模造巨人と少女   作:Su-d

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こんにちは 最近寒いですね

もう少ししたら非常に大変喜ばしい報告ができそうです


37.新宿大災害

 

 

 

10年前。

 

その日は、私とお母さんと

久しぶりに2人だけの、静かな日だった

 

 

 

 

 

『昨夜、毒ガス事件が発生した西新宿の現場近くです。地下トンネル内では今も数名が行方不明になっており、今も警察と消防による捜索が———』

 

 

ぼうっと微睡んだ意識は、テレビから流れてくる無機質な音声を右から左へと聞き流す。

 

火照った体は普段より一層疲労を感じやすく、ほぼ無意識に視線を画面から天井に戻す。そのまま目を閉じると、不意におでこに乗せられた心地よい冷感。

 

「早く無事に見つかると良いのだけれど…ねえ、(こすも)?」

 

溌剌とした、それでいてとても慈愛に満ちた声。目を閉じていたってその顔ははっきりと浮かぶ。

 

「お母さん、ごめんね。せっかくの旅行だったのに…わたしのせいでお母さんまで行けなくなっちゃって……けほ」

 

「もう、気にしないで。内浦のおばあちゃんのとこならいつでも行けるから。それより今は、宙の体調。どう?少しは楽になった?」

 

「うん。昨日よりもだいぶよくなったよ。ずっとそばでみてくれてたお母さんのおかげで」

 

その日、母方の祖父母が経営している沼津の旅館に遊びに行くことになっていたが、体調を崩していた私はお母さんと一緒に東京に残っていた。

貼り替えてくれたおでこの冷えピタに手を触れながら薄く目を開くと、満面の笑みが広がっていた。

 

「そう!良かった‼︎でも、振り返すと大変だから今日はゆっくり休んでね。元気になったら、また次の休みの日に内浦のおばあちゃんのとこ行こう。今度は家族全員(・・・・)で!」

 

「うん……!」

 

血の繋がりもない、人ですらない私を家族と迎え入れ、当たり前に我が子として言葉をかけてくれるのが嬉しくて、愛おしくて。目が潤むのを隠すように再び目を閉じる。

 

「ご飯はちゃんと食べれそう?」

 

「うん…だけど、あの…あのね…」

 

「…?大丈夫⁉︎やっぱり具合悪いの⁉︎」

 

お母さんに背を向けるように寝返りを打つと、すぐに心配そうな声が掛かってくる。

 

「……てほしい」

 

「え?」

 

「あーんって…食べさせてほしいの」

 

「…ぷっ」

 

頬が紅潮するのを悟られないように枕に顔を埋めると、何故か頭を撫で回された。

 

「いいよ、いいに決まってるよ!」

 

「ほんと!?」

 

「今日はお粥だけど、熱が下がってお腹の調子も治ったらカレー作るから、しっかり風邪治そうね」

 

「むふー…‼︎」

 

姉妹の皆んなには申し訳ないけど、今日だけは私がお母さんを独占できる。それだけで、今日という日がまるで祝福された1日のように思えてくる。

 

そう、思っていた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

とても不思議な夢。

 

目の前に広がるのは、密林の中に埋もれた古代遺跡のような何か。

苔むして、ひび割れた動物の石像。

虫なのか鳥なのかも分からない生き物の鳴き声。

 

俗世から切り離された、何もかも未知の空間。

なのに、その中にどこか懐かしい風情を感じている自分がいた。

 

知らないのに、知ってる。

 

その矛盾する感覚を裏付ける様に、私は迷うことなく遺跡の石畳の上を歩いていく。

 

 

「目覚めの時は、近い」

 

 

遺跡の最奥部に聳える巨大な剣のような石柱を認め、いつの間にか私はそう呟いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ね 俺の邪魔する奴はーーー

皆殺しだ‼︎

 

 

貴様はもう人間じゃない 俺はお前をーーー

許さない‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『区内全域に避難指示が発令されました』

『住民の方は直ちに避難して下さい』

 

 

宙を寝かし付けている内にどうやら一緒に微睡みに落ちていたようで、私はけたたましいサイレンの音に無理やり覚醒させられた。

 

 

『先程発令された特別警戒宣言を受け、自衛隊が緊急出動を開始。新宿はまさに、戒厳令下の様相を呈しています。区内にお住まいの皆様は、直ちに避難を開始して下さい』

 

 

点けっぱなしにしていたテレビからは緊迫感のある声が垂れ流され、新宿全域が真っ赤な枠で囲まれている。

 

「煙……⁉︎」

 

慌てて体を起こしてカーテンを開くと、都庁の方角から黒い煙が立ち昇っているのが見えた。

 

半分あの夢に囚われていた脳内が一瞬でクリアになり、側で寝ている宙を揺さぶる。

 

「宙起きて。私たちが今いるとこ、ちょーっと危ないみたいだから一緒に逃げよう。立てる?」

 

「う…うぇぇ…怖いよお…」

 

「…ッ‼︎」

 

服越しから分かる全身の熱感。凄い高熱だった。

…私が焦ってはダメだ。

 

努めて冷静に、優しく声を掛ける。

 

「大丈夫!お母さんがついてるから!お巡りさんとか消防士さんも助けてくれる。それに、ただ避難するだけだから」

 

「ぐすっ…で、でも…」

 

泣き止まない宙を毛布で包み、落ちないようにハーネスで固定しておんぶする。

マンションの玄関を飛び出すと、すぐに声が掛かった。

 

「ご家族は2人で全員ですか?」

 

「はい!今は私とこの子だけです!」

 

「分かりました。こちらに!誘導します!」

 

消防の人に連れられて走り出す直前、あの子はこう呟いていた。

 

したに、なにかいる(・・・ ・・・・・)

 

 

 

 

 

 

『この信号は止まっています』

『直ちに降車して警察官の指示に従って下さい』

 

 

大通りには夥しい数の車が乗り捨てられ、その僅かな隙間を避難民が埋め尽くす。ひっきりなしに響くサイレンやクラクション。

陸上自衛隊員達がバリケードを敷設しながら東京都庁方面へと行軍していく。

 

 

「足元に気をつけて!」

「持ち物は最小限に留め、落ち着いて避難してください!」

「地震災害時の避難場所は役に立ちません!新たな避難場所の指示を請う!どうぞ‼︎」

 

 

何かがおかしいことはきっと皆んな気付いている。

避難を促されているのに、何が起きたのか、何から避難するのか分からない。避難誘導する消防の人すらよく分かっていない様子だ。

そして何より、武装している自衛隊員や封鎖された区画を進んでいく戦闘車両……その数が異常な程に多い。

まるでこれから何かと戦うような———

 

「昨日の毒ガス事件、まだ終わってないのか?」

「まさかバイオテロとかじゃないだろうな」

「ねえあれヤバくない?煙が大きくなってるけど…」

 

活気のあった往来は、今や恐怖と混乱に塗り潰されつつある。

震える宙を今一度しっかり抱き寄せ、出来る限り早くこの場から離れようとした

 

 

刹那

 

 

 

「ーーーー!!!!!!」

 

「…ッ!?!?!?」

大地が揺れ、その場にある物全てが一瞬宙に浮き上がった

 

群衆が漏らす悲鳴を掻き消すように鳴り響くのは風切り音。

往来の真ん中に何かが落ちる。

それは大きく歪み、大破した迷彩柄の鉄の塊。

 

自衛隊の、車……?

 

何一つ状況が飲み込めないまま、再び揺れる大地

 

「嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

「じ、地震!?」

 

揺れる

 

揺れる

 

揺れる

 

…地震じゃない。

規則的に、一定の間隔で訪れるこの揺れはまるで———

 

 

「足音……?」

 

 

大通りの向こう側にあった高層ビル群を薙ぎ倒しながらそれは姿を現す

 

全身真っ黒な体がゆっくりとこちらを向いた

 

大きく裂けた口から漏れ出す青白い光

 

 

「何だ、あれ……?」

 

 

「皆んな逃げて!!!!!」

 

既に体は動いていた。叫びながら宙を抱えて小さな裏路地に体を滑り込ませる。

 

 

それとほぼ同時、まるで台風が直撃したかのような烈風が巻き起こる

辺り一帯の空気が急速にその口腔内に取り込まれ、青い輝きが膨張していく

 

取り残された人々は、烈風に掻き乱されながらただその光景を見ていることしか出来なかった

 

 

 

「あーーー」

 

轟音。

目と鼻の先にあったはずの景色が業火に塗り潰され、強烈な熱風が吹き付ける。

 

さっきまで一緒に避難していた人たちが炎に呑まれ、真っ黒になりながら爆風に巻き上げられ———

 

「う……おえぇぇぇ…!」

 

爆風の先には乗り捨てられた乗用車の山。その中に搭載されたガソリンに誘爆し、ドミノ倒しさながらに大爆発の連鎖が起きる。

青白い光弾が断続的に降り注ぎ、燃え盛る炎は逃げ惑う人々を容赦なく呑み込む。

絶え間なく響く悲鳴と絶叫はやがて断末魔へと変わっていった。

 

避難民犇く往来が阿鼻叫喚の地獄絵図に変わったその日、新宿の街に悪魔が生まれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「疾患の症状は特にありません。原因は恐らく精神的疲労・ストレスによるものでしょう。今は落ち着いています」

 

「そう、ですか……」

 

「申し訳ないが、手当する人間は他に大勢いるので…ここで失礼します」

 

「本当にありがとうございました…!」

命からがら避難所に駆け込めたのは奇跡に近かった。

災害派遣の医師に診てもらった後、側で宙は静かに寝息を立てている。

 

一瞬安堵しかけるが、すぐにフラッシュバックするのはあの悍ましい光景。

 

口から吐き出された青い炎

誰も助けられなかった

あの真っ黒な怪物は一体……?

 

これからどうしたら……どこに逃げたらいいの?

 

 

「お母さん、だいじょうぶ?」

 

「…うん。一先ずここは安全だから、今はゆっくり休みなさい」

 

「お母さん…なかないで」

 

「…!ごめん…ごめんね……!」

 

 

 

「聖良!?理亜!?」

避難所に響く悲鳴に近い声。振り向くと、1人の若い女性が真っ青になりながら自衛隊員に縋り付いているのが見える。

 

「あの、聖良と理亜という名前の5、6歳くらいの子がここに来ていませんか!?娘なんです!!避難中に逸れてしまって…!」

自衛隊員は名簿に目を通し、直ぐに顔を曇らせる。

 

「残念ながら、ここにその名前のお子様はいません」

 

「あ、ああ…!」

 

「落ち着いて下さい。逸れたのはいつですか?場所は?」

 

「東京都庁のすぐ近くです!わ、私たち、旅行でここに来たばっかりで…この辺のことをあまり分かってなくて…娘達も同じで…」

膝から崩れ落ちそうになる女性を支え、冷静に質問する男性。だが、遠目から見ても女性の動揺は明らかに酷くなっており、会話もままならない。

 

「もう避難所をいくつも回って探してるのに見つからなくてもう逸れてから何分たったの!?もう一度探しに……!」

 

「落ち着いて!戻っては駄目です!直ぐに我々が救助に向かいます!」

 

「聖良!!理亜!!嫌あァァァァ!!」

 

胸が締め付けられる。泣き叫ぶ母親の顔を直視出来ない。

無意識に両手を重ね合わせて握り込む。

神様……!

あのお母さんを、子供達を助けて下さい

もうこれ以上誰も傷つけないでください

 

もう、嫌なんだ これ以上

失われるのは

泣いてる人を見るのは

 

私に、力があれば———‼︎

 

 

 

うええ…おねえちゃん…

 

理亜、しっかりなさい!きっと、助けがきます…

 

でも…おねえちゃんのあしが

 

大丈夫!お姉ちゃんは…このくらい…

 

 

 

———ッ!?

 

 

 

脳裏に過るのは新宿を空から見渡したような光景

瓦礫に埋め尽くされた街

まるで捉えるようにある一角が拡大され、瓦礫に閉じ込められた2人の少女達の姿と声

 

確かに見えた

聞こえた

 

 

「聖良…理亜……!!」

 

あの母親が探す子供の名前と一致するのはきっと偶然では無い。

私なら、あるいは……

 

「でも…!」

 

ぐるぐると回る思考の中で交差する、宙と泣き崩れる母親。

私だって、1人の母親だ。我が子を1人置いて、あの場所にもう一度飛び込むのは———

 

「お母さん」

 

不意に、握りしめていた拳に小さな掌が重ねられた。

 

「やりたいこと、あるんだよね?」

 

「宙…」

 

「わたしはだいじょうぶだから、しんぱいしないで」

 

弱々しく震える体に反して、握られた手は力強く、温かかい。

体の内から、迸るような熱が込み上げてくる。

 

『巨人…!?巨人です!!たった今、新宿に銀色の巨人が現れ、怪物と交戦を開始しました!!とても現実とは思えない光景が今、我々の目の前に———』

 

優しく宙を抱きしめると、同じように抱きしめ返してくれる。

それで十分だった。もう、迷わない。

 

「…ありがとう。必ず戻るから、待ってて」

 

「うん……!」

 

もう身体は動き出していた。すぐさま蹲っている女性に駆け寄る。

 

「すみません!せいらちゃんとりあちゃんって子、こんな感じで…髪をサイドテールとツインテールにしてる子じゃないですか?」

 

「えっ!?そうですけど、でもどうしてそれを!?」

 

やっぱり……‼︎

目を見開く女性の手を握り、微笑みかける。

 

「2人の場所に心当たりがあります。大丈夫、2人とも無事です」

 

「本当ですか!?」

「その場所を詳しく教えて頂けませんか?救助を向かわせます」

 

「説明してる暇がないので私が案内します。着いてきて下さい」

 

「何を言って…!?」

 

目を白黒させる自衛隊の男性を尻目に、両足に力を込める———刹那

 

「んなッ…!?」

「は、速!?」

 

目の前の景色が一瞬にして後ろに流れていく。

まるで自分が、風になったみたいだ。

 

「待ってて、せいらちゃん、りあちゃん」

地面に転がる刺々しい瓦礫を飛んで躱しながら、私は都庁の方角へと駆けていった。

 

「お母さん、がんばって……!!」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「うえぇぇぇん…!」

 

「理亜、落ち着きなさい!きっと、大丈…夫……」

 

泣きじゃくる少女は、閉じ込めている瓦礫を退かそうと精一杯拳を叩き付ける。励ましていた姉の声はどんどん掠れてきており、心も体ももう限界だった。

 

「おねえちゃんが、おねえちゃんがあ……だれかたすけてぇ…!!」

「おかあさん……!」

 

精一杯叫ぶと、目の前の瓦礫が少し動いた。

 

「…?」

 

光が差し込み、まるで重機で掘削されるが如く自分達を閉じ込めていた瓦礫が取り払われていく。

 

「見つけた‼︎」

「せいらちゃんとりあちゃん、だよね?」

 

「う、うん…!」

 

「助けにきたよ!」

 

光の奥から現れた小柄な女性が手を伸ばし、太陽のような笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「理亜…!」

「おねえちゃん…‼︎」

 

助け出せた姉妹が抱き合って喜ぶのを見て、私も心の底から嬉しくなる。つい、2人の頭を撫でてしまう。

 

「よく頑張ったね」

 

「あの、あなたは…?」

 

せいらちゃんが驚きの表情で私を見ている。そりゃあ、知らない女性が自分達のことを知っているなんて、訳が分からないだろう。

 

「2人のお母さんが必死に探してたんだ。困ってる人を見過ごすなんて、できないよ」

 

「おかあさん!?」

「母はどこにいるんですか!?」

 

「避難所で2人を待ってる。2人みたいに無事だよ」

 

「大丈夫ですか⁉︎」

そこへ、救助に来た自衛隊が駆け寄ってきた。…そういえば、案内するって言ってたのに置いてけぼりだった気がする。

 

「はい!せいらちゃんとりあちゃん、2人とも無事です!」

 

「良かった…!とにかくまずは避難を!こっちです、早く!」

 

 

痛い…動けない……

 

熱い……熱いよ…

 

誰か、助けて……

 

 

「……ッ⁉︎」

 

まだだ。

救うべき人は、まだたくさん残ってる。

 

「2人のこと、頼みます。私はもう一度、取り残された人の救助に向かいますので」

 

「しかし!これ以上民間人を危険に晒すわけには…」

 

「おねえちゃん!」

 

不意に、りあちゃんが声を上げる。そちらに向き直ると

 

「ありがとう‼︎」

「…!私からもお礼を。助けて頂き本当にありがとうございました」

 

涙で濡れていた顔に笑顔が戻っていた。せいらちゃんも一緒にお辞儀してくれる。

……この子たちが特別なわけじゃない。助ける力があるなら、皆んな助けたい。

 

だから…!

 

2人にもう一度笑いかけると、私は自衛隊の制止を振り切って走り出していた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「だいじょうふ……お母さんならぜったいだいじょぶ…」

 

気付けば譫言のようにそう呟いていた。信じて送り出したのに、一度離れると急に心の奥底から孤独と不安が込み上げてくる。情けないが、こうでもしないとじっとしていられなかった。

 

「あの!お医者さん!」

 

すぐ近くで聞こえた声に連れられ、そちらに顔を向ける。

同じ年頃の小さな男の子だった。

 

「あの、おかあさんがさっきからはなしかけてもぜんぜん目をさまさなくて…つかれてよくねてるんだよね?おかあさん」

 

「……!失礼、少し脈を」

 

医師がきて安心したのか、男の子はにこにこしている。

 

「おかあさん、だいじょぶだよ!お医者さんきてくれたから」

 

「……」

 

医師の男は無言のまま横たわった女性の瞼を開け、手にしていたペンライトのようなもので瞳孔を照らす。

 

「……すまない。君のお母さんは………」

 

「え?」

 

「……もう」

 

「どういうこと……?おかあさんの体、こんなにあったかいよ?だいじょうぶでしょ?」

 

助かる者から手当する(・・・・・・・・・・)…それが、私の仕事なんだ」

 

「え、ちょっと……」

 

男の子にもう一度会釈すると、医師の男は早足に立ち去っていく。

 

 

「避難者女性1名の死亡を確認した。リストの更新を頼む」

 

 

まるで辺りが凍ったような静寂。

備え付けられたラジオの音だけが、やけに遠退いて聞こえる。

 

 

『翼です!怪物が突如、翼を広げました!あまりにも悍ましい光景です!この姿をなんと表現すれば…この姿はまるで———』

 

 

「うわああああああああああああ!!!!!!おかあさああああん!!!!」

 

ラジオと男の子の慟哭だけが避難所に響き渡る。

 

呼吸が乱れ、動悸が止まらない。

抑え込んでいた不安と恐怖が体を塗り潰していく。

 

「お母さん……お母さん……!」

 

 

気づいた時には、覚束無い足取りでフラフラと歩き出していた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「助けて頂き、本当にありがとうございます…!」

 

「お礼なんてそんな……早くご家族に元気な顔を見せてあげて下さい!」

 

あれから、街中を駆け回り助けを呼ぶ人を救助して周った。私の小さな体が嘘のように、重い瓦礫も車も何もかも軽く持ち上げられるお陰で自衛隊の救助の人よりも効率が良いように感じる。

 

助けた1人を自衛隊の人に任せ、もう一度走る。

助けを求める声はもう、聞こえなくなっていた。

 

あれから怪物とは鉢合わせていない。少し前に100を超える烏が空を飛んでいたのには驚かされたが、変わったことはそのくらいだった。

 

「よし…!」

 

ようやく足を止め、呼吸を整える。

 

「私も避難所にもど———」

 

戻ろう、と口に仕掛けた時、全身から汗が吹き出して膝をつく。

 

「あ、れ……?」

 

景色がひっくり返り、チカチカと視界が瞬く。強烈な目眩と脱力感。

 

「ちょっと…頑張りすぎたかも……」

 

「お母さん…」

 

ここに無いはずの声。頭が真っ白になる。

 

「宙!?」

 

「お母さん!!」

 

飛びついてきた宙を抱き止める力もなく、そのまま一緒に倒れてしまう。

 

「どうしてここに…」

 

「ごめんなさい…ごめんなさい!しんぱいで…がまんできなくて」

「怖かった」

 

嗚咽を漏らしながら宙はそう呟いた。

その一言に胸が締め付けられる。

どれ程走り回っていたんだろう

どのくらい1人にさせていたんだろう

 

1番大事な娘を泣かせるなんて———

 

「宙、ごめ——」

 

微かに聞こえる風切り音。どんどん大きくなってきている。

見上げると、青白い光が無数に降り注いで

 

「嫌ああァァァァァァ!?!?」

 

結局私は、1番大事な人を守れなかった。

 

 

 

空が爆ぜ、大地が揺れる。堅牢な作りをした高層ビルは砕け散り、猛烈な業火がアスファルトを削りながら進む。

地獄の中で、一人の女性が五歳にも満たない小さな子供を抱え必死に走っていた。その小さな子は恐怖でガタガタと震えている。

 

不意にその女性は子供を下ろし、抱きしめる。

 

「宙ーーーーごめんね」

 

そう言うと子供を突き飛ばした。

 

その瞬間、女性の立つ場所に倒壊したビルの残骸が降り注ぐ。

 

間一髪難を逃れる事ができた小さな少女が身を起こすとそこには無数のガレキの山。   

母親の姿は何処にも無かった。*1

 

 

 

 

 

「お母、さん……?」

 

何が…何が何が何が何がなにがナニがナニガナニガナニガナニガ

 

 

 

◇◇◇

 

「わたしはだいじょうぶだから、しんぱいしないで」

 

◇◇◇

 

 

 

何がッ‼︎

わたしのせいでお母さんが———

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああアアアアアアア!!!!」

「おかあさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

 

 

燃エロ

人間共ヲ焼キ払エ

 

ハハ…ハハハハハハハハ!!!!

 

 

 

「あ……?」

空を見上げると、それが燃える街を見下ろしていた

 

黒い翼

二股の巨大な尾

骨がそのまま露出して装甲化させたような漆黒の体

背中から突き出た二対の大きな突起

肩から生えた2本の烏の首

そして……悪魔のように凶悪で、醜悪な顔

 

 

「ーーーー!!!!!!」

 

 

ーー ビースト・ザ・ワン ーー

 

 

 

 

 

死者及び行方不明者、670名。

新宿大災害は、戦後史に名を刻む最悪の大規模災害となった。

 

そしてこれより先、10年以上続く長い戦いの嚆矢となる惨劇である。

 

*1
第4話『転校生』より





今回の37話はウルトラマンネクサスの前日譚である映画「ULTRAMAN」を基に作成しました。
ネクサス本編から5年前に起きた出来事とされていますが、色々あってここでは10年前としています。

次回「 巨人 ーー ウルトラマン ーー 」
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