ボクの召喚獣が「お前を喰ったら本気出す」なんて言ってますが   作:草木 しょぼー

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悪夢の食物連鎖

「こいつは驚いた。ルーデンベルグ辺境伯の娘ときたか」

 

 予想以上に大物の名前が飛び出し、セビージャはにやりと口元を吊り上げた。

 

「御頭、ちょっと不味いんじゃないですか?」

 

「辺境伯に睨まれたら、俺たちなんてあっと言う間に蹴散らされちまうぜっ」

 

 セビージャと違って子分たちは、ルーデンベルグ辺境伯という名前に怖じ気付いたようだ。

 

 それもそうであろう。ルーデンベルグ辺境伯といえば、この国で最強の軍隊を率いる武闘派貴族の筆頭。

 そこらの盗賊程度では、どれだけ人数を集めたところで相手にならない。はっきり言って、ゴブリンの集団がドラゴンに挑むようなものである。

 

「馬鹿野郎、たまにはその空っぽの頭を働かせろっ! そうならないように金だけ頂くんだよ」

 

 セビージャは子分たちを見回すと、呆れた様子で嘆息した。

 

「いいか? こっちには五人の人質がいる。バラバラの場所を指定して、同時刻に身代金を届けさせるんだ。どこに大切なお嬢様がいるかは分からねぇ。それに辺境伯といえども、他の貴族の領地には大っぴらに軍を派遣出来ないだろうしな。

 金を頂いたらお嬢様を開放して、俺たちは国外にとんずらだ。お嬢様さえ戻れば、まず国外まで追っては来ないだろうよ」

 

「さすがは御頭! でもそうなると、ビヨルドの旦那の方はどうするんで?」

 

「今まで旨い汁を吸わせてもらった旦那には悪いが、懐に入ってくる額が違う。後は――」

 

 仲間内で話がまとまり、セビージャがシシリアに顔を向けた。

 

「こちらのお嬢様に、本当に人質としての価値があるかだが?」

 

「ご心配には及びません。お父様は私を溺愛しております。そうでなくとも、ルーデンベルグ辺境伯の娘には、政略結婚の道具として利用価値がありますから。むざむざと見殺しになど致しませんよ」

 

「よし、決まりだな」

 

 どこか冷めた調子のシシリアの言葉に盗賊たちが顔を見合せ、頷きあったその時。

 

「やれやれ、所詮は盗賊――」

 

「なっ、ビヨルドの旦那!?」

 

 木の陰からビヨルドが一人の男を従え、忽然(こつぜん)と姿を現した。

 

「飼い犬に手を噛まれるというやつですね。我ながら情けない」

 

「悪いな、旦那。目の前にこうも旨い話が、ぶら下がっていやがるんだ。()()()としては、食い付かない訳にはいかねぇ」

 

 ビヨルドの登場に驚くも、不敵な笑みを浮かべてみせたセビージャ。

 このタイミングで現れたビヨルドに嫌な予感を覚えたのか、本能に従い、ナズナたちを人質にするようにじりじりと位置取りを変える。

 同様に驚いていた子分たちであったが、互いに顔を見合わせると、ゆっくりと得物を抜いて構えた。

 ビヨルドの護衛が一人だけという事実が、盗賊たちに余裕を与えていた。

 

 思わずといった様子で笑い声を漏らしたビヨルドが、申し訳なさそうな表情を作る。

 

「ふっ、はははっ……あぁ、失礼。気にして頂かなくても結構ですよ。元々、今回のあなた方の配役は、死体役ですので。襲撃された偽装工作の一部として、参加してもらうつもりでした。そういった意味では、役に忠実な見事な立ち回りと言えますね」

 

「なんだとぉ! くそっ! 最初から俺たちを始末する気だったのかっ」

 

「ですから気兼ねなく、最後まで演じていって下さい。アグエロ、お願いします」

 

 アグエロと呼ばれた大柄な男。

 そのいかにもがっちりとした体躯とは裏腹に、装いは魔法職系のそれである。

 盗賊たちも装いから判断して魔法を警戒していた。

 

 道端の石ころにでも見えているのだろうか。アグエロが盗賊たちを見る眼差しには、蔑みも憐みも、いかなる感情も浮かべられていない。

 そんなアグエロが、すっと右手を天に向けて持ち上げた。

 

 手の先に浮かぶ太陽――その中心に黒い点が現れた。

 黒点は太陽を浸食するかのように瞬く間に大きくなり、盗賊とナズナたちに大きな影を落とす。

 誰も彼もが、影の主に驚愕の面持ちで目を見開き、半ば強制的に固唾を飲み込まされていた。

 

 黒点の正体は、およそ十二メートルの体躯を誇る蒼色のドラゴン。その体表は、魔獣の素材としては最高位(トップクラス)の強固な龍鱗で覆われている。

 そもそもドラゴンはその龍鱗、爪、牙など、最高級の素材の宝庫である。

 言い換えれば、対峙した時にそれらを貫き防ぐのは至難の業であり、ドラゴンが最強種の一角に数えられる理由の一端であった。

 その最強種に属する一頭が大きな翼を羽ばたかせ、上空から金色の双眸(そうぼう)で睨みを利かせていた。

 

 羽ばたきが起こす風に煽られ、踏み留まるのがやっとのセビージャが渋面で悪態を吐く。

 

「くっそったれぇえええ、インファントドラゴンだとぉおお!」

 

「「おっ、おかしらぁあ」」

 

 暴風に翻弄される盗賊たちの姿は、まるで今にも吹き消されようとしている蝋燭の炎のようだ。

 そんな盗賊たちを尻目に、インファントドラゴンが開けた口の奥では、ちろちろと種火が燃えていた。

 

「なっ!? ブレスがくる、逃げろっ!!」

 

 その声を切っ掛けに、盗賊たちは我先にと風を背負う形で駆けだした。

 インファントドラゴンのファイアーブレスを喰らえば、人間などひとたまりもない。

 盗賊たちは風に弄ばれ、転びながらも必死の形相で逃げていく。

 

 ナズナたちは動かない。ハイ・オークの時に学んでいる。

 仮に自由な身であったとしても、走って逃げ切れるものではない。手を縛られた状態では尚更だ。

 リーバスとメグは、仲間を護る為に加護(プロテクション)の魔法を重ねる。

 防ぎきれるかは分からない。それでも防いでみせると想いを込めて魔力を注ぐ。

 

「馬鹿な奴らだ」

 

 呟いたアグエロが右手を振り下ろしたのを合図に、インファントドラゴンの狩りが始まった。

 身構えたナズナたちの上を素通りし、滑空したドラゴンは瞬時に盗賊たちに追いついた。着地で(えぐ)られた地面には、下半身だけとなった二つの肉塊が、潰された上半身の代わりに赤い花を咲かせていた。

 

「うぅぅ……っ!?」

 

 衝撃によって飛ばされ、倒れ込んでいた男が、呻き声を上げながら上体を起こす。

 ふと、頭のすぐ先に、生温かい空気の流れを感じて動きを止めた。

 男の心臓が早鐘を打つ。全身の毛穴が開き、穴という穴からどろりとした嫌な汗が噴き出す感覚。

 ぼたぼたと滴り落ちる汗が地面につくる染みを、瞬きもせず凝視していた。

 

 ――上げるな、絶対に、顔を上げちゃいけねぇ

 

 拒絶する意思に反して、恐怖に魅せられた男の体は無意識に反応してしまう。

 ゆっくりと顔を上げた瞬間、ドラゴンの鼻息をその顔に浴びる。

 (たま)らず目を閉じた事は、男にとって僥倖(ぎょうこう)だったと言えるだろう。

 喰い千切らんと迫り来る、唾液でぬめった武骨な牙を、その網膜に刻む事なく逝けたのだから。

 

 

 

 セビージャは頭領を張るだけあって、悪知恵の働く男であった。

 他の三人を囮とし、一人だけ違う方向、森の中へと逃げ込んでいた。草木を掻き分け、時に体をぶつけながらも奥へ奥へと走り続けていた。

 さすがに平常心とはいかず、普段よりも早く息が上がったセビージャは足を止め、荒い息を繰り返す。

 上空の様子を窺うも、木々の合間から見える空を遮る影は見当たらない。

 

「はぁ、はぁ、はぁあっ、どうだっ、撒いてやった、ぜっ……はぁぁあああ」

 

 ある事に気付いたセビージャは視線を足元に落とし、大きな溜息を吐き出した。

 自分の呼吸音に紛れていた、他の者の息遣い。

 背後で【白狼】アークウルフが、牙を覗かせた口からボトリと(よだれ)を垂らした。

 セビージャは腰の剣にそっと手を添える。

 

「世の中、そんなに甘くないってか……この犬畜生めがぁあああ!」

 

 一閃。

 首を飛ばされたセビージャの体だけが、剣を半分ほど抜いた状態で振り返り、その勢いで地面へと倒れ込んでいった。

 

 

 

「ビヨルド様、終わったようです」

 

 インファントドラゴンを横に控えさえたアグエロが首尾を伝える。

 その言葉に頷いてみせたビヨルドが、顔に穏やかな笑みを貼り付けた。

 

「さて、次はきみたちの番ですね。安心して下さい、大切な商品を殺すような事はしませんから」

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