ボクの召喚獣が「お前を喰ったら本気出す」なんて言ってますが   作:草木 しょぼー

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旅は道連れ世は情け

 驚いた拍子に転げ落ちそうになったロリスを、優しくナズナの手が包んだ。優しく、だけど抜け出せない絶妙な力加減で。

 ロリスは観念したように愛想笑いを浮かべるが、それもナズナの目線まで持ち上げられた時には、すっかり引き攣った笑顔になってしまっていた。

 

「怖くないよー。お化けじゃないし、食べたりなんかもしないからね。大丈夫だから落ち着いて、ね」

 

 にこにこと笑みを浮かべるナズナに、ロリスは何度も何度も頷いて見せる。

 後にロリスはこの時の事を「あれほど言葉と感情の一致しない笑顔を作れるだなんて、人間の真の恐ろしさ知ったです」と回想している。

 

「なんだ? 妖精って食ったら旨いのか?」

 

「もうギンタ、冗談に決まってるでしょ」

 

 手の温もりを感じている筈のロリスであったが、体の芯から凍りつくような寒さに震えが止まらなかった。

 

「冗談はさておき、いいか、あの黒い霧は憎悪や恨みといった、極めて強い思念が込められた魔素だ。あれに触れたら、普通の奴ならまず精神がやられる」

 

「そうなの?」

 

 ナズナは、よくわかっていない様子で首を傾げる。

 自分の起こした奇跡に気付かないその鈍さに、ギンタは大きく息を吐き出した。

 

「そう言えば、ロリスちゃんの罵声? みたいなのが、ボクの頭の中に響いてきたんだよね。なんか凄い怒ってるらしいのは伝わってきたんだけど、聞いた事がない単語がいっぱいでさ。実は、なんの事だかよくわからなくって。えっと、なんだっけ? ぱっく? いや、ふぁだったかな? それに、びっち? とか、あとそれから……」

 

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、もう本当にっごめんなさいですっ、それ以上はやめて下さいお願いしますこの通りですっ」

 

 思い出そうとするナズナの言葉を、ロリスが怒涛の平謝りで遮った。

 だらだらと冷や汗を流し、ダルメシアの剣呑な視線には気付かないふりを装っている。

 そんなロリスを見ながらギンタが言った。

 

「ナズナの涙……か。図らずも、慈愛の込められた魔力に触れた事で、そいつの魂が浄化された、そんな所だろう。その事実からすれば、体の修復など些細なものだ」

 

「堕落した魂を引き上げる――そのような事が、人に可能なのでしょうか?」 

 

 ダルメシアは、それが無礼に当たると心得ていた。それでも、ギンタの言葉に信じられないといった表情を隠しきれずに問いかけていた。

 

「要は、負の感情を正の感情で上書きする。それだけの事だ。結果として、ロリス(あれ)が存在している」

 

「しかし、それではまるで――」

 

 ダルメシアは、出掛かった言葉を咄嗟に飲み込んだ。

 堕落する程の負の感情は、並大抵の深さ、濃さではない。それを包み込んで浄化するなど、もはや神の御業ではないか。そう口にするのは、余りにも(はばか)られる。

 だがその言葉を正確に汲み取ったギンタが、ぴくりと眉を動かした。

 

「人間に、ではなく、ナズナという器に限るがな」

 

 それまで淡々と、諭すように話していた声に、次第に怒気が孕まれていく。

 

「やれやれ、オレ様とした事が。言われてみれば、片鱗は見せていた。どおりで、あいつの魔力が旨い訳だ。どれだけ神懸りな嫌がらせだとは思ったものだが、――待てよ? だとするとあれは……綻び、か。まぁ良い、この代償は、必ずその身で償わせてやる」

 

 壮絶な笑みを浮かべたギンタの宣告は、「ここにはいない誰か」に向けられたものであった。

 それを理解したダルメシアは、ギンタの置かれている状況の複雑さに戸惑いを覚える。同時に、我知らず関わる少女に、言いようのない気持ちを抱くのだった。

 見つめる先で、少女はロリスとのやり取りに夢中になっている。

 好奇心全開となった少女の質問攻めに、ロリスはしどろもどろになっていた。

 

「ロリス、良い機会です。あなたはナズナさんに付き従って、外の世界を見て回りなさい」

 

「「へっ!?」」

 

 ダルメシアの唐突な提案に、驚いたナズナとロリスが揃って顔を向けた。

 ただロリスの方は、すぐに泣き出しそうな顔になって、

 

「それって、追放って事ですか? 体がこんな色になっちゃったから……」

 

 と、落ち込んで項垂れてしまった。

 

「違いますよ。ただ、確かに他の子達が不安がるのは否めません。あなたも、そのような目で見られる事を望まないでしょ? それに、ナズナさんから魔力を受けていれば元に戻るかもしれません。

 正直、あなたを外に出す事には少々の不安を感じますが、お二人に付いていけば得られるものも多いでしょう」

 

「ダルメシア様」

 

 そこまで話を進めてしまってから、ダルメシアは、ギンタとナズナに深々と頭を下げた。

 

「助けて頂いた上に厚かましいお願いだとは、重々承知しております。その上で、どうか、この子をお連れ頂けないでしょうか? こう見えてもこの子は、次の(おさ)候補の一人でした。どうか、今一度のご慈悲を」

 

「少々どころじゃない不安しか、感じられないのだが?」

 

 ギンタの的確なツッコミに、ダルメシアは引き攣った笑みを浮かべるしかない。

 既に結論が覆らない事は、ギンタもわかっている。

 相手の思い通りに事が進むのが癪だから、というだけで、それこそ無駄な抵抗をしてみただけだ。しけた嫌がらせでしかない。

 

「もう、ロリちゃんが一緒に来たいなら良いじゃない。ボクは歓迎するよ。あっ、でも体の色は、戻るか保障出来ないけどね」

 

 と、ナズナが言うのは、わかりきった事。

 

「ぜひぜひ、お願いしたいですっ!」

 

「ふん、好きにしろ」

 

「ありがとう、ギンタ」

 

 こうなるとわかっていて、ギンタは今、憮然とした顔を作っているのだ。

 

「ロリス、いつか成長した姿を見せて下さい。楽しみにしていますよ」

 

「わたし、頑張るです。ダルメシア様の期待を裏切らないように、絶対、ぼいんぼいんに成長して帰ってくるのですっ!!」

 

「いえ、それは無理ですから……」

 

 ダルメシアは額に手をあてがい、やはり不安だ、と正直に心情を吐露してしまう。

 それに「大丈夫ですよ」と、ナズナが微笑んで見せた。

 彼女がそう言ってくれるのなら、大丈夫だろう。

 ダルメシアは、少しだけ気持ちが楽になった気がした。

 

「それじゃあ、これからよろしくね、ロリちゃん」 

 

「こちらこそ、よろしくお願いしますですっ、おっぱいお姉さん!」

 

「ナ、ズ、ナ、だよ? そこから離れようね?」

 

「は、はひ、ナズナさん」

 

 ナズナの氷の微笑に()てつかされ、コチコチの笑みを返すロリス。

 そんな二人を見て、ギンタが向ける半眼を、ダルメシアは視線を逸らして耐えるのだった。

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