模造巨人と少女   作:Su-d

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初投稿から1年経ったので、特別編を挟んでみました。話自体は短編みたいなもので前回と繋がりはありません。
気を楽にして読んでみて下さい


特別編 高海(たかみ)(こすも)の華麗(?)なる日常

ーー???ーー

 

「ここ、ここだよ!」

 

「本当?間違えてないずらか?」

 

「大丈夫!善子ちゃんの隣だったから間違いないって」

 

「ヨハネ‼︎」

 

「ちょっと!急に止まらないでよ!マリーが折角準備したのが崩れちゃうじゃない」

 

闇夜を移動する9つの影。彼らはやがて扉の前で立ち止まる。

 

「長いこと1人で待たせちゃって……怒ってないかな?」

 

「あの子そんな性格じゃ無いから大丈夫だよ」

 

「どちらかと言うと先輩、怒るっていうより寂しがってるんじゃないでしょうか?」

 

「あー分かる。もしそうだったら皆んなで慰めてあげないとね」

 

「貴方達、少し静かになさい。バレてしまいますわよ」

 

「皆んな、準備は良い?」

合図が掛かり、お互いが顔を見合わせて頷き合う。

準備万端だ。

 

「よし!じゃあ、いざ––––––––––‼︎」

弾む声と共に呼び鈴に指がかかる。

 

 

 

 

 

 

ーー時は少し遡りその日の数時間前。

 

沼津の街に、いつも通り帰途に着く学生達がちらほらと現れ始めた。1週間の学業からようやく解放され、来たる休日に胸を馳せ皆きゃいきゃいと声高にはしゃいでいる。

 

部活動云々はともかく、きちんと休みが約束されているのは学生達の特権だろうか。

 

その賑わいの中を息急き駆け抜けていく1人の少女がいた。

ほんの一瞬…そう、一瞬。

すれ違った者は皆ぎょっとして振り返る。例えその姿が映ったのが視界の端の端だったとしても、その姿を二度見せずにはいられなかった。

パフスリーブの半袖に胸元の赤いリボン。そこまでは他の高校生と変わりないが、何故か少女の両手両肘には溢れんばかりの大量の荷物が。手提げ袋のあちこちからは橙色の巨大なニンジンが飛び出している。そして、背中には巨大なステンレス製の鍋がたすき掛けの状態で括り付けられていた。鍋が揺れる度カバンの金具に当たり、時折カラカラと音を立てている。

あまりにも奇抜過ぎる格好。周囲から好奇の視線を幾つも集めてしまっているが、当の本人は気にも留めていない。と言うより気付いていない様子だった。

 

「〜♪」

 

その大荷物を背負いながら苦しむ様子も無く、それどころか何処かうきうきとした様子で少女––––––高海宙(たかみこすも)は駅前の並木路を駆ける。

 

【楽しそうだな】

不意に話し掛けられた。何処までも冷徹で、辺りの空気をひやりとさせるような声。

 

(はい‼︎やっぱり分かりますか?)

 

【お前の鼻息が随分と五月蝿いからな】

 

(これは鼻歌です!)

 

【……驚いた。獣の息遣いを真似ているのでは無かったのか?】

 

(本当に貴方は嫌味な人ですね)

目には見えない者との会話。

辺りに誰もいない時に急に声が聞こえるのは中々心臓に悪いが、もう宙にとっては慣れたものだった。

 

ウルティノイド––––––一度戦場に赴けば、彼は卓越した能力を発揮するが、日常生活では壊滅的な程に反りが合わない。何故彼らはこうもひねくれた性格なのか。

 

(…まぁ良いです。もう聞きません。今日は私が一皮剥ける日。これ以上いたずらに士気を下げるわけにはいきませんから)

 

【まさかお前……作るのか?】

 

(そうですが?)

 

突然、彼は笑い出した。

【くっく…お前の作るモンは全て壊滅的な出来だからな…それで適能者を毒殺させる魂胆か?面白い】

 

(貴方には絶対、絶対にひと掬いもあげませんからね)

 

【俺は元より人間が食えるかも分からん物を食うつもりは無い】

 

ペッ‼︎

強引に彼の意識を胸の内に引っ込め、体の内で繰り広げられていた論争を切る。

いつの間にか目的地はもう目の前だった。

 

 

沼津にあるマンションの一室。そこが元々宙が済むはずだった場所だ。TLTからわざわざ手配してもらったにも関わらず、宙がここを使ったのはたった数回。

直ぐに千歌の一家が経営する旅館・十千万に居候させてもらえることになったからだ。

 

(最近は部の集まりで何回か使うようにもなってきたし……決してあなた(TLT)方のご厚意を無碍にしているわけでわないですからね)

 

言い聞かせるように心の中で呟くと、気を改め鍵穴に鍵を差し込む。1人でこんな事を計画するのは初めてだった。抑えていた緊張感と高揚感がじわじわと沸き上がってくる。

 

(皆さん、驚くでしょうか?……喜んで下さると良いんですけど…)

 

ドアを開くと、懐かしい芳香剤の匂いが鼻いっぱいに広がった。

 

「…ただいま」

 

「お帰りなさい‼︎」

 

「!?!?!?」

刹那、宙は思わず飛び上がる。

流行る気持ちのまま、つい何の気無しに言ってみたつもりだったのに、誰もいないはずの部屋から何故か元気よく返事が返ってきたのだ。

目を瞬かせていると、廊下の奥の扉がガチャリと開き、1人の女性が顔を覗かせる。

 

「お帰りなさい!宙さん!」

 

「あっ」

若いながらも対異星獣研究機関主任の肩書を持ち、優秀な兵器の開発でナイトレイダーの戦闘を支えてきた凄腕のエリート。

 

「瑞緒さん!」

彼女…七瀬瑞緒から溢れんばかりの笑顔で出迎えられ、宙はその場に脱力する。

 

TLTに働き詰めだったせいで元々いたアパートを引き払ってしまった瑞緒がこの部屋を使い始めたのは数ヶ月前。色々と慌ただしかった事もありすっかり失念していたことに今更ながら気付く。

とにかく、不法侵入者でなかった事が分かり宙は胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「TLTのお仕事はお休みだったのですか?」

 

「はい!非番です。久しぶりに丸1日快適な時間を過ごさせて貰いました」

 

「えっと……なんて言うか…私が来て良かったんですか?」

 

「ふふっ構いませんよ。一日中寝てただけですし。私もそろそろ誰かと楽しくお話ししたいです……って!ここは元々宙さんが住んでる場所ですよ!私に許可なんて必要無いです」

 

「そ、そうなんでしょうか……?」

 

「そうです!さぁ中に入って下さい」

戸惑っていると、瑞緒がぐっと顔を近づけてきた。その瞳はうるうると揺れている。

 

「な、何か……?」

 

「今は私が出入りしてますけど、何時でもここで暮らして良いのに……私、悲しいです。でも、宙さんはここよりも十千万の方が何百倍も良いですよね…しくしく」

そう言って瑞緒は拗ねたように背を向けて体を丸めてしまう。

 

「そ、そんな事あるわけ……」

 

「しくしく」

 

「な……い……」

 

「しくしくしくしく」

 

「しくしくしくしくしくしくしくしく」

 

「…………っ」

残念ながら否定はできなかった。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「仕方ないです……そりゃ私なんかより意中の人の側の方が良いでしょうし?」

 

「い、意中の人!?」

 

「ふふ、冗談ですって!そんな顔しないで下さいよ」

 

「はぁ……」

 

ちょっと悪戯っぽくて、溌剌とした調子で話すその姿から溢れるのは近所のお姉さんのような気安さと親しみ。

 

本当に不思議な人だ。

ナイトレイダーにしろ研究員にしろ、TLTにいる人達は、俗世から殆ど離れた状態でいつ来るかも分からない異星獣の襲来に備えている。そのためか、皆何処となく厳格で冷徹な雰囲気を纏っているのだが、この人からは一切それが感じられない。

自分なんかよりよっぽど年頃の少女然とした瑞緒を見ていると偶に疑問に思ってしまう。

 

この人はどうしてTLTに……?

 

「あ、そうそう!どうしたんですかその大荷物?さっきからずっと聞こうと思ってたんですけど」

変に詮索しようとしていた思考を慌てて元に戻す。

 

「ああそうでした。台所を使っても良いですか?」

 

「だから別に許可なんて–––––でも何作るんですか?」

 

「ふふん」

鼻を鳴らすと、宙は溢れんばかりの大量のビニール袋や紙袋の口を開き、中に手を突っ込んだ。

 

じゃがいも、ニンジン、肉、玉ねぎ、ニンジン、ニンジン、ニンジン……

 

「この後、ここにAqoursのみんなが集まって夏の練習に向けてミーティングする予定なんです」

 

とても1人では運び切れない程の食材がどかどかと運び込まれ、台所にはたちまち小さな山脈が築かれてゆく。

 

「私はこの部屋の鍵持ってるから皆さんより少し先に来たんですけど……夜通し会議なんかしてたらきっと皆さんお腹が空くはずです」

 

千歌の姉、志満から譲り受けたエプロンを装着し、一つ大きく息を吐き出すと宙は長い黒髪を頭の後ろで一つに束ねる。

 

「–––––だから」

 

「おぉ……!?」

 

「今日は私が皆さんの夕ご飯を作ります」

ニコッと笑って得意げに一言

「サプライズで」

 

「いやどういう顔ですかそれは」

冷静を装うのは限界だったのか、期待と緊張で宙は不気味な微笑みを浮かべていた。

般若みたい……瑞緒は突っ込みながらそう思わずにいられない。

 

「でも」

 

微笑むと瑞緒は宙の横に並び立つ。

「とっても素敵なアイデアです」

 

「でしょう?」

何処からともなく取り出したエプロンをさっと身につけ、隣に立つ瑞緒を見て宙は声を上げる。

 

「えっ?」

 

「是非私にもお手伝いさせて下さい!」

元々1人でこっそり作業するつもりだった宙にとって、それは嬉しい誤算だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~うっ……じゃがいもの皮って結構剥くの難しいですよね」

 

「ピーラーは無いんですか?」

 

「残念ながら……ここで私あんまり料理しませんし」

 

「それなら包丁の峰を使ってこう……削り取るように剥いてみて下さい。ピーラーほどでは無いですが簡単に剥く事が出来ますよ」

言われた通りに瑞緒はじゃがいもの表面に峰を当てがって動かす。

 

「おおっ凄い!皮だけ良い感じにボロボロと…」

 

「志満さんに教えて貰いました。私も少し前まではよく使ってた方法です」

対する宙は、多少のぎこちなさはあるものの剥いた皮が一本の帯になるよう器用にナイフを動かしている。

 

「上手ですね!やっぱり宙さんは料理も得意なんですか?」

 

「いえ、あんまりにも下手くそでしたから練習したんです。何回も」

頭を働かせたり、体を動かしたり……戦闘に直結するような技能はそれとなくこなせるこの体だが、家庭的な事は中々どうして上手くいかなかった。 居候先の十千万の台所では何度も指を切ってしまったし、何度も調理の過程や火の加減を間違え、作ろうとしていたものはグロテスクな見た目になった。

 

「最初は随分落ち込みましたよ。私、お金なんて碌に持ってませんから、唯一できる恩返しは旅館のお手伝い……でもその中で1番大事な料理がままならないなんて」

 

「そうだったんですね」

 

「まあそれで色々教えてもらう事になって……今思えば皆さんと打ち解けるきっかけをあの時作ることができたのかもしれません」

 

「じゃあ今作ってる料理もお姉さん達に教えて貰ったんですか?」

 

「教えて貰ったと言うか何と言うか……まあ、思い入れは1番あります」

 

「……?」

 

「ふふふ」

 

「……?」

 

「あ、それと私にはこの料理しか作れません」

 

「嘘でしょ…」

そうこうしているうちに、切り分けられた野菜がボウルの上に山のように積み上げられていく。

 

「ふぅ……ようやく片付いた」

額に浮かぶ汗を拭う瑞緒。

 

「わざわざここまで手伝って下さって、本当にありがとうございます」

 

「大した事してないですよ」

 

「何言ってるんですか。今だから言えますけど、私1人じゃ絶対無理でした。時間に間に合いそうなのも瑞緒さんのお陰ですよ」

実際、11人分の料理を作るなんて2人いたからこそ成せる事だ。2人共そこまで腕に自信があるわけではなかったが、役割を分担したら作業はかなり効率良く進む。

時計を確認してもまだ十分に時間があった。

 

「よし」

買ってきたサラダ油をフライパンに薄くひいて、刻んだ玉ねぎを手早く落とし込む。ここからはスピード勝負。とにかく量が多いので、素早く火を通さなければ肉も野菜もたちどころに冷めてしまう。

 

焼いて、皿に移して、焦げ跡を拭き取ってからまた焼いて……時間は掛かるがただ単純作業の繰り返し。

 

(慌てず、急いで、正確に……!)

 

「何か……良いですよね」

隣でじゃがいものアクを抜きながら瑞緒は呟く。

 

「何がです?」

 

「だって、異星獣から人を守るだけじゃなくて、部活動のマネージャーのスクールアイドルの皆さんを支えて……全部頑張って凄く大変でしょう?」

 

「………」

 

「もっと誇っても良いと思います」

 

「違いますよ」

 

「えっ?」

 

「私、Aqoursの皆んなにマネージャーらしい事なんて殆ど出来てないんです」

 

「と言いますと……?」

コンロの火を弱め玉ねぎと肉を焼く音を抑えると、宙は自嘲気味に話し始める。

 

「スペースビースト達は私達の都合に関係なく突然現れます。ダンスの振り付けを皆んなで考えてる時も、ライブがある時も……私は直ぐにその場を離れなければならないから、大事な時に限って皆んなのそばにいる事が出来ません」

ここ最近ずっと悩んでいた事だった。

 

「皆んなの為に戦えるのは嬉しいです。けど、それだけしかやってなかったらマネージャーなんて名乗る必要ないです」

 

「そんな……誰もそんな事思いませんよ。皆んなを守る事だって立派な仕事じゃないですか」

 

「ありがとうございます。でも私、決めたんです。『ウルティノイドとして』じゃなくて、『高海宙として』……1人の人間として出来ることをもっとやろうって。だから……」

宙は視線をフライパンの上に落とす。瑞緒は直ぐにそこに込められた意図を理解した。

 

「そっか…だから皆さんに料理を作ろうって事だったんですね」

 

宙は照れたように笑う。

「夏合宿の打ち合わせをここでするって決まった時、チャンスだって思いました。私、ここだったら鍵持ってますから皆さんに内緒で作業ができます。これで皆さんを元気付けられたらって……ん?」

いつの間にか背後に回られた瑞緒に優しく頭を何度も撫でられる。

 

「大丈夫。その想いはきっと彼女達に届きます」

 

「作ってる途中ですよ。折角洗った手が汚くなっちゃう」

 

「汚くなんかないです」

 

「ちょっと……」

 

「この純情…はぁ…たまりませんね」

…何かがおかしい。基地内で話す時よりやけに瑞緒が積極的だ。

 

「もう……調味料、借りますよ」

気恥ずかしさを紛らわすようにガスコンロの隣に置いてある容器に手を伸ばしーーー

 

「⁉︎ …くっさ‼︎」

蓋を回した瞬間に鼻の奥を突いた強烈なアルコールの匂いに思わず顔を背ける。そのラベルには

 

“ス○リタス”

 

「いやいやいや‼︎ダメですよ‼︎」

 

「え、何でです?お酒だって調理に使う時ありますよ」

 

「見て下さいここ…アルコール度数96!こんな危険物をコンロの近くに置かないで下さい!台所を火の海にするつもりですか⁉︎」

 

「あ、あれ⁉︎私、料理酒と間違えちゃった……?」

 

「……もしかして酔ってません?ここにきた時から少しテンションがおかしいとは思っていましたが」

 

「うぅ……ご、ごめんなさい!久しぶりの休みで少しハメを外しすぎちゃって…」

よくよく目を凝らすと、物置の影、ベッドの下……見えにくい位置に沢山の酒瓶が並べられていた。お酒の事はよく分からないが、普通の人間がこの量を1日で摂取できるとは到底思えない。

 

(“酒豪”っていう体質なのかな……?)

 

「別に謝る必要無いと思いますけど、程々にして下さいね。取り敢えずこの危険物は片付けておきます」

ス○リタスを抱えて冷蔵庫を開ける。

 

「………」

所狭しと並べられているビールやその他諸々の缶。他に物を置くスペースがどこにも無い。

 

「これじゃあどこにも入りませんね……あ、でもそれは元々冷凍庫に保存しておくやつで」

 

「棄てましょうか」

 

「ええっ!?」

 

「こんな事してたら体がおかしくなります‼︎あと私達が間違えて飲んじゃったらどうするんですか」

 

「ま、間違うだなんてそんな…」

瑞緒はそう言うが、宙ははっきりと覚えていた。

 

「一回あったんですよ!間違えて飲んじゃったこと!この部屋で私と2年生の皆んながお泊まり会した時」

 

「嘘⁉︎ 」

 

「私達が買ったわけでもないのに置いてあるなんておかしいと思ってはいましたが……瑞緒さんのだったんですね」

思い出すだけで顔から火が出そうになる。

 

「ひぃぃぃん〜ごめんなさい〜‼︎」

 

「あの時間違えて飲んじゃったせいで私、千歌ちゃんにとんでもないこと(・・・・・・・・)して……ッ⁉︎」

刹那、宙は激しく後悔する。早口で捲し立てたせいで余計な事まで口走ってしまったーーー慌てて口を閉じるが時すでに遅し。

 

「え?なになに⁉︎一体何したんですか!」

 

「何でも無いです」

 

「教えてくださいよ〜〜」

 

「知りません」

 

「ね〜え〜!」

 

「〜〜ッ///」

既に酔っている瑞緒は、普段の落ち着きのある姿からは想像もつかないくらいにしつこく絡んでくる。耳まで真っ赤になりながら無言を貫く宙と彼女を後ろからホールドして揺さぶる瑞緒。

双方共に歯止めが効かなくなりかけたその時、玄関の呼び鈴が鳴った。

 

「千歌ちゃん達だ‼︎」

そのタイミングの良さに感謝しながら宙はあっという間に玄関まで走り抜ける。

 

「あ〜…もう…」

回していた腕を華麗に振り解かれた瑞緒は名残惜しそうな声を漏らした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

皆んなが来る。皆んなが来る。

瑞緒と話し込んでいたお陰で時間が流れるのをすっかり忘れてしまっていたが、遂に約束の時間が訪れたのだ。唾を飲み込んで胸の高鳴りを抑えると、宙はドアノブを一息に回した。

 

「いらっしゃいませ!さあどうぞ中に––––––」

 

–––––––––––パァン‼︎

 

扉を開けた瞬間、軽快な音と共に色とりどりのリボンテープが降り注いだ。

 

「きゃっ!……え?」

やや遅れてクラッカーが自分に向けて放たれた事に気が付く。

視界を覆うテープを手で払うと、目の前に集まる9人の少女達が笑顔で叫んだ。

 

「「「「「お誕生日おめでとう、宙ちゃん!!!!!!」」」」」

 

「親愛なる先輩にーー」

 

「マル達から敬意を込めてーー」

 

「天界堕天条例に則り祝福の言葉を送ります!」

 

「ちょっとストップ!ちゃんと説明しないと、ほら……宙ちゃんが凄く混乱してるから‼︎」

いきなり祝辞らしき言葉を述べ始める一年生達を梨子が慌てて押し留める。

 

「……?……!?!?」

顔中にテープをくっ付いけたまま懸命に思考を巡らせる。が、どうしても心当たりが無い。

 

「……私、今日誕生日でしたっけ?」

 

「実はね、少し前から皆んなで計画してたんだ」

体に付いたテープを取るのを手伝いながら曜が説明する。

 

「私達、誰かが誕生日って皆んなでお祝いするでしょ?ちょっとしたプレゼント送ったり、遊んだり……それで私、思ったんだ。宙ちゃんの誕生日はどうしようって」

 

梨子がその言葉を繋ぐ。

「あなたと出会って、Aqoursを結成して、皆んなでずっと仲良くしてきて……それなのに、1人だけこういう事が出来ないって今更ながら気が付いて、何とかしようと思ったの。でも、私達も宙ちゃん自身も生まれた時が分からなかった」

 

「それでね、考えたんだよ!だったら私達で作れば良いって!宙ちゃんに内緒で決めて、びっくりさせようって!」

千歌が宙の手をとりながら笑顔でそう告げる。

 

「私達自身、心苦しく思っていたのですわ。マネージャーとして、守ってくれる人として……いつも宙さんにはお世話になってばかりなのに、スクールアイドルという立場に甘んじて、殆ど何も出来ていなかった」

 

「ダイヤさん…」

 

「ま、ここにいる皆んな宙の事を大切なメンバーって思ってるから、内緒で喜ばせることをやりたかったって事なの。はい、これ。今朝ウチで取れた魚の切り身。善子の家で冷やしておいて貰ったから味は大丈夫な筈だよ」

 

「happy birthday 宙‼︎ はいこれ!見て!小原家特製・シャイニー☆ブラストホールタワーよ‼︎ここまで何とか崩さずに持ってこれたわ…」

 

「あ、鞠莉ちゃん達もうプレゼント渡して……よし!じゃあ私達からも、ね!皆んな?」

 

高く、綺麗に飾り付けられたホールケーキを避けながら千歌が綺麗にラッピングされた箱を手渡す。

 

「これは……」

丁寧にリボンを解くと、中には上品な純白のケースが入っていた。

 

「開けてみて?」

 

「わあぁ…」

青い色をした、綺麗な雫型のペンダントが姿を現した。手の平に程良く収まるそれからは、何処か安心するような感覚を覚えてしまう。

そっと表面のレリーフに手を触れると、ある事に気が付いた。

 

「これ、もしかして開く––––」

 

「ふふっ…やっぱり気が付いた?それも開いてみてよ」

 

「–––––––––あ」

一枚の写真が嵌め込まれていた。宙を含めたAqoursのメンバー全員の集合写真。皆んなが肩を組んで笑っているその様子は、スクールアイドル部と言うより運動部寄りの青春、と言うべき熱い何がが溢れ出している。

 

「欲しいものちゃんと聞けば良かったね。分からなかったから皆んなで色々考えて……これにしたんだ。皆んないつも一緒、っていうか何というか……1番大切にしてる事を伝えたくて」

 

「因みに、何で今日にしたかっていうと、皆んなの予定が空いててフリーだったからなの。こっちの都合でごめんね…あははははは!」

 

「千歌ちゃん……」

 

「今わざわざそれを言わなくても……‼︎」

 

–––––ポロ……ポロポロ…

 

「あ、ほら!千歌が変な事言うから!」

 

「うわわわ‼︎ごめん、ごめんね‼︎」

 

「……もう……本当に………」

溢れ出す大粒の涙を拭いながら、宙は精一杯の笑顔を作った。

 

「最高です……皆さん、本当にありがとうございます……‼︎」

 

 

 

 

「相思相愛ってやっぱり良いな……本当に良かったですね、宙さん」

そのやりとりを少し離れた所から見守っていた瑞緒は満足したように頷いていた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「うわあぁぁぁ‼︎凄い‼︎」

鍋に入った大量のカレーを見て、千歌は仰天している。

 

「ずっと良い匂いがすると思ってたら……これ、全部先輩が作ったずらか⁉︎」

同じく瞳を輝かせている花丸を見て、宙は微笑んだ。

 

「はい。私と瑞緒さんで作りました。沢山、食べて下さい‼︎」

 

「下さい‼︎」

 

「全く、うちのマネージャーは本当に嬉しい事してくれるんだから……鞠莉!そのデカいケーキは取り敢えずこの机に置いといて」

 

「もうっ!デカいケーキじゃなくてシャイニー☆ブラストホールタワーよ‼︎」

 

「あ、サラダもありますよ」

 

「あれ!?誰か私の箸持ってない〜?」

 

「千歌ちゃん…もう手に持ってるよ」

 

「え」

 

「お菓子とジュースもありますよ!ルビィと花丸ちゃんと、善子ちゃんで買ってきたんです」

 

「ありがとう、ルビィちゃん」

 

盛り上がっているAqoursの面々を見て、瑞緒は宙に囁いた。

「以前にもお会いした事はありますけど……本当に楽しいメンバーですね」

 

「はい!掛け替えの無い、私の大切な友達です」

 

「ふふ……じゃあ部外者の私が立ち入る訳にはいきませんね。……よし、私はフォートレスフリーダムに戻ります」

 

「待って下さい!」

立ち去ろうとした瑞緒を千歌が呼び止めた。

 

「瑞緒さんも、一緒に食べましょうよ!」

 

「え?」

 

「折角だから、そっちで活躍してる宙ちゃんの話を是非聞かせて下さい!」

 

「本当に良いんですか?」

 

宙は笑ってその肩を叩く。

「良いも何も、瑞緒さん協力してくれたじゃないですか。それにお仕事は明日からの筈です。勝手に戻らせませんよ」

Aqoursの皆がその言葉に同調して頷いた。

 

「もう、嬉しい事言ってくれるんですから!…じゃあ私もお言葉に甘えてさせて貰いますね」

 

「ええ、もちろん」

 

【悪くないな……俺にも食わせろ】

 

「は?」

 

【……あ?】

 

「いやいや、どさくさに紛れて何言ってるんですか?絶対ダメですよ。あれだけ言っといて何を今更」

 

【何だ?忘れていなかったのか…器の小さい奴だ」

 

「ふん!聞こえませんね何も」

 

【…まどろっこしい】

 

「あ!?勝手に出てこようとしないで下さい‼︎」

体の内と外で取っ組み合いが始まり、遂に宙が声を荒げる。

 

「いい加減にしてください‼︎このいやしんぼ‼︎そんなに食べたいなら謝って!私の料理を馬鹿にした事を謝って‼︎」

 

 

「また始まった……最近あの2人ずっとあの調子じゃない?」

宙が身を捩っているのを見てため息を吐く果南。

その隣で千歌が微笑む。

 

「大丈夫だよ。喧嘩する程仲が良いって言うでしょ?あの2人、いざと言うときは凄く息が合ってるんだから」

 

「ええ……本当に」

 

千歌はその場を諌めるように手を叩いた。

「よし!じゃあご飯を盛ろう……てあれ?宙ちゃん、瑞緒さん、そう言えばご飯は何処?」

 

 

 

 

「「……あ」」

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

暫くの沈黙の後、消え入りそうな声で溢すは重大な失態––––––

 

 

「……ご飯炊くの忘れてました」

 




本当はこの回は初投稿から1年経った日に投稿するつもりでした。つまり宙の誕生日は7/17になったわけです

現在から少し時間が経っているので3年生もメンバー加入しています。
宙と共に戦うウルティノイドもダークファウストでは無いようですね


次回から本編に戻ります。これまでの振り返りを交えつつ話を進めていくつもりです


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