模造巨人と少女   作:Su-d

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円谷プロが投下した新情報
ツルギをもう一度出してくれる製作陣の皆様を神格化します




7.温もり

「……いつまで私をこのまま小娘の体の中に閉じ込めておくつもりだ?」

 

…………

 

「答えろ……!」

ダークファウストは自分たちウルティノイドを支配する存在とコンタクトを取っていた。何も話そうとしないソレに向かって声を荒げている。

 

「人間はビーストを生み出すメカニズムを既に把握している。だからもうスペースビーストを何度も生み出せるわけがない。こんな状況になってなお小娘に好き勝手させる気なのか?」

 

ソレがようや口を開いた。その声はまるで変声機越しに喋っているようにくぐもっておりかなり聞こえ辛い。

 

……問題無い。やるべき事は変ワラない

 

【………!? 何を言っている?】

予想だにしない言葉に、ファウストはソレの言っている事が分からなくなった。

 

ヲ前はよク働いテイる。今後も今マで通リ……

 

【ふざけるのも大概にしろ‼︎私はこのまま自らの意思で動く事も許されずただ指を咥えて眺めていろというのか⁉︎】

 

ヲ前ガ動ケない状況を作ッたのは誰だ?

 

【…………!】

いきり立つファウストはその言葉に何もいう事が出来なくなった。同時にソレから感じられる威圧に押し潰されそうになる。

 

あの人間ヲヨク調ベズに肉体ヲ奪ヲうトしたのは貴様だろう?そノ落トシ前ヲ私ニつけろというのか?勘違いも甚ダしい…

 

何が落とし前だ……私が小娘と接触するよう焚き付けたのは貴様だろうに……!

 

【……良いだろう。私は独断で行動する。お前の指示など聞き入れるつもりは無い】

 

言ッておくが、バグバズンの時ノヨうにあの人間ノ身体に強引に干渉する事ハもウ不可能だ。『順応性』が次第ニ高まッてきている…

 

ソレの気配と威圧感は暗闇に溶け込むように消えていく。残されたファウストは歯軋りすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー内浦・通学バス内ーー

(うらら)かな春の日差しが海を優しく照りつけるのを窓から眺めながら、三人の少女が仲良く談笑している。

「いよいよ明日だね!衣装間に合って本当に良かったよ!」

 

「お客さん、ちゃんと来るかしら……?」

 

「大丈夫だよ!駅前でチラシ沢山配ったし地域全体にアナウンスもしたから!やれる事はやった!だから梨子ちゃん、気負わずいこう?」

 

「そのアナウンスが心配なのよ…」

 

沼津での騒動があった後も千歌達はめげずにファーストライブのお客さんを集めるため奮闘していた。千歌・曜・梨子を可愛くデルフォメしたポスターを街中に貼りまくったり、場所を色々変えてチラシも沢山の人に配った。

グループ名も決まり、水の名から取ってAqours(アクア)と命名された。

そして遂に放送局の許可を得て地域全体にファーストライブのアナウンスをする事にまで漕ぎ着ける。

 

しかし悲劇はその当日に起こった。千歌がアナウンスの原稿を家に忘れてしまったのである。

仕方なく完全にアドリブで行う事になったがそれはもうめちゃくちゃだった。

 

最初は三人同士にグループ名を叫ぶ事になっていたのだが、緊張していたせいか梨子の声が裏返り凄い声を出してしまう。それがツボにハマり爆笑する曜。

その後も放送中にAqoursが学校公認か非公認かで揉め、その一部始終を住民達に聞かれる事となった。

住民達の中にはお笑いの宣伝と勘違いした人も居たそうだ。

 

「あんな恥ずかしい事して…絶対笑い者になるじゃない。」

 

「大丈夫!興味を持ってくれるお客さんも沢山いるだろうから!」

ニコニコしている千歌の肝の太さに梨子は感心する。何であんな恐ろしい目にあって尚笑っていられるのか分からなかった。

 

「千歌ちゃん……その……大丈夫なの?無理とかしてない?」

 

「へ?何のこと?」

きょとんと小首を傾げる千歌。

 

「化け物に二度も襲われて…危険な目にも遭って…私心配なのよ。千歌ちゃんの事が。私達に気を遣って無理に笑ってるんじゃないかって」

 

「……えい!」

千歌は梨子の顔をじっと見つめ…ギュッと抱きしめた。

 

「えへへへ〜梨子ちゃ〜ん」

 

「ちょっと!千歌ちゃん何やって……」

梨子は顔を真っ赤にしながらワタワタしている。

 

「ムッ」

何故かムスっとなる曜。

 

「嬉しいなぁ。最初の頃は私がしつこいせいで梨子ちゃん凄い邪険になってたでしょ?だけど今はそんなに私の事大切に思ってくれてるなんて。」

 

「当たり前じゃない。ここに来て初めて出来た…友達なんだから。」

 

「ふふっ ありがとう。でもね、大丈夫だよ。」

千歌はそう言うと梨子と曜の手を握る。

 

「私の周りにはこんなにも素晴らしい友達が居るんだもの。何でか分からないけど…皆んなと一緒なら怖くないの。それに…『ヒーロー』だっているから。」

 

「それってあの黒い巨人のこと?でもあんな見た目で…」

 

「味方だよ。私はそう確信してる。姿も形も関係無いよ。あの巨人の手の中で感じた温もり……あの手で沼津の皆んなの命を守ってくれたんだから。」

 

「千歌ちゃん……」

 

「私ね、スクールアイドルの事簡単に諦めたく無いんだ。だってへこたれてたらあの巨人に申し訳ないんだもん。『あなたが助けてくれたから私は今も精一杯生きてるんだよ!』って伝えられたら良いのになあ…」

 

「でも…あの巨人さんはもう……」

梨子が俯く。あの時、黒い巨人は化け物に腹を貫かれ……

三人共黙り込んでしまう。

バスはいつの間にか停車していた。

 

「降りよっか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に入るとクラスにいる皆んなが廊下に並ぼうとしているところだった。

 

「あっそういや今日全校朝礼じゃん。」

曜が思い出したように呟く。浦の星女学院では偶に全校朝礼なるものが行われるのだ。

 

「面倒だなぁ……」

ブーブー文句を言おうとする千歌にクラスメートのむつ・いつき・よしみの三人が近づいてくる。

 

「千歌達は知らないの?今日転校生来るんだって。」

デコ出しと白いカチューシャが特徴のむつ。

 

「朝礼の時に紹介されるみたいだけど」

そう言うのはいつき。かなりのジト目とタレ目が特徴的な少女だ。

 

「梨子ちゃんみたいな可愛い子かもね!」

右の髪をくくった茶髪の短サイドテールの少女、よしみがニコニコしながら言う。

 

「また転校生?」

 

「何か最近多いね。遂に浦女にも人気がで始めた?」

めんどくさい行事に少し気になる事を見出すことが出来た千歌達はちょっとだけワクワクしながら体育館に向かった。

 

 

 

 

 

理事長のハイテンションな挨拶に生徒の殆どが眠気から叩き起こされ、あまりの喧しさに耳を塞ぎ始める頃(こすも)は舞台袖で控えていた。

 

「高海さん。」

宙の後ろから生徒会長、ダイヤが声を掛けてくる。

 

「いきなりここに立たされて緊張していらっしゃるのは分かりますが、浦女(ここ)の制服を着た時点で貴方は映えある浦の星女学院の生徒の一員なのです。良識と節度を持った行動を心掛けて下さらないと困りますわよ?」

 

「……」

 

「あの…もしもし?話を聞いて…」

何も答えない宙の肩を掴み表情を窺うとダイヤは言葉を失った。

宙の黒い瞳は濁っていた。光を一切通さない暗く深い水底の様に。

 

 

 

「では!ここで皆さんにサプラァイズ!があります!」

さっさと話終われ、という顔をしていた生徒達はその一言にホッとする。漸く転校生の紹介になった。

 

「今日から皆さんと一緒に勉強に励むニューフェイスを紹介しますよ!さぁ!カモン‼︎」

 

理事長・鞠莉の合図と共に舞台袖から1人の少女が歩いてくる。

切れ長の瞳に腰まで伸ばした艶やかな黒髪。

胸元の赤いリボンは彼女が2年生である事を示していた。

 

「わぁ…綺麗な子だ!」

 

「え…何あの美少女」

 

「アイドル?それともモデルさんかな?」

宙を見た生徒達はザワザワしている。

 

「やっぱり可愛い子だったね!」

よしみが振り返って千歌に話しかける。しかし千歌はポカンとしていた。

 

(あれ?何だろうこの感覚…初めて会った筈なのにそんな気が全然しないような)

 

 

鞠莉からマイクを渡された宙はそのマイクをじっと見つめる。そして鞠莉がやったようにスイッチを入れるとおもむろに喋り始めた。

 

「……高海宙です。宜しくお願いします。」

たった二言で挨拶は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

宙は学校に行く前日の夜、夢を見ていた。

ジャングルのように木々が生い茂る中をずっと歩いている夢。いくら歩いても全く疲れる事なく、生い茂る木々も果てしなく続いているように思われた。それでも歩き続ける。まるで誰かに導かれているみたいだ。

 

前方の木々の隙間から眩い光が差し込み始めた。

 

(出口だ!)

眩しさに目を手で覆いながら光の差す方に走る。

木々を抜けるとそこには巨大遺跡に似た建造物が建っていた。周囲の不思議な形をした石像や、斜陽の空。幾つもの美しい要素が集まり非常に幻想的な光景を作り出している。

 

 

(綺麗……)

 

遺跡の中でも一際大きい建造物が目に入った。

 

(ダークストーンフリューゲル?)

 

その形はダークエボルバーを使って呼び出す移動装置、ダークストーンフリューゲルに酷似していた。

辺りの空模様は夕焼けに近いが、太陽は何処にも見当たらない。何とも言い難い不思議な空間だった。

不意に眩い光が差し込み、宙は目を閉じてしまう。

目を開けると、遺跡の前に誰かが立っているのか見えた。顔は後ろを向いているので確認する事が出来ない。刹那、宙はデジャブを感じた。

 

 

ーーー

 

お願い……助けて……

 

ーーー

 

(そうだ……この景色、蟲の化け物と戦う直前、頭の中に浮かんだイメージと全く同じなんだ!)

 

 

初めて会ったはずなのに、宙はその人間に妙な親しみを感じる。まるで、ずっと前から会っていた様な……

 

「貴方は一体誰なの?」

 

実態か幻影かも分からないその人間に手を伸ばす。かなり近くまで来ても小柄な体型をしている事しか分からないという矛盾。

 

遂に宙はその人間の肩を掴んだ。

 

「‼︎」

その瞬間、周囲の木々が風にひしめく音、鳥のような鳴き声、葉が大量に落ちた地面を踏みしめる音ーー全ての音がシャットアウトされ、辺りの景色が真っ暗になった。

残されたのは宙とその謎の人間。

 

反射的に身の危険を感じた宙は急いでその人間の肩から手を離しそこから離れようとするが、手はその人間に貼り付いたように動かない。

 

ソレがゆっくりとこちらを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を見ている?」

 

 

 

 

「ひっーーー」

目も鼻も口も無く、全てが黒く塗りつぶされている。本来目や鼻や口がある部分からフナムシの様なモノが大量に這い出してきた。

その大群はすぐに宙に群がり始めーーー

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

気がつくと瑞緒から譲り受けた部屋のベッドにいた。

しかし、宙は部屋全体が異様な雰囲気に包まれ、薄紫色に朧げながら光っている事に気付く。

 

 

目の前には昨日まで無かった着替えの際使用する大型の鏡が置かれている。

まるで宙がめざめるのを待っていたように。

 

見たくない。逃げ出したい。ーー怖い。

そう思うのに宙の体は言う事を聞かず鏡に向かって歩き始めた。手足が何者かに操られているような感覚。

マリオネットさながらだった。

 

宙は抵抗する事も出来ずに鏡の前に立たされた。

 

(嫌、嫌!)

 

必死に顔を背けようとするが体はそれを許さず、鏡を見るために正面に引き戻される。

 

鏡の中には自分の姿が映し出される

ーーはずだった。

 

そこに映し出された少女の輪郭はどんどん歪んでいき、やがて黒い瞳に鋭く尖った二本の角を持つ異形へと姿を変えた。

ゆっくり、ゆっくりと鏡面から這い出してくる。

 

「化け物……」

 

そう呟いた瞬間、体の拘束から解放され後方に大きく吹き飛ばされる。

 

 

 

 

「化け物、か……随分な言い様だな。お前がビーストと戦う時もこの姿だというのに」

宙はその声に聞き覚えがあった。と言うよりいつも聞いている声だ。

 

「貴方……ファウストなの?さっきまで私の体に干渉してたのも」

言い終わらない内に宙の体はくの字に曲がった。近づいてきた宙に対してファウストが彼女の腹を蹴り飛ばしたのだ。

 

「ガッ! あがぁ……」

突然の出来事に全く対応出来ず、苦悶の表情を浮かべながら腹を抑え体を丸める宙。

 

「誰が勝手に喋って良いと言った?劣等種族(にんげん)如きが…」

ファウストは痛みに悶える宙を容赦無くもう一度蹴った。ベッド際まで転がされる。

 

「なん……で…」

 

「『何で…』だと? 教えてやろうか?貴様に心底嫌気が差しているからだ」

ファウストの声には宙に対しての明確な敵意が含まれていた。その声はいつにも増して冷淡さを孕んでいる。

 

「貴様の戦い方に妙な違和感を感じていたが…先の戦いで確信した。『人間を庇いながら』戦っていただろう?だからあんなみっともない戦いをしていたわけだ。………ふざけるな。それは私への裏切りと同義だ」

 

「裏切り……?何を言っているの?私の体を奪おうとしていたのは貴方の方じゃない」

宙は内浦で最初にファウストの力を発現させた時から彼の真意に気付いていたのだ。

 

「……知っていたのか。では何故そうと知った後もいつも通り私と関わろうとした?」

 

「私が話せるのは貴方だけだったし、これまでずっと一緒だった。貴方を失いたく無かったの!」

ファウストは宙の事を体を取り戻すための道具としか思っていないにも関わらず、それでも説得を試みようとする。

 

「今まで貴方が居てくれたから私は……!」

 

「黙れ」

しかしその願いはあえなく両断される。

 

「やだよ…私を1人にしないで」

ファウストは今にも泣き出しそうな顔で倒れ込んでいる宙に近づくと

 

「……反吐が出る!」

その体を踏みつける。

「力が無い」

蹴る。

「技術が無い」

何度も

「覚悟が無い」

何度も蹴り踏みつける。

 

「ガハッ!グッ!オェェ…」

痛みと苦しみで抵抗出来ず息を吐き出す事しか出来ない。

 

「『人形』としての役割も果たさない。使えると思って少し気にかけてやったが見込み違いだった」

 

「価値を見出されなくなり、自分で見出す事も出来ない物……それが貴様だ。『失いたく無かった』だと?馬鹿な奴だ。貴様には最初から何も無いんだよ。存在自体が偽物だ!」

 

「貴様はもう用済みだ。二度と下らない正義の為に力を使うな。二度と私に干渉するな!」

 

 

 

 

翌朝目が覚めるまでファウストに心も体も嬲られ続ける悪夢は続いた。ただの夢。そう思いたかった。しかし夢から覚め幾ら話しかけてもファウストは何も反応しない。

ファウストが本当に自分と関係を絶った事を知らされた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー浦の星女学院・二年生・教室ーー

浦の星女学院は生徒数が非常に少ない。その為、一緒に勉強出来る仲間が増える事は非常に喜ばしい事だった。梨子が来た時も、ホームルームが終わった直後大勢の生徒が彼女の席の近くに集まり大量の挨拶や質問をぶつけていた程だ。

しかし、宙が来た時は違った。誰も彼女の席に近づこうとしない。

宙の顔からは一切の感情が消え、彼岸に片足を乗せたような雰囲気を全身に醸し出している。その様子に誰もがかける言葉を失い、近づくとことすら出来ない。

 

 

「ねぇ、やっぱりあの子様子が変よ。何かあったのかな?」

 

「元気が無さそう……ってレベルじゃ無いよね。」

曜や梨子がそう呟き、千歌もいつになく真剣な顔をして黙っている。教室全体に漂う重苦しい空気。しかし、その沈黙を破ったのは予想だにしない一言だった。

 

 

「思い出したぁぁぁぁぁぁ!」

千歌が突然大声を上げたのだ。

 

ギョッとするクラス一同。そんな事は気にせず千歌は早口でまくし立てる。

 

「あの子だよ!駅でライブの広告配ってた時に全速力で走ってた血だらけの女の子!雰囲気全然違うから気付かなかった!」

 

「言われてみれば確かに…」

 

「もしかして千歌ちゃん今までずっとそれ考えてたの?」

曜が聞き返す頃には、千歌はもう既に宙に向かって一歩踏み出していた。

 

「話すきっかけ探してたのかな……?」

 

「いかにも千歌ちゃんらしいね」

梨子と曜は顔を見合せ笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「高海さん!……って私も高海だった」

千歌が宙の席の前に立つ。虚ろな黒い瞳が千歌をぼんやりと捉えた。

 

「怪我、治ったみたいだね。」

 

「………?」

 

「ほら!覚えてない?私一昨日駅前で高海さんに会ったんだよ!あの時何故か高海さん血だらけだったけど」

途端に宙の意思のない瞳に驚きの感情が宿り大きく見開かれた。勢い良く椅子を引いたせいで後ろの机にぶつかってしまう。

 

しかし宙はその事に対して全く興味を示さない。彼女の驚きに満ちた双眸は千歌をはっきりと捉えていた。

 

「覚えてるの……?」

 

「やっぱり高海さんだったんだ!私は高海千歌。同じ苗字だね!宜しく!」

差し出された右手を握り返す事なく宙はぎこちなく喋る。

 

「私に何か用ですか?」

明らかに関わりたく無いという感情がこもった一言。千歌はたじろいでしまう。

 

「え?……えぇっと…高海さんって可愛いよね!」

 

「………」

 

「うん!すっごく大人びた雰囲気!そのドライな感じとか」

 

「………」

 

「…しゅ、趣味とかある?歌とか好き?」

 

「何もありません。私には何も」

勇気を奮い立たせて口にした言葉は虚しく一蹴される。その様子に曜も梨子も頭を抱えている。

それでも千歌は諦めなかった。何としてもクラスに馴染んで貰いたい。ずっと一人で放置されるなんて耐えられないから。何より彼女を見た時からずっと思っていたのだ。仲良くなりたい、と。

 

そんな彼女の脳裏に一つのワードが浮かんだ。スクールアイドル。

これを通じて沢山の人と繋がることが出来たのだから、彼女とも…!

ポケットから折り畳まれた最後の1枚のチラシを取り出す。

 

「私、友達と一緒に今度スクールアイドルのファーストライブやるの。もし良かったら見に来てくれない?会場、絶対に満員にしたいんだ。」

 

「すくーる、あいどる?」

千歌は弾かれたように喋りだす。スクールアイドルがどのような物か。何で今こんなにも夢中になっているのか。そしてファーストライブで体育館をお客さんでいっぱいにしなければ存続させる事が出来ないということ。

宙は大して興味が無いらしく、また虚な目に戻ってしまう。

 

「スクールアイドルをやる中で私は自分だけの『輝き』を掴みたいの。スクールアイドルはみんなに希望をくれるんだから。私だってきっと!」

 

「希望?」

あるワードが脳裏に引っかかる。自分が今一番聞きたくない言葉。その言葉は宙を嘲笑うかのように脳裏に絡みついてくる。

 

「そう、希望!あっそうだ!高海さんも今実際に見てみない?もしかしたら高海さんも」

 

「やめて!」

突然の大声に千歌は驚き、携帯を取り出そうとしていた手が止まる。

 

「貴方に何が分かるの⁉︎そんな都合の良い物に縋り付いて…それが何になるんですか?そんな存在するかも分からない物に」

宙はそこまで言って気付いた。教室にいる全員が静まり返っている。痛いほどの沈黙は急速に彼女の熱を下げていった。怯える様な目。非難する様な目。沢山の視線が宙に突き刺さっている。

疎外感に苛まれた宙は教室から飛び出した。

 

「高海さん!」

後ろから千歌の声が聞こえてくるが無視する。ここは自分がいて良い場所では無い。宙は今更ながら学校に出向いた事を後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーファーストライブ当日・体育館ステージ裏ーー

幕の向こう側は静まり返っているようにも思えるが、耳を澄ますと少しだけ息遣いやボソボソと話す声が聞こえて来る。もうお客さんが来ていた。

私達の、お客さん。もう間も無くスクールアイドルとしてパフォーマンスを披露できる事を実感し、千歌の心に緊張と共に込み上げてくるものがあった。これが武者震いというものだろうか。

 

 

「やっぱり慣れないわ……。本当にこんなに短くて大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよ!μ'sの最初のライブの衣装だって、これだよ!」

 

「ステージ上がれば忘れるよそんな事!」

 

緊張・不安・高揚感か三者三様だが、それでも三人の目には決意が漲っていた。三人共何度も何度も練習してきたのだ。それが自信に繋がっている事は確かだろう。

 

「そろそろだね……えと、どうするんだっけ?」

 

「たしか、こうやって手を重ねて……」

三人で輪になり中心で手を重ねる。

 

「繋ごっか」

千歌はそう言うと梨子と曜の手を取る。

 

「こうやって互いに手を繋いで……ね?あったかくて好き」

 

「ほんとだ」

外からは雷鳴が僅かに轟いているのが聞こえる。薄暗く少し肌寒い気もするが、それでも心の中には確かにじんわりとした温かさがあった。

 

「雨、止まないね。」

 

「みんな来てくれるかな?」

 

「もし来てくれなかったら……」

 

「じゃあここでやめにする?」

千歌が冗談めかしたように言う。いつもは事ある毎に曜が千歌にこう聞いていた。こうネガティブな聞き方をした方が千歌は逆に燃えるのだ。

 

「「「くすっ……あははははは!」」」

出来る限りの事はやった。後は全力を尽くすだけ。

決意を新たにした彼女達はステージに向かって駆け出して行く。ステージの隅には三人の鞄と着替えがピタリと身を寄せ合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この感覚だ。いつも奴らが現れる時にこの背中を刃物で撫でられる様な悪寒を感じる。………奴が餌を求めてこの近くにもう間も無く現れるだろう。

 

でも行った所でどうなる?何の為に戦う?奴らが憎いから?

……そんなの無い。怒りも、憎しみも、家族も、友人も、誇りも。私には無い。何もない空虚な存在を体現した様な自分には、何かをする資格も価値も無いだろう。そもそもファウストが私を拒絶しているのだ。力を使えばまた前みたいに妨害されるかもしれない。

もう、良い。何もかもがもううんざりだ。

 

ベッドに顔を埋める彼女の瞳に、瑞緒が置いてくれた可愛くデルフォメされた小さなカレンダーがうつり込む。その先にあるのは千歌から貰ったしわくちゃになったポスター。

 

(そう言えば今日なんだっけ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌、曜、梨子はステージの上でダンスの最後の振りを終え、地に足をつけた。上がった息を何とか整える。さっきまで空に浮かんでいるように飛び跳ねていたのが嘘のようだった。

割れるような拍手と歓声が体育館全体に響き渡る。

千歌達のファーストライブは成功した。体育館一杯にお客さんを集める事が出来たのでスクールアイドル部も正式に部活動として認められる。

開演の時間を間違えお客さんが全然来てないと勘違いしたり、落雷の影響でライブの途中で電気が落ちたり紆余曲折あったがーーそれでも大勢のお客さんの前で精一杯のパフォーマンスが出来た。

 

ルビィ、花丸、千歌の姉が連れてきた同じ職場の従業員さん。他の高校の生徒。地域の方々ーーー沢山のお客さんが足を運んでくれ千歌達のライブを見に来てくれた。

千歌は息を整えながら、この街に住む人々の温かさを感じていた。

 

(私達も、お客さんもみんなで輝いてるこの感じ……何だか良いなぁ)

そう感じる千歌だったが、一つ心残りがあった。

ざっと体育館を見回すがその人物は何処にも居ない。

 

◇◇◇

 

「貴方に何が分かるの⁉︎」

 

◇◇◇

 

「高海さん……来なかったなあ……」

 

 

 

ブブブブブ

 

「何…この音?」

観客の一人が異変に気付く。

 

「ねぇ!何か聞こえない?」

 

「んー?何?」

隣の友人に話しかけるが、体育館に響く拍手や歓声のせいでその声は聞こえない。

 

「ねぇったら!」

更に声を大きくしながら肩を掴んだ途端ーー

 

 

ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!!

 

 

全ての音を掻き消す程の騒音が体育館のすぐ外から聞こえてきた。あまりの喧しさに人々は耳を塞ごうとする。

 

「‼︎」

突然曜の体が強張った。すぐさま声を張り上げる。

 

「みんな、体育館の壁に寄って!今すぐに!急いで‼︎」

蟲の羽音のような音に負けないよく通った声だった。戸惑いながらも体育館にいる人々は壁際に寄り中央に空間が出来る。

 

 

その時だった。

 

轟音と共に体育館の天井が崩れ、巨大な爪が現れた。その爪は体育館目掛けて振り下ろされ、床を大きく抉った。悲鳴が響き渡る。

爪はすぐさま引き抜かれる。「空振り」だった事に気付いたらしい。

 

体育館の中央に天井の残骸が積み上げられていた。曜の指示が無ければ何人もの犠牲が出ていた事だろう。

 

恐怖と驚愕を伴ったどよめきが館内を包み込む。

 

 

 

 

 

 

「ーーーー!!!!!!」

浦の星女学院の上空に突如出現したバグバズンは、大勢の人間がいるはずの体育館から何も収穫が得られなかった事に苛立ちの唸り声を上げながら上空に飛び上がる。

 

「またあいつだ……」

 

着替えもしないままに体育館を飛び出した千歌達は沼津で自分を襲った敵にもう一度出会ってしまった。

前に命を奪われかけたせいか、千歌の顔色がかなり悪い。今にも膝を折り地面に倒れ込んでしまいそうだ。

 

「千歌ちゃん、梨子ちゃん、逃げるよ!」

曜が二人の手を引く。

 

 

 

 

バグバズンは羽を折り畳みながら地面を睥睨するように降下していく。

 

刹那、風切り音と共に千歌達の真上を何かが光速で通過した。

 

「デアア!」

 

バグバズンが地面に降り立つ瞬間、黒い影が側面からぶつかる。バグバズンはまさか着地する瞬間を狙われるとは思ってなかったようで、呆気なく地面に叩きつけられた。

 

油断せずバグバズンを警戒しながら腰を低くするその巨人・ダークファウスト

 

赤と黒のツートンカラーの体に大量の雨が降りかかるその姿は皮肉なことに曇天によく映えていた。そのおどろおどろしさに息を飲み込み、怯える人々。

 

「ウルトラマン!良かった…生きてたんだね!」

千歌の言葉に反応を示さず敵に突進していくファウスト。

「ウルトラマン」。彼、いや彼女にとってその言葉はひどく不釣り似合いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(戦う意味なんて何処にも無い。なのに……何が私を?)

 

ファウストに変身した宙は浦の星女学院に向かって進撃するバグバズンを渾身の力を振り絞り食い止める。

 

「化け物が二体も…」

 

「逃げろ‼︎巻き込まれるぞ‼︎」

 

 

 

(……ッ)

 

バグバズンを抑える力が緩み、吹っ飛ばされる。受け身も取らず背中を強打し一瞬意識が遠いた。

 

(何故…)

振り下ろされる爪を瞬時に転がることでかわす。

 

(何故!)

バグバズンの尾部に存在する第二の顎が宙を噛みつかんとばかりに襲い掛かるが、それも体を仰け反らせバク転でかわした。

 

(足掻く?何故…戦う?)

 

「ハァァァ……!」

 

全身泥濘に塗れながらも宙は敵に向かって構えをとった。

 

(!?)

突如バグバズンの直上に黒いゲートのような物が出現し、赤黒い光がバグバズンを包み込む。

 

「ーーーー!!!!!!」

光が消え去るとバグバズンの肉体は大きく変化していた。

 

 ーー インセクトタイプビースト・

         バグバズングローラー ーー

 

全身は無数の角が生え更に刺々しくなり、体色は赤くなっている。腕に生えていた三本の爪は一つに融合し、巨大な鎌状の腕に変化していた。

 

(何なのこれ……?)

 

バグバズンが鎌状の腕を振り回してきた。宙はあえなく胸部を抉られる。

 

「グォォォ!」

 

避ける事が出来なかった。バランスを崩しながらも追撃を避ける為に大きくバックステップする。さっきまで身体があった場所を敵の腕が掠めた。まるで何も無い所からいきなりそこに現れたような動きだった。

 

(動きに殆ど無駄が無い…!)

宙は即座に異変に気付いた。バグバズンが攻撃する直前、踏ん張ったり腕を振り上げる動作が無いのだ。

ほぼノーモーションで攻撃が放たれるので眼前にいきなり腕が飛び出してくるように見えてしまう。

 

以前戦った時に比べ遥かに成長していた。敵が持つその知性と順応性に宙は驚愕する。

 

(砕け散れ!)

指先から光弾を放つがバグバズンの皮膚はそれを明後日の方向に弾き飛ばしてしまう。

 

(防御力まで強化されてるの⁉︎)

バグバズンがじりじりと間合いを詰めてくる。以前とはまるで立場が逆転していた。

 

 

 

—————力が無い

—————覚悟が無い

—————お前には、何も無い

 

宙の脳裏にあの時のファウストの言葉が甦る。

 

(そんなの……そんなの分かってる!じゃあファウストはどうやって敵と戦ってきたって言うの⁉︎)

 

そう思った瞬間、宙の頭に一つ疑問が浮かんだ。今バグバズンと戦っている肉体は本来ファウストのものだ。

 

———(ファウスト)ならどう戦う?

 

程なくして答えは出た。荒唐無稽かもしれないが、今はこれにかけるしか無い。宙は静かに目を閉じ、ファウストの姿、動きを強くイメージする。不思議とひどく心は落ち着いていた。

 

 

 

ファウストが戦う姿を見守っている少女がいた。果南だ。実は果南はこっそり千歌達のファーストライブを観に来ていたのだ。

そして彼女はある事に気付く。

 

「構えが変わった…?」

 

右手は人差し指と中指だけが立てられ、腕は地面と垂直に立てられている。左手は右肘に沿い、胸の前に置かれている。ダークファウストはまるで拳法とカンフーを混ぜたような構えをしていた。

 

バグバズンもファウストの纏う雰囲気が変わった事に感づいたようでその動きをピタリと止める。両者が静かに対峙し暫しの静寂が訪れた。

 

雨は一層激しさを増し、雷鳴が轟く。薄暗い地上を切り裂くように稲妻が走り一瞬辺りが明るくなった。

 

そして何の前触れもなくファウストの姿が消える。

 

 

 

遅れたように雷鳴が轟いた時にはバグバズンの頭部と胴体は綺麗に切り離されていた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「ッ…ハァッ……ハァッ……‼︎」

 

地面に体を打ち付け、荒い呼吸を繰り返す。

周囲の景色が霞み、閉じていく視界とは反対に周囲の音が鮮明に聞こえてくる。遠巻きに見ていた———人間の声が。

 

 

「…出て行け」

勇気を振り絞って誰かがそう呟いたらしい。

 

「…この街から出て行け」

 

「そうだ……出て行け」

 

「消えろ‼︎お前らなんかにこの街は奪われたりしない‼︎」

 

「出て行け‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌は折角作った衣装が雨に濡れるのも構わず、ファウストが立っている場所に向かって全力疾走していた。

 

(言わないと…今度こそこの思いを伝えるんだ!)

 

しかし、そんな彼女の思いとは裏腹にファウストの姿はゆっくりと霞んでいく。

 

「あぁ!待って!」

千歌は必死に手を伸ばす。

(何で貴方はすぐに何処かへ行こうとするの?まだ誰も「ありがとう」って言って無いのに…せめて私だけでも!)

 

千歌は思い切り叫ぼうとした瞬間、ダークファウストが一つの小さな光球に変化している事に気付いた。

その淡い光を放つ小さな光球は千歌の数メートルて前にゆっくりと降りてくる。

千歌が駆け寄ると同時に光球は消滅。中から一人の少女が気を失った状態で姿を現す。千歌はその顔に見覚えがあった。

 

「宙ちゃん!」

下の名前で呼んだ事に千歌は気付いていない。そんな事は彼女にとってどうでも良かった。宙の体をしっかりと抱き寄せるとじんわりと温かみを感じる。急いで胸に耳を当てると規則正しく拍動の音が聞こえた。

 

(良かった…生きてる!)

 

「そっか…宙ちゃんがずっと守ってくれてたんだね。」

遠くから曜と梨子が駆けてくるのが見える。

 

 

ーーー

 

宙は目を覚ますと見知らぬ和風の部屋に寝かされていた。彼女の布団の周りを三人の少女が取り囲んでいる。その顔には見覚えがあった。

 

「起きた!」

 

「貴方…確か…」

1人は見覚えがある。あの時にいきなり話しかけてきて、宙が乱暴に当たり散らした少女だ。

千歌達三人は顔を見合わせ、まるで合図するような動作をする。

 

—————次の瞬間

 

「確保ーーー!」

千歌の声と共に三人が宙を抱え上げた。

 

「え、ちょ」

 

「うわっ宙ちゃん軽!」

 

宙は抵抗しようとするが、先程の戦いで疲弊し切っており上手く体を動かせなかった。

 

「何なんですか!」

 

「はい!宙ちゃんにはこれからご飯を沢山食べて貰います!」

 

「はぁ?」

 

そのまま宙はえっさほいさと一階まで運ばれていった。

 

 

「……」

 

目の前にはカレーライスと呼ばれるご飯と、様々な食材が煮込まれた料理が置かれている。そしてそれはお皿から溢れるのではないかと思うほど大量に盛り付けられている。今まで嗅いだこともない様な食欲が湧き上がる匂いが宙の鼻腔をくすぐった。

 

「私、その…宙ちゃんにお礼がしたいの。ウチで少しだけご飯食べていかない?」

改まった態度で千歌はそう宙に話しかける。

 

宙は素早く状況を整理する。自分はまた拉致されたのか。それもただ食事させられるためだけに。あれからの事はよく覚えていないが、おそらく倒れていた所を拾われたのだろう。しかし千歌と呼ばれる少女は「お礼」がしたいと言った。……まさか正体を

宙は改めて目の前に置かれた食事をもう一度見つめる。

(これの何処が「少しだけ」なの?)

 

 

顔を背けようとするが美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

「ほら、座った座った。その様子じゃ暫くまともな食事してないでしょ?何も気にしなくて良いから、早く食べちゃいなさい」

 

ーーーーーー哀れむな

 

肩に置かれた手を払い除ける

 

「いらない」

 

「宙ちゃん!」

 

「退いて。気安く名前を呼ばないで‼︎」

宙の怒声にその場の全員が身を強ばらせる。

それでも

 

「…!」

それでも千歌は宙の前に立ちはだかったまま動こうとはしなかった。

 

(何で…何でここまでして構おうとするの⁉︎)

 

「食べて」

力強い眼差しのまま、千歌は短くそう告げる。

 

「貴方、私の正体を知っているんでしょう?それならーーー」

 

「食べて」

穏やかだが、どこか凄みのある声だった。側で見ていた曜と梨子も千歌の隣に並び宙の前に立つ。

 

 

 

刹那、視界がぐらりと傾き、力無くその場に尻餅をつく。

 

ぐぅうぅうううぅぅぅぅぅ〜 ………

 

殴りかかってくるのを今か今かと待ち構えていた3人は目を丸くし、へたり込んだ本人は赤面して顔を伏せる。

宙の腹から聞こえた大きな音は、結論を出すには十分過ぎた。

 

 

 

宙は渋々スプーンでカレーを掬った。千歌・曜・梨子そして千歌の姉達も宙がスプーンを口に運ぶのを恐る恐る窺っている。

口の中でゆっくり噛みしめ…飲み込んだ。

 

「一口だけ」と決めていた先程の彼女は何処へやら、二口、三口……夢中でカレーを食べ始めた。空っぽの胃の中が次第に満たされていくのを感じる。

 

 

 

 

 

涙が止まらなかった。ルゥの中には沢山の野菜、お肉、そして温かい「何か」が籠もっている。泣くまいと思えば思うほどその「何か」が彼女の心を優しく解きほぐし涙がこみ上げてきてしまうのだ。

 

 

「泣いてるの⁉︎もしかして美味しくなかった?」

視界の端で千歌が慌てている。

 

(泣く?そんな訳無い。泣くなんて弱者のする事。私はそんな事絶対しない!)

慌てて涙を拭う。しかし、拭っても拭っても視界がどんどん滲んでしまい溢れ出す涙を止める事は出来なかった。

 

 

 

「うぅ……ひぐっ…えぐっ…」

とうとう嗚咽が漏れ始めた。

忘れられ、捨てられ、今まで誰にも自分の存在を認めて貰えず、唯一の理解者だとずっと信じていた人にも裏切られ、心が荒んでしまった宙が初めて本当の優しさに触れた瞬間。今まで食べた事も無い暖かく優しさが込められた料理に胸が一杯になってしまう。

 

 

(何で…何で止まらないのよぉ……)

 

子供の様に泣きじゃくる宙に千歌の姉、志満が優しく笑いかける。

 

「どう?美味しい?」

 

嗚咽で上手く言葉を話せない宙は必死に何度も頷く。

 

「そう。良かった。」

 

「志満姉、カレーに何入れたの?」

 

志満は人差し指を顎に当ててうーん、と小首を傾げた。

 

「特に変わった物は入れてないわよ?母さんの作り方通りに……あっ強いて言うなら『愛情』かしら?」

 

「何そのテンプレみたいな表現…」

千歌はそう言って苦笑する。

 

「千歌ちゃんはあの時いなかったけど…私母さんと昔一緒に料理したことあったの。その時母さん言ってたのよ。『愛情が籠もった料理には不思議な力があるの。辛い事があってふさぎ込んだでしまっても美味しい料理をお腹いっぱい食べれば心を落ち着ける事が出来るのよ』って。」

 

「じゃあ宙ちゃんは……」

 

「多分宙ちゃんは今までずっと誰にも伝えることの出来ない辛く苦しい思いをしてきたんじゃ無いかしら。色々な思いが今一気に溢れ出してしまってるんだと思うの。私達が何か力になれると良いんだけど……」

 

「……んで」

 

「?」

 

「何で……知らない人にそこまで優しく出来るんですか?駄目ですよ…相手の事よく知りもせずに。だって私の正体は……あのおぞましい悪魔みたいな姿をしたダークファウストなんですよ⁉︎命を奪うための力を中途半端に使って…独り善がりしてるだけの偽善者なんです!私に……誰かに優しくされる資格なんて……」

 

「そんな事ない!」

千歌の声に宙は口をつぐんでしまう。それ程彼女の声には迫力があった。

 

「そんな事無いよ!だって宙ちゃん、二度も私達や沼津の皆んなの事助けてくれたじゃん!」

 

「そうよ。貴方が居てくれなかったら私も千歌ちゃんも曜ちゃんも今ここに居なかったかもしれない…」

梨子も曜も千歌の言葉に頷く。

 

「私は別に貴方達を助けるために戦ってたわけじゃ無いんです。ファウストの口車に乗せられて意味もなく戦っていただけ……本来あいつの意のままに動く操り人形になるはずだった。それに貴方達以外の大勢の人は死んでしまったじゃないですか!」

 

突然宙の体に軽い衝撃が起こる。数秒後、千歌に抱き締められている事に気付く宙。

 

「な…何を…⁉︎」

 

「そんな事言わないで……誰も宙ちゃんの事を偽善者だなんて思わない。だって、宙ちゃんがいなかったらもっと大勢の人が犠牲になってたかもしれないんだよ?宙ちゃんはそんな沢山の命を『守ってくれた』んだから。」

 

「守……る……?」

 

「私ね、初めて会った時から貴方にずっと伝えたい事があったの。」

千歌はそう言うと宙の手を優しく包み込む。

 

「果南ちゃんを、曜ちゃんを、梨子ちゃんを、私を、助けてくれて本当にありがとう。私、宙ちゃんに会えて…」

そう言うと千歌はにっこりと微笑んだ。

 

「本当に良かった。」

 

 

 

 

 

 

 

ずっと誰かに言ってもらいたかった言葉。自分の心に纏わりついていた黒い霧が晴れていく様な感覚だった。

 

 

「はい、どうぞ。」

 

いつの間にか空になっていた皿に志満がカレーを盛り付けていた。

 

「沢山食べて。育ち盛りなんだから。」

 

(何この気持ち……意味分かんない…)

 

大量の涙で顔がグッジャグジャになっているが宙はそれでも夢中でカレーを口の中に掻き込んでいる。

 

「凄い食べっぷり…」

 

「何か顔リスみたいになってんだけど。てかいまいち状況飲み込めてないの私だけ?千歌あんた今さらっととんでもない事言わなかった?」

曜と千歌のもう1人の姉、美戸はその様子に目を見張っている。

 

ともあれ、高海家や曜、梨子は宙の事を受け入れたようだった。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

(希望…光…そんな物何処にも存在しない。ずっとそう思ってた。なのに何で……私の心、こんなに「温かい」の?)

 

宙もそれは同じようだった。




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