉えた。巨大な両腕に締めつけられ、その華奢な身体は悲鳴を上げる。

ここにきて初めて魔人の表情が苦痛に歪む。 それは自らと(もう1人)を省みようとしない驕りだった。

 

遂に訪れた(ビースト)にとっての最大の好機。ギガントは口角を吊り上げると、握り締める両手に渾身の力を込める。

 

「ガハッ……」

その口から鮮血が漏れる。

 

「嫌あァァァ‼︎やめて、やめてッ‼︎」

ここままじゃ、大切な友達が本当に死んでしまう。

届かないとは分かっていても、梨子はビルの屋上から身を乗り出して声を張り上げた。

 

 

ーーー

 

 

「爆撃まで後10秒です!」

 

「よし…全部隊、対ショック対閃光防御準備。衝撃に備えろ」

時を同じくして、ナイトレイダー達の作戦「特殊爆撃」の発動時間が訪れようとしていた。

 

彼方から轟音が近付いて来る。

カモフラージュシステムで身を隠しながら、東京上空に到達したTLTの大型航空機・チェスターが格納庫のハッチを開いた。

 

「投下5秒前」

 

 

ーーー

 

「宙ちゃん!死んじゃダメ‼︎」

 

「ヴオオォォォ!キエロ、キエロォ‼︎」

 

ーーー

 

 

 

 

–––––––ドクン

 

「時間だ」

「時間だ」

 

 

遠く離れた場所で、ナイトレイダー隊長・和倉と(ファウスト)の声が重なった。

 

 

「特殊爆撃開始!"アフラ・マズダ"投下!」

 

合図と共にチェスターから大型閃光弾頭兵器「アフラ・マズダ」が投下。東京の上空700メートルでそれは一気に炸裂する。

 

刹那、半径1500mの範囲に眩い閃光が撒き散らされた。

 

 

「ギーーー⁉︎」

 

「わあぁぁぁぁぁ!?」

 

その閃光を直視してしまい、都市内に散らばるビーストヒューマンだけでなく一般人も巻き込まれ、悲鳴を上げる。

 

彼らは両目を抑えて地面を転げ回る。100万カンデラを超える閃光が一時的に彼らの視力や方向感覚を奪ってしまったのだ。

 

「今だ!掃討せよ‼︎」

 

 

ーーー

 

 

 

その閃光はファウストやギガントが戦っている場所にも殺到する。

 

「!?!?」

 

視界が真っ白になり、ギガントは一瞬錯乱状態に陥るがすぐに両腕に力を込め直した。視力が奪われようが関係無い…このまま握り潰せる。あと少しで邪魔者を排除出来る。楽になれる。「人形」としての役目を終え、命の冒涜と呼ぶべきこの状況から漸く解放されるからーーー

 

「遅かったな」

 

「ア

 

その筈だった。

100万カンデラを超える閃光に包まれた世界が一瞬でドス黒い闇に支配される。ギガントの両腕が付け根から弾け飛び、真っ白だった視界が真っ暗になる。遂に元の姿(にんげん)に戻れず、異形の怪物は操り人形としてその命を終えた。

 

「……イ……タイ…」

 

全てを奪われた彼らに唯一最後まで残ったものは、痛みと苦しみだった。

 

 

肉の塊が蒸発すると共にアフラ・マズダの閃光が収まり、その姿が露わになった。

頭部から伸びる2本の鋭い角。真っ黒な両眼。赤と黒のラインが涙の様に伸びた鉄仮面。

 

「ハアァァァ…」

 

余剰エネルギーを放出する様に口から蒸気を吐き出すと、全身を巡る赤と黒のツートンカラーが脈打つ様に紅く揺らめいた。

開いた両手を顔の前まで持ち上げ、確認する様に開閉させる。……問題無い。意思通りに動く。

 

「……待ち兼ねたぞ」

本来の体の主導権を取り戻した魔人は高らかに笑う。その声は先程までの少女の声では無く、冷酷で底知れぬ狂気をはらんだ声音に変わっていた。

 

「ハハハハハハハハ‼︎やはりこれだ‼︎人間の、それも女の体など脆過ぎるからなァ‼︎この姿なら漸く貴様と戦える……ノア‼︎」

 

「あぐっ!?」

真っ黒な目がこちらを捉えた。そう思った瞬間、梨子の体は一瞬でダークファウストの元に引き寄せられる。

 

「いるんだろう?その中に(・・・・)… 力を宿せ!一万年前の雪辱を今ここで果たす」

 

「貴方……一体何を言ってるの⁉︎わたしの体に何が…訳分かんないよ!」

梨子の問いかけを無視し、ファウストは言葉を続ける。

 

「だんまりか?貴様が応えないのであれば–––––––––––」

彼は梨子に向かって右手を翳し、握り拳程の光球体を生成させる。

 

「この女はここで殺す」

 

「宙ちゃん!戻って来てよ!いつもの優しい貴方に…もう止めて!」

 

「ハッ…この状況でよく喋る」

 

「宙ちゃん!」

 

「腰抜けが……時間切れだ」

やはり梨子の胸から先程の光は瞬かなかった。翳されたエネルギー光球がブオンと大きく大きく唸る。

 

「…ッ‼︎」

梨子はぎゅっと目を瞑る。 しかし、暫く経っても光弾が自らの体を貫く事はなかった。

 

「いや……その前に」

ファウストはその瞳を梨子とは真反対の方向に向ける。

 

「邪魔者を排除するべきか?」

 

それまでずっと黙って状況を観察していた者が、ここに来て漸く口を開いた。

 

 

「やっぱり……今の貴方は姉さんじゃない。ダークファウストそのものなんですね」

事を起こした張本人、有働貴文だ。ファウストがビーストヒューマンと交戦を開始した途端、気味が悪い程に何もしなくなったのだ。

そして……

 

「…何のつもりだ?」

 

「聞いて下さい!僕は貴方と争うつもりは一切有りません!」

 

「………」

 

「魔人ファウスト…偉大なる闇の権化よ!僕の目的は貴方と同じです!忌まわしき光と、それに縋る憎むべき人間を駆逐する…僕達が戦わなければならない理由がどこに有りましょうか?」

両手を上げ、有働は必死にファウストに向かって遜った態度を取る。

 

「姉さんを捨てて、僕と一緒に戦いましょう!僕も姉さんと同じ存在です……が、僕が幾つものスペースビーストを使役出来ることはこれまでの戦いから分かるでしょう?僕は姉さんより遥かに強い。貴方は姉さんと融合している時よりも遥かに強い力を手に入れられるんです‼︎だから」

 

「断る」

願いをあえなく一蹴され、有働の顔が歪む。

 

「何故です?何故そこまで姉さんにこだわるんです?人間の体じゃ僕に手も足も及ばなかった奴に……それに彼女はもう」

 

「貴様と融合したとしてどうなる?貴様は私に全てを差し出せるか?」

 

「それは…」

 

「何をしている?速く構えろ。ビーストを操る不確定分子と組むつもりは無い」

ファウストはその指先を有働に向け、言った。

 

「貴様など要らん」

 

その一言を聞いた途端、彼の表情が絶望に染まり、力無く項垂れる。

 

………んでだよ

 

振り乱した髪の毛が、顔が、その体がメキメキと音を立てながら崩れていく。

 

「何でだよおぉぉぉぉぉぉオ‼︎僕は……僕は……」

 

「認められたいだけなのにぃィィィ‼︎」

その姿はビーストヒューマン・ロードとでも言うべきか。160cm前後だった体が2メートルにまで膨らみ、二足歩行の鼠の様な外観に変化。手足からは鋭い爪が伸び、上半身が異常に発達して骨と思わしき突起が突き出している。

 

「…全身をビースト細胞に侵してまで力を望むか」

左腕を胸の前に添え、右手をの2本の指を立てる。戦闘が始まって初めてファウストは構えを取った。

 

「ならば……その意思に全力で応えよう」

 

「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

単純に、始まった戦闘はビーストヒューマンの時とは次元が違った。

有働が地面を蹴った瞬間、ソニックブームの様な豪風が生み出されその姿が霞む。アイアンネイルを振りかざし、彼はファウストに肉薄。爪を一閃させる度に周囲のビル群に裂傷が生じる。

 

一瞬でビルとビルの壁を蹴り、立体的な起動を高速で何度も繰り返しながらファウストに飛び掛かった。

 

「オ゛オ゛オ゛!!」

10秒足らずで3桁を超え撃ち込まれる打撃、斬撃。その全てを拳、肘、蹴りを巧みに使い分け受け流される。

ほんの一瞬、突き出した腕に黒と赤の腕が絡められる。そう把握した時には地面に叩きつけられた。

 

「ガアアッ‼︎」

自らが発揮する速さの分強烈なダメージが入るが、有働はすぐに跳ね起き再び飛び掛かる。

 

(力が……力が欲しい‼︎)

例えその身が醜く変貌しようと、どんな異端の力であろうと構わない。

 

「アアァァァ‼︎」

お前もか……お前も僕を

 

「誰ガ…誰ガ欠陥(バグり)ダァァァ!!!」

 

ファウストは敵の連打連撃を難無く躱すと、カウンターのカーフキックを膝部に叩き込む。

 

「ゴアッ…!?」

地面に膝を突き頭の位置が一段低くなった瞬間、追撃の後ろ回し蹴りを顔面に受け、有働は壁際まで吹っ飛ばされる。

 

「オアアァァァァァァ!!!!」

土煙を掻き分けもう一度肉薄するが、その突進は軽くいなされ体を半回転させ繰り出されたバックブローを喰らう。再び地面を転がった時には顔の半分が抉れていた。

 

力の差は歴然。彼がファウストの足元にも及ばない事は誰の目から見ても明らかだった。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

それでも彼は何度も立ち上がる。何度もファウストに喰らいつこうとする。攻撃は一切当たらず、何十トンもの衝撃を繰り返し受けその体は最早見るも無残な外観だった。

 

「……ア」

(何故だ……何故目の前に壁が……?)

遂に地面に倒れ込んだ事も気付かずに、有働は手足をバタバタと振り回す。……勝負はついた。

 

ファウストはボロ雑巾の様にズタズタになった有働に歩み寄る。

「同じ力……貴様達は一体何だ?少なくとも人間では無いな」

 

ずっと抱いていた違和感。有働からも宙からも同じ"何か"を感じる。有働が宙を姉と呼び執着するのも関係があるのか?

 

「ゴフッ……僕……ハ…貴方様ノ……為ニ…」

肉体を惨たらしく破壊されて尚、ファウストに縋ろうとする気持ちは変わらないのか、有働は途切れ途切れになりながらその質問に答え始める。

 

「僕達ハ……クラゲ擬き……造っタ生命体……ソの目的ハ……ウルティノイド…貴方様ヲヨり強クスル為ニ…セイギョ……」

 

「制御…通りで体の自由が効かなくなる訳だ」

 

「でも…僕ハ……姉さンヨリ強い。……優秀……ダカラ…僕ノ方が」

 

「………」

 

「姉さんと違っテ……僕…人間如きニ惑わされない。優秀……だから、僕を……僕を使って下さい。お願い、お願いします…」

ぐちゃぐちゃになった顔を更に歪ませながら有働は懇願する。

 

「確かに貴様はこいつ(・・・)より余程強い……だが要らん」

 

「何で……何で!」

 

「兵器として優秀かどうかなど問題では無い……必要なのは」

無機質な口が吊り上がった。

 

「使えるかどうかだ」

 

「こいつは体の半分を私に譲っている。だから今は自由に動ける。その正体があの星の人口生命体とは驚いたが……どちらにしろ今の状態が一番都合が良い」

 

「ぎゃあァァァ‼︎」

突然有働が悲鳴を上げる。ファウストのダークフェザーが唯一残っている有働の左足を破壊したのだ。

 

「貴様は邪魔だ……今ここで死ね」

 

「あああああァ‼︎化け物めッ‼︎……嫌だ!嫌だァ!こんなところで死ぬなんてえぇぇ‼︎」

四肢が全て無くなり、達磨状態になった有働は体を懸命に揺すって必死にその場から逃れようとする。しかし、そこで彼の体力に限界が訪れる。ひとしきり喚いた後、有働はその場から動かなくなった。

 

「グッ……ああ!?」

突然、ファウストの動きが鈍り始めた。頭を抱え込み、数歩後退してその場に蹲る。

纏っていたドス黒いオーラは霧散し、抑えていた頭から両手を離すとその姿は元の少女に戻っていた。

 

 

「……もう止めて。もう彼は戦えない。……十分でしょう」

 

【⁉︎……こいつは時間さえ経てば漏れなく再生するぞ?何故だ】

 

「……もう、もう嫌…」

 

【馬鹿が‼︎情けのつもりか!】

 

 

ファウストの言葉を無視し、宙は沈黙したまま周囲を見渡す。

 

人を、殺した。それも数え切れないほど。私に助けを求めてた人だっていたのに。全て……全て見境無く血の海に沈めてしまった。

 

考えるだけで吐き気に見舞われる。

 

 

「うぅ……ひっく……」

 

「!?」

啜り泣く声が聞こえてくる。慌てて目を向けると、広場の影で蹲っている少女がいた。

 

「ルビィさん‼︎」

見間違う筈が無い。

梨子とルビィは守り……いや、生きていた。それだけでも宙は救われた気持ちになる。

 

「怪我してませんか⁉︎どこか痛いところは……」

 

「……あ」

顔を上げたルビィと目が合う。

 

–––––––––––ドンッ

 

「え?」

しかし、伸ばそうとした手は跳ね除けられ、強く突き飛ばされた。

 

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

来ないで‼︎来ないで‼︎来ないで‼︎」

 

「あ、ぇ……?」

 

化け物(・・・)に殺される‼︎」

 

頭が真っ白になった。

 

 

 

◇◇◇

 

「これ、着てみて下さいっ」

 

「で、でも真っ白なんて私に似合いますか?」

 

「全然問題ありません!」

 

「でもお金が無くて……」

 

「ルビィに買わせて下さい。さっき助けて貰ったお礼です!」

 

「宙先輩……綺麗ですから。これ絶対に似合うと思うんです!」

 

◇◇◇

 

あの時見せてくれた、花が咲いたような溢れんばかりの笑顔が今、恐怖と絶望に歪み、小刻みに震えていた。

それはまるで、異形の化け物を見る様な目だ。

 

「……あ」

そして、自分の体を見て理解する。

ルビィが自分の為に買ってくれた純白の、ノースリーブのワンピース。

 

彼女の優しさを表すように真っ白だったワンピースが今、一面黒ずんだ血に染まっていた。

 




ビーストヒューマンの群体及び有働貴文を撃破

しかし宙にも大きな代償が……

30.「楔」
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