再生のレギオス   作:ツルギ剣

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21/4/11 タイトル変更


バイト研修

 

 ゴロツキ共から得た情報から外へ、スラム街の荒れた道を歩く。

 

「―――待っててもらっても、良かったけど?」

「そ、そういうわけには、いかないですよ」

 

 一人で行くつもりだったが、なぜかついてきたメイシェン。それも、奥手な彼女らしからぬ強引さで……。父親の手前なにも言えなかったが、今は聞かざるを得ない。

 

「……俺のことが信用ならない?」

「へ? ……ぁ。

 ち、違います! そんなこと―――」

「確かに、この腕だもんな」

 

 まだ危機的な状態な片腕。でも、包帯で軽く固定してるだけ、布で吊ることもなく/少しダブついてる借りた服のおかげで、初見や遠目ではケガを負っているとは見えないだろう。……焼け石に水な偽装。

 

「君の父親の言うとおり、後は彼に任せて俺は安静にしていた方が無難……て、言われるのは最もだ。

 だが、俺は()()()()と思ってる。これぐらいのハンデがあっても、この程度の未熟な【符咒】で操れちまう奴らなら、倒せる」

 

 それに、武装錬金鋼(ダイト)もまだ使ってないし……。今のところ素手で対処できている、主武装はできるだけ見せないに越したことはない。

 もっと良いのは、素手すら使わないで対処することだ。僕たちの前を歩かせてる、禿頭の強面大男/襲ってきたゴロツキの一人を矢面に立たせる、などの方法が。

 

 【符咒】___。特定の文字/紋様に剄や念威を込めることで、込めた以上の効果を持つ剄技や念威術を発現させる。……ただし、上手く作動させることができれば。

 いま大男にかけてる符咒は、【操心剄】の発展技【仮屍化】、生きてる人間を【屍人】のような完全な操り人形に変えてしまう剄技。一般人相手とはいえ、かなり難度の高い技、他人への干渉技は苦手な部類。なので、気絶昏睡させてから。に加えて、自分の血を使って、【命門】と喉元辺りにある【気門】に符咒を刻んだ。にさらに加えて、自分の手の甲にも『手綱強化』と『信号増幅』の符咒を刻んでおいた。……これだけやってようやく、大男を完全に屍人化させることができてる。

 大男は今、僕の指示通りに前を歩いている、周囲の注意が向かないよう自然な装いで。ただし、浮かべている表情に屍人特有な希薄さが滲んでしまうのは、避けられなかった。それなりの武剄者か念威奏者に遭遇してしまえば、バレてしまうことだろう。

 

「あ、貴方の力なら、契約した時に幾らかは……分かりました」

 

 ……マジか。そいつは少しだけ、予想外だった。

 確かに、いくらか読み取られるのは仕方がないこと。こちらも開示していくつもりだった。だけど、初っ端でやられるとは……。従士契約を甘く見すぎたか?

 じっと見定めてみても……、嘘をついている気配は見えない。……彼女の能力、上方修正しなければならないみたいだ。

 

「……本当なら、貴方は無関係で。私たちだけで解決しなきゃならない問題、でしたから。

 だから、そのぉ……」

「無関係の俺が勝手に首を突っ込んで、勝手に解決する。ソレを傍観してるだけ……てのが、見過ごせなかった?」

「え? あ……。

 そ、そこまでじゃ……ないですけど」

 

 不意の賞賛に恥ずかしがっての謙遜、というよりは、自己評価が低い故の戸惑い……。とも言い切れるけど、わずかに見えた暗さ、まだ何かありそうだ。

 反芻してみると、自分の奥底にある/言葉にはしたくない感情と共鳴して……少し驚いた。

 ソレが真実とは限らない。けど、近しいモノであるのは有力だろう。なら―――

 

「何となしだが、君の性格がわかってきた気がする」

「……ロクなものじゃ無いのは、わかってます」

 

 混じりけのない自嘲。ニヒリズムに堕ち込む瀬戸際で、まだ何とか踏ん張れてる様相/自罰感……。その返答は、先の直感の裏付けになった。彼女はその容姿/性格から連想できてしまうほど、弱くは無い。

 

「たぶん、そんな悲観してるほどのものじゃ、無いんだが――― 」

 

 自分でも驚くほど、真摯な返答が溢れ出てきたが……邪魔が入った。

 正確には、目的が視界に入ったからだ。―――半地下への鉄扉、会員制の酒場だ。

 とは言っても、非合法な薬物や趣向を嗜む場所、ではなくむしろ合法的、ただ知り合い達と酒を楽しむ場所だ。スラムでは逆に、誰でも受け入れれば非合法化していってしまうため、節度のある客に限定する必要がある。都市警察もそんな事情は心得ているので、マークだけはしてるものの見逃している。……ただし、事情や風向きが変わればすぐに破られる/テロリストの談合場認定。薄皮一枚の良心で成立している憩いの場。

 今操っている大男は、ココの会員……ではなく、会員証を渡されただけの初見。依頼人(のおそらく仲介人)との契約は、今は施療所で半分廃人化してしまった小男が請け負った。仕事が終わったら、ココにきて報酬を受け取れ、とも知っているのは小男だけ。……本来この大男は、指示に従うだけの番犬でしかなかった。

 

「……視聴覚の共有、できる?」

「え? ……ぁ。

 ……自信、ないです」

「そうか。

 それじゃ―――、手握って」

 

 契約の剄路(パス)と直身体接触なら、問題ないだろう……。そう考えて手を差し出すも、オロロと戸惑われた。

 

「今からコイツを送り込む。すぐにはバレないはずだが、違和感には絶対気づかれる。回収することはできないかもしれない。

 できるだけ中の情報を記憶しておきたい。俺も見ておくけど、操縦に専念したい。しっかり覚えておいてくれ」

 

 『操縦』と『記憶』は、別分野の技能/同時にはできない。

 もちろん、操っている最中は、屍人を通して周囲を知覚することはできる/でなければ上手く操れない。けど、糸が切れた後/特に切られてしまった場合、ソレまで知っていたはずの情報を思い出せなくなる。まるで夢や幻のように、思い出せば出すほど消えていく……。操縦の最中、あくまで知覚や記憶しているのは操られた人間、操縦者はソレを間接的に覗き見してるだけだから。自分の記憶領域にコピー/紐づけしていないと、思い出せるのは『知っていた』だけ。

 視界内の数メートル圏内なら、遠隔操作でも並列処理はできる(ただしほぼ無意味)。けどこれからやるのは、視界外の数十メートルは離れている密閉空間、僕の操作技能ではとても並列処理はできない。名前や数字だけなら、小さく呟く/メモすることで紐づけさせることはできるけど、相手の容貌や室内の外観・調度品などの映像は、無理だ。……彼女の協力が必要だ。

 

 ここまで丁寧に説明する、までもなく察してくれて、小さく頷くとオズオズと……手を重ねた。

 奏者特有のヒンヤリとした低体温、加えて頼りなげな細い手指。この都市での貴族階級である【生徒】ならでは/傷のない白いキレイな肌爪……ではなく、どうしても荒れが目に付く、生きるために使われてきた手指……。ココにも、彼女らしさが出てるような気がした。

 

 しっかり握って、感覚共有の剄絡を繋ぐと、大男に指令を送信した。―――『小男から奪った会員証を使って、中にいるだろう依頼人と話せ』

 大男は命令通り、半地下の酒場へと歩いていき―――……中へ入っていった。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 会員証をかざしロック解除、鉄扉をくぐると―――外の景色とは一変した、上質な酒場空間が広がっていた。

 それでいて賑わってもいる。閑散としている現在の表通りから、どうしてこれだけの客が潜んでいられたのか……。呆れ気味な驚きを抱いていると、緊張で全身がビリりと強張った。動悸も乱れる。

 大男本人の生理反応だ。未知の敵地に独り踏み込まされている恐怖、操り人形といえども生身の体/認知できずとも反射は働いてしまう。

 手綱を引き締め直した。大男の恐怖を消す/僕の方へと流すと、落ち着きを取り戻していった。

 

 調律し直すと、周囲の微変が読み取れてきた。

 数人、カウンターのマスターやバーテン達を除いた客達から、ソレと分からなければ気づけない注目が向けられている。

 その中の一人、奥の非常口に近いテーブルに座っている男に目星をつけると―――

 

『―――よぉ【バーデン】! 仕事が早いな』

 

 男の横に座っていた狡賢そうな目つきな男がコチラに気づき、朗らかにそうに呼んできた。

 大男/バーデンの知り合い、仕事の斡旋やら情報を買ったりしている仲介人だ。今回のこの仕事も、この男から依頼されて請け負った。

 前情報があったから驚くことなく。仲介人の下へ向かった。そして―――

 

『言われたとおりやっただけだ』

 

 そっけない返答とともに、勝手に着席した。……バーデンの性格より、プロフェッショナルさを上げたセリフ。

 本当の依頼人だろう男の視線が、さらに/静かにも鋭くなったのがわかった。

 

『ははぁん♪ なかなかタフなこと言ってくれるぜ。見込んだとおりだ!

 ところで……【ガビィ】の奴はどうした? 奴が来るとばかり思ってたぞ』

 

 仲介人は自然な/気のおけない装いで、コチラのあからさまな不自然を突いてきた。

 当然訊かれる問題。相棒の小男/ガビィが来るのがセオリーだ。なので答えは、用意してた―――

 

『俺が一人でやった』

『? ……なんだって?』

『俺が二人分働いた。だから、俺に二人分だ』

 

 契約違反……にはならないだろう、ギリギリの無理強い/強欲さ。ただの使いっぱしりでないことを、言外にアピールした。

 仲介人は、そんな返答が返ってくるとは思わなかったのだろう。唖然と言葉を失っていると、やがて、

 

『そいつは……随分、大胆なことだな』

 

 コチラの真意を探りにきた。

 まだ理解できてない……いや、確信できない/あえて排除してる可能性だろう。向けてきた仲介人の表情から読み取れた、すでに浮かんできただろう答えを、あらためて言葉にしてやった。

 

『奴はチクろうとした。俺は筋を通すべきだと思った。だから、ケンカになった。だから奴は、ココに来れなかった』

 

 ガビィを殺した―――。間接的にハッキリそう告げると、仲介人は顔を青ざめさせた。

 

『お、おいおい、嘘だろ……。

 そいつはまさか……、()()()()()()てことなのか!?』

 

 思わず大声を上げてしまい、周囲の客から注目された。……失態に気づき、すぐに「何でもない」と手振りの謝罪でいなした。

 しかし、その表情はぎこちなく硬いまま、「冗談だと言ってくれ」と訴えるようにコチラを見つめている。

 

 『仲間殺し』は、『組織』の御法度。たとえどんな奴/クズ野郎でも、勝手に手を下すことは許されない。処刑にしても、それなりの筋は通さなくてはならない。……表の社会と同じだ。

 今回の僕/操っているバーデンの主張は、まさに御法度に触れる違法行為。しかも、理由が『報酬のため』とあっては、情状酌量の余地は微塵もない。

 でも、()()()()()。はじめからこのバーデンを、元の生活に戻すつもりなど毛頭ないから、組織から追われる本物の無法者になってもらった方が好都合だから。これからまだ利用するにしても、ココで切り捨てるにしても、一石二鳥だ。

 

 締めの返答を口に出そうとして、瞬間―――喉が固まった。ソレを口に出すことを本人が、反射的に拒絶してきた。

 意外な反発に驚くも……()()()()()()()()、強引に押し切ってしまえる。

 さらに手綱を強めると、微かに漏れ出たバーデンの懇願は、一瞬にして……消去された。そして、再びの平静さ/完全支配下に戻すと、

 

『……奴とは元からソリが合わなかった。いつかこうなる運命だった、それが今日だっただけだ』

 

 傲岸不遜に、全く罪悪感や恥すら感じた様子も見せず、他人事のように告げた。……実際、ほぼ他人事だ。

 仲介人は何も言い返せず、口をパクパクさせるだけ。……目の前の男が、あまりにも愚か過ぎて、頭の許容限界を超えてしまったのだろう。

 

 驚愕と泰然さの一方通行な沈黙―――。しばし続いた空気は、今まで静観していた依頼人によって破られた。

 

 

 

『―――くっく、思っていた以上に肝が据わってる奴だな』

 

 

 

 聞こえた声は、想像していた通りの低い/落ち着いた声音―――武剄者か念威奏者の、自信に満ちてるモノだった。

 そしてさらに、想定したように、

 

『持っていけ、報酬だ―――』

 

 懐から取り出した手のひら大の革袋を、テーブルの上を滑らせながらよこしてきた。

 革袋で包まれているため、中身は見えない。けど、テーブルを擦った音/ゴツゴツとした形、何よりも違法行為の報酬としてふさわしいモノは、『砂金塊』しかない。……【通貨錬金鋼】は携帯するには便利だけど、スパイウェアを幾らでも仕込める。武剄者や念威奏者でもない限り、初対面の不審者からは拒否するのが一般だ。

 それでも、紐で閉じられた中身を開けて確認……。やっぱり、銀塊も混ざっていたけど、砂金塊だった。

 横手からチラリと、仲介者も覗き見してきて、

 

『ちょっ!? ……少しばかり、多くないですか?』

『構わん。次の依頼の前金も含んでる』

『次? 次て…… ッ!?』

 

 僕も抱いた疑念と驚きを、さきに仲介者が表してくれた。

 まさか、すぐに次を要求してくるとは……。きな臭い匂いがしてきた。

 

『……仕事は、これきりじゃなかったのか?』

『無事依頼をこなせば、倍の報酬を払う』

 

 …………マズい。予想以上に強引な相手だった。

 不快感がバーデンの表情にも出てしまった。……こういう傲慢な相手は、とても厄介だ。

 

『どうした? 倍では足りないか?』

 

 疑念を浮かべてきた依頼者に、ハッと気づけた。……今僕は、バーデンだった、報酬のためなら仲間すら手にかけることができる無法者。

 喜色を浮かべるべきだったか……と省みるも、『用心深さ』があってもいい。金は欲しいが、主導権も握っていたい、邪魔するなら手を汚すことは厭わない。そんな欲深く無神経な/倫理観もだいぶ欠如した男として、正しい次の返答は―――

 

『……次はどこを狙う?』

 

 あえて何も尋ねず、快諾することだ。

 自分と相手、立場はわきまえなければならない、こういった傲慢な奴なら特に。『強気に振舞う』までは好感だけど、疑り深すぎるのは許されない。自分はあくまで王座から聞いてやる/命令する立場。

 

『良い返事だ。大胆さと分別の使いどころを心得てる。

 次は、コイツだ―――』

 

 好感触を取り戻すと、依頼人が封筒を滑らせ/投げてきた。

 掴んで中をソッと確認する。次のターゲットの写真でもあるのだろう―――

 

(……!?)

(えッ!? コレて―――)

 

 思わず、致し方がないことだが、隣で静観してくれていたメイシェンが声を上げてしまった。……幸い、バーデンにまでは波及せず、ただ眉をピクリと動かした程度。

 次のターゲットが、()()だと見えてしまったのだから―――

 

『場所も道具もコチラで用意する、登校途中を狙って―――拉致しろ』

 

 無機質な犯罪命令に、メイシェンが息を飲んだのが伝わってきた。……ソレは予期していたので、僕だけでカットできた。

 

(……ココに連れてきたのは、間違いだったかな)

 

 スラム育ちとはいえ、まだ少女だ、幾らなんでも負荷が重すぎる。

 守ると言いつつ、糞溜めの中に放り込む。自分がそんな悪趣味をしてる気がして、嫌な気分になる……。

 滲んでくる感情を振り落とすと、バーデンの操作に集中し直した。

 

『……一人でやる仕事じゃないな』

『他にも雇った。運転手ともう一人の実行役だ。

 みな仕事は心得てる。顔合わせは当日の現場でだ』

『ちなみに、俺じゃねぇよ』

 

 横手から仲介人が、茶々を入れてきた。……場を和ませようとの気遣いだろうが、とてつもなく場違いだ。

 依頼人は、そんな空気の読めなさを非難することなく無視/目も向けない、ながらも―――

 

『わかっているとは思うが、もう手を退くことは許されない。やるしかない。さもなくば……()()()()()()()()()()()()()

 

 何気なしな死の宣告―――。僕はただ黙って、仲介人は察せずに戸惑うのみ。あるいは、理解しないようフリーズしているのかも。

 仲介人の5分後は、脇に置く。ただ気になったのは、依頼人が確信して宣言したことだ。この手の輩は、嘘はあまりつかない、やると言ったら何が何でもやる。未来を予言したら、捻じ曲げてでも成寿させる。仲介人は、確実に殺される……。()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

(遅効性の毒か狙撃手か、それとも別の何かか……)

 

 近くに何かしらの伏兵が潜んでる―――。自分とバーデンの周囲を、気づかれぬレベルでそっと注意を払った。

 けど……さすがというべきか、見抜けなかった。そもそも、ココまで来る途中も、周囲への警戒を怠っていたわけではなかった。気づかれるほど間抜けではない、ちゃんとした/敵としては出会いたくない伏兵だ。

 

『この仕事は良い。たまにお前のような有望な奴を拾える。……期待してるぞ』

 

 依頼人はそう告げると、「もう行け」と話を切ってきた。……これ以上の情報は必要ないと、一方的に。

 ゴネても得なことはない、無事に帰してもらえるだけでもありがたい。『命令』通りその場から立ち去ろうとした―――

 

『―――待て!』

 

 ? ……急に呼び止められて、振り返った。

 バーデンに訝しんでるような表情を向けさせると、依頼人が困惑を押し殺すかのように眉をひそめていた。

 

『いや……、まさか!?』

 

 独りつぶやき、勝手に何かに気づいた。

 その驚きと閃きの表情に、冷水を浴びせられたような感触が襲ってきた。

 そして、嫌な予感が沸き上がってくると、

 

『……なるほど、やられたな。()()()()()()()

 

 !? ―――依頼人は、確信に至った表情を向けてきた。

 さらに続けて、 

 

 

 

『想定以上だ。まさかこんな場所に、()()()()()()()()がいるとはな』

 

 

 

 そう断言した依頼人の視線は、目の前にいるはずのバーデンを越えて、その奥まで貫いてきて―――

 

(ッ!? 見られた―――)

 

 直後、予感は確信に変えられた。

 嘘ともハッタリとも浮かんでこない、長年の経験と直感。依頼人は確かに、()()()()()()()()見抜いてきたから。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 すぐさま意識を戻し、即座に周囲を見渡すと―――あった。

 小さな赤い光点、おそらく()()()()()()()()()の。それが、メイシェンのフードを被った頭部へと上り動き―――……、定まった。

 

「伏せろッ!」

「ぇ? ―――」

 

 被さるようにして身を下げさせると―――間一髪、頭上に鋭く空気を裂く音が通り抜けた。

 パキンッ―――と、石壁に小さな穴が穿たれた。

 

 狙撃―――。どこかの高所から、発砲してきた。

 相手/狙撃ポイントを確認する―――などできず、すぐさま身の安全の確保。メイシェンを抱えながら物陰に飛び込んだ。

 飛び込み隠れた直後、再びバキンッと、壁に銃痕が穿たれた。……寸前に、僕の顔があった場所だ。

 

 何とか隠しきると、それ以上は撃ってこなかった。

 けど……動けない。一歩でも外へ出れば的にされる寒気を、肌で感じさせられた。

 

 息を殺し、待つ、思考だけは高速で回しながら……。すると、微かに引っ張られるような感触が片手にあったのに、気づけた。物理的な力ではなく剄によるモノ。―――まだ()()()()()()()ことに気づいた。

 すかさず、手に意識/力を込めた。僅かだろうと戸惑わせること/逃げ切る余地ができるはず。

 剄に乗せて『最後の指令』を送りつける……その前に、

 

「―――もう少ししたら、店の中が騒がしくなる。この狙撃手の注意も逸れる。

 その隙を狙って逃げるぞ!」

「か、か【霞】を張ればッ、もっと安全に逃げれるはず……です」

 

 思わぬ提案に、一瞬キョトンとしてしまった。

 でも……良い提案だ。

 

「……使える?」

「へ? はッ、はい! ……ほんのちょっとしたモノでしか、ないですけど」

「十分だ! やってくれ」

 

 即決すると、自信なさげなメイシェンは、それでも/すぐに術に集中した。両手で【印】を結びながら、特殊な咒言を呟くと―――発動した。

 

 

 

 直後、周囲一帯が()()()()

 

 

 

 実際、見た目は変わっていない。視界が歪んだわけでも、変貌したモノが写ったわけでもない。けど、肌は感じ取っていた。

 ビリりと、目に見えない何かに/微かに擦られて粟立たせる不快感。都市内では発生しないはずの、軽度ながらも汚染被害を―――【霞】の発生を。

 

 念威術【霞】___。発生した周囲一帯への視覚情報をジャミングし、認知を阻害する術。

 肌のヒリつき/不快具合から、術は十二分に発現/周囲に展開されているのがわかった。直接の実感ですら効果がある、機械/道具の視界は人間の劣化版。遠方からスコープ越しで覗いているだろう狙撃手には、効果てきめんだ。

 奴の視界は今、急に文字通りの霞にかかった。困惑しているはず―――

 

「よしッ! 出るぞ―――」

 

 口は閉じてろ―――。

 メイシェンを脇に抱えると、意を決し―――飛び出した。

 

 物陰から顔を出す/上体が出る―――

 けど―――……、撃ち抜かれていない。

 狙撃手はコチラを見失っている。【霞】はしっかりと展開され、レーザーポインターの赤い光点は消えていた。狙撃手は困惑し、急に失った狙いを定め直せないでいる―――

 

 【霞】は『術者』ではなく、『場所』を軸に展開される―――。

 効果半径は……聞き忘れてしまったが、もうそろそろだろう。そもそも侵蝕力の強い【霞】は、狭い範囲でしか作用させられないのが一般。

 そのまま次の安全地帯まで走り抜けていくと、背後に―――バシュンッ、銃弾が穿たれた。……明確には分からずとも、飛び出した気配は察せられたのだろう。

 次弾が発射される前/コンマ数秒、遮蔽物へと飛び込んだ。その直後に、また―――バキンッ、隠れた遮蔽物/建物の角際が抉られた。

 

 隠しきった後も、走り続けるも―――……、撃たれることは無かった。

 三度の狙撃でおおよその方角は察せられた。単独犯/複数で狙っているわけではないことも。……賭けだったけど、当たっていて良かった。

 隠れた裏路地の奥へ、この危険域から離れていく―――

 

 

 ―――

 ……。

 

 

 走り逃げ続けていると、メイシェンが悲鳴じみた懇願をしてきた。

 

「―――も、もう充分でしょうッ!? 下ろしてください!」

 

 その慌てた声が脇から聞こえてきて、思い出せた、彼女を脇に抱え続けてきたことを。

 そして改めて、周囲を確認した。特に追っ手の存在を、狙撃手の殺気に満ちた視線を―――

 

 培ってきた索敵能力は……『安全』、と答えを返してきた。周囲にはもう、敵影は無い。

 まだ本当に安全とは言い切れないけど、一息はつけれる。懇願通り、抱えていたメイシェンを離した。

 ようやく地面に立たせると、なぜか心配げに僕を見つめている彼女を一望して―――

 

「怪我は……してないな」

「わ、私のことより! 

 そのぉ……腕、大丈夫……ですか?」

 

 指摘されるも、一瞬何のことかわからなかったけど……、彼女の視線の先を追って気づけた。

 意識したらようやく、違和感に気づけた。

 けど……屠竜士としての習い症、無意識にも()()()()()()()()()()。視界に入れることでようやく/それでも一部のみだろう、痛覚が解放された。……彼女が心配そうにしていた理由も、わかった。

 実感とは合致しない/見くびってる様にも捉えられる。けど、心配されているのは事実だ、解消できるのならした方がいいだろう。

 

「……少し、重く感じた」

「ぅ!? …………スイマセン」

 

 ? ……なぜか謝られた。申し訳なさそうに萎縮している。 

 コミュニケーションに自信がある方ではないけど、特に一般的な女性とは、何を考えているのかサッパリわからない……。よくはわからないけど、もう心配そうにはしていない。

 なら棚上げだ。

 

「顔はバレてないはず。君のことは想定されてるだろうが、俺は埒外だ。……もう無闇に襲ってくることは、なくなると思う」

 

 僕という不確定要素が無くならない限り……。変装/スラム街風な服装にしておいて、正解だった。『都市外からの侵入者』へと至ることは、かなり難しいことだろう。

 コレで手を引いても良し……。彼女の『家族の安全に貢献したい』という目的は、達成できた。コレ以上の無茶は、父親の胃を悪くしてしまうだけの逆効果になる。

 

「先に得た情報から、もう少し探ることはできる。親父さんのコネを貸してもらえれば、誰がアレをやったのか見当も付けられる。だが―――」

「【軍】に、睨まれるかも……」

 

 察しの良さに少し驚きつつ、頷いた。

 先の【霞】の件といい、頼りなさげな外見/自信なさげな口調とのギャップ、芯の部分はなかなかに優秀なのかもしれない。【従士契約】や偽装身分以外、当てにしてはいなかったのに……

 

(『嬉しい誤算』で、あり続けて欲しいけど……)

 

 そうはいかないだろう。僕の目的を知ったのなら、どうしたて敵対するしかない。この有能さが、逆に仇になる……。

 ただソレは、今じゃない。しばらくは大丈夫だろう。なら……これも棚上げだ。

 

「君の【生徒】としての立場も、危うくなるかもしれない。退学まではいかないだろうが、周囲からの当たりが前以上に強くはな―――…… !?」

 

 張り巡らせていた警戒網/無数の極微な剄の触覚糸に、何かが引っかかった。

 集中して、伝わってくる微振動を増幅。予め置いておいた情報と絡み合い、居場所と姿形が脳裏に描かれていく―――

 

(……やられたな)

 

 怪我をしていたとはいえ、ヒヨってたらしい。()()()()()()()()()()()()()()に、気づけないなんて……。

 考え直してみれば、当たり前の保険だろう。

 僕のような素性の知れない男/武剄者が、大事な娘と一緒に【軍】にケンカを売るかも知れない。そんなヤバ過ぎる状況ならば、なおのことだ。避けていた(かもしれない)仲間に、助け求めることも厭わなくなるだろう。

 

「? どうしまし―――」

 

 しぃッ……。「静かに!」と、そして「コレを見てみろ―――」と、手で合図とともに僕の視覚情報を送信した。

 一瞬「わッ!?」と驚かれた。フラつきそうになりながらも、やがて共有⇒理解。現状を認識してくれた。

 直感通信するのは便利だ。ほぼ一瞬で大量の情報を、誤解なく相手に伝えることができる。けど、少し負荷が強すぎる、一般人や慣れてない人にとってはなおさらだ。外部の情報端末機器(デバイス)があるに越したことは無い。

 

「……もしかして、知り合い?」

「え? あ……はい。

 直接では、無いです。時々、お父さんと会ってるところを、見たことがあるだけで……」

 

 ただ別れた後、決まって少し不機嫌そうな顔を浮かべてて……。良い印象を持っていない人物。

 つまり、頼ればすぐに応えてくれるが、頼りたくはなかった人物/そんな状況でもあった。……予想通りだ。

 自分たちの状況を悟ってだろう、戸惑い暗くなるメイシェン……。けど、僕は楽観的に、

 

「なら、後の始末は彼に任せればいいか―――」

 

 そう言うや、スゥ―――と息を吸い込んで、

 

 

 

「ソコにいるのはわかってる! 俺たちの敵じゃないこともだ!

 出てきてくれ、話をしないか?」

 

 

 

 大声で、見つけた尾行者に叫んだ。通り中に声が響き渡る―――

 

 けど……、無反応。尾行者からの応えはなかった。

 なのでトドメに、

 

「ハッタリだと思い込んでるのなら、別の意味でも『敵じゃない』になるぞ!

 こんな街中で尾行するのに、()()()()()()()()()()()()してる解釈も、変わっちまうぞ!」

 

 【止剄】___。剄の流れを止めて、気配を断つ剄技。

 気配は消えるので、尾行するには最適な技。けど、姿が透明になるわけでも本当に消えるわけではない。さらに、声を出したり動けば、どうしても気配が漏れてしまう。周囲の微弱に漂っている剄や通行人たちの剄の流れに合わせる/溶け込ませるのが、尾行の基本にして奥義だ。さらに加えるなら、自分が埒外の傍観者になっているような錯覚、止剄を連続使用していると沸き起こってくるその思い込みにも、注意を払っていなければならない。

 この尾行者は、確かに尾行のイロハはわかっていただろう。けど、突然の襲撃。急激な状況の変化に対応しきれなかった。見失なわないようにするのが精一杯で、気配が漏れてしまっただけだ。……運が良かった。

 けど、そんな賞賛はお首にも出さず、あえて侮辱するよう煽った。その効果/ハッタリは―――上手くいった。

 叫んだ方向の物陰から、スゥ…と人影が出てきた。

 

 

「―――いつから、気づいてた?」

 

 

 もの静かで暗い、周囲に埋没してしまうような黒髪の青年。だったが、よく聞こえる低い声。使っただろう声量/口の動きに比べて、コチラの耳に届いてくる声音がハッキリしている、体内を巡る剄が声を増幅している証拠だ。……その声質から改めて、相手が武剄者であることがわかった。

 そしてもう一つ、

 

「なんだ、けっこうビジネスライクな関係だったのかい?」

 

 斜めからの質問返しに、尾行者の顔が少し険しくなった。

 真っ先に出てきた質問=自分と僕の実力の確認。忠誠ゆえの尾行だったのなら、気にすべきは別にあるはずだけど……、そうじゃなかった。

 

 警戒心が増していく……。一応は、敵じゃない/メイシェンの為を思っての保険。無闇にケンカを売るのは得策じゃない。

 両手のひらを軽く上げてみせると、

 

「……争うつもりはないよ。アンタは敵じゃないからな。

 ただ、アンタらに有用だろう情報を提供したいだけだ」

 

 バーデンを使って、酒場の中で得た情報だ。

 彼の背後で指揮しているだろう存在も、目星はついているはず。だけど、証拠は無いはず。コレが確信の一助にはなる。

 ただ……、今その情報は僕の中に、無い。バーデンとの糸が切れた今、具体的な情報を記憶できていない。あるのは、メイシェンの頭の中だ。ソレまで律儀に教えてやる必要は無い/彼女を矢面に立たせるのは控えたいので、誤解させるがままにする。

 

「……何が狙いだ?」

「彼女の身の安全。奴らとアンタらで、潰しあってくれ」

 

 率直な要望に、尾行者の顔がまた険しくなった。隣のメイシェンも、アワワと戸惑っている。

 

「お前の狙いは何だ?」

「俺は彼女の【従士】だよ。彼女の安全が、俺の身の安全にも繋がる」

 

 最もらしい/半ばは本当のことを言いながら、【従士契約】の証を/手の甲をみせた。

 幸いなことに、常に刺青られるモノではなく、一見では何も無い。けど、剄を励起させたり、武剄者/念威奏者であるなら簡単に見いだせる。

 

 確認した尾行者は、ソレで納得した……かどうかはわからない。けど消去法、追求される足がかりが無くなったのは、見て取れた。

 

「―――いいだろう。話してみろ」

「デバイスはあるか? そっちのほうが伝えやすい」

「……持ってないのか?」

「あいにくと、ココが優秀なもんで」

 

 自分の頭を指でトントンと、おどけてみせた。……嘘は言っていない。

 自信過剰気味な態度に、また不快そうに/呆れ気味にまで眉をひそめられるも、懐からゴソゴソ……デバイスを取り出してきた。

 

「ほら、さっさとやれ」

「わかった。

 ……悪いな――― 」

 

 謝罪を呟きながら、デバイスを受け取ると見せかけて―――急接敵。

 驚愕/回避される……間もなく、鳩尾辺りを/【魄門】を剣印にした指で突いて―――点穴した。

 

「―――ぅぐッ!」

 

 くの字に折れ曲がりながら、苦悶を漏らす尾行者。その耳元まで顔を寄せると、別れの言葉を囁いた。

 

「こんな重傷を負うのは、あまり好ましいことじゃない。が、一つだけ大きな利点がある―――」

 

 初見の敵は、必ず侮ってくれるから―――。お前がそうだったように。

 

 外見の詐術/人間としての固定概念。

 複雑骨折に筋肉断裂、おまけに神経麻痺まで患ってる腕を見れば/知っているだけでも、相手は重傷人/まともに戦えないと考えてしまう。けど、()()()()()()だ、ソレでも押し通して戦えてしまう。そのことを熟知し体験もしているとしても、()()()()()()()()()()()()()()。無意識や感情では、常人の枠内で捉えてしまう。

 尾行者はみごと罠にハマり……、地面に倒れた。

 

 

 

 うつ伏せに倒れた彼の下にしゃがむと、首筋/【命門】にも点穴を施した。……コレで完全に、制圧完了だ。

 ついでに、落ちた彼のデバイスを拾う/がめていると、

 

「―――な、な……なんで、そんなことを?」

「コイツじゃ、役不足だから」

 

 奴らにもっと、本気になってもらうため―――。加えるなら、彼女の父親のためでもある。()()()()()()()()()()()()()()()で、『組織』の面子を揺るがさせる。助けになりきれなかったことで、『恩義』からの取立てを軽くするため。……コレで全ての注目が、僕に向かう。

 言葉足らずな説明に、メイシェンの困惑は鎮められなかった。けど彼女自身で、溢れそうになるソレを堪えてくれた。

 

 そんな彼女の我慢強さに甘んじながら、説明しきると面倒が起きそうな予感もして、ソレ以上は何も言わず。気絶した尾行者を「よっこいしょ」と、肩に担ぐと、

 

「さ、帰ろうか。

 これで親父さんも、正式に俺を認めてくれるだろう―――」

 

 まだ困惑中の彼女の背を押しながら、帰路へと向かった。

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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