ボクの召喚獣が「お前を喰ったら本気出す」なんて言ってますが   作:草木 しょぼー

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真相から深層へ

「旦那、あの時に感じた匂いがする」

 

「ん? 儂にはわからんな」

 

「俺の鼻は特別なんですよ。ちぃとばかし、嗅覚が鋭いのが自慢なんでね」

 

 得意気に鼻先を指でノックするベッケンを見ても、ゴリアスはまだ胡乱気(うろんげ)な顔をしている。匂いが嗅ぎ取れない事に対してのもなのか、はたまた、そういった事にはおよそ不向きに見える、ベッケンの垂れ下がったわし鼻に対してか。

 他の者も鼻を鳴らしてはいるが、一様に首は横に振られている。

 ベッケン以外は嗅ぎ取れないようだ。

 

「こっちだな。付いて来てくれ」

 

 ベッケンに先導されて(しばら)く進むと、誰もが顔を(しか)める事態に陥った。

 良い匂いとは言い難い、気分が悪くなる程に甘ったるい匂い。

 あくまでも匂いであり、毒といった要素でもない為に我慢する他ない。

 

悪魔(ディアベル)の実だな。まだ実が青い内は良いが、完熟して割れると強烈な匂いを発する。こいつを食すと全身が痺れて、大人でも二日は動けなくなる代物だ。小さな子供だとまず死ぬ」

 

「それは……確かに悪魔(ディアベル)の名を冠するに相応しいですね」

 

 ゴリアスの説明に鼻を手で覆ったシシリアが頷き、地面で臭気を放つ実に憎たらし気に目を細めた。

 

「いや、悪魔(ディアベル)と名付けられた理由は――」

 

「ちょっ、ちょっとギンタっ!? 大丈夫?」

 

 ナズナが血相を変えて見つめる先で、ギンタが口から泡を吹いてもがいている。短い手をバタバタと動かし、目を剥いて転げ回る姿は、これっぽっちも大丈夫そうには見えない。

 側には八割がた(かじ)り取られた悪魔(ディアベル)の実が転がっている。つまりそういう事であった。

 

「この匂いは、魔物や野生の動物にとっては、食欲を掻き立てられる良い匂いらしいからな。釣られて食っちまったか。フリード、解毒魔法を――って、待てっ!! 止まれぇっ、ナズナぁあああ!」

 

 ゴリアスの制止も間に合わず、ギンタに駆け寄ったナズナ。

 その瞬間に地響きを伴って地面が揺れた。

 

「えっ!?」

 

 地表を食い破って現れた巨大なミミズの化け物(ワーム)が、大量の土砂ごとナズナとギンタを飲み込んだ。

 

「くそったれっ!」

 

 瞬時に間合いを詰めてハルバードを繰り出したゴリアスであったが、先端を(かす)めるだけにとどまり、ワームを地中に逃してしまう。

 手応えの無さに舌打ちしつつ、驚異的な身体能力で急制動したゴリアスは間髪を入れず身を(ひるがえ)した。

 背後から刺突しようと急襲した一撃を(かわ)し、その得物を左小脇に抱え込むと膂力(りょりょく)に物を言わせて引っ張った。

 

 ゴリアスを捕獲しようと鞭の様に舌を伸ばしたのは、体長二メートルを超える変色蜥蜴(カメレオン)。思わぬ反撃を受け、擬態していた樹から抵抗する間もなく剥がされた。

 いつも以上に見開かれたギョロ目に迫りくるハルバードを映し込み――頭部を叩き割られて絶命した。

 衝撃で千切れた魔物の舌を放り捨て、ワームの消えた穴を忌々し気に睨むゴリアス。

 

「地中に潜られたら手が出せん。あっちは任せるしかあるまい」

 

「叔父様、ナズナなら心配要らないと思いますよ。どちらかと言えば、ギンタさんが心配ですね、精神的に……」

 

「そういう事なら、こっちはこっちで進むしかないな」

 

 シシリアと言葉を交わしたゴリアスは、仕留めた魔物の尻尾を掴むと勢いよく放り投げた。

 

悪魔(ディアベル)の実は自然界の(トラップ)だ。実を食べて動けなくなった獲物を狙う魔物が必ず潜んでいる」

 

 放物線を描いた死骸は地面に落ちるや否や、どこからともなく現れた魔物にたかられ、瞬く間に血痕だけを残して消えてしまった。

 

「見ての通りだ。周りには儂らを虎視眈々と狙う魔物がひしめいておる。まんまとここに誘導されてしまった訳だが――」

 

 ゴリアスは周囲に視線を巡らせた。予想に違わず。ギンタが発端となった騒ぎに乗じて、ベッケンが姿をくらませていた。

 

「やはり動いてきたか」

 

「森の調査依頼を出す以前から、こちらの影をチラつかせておきましたからね。我々を森の深層まで誘い込んで始末する計画なのでしょう」

 

 わざとらしく困ったような素振りを見せるフリード。

 ゴリアスは不満そうに鼻を鳴らすと言った。

 

「儂とおぬしの二人を消せれば、後々の局面で有利に進められると踏んだのだろうが、これで決まりだな」

 

「どういう事なのでしょうか?」

 

 ゴリアスとフリード、二人のやり取りに薄っすらと思い当たる節のあったシシリアであったが、それを確かなものとする為に敢えて尋ねたのだ。

 

「つまり――」

 

 真剣な面持ちで人差し指を顔の前に立てたフリードが「ベッケンは、ドラゴンテイルと繋がっている、という事です」そう言いながら人差し指と親指で作ったL字を顎にあてがい、ニコリと笑った。

 

 先程から一々ポーズをとる緊張感の無さというか、平常運転と言えば良いのか。

 そんなフリードの答えは予想と違わないものであった。

 が、どこか腑に落ちないといった心情をシシリアは拭えなかった。

 

 ――叔父様とフリードの二人が揃っていて、深層に誘き寄せたくらいでどうにか出来ると? 正体を晒すデメリットを考えると、ここで確実に始末出来る算段がなければ意味がないと思うのですが……

 

「さて、事がはっきりした所でどう動くか」

 

 ゴリアスは意見を促す様にフリードを見据える。

 

「ここは、お誘いに乗って進むしかありませんね」

 

「深層でどんな歓迎を用意してくれているのやら」

 

 過酷な状況へと追いやられている筈なのだが、ゴリアスはどこか愉快そうに見える顔でそう言った。

 

「フリード、シシリアの警護は任せる。行くぞ、こそこそ隠れておるここの魔物なんぞ問題にならん」

 

 長大なハルバードを片手で軽々と一振りすると、ゴリアスは悠々と歩み出した。

 その背中を見ながら一定の距離を取って続くシシリアは切に願う。

 頼りになる叔父の戦闘狂が、いつの日か和らぐ事を。

 

 重量武器を曲芸のように扱い、群がる魔物を一振りでまとめて切り裂き、叩き伏せていく。狂喜乱舞どころか狂気乱舞といえる戦いぶり。

 後ろからではその顔を見る事は叶わぬが、嬉々とした表情を浮かべているに違いない。

 シシリアの密かな願いが叶う日は、まだまだ先になりそうであった。

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