模造巨人と少女   作:Su-d

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また遅くなりました

本編を読んだ後、後書きを必ずご確認下さい。
どうか宜しくお願いします


31.逃避

 

 

 

 

 

 

 

爆ぜる大地

瓦礫に呑まれていく悲鳴

周囲を覆い尽くす破壊の炎

 

 

 

街が燃えていた

 

 

 

─── ဟားဟားဟားဟားဟားဟားဟားဟား‼︎

 

狂気を孕んだ笑い声が街中に響き渡り、轟音と共に何度も大地が揺れる。

 

 

───ညှဉ်းဆဲခြင်း(苦しめ)……ညှဉ်းဆဲခြင်း(苦しめ)

 

漆黒の足が、反り返った爪先が何度も振り下ろされ、容赦無く踏み付ける。

 

 

─── ဟားဟားဟား……ဟားဟားဟားဟားဟား‼‼︎

 

 

魔人───ファウストは愉悦に浸り嗤い続ける。振り撒かれる死の暴風。彼に殺された者の亡骸を抱え、名も知らぬ少女が泣き叫んでいた。

 

泣いて、嗤って。泣いて、それを嘲笑って。

 

面白くて仕方がない。

 

もっと苦しめ!

もっと絶望しろ!

地獄を味わいながら死ね‼︎

 

───ညှဉ်းဆဲခြင်း(苦しめ)……ညှဉ်းဆဲခြင်း(苦しめ)!ဟားဟားဟားဟားဟားဟားဟားဟား‼︎

 

振り上げた拳がまた罪無き命を奪おうとしたその時

 

 

─── သေနတ……!?(ぐおおっ!?)

 

 

 

眩い光が迸り、突き上げられた足がファウストの腹を蹴り飛ばした。腹を抑えながら後ろに下がっていくファウスト。その目の先には───

 

……!?

 

鋭い眼光を飛ばしながら雄々しく立つ光の巨人。光は収束し、壊された街を、人々を包み込む。

 

どっと歓声が巻き起こった。

 

 

───…… သတ်(邪魔だ)…… ပစ်(死ね)

 

 

ファウストは忌々しげに毒づくと、腕を水平に払い光弾を撃つ体勢に入る。光の巨人もそれに呼応する様に拳を振りかぶり、一瞬で距離を詰め

 

「あれ……?」

 

ファウストの顔面に拳が叩き込まれた。

 

「がッ…⁉︎」

 

腕を叩かれ、息をつく間も無く連打連撃が撃ち込まれる。

 

「ごッ…⁉︎げはぁっ!!」

 

先程まで迸らせていた殺気が嘘の様に激しく狼狽し、千鳥足になりながら後ろに退がる。

 

「わ、わたし……何で⁉︎どこ、ここ……?」

 

分からない。自分は今……今まで何をしていた?脳が揺れ、目の焦点が定まらないまま周囲を見渡し、その惨状に言葉を失う。

 

「…私がやった……の……⁉︎」

 

絶望する彼女のことを気に留める筈もなく、巨人は首を鳴らしながらゆっくりと近付いて来る。

 

「待って───」

 

両手で2本の角を掴み、無理矢理下げさせた顔面に膝を打ち込む。顔を抑えて下がろうとしたファウストの腕を今度は掴んで引き寄せ、鳩尾にまた膝蹴りを放った。身体をくの字に曲げた所で頭頂部に肘を落とし、続け様に裏拳で頬を弾く。

 

最早苦悶の声を上げる事もなくファウストはその場に崩れ落ちた。

 

「誰か……助け……」

 

虚空に向かって手を伸ばすが、聞こえてくるのは歓声と、ファウストに対峙する巨人を鼓舞する声のみ。英雄(ヒーロー)(ヒール)……そうだ。私は多分、(ヒール)なんだ。だって

 

 

頑張れ!ウルトラマン‼︎

負けないで‼︎

悪魔を倒してくれ‼︎

殺せ‼︎

この悪魔め……家族を返せ‼︎

 

 

だって、私を望む声なんて何処にも無いの。

 

 

《ULTRAMAN - - - - LOAD》

 

巨人の全身から凄まじい炎が解き放たれその身を包む。

 

「ひぃっ……⁉」

 

吹き付ける強烈な熱波に気圧され、後退ろうとするが足が動かない。及び腰になり小刻みに震えるファウストに向けて巨人はただ一言

 

 

「潰す」

 

 

目の前が真っ赤になった。

 

 

 

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁァァァ‼︎‼︎」

布団を蹴っ飛ばし、絶叫しながら跳ね起きる(こすも)

 

「ごめんなさいッ‼︎ ごめんなさいッ‼︎」

 

腰が抜けた様な体勢のまま後ろに退がり、勢い余って背後の壁に背中をぶつけてしまう。

 

「ちょっ…⁉︎大丈夫⁉︎」

襖が開き、大きな音を聞きつけた少女が駆け寄ってくる。しかし、気が動転している宙には聞こえておらず、髪を振り乱しながらその場にへたり込んだ。

 

「うわっ……」

「落ち着いて下さい!ここはもう」

「姉様!やっぱりこの子頭おかしいわ」

「やめなさい!」

 

「宙ちゃん‼︎」

前に立つ2人の間を抜け、飛び出した梨子が宙を抱き寄せる。

 

「大丈夫だよ!ここはもう安全だから!」

 

「…あ……」

強張っていた体からようやく力が抜け、梨子に頭を預ける宙。ゆっくりと梨子の背中に手を回し、その温かさを確かめると小さく呟いた。

 

「夢……か…」

 

「うん……うん…もう大丈夫。あれから結構時間も経ってるから」

ふと、梨子の背中越しに2人の少女達の姿が目に入る。髪をサイドテールに纏めた背の高い少女と、少し吊り目のツインテールの少女。

どちらにも見覚えは無い。

 

「誰…?」

 

「覚えてないの?この人達に助けて貰ったんだよ?」

 

「怪我はありませんか?」

背の高い方の少女が頭を振って会釈する。

まだいまいち意識が醒めていないままお辞儀を返す宙だったが、突然弾かれた様に立ち上がる。

 

「そうだ!昼間のあれは⁉︎外はどうなってるんですか⁉︎」

 

「ちょ、ちょっと」

襖の近くに控えていた少女の静止を振り切り、焦る気持ちのまま扉を開け放つ。

 

『今日午後4時頃、爆発事故が発生した千代田区神田の現場付近です。詳しいことはまだ分かりませんが、事件発生以降、現場付近にいた200名以上の行方が分からなくなっており、現在警察と消防による捜索が進められています』

 

部屋の奥に置かれているテレビ……そこからはニュースの映像が流されていた。

 

『突如として大都市の中心部で発生した謎の爆発。これほどの行方不明者を出したのは12年前の「新宿大災害」以来で–––––––––––』

 

スペースビーストの関与する事件が改変され、継ぎ剥ぎされた様な歪なニュースに書き換えられる違和感はいつもと同じ。またTLTが事後処理に動いてくれたのだろう。

 

(今は、そういうことになってるんですね…)

 

思い出したくもなかった記憶が甦ってくる。

 

 

 

◇◇◇3時間前・戦闘終了直後◇◇◇

 

ビーストヒューマンの掃討を終えたナイトレイダーは、宙の捜索と戦闘処理を並行、行動を再開しようとしていた。

 

「これより二班に分かれる。西条、平木、俺の班をそちらに回す。お前達が指揮を執り、彼女を捜索しろ」

 

「了解!」

「わ、分かりました!」

 

「残りはこの処理だ。処理班と早急に片付ける」

 

「その必要は無い」

「⁉︎」

 

宙の捜索のため、いち早く動き出そうとしていた平木、西条、両隊員に銃口が向けられていた。

突如、ナイトレイダー達の行く手を阻むように謎の集団が現れる。

 

「……どういうつもり?」

 

「隊長?」

 

今にも応戦しそうな2人を制し、和倉は目の前の謎の集団を見据える。

彼らの装備は自分達と同系統であるが、黒と基調に赤いラインが入ったその戦闘スーツはナイトレイダーとは明らかに違う。見たことが無い。

 

「ナイトレイダーは直ちに帰投せよ。これ以上、戦闘区域での活動の一切を禁ずる。これは司令部からの命である」

 

「君達はどこの所属だ?ナイトレイダー以外のユニットはこの区域に立ち入れないはずだが」

ナイトレイダーの隊長として、他の部隊を全て把握している自分が知らない部隊が存在する事自体普通に考えて有り得ない。警戒する和倉に対して、隊長と思わしき男は短く答えた。

 

「司令部直属実働部隊・レッドトルーパー…現着。この場の指揮権は我々が掌握した」

 

「各隊に告ぐ。行動開始。逃亡したミカエルを拘束せよ」

 

 

 

 

 

 

 

ナイトレイダーによる簡易的な手当が終わると、梨子は石堀の制止を振り切って駆け出した。

 

「宙ちゃん‼︎どこ⁉︎どこにいるの⁉︎」

人々が逃げ惑い、閑散とした街に梨子の叫び声が響く。

 

「返事をしてぇぇぇぇ‼︎」

あれが真実なのか。自分達の知らないところで宙はあんなに悲惨で、残酷な戦いに心と体を削られていたのか。

 

(今気が付いたわけじゃないのに……‼︎)

自分が彼女が戦っているところを見たのは2回。でもそれだけじゃない。少なくとも、以前PVを作っていた時に、急に飛び出して足を怪我しながら帰ってきたところを見ていた。あんな事を何回も、何回も…

 

(ごめん…気づいてたのに、見てないふりをしてごめんね…)

歯を食いしばりながら懸命に走る梨子の視界の隅に何かが引っかかった。

はっと目を向ければ、街外れた薄暗い路地の入り口にボロボロになったノースリーブのワンピースが落ちている。

深紅の血に染まったそれが……誰のものかはすぐに分かった。

 

「宙ちゃん‼︎」

梨子はワンピースを拾い上げ薄暗い路地に飛び込む。

 

「……ッ‼︎……ッ‼︎……ッ‼︎……ッ‼︎……ッ‼︎」

 

纏っていたもの全てを脱ぎ捨て、壁面から滴り落ちる濁った水で身体中の返り血を拭う彼女の姿に一瞬言葉を失うが、梨子はすぐに宙に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

掻きむしるように血を払う。

拭っても拭えない程に血糊がべっとりと付いており、思うように剥がせなかった。

 

「うぅ……」

 

【何て様だ…おい…人間擬き】

冷え切った声が頭の中に響く。

 

「ねぇ‼︎私はどうしたら良いの?」

縋るように宙は叫ぶ。

 

【何が?】

 

「聞いていたでしょ⁉︎私の体がもう保たないって‼︎」

 

【あぁ…そうだな】

 

 

 

【本当に清々する】

 

「……は?」

有り得ない応えに宙は目を剥く。

 

「何を言ってるの……?」

 

【貴様が死ねば私は完全にこの体を掌握することができる。これほど好都合な事はない】

 

「ねぇ、悪いは冗談やめてよ…何でそんな事言うの?」

大切な何かが崩れ落ちていく。

 

「あの時言ってくれたでしょ?私をこれからずっと見守ってくれるって」

 

【何を勘違いしているかは知らないが、私はただ"行く末を見届ける"と言ったまでだ。光にも闇にも、どちらにも着けない貴様が……その果てにどう死のうが知った事ではない】

 

「ッ……うぅ……」

 

【はッ……そんなに辛いなら自ら絶ってしまえばいい……再び絶望を味わう前に】

 

「ひぐっ…うわあぁぁぁぁぁぁァァァァァァ‼︎」

この程度だった。今までずっと共に戦ってきたのに。いつか分かり合えると思っていたのに。自分だけだった。信頼も、絆も全ては嘘–––––––

 

刹那、ふわりと優しい感覚と共に長い赤紫色の髪が眼前を舞う。血で汚れた宙を正面から抱き止める。

 

「やっと見つけた」

 

「梨子……さん」

 

「帰ろう。皆んなのところに…今はもう、何も考えなくて良いから」

 

「……うん」

梨子に手を引かれ、ふらつきながらも立ち上がろうとしたその時ーーー

 

「両膝をつき手を頭の後ろに回せ」

 

「なっ…⁉︎ちょっ宙ちゃんに何を…いやっ⁉︎」

宙の後頭部にディバイドランチャーが突きつけられ、側にいた梨子は引き剥がされる。

乱雑に顔を上げさせられ、困惑する宙の眼前に現れたのは黒と赤のスーツを纏う戦闘ユニット––––レッドトルーパーだった。

 

「ミカエルで間違いありません」

 

「よし、すぐに無力化し連れて行け」

 

「了解」

宙に近づく男に背後からしがみつき、梨子は声を荒げる。

 

「いい加減にして‼︎」

激昂に一切怯まず、レッドトルーパーの男は冷えた目で梨子を見下ろす。

 

「何故民間人がここにいる?」

 

「さっき巻き込まれたの‼︎女の子に何をやってるの‼︎」

 

「退け、邪魔だ」

 

「きゃっ…」

梨子を振り払うと再び男は宙に近づき、その両手首を掴む。

 

「そのまま動くな……自分の立場を弁えろよ?」

梨子や宙の状態に一切構おうとしない。耳を貸そうとしない。取り付く島がなかった。このままでは訳のわからないまま宙が連れていかれてしまう。……何かを考えている暇はない。梨子は覚悟を決めたように奥歯を噛み締めた。

 

【死ね、雑魚…】

 

「ねぇ、そのまま連れていくの?頭おかしいんじゃないの?」

 

【…?】

 

ファウストが再び力を振おうとした時、梨子が再びレッドトルーパー達の前に立ち塞がる。

 

「服を着させて。私が貸すから」

 

「……良いだろう」

暫しの逡巡の後、レッドトルーパーは梨子に応じる。梨子は男から宙を奪い返すとぴしゃりと言い放った。

 

「私がやる。近づかないで!」

 

「少しでも怪しい動きを見せた時は撃つ」

 

鞄の中にしまっていた大きめのジャンパーを宙に被せ、しっかりとボタンを留める。

 

「これしか無くてごめんね。少しだけ我慢して」

 

「梨子さん…」

 

「大丈夫」

安心させる様に優しく笑いかけると、梨子はレッドトルーパー達に向き直る。

理屈はよく分からないけれど。2人揃って逃げる為にはやるしかない。今度は自分が助ける番なんだ。

 

「用は済んだな?早くこちらに渡せ」

即座に周囲を取り囲むレッドトルーパー。逃げ場は無いに等しい。

梨子は大きく息を吸い込み––––

 

「退いて‼︎ 変態集団‼︎」

感情を昂らせ、叫ぶ。その瞬間、梨子の胸元が激しくスパークし、強烈な閃光と衝撃波が周囲に吹き荒れた。

 

「ッ⁉︎」

「はーー?」

「ギャッ⁉︎」

 

ビーストヒューマンを退けた時と同等……それ以上の効力を伴いレッドトルーパーを全て吹き飛ばす。一瞬ではあるが無力化する事に成功。

 

「走って‼︎」

 

上手くいったーーー梨子は緊張で胸が弾けそうになるのを堪え、宙の手を思いっ切り引いて走り出す。

景色が物凄い速度で流れていく。室外機、ゴミ箱、無造作に捨て置かれた段ボール箱……自分でも信じられないくらいのスピードでそれらの全てを避け、薄暗い路地を駆ける。

 

(私の体…どうなってるの⁉︎)

数十メートル先に明るい光。人の賑わう声が近づいてくる。大通りに出られる。少しだけ安堵する梨子。

しかし、焦点がその一点に絞られてしまった為に寸前まで気付けなかった。脇から飛び出して来た2つの人影にーーー

 

「「あっ」」

目が合った時にはもう遅い。慌てて止まろうとするが、前につんのめってバランスを崩し、2人を巻き込む形で倒れてしまった。

 

「きゃあぁぁぁ‼︎」

 

「ご、ごめんなさい‼︎」

 

「いえ、大丈夫ーーん?」

 

「貴方、もしかしてAqoursの…?」

 

「……え?」

梨子はそこで初めて相手の顔をはっきりと見る。髪をサイドテールに結った少女だった。こちらを軽く睨んでいるもう1人の小柄な少女はその連れか。知らない人間が自分を知っているという不思議な感覚に囚われる梨子。しかし、背後から聞こえてくる複数の足音と声を聞き我に返ると、まだ茫然としている宙の肩を揺らす。

 

「宙ちゃん、起きて!早く逃げないとーーー」

 

◇◇◇

 

「見えました。170m前方」

「次に捉えたら撃て」

レッドトルーパーは一気に加速し、物の数秒で一瞬梨子と宙の姿を捕捉した路地に到達する。直ぐに見えた二つの人影に銃を向け、トリガーを引き絞ろうとした寸前で気が付く。

そこにいた2人の少女は梨子や宙では無い、全くの別人だった。

 

「失礼。2人の女を見なかったか?どちらとも髪が長く、1人は血で汚れている……見れば直ぐに分かる筈だが」

 

赤い集団の纏う異様な雰囲気に気圧される2人だったが、落ち着きを取り戻した1人が小柄なもう1人を背後に庇いながら、

 

「大通りの方に向かって凄いスピードで走っていきました。間違い無いです」

指差して答える。

 

「感謝する」

2つに部隊が分かれ、一つは大通りの方に向かっていく。そしてもう一つはこちらに留まったまま指示を出した。

 

「周囲の遮蔽物を隈無く調べる。おい、その中身を見せろ」

 

「⁉︎」

レッドトルーパーが2人の少女の直ぐ背後にある大きなボックス型のゴミ箱を指差す。

 

「あ、あの!私達、急いでるんですけど…早く退いてくれませんか?」

少女はその場から動かず、強めに声を掛ける。その語尾は少し震えていた。

 

「直ぐに終わる」

 

「姉様……!」

 

妹と思わしきもう1人が不安げな声を上げたその時

『隊長‼︎索敵機から報告です!ミカエルと思われる影をポイントQで捕捉!』

 

「分かった。直ぐに向かう」

パルスブレイカーからの無線に応じた男は、2人の少女を強引に押し退けてボックスの扉を勢い良く開いた。

 

「無駄足だったか」

ボックスの中には何も無かった。

男は舌打ちすると、引き連れていた部隊と共に大通りへと向かっていった。

 

 

 

「はぁ……」

2人の少女はその場にへたり込む。

「追いかけてた人達、もう行ったみたいですよ」

 

二つの大きな旅行鞄の後ろから梨子と宙が姿を見せる。

「あの!助けてくれて、本当にありがとうございます‼︎」

梨子は2人に頭を下げた。

 

「でも、貴方たちは…?」

何故Aqoursのことを知っているのか…この2人は誰なのか。疑問は尽きなかった。梨子はちらりと2人を伺う。姉と思わしき女子は胸に手を当てて、

 

「鹿角と申します。こっちは妹です」

どうやらこの2人は姉妹らしい。自分達を隠し、守ってくれたこの大荷物を見るに、彼女達も旅行者なのだろうか。

姉の後ろに隠れるように立つ小柄で少し吊り目の少女がぶっきらぼうに小さく頭を振った。少し遅れてこちらに会釈した事に気が付く。

 

「えっと……この辺りはどういう状況なんですか?」

 

「さぁ…私達にもよく分かりません。突然秋葉原の辺り一帯が封鎖されて、自衛隊みたいな人達が」

姉は困った様に首を振る。

 

「取り敢えず、私達が泊まっている旅館に来ませんか?彼女、怪我してるみたいですし…ね?」

おそらく宙の事を言っているのだろう。梨子は応じようとするが、

 

「本当は病院とか行くべきなのかもしれないですけど、何故かさっきからずっと圏外で……ロビーの人に言えば直ぐに対応してくれると思います」

 

「姉様!良いんですか⁉︎こんなに怪しい人達……!」

妹が反発する。

 

「怪我してる人を見過ごすなんて出来ません。あの人からそう教わったでしょう?」

 

「そ、それは……はい」

姉は落ち着いて妹を宥める。至って冷静に振る舞うその姿は、その奥に秘めた聡明さを感じさせる。

 

「突然この街中が混乱して、秋葉原周辺が封鎖されて……何が何だかよく分からないんです。でも貴方達はそこから逃げてきた。そしてそれを追いかけていたあの物騒な人達……貴方達なら何か知っているんじゃないですか?」

 

「向こうで何があったのか、教えて頂けませんか?」

 

 

 

 

 

◇◇◇ 現在 ◇◇◇

 

「事件が起きたとは思っていましたが、秋葉原でこんな事があったなんて……でも思いの外貴方達に酷い怪我が無くて良かった」

姉が話している内に妹が急須にお茶を汲み、宙に差し出す。

「どうぞ。少し落ち着かれたみたいですね」

戸惑っていると、姉がそう促してきた。

 

宙はやっと自分が置かれている状況を理解する。自分達は、危ないところを偶然出会った姉妹に助けられ、2人がが泊まる旅館に連れて来て貰った。自分の体が綺麗で、無事でいるのもこの姉妹、そして梨子のお陰に他ならない。

 

「ありがとうございます。本当に、感謝してもしきれません。でも、あの…」

お茶を受け取りながら宙は精一杯の感謝を伝え、一番気に掛けていた事を聞く。

 

「ルビィさんは?」

 

「ルビィちゃんなら大丈夫。千歌ちゃん達と合流できたってメールが来てたから」

 

梨子の言葉を聞き宙は少しだけ安心する。そして、再び姉妹に向き直った。

「本当にお世話になりました。ありがとうございます」

 

「構いませんよ。ただし(・・・)

姉は悪戯っぽく笑う。

「服は貸した物ですから、明日返して下さいね」

 

「えっ…」

 

「冗談です」

 

「ねぇ、姉様…明日、本当にあるの?中止になんてならないよね?」

 

「分からない。でも、まだ中止にはなってないみたい。今はただ明日に向けて万全の準備をしましょう。後悔しないためにも」

 

「お二人も遠いところから東京に来られたんですよね?何かあるんですか?」

少し興味を持った梨子がそう尋ねるが、

 

「多分、すぐに分かると思います」

 

「え……?」

姉は笑って首を横に振る。その瞳には何か、揺るぎない自信が宿っていらように見えた。

 

「Aqoursの皆さんの事はPVを見て知りました。素晴らしかったです」

 

「あ、ありがとうございます…」

賛辞の言葉を贈られ、梨子は顔を赤らめる。

碌でもないことが立て続けに起きた1日であったが、自分達を助け、Aqoursのことを褒めてくれる人達との出会いがあった。そのことが素直に嬉しく、少し勇気が湧いてくる。

 

(どうしたら良いか…私自身もちゃんと考えないと)

自分の中にある不思議な力。そして宙との向き合い方。

 

まだ立ち直れていない宙を伺いながら、梨子はそう心に決めた。

 

 

「本当にお世話になりました。遅くまでお邪魔してすみません」

 

「そんなに畏まらないで下さい。困った時はお互い様です。暗いので気を付けて下さいね」

 

「あ、あの…」

 

「?」

最後に梨子は頭を下げ退出し、宙もそれに倣おうとしたところ背後から呼び止められた。振り返ると遠慮がちに目を伏せる妹の姿。気まずそうにしながらもおずおずと口を開く。 

 

「さっきは、その……おかしいなんて言って…ごめん」

ずっと気にしていたのだろう。おかしくなって迷惑を掛けたのは事実だし、巻き込んでしまった自分に一番非がーーーいや、こんな言い方をしたら余計に気を悪くさせてしまう。

 

「もう大丈夫ですよ。えぇっと…… ! そうだ、お茶!」

 

「…は?」

 

「凄く美味しかったです」

 

 

 

暗い夜道へと出た梨子と宙。周囲に入念に目を配らせるが、あの時襲ってきた赤い集団の気配は無く、街は落ち着きを取り戻していた。

 

「〜〜♪」

 

2人無言で歩いていると、来た道の方から微かに歌声が聞こえてきた。二重の旋律が重なり合い作り出される非常に美しい歌声。

あの2人の姉妹が歌っているのだろうか……?

ふと、梨子はある事に気がつく。

 

「名前、聞かなかったな…」

 

 

◇◇◇4時間前・神田明神◇◇◇

 

「〜〜♪」

 

「ん?」

境内で弾んだ呼吸を整えていると、歌声が聞こえてきた。

千歌達は視線を聞こえてきた先に送ると、

 

 

わかるでしょう

 

弱い心じゃダメなんだと

  影さ…ダメなんだ!

 

感じよう しっかり 今立ってる場所

 

 

神社の目の前に立つ2人の少女が目に入った。

側から見るとかなり目立つが周囲には自分達以外誰もいない。そして何より

 

「はぁぁ……」

悪目立ちとか、そんな事は欠片も感じないほど美しく、澄んだ歌声。思わず聞き惚れてしまう。

 

「こんにちは」

後ろで聞いていた事を既に気づいていたのか、2人は何かの歌詞の一節を歌い終えると直ぐにこちらを振り向く。

 

「こ、こんにちは……」

「ま、まさか天界直視⁉︎」

 

「あら?貴方達、もしかしてAqoursの皆さん?」

 

「う、嘘!どうして⁉︎」

「この子、脳内に直接……⁉︎」

「もしかして、マルたちもうそんなに有名人?」

 

「PV、見ました。素晴らしかったです」

癖の強過ぎる善子のリアクションを全てスルーし、少女はAqoursに笑い掛ける。

 

「もしかして…明日のイベントでいらしたんですか?」

 

「はい…」

 

「そうですか。楽しみにしてます」

何事もなかったかのように踵を返し、階段の方へと去っていく。そして、もう1人の小柄な少女はこちらに向かって刺す様な視線を向けーーー

 

「え!?」

こちらに向かって疾走。どう見ても直撃コースだ。

 

「うわぁっ⁉︎…ッ!?!?!?」

ぶつかる……そう思った時には既に小柄な少女は真上にいた。鮮やかなムーンサルトスピンでAqoursを飛び越え、綺麗に着地。

 

「では」

さも当然のように少女はそれを見届け、小柄な少女と共に階段を下りていった。

 

 

「凄い……!」

「東京の女子校生って皆んなこんなに凄いずら?」

「当ったり前でしょ!東京よ、東京‼︎」

 

「歌…綺麗だったな…」

 

 

 

 

◇◇◇ 現在 ◇◇◇

 

眩い高層ビル街を抜け暫く歩くと、前方に木造二階建ての大きな建物が見えてきた。入り口付近には大きな文字で「鳳明館」と書かれた看板。ここが今回Aqoursが泊まる旅館だった。日露戦争が終わって程なくして建てられたこともあって、何となくではあるが旅館全体からレトロで趣深い雰囲気が感じられる。

 

もっとも、2人がそれを堪能できる程の精神状態であるかはまた別の話ではあるが。

 

 

正面の門まであと数メートルというところで宙は足を止める。

 

「皆んなもう中で待ってるよ。……早く入ろう?」

隣に梨子は遠慮がちに声をかける。結局、ここにくるまで2人はまともに言葉を交わしておらず、これ以上に梨子は何と言葉をかけて良いか分からなかった。

 

「ここに私が入る資格があるんでしょうか?」

 

「…え?」

 

「私はルビィさんの心を傷付けました。化け物と言わしめる程に……今、私に会って彼女は何を思うんでしょう?」

 

「それは…でも!」

 

「もう会わせる顔なんて無いと」

 

「それは違うよ!」

 

「梨子さん…」

 

「そんな事言わないで」

真っ直ぐな眼差しは宙をはっきりと捉えている。

胸の底から沸き上がるえも言えぬ感覚。千歌に、梨子に、曜に、高海家に…救って貰ったあの時と同じだった。

 

(温かい…)

 

「梨子ちゃん!宙ちゃん!」

その時、旅館の扉が開いて5人がこちらに駆け寄ってきた。

 

「ニュース見たよ!大丈夫だった⁉︎」

「良かった……!2人とも事故があったところの近くに居たみたいだから、凄く心配で」

曜が2人の手を取って安全を確認し、千歌は安堵のあまりその場にへたり込む。

 

「皆んな……」

馴染んだメンバーとようやく顔を合わせる事ができたが、あの事をどう説明したら良いのだろう。梨子は表情を曇らせ、宙は顔を背けようとするが

 

「梨子さん!先輩!」

 

「…え……⁉︎」

飛び込まんばかりの勢いで走ってきたその姿に、一瞬頭が真っ白になる。

 

「ごめんなさい!勝手に1人で帰っちゃって…」

 

「ルビィ…さん…?」

 

「その、あれ……?」

 

「どうかしたんですか…?」

なんの抵抗もなく宙に飛び込み、手を回しているルビィが不思議そうに首を傾げる。

 

「大丈夫、なんですか?」

辿々しく言葉を繋ぐ宙の様子に怪訝そうな表情を浮かべるが、

 

「よく分からないですけど、ルビィは元気です!」

 

「⁉︎」

花が咲いた様な笑顔を向ける。

ぞくりと鳥肌が立った。今の彼女は、まるであの時の事を何も覚えていないように見える。

 

「えっと……?とにかく中に入ろう」

曜にそう促され、違和感を引き摺りながらも2人は旅館の中へと入っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『大丈夫。直ぐに良くなるから』

MP(メモリーポリス)が装備するメモレイサー……小型記憶消去端末によりルビィの記憶が一部切り離されている事など2人が知る由も無い。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「お、美味しいぃ〜〜‼︎」

 

「なんだか、こうやって皆んなで一緒に食べると修学旅行に来たみたいだよね!」

夜。Aqoursは部屋で少し遅い夕食を取っていた。

目の前に並べられた色とりどりの料理。大量の刺身や着火剤が備え付けられた小さな鍋で作られる鍋料理。普段食べる機会が中々無いものばかりで皆顔を綻ばせている。

 

「見よ!堕天流奥義!"鳳凰煉獄"‼︎」

チャッカマンを杖の様に構え、その先からチョロッと火を灯す善子。ちゃんと弁えているのか、人のいないところに向けているのがいかにも彼女らしい。

 

「ヤバい…カッコいい!」

 

「ご満悦ずら」

 

「あんただって、旅館のご飯にご満悦のくせに!」

 

「こら!危ないからやめなさい!」

 

「はい…」

母親のように諭し、梨子は善子からチャッカマンを取り上げる。

(全くもう………でもありがとう)

 

一年生達のやりとりはその場を和ませてくれる。笑いで包まれた温かな雰囲気に梨子は安心感を覚えていた。

カチャリと乾いた音が隣から聞こえるまでは。

 

 

「ごちそうさまでした…」

 

「え!?宙ちゃんもう良いの?」

まだ半分以上残った膳に箸を置く宙を見て曜は驚きの声を上げる。

 

「いえ…もう大丈夫です」

 

「……どうしたの?具合悪いの?」

 

「ごめんなさい。先に寝ますね」

薄く笑うと、彼女は部屋の隅で布団を敷き始めた。

梨子と曜は絶句して顔を見合わせる。

いつも宙と過ごしている2人は、宙の食に対する執着がどれ程のものかを知っている。

十千万では山盛りご飯を5杯は食べる彼女が、学校に重箱サイズお弁当箱を持ち込みものの数分で平らげてしまう彼女が、ご飯粒一つ残さない彼女が、食べ物を残すなんて有り得ない。

 

「……」

 

「千歌ちゃん、曜ちゃん、ちょっと良い?」

梨子は意を決して、目を白黒させている曜と、先ほどからずっと黙っている千歌に声を掛ける。

 

「二人に話さないといけないことがあるの」

もちろん一年生に悟られてはいけないので小声で耳打ちした。

 

 

「やっぱり昼間に何かあったんだよね」

曜の問いに首肯で応じる梨子。

ここにルビィ、善子、花丸はいない。一年生達が浴場に向かったタイミングを見計らい、梨子は千歌・曜の2人を人目のつかない廊下の一画に呼び出したのだ。

 

「爆発事故があったっていうニュース…あれ嘘なの」

 

「え…⁉︎」

 

「ただそういうことにされてる(・・・・・・・・・・・)だけ。これまでも似たようなこと何回かあったでしょ?淡島や沼津に化け物が出た時とか、そのあと壊された街が突然元に戻って…」

 

梨子の言わんとする事を察した曜の表情がみるみる青ざめていく。

 

「1日経ったら"化け物が出た"っていう事実が、私達以外の全員の記憶から消えて無かったことになってたみたいに…それと同じ事が起きたんだよ」

 

「じゃあ、もしかして秋葉原…東京にも」

 

「…うん。化けも「何もないよ」……え?」

 

「何も無かった。梨子ちゃんや宙ちゃんは、事故に巻き込まれそうになって…それで宙ちゃんはショックを受けてる。そうでしょ?だからそれ以上、何も起きてないんだよ」

 

「千歌ちゃん……⁉︎」

「何を…言ってるの……⁉︎」

朗らかに笑い掛ける千歌。彼女から感じる尋常ではない違和感に、曜と梨子の背筋は凍り付く。

 

「千歌ちゃん聞いて。秋葉原でたくさんの人が化け物「嘘だよッ‼︎」…ッ⁉︎⁉︎」

 

「そんなわけない。そんなことあって良いわけないじゃん。…じゃあ何?また怪獣が出たっていうの?東京に?おかしいじゃんそんなの。何で私達がいる場所にいつも現れるの?」

 

「千歌ちゃん…」

 

「ねぇお願い梨子ちゃん。嘘って言って。何も無かったって。私を安心させてよ…ねぇ!」

生気の感じられない瞳でそう詰め寄る千歌。

 

 

 

 

千歌は一度、バクバズンに捕食される一歩手前のところまで追い詰められた。その時感じてしまった恐怖と苦痛、絶望感は大きなトラウマとなり、未だ彼女の奥底深くに沈殿しているのである。

現実から目を背けてしまう程に───

 

 

 

フォルダの中にはまだ、秋葉原のベンチで仲良く身を寄せ合って転寝している宙とルビィの写真が残っていた。

微笑ましいと思っていた。後で2人に見せて、恥ずかしがってもらって、それで…

 

それなのに  この後ーーー

 

「……私は絶対信じないから」

そう呟くと、千歌は写真を削除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜。

消灯時間はとうに過ぎ、駄弁っていた声も安らかな寝息に変わった頃、部屋の隅で一つ人影がのそりと起き上がった。

 

(三度寝は……流石にできるわけないか)

眠気はとうに消え失せ、辺りが暗くなればなる程意識がはっきりとしてくる。寝巻きの帯をもう一度締め直し、音を立てずに襖を開けて部屋の外へと体を滑り込ませた。

 

 

茹だるような湿気が体に纏わり付き、少し歩くだけで汗が滴となり頬や首元を流れ落ちる。内浦とは比べ物にならない程の暑さだ。

これが世に言うヒートアイランド現象なのか。

 

あても無く外に出ると、石段に腰を下ろして夜の空を見上げる。眩いネオンの輝きに遮られ、さほど星は見えなかった。

はぁ、と宙は一つ大きく息を吐き出す。

 

行くことが決まってから、ずっと楽しみにしていた憧れの東京。

それが、これ以上無い絶望を味わう場所になるなんて思いもしなかった。

 

(これからどうすれば良いの……?)

あれだけ苦痛を受けたの直後だというのに、思いの外心は落ち着いている。いや、落ち着きというよりこれは"諦め"なのかもしれない。

 

今は大切な人達を、温かさを、居場所を求めてAqoursの側にいるが、このままだと間違いなく迷惑を掛けてしまう。実際もう掛けている。迷惑なんて言葉では済まされない。昼間、梨子が発現させた強い光…彼女の中で適能者(デュナミスト)の力が覚醒しようとしている。これ以上、皆んなと、梨子と近くにいれば…

 

再びダークファウストに飲み込まれ、ウルトラマンの力を得た梨子と殺し合うことになる。

もう、ファウストが自分を使い勝手の良い道具としか見ていないのは明白なのだ。

 

 

「そうなる前にいっそ私が」

 

「眠れないの?」

 

「ッ‼︎」

はっと後ろを振り向くと、ぶつかった視線を逸らそうとする自分が憎い。この期に及んでまだ私は逃げようとしているのか。

 

「暑いもんね。私も一緒だよ」

長い赤紫の髪を揺らし、その少女……桜内梨子は宙に向かって微笑んだ。

 

 

ーーー

 

 

「隣、良い?」

静かに首肯すると、梨子は直ぐに宙の隣に座る。

 

「あの」

 

「宙ちゃんに聞きたいことがあるんだ」

宙が何かを言うより前に梨子は話を切り出した。

 

「今日見たと思うんだけど、私の体、最近おかしいんだ。急に不思議な力が沸いてきて……宙ちゃんなら知ってるんじゃないかな?」

 

「………っ」

 

「例えば…私が宙ちゃんと同じように巨人に変身できるようになるとか?」

 

「なッ…!?!?!?」

さも何でもない事のように核心を突かれ、宙は頭が真っ白になる。

 

「やっぱりそうなんだ」

有り得ない。何故これほどまでに落ち着いていられるのか。

「さっきね、夢で見た気がするの。なんて言うか、その…TVで昔やってたあの、」

 

「ウルトラマン、みたいな」

 

「ごめんなさいッ‼︎」

その言葉を聞いた時、無意識に体が動いた。これ以上側にいないためにここから逃げようとした。

 

「待って‼︎」

その手を掴まれる。

 

「離して下さい!もう駄目なんです!やっぱり私はみんなと一緒にいる資格なんてない!私のせいでみんな不幸になります!」

 

「何でそうなるの!?そんな事言わないでって言ったじゃない‼︎」

 

思いの外梨子の力は強く、振り解こうと宙は腕に更に力を込める。

「傷つくのは私1人でーーー」

だが、振り向いた時、一瞬で体中の力が抜けてしまう。

 

「何でそうなるのか…せめて話だけでも聞かせてよ」

梨子の目から涙が溢れていた。

「まだ、まだ何も聞けてないじゃない…」

 

ああ、やっぱり私は最低だ。

初めて、大切な人を泣かせてしまった。

 

 

宙は梨子を落ち着かせると、ぱつりぽつりと話し始めた。

 

この地球で今、何が起きているのか。

人類に仇なす異形の存在、スペースビースト。

梨子が、Aqoursの6人が、その中に適能者の力を宿している事。

自分の中にいるもう1人の存在、ダークファウストが人類の味方ではない事。

そして、彼がウルトラマンという存在を強く憎んでいる事。

 

 

「そっか……。だからファウスト…さんは私に対してあんな事をしたんだね」

鼻を啜りながら梨子は小さく呟く。

 

「謝って許されることではありません。でも……本当にごめんなさい。ファウストが体を支配していたとは言え、私はあなたを…」

 

「宙ちゃんのせいじゃないよ」

 

「……もし梨子さんが本当に力を掌握したら、私はおそらくファウストの力を抑え込むことができません。守るための力を貴方に向けることになってしまいます」

そう。少々複雑になってはいるが、全てはこれに尽きる。

「そうならないために、私はここを離れます。どこか人のいない遠いところに行きます」

 

「でも、梨子さんたちは今までと変わらず皆さんと生活してください。スクールアイドル…続けて下さい」

梨子がしたように、宙は微笑む。

 

「スペースビーストは私が全て倒します。もうこれ以上、誰も傷つけさせない」

 

「ごめん。出来ないよそんな事」

 

「…どうしてですか⁉︎」

 

「だって方法はもう一つあるから」

 

「え…⁉︎」

 

「私がもし、ウルトラマン…?になって、ファウストさんが私を殺しにきたら、戦って勝てば良い。それで仲直りして、2人で一緒に敵と戦う。だから、宙ちゃんはこれからもずっと私達と一緒」

もうめちゃくちゃな返答に宙は目を剥く。

 

「駄目です!そんなの…私が梨子さんと戦うなんて、出来るわけありません…危険過ぎます!」

 

「私は勝てると思うよ?ファウストさんはともかく、宙ちゃんになら」

 

「うぇ…??」

 

「だって宙ちゃんの弱点、知ってるだもん」

 

「どういう、ことですか…⁉︎」

 

「えいっ」

梨子は悪戯っぽく笑みを浮かべると、腰を低く落として宙に向かって手を伸ばした、

 

「ちょっ!?…なっ…あははははははははは‼︎」

あっという間の出来事だった。梨子は余裕そうに腰に手を当て、宙は力無く膝を突く。

 

「前に、千歌ちゃんに聞いたんだ。しいたけちゃんにも同じことされたんでしょ?」

 

「そんな…」

 

「これで勝てる」

肩で息をしながら、宙はドヤ顔している梨子を見上げる。2人は顔を見合わせーーー

 

「「ぷっ」」

同時に吹き出した。

「何ですかそれ。めちゃくちゃですよ、もう…」

 

「急に1人になるなんて言い出す方がめちゃくちゃなんです」

 

「それに、宙ちゃんは少し勘違いしてると思うなあ」

 

「…え?」

 

「ファウストさんは私を危険な目に遭わせたって言ってたけど、逆だよ」

へたり込んでいる宙に手を伸ばす梨子。

 

「あの時、ファウストさんが戦ってくれたから私も、ルビィちゃんも生きてる。結果的に助かったんだよ」

 

「私はファウストさんそんなに悪い人じゃないと思う。まぁ物は考えようなのかもしれないけど、私が言いたいのは…」

そういうと梨子は太陽のような笑顔を見せる。

「簡単に諦めちゃダメってこと」

 

「梨子さん……」

暗く沈んだ心に、一つ、また一つと光が灯っていく。

(もう一度、足掻いてみよう。一緒に生きるために)

 

伸ばされた手をしっかりと掴む。そしてその手を引き寄せ、宙は梨子を精一杯抱きしめた。

(あっ……)

 

その場の雰囲気のままやってしまったが、さすがにやり過ぎたか…

そう思ったが、梨子も同じように強く……宙よりもっと強い力で抱きしめ返した。

 

……温かい。

 

あなたの様な人が居てくれるから、私は戦える。

これからも……そうなのかもしれない。

 

 




ひたすら梨子ちゃんと謎の姉妹にイケメソムーブしてもらうお話でした
本当に進みが遅くてすみません!
千歌ちゃんに対しては弁解の余地が無く、申し訳ない気持ちでいっぱいです… ただ、心身共に大きく成長する機会が必ず訪れると思います(サンシャイン原作の展開とはまた別に)

そして、勘の良い方は気がつかれたかもしれませんが、冒頭のシーンは山形りんごをたべるんごさんの作品「RAINBOW X STORY」一部引用させて頂いています↓
https://syosetu.org/novel/224442/

簡単に説明すると、宙の自己嫌悪やダークファウストに対する不信が、別の世界線で邪智暴虐の限りを尽くすダークファウストの記憶とリンクしてしまった……といったような感じです。

作者様に問い合わせてみたところ、快く了承して下さりました。失礼にあたるのかもしれないのに、本当にありがとうございます。
そして、カタルシス溢れる回に変な解釈を入れてしまい大変申し訳ありません!

最後になりますが、RAINBOW X STORYを是非読んでみて下さい。
ウルトラ好きには堪らない、本当に面白い作品なので‼︎

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