ボクの召喚獣が「お前を喰ったら本気出す」なんて言ってますが   作:草木 しょぼー

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奪われる尊厳

 まとめて殴り飛ばされ、折り重なって倒れた二人は動かない。

 振り返ったハイ・オークの目玉が、嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みで(いびつ)にゆがみ、さらなる獲物を求めてギロリと動く。

 

 その光景は、呆然とするメンバーの身に悪寒を走らせ、残酷な現実へと一気に引き戻した。

 

「ぅわぁああああ――――――っ!」

 

 恐怖に圧し潰され、吐き出さずにはいられない――そんなリーバスの絶叫が響いた。さらに続けて、制御できない体の震えに、しどろもどろな魔法の詠唱が口をつく。

 

 ハイ・オークは、こん棒を引き摺りながらゆっくりと近付いた。

 距離が詰まるにつれて詠唱が滞り、今は過呼吸に陥って涙を垂らすリーバスを眼下に、満足そうに鼻を鳴らす。

 その右手に握る暴力の塊を、純粋な悪意をもって振り払った。

 

 まさに間一髪。リーバスが無残な肉塊へと変わる寸前、盾で身構えたシシリアが飛び込んだ。

 次の瞬間には、嫌な想像を掻き立てる音を残し、二人は宙を舞っていた。

 ドサリ、と地面に潰れた二人は動かない。

 

 残されたナズナとメグへ、濃密な死の臭いがギロリと絡みつく。

 怯える小動物を前に、ハイ・オークの嗜虐的な笑みは絶頂を迎えていた。

 

 メグは引き()った笑みを浮かべ、ボロボロと涙をこぼして立ち尽くしていた。今もニタニタと笑みを貼りつけたまま、こん棒を振りかぶったハイ・オークを見上げて。

 

 (すく)んでしまったメグに無慈悲な一撃が振り下ろされ――地面を穿(うが)つ衝撃と同時に、視界を遮る土煙が舞い上がった。

 

 

 

「――つぅ」

 

 メグは、ぎゅっと(まぶた)に込めていた力を恐る恐る緩める。多少の耳鳴りがする程度で、体のどこかに痛みを感じるといった事は無い。

 倒れ込んでいた体を両腕で支えて起こすと、頭を左右に振って朦朧(もうろう)とする意識を呼び覚ます。

 

「なんで? ……私、死ぬんだとばかり……」

 

「メグ……無事? 逃げ、てっ……」

 

「ナズナっ!?」

 

 まだ意識が覚束(おぼつか)ない様子のメグが、消え入りそうなナズナの声にハッと我に返る。

 その姿を求めて目を向けた先には、頭を鷲掴みにされ、(えつ)に歪みきったハイ・オークの眼前に持ち上げられたナズナの姿が。

 その両足は膝下から先が潰れ、血がボタボタと滴っている。

 

「ナズナっ、あんた足が……あ!? わ、わたしっ、私を庇ったせいでっ……」

 

「大丈夫……だから。それより、先生たちを……連れてきて……」

 

 自分がほぼ無傷だった理由。その代償に引き起こしてしまった親友の惨状に打ちのめされ、メグは涙が止まらない。

 駄々をこねる幼子の様に、(うつむ)いて、ただただ顔を左右に振っている。

 

「メグっ!! しっかりしてっ! メグにしか出来ないんだよっ!」

 

 重傷を負ったナズナの、強い想いの込められた言葉がメグを動かした。

 倒れ臥したままの四人を、そしてこの瞬間も、血を流し続けるナズナの足を見る。

 メグはナズナと視線を合わせると、ぐいっと涙を拭いて力強く頷いた。

 

「ごめんっ、ナズナ……絶対に助ける。待ってて、何としても連れてくるからっ!」

 

 立ち上がったメグは、未練を断ちきるように歯を食い縛ると、(きびす)を返して走りだした。

 

 意識が途切れそうになる中、ナズナは笑みを浮かべていた。ハイ・オークの注意は自分に向いていて、メグを追う様子はない。

 一人で戻るメグも危険だが、ここに居続けるよりは遥かにマシだろう。

 最悪、メグだけでも助かってくれれば良い。

 

 そんなナズナの心を踏み(にじ)る一言が、ハイ・オークの卑猥に歪んだ口から放たれた。

 

「おまえぇ、うまぞうな、におい。めす、くうのも、やるのもっ、すぎっ」

 

「!!!!!」

 

 (おぞ)ましい言葉に見開かれたナズナの瞳が、直後、悔し気に閉じられる。

 ハイ・オークがナズナの襟元に爪をかけ、制服を荒々しく引き裂いたのだ。

 (さら)された蝋の様に白い裸体の真ん中に、スーッと一本の赤い線が滲み出た。

 

「な、なんだぁあ? このぢっ。ち、ちがらが、がががっ」 

 

 その赤い線を舐め上げたハイ・オークが目を見開き、悦に入っている。

 

「ギンタ、お願いっ、ボクを……殺してっ!」

 

 堪え難い未来を拒絶する、ナズナの悲痛な願い。このまま魔物なんかに弄ばれ、尊厳を(おとし)められるくらいなら――。

 口にはしてみたものの、それが叶わぬ望みだという事は、ナズナ自身も理解していた。

 

「無理言うな。契約した召喚主を傷付けられない事くらい、知っているだろうが」

 

「ふぇ!?」

 

 それが期せずして返されたものだから、思わず変な声が出てしまったようだ。

 ナズナにとって聞き覚えのない男の声音には、ハッキリとした呆れと、隠しきれていない苛立ちが混在していた。

 

「とりあえず……その汚い手を放しやがれ、この豚野郎」

 

「ぶひっ!?」

 

 いきなり、ハイ・オークの巨体が後方へと弾け飛んだ。

 十メートルほど飛ばされ、背中からぶつかった木をへし折って止まった所で、両手で腹を押さえて突っ伏した。

 

 ナズナはその拍子に解放されるが、今度は三メートル余りの高さから落下する。その衝撃に身構えないとならないが、体に力が入らなかった。

 予想される激痛に備えて、ナズナが固く目を瞑るしかなかったその時、不意に浮遊感を覚える。

 そのままゆっくりと降下すると、ふわりと何者かに抱き止められた。

 

「ちっ、なんでオレ様が……まぁいい、今回だけは特別だ」

 

 おずおずと開かれたナズナの瞳に、銀髪の波間に浮かぶ二本の黒い角が映り込んだ。

 

 どこかで見た様な気もする……むしろ、いつも見ているような気もする性格の悪そうな目つき――の紅眼の少年。自分と同じくらいの年齢だろうか。

 

 目まぐるしい展開に疲れたのか、血を失い過ぎたせいなのか、ナズナは呑気にそんな事を考えていた。ひとまず、一番気になっている事を聞いてみる。

 

「きみ……だれ?」

 

「お前な……そんな事を気にしている場合かよ」

 

「いや、だって――」

 

 呆れ果てた様子の少年が、その顔をナズナの顔にすっと近付けた。

 きょとんとした顔で、ナズナは見つめている。

 ナズナの口を自分の唇で塞いでしまった、銀髪の見知らぬ少年を。

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