ボクの召喚獣が「お前を喰ったら本気出す」なんて言ってますが   作:草木 しょぼー

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忘れられないもの

 翌日、ナズナたちは朝から街へと繰り出していた。

 

 露店通りには食べ物から雑貨品、旅で欠かせない小道具まで、様々な品を扱う店が連なっている。

 各地から人や物が集まる土地柄、デブルイネでは目にする事のない物珍しい商品も多く、ナズナたちも次々と目移りしているようだ。

 店の人間と客のやり取りも旺盛で、やはり活気が凄い。

 

 不意に、香ばしい匂いがギンタの鼻をくすぐった。

 

 匂いの元をたどれば、こんがりと焼き色のついた鶏肉が炭火で炙られている。

 串に刺さったそれを店主がひっくり返すと、肉汁がポタリと炭に投下され、ジュッという音に続いて炎が踊る。

 香ばしい匂いに加えてその音と光景が、通行人の食欲を絶妙に掻き立てていた。

 

「ギンタ、涎。あれ食べたいの?」

 

 ナズナの腕の中で、目が釘付けになっているギンタ。そこへタイミング良く、串焼きが差し出された。

 

「はい、ギンタ。これ食べていいよ」

 

「あっ、ごめんね。メグ、いくらだった?」

 

「いいのよ、このくらい気にしないで。連れてきてもらったお礼よ」

 

「ありがとうね。ギンタ、良かったね」

 

 ナズナが言い終わる前には、ギンタは串焼にパクつき咀嚼していた。

 

 最初に、パリッと焼かれて少々焦げ目の付けられた皮の苦みを感じるが、さらに噛むことであふれだす肉汁がそれに合わさることで、肉の旨味がぐっと引き立てられる。何とも言えない幸福感が、口中にじゅわっと広がっていく。

 噛めば噛むほど堪能できるそれらを、胃に落とした後の満足感。悪くない。

 

 オークの時は使えない奴だと思ったが、評価を一段階上げてやるとするか。

 オレ様の羽繕いくらいさせてやってもいいだろう――などと、ギンタは考えていたりする。

 

「将を淫と欲すれば、まずは召喚獣を射よ。ふふふふふっ」

 

 メグの残念な呟きは、幸い、誰にも拾われることは無かった。

 

 その後も、店や街並みを見て回るのに夢中だったナズナたちは、結構な距離を歩き、いつの間にか、少しばかり雰囲気の異なる区画へと入っていた。

 

 店名らしき看板は掛かっているのだが、何の店なのかまでは分からない。

 ただ、どの店も二、三人の女が壁にもたれかかって立っている。彼女たちは肌の露出が多く、扇情的な空気を醸し出していた。

 

 そんな女たちに色目を使われて、リーバスとライアルは動揺を隠しきれていない。

 ナズナたちの進路を遮るように、一人の女がすっと歩み出た。

 

「坊やたち、ここに来るのは、すこーし早いかな。将来、お金を沢山稼いでからおいでなさいな」

 

「うっ……」

 

「すみません、ボクたち、この街は初めてで。それで色々と見て回っていたらここに」

 

 一際(なま)めかしい女の、あやすようでありながら(とが)めるようでもある眼差しに呑まれたのか、言葉に詰まったリーバスたちに代わりナズナが応えた。

 

「あらあら、まぁまぁ……あなた、ここで働く気はない? すぐに人気が出て、見た事もない大金を稼げるわよ?」

 

 ナズナを目にするや上から下まで眺め、途端に穏やかな物腰となった女が熱心に勧誘しだした。

 

「えぇーっと、その、魅力的なお話ではあるんですが、ボクはまだ学生でして……」

 

「ふふっ、可愛いわね。冗談よ、冗談。それにここは、娼館の集まる歓楽街。今のあなた方には無縁な場所よ」

 

 女は奇麗な顔に儚げな笑みを湛える。

 

「さぁ、さっさとお戻りなさい。あなた方のいるべき場所へと」

 

「すみません、ありがとうございまし……た」

 

 お礼を述べ、(きびす)を返して来た道を戻って行く。

 何かに目を止め、顔を上げた状態で固まっているナズナを除いて。

 

「サーシャ……姉さん?」

 

 ナズナが目を止めたのは、だらりとたたずむ一人の女。

 痩せ細った体で頬も()け、焦点の合っていない虚ろな瞳。魂の抜け落ちた――棄てられた人形のような女であった。

 

 半信半疑で歩み寄ったナズナが、こわごわといった感じで覗き込む。

 異変を感じ取ったギンタが、抱かれていたナズナの腕から飛び降りた。

 

 

「サーシャ姉さん、サーシャ姉さんだよね?」

 

 両肩を掴んで揺さぶるが、反応は無い。

 ナズナを見ているといった雰囲気だけは伝わってくる。

 

「……無駄だよ。心が壊れちまってる。その子は近いうちに処理場行きだろうさ」

 

「処理場?」

 

「その子みたいになると、もっと程度の低い店に捨て値で売り払われるんだ。そこでは人間としては扱われない。完全に物として、欲求の()け口とされるのさ。

 ピンとこないかい? そういう快楽を求める奴らがいるって事だよ。女が死んでも誰も文句を言わない場所。だから、処理場さ」

 

「そんな……」

 

「どのみちそうなったら治らない。忘れてやるのがお互いの為だ」

 

「忘れるだなんて……サーシャ姉さん、どうして? 何があったの? あんなに優しくしてくれたサーシャ姉さんが……ナズナ、ナズナだよっ、思い出して……」

 

「諦めな……もう、自分の名前さえ言えないんだ」

 

 サーシャの虚ろな瞳にナズナの顔が映りこんでいる。瞳からぼろぼろと大粒の涙をこぼし、けれども決して目を逸らさず、訴えかけるナズナの顔が。

 

「…………」

 

「……え!?」

 

「……ぅ……な」

 

「サーシャ……姉さん?」

 

「な……ぅ……な」

 

「うん……うん! ナズナだよっ。サーシャ(ねえ)

 

 意思の感じられないサーシャの瞳から、つーっと、一筋の涙が頬を伝った。

 ナズナは涙でくしゃくしゃになった顔で、何度も、何度も頷いている。

 

「まずいわね、店の男どもが来た。あなたたち、ひとまずお行きなさい。面倒な事になるわよ」

 

「でもっ!」

 

「ナズナ、ここは一旦行きましょう。メグさん!」

 

「行こう、ナズナっ」

 

 シシリアの掛け声に、メグとリーバスがナズナを半ば強引に連れていく。

 

「ぐぅえ」

 

 ナズナに忘れられたギンタが、シシリアを見上げて訴えかけた。

 

「失礼しますね」

 

 シシリアは素早くギンタを抱きあげ、サーシャに頭を下げるとその場を後にした。

 ナズナとは違った香りと感触に包まれて、ギンタは無事帰路に就く。

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