登校
 ̄
出発の日/別れの挨拶―――
「―――それじゃ、行ってきます」
「おう。頑張るのはほどほどにな」
気楽ながらも情がこもった父親の言葉。……もう別れと覚悟は、昨日までで済ませていた。
【生徒】として【学園】へ出向すれば、この家に戻ってくるのは一年の間にあるかないか。『学務』で下手をうってば、死体として帰ってくることにもなる。最悪、ソレすらない。……今生の別れになるかもしれない。
だからこそ、友人・隣人たちが集まっての『出発祭』のような催しをするのが、風習となっている。せめて始まりは、楽しい思い出として残すためにも、栄光の門出にしたてる。
メイシェンもその例に漏れず、近所の住民や元患者たちがこぞって祝いに集まり、ささやかながらの贈り物と励ましの言葉を贈ってきた。……邪魔者たる僕はその間、今後の準備やら家内制手工業に勤しみながら、街をブラブラしたりして時間を潰すことにした。
そんな昨日を過ごした翌日/今日。いつも何処かオドついているメイシェンだったが、期待と晴れやかさが上回っている、良い旅立ちの日を迎えることができた。
「メイのこと、頼んだぞ」
そんな彼女の背に黙ってついていくと、父親から声をかけられた。……娘には聞こえないぐらいの声音で。
先と同じ気楽な口ぶりだけど、真剣味はイヤがおうでも伝わって来る。当然ながらもかけられる注意でもあり、返す言葉をいくつか用意はしていた。
けど……どういうことか、出てこなかった。ただ黙って聞き受け、その場に立ち尽くしてしまった。
「おいおい。そこは『任せろ』で返せ」
そんな僕の返答に、父親は苦笑しながら皮肉を返してきた。……ちょっとした別れの儀式、みたいなものだと。
確かにその通りだ、黙るのは空気を読めなさ過ぎる。その程度ぐらい返してやるほどは、義理も余裕もあるはず……。常識的に考えれば。
僕は知っている。僕がこれからやらねばならないことが、どういう結果をもたらすのか。ソレはどれだけ確実なことなのかを……。笑ってすませられる冗談ごとなど、入る余地は無い。
黙るのは、せめてもの誠実さだった。……ソレ以外に、出せるものはない。
「……どうした? 今になって弱気にでもなりやがったのか」
「…………別に、大したことじゃない」
そっけなく返すと、そのまま背を向けて去ろうとした。
けど―――
「―――メイになにかあったら、承知しないぞ。たとえお前が、武剄者としては腕が立つとしても、だ」
追撃するように忠告が、その背に叩きつけられた。
まっすぐな衝撃に、思わず/顔だけ振り返った。そして―――ニヤリと、口の端を歪めてみせた。
それだけでも返すと、今度こそ世話になった家から出発していった。
◆ ◆ ◆
施療所から先、スラム街を歩いていくと―――、繁華街との出入り口に検問が引かれていた。
数日前に起きた、列車横転事故の検問___。元から交番が設置されてる/監視されていたのに加えて、簡易的な金属柵が敷設され、堂々と都市警察が住民の出入りをチェックしていた。
物品購入やら情報集めやら、街中を確認/散歩していたので予め知ってはいた。横転現場は離れているものの、高架橋が真上に通っているスラム街にも被害はでた。その被害状況確認のために……というのは口実だ。ずっと前からずっと、こうしたかったからこうしているだけ、横転事故のおかげで大手を振るってできる。……ソレが、スラムの住民たち/特に商売をしてる人たちの考えだ。
ソレはおおよそ当たってるだろうが、一周回って『犯人探し』の検問だと推測できた。アレだけ必殺の罠をぶつけたにもかかわらず、逃げ/生き延びた犯人を。……つまり僕を。
かと言って、この現場の部下たちにもソレが共有されている……、というわけではなかった。彼らはあくまで、スラム街と繁華街を峻別したいだけ。そんな潔癖症に犯されてる上司や市民たちに従っているだけだ。加えて、幸いと言っていいだろう、顔かたち姿も激変している。……本人だと証明する方が難しいほどに。
なので悠々と、検問に挑んだ。少し時間帯が悪かったのか、長くなってる列に並びながら。
「―――す、すいません!
まだ療養しなくちゃならないのに、連れ出してしまって……」
待たされているのが億劫になりかかると、突然メイシェンが恐縮してきた。
思わず目を向け、真意を確かめようとするも……わからなかった。……彼女のことは、今だもってもよくわからない。
「……入学式典は明日なんだろ? 俺もアポ無しの割り込みで入ってきた。
なら、仕方がないさ」
「そ、それでも……」
非は全く無いにも関わらず、申し訳なさそうに俯かれる。その目をチラチラ、僕の負傷してる片腕に向けながら……。それでようやく何を言いたいのか/そのままだったと、わかった。
それでもやはり、彼女に非はない。ここまでの道すがら、言おうか言わざるか迷って/溜め込んでまでして、吐き出せるほどのものとは……思えなかった。
なので、他にすることもない、顔だけ向けるのをやめて/相対して尋ねてみた。
「……どうして君が謝るんだ?」
「え? だって、それは……」
尻すぼみにゴニョゴニョなりそうになるも、意を決したのだろうか、顔を上げ直して続けてきた。
「……私にも、責任の一端がありますし。貴方は私のじゅ……従者、ですから」
「なら、なおのこと心配なんてしなくていい。ソレが【生徒】てものだろ」
他の奴らに舐められるだけだ……。ココでの常識が同じかまではわからない。けど、同じような貴族/上級市民。ほぼどの都市でも似た様な扱い/心持ちだった。……経験則からのあて推量/ゲスの勘ぐり、ではあるけど。
だけど、反応から見るに……当たってたらしい。理解と納得のいかなさが入り混じったムッとした表情で、肯定を否定もしなかった。
「……完璧な状態じゃないのは、俺のミスだ。それでも、どうにかできるとは自負してるし、証明もしてきたつもりだ。見た目も―――この通り、一見には誤魔化せる」
注目されてた負傷した片腕をそっと上げ/見せた、ピッチリとした黒革手袋と魚鱗模様の革手甲を身につけた片腕を。
普段使いのファッション、では通しづらい無骨さ。けど、武剄者なら当然とスルーしてくれるレベルの軽武装だ、剄を通すだけで硬化する【鱗盾】の剄回路も組み込まれてる。片手だけしかしないのには怪しまれるけど、押し通せる疑いだろう。
ただ本当の目的は……、包帯とギブスだ。中に硬木芯をいれての湿布を巻いて、めちゃくちゃになってる剄脈の調律もしてる。
「君は、自分の心配だけしてればいい。俺がその邪魔をしているかどうかだけを」
「は、はい……。すいませんでした」
帰ってきたのは、どういうわけか弱々しい謝罪……。わかりあうのは、まだまだ遠い先だ。
また無言の時間……。ただ今度は、どういうわけか落ち込んでる(ように見える)彼女の様子に居心地が悪くなる。
ソレを仕出かしたのは自分だと理解してるも、解決の術はわからない。いたたまれなさに苦笑とため息がこぼれそうになると、
「―――次、入れ」
検問員の呼び出しに、救われた。
問題は棚上げに、簡易取調室へと向かった―――
―――
……
検問は、拍子抜けするほどあっさり終わった―――
「ッ!? せ、【生徒】の方……だったんですね。
も……、申し訳ありませんでしたッ!」
「い、いえ……。お気になさらず」
メイシェンが【生徒】を示すIDを見せただけで、恐縮しながらペコペコ頭を下げつづける検問員。都市警察は、時には学園/生徒ですら捜査できる権限をもっているはず。なのに、この腰の低さは……。
足で調べて得た情報/このスラム街を担当している都市警察分署の現場実情、特に『正義』への意欲について。あまり乗り気でない奴らが大半で、保身と金で動きやすいとも……。この検問を担当している分署の奴らにとって、『真面目』さは『ダサい』で哂れる。
といっても、上からのお達し。一応フリでもやらねばならない不真面目者。あるいはコレを機に、甘い汁を吸えないかと企む不届き者もいる。そんな奴らをまとめて黙らせられるのは、生徒しかいない。それは確かだろう。
だとしても―――
(根回しされてたのか、それとも……実は優秀なのか)
先日関わりを持った『組織』が、おせっかいを焼いてくれたのか……。それにしても、『生徒』を強調した不自然さは残る。
あまりにもおかしな対応に、判断がつかない。なので、
「―――どっちだと、考えてる?」
「へ?
…………なんのことですか?」
「先の関官の対応さ、その【生徒】のIDを見た後の」
アレが普通なのか? ……スラム街に生徒がいる、それだけでも異常な事態なのに。偽造IDであることを疑いもしなかった。
簡単に説明してみると、メイシェンはようやく得心がいったようで、
「…………考えたこと、なかったです」
「てことは、いつもあんなザルなのか? IDの真偽を確かめない?」
【生徒】のIDでしかできないことを……。【グレンダン】/帝都の貴族IDならば、侵入はほぼ不可能なプライベートネットワークへのアクセス権だ。ツェルニの生徒IDも同じような特別機能をもっているはず。
ただ、そんなものを示さずとも、独特な外見と細工で分かるもの。偽造するなど、大胆を越えて愚鈍なだけとの常識もある。だけど、確実を期すなら特別機能の有無の確認をすべきだ。そこまで厳密さを要求されていないということは、
(生徒は犯人扱いしてない、てことか……)
予断は許さないけど、可能性はある。……思った以上に良い選択をしたのかも。
ただし逆、部外者と判明されたら、トコトン追求される可能性もある。尋問だけならともかく、もっと強引な方法まで……。
「……何か、気がかりなことでも?」
「いや……大したことじゃないさ」
そう、大したことじゃない……。バレたとしても、手に負える奴らは限られてる。そして、
ここで考えても埓はあかない。スッパリ切り替えると、
「さてと、【学園街】までは地下鉄から環状線に乗り換え、だったな」
「は、はい。ここからなら……、2時間ぐらいです」
「【生徒】なら割り込みでも、
「え? あ……。
一応、できますけど……」
渋そうな顔をした。
込み入ってはいそうだけど、何となしには察せられた、「乗りたくない」と。
「あまり褒められた行為じゃない、というより、『やりたくない』てところかい?」
「……必要なら、構いません」
「嫌ならいいさ。席は硬い方が慣れてる」
グリーン車なら客層が絞れて守りやすい。けど、そもそも問題を起こすことが問題になる。悪目立ちこそ避けなければならない現状、普通車が無難だ。……フカフカすぎる椅子も、座り慣れてないし。
―――
……
繁華街を通り抜けて、無事地下鉄へ。
キップ売り場―――。メイシェンは生徒のフリーパスがあるものの、僕は切符を買わなければならない。……本来なら従者もフリーパスだけど、まだ未登録状態なので適応されてない。
改札口―――。身体スキャンも兼ねた金属輪を通るも、何事もなく。そのまま他の客たちともに階段を下りていき、開けた乗降場へとたどり着いた。
天井からぶら下がってる電光掲示板を確認すると、次の列車がくるのはもう少しかかる。
ベンチに座るまででもない待ち時間。乗降口で立って待つことにした。
何事もなく、ただ無言で待っていると……、つい数日前の嫌な思い出が蘇ってきた。それとなく周囲への警戒を強める、特に背後に立っている客には。
そんなピリつきを感じ取られてしまったのだろか、
「―――あ、あのぉ……どうしました?」
心配そうに、というよりも『苛立ち』に不安になってだろうか。おそるおそるながら声をかけてきた。
「いや、別に……何でもない」
反射的にそう答えてしまうも、すぐに改めた。……確かに、これでは苛立ってると怖がられても仕方がない。
「……列車には少しばかり因縁がある。それでピリついてた」
「因縁? ……あ!」
暗に事実を伝えると、察してくれた。
高架橋下のゴミ捨て場―――。彼女との出会いの場、近くで列車横転事故が起きたのも加味すれば、自ずとわかってしまうことだ。
ただ、突っ込まれても答えきれない。ので、話題を逸らした。
「学園街に行くのは、君も初めて?」
「え……あ。いえ。
受験する時に、外縁にある【前院】だけですが、一度行きました」
【学園街】の概要___。一般人にも開放されてる外縁部の【門庭】と【前院】、生徒たちが生活する【中庭】と【宿舎】、そして生徒たる使命をはたす【校庭】と【校舎】だ。
【前院】は、学園そのものが生徒を養成する【塾】の一つ。そこで課されるカリキュラムを無事こなし卒業できれば、生徒として認められる。生徒になるための王道。好成績を残すだけ/生徒にならずとも、市民として高待遇を受けられる。……箔をつける/ツテを作るためだけに入塾する輩もいる。
「どこかの【塾】で師事してもらった、てわけでもないよな。独学だけで受かった?」
「そ、それだけじゃ無いです。
……ちょうど先の大戦で、奏者が不足していたらしいんです。それで、難度を下げてもらってたのかも……」
『先の大戦』___。事前情報とも重ねて察するに、学園都市同士の争いだろうか。レギオスの動力にして万能資材でもある【セルニウム】。それを採掘できる鉱山/鉱泉の採掘権の奪い合い。……ツェルニはすでに、その権利を全て奪われている。
都市同士の戦争では、武剄者よりも念威奏者の被害が多くなる。敵対都市へと直通させる/主戦場にもなる【夢幻】=『念威のトンネル』を作り維持するため、力の限りを尽くす。虚獣戦とは違い、片道切符で武剄者を放り出すわけにもいかず/敵対都市に奪われてしまう最悪を回避するためにも、『手綱』も作り維持しなければならない。勝利のカギを握っているし、そもそも戦争するためにも欠かせない、多いに越したことはない。……ツェルニは先の敗戦で、撤退戦すら失敗/そもそもやらず、奏者も大勢失ってしまった。
「少し語弊はあるが、ちょうど良い時期に受験できた、てところか」
「はい……。そうだと思います」
本当に良いことなのかは、難しいところだが……。メイシェンは/市民たちは、ツェルニの現状をどこまで把握しているのか? 隠しきれてたとしても、目減りしていくセルニウムの保有量、時間が経てばバレる嘘だ。前線にたたねばならない生徒なら、なおのこと秘密になどできないだろう。
敗戦を受け入れたのなら、次にやるべきは『他都市の傘下』に加わること、【衛星都市】の汚名を受け入れることだ。ただ、主人になる都市の余力や信頼関係が関わってくるので、『全市民の疎開』を斡旋することだ。市民たちの忠誠心/郷土愛が強ければ、都市の放棄は免れる、『出稼ぎ』によって衛星都市化を保証してもらえる可能性がでてくる。……今のところ、ツェルニの執政官達がソレに邁進してるとは、思えない。
となれば、再戦して勝利すること。だけど……、採掘権の無いツェルニには勝ち目など無い。時間が経てば経つほど無くなる、そもそも生活すらできなくなる。権利を無視し/強盗しながら生き延びることもできるけど、最も勧められない選択肢だ。禁忌といってもいい。その場は生き延びれても、時限爆弾のスイッチが入ってしまう。
ツェルニは、『禁忌』を犯してしまった可能性がある。だからこそ、陸上界には基本不干渉な海洋界からも、僕みたいな刺客が放たれることになる/なっている。
―――そんな事情は、棚に上げて/知らぬことにして、
「もしかして、奏者の力に目覚めたのは、先の大戦とやらの影響か?」
「それは……違う、と思います」
「生まれつき?」
戸惑いながらもコクリと、頷かれた。……なかなかに驚きの事実だ
先天/生まれながらと後天/目覚めたのでは、意味が全く違ってくる。後者は、あるていど身体機能や剄が整ってから発生するので、人間の枠内に留められている。けど前者は、汚染被爆に適応しなければ不可能だ。その適応能力は、人間の枠を越えなければ獲得できない形質だ。もっと言えば、虚獣の眷属たる【魔獣】たちと近縁であることを意味している。……ソレを祝福とみるか呪いとみるかは、生まれた環境が決める。
「……物心着いた時から、力はありました。けど、そんなに念威は扱えなくて、奏者とは呼べない半端者でしかなかったです……。
ただそれでも、大戦の影響で、都市の隔壁に傷がついて外気汚染が広がって、疫病が蔓延しました。それにかかって、でも治った後から……力が増幅しました」
かなりレアなケース……というわけではない。
陸上界では、エアフィルターで外気汚染を防いでいる。完全遮断の障壁ではなく半透膜なので、外縁部/濾過エリアに住まわざるを得ない貧民や移民たちは、常に微弱ながらも汚染被爆してる。生まれてくる子供は、先天的にも/微弱ながらも念威を操れるようになりやすい。
ただ、ソレは幼少期までのこと。成長するに従って操縦力は失われていき、使えなくなる。逆に成人する頃には、武剄者として大成しやすくなる。汚染への耐性が大量で良質な剄を呼び込むからだ。成長しても念威奏者でいられた/に成れた、という点ではレアケースだろう。
念威を操れるということは、
思い至るも、黙っていた。……聞くべきことじゃない。
互いに無言のままでいると、
「―――聞かない、ですね?」
「喋りたいなら。……聞き流すけど」
あえてそっけなくも突き放すと、納得してくれた/伝わった。尋ねてしまったらどんな答えが帰ってくるか、僕は想像できてるということを……。
ソレを『優しさ』と捉えてくれたのだろう。自分から話を切り替え/切り出してきた。
「……レイフォンさんは、どうやってそれだけの力を?」
「長年の修行と、他の武剄者との競い合い。【魔獣】との戦い。そしてなにより……、【虚獣】との死闘で」
「きょ! 虚獣との死闘!?
て、ことは………………、ッ!? 【屠竜士】なんですかッ!」
「と言っても、信じられないだろ? 証明するのも難しい。
だから、『そこそこ腕がたつ浪人』てことにしておいてくれ。むかし親父さんに恩義があって、その借りで君の従者になってる」
驚愕だろう事実をいなされて落ち着きを失うも、上手く丸め込んだので追求しにくい。……聞かないで欲しいと、暗に含ませて。
ソレを察してくれたのだろう。止めてくれるも、驚きの落としどころとしてだろうか、別の方向から切り込んできた。
「失礼ですが……、お歳は?」
「……共通の暦法なんて、もう存在しないだろう?」
「ということは……、本当に外の人なんですね!」
驚かれた顔を見て、ようやく気づかされた。……しくった。
『年齢を教えたくない』を逆手に、外から来たことを白状させられてしまった。いずれはバレることだったけど、今ではなかった……。コレが今後どう波及するか、注意することがまたひとつ増えた。
そんな懸念は垣間見せるだけに、今度は/誤魔化すためにもコチラから、
「……都市の外に興味がある?」
「え? あ……。
そ、それは…………人並みには、です」
「出たい?」
都市外への港が封鎖されているこのツェルニでは、難しいことだろう。事実を教えても、彼女一人でどうにかできるとは考えづらい。けど生徒であれば、方法はいくつか生まれる。逃げようと決意するだけで、道はみえてくる。ただ……、彼女はソレをしないだろうとは、まだ短い付き合いながらも分かる。
でも、直球のその質問は、揺さぶるには十分効果があった。『ソレ』に心動かされてしまうことは、揺れ惑っている彼女の表情から伝わってくる。
そんな、答えに窮されてしまってる彼女を見て、ハタと苦笑がもれた。……意趣返しにしては、趣味が悪すぎた。
「……すまない。その質問は少しばかり、踏み込みすぎだな」
素直に謝罪した。
互いにそれ以上続けず、けど無言でいつづけるには少々居た堪れない空気……。彼女とは、あまり相性は良くないのかもしれない。
あえて無視していると、館内放送が流れた「もうすぐ4番ホームに列車が参ります。危ないですので、停止線までお下がりください―――」。線路の先/地下トンネルの奥に目を向けると、ほのかに電灯が見えた。
列車がやってくる―――。タイミングの良さに感謝しながらも、より一層背中に警戒を向けた。
―――
……
地下鉄から環状線へと乗り換え、【学園街】に向かう専用直通列車のホームへと降り立った。
専用ホーム___。それまでの駅ホームとは違って、古典的な豪華さがある。材質もレンガ造り風で、設置されてるベンチ等も古風でシックな意匠、くわえてなぜかグランドピアノまで置かれている。
中は広々としていて、高さは10メートルはある。くわえて天井は分厚いガラス製か、ホーム内を柔らかな光で満たしてくれている。他のホームとは違い、出店や販売機が置かれてないからか、より広々と感じる。―――多数の乗客/生徒だろう人々で混雑気味でも、雑然とはならない独特な空気感。人混みが嫌いな僕としては、ありがたい設計だ。
ただ、欲を言えばもう一つ、こんな輩の立ち入りを禁止してくれれば、
「―――あらぁ、どうも臭うとおもっていたら……トリスデンさんだったんですね」
先に到着していた他生徒たちの間を縫いぬい、どうにか空いたスペースに潜り込んだ。何の気もなしに列車を待ち続けていると、なんともあからさまな『ご挨拶』に絡まれた。
周囲にも聞こえるようなよく通る声。本人にとっては自然体/通常声量だろうことは第一印象で読み取れた。
豊富な縦ロール金髪と、青を基調に銀糸が入ったドレスローブの若い女。この場にいる以上、メイシェンと同年代だろうけど、醸し出している迫力が幼さを消し飛ばしている。常にどこからかスポットライトが当てられているようなでもあり、『主役』/『豪華』を具現化したような隠しきれない傲慢さ。……ドレスの上からでもわかる胸部装甲も、メイシェンに引けを取らない豪華さ。
口元を扇子のようなモノでそっと隠しながら、背後に大所帯を率いてくる。周囲の3人ほど『小豪華』な侍女のような取り巻きに、その影には仕立ての良さそうな燕尾服で屈強そうな大柄を詰め込んでる男達/おそらくは彼女らの従者だろう。コチラへと真っ直ぐ/悠々とやってきた。……思わずか関わりたくないからか、通り道の生徒たちは自然と道を開けていた。
「ごめんなさいね。あまりにもドブネズミ臭かったので、この駅の質も落ちたのだとガッカリしてたんです。けど……、そうではなかったので」
「り、【リサベータ】さん……」
誤魔化すことなく/笑みを崩すことなく、面と向かってメイシェンを小馬鹿にしてきた。周囲の侍女たちも、追従するようにクスクスと哂う。
あまりにもあからさま、納得してしまいそうになるも無根拠な自信満々さに、目を丸くしてしまう。……帝都でも、ここまであからさまな貴族は、数えられる程しか遭遇していない。
「もしかして、次の列車に乗られるのですか? 私たちが乗る列車に」
聞くまでもないことを、あえて聞いてきた。その含意は……、聞くまでもないことだ。
「……わ、私も【生徒】、ですので。乗らないと、入学式に参加できなくて―――」
「良いではありませんか。誉れある入学式典に、アナタのような卑しい下民など相応しくないのですから。ここで身を引いて、己の分をもう一度確かめるべきです」
か細いながらも何とか出した反論/正当するぎる意見を、一蹴してきた。……論理的でも道徳的ですら無い、時代錯誤過ぎる名分論を迷うことなくぶつけてきた。
メイシェンの従者であり、同じような不条理をぶつけられてきた身としては、彼女に味方する何もかもが揃っている。一応、周囲への配慮もかねて抑えるも、コレ以上侮辱を続けるのなら―――
「……ちゃ、ちゃんと、受験には合格しました! 【生徒】としても……、認められています」
「何かの手違いだったとは、考えなかったのですか? その程度の力しか使えないのに、図々しいにもほどがありま―――」
さっそく限界突破したので、間に割り込んだ。……メイシェンを庇い、高慢ちき女に睨みを効かせるようにして。
間に割り込むと、まるで初めてソコにいたことを気づいたと、目を丸くされた。そしてまじまじ/ためらいなく、観察されると、
「―――へぇ、それがアナタの従者?」
メイシェンは緊張気味ながらも、コクりと頷いた。
確認しただけと、すぐに/再び観察眼が向けられると、
「……見ない顔ね。【ギルド】には登録してないのかしら? だとすると、さしずめ……『流れ者の浪人』てところかしらね」
独り言だろうが、大きすぎるので判断しかねた。
ただ、観察してくるその目/落ち着いた態度は、自信も大口も嘘ではない実力を感じさせた。血筋の応援だけじゃない、本人自身の鍛錬の跡を。
ただ、
「私の前に立つなんて、よほど腕が立つのか、頭は悪いのか。それとも――― 」
続けた独り言の最後、なぜか口には出さず代わりに……ニヤリと、酷薄そうな笑みを向けてきた。……口元だけで目には軽蔑の冷たさを、僕よりも背後のメイシェンに強く向けるようにして。
「……ふっふ、どうやって従者になったのやら。
所詮ドブネズミとはいえ、不潔にもほどがあります―――」
「―――ちょっとリサ! いい加減にして」
緊迫が殺気たち始める寸前、屯している野次馬の輪をかき分けて、別の女生徒が割り込んできた。
淡い金髪を短いツインテールにまとめ上げてる若い女性。メイシェンとも同年代だろうが、色々と小柄なこともあって、幼く見えてしまうだろう容貌。それもあってか/今の状況ゆえか、眉間にしわを寄せた憤懣顔を向けてきている。
また訳のわからない輩が混ざってくる/ウンザリしそうになるも、侮蔑女の注目を逸らしてくれた。成り行きを見守っていると、
「……【ミフィル】、どうして止めるの? アナタにとっても大事なことじゃない」
「自分のことは自分で決着をつける。お節介はいらない」
切り捨てるように断言されるも、お節介女の返答はクスリと微笑むのみだった。そして、なぜか潔く退いた。……隠すためか本当に嬉しいのか、なんとも判断し兼ねる。
代わりに、割り込んできた憤懣女が、コチラ/メイシェンへと向き直ると、
「……試験に合格した以上、もう私はどうこうできる立場じゃない。
でも、アンタが【生徒】になるてことがどういうことなのか、少しでもわかってるのなら……乗らないことをオススメするわ」
コチラもハッキリと、自主退学を促してきた。
事情が飲み込みきれず、顔が険しくなってしまう……。それでも、従者として彼女の盾の役目を全う。振り返り確認することなく、今のところ敵対者達へ警戒を向け続けた。
そうしてしばらく、互いににらみ合いを続けると……、先に退学促し女が口を開いた。
「……そう。強情なところは変わらないわね、昔から」
「そ、それは……ミィちゃんも、だよ」
オドオドしながらもメイシェンの口から、予想はある程度していたけど、目の前の彼女との深い関係が出てきた。
ただ、ソレを出したからだろうか、ミィちゃんはため息一つ……けど向かい直すや、それまで以上に険しい顔を向けて、
「―――真っ先に潰してあげるわ。他の誰でもない、この私の手で!」
そう宣戦布告すると、サッと肩で断ち切るようにして、踵返した。……立ち去る彼女の邪魔にならないよう、野次馬たちも脇に/道を譲る。
因縁をつけてきた傲慢女たち一行も、彼女の宣告に気を良くしたのか、軽蔑混じりの微笑みを残しながら立ち去っていった―――
そんな喧嘩の終りとともに、野次馬たちも徐々に散っていった。
―――
……
ホームにやってきた列車/古風な蒸気機関車風な造形。
他の生徒たちとともに、先の喧嘩でソワソワと注目されるも、無視して乗り込んだ。
乗車すると、できるだけ誰も来ないだろうコンパートメントを探し、入った。
柔らかなソファに腰を下ろしてしばらく、出発の汽笛が鳴らされ……ガコンと、列車が発車した。
そのままスピードを上げていき、窓の外のホームの景色も流れていく―――
そこでようやく人心地が着くと、胸の内でため息をついた。
(……まいったな。思ってたよりも、重い事情だ)
気にしなければ無関係だろう。けど今後、関わらざるを得なくなるはず。任務からドンドン離れている気が沸いてきた。……もしかして、何か踏み間違えたのかな?
そんな不満が、伝わってしまったのだろう。
「―――す、スイマセンでした!」
メイシェンが頭を下げて謝罪してきた。……何に謝っているのか、今度はよくわかった。
けど/だからこそ、
「……なんで謝るんだ?」
「へ? そ、それは……。
私の問題に、巻き込んでしまって……」
不愉快な思いをさせてしまって……。察せた通りの答えだった。そして、見当はずれでもある答え。
ため息一つ。もう一度ソレを説明しようとするも……、止めた。……どうせ言い聞かせても、変わらないだろう。
なので代わりに、
「―――俺は、従者解任か?」
「え!? ……あ。
そ、それは……、そのぉ………… 」
理想を通したいけど、現実を知っている。押し通すだけの力が無いことに、けど頼る訳にはいかず/手放すこともできず、どうすることもできなくなっている……。そんな葛藤が、わかりやすいほど顔に描かれていた。
「君の目的は、『父親の源丹を治したい』だが、かけられてる期待は、もっと規模がデカイことだったんだな」
例えば、スラムの住民の生活改善とか……。自分の願いだけに集中すればいいのに、同じ轍を踏み抜いてしまった、どこかのバカな誰かのように。
ありえそうな勝手な願いを指摘すると、目を丸くされた。……どうやら、当たってしまったらしい。
「俺が消えると、ソレが優先される。最悪、父親のことは無視される形で」
それだけは、どうしても防ぎたい……。いや、逆だろう。スラムの住民たちを犠牲にして、父親の病を治してしまう未来を防ぐために、だ。
できるわけがない? ……誰が見てもそうだろう、そんな横暴は虚獣にしかできない。けど、彼女自身は確信している。自分がどういう人間なのか、どんな力を有しているのか、
あえて、誰もが思い至る常道を口に出した。でも/だからこそ、抱えていた非道がありありと浮かんでくる。……経験則からの仕掛け。
その効果は―――、戸惑いに揺れる目の前の彼女が、証明してくれた。
いつものようなオドオドとは違う、ひと皮めくれが強情/でもさらに奥底はやはり不安定、そんな芯に触れられてしまったような……。今まで見たことがない彼女の一面が、垣間見えた。
直感に次ぐ直感のあて推量。証明できてか心なし、顔に笑みが浮かんできて……ハタと、気づかされた。
自分がいかに、彼女に共感してしまっていることに。内に抱えていたモノを、漏らしてしまうほどにも……。回りくどくも、自分語りをしてしまった。
恥じらいと心の緩みを直すため、軽く目を瞑って……息を整えた。
平常を取り戻し、彼女に向かい直すと―――、思いつめたかのような顔で、
「―――わ、私にできることなら、な……何でも、します」
か細い声ながら、懇願してきた。……言い切るとなぜか、顔を赤く/それを隠すように俯いた。
何か含意があることは察せたけど、どんなモノかまでは意味不明だった。……なんで恥じらうの?
問いただそうとするも、先の自分も同じようなものだった。……逆に聞かれるのもアレなので、棚上げだ。
「なら……、このまま契約続行させてくれ」
「……へ?」
どうして? ……思わずも聞かれそうになるけど、釘を刺した。
「聞き流せないようなら、聞かないでくれ。ソレが条件だ」
ソレが僕らの関係だ……。ビジネスパートナー、というほどドライじゃないけど、仲間といえるほど親しまない。共有できるのは表面上の目的だけ、奥底にある目的には干渉しない。だから……、お悩み相談は無しだ。
言葉足らずながらもルールを再確認させると、
「……あ、ありがとうございます」
なぜか感謝が帰ってきた。それも、けっこうマジな感謝が。
訳が分からない、けど貰うわけにはいかない。本当にルールを理解してくれたのか……、渋い顔をしながら返品すると、
「よせ。俺は何もしてない」
「そ、そんなことは―――――― ッ!?」
突然ビリッ―――と、全身に不快な痺れが走った。
さらにギリィィ―――とも、ガラスを爪でひっかくような異音が耳に突き刺さってきた。
何が起きた―――。
すばやく周囲を警戒しながら、己の体感をもう一度確かめた。
この列車が先程、
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長々とご視聴、ありがとうございました。
原作では「ミィフィ」ですが、今作では「ミフィル」にしました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。