ボクの召喚獣が「お前を喰ったら本気出す」なんて言ってますが   作:草木 しょぼー

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紳士は仮面の下でほくそ笑む

 訳が分からず頭が混乱してしまい、メグに手を引かれるまま歩いたのは覚えている。気が付いたら宿に戻っていた。

 

 目の前に降って湧いた現実。

 なぜ、サーシャ姉さんがエスタークにいたのか?

 王都のお店で働いている筈ではないのか?

 どうして、あんな風になってしまったのか?

 本当に、訳が分からない。

 

 

 

 夕食の時、いつも以上に賑やかだったのは、よほどボクが沈んでいるように見えたんだろう。みんなの心遣いが嬉しかった。

 

 メグとシシリアには、部屋に戻ってからサーシャ姉さんの事を話した。

 孤児院で優しくしてもらった姉のような存在であり、帰ったらシスターに相談してみる事を。

 今日は沢山歩いたし、明日は帰路に就く。

 しっかりと疲れを取っておこうと、それから三人で大浴場に向かった。

 

 お湯に浸かっていても、気が付くとサーシャ姉さんの事を考えてしまっている。

 思い出の中のサーシャ姉さんは、表情が豊かで優しい笑顔の持ち主だった。

 昼間見た、虚ろな瞳をした彼女にその面影はない。

 どれほどの苦難に見舞われたのか――想いが募り、涙が溢れるのを抑えられない。

 二人には心配を掛けないように、顔を洗って涙を誤魔化(ごまか)した。

 

 寝る前には、エスタークでの思い出話に花が咲いた。

 宿の豪華さに、部屋や大浴場の広さに驚いたこと。

 御飯で出てきた、食べた事も見た事もない食材を用いた料理の数々。

 食べるのが勿体ないほど奇麗に盛り付けられた一品一品は、どれも頬が落ちそうになるほどの美味しさだった。

 中には食べ方が分からず、戸惑ってしまった料理もあった。

 そんな時は、一人上品に食事をするシシリアをみんなで真似をした。

 思い出すと自然に笑みがこぼれてしまう。

 

 露店巡りで見かけた、珍しい品々や奇麗なアクセサリーには心が躍った。

 メグは、いつの間にか寝間着を買っていたらしい。さっそくそれを着て、ボクの前で色々なポーズをとっていた。

 

 寝間着といえば寝間着、なんだけど――透け透けのネグリジェだ。

 誰に見せるつもりなんだろう。

 そもそもそんな相手がいるんだろうか。

 もしかして、リーバス!? それともライアル? 

 あるいは、ボクの知らない誰かなのかも。

 そう思うと、ちょっと妬ける気もしたが、メグが幸せならそれが一番だ。

 

 ただ、扇情的な格好をしたメグに、サーシャ姉さんの姿を重ねてしまった。

 

 ああいった娼館を牛耳っているのは裏社会であり、決して関わってはならない。

 

 シシリアにきつく言われた事だ。

 サーシャ姉さんの為に、今のボクが出来る事は何もない。

 

 左右のベッドを見れば、メグもシシリアも夢の中のようだ。

 ギンタもとっくに眠っている。

 明日からの旅路に備えて、ボクも寝よう。

 ギンタを抱き寄せ、丸くなる。

 少しでも、心穏やかに眠れるように。

 

 ☆

 

 太陽が地平線から顔を出し、街に色を付け始めた。

 どんな時でも、誰にでも、平等に朝はやってくる。

 終わらない夜はない。

 

 ☆

 

 朝食を摂っていると、昨晩遅くに街に到着したというビヨルドが顔を出した。

 ナズナたちは招待に対する感謝の言葉を伝える。

 逆に、宿や従業員に至らない点は無かったかと気遣うビヨルドに、さすがは王国で一、二を争う豪商だと、リーバスやライアルは感銘を受けた様子であった。

 

 朝食を済ませ、部屋に向かう途中で、ナズナはヨゼフと話をしているビヨルドを見かけた。

 メグたちに先に部屋に戻っていてと伝えると、ビヨルドに声を掛けた。

 

「お話し中にすみません。ビヨルドさん、少しだけお時間を頂けますか?」

 

「ええ、構いませんよ。何かありましたか?」

 

 ビヨルドはヨゼフに目配せをして下がらせると、にこりと笑みを浮かべてみせた。

 

「あの、サーシャ姉さんの事なんですが」

 

「サーシャ姉さん?」

 

「同じ孤児院の、えっと、三年前から王都のお店で働かせてもらっている筈なんですけど……」

 

「あぁ、はいはい、あのサーシャですね。彼女は器量も気立ても良いですからね。今では評判の看板娘になってくれていますよ」

 

「そうですか……それなら、良かったです」

 

「彼女がどうかしましたか?」

 

「いえ、とても優しくて、本当の姉みたいな存在だったので……それで、ボクだけこんなにも贅沢な思いをさせてもらって良いのかなって」

 

「それなら気にする必要はありませんよ。前にも言いましたよね、これは投資みたいなものです」

 

 そう言って、にこやかな笑みを湛えるビヨルドは、誰が見てもやはり紳士然とした人であった。

 ナズナは、もう一度お礼を言って部屋に戻る。

 

 ビヨルドは、嘘を吐いている――そう確信を持って。

 

 

 

「ヨゼフ」

 

「ここに。昨日、彼女らが歓楽街に入ったのが確認されております。そこで――」

 

「なるほど。そういう事ですか」

 

 歩いていくナズナの後ろ姿を見つめながら、ビヨルドが口元を手で覆った。

 その下に浮かべた、堪え切れない下卑(げび)た笑みを隠すために。

 

 

 

 ヨゼフに見送られて馬車に乗り込んだナズナたち。

 行きと同じく、護衛のセビージャたちに付き添われた馬車が動き出した。ゆっくりと流れていく街の風景に目をやり、遠ざかるエスタークに別れを惜しむ。

 ナズナの胸には、サーシャという心残りが強く刻まれていた。

 

 帰りの旅路も無事に二日目の朝を迎え、軽い朝食を摂り、移動を開始する。

 疲れが出たのだろうか、さっきまで眠っていたというのに、すぐに全員が寝息をたて始めた。

 

 ガタガタといった揺れでナズナは目を覚ます。

 ぼんやりとした頭で風景を眺めていると、どうにも様子がおかしい事に気付いた。

 馬車は、街道を外れて走っている。

 当然、見える範囲に他の馬車や旅人の姿はない。

 暫くして馬車が止まった。

 

「起きろ」

 

 セビージャの野太い声が、幌の中へと重く響いた。 

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