模造巨人と少女   作:Su-d

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シン・ウルトラマン……見ましたか?
僕は演出で泣きました。外星人の名刺も貰いました。
初めて同じ作品で2回以上劇場に足を運びました。本当に最高の作品でした。
見ておられない方は是非足をお運び下さい。
虹が咲も本当に面白かったです!スーパースターも楽しみですね。

今回の話非常に長いです。


32.悪魔的  ーー FINDISH ーー

 

◇◇◇これまでのあらすじ◇◇◇

 

 

「司令部直属実働部隊・レッドトルーパー…現着。この場の指揮権は我々が掌握した」

 

「各隊に告ぐ。行動開始。逃亡したミカエルを拘束せよ」

 

 

有働貴文–––––ラファエルの策略に嵌り、心身共に深刻な傷を負う(こすも)の前に"レッドトルーパー"と名乗る部隊が突如現れた。

彼らはウルティノイドの力を制御出来ず、暴走した宙をラファエル共々「処分」する為にその身柄を拘束しようとする。

 

 

–––––退いて‼︎宙ちゃんに手を出さないで‼︎

 

 

しかし、謎の力を発現させた梨子や聖良、理亜と名乗る姉妹の機転によりレッドトルーパーの追跡から逃れる事に成功。

そして梨子は、自らがウルトラマンの力を使役する存在"デュナミスト"に覚醒しようとしている事を知る。

 

「これなら私、宙ちゃんの力になれるのかも」

 

自らの体の変化に戸惑うどころか宙ばかり傷付けてしまう現状を変えられると喜ぶ梨子。戦いに巻き込むことは流石に出来ないと宙は難を示すが、反面、その献身的過ぎる優しさに胸を打たれる。

 

 

 あなたの様な人が居てくれるから、私は戦える。

 

 

決意を新たにする宙と、その意志に寄り添う梨子。

 

 

そして

 

 

……私は絶対信じないから 痛みも 苦しみも 怪獣(ビースト)

 

 

 

 

過去の恐怖に縛られている千歌。

今起きている現実に戸惑う曜。

まだ何も知らない者達

 

 

様々な想いが交錯し、辿り着く終着点に齎されるものは希望か、絶望か–––––

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

ーー TLT・中央コントロールルーム ーー

 

 

 

薄暗い空間に集う者達の影が、中央に立たせた女性に向かい妖しく揺らめく。

 

 

 ーーー ーザッー ーーー

 

「おい、その中身を見せろ」

 

「⁉︎……あ、あの!私達、急いでるんですけど…早く退いてくれませんか?」

 

「直ぐに終わる」

 

「姉様……!」

 

『隊長‼︎索敵機から報告です!ミカエルと思われる影をポイントQで捕捉!』

 

 ーーー ーザッー ーーー

 

「此処です」

不意に現場の映像と音声を記録した端末に手が掛かり、止められる。

 

「我々はこの報を受け現場に急行しましたがこれは捏造された誤報でした。データを解析し判明したのは、この情報を我々に流し追跡を撹乱させたのが––––––––」

差し向けられた指は壇下の女性へと向けられた。

 

「この女だという事です」

 

 

 

 

「仮にも対異星獣研究機関の管理を任されている者が……どういうつもりかな?七瀬主任?」

 

 

壇上から向けられた幾つもの敵意ある視線を超然と受け止め、その女性–––––七瀬瑞緒は静かに眼前に立つ男達を見据えた。

「どういうつもりか……それはこちらの台詞です」

 

「レッドトルーパー…と言いましたね?TLTにこの様な組織が在中していた事など一切聞いたことがありません。貴方達は何故今まで私やナイトレイダーにこの存在を秘匿していたのですか」

 

「まずは我々の質問に答えて貰おうか、七瀬主任。話はそれからだ…何故彼ら(レッドトルーパー)の任務を妨害した?」

 

「早く答えよ。君のした事は重大な命令違反––––––––」

 

「貴方達が"ミカエル"…宙さんやその友人に手を出そうとしたからです」

 

裁定が下される前に瑞緒は言葉を被せる。その声は落ち着いているものの、明確な敵意と怒りが込められていた。

 

「私達は宙さんを1人の人間として敬意と親しみを込め接してきました。良好な関係を築き始めていました。それを貴方達は全て無駄にした」

手に握られたままのペンがパキリと折れた。

 

「あろう事か拉致未遂だなんて……! 自分達が何をしたか理解できますか?」

 

「暴走した人工生命体に情で訴えかけろとでも?馬鹿馬鹿しい」

「君は今のミカエルにまだ利用価値があると思っているのか?」

鋭い視線を向けられたレッドトルーパー達は冷笑する。

 

「七瀬主任。今はもう感情論でどうこう出来る状況ではない。先日の戦闘記録からミカエルがウルティノイドファウストを制御出来ず、暴走状態にあることが裏付けられた。そして今も君達と連絡を絶っている。この危険因子をこれ以上生かしておく事は出来ない」

 

「所詮、ウルティノイドは我々には過ぎた物だったのだ。今、我々は敵と渡り合える戦力を拡充しつつある。我々人間は自らの手で進歩し、未来を切り拓かねばならない」

最高司令の男は側に控えるレッドトルーパーの肩に手を乗せる。

 

「私自ら作ったレッドトルーパーこそ、その一翼を担う者達だ。君たちに黙っていたのは、早々に敵に手の内を晒したくなかったからだ。分かってくれ」

「彼らは皆精鋭中の精鋭だ。ナイトレイダーに代わる主力となることは間違いない。今後は、レッドトルーパーを中核として残敵を掃討していく」

 

今まで奮進してきた者はもうお払い箱という事か。この男は一切何も分かっていない。

 

「ふふっ」

瑞緒は怒りと失意で顔を伏せ––––––不意に笑みを溢した。

 

「…何が可笑しい?」

 

「ラファエルの離反を見てまだ宙さんの事を使い捨ての効く兵器だと思っているのですか? その短絡的な思考こそが事態をより悪化させている事を自覚しなければ取り返しのつかない事になりますよ」

「自らの手で進歩……? 私から言わせれば、過去の思考にいつまで囚われている貴方達は進歩どころか停滞…寧ろ退化しているように見えますが」

 

カチャリと金属音が響き、無数の銃口が向けられた。

 

「貴様……‼︎反逆者の分際で……‼︎」

 

「よさないか」

最高司令の男に止められているので撃たれる事は無かったが、これでは理性的な判断が取れるかも怪しく思える。

 

(いや、今こんな事してる私も似たようなものか)

 

「七瀬君…君は規律違反を犯した。しかし、これまでTLTに尽力してくれた優秀な君を私は非常に信頼していた。これからもそうでありたい」

瑞緒の両手に手錠が掛けられ、両腕をレッドトルーパー達が抱え込む。

 

「君には自らを省みる時間が必要だ」

 

「なっ…⁉︎待って!まだ話は終わっていません!ラファエルは⁉︎貴方達の管理下にあるんでしょう⁉︎早く殺して!あの子をこれ以上苦しませないで‼︎」

 

「君が自由になるその時、我々はお互いに分かり合える関係である事を祈っているよ」

「いやっ‼︎離して‼︎」

瑞緒は引き摺られる様に連行され、コントロールルームからその姿は一瞬で掻き消えた。

 

 

 

 

「司令、我々は引き続き捕獲作戦に着手します。宜しいですね?」

 

「ああ。ナイトレイダー達はこのまま軟禁し、監視を継続しろ。それから–––––」

最高司令の男は画面を凝視し、口角を歪に歪めた。

そこに映るのは、"力"を発現させレッドトルーパー達を吹き飛ばす梨子の姿。男は画像を拡大させ、梨子の顔が大きく表示される。

 

「捕獲対象をもう一つ追加する」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

眩い照明に照らされ、数多の視線が自分達に向けられる。見知らぬ人達の前で自分を見せ、笑顔を振り撒くのはやはり緊張するが、ファーストライブの時に比べるとかなりマシになったと思う。

梨子は……Aqoursは今、東京スクールアイドルワールド会場のステージに立っていた。

 

自らのパートを歌い終えると、曜が優雅なステップを踏みながら梨子に追従。控室で酷く尻込みしていたルビィも今は問題なさそうだった。皆統制の取れた素晴らしい歌とダンスを披露しており、練習の時よりもその完成度は上がっているように思える。

 

ただ一人を除いて。

 

(千歌ちゃん…⁉)

 

本当に近くで見なければ分からないし、自分の気のせいなのかもしれない。観客から見ても分からないだろう。

それでも、貧血なのか千歌の足取りはややおぼつかないように見える。

 

 

◇◇◇

 

「ねぇお願い梨子ちゃん。嘘って言って。何も無かったって。私を安心させてよ…ねぇ!」

 

◇◇◇

 

(私があんな事言ったから…昨日眠れなかったんだ)

ライブが始まるまでいつもと全く変わらない様子だったが、やはり心のどこかでずっと引き摺っている事は明らかだった。今の千歌は非常に不安定な状態なのかもしれない。

(こんな状態じゃーーー)

 

 

「千歌ちゃん!」

Aqoursのパフォーマンスが終わった後すぐに、舞台袖へと引き上げていく千歌を曜が呼び止める。

 

「大丈夫…?どこか具合悪くない?」

 

「え?どうして?どこも悪くないし、元気だよ!」

 

「えっと…今日、何だか無理して踊ってた気がして…」

 

「そうだったの⁉︎」

「マルたち、全然分からなかった…」

善子や花丸…一年生組は特に何も感じていなかったようだ。ルビィも首を横に振っている。

 

千歌は慌てた様子で手を合わせ、頭を下げる。

「曜ちゃんごめん!私、自覚無かったんだけど…もしかして今日、全然駄目だった?」

 

「え…⁉︎ いやいや、全然そんな事ない!ごめん、私の勘違いだったみたい…」

面食らったらように言葉を詰まらせた後、曜は苦笑して頭を掻いた。

心配症なんだから、とか、緊張しすぎ、とか、そんな言葉を交わし合いいつもの砕けた雰囲気に戻った。千歌も皆と一緒に笑っている。

 

「……っ」

梨子が何かを言い出しかねているその時、後ろから足音と共に人の気配。次のグループが到着したようだ。

Aqours一同はそちらへと振り向き–––––あっ と、小さく声を上げる。

 

髪をサイドテールに結った少女と少し吊り目の小柄な少女。昨日神田明神で出会ったその人達が今、黒とワインレッドのシックな雰囲気の衣装に身を包んでいる。

 

「貴方達は……!」

(宙ちゃんと逃げてる時に助けてくれた–––––)

 

「え?…誰?」

 

神田明神に同行していなかった梨子も驚いている様子を見て千歌は目を丸くする。

千歌達とも梨子達とも一時離れていたせいで面識のないルビィは戸惑っている。

 

「え、梨子ちゃんともお知り合いなの? …ってそうじゃなくて!」

 

「宜しくお願いしますね」

サイドテールの少女が柔らかな笑みを浮かべて会釈する。

 

「スクールアイドル、だったんですか?」

 

「ん…?ああ、まだ言ってませんでしたっけ?私は、鹿角聖良(かづのせいら)

千歌の横を通り過ぎながら、聖良は自信に満ちた笑みを向ける。

 

理亜(りあ)

妹の名を呼ぶと、理亜はプレッシャーを掛ける様な視線を千歌に向けながら聖良に追従する。2人とも、堂々とした足取りだった。

 

「え? あ、あの」

 

「見ていてください。私達–––––Saint Snow(セイントスノー)のステージを」

聖良は背中越しにそう伝えた後、理亜と共に光り輝くステージに身を走らせた。

 

 

–––––"SELF_CONTROL!!"

 

 

 

ロック調の音楽に、会場を制圧せんばかりの美しく威厳のある歌声。勇壮でキレのあるダンス。たった2人で創り出せている事が信じられない程の迫力だった。

Aqoursは皆、圧倒されて声を発せずにいる。

 

(私たちとはまるで違う…歌も、ダンスも)

見ていて、聞いていて、梨子はそう思わずにいられなかった。

 

 

ーーー

 

 

大会後。

Aqoursは衣装を着替えて会場を出る。その足取りは皆、非常に重々しい。そんな彼女達の少し離れた場所に、千歌達を待っている少女の姿があった。

周囲を警戒する様に見回していたが、直ぐに千歌達の姿を捉えると、少女ーーー宙はほっとした様子でこちらに駆けてくる。

 

「お疲れ様でした」

 

「うん。待っててくれてありがとう」

思っていた以上に時間が伸び帰りの電車の時間が差し迫っている。大会が終わった後に東京巡りをしようかと千歌達は話していたが、これでは少し難しそうだ。それに、昨日から宙の体調も優れていないように見える。

 

「ねえ…宙ちゃんから見て今日の…どうだった?」

 

「そうですね…全体的にクールというか、ヒロイックというか…そんな曲調の歌が多かったように感じますが、そんな中でも皆さんの歌は温かくて、優しくて…Aqoursや内浦の良さが詰まったパフォーマンスだったと思います。私は1番好きです。1番良かったと思います」

完全に身内贔屓な感想に皆苦笑する。それもそのはず、入賞した上位8組のグループの中にAqoursの名前は無かった。圧倒的な差を見せつけられたSaint Snowさえも入賞出来なかったのだ。皆途轍も無い壁を感じているが、宙は前向きに考えているようだ。

 

「うん…私達、全力で頑張ったんだよ。私ね、今日のライブ、今まで歌ってきた中で、出来は一番良かったって思った。声も出てたし、ミスも多分一番少なかったし」

千歌も皆を励ますように、自分に言い聞かせるようにそう零す。

 

(けど、ラブライブの決勝に出ようと思ったら、今日出ていた人達ぐらい、上手く出来ないといけないって事でしょ……?)

皆そう思わずにはいられないが、言葉を飲み込む。リーダーである千歌が1番それを知っている筈だとーーーそれを分かっているからだ。

1番張り切って、絶対に東京で良い結果を残すと意気込んでいた千歌に、今掛けるべき言葉が見つからなかった。

 

 

気まずい雰囲気になろうとしていた時、善子がふと首を傾げる。

 

「ん…?そういえば、私達の順位っていつ分かるの?」

皆その言葉に顔を見合わせる。順位がわかったのは8位まで…それ以降のグループの順位は知らされていない。この大会を精一杯やり切る事に夢中で、誰もその事を思考の範疇に入れていなかった。

 

そのタイミングで不意に千歌の携帯から着信音が鳴り響く。

 

「高海です。え? …はい、まだ近くにいますけど」

 

 

ーーー

 

 

「ごめんなさいね、呼び戻しちゃって。これ、渡し忘れていたからって思って」

千歌に電話を掛けたのは司会進行をしていた妙にテンションの高い女の人だった。控室に戻ってきた千歌達に差し出されたのは水色の封筒。

 

「今回、会場にいるお客さんの投票で入賞とか順位決めたでしょ?これはその集計結果」

 

「わざわざありがとうございます」

千歌が丁寧にそれを受け取ると、その人は困ったような表情を見せる。

 

「正直、どうしようかな(・・・・・・・)〜ってちょっと迷ったんだけど、出場して貰ったグループにはちゃんと渡すようにしてるから」

女の人と別れた後、Aqoursに残されたのはその封筒のみ。これを見れば自分達に入れられた得票数と順位を知ることができる。今回の大会は、審査員だけで無く会場にいる観客全員の投票数で順位が決められていた。

 

(私も投票したかった…)

流石にそのスクールアイドルグループの学校関係者やマネージャーは投票する事は出来ない。宙のように脊髄反射で自らが応援しているグループに投票され、不平等な結果になるのを防止するために。

 

「……見る?」

「うん」

封を切り、中から集計表を取り出すと皆固唾を飲んでそれを覗き込む。

 

 

「Aqoursはどこずら?」

 

「えっと……あ、Saint Snowだ」

 

「9位か…もう少しで入賞だったのね」

 

「Aqoursは⁉︎」

9位から指をどんどん下に走らせていく。

…あった。1番下に。

 

「30位…」

 

「得票数は……?」

梨子にそう声をかけられ、得票数が記された場所に指をおいて隠している事に気付く千歌。慌てて指をどかす。

 

 

 

 0。

 

 

 

その文字が視界にはっきりと飛び込んで来た。

 

「そんな…」

「私達に入れた人1人も居なかったの……?」

 

 

隣では宙が顔面を蒼白にさせている。

 

「ごめんなさいッ‼︎私、勝手に1人で舞い上がって皆さんに適当なことをベラベラと……‼︎」

フォローにもならない言葉に皆言葉を詰まらせていると、同じように控室に入ってきたSaint Snowとばったり出会した。

 

「……あ」

 

「……お疲れ様でした」

 

「あの!」

 

「やめておきませんか?」

聖良は、声を掛けようとした千歌を静止する。

 

「お互い結果は振るわなかったと思いますし、今の状態で話しても私、きっとあなた達を傷付けてしまうだけだと思います」

少なくとも、初めて会った時とは違いAqoursの歌やダンスを好意的に捉えていない事は明らかだった。

 

そこまで言って、思い出した様に聖良は梨子や宙を見やり気まずそうに目を伏せる。聖良が踵を返して去っていくと、理亜は千歌達の方をキッと睨みつけた。

 

「…ラブライブは遊びじゃない」

馬鹿にしないで、とそう言っているようだった。その目には涙を溜めている。Aqoursが何かを言うより前に理亜も走り去っていった。

 

 

「……」

「ちょっと!宙ちゃん待って!それは駄目‼︎」

無言で2人の後を追いかけようとする宙を梨子と曜が慌てて引き止める。

しかし宙は首を横に振り、

 

「大丈夫です。乱暴しようなんて思いませんよ。あの2人には昨日少しお世話になって、服を貸してもらっていたので今それを返しに行こうかと…良いでしょうか」

嘘は吐いて無さそうだ。と言うより、自分が今ここにいるのが居た堪れない…そんなニュアンスを感じる。

 

 

「…分からない」

 

「…千歌ちゃん?」

宙が2人の元へ向かった後直ぐに千歌がぽつりと呟いた。

 

「本当だったら悔しくて、悲しくて…そんな気持ちで一杯の筈なのに」

「何も分からない…感じない。ただ、今を平和に生きていたらそれで良いって……私、何言ってるんだろ」

「ねぇ、私どうしたら良いのかなぁ……?」

 

情緒がぐちゃぐちゃになった表情で千歌は頭を抱える。

梨子と曜以外、千歌の言っている事を理解する者は居なかった。

 

千歌は、大好きなものを楽しむ余裕すらも無くなりかけていた––––– その心の奥底にある、恐怖のせいで

 

 

 

 

「服、貸して頂いて本当にありがとうございました。洗濯はきちんとしておきましたから、大丈夫なはずです」

 

「あ…そうでしたね…ありがとうございます」

秋葉原での戦闘で買った服も、着ていた服も全て駄目になり、聖良から借りていた服を返した宙は今、浦の星の制服を着ていた。…これしか無かった。

聖良は宙から畳まれた服を受け取り、申し訳無さそうに頭を下げる。

 

「さっきはごめんなさい。あんな風に当たってしまって…」

 

「気にしないで下さい。きっとAqoursの皆んなも本心ではないと分かっていると思います…それに、Saint Snowのお二人は本当に凄かったです」

上位グループのパフォーマンスの完成度がどれ程のものであるかは素人目に見てもはっきりと分かった。……それでも、Aqoursなら

根拠の無い考えに至っていることに気が付き宙は唇を噛み締める。

 

沈黙する宙を見兼ねた聖良は、やがて遠慮がちに言葉を掛けた。

 

「マネージャーの貴方になら…と思い一つ聞きたい事があるのですが」

 

「……? 何でしょう?」

 

「Aqoursのリーダーと他の方は仲があまり良く無いのでしょうか?」

 

「えっ…?」

 

「いえ、何で言うか、その…彼女だけ他の方と息が合っていないように感じたので」

「ソロでやるならともかく、グループアイドルの歌やダンスはお互いの信頼があって成り立つものです。もしここに問題があるのなら、直ぐに修復すべきだと思います」

 

 

(もしも、千歌さんがスクールアイドルが出来なくなる程の苦しみを抱えるのだとしたら…多分、いや、間違い無くそれはスペースビースト。そしてそれは…)

聖良と理亜と見送った後、宙はただ1人で考えを巡らせる。

 

 

–––––自分のせいだ。

私が皆さんの側にいるせいで、千歌さんも、梨子さんも、曜さんも……世界がどれほど恐ろしいかを知り過ぎてしまった。それが歪み(ひずみ)となって、普通の…高校生として、スクールアイドルとしての日常を生きる事が難しくなってきてしまっている。

それでも、梨子さんの様にその恐怖を乗り越えようとしている人もいる。…私は、この掛け替えの無い大切な人達を最後まで守らなければならない。無責任に出ていく事は出来ない。

何より

 

(一緒にいたい…)

そこでふと、ある事に気が付く。

有働貴文と名乗る男……ビーストハザードを起こしていた張本人だとするのであれば。彼は今、ダークファウストとナイトレイダーによって制圧されている。スペースビーストが今後一切出現しない可能性もあるわけだ。そうなると

 

(もう皆んなを守らなくていい。私は私がここにいる必要性を失って……皆んなと一緒にいる資格が本当にあるのかな……?)

 

 

◇◇◇

 

 

内浦に戻ってきたその日の夜。

梨子は沼津駅近くの河川敷へと足を運ばせていた。

 

その先に佇む人影を見つけると、梨子は早足にその場へ駆けていく。

 

「こんな遅い時間に来てくれてありがとうございます」

 

「いえ、私も貴方達に伝えたい事がありましたから…お気になさらず」

 

「ダイヤさん…」

浦の星女学院の生徒会長…黒澤ダイヤが梨子の前に立っていた。

 

「ルビィから今日、泣きながら帰ってきました。何事かと思い、話を聞かせて貰いましたわ。今日あった大会のことも」

 

「そうですか…」

梨子は目を伏せる。

生徒会長が何故、自分達の活動を引き止めていたのかおおよその検討が付いてしまった。きっと、自分達がこんな挫折を味わってしまう事が分かっていたから––––

 

「先に言っておきますと、貴方達は決して駄目だった訳ではないのです…歌えなかった(・・・・・・)私達よりもずっと」

 

「どういう、事ですか……?」

ダイヤは落ち着き払った様子でそれを語り始める。

その意外な真実に、梨子は大きく目を見開いた。

 

 

 

ーーー

 

 

「…そんな事があったんですね」

 

「本当はAqoursの皆さん全員に話すべきと思っていましたが…貴方だけ先に話してしまいました」

ダイヤは儚げな笑みを梨子に向ける。

 

「ごめんなさい…今は皆んないっぱいいっぱいで、話題に出すのも憚っていたので私だけ…」

 

「貴方はもう大丈夫なんですか?」

 

「ええ…私は、何で言うかその…色々と覚悟が決まりましたから」

 

「……?」

梨子は胸元で拳を硬く握りしめていた。

 

 

 

ーー フォートレスフリーダム・地下 ーー

 

堅牢な防護壁が何重にも張り巡らされたその最深部にラファエルーーー有働貴文は拘束されていた。

レッドトルーパー達によって形容し難い程凄惨な人体実験を受けていた為、体の損傷は更に酷い物になっている。

 

「χニュートリノを含む細胞の量がまだ足りない。左下肢の自己修復が済み次第、適宜補充作業を行う」

 

下賤ナ人間共…今ニ見テイロ

貴様等ニハ間モ無ク、"粛清"ガ下サレル

 

 

雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

 

 

ーーー

 

 

「……ッ⁉︎」

突然、宙は不快感と共にベッドから跳ね起きる。

断片的に脳裏に流れ込んでくる情景…近くに奴らが現れたのだ。

 

(何も見えない⁉︎)

真っ暗だった。いつもであれば彼らの視覚を一時的に共有し、場所の検討がつく筈だがドス黒い何かに塗りつぶされた様に全く何も視認する事が出来ないでいる。

 

(やっぱり、まだ終わってないの……⁉︎)

胸騒ぎと共に静かに襖を開け、ふと千歌の部屋が目に入る。

帰ってから一度も話ができていなかった。何処となく避けられている節もあり、今の今まで意気消沈。制服姿のまま眠りこけていたわけだが、今はそれどころでは無い。

 

振り払う様に目を逸らすと、窓際へ身を預けーーー

 

「!」

不意にスカートの裾を軽く引っ張られた。

 

「……キュ」

振り返るとそこにはしいたけの姿。縋るような目をこちらに向けている。初めてだった。いつも穏やかに自分達を見守っていた高海家の忠犬は今、何かを感じ取ったのか。

 

「心配してくれるんですか?」

宙はしいたけの体を優しく撫で、笑いかける。

「大丈夫、直ぐに戻りますから」

 

 

ーーー

 

 

その頃、こちら(・・・)でも事態は急変していた。

 

「こちらAユニット…目標を捕獲した。直ちに回収せよ」

 

「ちょっと…!なんなのですか貴方達は⁉︎桜内さんに何を⁉︎」

謎の武装集団が突然ダイヤと梨子が話しているところに現れ、麻酔弾で梨子を昏倒させた。ダイヤは半ばパニックになりながらも懸命に梨子に手を伸ばす。

 

「邪魔だ」

視界を覆う白い閃光。ダイヤの目から光が消え虚になりその場に膝をつく。

 

「メモレイサーの効きが悪い…故障か?」

その場から離脱していくレッドトルーパーを追う者はいなかった。後に残されたのはその場に座り込むダイヤのみ。

 

 

雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

 

そのダイヤを狙う影……暗闇から何者かの"舌"のような何かが伸ばされ、一直線に彼女の元へ–––––

 

「危ないッ‼︎」

咄嗟にダイヤを抱え、宙はそこから飛び退く。振り向きざまにダークエボルバーから光弾を放つが、攻撃が放たれた遮蔽物にはもう何もいなかった。この場から離れた事を確認すると、宙はダイヤに向き直る。

 

「黒澤さん‼︎怪我は無いですか?」

 

「貴方は…え?あれ…?私は今まで何を……?」

刹那、ダイヤは思い出した様に叫ぶ。

 

「桜内さんは⁉︎彼女はどうなったんですか⁉︎一体何が…⁉︎」

落ち着かせる様に肩を掴み、ダイヤを見据える宙。

 

「落ち着いて下さい。梨子さんがどうしたんですか?」

 

「多分、連れ去られたんだと思います…」

 

「なッ…⁉︎」

 

「あの、赤と黒の武装集団に…」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

三台の大型車両が国道を高速で走り抜ける。辺り一体は封鎖しているのでいくら速度を出そうが問題は無い。……その時までは。

 

「レーダーに感あり。前方十時の方向から多数のχニュートリノ反応を確認。ビーストヒューマンとペドレオンの群体、内一体は大型…ペドレオングロースです」

 

「スペースビースト…やはり貴様等もデュナミストが欲しいか」

「総員戦闘用意‼︎護送車を絶対死守せよ。敵は全てここで叩く……この程度の兵力…問題にもならん」

 

車両が変形し、荷台と思わしき箇所が砲台へと姿を変える。

上空からは飛行音。地上に展開した部隊はペドレオングロースと茂みの奥に潜む敵に銃口を向ける。

 

「掃討せよッ‼︎」

刹那、数多の銃火器から閃光か迸った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「周囲にχニュートリノ反応を認めず。敵の一掃を確認…状況終了しました」

 

「引き続き周囲の警戒を厳となせ。車両の護送を再開する」

 

「了解」

 

レッドトルーパーが戦闘機域から退くと同時にホワイトスイーパーがビーストヒューマンの残骸に対して焼却作業を開始した。

クロムチェスターαは中空で数度旋回し、周囲を哨戒した後すぐさま反転して帰投していった。

眼前には山一つを丸ごと滅却されたことによって生み出された広漠な台地が広がっている。まさに圧倒的威力–––––大型ビーストに対しても有効な攻撃手段になり得ることが実証されたが、レッドトルーパー指揮官は得も言えぬ違和感に表情を雲らせていた。

 

(何故まだこれほどの数のビーストが?ラファエルを拘束した今、元は全て絶たれたはずだが…?)

ビーストヒューマンは人間を素体として造り出された言わば生物兵器。それを量産していたラファエルをとらえて尚出現するということはまだビーストヒューマンを生み出す何者かが野放しにされているということだ。…一体誰が?

 

(もしや我々は何か重大な勘違いを……?)

 

ふと車両に乗り込んだ面々を確認すると、まったく数が足りていないことに気付く。指揮官は閉まりかけていた車両の扉の隙間に顔を突っ込むと外に向かって声を荒げた。

 

「何をやっている‼速く乗り込」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

頭を外に出したまま突然沈黙する男……他の隊員達は顔を見合わせる。

 

「隊長?どうしましたか……ッ⁉︎」

 

 ドチャ

 

 

首から上が欠落した骸が鮮血を撒き散らしながら倒れ込み、車内はあっという間に真っ赤に染まる。

 

 

凄惨な光景に衝撃を受ける間も無く凄まじい衝撃が車体を襲い、二、三度大きく横転。残った者達は潰れた扉を小銃で無理矢理こじ開け、命からがら外へと身を投げ出した。

 

そして

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

「ァ」

 

眼前に佇むそれ(・・)を認めた瞬間、彼らは肉塊へと姿を変えた

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

「梨子さん‼」

 

 

 

木々の間を宙は縫うように潜り抜け、飛び越え、高速で走り抜ける。

袖が枝に引っ掛かり、嫌な音を立てる。

以前と違って身に付けているのは浦女の制服。酷く汚れ、所々破れかけていた。

……構うことは無い。この際素っ裸になったって走り続けてやる。

 

(どうか無事でいて…すぐに追いつきますから!)

 

 

千歌の家に居候する以前はひたすらビーストを狩り続けていた宙にとって内浦の周辺の山々は庭も同然。車相手なら、最短ルートで行けば必ず追いつく。追いついてみせる。

 

(……あれだッ‼︎)

 

遥か前方に大破、横転している数台の車両を捉えると、宙は目の前に立ち塞がった崖から大きく跳躍。一息に目標地点まで到達し、地面を転がって素早く受け身をとった。

 

「梨子–––––!?」

 

 

言葉を失う。

 

(あれは…)

 

 

 

 

 

 

「クロムチェスターの援護はまだ–––––

 

「一箇所に固まるな!散開して各個撃–––––

 

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

 

 

 

「ギャアァァァァァァ‼︎」

 

 

 

5メートル程の体躯をしたそれ(・・)は、両腕の長大な爪でレッドトルーパー達を切り刻んでいる。

 

……嫌な予感はしていた。だとしても

(あれは…駄目だ)

 

これまで戦ったビーストとは比較にならない狂気に気圧される。それに–––––

 

 

◇◇◇

 

『力を使えば使うほどその身は"死の楔"に蝕まれる。肉体が死滅するまで後3回…いや、その苦しみ様だと後2回程度かな?』

 

◇◇◇

 

(私はもう…変身できる身体じゃない)

 

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶翫̶

 

剛腕が、一つ華奢な体を跳ね飛ばした。

 

「うぐッ‼︎」

 

赤紫の長髪が乱れ、地面を転がる。

 

「–––––雜̶シ̶溘̶縺̶セ̶

 

片手を抑え蹲る少女に近付いていく異形

途端、かっと頭に血が上り全身を蝕んでいた恐怖が怒りに変換される。

 

【どうした?戦わないのか?】

 

悪魔が囁いた

 

 

 

【死ぬぞ】

 

 

 

◇◇◇

 

(こすも)  ーーーーごめんね」

 

「お母さぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

絶望の中で泣き叫ぶ声が木霊している

いつまでも

 

◇◇◇

 

 

 

いつまでも それは頭からこびり付いて離れない

あまりにも断片的で、いつ見た光景かも覚えていない

 

それでも、大切な人がまた奪われるくらいなら–––––

せめて、この身が腐り果てる前に

 

「…助けて」

 

 お前らを皆殺しにしてやる

「うあ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 

ダークエボルバーを地面に向かって振り下ろし、駆け出した体は禍々しい閃光と共に魔人の肉体を生成。即座に身を翻してソバットキックを放つ。

 

梨子を睥睨していたビーストも呼応する様にそこから飛び退き、一気に体躯を50mサイズに再変換・巨大化した。

ダークファウストの蹴撃を難なく躱したそれはーー

 

 

 

ーーフィンデッシュタイプビースト

           ・ノスフェルーー

 

 

「–––––雜̶ウ̶縺̶具̶シ̶溘̶縺̶セ̶縺̶ゅ̶遐̶エ̶螢̶翫̶!!」

 

 

 

咆哮。

凄じい怖気が(ファウスト)を襲う。

 

(怯むな 前だけ見てろ)

 

幽鬼のように体を揺らしながら近づいてくるノスフェル。(ファウスト)は雑念を振り払い、地を勢いよく蹴りつけて猛進。

両者が激突した瞬間、強烈な衝撃波が幾重にも繰り出され周囲を大きく揺らした。

 

「宙ちゃん‼」

戸惑いながらも、梨子はその禍々しい巨体に友人の姿を重ね合わせ懸命に叫ぶ。

 

ダークファウストが一瞬こちらを振り返り、確かに首を縦に振ったのが見えた。

 

(早く安全な場所に‼)

 

「…っ‼︎」

梨子は咄嗟に自分の胸に手を当て、意識を集中させる。

だが、何故か以前の力は発現しなかった。

 

(梨子さん‼走って‼︎)

組み相撲の要領でノスフェルを抑えながら宙は叫ぶ。

「………ごめん…!!」

 

梨子は唇を噛み締めると、血の滲む左腕を抑えながら身を翻して駆け出した。

 

(貴方達も、早く‼︎)

立て続けにレッドトルーパーにも退避するように合図を送るが、彼らは一定の距離を保ったまま動こうとしない。

 

(馬鹿!死にたいの⁉︎)

 

周囲に注意を向けてしまった事もあってか、拘束を難無く振り解いたノスフェルの蹴り上げが下方から迫る。(ファウスト)は密着状態から緊急回避のバク転で素早く距離を取った。–––––が

 

「グッ⁉︎ ガァァァァァァ⁉︎⁉︎」

両手を空に掲げ、ダークフィールドを展開しようとした瞬間、右足から全身にかけて一瞬、赤黒い蔦のような何かが迸った。宙は、この時初めて有働貴文(ラファエル)が言っていた『死の楔』の脅威を知る事になる。

 

「ァァァァァァ⁉︎⁉︎」

(足が、頭が、全身が 痛い 痛い イダイ イ゛ダ イ゛)

視界には紅みがかった靄が幾つも浮かび、酷い耳鳴りが鼓膜を貫く。右足を中核として全身を駆け巡る激痛に一瞬意識が遠退く。

突然仰向けに倒れ、痙攣を繰り返す(ファウスト)をノスフェルの豪脚が容赦無く踏み抜いた。

 

「ア゛…ガハッ」

何度も踏み付けを繰り返す内に(ファウスト)の抵抗力が弱くなっていった。最早敵が脅威かどうかでは無く、自らが到底継戦できる状態に無いという絶望感が宙を蝕んでいく。

意識が完全に無くなりかけたその時、ゾワリと全身・全細胞が逆立ち、受けてはならない一撃が来ると警告。辛うじて横に転がったその瞬間、先程自分がいた場所を巨大な爪が貫き大きく陥没した。

 

(ここで倒れたら–––––)

 

ルビィ、花丸、善子、曜、梨子、瑞緒、受け入れてくれた家族……それぞれの顔が浮かんでは消え、

そしてーーー ……千歌。

 

(皆んなが…皆んナがァァァァァァ‼︎)

「ウオアァァァァァァッ‼︎」

 

脳内麻薬で激痛を少しでも和らげるために、(ファウスト)は咆哮。

右足を庇いながら、四肢を駆使しての獣の如き突進で距離を詰め、顔面を狙って右ストレートを放った。首を傾けて避けられてしまうが、即座に踏み出した左足を軸に右の上段回し蹴りを繰り出す。これも体を伏せる様な動きで難無く躱されてしまう。尋常では無いスピードと反応速度–––––だが、こういう土壇場で自分の頭は意外と回る方らしい。

 

「–––––セ̶縺̶ゅ̶遐̶エ̶翫̶?」

 

ノスフェルの輪郭が振れ、その巨体が地を転がる。一瞬の出来事だった。

 

(入った……!)

 

スピニングバックフィスト–––––通称裏拳打ち(バックハンドブロー)

右の上段回し蹴りを潜るように回避したノスフェルは、ほんの一瞬(ファウスト)が振り抜いた右足に注意を向けた。回し蹴りの動作を終え、ダークファウストがノスフェルに背を向ける形になったその時、(ファウスト)は左の拳に力を込め蹴りの勢いのままもう一度左方向に回転。視線を絞られたノスフェルはその動きに一切気付く事無く、視界外から繰り出された左の裏拳がその顎を正確に捉えたのだ。

 

今まで幾度と無く戦闘を経験してきたとは言え、宙は明確に格闘術を身に付けているわけでは無い。言ってしまえば小細工だった。

だが、その小細工で宙は大きな(チャンス)を作った。何も型に嵌った動きが全てでは無いのだーーー

 

(ファウスト)は残り少ないエネルギーを突き出した両腕に込める。至近距離で射出するダークレイ・ジャビロームで勝負を決めに行くつもりだった。

 

そして

 

「–––––謌̶代̶′̶髣̶?̶↓̶縲̶∵̶ヱ̶縺̶

 

ノスフェルの姿が消えた。

 

「–––––!?」

 

反射的に背後を振り返り–––––

 

「ア゛ァァァ!?」

無数の斬撃がダークファウストの体を襲う。"死の楔"の影響で視界が悪くなっているとはいえ、ノスフェルがどう動いたか全く反応できなかった。手を伸ばして応戦しようとすると、その姿が再び消えて斬撃を喰らい、吹き飛ばされる。

 

(何、が……?)

敵が地を踏む音が、正面から途切れ途切れに聞こえたと思えば今度は背後から。そう感じる間も無く足音は左右へと移動する。

 

もう嫌が応でも気付かされる。ノスフェルのスピードにはまだ上があったという事を。

「グオア゛ァァァ!?」

再び深々と刻み込まれる裂傷。速すぎて避ける事も叶わなかった。周囲にはヴェイパーが何層にも現れ輪状に白いガスを残している。

 

敵はただの地上走行で音速を超える事が出来るのか。

 

「–––––ッ‼︎」

このままでは持たない。そう判断し咄嗟に自らの体をドーム状のバリアで覆う。

 

「–––––謌̶代̶′̶髣̶?̶↓̶縲̶∵̶ヱ̶縺̶‼︎」

「–––––謌̶代̶′̶髣̶?̶↓̶縲̶∵̶ヱ̶縺̶‼︎‼︎」

 

前後左右から激しい衝撃。展開したばかりのバリアに亀裂が広がっていく。

 

(あ…ぐッ⁉︎)

 

そして再び全身を襲う激痛と虚脱感。視界も更にぼやけていく。

"敗北" "死"

そのワードが脳裏に色濃く現れ始めるが、

 

(まだ…まだだ‼︎絶対––––– 諦めないッ‼︎ )

 

宙は強靭な精神力をもって再び立ち上がる。

ここから先は賭けだ。急拵えで導き出した策が成功する確率は良く見積もっても半分以下といったところだろう。…それでも、やるしか無い。

 

 

ノスフェルがよろけながら立ち上がる(ファウスト)と相対したその時、空中から放たれた弾幕がノスフェルに着弾。ノスフェルとダークファウストの間を赤と黒のカラーリングをした機体が高速ですり抜ける。

 

(あれは……⁉︎)

クロムチェスターα…レッドトルーパーが搭乗するこの機体は、攻撃を終え帰投する最中に新たな敵発見の報を受け反転・再び戦場に舞い戻ってきたのだ。

 

「スパイダーミサイルはまだ(・・)使うな。奴の注意をウルティノイドから少しでも逸らせ」

 

地上から護衛部隊の1人が指示を飛ばす。少なくとも今は戦闘に協力するつもりらしい。クロムチェスターαの実弾による機銃掃射は効いている様子こそないものの、ノスフェルが時折空中に注意(ヘイト)を向けていることが見て取れた。

 

宙は魔人の鉄仮面の下で笑みを浮かべる。

(行ける…戦えル 大丈夫。私ガ皆ンナ、守ルカラ)

 

折れるな。これが戦うべき最後の敵だと信じ、全て振り絞れ。全身を駆け巡る激痛も、殆ど見えなくなりつつある視界も、精神的狂気にある今の宙にとってはとうに過ぎた苦しみだった。

この苦しみの先に皆の平穏があるのなら–––––

 

(–––––今‼︎)

 

クロムチェスターαが上昇したタイミングに合わせ、(ファウスト)は再度ノスフェルに突撃を図る。

しかし蓄積したダメージで体幹を保てず、更に、攻撃のタイミングを見切られ始めたようでノスフェルに首を掴まれ持ち上げられてしまう。

 

「グッ…」

背中から大地に叩きつけられ、追撃の凶爪が迫る。刺し貫かれたら間違い無く終わり–––––咄嗟に足を絡ませ敵の体勢を崩し、刺突の攻撃をずらしたところで蹴り剥がす。

そのまま光弾を放とうとしたところで再びノスフェルの姿が消失。かなり危ない。悠長に時間をかけている暇はもう無いだろう。

 

(ファウスト)はおもむろに右手を持ち上げると、左目に添え–––––

 

「ッ‼︎」

捻じ込む様にエネルギーを注入し始める。

靄がかった視界が開け辺りの景色が一瞬鮮明に映り込んだ。(ファウスト)はすかさず脳波を送り、その漆黒眼

ーーイビルアイから覗く景色を一段階切り替える。

 

サーモグラフィーのように質量を持った物が色づいて見え、視界の端に紅く揺らめきながら移動する標的を捉えた。

 

(ファウスト)は引き絞る様な動作から腕を一気に開き、三日月型の魔刃–––––ダークスラッシャーを投擲。紫の刃は回転しながらノスフェルの未来位置を見越して飛翔する。

 

 

ノスフェルをすり抜けた光刃は跳弾するが如く地面を数回バウンドし、付近に備えられた送電線を悉く切り裂いて消失した。遅れて(ファウスト)は避けられた事に気付く。

 

ノスフェルは、ダークスラッシャーが迫る瞬間に側方宙返りでそれを飛び越し、先に地面についた右足を深く沈み込ませて再加速したのだ。

底知れない力に打ち拉がれる間も無く膝を折り、ダークファウストの体がぐらりと前方に崩れる。

遂に限界が訪れたのだ。

 

「終わったな」

レッドトルーパーは吐き捨てる様に言葉を零す。

 

ダークファウストはそのままうつ伏せに倒れ–––––

 

 

 

 

 

斬リ裂ケ

 

 

   "ダークレイ・サーキュラー"

 

 

 

「–––––ぬぅ⁉︎」

吹き抜ける凄まじい熱量に、レッドトルーパー達は手でヘルメットに覆われた顔を覆う。

 

(ファウスト)は、地面に体を預ける直前で片膝を立て体勢を立て直していた。そのまま左手を頭上に掲げ、生成した円月型の光輪を一瞬で放射状に展開。岩壁も山も、周囲にある物全てを水平に(・・・)両断した。

 

先程導き出した策は至って単純。高速で移動する相手に打撃や直線的な遠距離攻撃が通らない事を踏まえ、出来る限り射程距離を絞った全方位攻撃。

ただ、相手をギリギリまで引き付ける為のブラフ(・・・)がどうしても必要だった。先程躱されたダークスラッシャーがそれだ。

 

 

すぐ側の背後で確かな手応えを感じ、(ファウスト)は身を翻す。その先には左足と尾を根本から切断されたノスフェルの巨体が宙を舞っていた。跳躍して奇襲攻撃を掛ける瞬間に合わせてタイミング良く斬撃を入れる事が出来たのだ。

 

縺̶帙̶a̶縺̶ヲ̶?̶ー̶?̶ー̶?̶ー̶?̶ー̶?̶ー̶逞̶帙̶∩̶繧̶!!」

 

 

体の一部を失いながらも、ノスフェルは怯む様子も無く凶爪を振り翳してくる。と言うより、戦闘を開始してから敵に攻撃を当ててもそれに対する拒絶的な反応を一切見せていない。まるで受けたダメージを認識する概念が無いかのように見える。

 

眼前に敵の剛腕が迫るが、機動力を喪失した攻撃など当たるはずもなく。

(ファウスト)は、真一文字に振り下ろされた斬撃を少し身を引く事で躱し、ガラ空きになった敵の胴体に渾身のカウンターを叩き込んだ。

 

「ッラァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛‼︎」

 

アッパー気味に突き上げられた拳は漆黒のオーラを纏い、敵の鳩尾と思われる部位に炸裂。 およそ打撃音とは思えない轟音と共にノスフェルを後方へ吹っ飛ばした。

片足を失った事で着地することができない敵は不恰好に地面を何度も転がった後に停止。

再び何も無かったように身を起こす。

 

(ファウスト)は拳を握って起立しようとするが、今度こそ完全にエネルギーが尽きてしまい四つん這いの体勢で荒い呼吸を繰り返している。

 

 

膠着状態が解けるまでの時間は僅かだった。

生気の宿らない双眸でダークファウストを静かに捉えていたノスフェルは、不意に虚空を凝視して佇んだ。その意図を理解する間も無く、低い唸り声を上げたノスフェルは背後に広がる暗闇に溶け込む様に消失。

 

逃すまいと(ファウスト)は懸命に手を伸ばすが、伸ばされた手は粒子となり形を崩壊させていった。ダークファウストはそのまま霧散するように消滅。

 

 

 

 

温かく、強く、美しく… そんな光で皆に希望を、勇気を… そう。正義のミカタになりたかった。そレなノニ何故

 

 

 

私ハー--

 

 

 

 

 

 

 

(暗……イ…)

 

抱いた思いは朽ちていき、やがて深い混迷の時が訪れる。

宙の意識は闇の中へと沈んでいった。

 




ノスフェルとの戦いまでどうしてもやりたかったので文字数が大変な事になりましたね。反省です。

物語はそろそろ第1章のクライマックスです。
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