̄
ゴロツキ共から得た情報から外へ、スラム街の荒れた道を歩く。
「―――待っててもらっても、良かったけど?」
「そ、そういうわけには、いかないですよ」
一人で行くつもりだったが、なぜかついてきたメイシェン。それも、奥手な彼女らしからぬ強引さで……。父親の手前なにも言えなかったが、今は聞かざるを得ない。
「……俺のことが信用ならない?」
「へ? ……ぁ。
ち、違います! そんなこと―――」
「確かに、この腕だもんな」
まだ危機的な状態な片腕。でも、包帯で軽く固定してるだけ、布で吊ることもなく/少しダブついてる借りた服のおかげで、初見や遠目ではケガを負っているとは見えないだろう。……焼け石に水な偽装。
「君の父親の言うとおり、後は彼に任せて俺は安静にしていた方が無難……て、言われるのは最もだ。
だが、俺は
それに、
もっと良いのは、素手すら使わないで対処することだ。僕たちの前を歩かせてる、禿頭の強面大男/襲ってきたゴロツキの一人を矢面に立たせる、などの方法が。
【符咒】___。特定の文字/紋様に剄や念威を込めることで、込めた以上の効果を持つ剄技や念威術を発現させる。……ただし、上手く作動させることができれば。
いま大男にかけてる符咒は、【操心剄】の発展技【仮屍化】、生きてる人間を【屍人】のような完全な操り人形に変えてしまう剄技。一般人相手とはいえ、かなり難度の高い技、他人への干渉技は苦手な部類。なので、気絶昏睡させてから。に加えて、自分の血を使って、【命門】と喉元辺りにある【気門】に符咒を刻んだ。にさらに加えて、自分の手の甲にも『手綱強化』と『信号増幅』の符咒を刻んでおいた。……これだけやってようやく、大男を完全に屍人化させることができてる。
大男は今、僕の指示通りに前を歩いている、周囲の注意が向かないよう自然な装いで。ただし、浮かべている表情に屍人特有な希薄さが滲んでしまうのは、避けられなかった。それなりの武剄者か念威奏者に遭遇してしまえば、バレてしまうことだろう。
「あ、貴方の力なら、契約した時に幾らかは……分かりました」
……マジか。そいつは少しだけ、予想外だった。
確かに、いくらか読み取られるのは仕方がないこと。こちらも開示していくつもりだった。だけど、初っ端でやられるとは……。従士契約を甘く見すぎたか?
じっと見定めてみても……、嘘をついている気配は見えない。……彼女の能力、上方修正しなければならないみたいだ。
「……本当なら、貴方は無関係で。私たちだけで解決しなきゃならない問題、でしたから。
だから、そのぉ……」
「無関係の俺が勝手に首を突っ込んで、勝手に解決する。ソレを傍観してるだけ……てのが、見過ごせなかった?」
「え? あ……。
そ、そこまでじゃ……ないですけど」
不意の賞賛に恥ずかしがっての謙遜、というよりは、自己評価が低い故の戸惑い……。とも言い切れるけど、わずかに見えた暗さ、まだ何かありそうだ。
反芻してみると、自分の奥底にある/言葉にはしたくない感情と共鳴して……少し驚いた。
ソレが真実とは限らない。けど、近しいモノであるのは有力だろう。なら―――
「何となしだが、君の性格がわかってきた気がする」
「……ロクなものじゃ無いのは、わかってます」
混じりけのない自嘲。ニヒリズムに堕ち込む瀬戸際で、まだ何とか踏ん張れてる様相/自罰感……。その返答は、先の直感の裏付けになった。彼女はその容姿/性格から連想できてしまうほど、弱くは無い。
「たぶん、そんな悲観してるほどのものじゃ、無いんだが――― 」
自分でも驚くほど、真摯な返答が溢れ出てきたが……邪魔が入った。
正確には、目的が視界に入ったからだ。―――半地下への鉄扉、会員制の酒場だ。
とは言っても、非合法な薬物や趣向を嗜む場所、ではなくむしろ合法的、ただ知り合い達と酒を楽しむ場所だ。スラムでは逆に、誰でも受け入れれば非合法化していってしまうため、節度のある客に限定する必要がある。都市警察もそんな事情は心得ているので、マークだけはしてるものの見逃している。……ただし、事情や風向きが変わればすぐに破られる/テロリストの談合場認定。薄皮一枚の良心で成立している憩いの場。
今操っている大男は、ココの会員……ではなく、会員証を渡されただけの初見。依頼人(のおそらく仲介人)との契約は、今は施療所で半分廃人化してしまった小男が請け負った。仕事が終わったら、ココにきて報酬を受け取れ、とも知っているのは小男だけ。……本来この大男は、指示に従うだけの番犬でしかなかった。
「……視聴覚の共有、できる?」
「え? ……ぁ。
……自信、ないです」
「そうか。
それじゃ―――、手握って」
契約の
「今からコイツを送り込む。すぐにはバレないはずだが、違和感には絶対気づかれる。回収することはできないかもしれない。
できるだけ中の情報を記憶しておきたい。俺も見ておくけど、操縦に専念したい。しっかり覚えておいてくれ」
『操縦』と『記憶』は、別分野の技能/同時にはできない。
もちろん、操っている最中は、屍人を通して周囲を知覚することはできる/でなければ上手く操れない。けど、糸が切れた後/特に切られてしまった場合、ソレまで知っていたはずの情報を思い出せなくなる。まるで夢や幻のように、思い出せば出すほど消えていく……。操縦の最中、あくまで知覚や記憶しているのは操られた人間、操縦者はソレを間接的に覗き見してるだけだから。自分の記憶領域にコピー/紐づけしていないと、思い出せるのは『知っていた』だけ。
視界内の数メートル圏内なら、遠隔操作でも並列処理はできる(ただしほぼ無意味)。けどこれからやるのは、視界外の数十メートルは離れている密閉空間、僕の操作技能ではとても並列処理はできない。名前や数字だけなら、小さく呟く/メモすることで紐づけさせることはできるけど、相手の容貌や室内の外観・調度品などの映像は、無理だ。……彼女の協力が必要だ。
ここまで丁寧に説明する、までもなく察してくれて、小さく頷くとオズオズと……手を重ねた。
奏者特有のヒンヤリとした低体温、加えて頼りなげな細い手指。この都市での貴族階級である【生徒】ならでは/傷のない白いキレイな肌爪……ではなく、どうしても荒れが目に付く、生きるために使われてきた手指……。ココにも、彼女らしさが出てるような気がした。
しっかり握って、感覚共有の剄絡を繋ぐと、大男に指令を送信した。―――『小男から奪った会員証を使って、中にいるだろう依頼人と話せ』
大男は命令通り、半地下の酒場へと歩いていき―――……中へ入っていった。
―――
……
会員証をかざしロック解除、鉄扉をくぐると―――外の景色とは一変した、上質な酒場空間が広がっていた。
それでいて賑わってもいる。閑散としている現在の表通りから、どうしてこれだけの客が潜んでいられたのか……。呆れ気味な驚きを抱いていると、緊張で全身がビリりと強張った。動悸も乱れる。
大男本人の生理反応だ。未知の敵地に独り踏み込まされている恐怖、操り人形といえども生身の体/認知できずとも反射は働いてしまう。
手綱を引き締め直した。大男の恐怖を消す/僕の方へと流すと、落ち着きを取り戻していった。
調律し直すと、周囲の微変が読み取れてきた。
数人、カウンターのマスターやバーテン達を除いた客達から、ソレと分からなければ気づけない注目が向けられている。
その中の一人、奥の非常口に近いテーブルに座っている男に目星をつけると―――
『―――よぉ【バーデン】! 仕事が早いな』
男の横に座っていた狡賢そうな目つきな男がコチラに気づき、朗らかにそうに呼んできた。
大男/バーデンの知り合い、仕事の斡旋やら情報を買ったりしている仲介人だ。今回のこの仕事も、この男から依頼されて請け負った。
前情報があったから驚くことなく。仲介人の下へ向かった。そして―――
『言われたとおりやっただけだ』
そっけない返答とともに、勝手に着席した。……バーデンの性格より、プロフェッショナルさを上げたセリフ。
本当の依頼人だろう男の視線が、さらに/静かにも鋭くなったのがわかった。
『ははぁん♪ なかなかタフなこと言ってくれるぜ。見込んだとおりだ!
ところで……【ガビィ】の奴はどうした? 奴が来るとばかり思ってたぞ』
仲介人は自然な/気のおけない装いで、コチラのあからさまな不自然を突いてきた。
当然訊かれる問題。相棒の小男/ガビィが来るのがセオリーだ。なので答えは、用意してた―――
『俺が一人でやった』
『? ……なんだって?』
『俺が二人分働いた。だから、俺に二人分だ』
契約違反……にはならないだろう、ギリギリの無理強い/強欲さ。ただの使いっぱしりでないことを、言外にアピールした。
仲介人は、そんな返答が返ってくるとは思わなかったのだろう。唖然と言葉を失っていると、やがて、
『そいつは……随分、大胆なことだな』
コチラの真意を探りにきた。
まだ理解できてない……いや、確信できない/あえて排除してる可能性だろう。向けてきた仲介人の表情から読み取れた、すでに浮かんできただろう答えを、あらためて言葉にしてやった。
『奴はチクろうとした。俺は筋を通すべきだと思った。だから、ケンカになった。だから奴は、ココに来れなかった』
ガビィを殺した―――。間接的にハッキリそう告げると、仲介人は顔を青ざめさせた。
『お、おいおい、嘘だろ……。
そいつはまさか……、
思わず大声を上げてしまい、周囲の客から注目された。……失態に気づき、すぐに「何でもない」と手振りの謝罪でいなした。
しかし、その表情はぎこちなく硬いまま、「冗談だと言ってくれ」と訴えるようにコチラを見つめている。
『仲間殺し』は、『組織』の御法度。たとえどんな奴/クズ野郎でも、勝手に手を下すことは許されない。処刑にしても、それなりの筋は通さなくてはならない。……表の社会と同じだ。
今回の僕/操っているバーデンの主張は、まさに御法度に触れる違法行為。しかも、理由が『報酬のため』とあっては、情状酌量の余地は微塵もない。
でも、
締めの返答を口に出そうとして、瞬間―――喉が固まった。ソレを口に出すことを本人が、反射的に拒絶してきた。
意外な反発に驚くも……
さらに手綱を強めると、微かに漏れ出たバーデンの懇願は、一瞬にして……消去された。そして、再びの平静さ/完全支配下に戻すと、
『……奴とは元からソリが合わなかった。いつかこうなる運命だった、それが今日だっただけだ』
傲岸不遜に、全く罪悪感や恥すら感じた様子も見せず、他人事のように告げた。……実際、ほぼ他人事だ。
仲介人は何も言い返せず、口をパクパクさせるだけ。……目の前の男が、あまりにも愚か過ぎて、頭の許容限界を超えてしまったのだろう。
驚愕と泰然さの一方通行な沈黙―――。しばし続いた空気は、今まで静観していた依頼人によって破られた。
『―――くっく、思っていた以上に肝が据わってる奴だな』
聞こえた声は、想像していた通りの低い/落ち着いた声音―――武剄者か念威奏者の、自信に満ちてるモノだった。
そしてさらに、想定したように、
『持っていけ、報酬だ―――』
懐から取り出した手のひら大の革袋を、テーブルの上を滑らせながらよこしてきた。
革袋で包まれているため、中身は見えない。けど、テーブルを擦った音/ゴツゴツとした形、何よりも違法行為の報酬としてふさわしいモノは、『砂金塊』しかない。……【通貨錬金鋼】は携帯するには便利だけど、スパイウェアを幾らでも仕込める。武剄者や念威奏者でもない限り、初対面の不審者からは拒否するのが一般だ。
それでも、紐で閉じられた中身を開けて確認……。やっぱり、銀塊も混ざっていたけど、砂金塊だった。
横手からチラリと、仲介者も覗き見してきて、
『ちょっ!? ……少しばかり、多くないですか?』
『構わん。次の依頼の前金も含んでる』
『次? 次て…… ッ!?』
僕も抱いた疑念と驚きを、さきに仲介者が表してくれた。
まさか、すぐに次を要求してくるとは……。きな臭い匂いがしてきた。
『……仕事は、これきりじゃなかったのか?』
『無事依頼をこなせば、倍の報酬を払う』
…………マズい。予想以上に強引な相手だった。
不快感がバーデンの表情にも出てしまった。……こういう傲慢な相手は、とても厄介だ。
『どうした? 倍では足りないか?』
疑念を浮かべてきた依頼者に、ハッと気づけた。……今僕は、バーデンだった、報酬のためなら仲間すら手にかけることができる無法者。
喜色を浮かべるべきだったか……と省みるも、『用心深さ』があってもいい。金は欲しいが、主導権も握っていたい、邪魔するなら手を汚すことは厭わない。そんな欲深く無神経な/倫理観もだいぶ欠如した男として、正しい次の返答は―――
『……次はどこを狙う?』
あえて何も尋ねず、快諾することだ。
自分と相手、立場はわきまえなければならない、こういった傲慢な奴なら特に。『強気に振舞う』までは好感だけど、疑り深すぎるのは許されない。自分はあくまで王座から聞いてやる/命令する立場。
『良い返事だ。大胆さと分別の使いどころを心得てる。
次は、コイツだ―――』
好感触を取り戻すと、依頼人が封筒を滑らせ/投げてきた。
掴んで中をソッと確認する。次のターゲットの写真でもあるのだろう―――
(……!?)
(えッ!? コレて―――)
思わず、致し方がないことだが、隣で静観してくれていたメイシェンが声を上げてしまった。……幸い、バーデンにまでは波及せず、ただ眉をピクリと動かした程度。
次のターゲットが、
『場所も道具もコチラで用意する、登校途中を狙って―――拉致しろ』
無機質な犯罪命令に、メイシェンが息を飲んだのが伝わってきた。……ソレは予期していたので、僕だけでカットできた。
(……ココに連れてきたのは、間違いだったかな)
スラム育ちとはいえ、まだ少女だ、幾らなんでも負荷が重すぎる。
守ると言いつつ、糞溜めの中に放り込む。自分がそんな悪趣味をしてる気がして、嫌な気分になる……。
滲んでくる感情を振り落とすと、バーデンの操作に集中し直した。
『……一人でやる仕事じゃないな』
『他にも雇った。運転手ともう一人の実行役だ。
みな仕事は心得てる。顔合わせは当日の現場でだ』
『ちなみに、俺じゃねぇよ』
横手から仲介人が、茶々を入れてきた。……場を和ませようとの気遣いだろうが、とてつもなく場違いだ。
依頼人は、そんな空気の読めなさを非難することなく無視/目も向けない、ながらも―――
『わかっているとは思うが、もう手を退くことは許されない。やるしかない。さもなくば……
何気なしな死の宣告―――。僕はただ黙って、仲介人は察せずに戸惑うのみ。あるいは、理解しないようフリーズしているのかも。
仲介人の5分後は、脇に置く。ただ気になったのは、依頼人が確信して宣言したことだ。この手の輩は、嘘はあまりつかない、やると言ったら何が何でもやる。未来を予言したら、捻じ曲げてでも成寿させる。仲介人は、確実に殺される……。
(遅効性の毒か狙撃手か、それとも別の何かか……)
近くに何かしらの伏兵が潜んでる―――。自分とバーデンの周囲を、気づかれぬレベルでそっと注意を払った。
けど……さすがというべきか、見抜けなかった。そもそも、ココまで来る途中も、周囲への警戒を怠っていたわけではなかった。気づかれるほど間抜けではない、ちゃんとした/敵としては出会いたくない伏兵だ。
『この仕事は良い。たまにお前のような有望な奴を拾える。……期待してるぞ』
依頼人はそう告げると、「もう行け」と話を切ってきた。……これ以上の情報は必要ないと、一方的に。
ゴネても得なことはない、無事に帰してもらえるだけでもありがたい。『命令』通りその場から立ち去ろうとした―――
『―――待て!』
? ……急に呼び止められて、振り返った。
バーデンに訝しんでるような表情を向けさせると、依頼人が困惑を押し殺すかのように眉をひそめていた。
『いや……、まさか!?』
独りつぶやき、勝手に何かに気づいた。
その驚きと閃きの表情に、冷水を浴びせられたような感触が襲ってきた。
そして、嫌な予感が沸き上がってくると、
『……なるほど、やられたな。
!? ―――依頼人は、確信に至った表情を向けてきた。
さらに続けて、
『想定以上だ。まさかこんな場所に、
そう断言した依頼人の視線は、目の前にいるはずのバーデンを越えて、その奥まで貫いてきて―――
(ッ!? 見られた―――)
直後、予感は確信に変えられた。
嘘ともハッタリとも浮かんでこない、長年の経験と直感。依頼人は確かに、
―――
……
すぐさま意識を戻し、即座に周囲を見渡すと―――あった。
小さな赤い光点、おそらく
「伏せろッ!」
「ぇ? ―――」
被さるようにして身を下げさせると―――間一髪、頭上に鋭く空気を裂く音が通り抜けた。
パキンッ―――と、石壁に小さな穴が穿たれた。
狙撃―――。どこかの高所から、発砲してきた。
相手/狙撃ポイントを確認する―――などできず、すぐさま身の安全の確保。メイシェンを抱えながら物陰に飛び込んだ。
飛び込み隠れた直後、再びバキンッと、壁に銃痕が穿たれた。……寸前に、僕の顔があった場所だ。
何とか隠しきると、それ以上は撃ってこなかった。
けど……動けない。一歩でも外へ出れば的にされる寒気を、肌で感じさせられた。
息を殺し、待つ、思考だけは高速で回しながら……。すると、微かに引っ張られるような感触が片手にあったのに、気づけた。物理的な力ではなく剄によるモノ。―――まだ
すかさず、手に意識/力を込めた。僅かだろうと戸惑わせること/逃げ切る余地ができるはず。
剄に乗せて『最後の指令』を送りつける……その前に、
「―――もう少ししたら、店の中が騒がしくなる。この狙撃手の注意も逸れる。
その隙を狙って逃げるぞ!」
「か、か【霞】を張ればッ、もっと安全に逃げれるはず……です」
思わぬ提案に、一瞬キョトンとしてしまった。
でも……良い提案だ。
「……使える?」
「へ? はッ、はい! ……ほんのちょっとしたモノでしか、ないですけど」
「十分だ! やってくれ」
即決すると、自信なさげなメイシェンは、それでも/すぐに術に集中した。両手で【印】を結びながら、特殊な咒言を呟くと―――発動した。
直後、周囲一帯が
実際、見た目は変わっていない。視界が歪んだわけでも、変貌したモノが写ったわけでもない。けど、肌は感じ取っていた。
ビリりと、目に見えない何かに/微かに擦られて粟立たせる不快感。都市内では発生しないはずの、軽度ながらも汚染被害を―――【霞】の発生を。
念威術【霞】___。発生した周囲一帯への視覚情報をジャミングし、認知を阻害する術。
肌のヒリつき/不快具合から、術は十二分に発現/周囲に展開されているのがわかった。直接の実感ですら効果がある、機械/道具の視界は人間の劣化版。遠方からスコープ越しで覗いているだろう狙撃手には、効果てきめんだ。
奴の視界は今、急に文字通りの霞にかかった。困惑しているはず―――
「よしッ! 出るぞ―――」
口は閉じてろ―――。
メイシェンを脇に抱えると、意を決し―――飛び出した。
物陰から顔を出す/上体が出る―――
けど―――……、撃ち抜かれていない。
狙撃手はコチラを見失っている。【霞】はしっかりと展開され、レーザーポインターの赤い光点は消えていた。狙撃手は困惑し、急に失った狙いを定め直せないでいる―――
【霞】は『術者』ではなく、『場所』を軸に展開される―――。
効果半径は……聞き忘れてしまったが、もうそろそろだろう。そもそも侵蝕力の強い【霞】は、狭い範囲でしか作用させられないのが一般。
そのまま次の安全地帯まで走り抜けていくと、背後に―――バシュンッ、銃弾が穿たれた。……明確には分からずとも、飛び出した気配は察せられたのだろう。
次弾が発射される前/コンマ数秒、遮蔽物へと飛び込んだ。その直後に、また―――バキンッ、隠れた遮蔽物/建物の角際が抉られた。
隠しきった後も、走り続けるも―――……、撃たれることは無かった。
三度の狙撃でおおよその方角は察せられた。単独犯/複数で狙っているわけではないことも。……賭けだったけど、当たっていて良かった。
隠れた裏路地の奥へ、この危険域から離れていく―――
―――
……。
走り逃げ続けていると、メイシェンが悲鳴じみた懇願をしてきた。
「―――も、もう充分でしょうッ!? 下ろしてください!」
その慌てた声が脇から聞こえてきて、思い出せた、彼女を脇に抱え続けてきたことを。
そして改めて、周囲を確認した。特に追っ手の存在を、狙撃手の殺気に満ちた視線を―――
培ってきた索敵能力は……『安全』、と答えを返してきた。周囲にはもう、敵影は無い。
まだ本当に安全とは言い切れないけど、一息はつけれる。懇願通り、抱えていたメイシェンを離した。
ようやく地面に立たせると、なぜか心配げに僕を見つめている彼女を一望して―――
「怪我は……してないな」
「わ、私のことより!
そのぉ……腕、大丈夫……ですか?」
指摘されるも、一瞬何のことかわからなかったけど……、彼女の視線の先を追って気づけた。
意識したらようやく、違和感に気づけた。
けど……屠竜士としての習い症、無意識にも
実感とは合致しない/見くびってる様にも捉えられる。けど、心配されているのは事実だ、解消できるのならした方がいいだろう。
「……少し、重く感じた」
「ぅ!? …………スイマセン」
? ……なぜか謝られた。申し訳なさそうに萎縮している。
コミュニケーションに自信がある方ではないけど、特に一般的な女性とは、何を考えているのかサッパリわからない……。よくはわからないけど、もう心配そうにはしていない。
なら棚上げだ。
「顔はバレてないはず。君のことは想定されてるだろうが、俺は埒外だ。……もう無闇に襲ってくることは、なくなると思う」
僕という不確定要素が無くならない限り……。変装/スラム街風な服装にしておいて、正解だった。『都市外からの侵入者』へと至ることは、かなり難しいことだろう。
コレで手を引いても良し……。彼女の『家族の安全に貢献したい』という目的は、達成できた。コレ以上の無茶は、父親の胃を悪くしてしまうだけの逆効果になる。
「先に得た情報から、もう少し探ることはできる。親父さんのコネを貸してもらえれば、誰がアレをやったのか見当も付けられる。だが―――」
「【軍】に、睨まれるかも……」
察しの良さに少し驚きつつ、頷いた。
先の【霞】の件といい、頼りなさげな外見/自信なさげな口調とのギャップ、芯の部分はなかなかに優秀なのかもしれない。【従士契約】や偽装身分以外、当てにしてはいなかったのに……
(『嬉しい誤算』で、あり続けて欲しいけど……)
そうはいかないだろう。僕の目的を知ったのなら、どうしたて敵対するしかない。この有能さが、逆に仇になる……。
ただソレは、今じゃない。しばらくは大丈夫だろう。なら……これも棚上げだ。
「君の【生徒】としての立場も、危うくなるかもしれない。退学まではいかないだろうが、周囲からの当たりが前以上に強くはな―――…… !?」
張り巡らせていた警戒網/無数の極微な剄の触覚糸に、何かが引っかかった。
集中して、伝わってくる微振動を増幅。予め置いておいた情報と絡み合い、居場所と姿形が脳裏に描かれていく―――
(……やられたな)
怪我をしていたとはいえ、ヒヨってたらしい。
考え直してみれば、当たり前の保険だろう。
僕のような素性の知れない男/武剄者が、大事な娘と一緒に【軍】にケンカを売るかも知れない。そんなヤバ過ぎる状況ならば、なおのことだ。避けていた(かもしれない)仲間に、助け求めることも厭わなくなるだろう。
「? どうしまし―――」
しぃッ……。「静かに!」と、そして「コレを見てみろ―――」と、手で合図とともに僕の視覚情報を送信した。
一瞬「わッ!?」と驚かれた。フラつきそうになりながらも、やがて共有⇒理解。現状を認識してくれた。
直感通信するのは便利だ。ほぼ一瞬で大量の情報を、誤解なく相手に伝えることができる。けど、少し負荷が強すぎる、一般人や慣れてない人にとってはなおさらだ。外部の
「……もしかして、知り合い?」
「え? あ……はい。
直接では、無いです。時々、お父さんと会ってるところを、見たことがあるだけで……」
ただ別れた後、決まって少し不機嫌そうな顔を浮かべてて……。良い印象を持っていない人物。
つまり、頼ればすぐに応えてくれるが、頼りたくはなかった人物/そんな状況でもあった。……予想通りだ。
自分たちの状況を悟ってだろう、戸惑い暗くなるメイシェン……。けど、僕は楽観的に、
「なら、後の始末は彼に任せればいいか―――」
そう言うや、スゥ―――と息を吸い込んで、
「ソコにいるのはわかってる! 俺たちの敵じゃないこともだ!
出てきてくれ、話をしないか?」
大声で、見つけた尾行者に叫んだ。通り中に声が響き渡る―――
けど……、無反応。尾行者からの応えはなかった。
なのでトドメに、
「ハッタリだと思い込んでるのなら、別の意味でも『敵じゃない』になるぞ!
こんな街中で尾行するのに、
【止剄】___。剄の流れを止めて、気配を断つ剄技。
気配は消えるので、尾行するには最適な技。けど、姿が透明になるわけでも本当に消えるわけではない。さらに、声を出したり動けば、どうしても気配が漏れてしまう。周囲の微弱に漂っている剄や通行人たちの剄の流れに合わせる/溶け込ませるのが、尾行の基本にして奥義だ。さらに加えるなら、自分が埒外の傍観者になっているような錯覚、止剄を連続使用していると沸き起こってくるその思い込みにも、注意を払っていなければならない。
この尾行者は、確かに尾行のイロハはわかっていただろう。けど、突然の襲撃。急激な状況の変化に対応しきれなかった。見失なわないようにするのが精一杯で、気配が漏れてしまっただけだ。……運が良かった。
けど、そんな賞賛はお首にも出さず、あえて侮辱するよう煽った。その効果/ハッタリは―――上手くいった。
叫んだ方向の物陰から、スゥ…と人影が出てきた。
「―――いつから、気づいてた?」
もの静かで暗い、周囲に埋没してしまうような黒髪の青年。だったが、よく聞こえる低い声。使っただろう声量/口の動きに比べて、コチラの耳に届いてくる声音がハッキリしている、体内を巡る剄が声を増幅している証拠だ。……その声質から改めて、相手が武剄者であることがわかった。
そしてもう一つ、
「なんだ、けっこうビジネスライクな関係だったのかい?」
斜めからの質問返しに、尾行者の顔が少し険しくなった。
真っ先に出てきた質問=自分と僕の実力の確認。忠誠ゆえの尾行だったのなら、気にすべきは別にあるはずだけど……、そうじゃなかった。
警戒心が増していく……。一応は、敵じゃない/メイシェンの為を思っての保険。無闇にケンカを売るのは得策じゃない。
両手のひらを軽く上げてみせると、
「……争うつもりはないよ。アンタは敵じゃないからな。
ただ、アンタらに有用だろう情報を提供したいだけだ」
バーデンを使って、酒場の中で得た情報だ。
彼の背後で指揮しているだろう存在も、目星はついているはず。だけど、証拠は無いはず。コレが確信の一助にはなる。
ただ……、今その情報は僕の中に、無い。バーデンとの糸が切れた今、具体的な情報を記憶できていない。あるのは、メイシェンの頭の中だ。ソレまで律儀に教えてやる必要は無い/彼女を矢面に立たせるのは控えたいので、誤解させるがままにする。
「……何が狙いだ?」
「彼女の身の安全。奴らとアンタらで、潰しあってくれ」
率直な要望に、尾行者の顔がまた険しくなった。隣のメイシェンも、アワワと戸惑っている。
「お前の狙いは何だ?」
「俺は彼女の【従士】だよ。彼女の安全が、俺の身の安全にも繋がる」
最もらしい/半ばは本当のことを言いながら、【従士契約】の証を/手の甲をみせた。
幸いなことに、常に刺青られるモノではなく、一見では何も無い。けど、剄を励起させたり、武剄者/念威奏者であるなら簡単に見いだせる。
確認した尾行者は、ソレで納得した……かどうかはわからない。けど消去法、追求される足がかりが無くなったのは、見て取れた。
「―――いいだろう。話してみろ」
「デバイスはあるか? そっちのほうが伝えやすい」
「……持ってないのか?」
「あいにくと、ココが優秀なもんで」
自分の頭を指でトントンと、おどけてみせた。……嘘は言っていない。
自信過剰気味な態度に、また不快そうに/呆れ気味にまで眉をひそめられるも、懐からゴソゴソ……デバイスを取り出してきた。
「ほら、さっさとやれ」
「わかった。
……悪いな――― 」
謝罪を呟きながら、デバイスを受け取ると見せかけて―――急接敵。
驚愕/回避される……間もなく、鳩尾辺りを/【魄門】を剣印にした指で突いて―――点穴した。
「―――ぅぐッ!」
くの字に折れ曲がりながら、苦悶を漏らす尾行者。その耳元まで顔を寄せると、別れの言葉を囁いた。
「こんな重傷を負うのは、あまり好ましいことじゃない。が、一つだけ大きな利点がある―――」
初見の敵は、必ず侮ってくれるから―――。お前がそうだったように。
外見の詐術/人間としての固定概念。
複雑骨折に筋肉断裂、おまけに神経麻痺まで患ってる腕を見れば/知っているだけでも、相手は重傷人/まともに戦えないと考えてしまう。けど、
尾行者はみごと罠にハマり……、地面に倒れた。
うつ伏せに倒れた彼の下にしゃがむと、首筋/【命門】にも点穴を施した。……コレで完全に、制圧完了だ。
ついでに、落ちた彼のデバイスを拾う/がめていると、
「―――な、な……なんで、そんなことを?」
「コイツじゃ、役不足だから」
奴らにもっと、本気になってもらうため―――。加えるなら、彼女の父親のためでもある。
言葉足らずな説明に、メイシェンの困惑は鎮められなかった。けど彼女自身で、溢れそうになるソレを堪えてくれた。
そんな彼女の我慢強さに甘んじながら、説明しきると面倒が起きそうな予感もして、ソレ以上は何も言わず。気絶した尾行者を「よっこいしょ」と、肩に担ぐと、
「さ、帰ろうか。
これで親父さんも、正式に俺を認めてくれるだろう―――」
まだ困惑中の彼女の背を押しながら、帰路へと向かった。
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