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着任して早々、とんでもないことに遭遇してしまった。
「―――まったく、ひでぇことになっちまったなぁ……」
列車横転事故の悲惨な現場。ソレを……遠巻きに見つめながら。
―――
……
急報をきいて駆けつけた……はずなのに、すでに現場は封鎖されていた。
バリケードが張られ、ブルーシートでも隠され、ガッチリとした体格を黒服スーツにピッチリ包んだ遮光グラサン達、物申さず威圧してくる不動な番犬たちが取り囲んでしまっていた。
「都市警だ!」と、いつもなら即座に道が開かれる黄金文句を言っても、じろりと視線を向けられただけ。ほぼ無反応/通さない。
スラム街の不良たちならともかく、市民にあるまじき不躾な態度。言い訳すらしない無神経ぶりに眉をひそめながら、「ならばコチラも」と押し通ろうとしたら―――今の有様だ。
先に到着していた同部署の警官が、相棒に付き添われながらも……ノックダウンしている。
いきなり腹を思い切り殴られ、くの字になったところスタンロッドの強電気を首筋に叩き込まれて……、絶賛気絶中。
そんな横暴過ぎる暴力に腹をたてて、相棒が加勢しようと怒り吠えた「テメェら何してくれるんだッ!」と、ヤクザも縮み上がるだろう強面と凄味でだ。―――内力系剄技【戦声】も兼ねての。
【攻勢威嚇術】―――。法律と市民の守り手である都市警察、ならではの技術。
大半の場合において、先制奇襲が認められていないこともあって、物理的な圧迫/銃の使用は最後の手段。
ただし今回、相棒をやられた動揺と怒りもあってだろう、『精神的』では済まされないレベルの圧力で放っていた。剄の波動で空気が震えた。……番犬たちは、無表情ながらも後ずさり、強い臨戦態勢/敵意を向けてきた。
一触即発―――。さらに、剄絡の活性化/【活剄】を超えて【発剄】にまで、応戦態勢を整えだした。
発剄への対応から、どうやらこの番犬達は、剄技が使えない/代わりに身体強化手術を施された【機化人】と察せられた。常人の倍以上の身体機能を持ち合わせているが、武剄者には及ばない。まして、発剄による身体強化と感覚鋭敏化を経た今なら、一掃してしまえる―――。
この番犬たちに、相棒の報いを―――。
そう踏み出そうとした……寸前、この場を封鎖した責任者だろう、ボリュームある金色ロール髪の若い女性が現れた。
「私たちは学園の【風紀委員】だ!」 ―――。
その一言/掲げ見せられた特別な手形に、同僚は黙らされてしまった。加えて、女性の相応しすぎる立ち姿/貴族を思わせる雰囲気にもだろう。そして何より、放たれた声に乗せられた剄の波動/【戦声】を使わずして感じさせられる圧力に、格上の使い手だと察せられたからだ。
振り上げた拳/怒気は、引っ込めざるを得なくなった。発動しかけていた剄技も、収めていく……。
―――
……
そして現在、番犬たちの番犬/露払いとして、雑事を仰せつかっていた。
せっかくの現場を遠巻きに見つめながら、荒らされるのを指をくわえながらも、野次馬や記者たちを追い払っている。
「先輩。アイツらは……何者ですか?」
「【風紀委員】だろ」
「いえ、そうじゃなくて……。どうしてこんなことができるんですか?」
「風紀委員だからだ」
……話にならない。
思わず、呆れてため息が出そうになると、
「…お、そうだった!
お前さんは『帰還兵』あがりだから、まだ知らんかったな」
帰還兵―――。その単語に、眉根が動いてしまいそうになったが……こらえた。目の前の彼は、世間一般がそうしているような『侮蔑』を、ソレに含ませてはいないように見えたから。
「俺ら【都市警察】の上位組織が、あいつら風紀委員なんだ。俺たちの縄張りはそれぞれの地区だけだが、あいつらは都市全域だ」
そしてこんな横暴ができるのは、この事件が都市全域に関わる大事件だから。『都市周回鉄道の横転事故』などは、まさに彼らの縄張りだ。
ただし『事故』なら、ここまで神経質にはならない。立会だけして、後は【鉄道警察】に任せるだけ。何よりこんなにも、近所にいるはずの都市警察よりも、初動が早いわけがない。
なので、考えられるのは―――
「それじゃコレは、ただの事故じゃなくて……テロ、てことですかッ!?」
「しぃッ!?
…………声がでけぇぞ」
周囲の、特に遮光グラサン達の動向に注意しながら……ほっと安堵。
「……少なくとも分かってんのは、『奴らはそう見てる』てことだけだ」
「予め知っていた、なんてことは……無いですよね?」
「おぉ?
……そこまで疑っちまうのかい?」
「え? ……あ!
……スイマセン」
「なんだい、謝る必要なんてねぇよ。良い嗅覚してるぜ」
サツには必要なことだよ……。嗜めるどころか興味深そうに、皮肉げな笑を向けられた。
どう反応すればいいのか……。曖昧に苦笑するしかなかった。
「さぁな、さすがにそうだろうが……、そう信じたいね」
意味深に濁された言葉尻に、また疑ってしまう。……今度は、口には出さなかった。
「……最近は、奴らが出張ってくる案件が多いからな。『何か仕組んでるんじゃないか?』て噂もある」
「噂……ですか?」
噂だけ、なのか―――。思わずも話に食いつき、続きを聞き出そうとした。……乗せられてるのは分かるが、やはり必要なことだ。少しでも情報を得る/ここのルールを知ることは。
先輩はニヤリと、イタズラげな笑を向けると、続きを話そうと寄せてきて―――止めた。
番犬たちが、コチラに注意を向けてきたからだ。
私たちことなど無関心な奴らなのに、どうして? ……。
この話題が気になるのか、あるいは、監督するよう命じられているのか? 相変わらずの無表情に、どうにも読みきれない、胸の中から戸惑いが溢れそうになる。
どう対処すればいいのか? ……
先輩の様子を伺ってみると……、なんてことはなかった。
番犬たちの変動は、彼らの飼い主/金髪の風紀員がやってきたからだった。覆い隠されたブルーシートから外へ、出てきた。……少々苛立っているように見えた。
ココでの捜査は、一応終わったのだろう。待機していた同じ風紀委員だろう/独特な制服の【生徒】と合流すると、共にコチラに向かってきた―――。
番犬たちの円陣に、封鎖線も越えて、私たちの横手を通り過ぎていく時……チラリと、横目で見られて気がした。
思わず、目をそらそうとして……耐えた。動揺も隠しきった。
ただの風景の一部と思ってくれたのだろう。そのまま通り過ぎて行き―――、その背中を見送った。
用意されていた自動車の一つに乗り込み……エンジン音。そのまま発車して見えなくなると、ようやく……ほっと、胸の内で安息をこぼした。服の中には、冷や汗のヌルりとした感触。
危なかった……。そんな私の緊張を、察してか知らずになのか、
「―――何しても、深入りはし無い方がいいぞ。この仕事を長く続けていたいなら、な」
先輩の忠告に深く、頷き返した。
◆ ◆ ◆
どうにも……締まらないことに、なってしまった。
「―――まず、とても簡単な質問をしよう」
寝かされていたベッドの横、机からひいてきた椅子に腰掛けながら、抑えて冷静に問い詰めてきた。
「君は生きたいのか? それとも死にたいのか?」
「……もうあんなことはしない」
「【凝剄石】を握ってなかったら、死んでたかもしれないのにか?」
……その通りすぎて、返答に困った。
やらねばならなかったが、同時に失敗した時のことは考えていなかった、そもそも断行した。首の太い動脈を切って、致死量以上の出血多量にするつもりだった。……一命を取り留めたのは、今は半分ほどにまで縮んでいた凝剄石のおかげだ。
なので、言い訳できない、理由を話すわけにもいかない。ただ黙って……いるかしない。
しばし続いた沈黙。
僕からの答えは期待できないと察せられると、代わりに、大きくため息をこぼされた。
「……まぁそのおかげで、奇跡に近いほどしごく幸いなことだが、汚れた剄が抜けて新鮮な剄を流し込むことができた。その腕も、早く治ることだろう」
その反面、とても当たり前のことだが、貧血症状に苦しむだろうが……。たぶんに皮肉を込められているが、医者としての見解をくれた。
自殺しかけたことが、身体のリセットにもなった。剄脈が切り刻まれ剄が荒れ狂っている体内/特に腕は、一度すべての剄が止められたことで、無駄なコリがなくなった。再起動の後は治癒に全てを向けることができた。
相当な荒業/言葉通り奇跡的ながら、医術の理にはかなっている現状。結果的に見れば、前よりも快方へと向かっていた。だから、でもあるだろう、また大きくため息をこぼした。
「…………ハァぁ。
報酬は受け取っちまったからな、理由は聞けないよなぁ……」
「……助かる」
「だが!
……メイへの説明までは、俺の仕事じゃないよな?」
解決する気が無いなら、アフターケアも考えなきゃならなくなる……。善意を施すには、理由がある。そこだけはキッチリしていないといけない。
コチラにも非はある、というか非しかない。無神経を貫くには、貧血状態では辛いものがある。
「それじゃ、検診は一応終了だ。あとは任せたぞ―――おっと! コレは預かっておくよ」
退室する前、犯行/自殺に使われたナイフを、没収された。
―――
……
「―――も、もう……大丈夫、ですよね?」
とても心配そうに、コチラのほうが心配してしまうほど、慎重に慎重を重ねて……尋ねてきた。
第一発見者は、彼女だったらしい。
夕餉の支度ができた旨を伝えに、部屋をノック。しかし返事がなく、しかたなしにそのまま入ると―――、床に倒れている僕の姿を発見した。大量の血だまりの中で、ピクリともしていない危篤状態……。
卒倒しそうになるのを/悲鳴をあげることすらグッと堪えて、真っ先に自分にできる『すべきこと』をした。……父親に助けを求め、急いで応急治療を施した。
その結果……、どうにか一命を取り留めた。
凝剄石の力に寄るところは多々あるものの、近所のスラム街中に異邦者/僕の存在を漏らしてしまうことなく納められたのは、彼女の冷静かつ適切な行動のおかげだ。彼女には、感謝しなければならないだろう。
……とは言うものの、彼女の怯えすぎた小動物ぶりを見せられると、無性に違うことをしたくなってくる。
ので―――
「いや、今にも倒れそうだ」
「へ? ……ほえぇッ!?」
飛び上がって驚かれた。そしてすぐに、父親を呼ぼうと、椅子から転びそうな勢いで腰を浮かし始めた。
期待していた通りの動転に、無愛想ヅラからほくそ笑みそうになるも、ちとやりすぎた感も否めない。「……冗談だ」、飛び出そうとする彼女を慌てて止めた。
それでも、すぐには納得してもらえず「でも……本当に?」と、オロオロあわあわ/なぜか泣きそうになりながら、壊れ物を扱うように様子を伺ってきた。
少し度が過ぎる心配ぶり。僕は赤の他人/厄介者でもあるはずなのに……。予想していた以上のソレに、コチラの方が戸惑う/『ちょっとしたいたずら心』に恥じ入ってしまう。
ただ……謝ることはせず。無神経に憮然としたまま、落ち着かせることもせずに話題を変えた。
「君に二つ、確認したいことがある」
「ほえ? あ……は、はい!
……どうぞ」
「君が初めて俺を見たとき、この顔だったか?」
直後、大きな『?』が、彼女の頭上に浮かんだ気がした。……当然だ。
「……おかしな質問だろうが、俺にとっては大切なことだ。教えてくれ」
「え、あ……は、はい!
……そうです。そうだったです。その……はずです」
「確かだな?」
「は、はひ! そ、そのまんま……です」
……やはりそうか。
そんな簡単に、夢幻の結節点は判明しない。
「ではもう一つ。―――君は【念威奏者】か」
「ッ!?」
アタリだったか……。彼女が犯人の可能性が出てきた。
だが―――、繋がらない。
目の前の彼女と、こんなことを仕出かした/できるだけの魔技をもってる黒幕が、重ならない。
「…………ど、どうして、私が奏者だと?」
「奏者だと何か、気マズイ事でもあるのか?」
「ぅッ!?」
……やはり繋がらない。こんな誘導に引っかかってしまうほど、緩すぎるなんて。
ただし、『僕を欺く演技』とも疑える。
彼女が黒幕なら、僕の観察眼をやり過ごすぐらいの腹芸は、お手の物だろう。……先の過剰心配ぶりも、伏線だったのかもしれない。僕の過去を調べ尽くした分析結果/最適な心理誘導=憐情で目を曇らせるため。
だがソレは、疑り深すぎる。
そんなまやかしを防ぐために、直接先制速攻を叩き込んだ。あらかじめ準備していたとしても、切り替えるための一拍がある。その瞬間に浮かんでしまう、微細ながらも確かな証拠を見逃してしまうほど、僕の目は曇っていない。
……一応、確かめねばならない。
「どちらでもいい、手を前に出してくれ」
「……ほへ? 手を……?
なんで―――」
「君が奏者だとわかった理由を教える」
疑念が浮かぶ前に、利を差し込んだ。
先に自分が気にしたこと。ゆえに逆らえず、オロオロ戸惑いながらも、おずおずと片手を出してきた。……ソレをがっしり、握手した。
そして―――、剄技を発動させた。
“―――お前が、コレをやったのか?”
「いっッ!? ―――」
体が異常を感じたのだろう、反射的に手を放そうと、もがいた。
しかし―――、強く握って、離さない。
さらに強引に、流し込んだ―――
“―――お前が、コレをやったんだな”
詰問から断定へ。
より攻撃性を持った深層言語が、心の内を掻き浚っていく―――。
【操心剄】___。剄絡を繋げた他人の精神を操作する剄技。
とは言うものの、物理的ではない『精神』を外部から干渉することはできない。宿っているとされる脳や臓器にハッキングすることで、抜き出した信号/波長から自分の脳を使って復号しているだけだ。なので、主導権はずっとそのままだ。押し入り強盗ながらも同化/家族のような雰囲気を醸しているので、コチラを『自分の一部』だと錯覚してしまっているだけだ。それでいて強盗されてる衝撃もちゃんと伝わっているので、自縄自縛の金縛り/フリーズ状態が発生し、その一時的だけ主導権はコチラに転がってくる。
ゆえに、バレたら弾き飛ばされる、同化していた分の剄絡を剥ぎ取られながら。ゆえに『操作』は上級編、基本は『盗聴』だけだ。剄にはほぼ真実しかない。欺瞞情報は自傷行為になり、常時在中させてはおけない。政治交渉や大事な商取引・警察の尋問などでよく使われる。
ただし『盗む』。なので本来、こんなあからさま/強引な接触ハッキングはしない。仲間の支援がある緊急時か、知りたい情報が限られている時だけ―――
(……やはり、違ったか)
僕の言葉に反応するものが、彼女の中には見当たらなかった。……ただ、目眩を引き起こしただけ。
手を離した。
彼女は、何が起きたのか分からず、でも何かが起きたのだとは感じてるのだろう。僕に、言葉にはできない曖昧な疑い/言い知れぬ不安の視線を、向けてきた。
知りたいことは、知った。今ここでできることは、もう無い。後は……、約束を果たすだけだ。
「―――俺は今、この腕の傷以上に、重大な問題を抱えている」
唐突な告白に困惑されるも、続けた。
「君は無関係だったようだが……、運が悪かった。
この問題が解決するまで、付き合ってもらうぞ」
「え? ……えぇッ!?
なッ、な……なんでそんなことを―――」
「あの時あの場所にいて、俺を助けた。それが理由だ」
運が悪かった……。彼女の今日の出会い運は、最悪なことだっただろう。
横暴すぎる決定に、口をパクパク/言葉として返せずにいる。
それでも何とか、出そうとする―――呼吸を読んで、畳み掛けた。
「断ってもムダだ。何としても協力させる」
寸止めされての連撃=カウンターで、口からアガアガと、意味不明な呻きを漏らしていた。
タイミングを失ってしまったことで、なし崩し的に同意した雰囲気になっていた。……なので、吐き出そうとしたモノは飲み込んだ。
それでも……と、目をキョロキョロ揺さぶりながら、何かないのかと自分の胸の内を探った。―――その微細な表情にピンと、察するものがあった。
「……で、でも、私はいちおう……生徒、ですし。いつまでもココには、居られないです。
【学園】に戻らないといけないけど、部外者は……入れられないですし―――」
「問題ない。俺を【従士】に登録すればいい」
「え?
…………ッ!?」
割り込ませた言葉の意味を理解し、絶句していた。
「生徒には、何人か従士を雇える権利がある。使用人としてや身辺警護として、腕の立つ武剄者なんかを、な。
従士なら、学園に入っても怪しまれない」
「そ、それは……。
でも―――」
「先任との問題なら、対処できる。……実力を問いてくる奴なら、一番楽だな」
カネもある程度は残っているので、買収できるだろう。……できれば、腕っ節自慢がいいけど。
僕からの強制提案に、彼女は驚愕している……のは、当然のことだろう。
たが、つぶさにもっと観察してみると―――、別のモノが見えてきた。正確に言うと、見えるはずのものが見えなかった。
拒絶感がもたらす、眉間と口元の強張り具合が無く。逆に、安堵したかのような緩みが見えた。
先に得た直感と重ね合わせると……、導き出されるのは一つだ。
「……もしかして、まだ雇ってなかったのか、従士?」
「ほえッ!?
…………ど、どうして?」
アタリか……。思わずニヤリと、笑ってしまった。
「スラム出身の奏者で、実家もこう…裕福じゃない。なにより、君自身がそう奥手な性格をしてるとあると…、答えは決まったようなものだ」
「うぅ…」
「もう一つ付け加えれば、『従士も雇えない貧乏人』とかで、周りから揶揄されてる口だな」
「はぐぅッ!?」
バシバシ当たっていく……。僕にも心当たりがある、過去の苦い記憶。ココの学園も、帝都の王宮と似たような魔窟らしい。
なのでもう、小馬鹿にすることなく、
「もう一つ、コレも憶測だが……
この大切な時期に実家に戻ってきたのも、従士の件で進退極まっちまったからだろう」
「ぎぐぅッ!?」
「父親に泣きつくしかないけど、するわけにもいかない。これ以上迷惑はかけられない。どうすることもできず、途方にくれてた―――」
「そ、そんなことは―――……、あ!?」
口は災いの元。自白してしまった……。
すぐに口を押さえるも、もう後の祭りだ。
そしてガックシ、シュンとも項垂れてしまう彼女に―――パンッと拍手一つ、朗らかな笑みも向けながら取りまとめた。
「万事解決だ。
お互い得になる、良い契約だな」
「ふぎゅぅ……」
もう断れる理由は無い……。「降参しました」とばかり、力ないため息をこぼした。
今日の僕は、運がいいのか悪いのか……。たぶんいつもどおりだ、まだ生きてるのだから、運は良かった。
うなだれ続ける彼女を、励ますように/けどたぶんもっと落ち込ませることになるだろう、さらなる提案をした。
「さて! そうと決まれば……、さっさと【従士契約】を済ませようか」
「ほえ!?
……い、今すぐですか!?」
「早いほうがいいだろう? 遅らせる理由が無い」
早くこの都市での身元をハッキリさせた方がいい……。偽造IDと身分は用意してあるが、あくまで偽物だ。裏取りされたらすぐにバレてしまう。しかも、長期滞在用でも無い/『行方不明者』のIDを加工した背乗り、早く『本物の身分』を塗り重ねなければ、危険だ。
「……こ、心の準備が、まだ―――」
「ためらって明日にしたら、俺の気が変わるかも知れない。……もちろん、君自身の気もな」
強気のハッタリを仕掛けると、期待通り、すぐに揺さぶられてくれた。
なので、ダメ押しとばかりに、
「よし! それじゃこうしよう。
君の父親に決めてもらう」
「ほぇッ!? お、父さん……に?」
「紹介も兼ねれるし、身元不明な俺の…患者の動向も掴める、なにより―――彼の心配事も消える」
「え? 心配ごと……?」
「たぶん、なんとなしの不安でしかないだろうが…、気づかれてたと思うぞ」
すでに察せられていた……。証拠は何もない、ただの勘でしかない/対面して受け取った印象から、かなりの確率で「そうだ」と。
赤の他人だからこそ、見えるもの。家族同士だと、見えても見ないフリをしてしまうもの。そしていつの間にか、本当に見えなくなってしまうものだ。……きっと、そのはずだ。
―――、……。
懐かしい記憶が、蘇りそうになった。
この顔/体が、そうさせるのかもしれない。痛みを伴う懐かしさ、ありえたかもしれない『もしも』まで浮かんでくる―――。
振い落すようキッと、今に集中し直した。
「俺から持ちかけた以上、君に損はさせない。
契約の限りにおいて、君の従士として、この身命を賭そう―――」
芝居がかってはいるものの、正式な契約文句だ。
無事な方の手を指し伸ばし、『主君』の応えを待った―――
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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