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無事に夢幻列車を乗り越えると、学園の駅にたどり着いた。
停車しホームに降り立つと、ほかの乗客/生徒たちの顔を一望してみた。……誰があの夢幻に気づけたか、そうでないか。
観察結果は―――、『そう多くはない』。
トンネルの通過時間と、ソレを限りなく延長した夢幻の中での体感時間。今持っている/スラムのジャンク屋で手に入れたあり合わせの外部情報端末は、残念ながら夢幻内の情報は記録できる機能はない。ので、曖昧な体感に頼るしかない。……ソレを見越しても、数えられるほどしか見抜けなかった。
また、『夢幻に気づけたこと』と『目を覚まし続けられた』かでも違う。取り込まれても『覚えてる』生徒たちも。けど、その区別がつけれたかは……微妙だ。
ただ、僕らと同じ/覚醒し続けられた生徒達は、おおよそながら判別できた。
「―――アナタ達は、あちらのバスに乗って下さい」
誘導係だろう女性に、落ち着いてるもキビキビとした雰囲気から先輩生徒だろうか、分けられたからだ。
弾かれるいわれはないけど、前例から察しはついていた。気が強そうな/落ち着いた雰囲気の生徒たちも、ゴネらずに従っているところを見るに、『彼らも同じ』だろうと。
指示されたとおり、指定されたバスへと向かった。
中に乗り込むと、そこには―――、あまり再会したくない相手がいた。
僕ら二人が目に入ると、意外そうに目を丸くし……すぐに険しくなった。
そして―――
「―――ねぇ、そこのアナタ。どうして彼女がココにいるのかしら?」
高慢ちき女/リサベータが、臆面もなく/わざとなほど皆に聞こえる声で、バスに乗り込んでいた誘導係だろう女性生徒に尋ねてきた。
「……『選別』を乗り越えたからです。ココにいるアナタ達と同じように」
「本当に?」
真っ向から疑われ、誘導係は眉をひそめた。
「……ゴメンあそばせ。少し意外だったもので、つい疑ってしまいました」
いちおうの謝罪をするも、承服していないのは明らかだった。
さらに誘導係は、そこに『侮辱』を感じたのだろう、
「彼女の評価は、アナタよりも上でしたが?」
「「ッ!?」」
すかさず、仕返しとばかりに漏らした裏事情は、他の生徒たちの瞠目まで引き寄せた。
急な注目の的に、隣のメイシェンはビクリと怯えた表情を浮かべた。僕の方も、悪目立ちさせられたことに眉をひそめる。……ただ同時、思いがけない情報を幾つも得られた幸運は、確かだ。
リサベータの反応、そして周りの狼狽ぶりからも、どうやら僕らの評価はかなり上位にあるのだと。
「……選考基準を教えて欲しいものですわ、是非とも」
「申し訳ありませんが、一般生徒には教えることはできません。【生徒会役員】のみの極秘事項です」
「つまり、アナタは知っているのね?」
すかさず断言してきたリサベータは、同時、誘導係へ眼圧を強めた。
その視線と言葉に、不穏な『力』まで乗せながら―――
「―――今ココで、私に『術』をかけるのならば、アナタは式典には出られなくなりますよ?」
周囲が息を飲んだ最中、ソレを牽制/払いのけるように、誘導係が鋭く警告してきた。
念威術/【魔眼】___。合わせた視線を通して念威をぶつけることで、相手を意のままにコントロールする術。かなり難度の高い術の一つで、奏者の血筋が関係してるとも言われてる特殊な術。
ただ、一目見ただけで完璧なデグ人形に変えるほどの暴力は、虚獣にしかできない。一時的な金縛りすら高度。相手が武剄者なら、よほどの隙を突かない限り無効化されてしまう、最悪跳ね返される。コレ以外の術の方が欲しい結果をもたらしやすいので、こだわる必要もない。
なので実際の使いどころは、『自白の誘導』といった尋問用の暗示。自分との間にある『精神的な防壁』を無いものと麻痺させることで、隠していた/そうしている秘密を話させる。コチラからの質問に、嘘偽りなく答えさせる。
すぐに返された忠告/無効化された事実にリサベータは、焦ることなく力を/証拠を霧散させてしまうと、
「……まさか! ただお尋ねしただけですわ。そんな野蛮なマネなど、私がするわけないじゃないですか、先輩」
満面の微笑みで、先輩への敬意を払うようにして、あからさまな嘘をついてきた。
つかれた先輩は、とても不愉快そうに、けど垣間見せるだけの自制心をもって、顔を険しく睨みつけた。
ふたたび流れる剣呑な空気……。間の空気がバチバチ爆ぜてるかのよう。僕らが問題の中心なはずなのに、なおざりにされてしまっている。
いい加減、着席させてもらいたい……。はやくこの居た堪れない状況から一抜けしたい。
誰もが/どちらも引きどころを見極めようとしていると、
「―――彼らが最後だ……て、どうした?」
僕らの後ろからもう一組、合格者を連れてきた誘導係の男性生徒の戸惑い。
ソレが水を差す形になると、
「……いえ、何でもないわ」
女誘導係から、にらみ合いを止めてくれた。
―――
……
無事に?着席できると、バスが発進した。
『選別』に合格した新入生たちをのせた特別バス……。とは言ってるが、座席の座り心地が良いわけでもない。乗客が少ないので広々と使えるも、他の新入生達に用意されたバスとあまり変わらない。加えて、バス内の空気もどこか張り詰めていて、見知らぬ他乗客と歓談を楽しむ気にはなれない。
とは言うものの、そもそもお喋り好きではないので、コチラの方が気が楽だ。もっと言えば、もう少しピリピリと殺気立ってくれていた方が、わかりやすくて逆に心休まる。……どういう態度で接すればいいのかわからない状況というのが、一番堪える。
「―――アンタら、奴ら相手にどこまで粘れたんだい?」
なので、この手のタイプの奴との腹の探り合いは、そう嫌いじゃない。
ヘラヘラとした笑顔、な表情を貼り付けたような選別男子生徒①が、隣の座席から身を乗り出しながら尋ねてきた。
無視してメイシェンに任せようと、従者らしく黙然としていようかと思った。けど……、急に話しかけられたことでか、ビクついてしまっていた。
この張り詰めたバス内空気か、先の一触即発な一件か、彼女のキャパシティはかなり限界だったらしい。
仕方がないので、『アンタら』と含まれてるのも思い出したので、前に出ることにした。
「……『奴ら』とは?」
「トボけなくてもいいぜ。ココにいる奴らは全員、知ってることだからな、たぶん」
さりげなくな煽りを含んだ説明、だったけど、誰も表情を変えることなどせずモクモクと黙しているのみ。……ただし、耳だけはちゃんと傍だてているのは、わかった。
「お前たちはどうなんだ?」
「俺らかい? 俺らは制限時間まで、なんとか逃げ回っただけだよ」
自嘲気味にそう言ってくるも、恥や衒いといった後ろめたさが見え無かった。……本当のことかどうかは、保留だ。
「……俺たちもそんなところだ」
「ソイツは嘘だね。あの高飛車なお姫様達よりも、『評価が上』なんだしな」
女誘導係先輩のリーク情報……。思った以上に、飛び火してしまってる。
さっとバス内に注意を向けた。どう答えるべきか、どこまで喋るべきか考える。
隣のメイシェンを見ると……、動揺しているのがわかった。日常仕様のオドオドとは違う、急にスポットライトを当てられた困惑ぶり。こんな悪目立ち望んでないのに……。
決めた。返答は、肩をすくめながら、
「なら、逃げ回り方がよかったんだろう。選考基準によく合致した、華麗な立ち回りだった」
「ハハッ! 自分でそう言っちまうかね」
アンタ面白い人だね……。愉快そうに/気軽にそうおだててくるも、目だけは変わらない。むしろ、より浮き上がって見えてくる。
わざと試したのか……。油断ならない奴。そう警戒を強めようとすると、
「―――俺は【ステンシル】。こっちは相棒の武者の【プルート】だ」
「おい!」
いきなり自己紹介をすると、となり相棒/短髪大柄な武者らしい武者がたまらずか注意してきた。
「いいだろ? どうせ後でやることなんだ。これから同じ【小隊】の仲間として、親睦を深めるのは、さ」
「しょ、小隊に……入れるんですか?」
思わずか、メイシェンが驚きをはさんできた。
【小隊】=学園のエリート特殊部隊。
侵入してきた魔獣との戦い/【都市間戦争】の際に、矢面に立って/生徒たちを指揮しながら戦う軍人たち。都市を可動させるための重要機関/部署の運営も任されていて、いわゆる『上級市民』と言ってもいい特権階級。
入隊するためにはまず、生徒として学園で功績を上げて、『入隊試験』に合格する。次に各小隊の三軍の【候補生】として『仮入隊』し、実績と実力をつける。そして、功績をあげ現小隊員の推薦を得られれば、二軍の予備/補助部隊の【士官生】として『正式入隊』できる。さらに、部隊長に認められるか一軍に欠番がでれば、一軍の【幹部生】になれる。
小隊人数は限られているので、必然狭き門。義務もあるけど特権も多いので、生徒なら誰でも目指さざるを得ない超高倍率。その小隊員に一回生を、しかも入学したての新入生を採用するのは、暴挙に近い驚き。……メイシェンが仰天してしまうのも、わかるというもの。
「そうさ。絶対に、てわけじゃないだろうけど、かなり高い確率で勧誘されるはずだ。しかも三軍の候補生じゃなくて、いきなり二軍の士官生参加でだぜ!」
狭き門をすっ飛ばして、いきなり舞台に上げてもらえる。そんな分かりやすい高揚感を顔に出すも、やはりどこかが冷めているのが分かった。……なにか裏事情があるらしい。
「……事情通らしいな。どうやって知ったんだ?」
「うちの兄貴達からだよ。毎年、式典に向かう新入生を乗せた列車で、今後の学園生活を決める『ちょっとしたオリエンテーション』が行われる、てさ」
ちょっとしたオリエンテーション……にしては、少しばかりやり過ぎだったはず。魔性まで引っ張り出してくるとなると、都市に重大な危険を及ぼしかねないのに、新入生に対処を任せてしまうとは……。
「ココにいる皆は、だいたい知ってたんじゃないかな? ……アンタらを除いて」
また煽るように言うと、今度は幾人かが反応を示したのが見えた。……それは同時に、僕らに対する注目にも。
あえてソコには触れず/逸らすように、尋ね返した。
「知ってたから、対応できた?」
「まぁな。呑気なピクニック気分じゃなかったから、てのはデカいよ」
「カンニング、てやつじゃないのか?」
「おいおい、そんな生易しいテストじゃなかっただろう?
それに、コネと賄賂だけで生徒になるような貴族様たちを排除するために、あんなことしたんだろうしな」
「―――ねぇ、いい加減黙ってくれない?」
もっとお喋りしてもらおうとした矢先、水を差されてしまった。
二つほど後ろの座席に座っていた、メイシェンのかつての友人、険しいけど童顔なツインテール。確か……ミィちゃん
「なんだい? 話に混じりたいなら、いつでも歓迎するよ」
「静かにして」
愛想は欠片もなく切り捨ててくるも、どこ吹く風と、
「あいにく俺は、和気あいあいとした方が好きなんだ、こんな重苦しい静かな空気よりもな」
ニコリと笑みを返した。
険しげな無表情と強引な笑顔……。どちらも引かずにバチバチと、またバス内空気を悪くする。
今回は前回のような偶然は望めない。ので、長引けば誘導係が介入/調停してくるはず。そうなってしまうと、もう大っぴらにお喋り=情報収集できない。のは、少々マズいことになる。
どう切り出すか……。考えていると代わりに、
「―――わ、私もあんまり、おしゃべりは……得意じゃないです」
メイシェンが水を差してくれた。……ただし、逆効果になってしまうような言葉。
緊張が取れ/互いの注意が外されると、ステンシルは一瞬だけ目を丸くしていた。けど、すぐにニヤリと笑うや、
「そうだったなぁ。得意じゃないなら、仕方がないよなぁ。
無理に誘って悪かったね♪」
「私はッ、―――チッ!」
乗せられたことに気づかされ、舌打ちを漏らした。
ミィちゃんはそれでも怒気は収まらないも、抑え込んでそのまま、もう我関せずとばかりに無視してきた。
ステンシルの方も、邪魔者がいなくなってスッキリとばかりに無かったことにすると、それまで無視していたメイシェンに目を向けた。そして僕を見返して、何かを閃くと、
「アンタ、見たところ……彼女の従者かい?」
「……だとしたら?」
言い当てられたことに警戒、するまでもなく/する風は装って返した。
「そう警戒してくれるな。ちょっと不思議に思っただけだよ。アンタほどの実力なら、従者なんてやらずに生徒になれるはずなのにな、てさ」
相棒のプルートのように……。そう付け足して、たぶん相棒の株を少しだけでも上げてやろうとも。
武剄者の生徒___。当然ながらいるが、念威奏者に比べると入学試験は難しい。このツェルニ/学園では、他の都市もその傾向があるように/常に戦乱の中にある帝都みたいな例外は除き、奏者を優先的に生徒にしている。
武者の方が数はあるも、奏者の方が希少。武者は都市防衛の要になるも、奏者なら都市防衛を限りなく不必要にしてくれる。虚獣と同じ念威を扱えるので、敵意を逸らせる。そして何より、武者は修練と機会に恵まれれば誰でもなれるが、奏者は望んでもなれない。
なので【従者制度】。生徒にならずとも、生徒になった奏者の護衛として、武者を入学させたも同然の制度がある。わざわざ入試するよりも、従者を選ぶ武者たちが多い。……『中途編入試験』も存在し、従者をしながら生徒になるチャンスまである。
「事情があってそうした。お前には関係ない事情でな」
「……そう嫌わんでくれよ。ちょいと好奇心が強いだけだよ、仲良くやろうぜ」
「生憎と、人付き合いは苦手なんだ。特にお喋りな奴とはな」
今度はすげなく/かなり強引気味に断った。……この話題を続けてしまうと、少なからず僕の裏事情を話さざるえを得なくなる。
「……ハァ。取り付く島なしか。
わかったよ、もうこの煩い口は閉じる! ただ……、名前だけでも聞かせてくれないかねぇ」
「後で直ぐにわかるだろう。事情通のアンタなら、すぐに」
そうバッサリ断るや、それとなく顔まで逸らした。もう話しかけてくるな、と。
その意を察してくれたのか/取っ掛りを見い出せなかったか、ステンシルは「やれやれ」と肩をすくめながら、今度こそ口を閉じた。
―――
……
バスが発進してからしばらく。皆がようやく、独特な空気になれ始めた頃合い。
誘導係の先輩たちが立ち上がると、乗客一人ひとりに小さな封筒を配ってきた。……生徒だけかと思いきや、僕にもくれた、おそらく他にいるだろう従者たちにも。
もらってすぐ、透かして中身を見ようとするも……見えない素材。裏地が黒色なのかもしれない。ただ、触った感触はわかる、硬いが平べったいカードみたいなものが……おそらく2枚ほど。
封を切って確かめようとすると、閉じられてる紙口に【封印】の符呪が描かれ/込められているのがわかった。無視して破ってしまえるほど脆弱そうな符呪だけど/ゆえに、手を止めさせられた。……正しい手順を踏まなければ、中身を破損するタイプかもしれない。
おそらく乗客誰もがソレに気づき、誘導係の出方を待っていると、
「―――先ほどお配りした封筒の中には、学園が保有している【
皆に説明しながら、自分でももっていた封筒からソレらを取り出し、見せてきた。
すると直後、手の中にあった封筒から、符呪が消えていくのがわかった。正確には、込められていた力が霧散していくのが。……どうやら、コレで大丈夫らしい。
封を切って中身を取り出すと、そこには……誘導係と同じようなカードが二枚あった。
「認証パスは、式典終了後には使用可能な状態になります。が、通行パスの方は、明日の正午からとなります。どちらも無くさないよう、くれぐれもご注意ください」
二枚のカードを見比べてみると、確かな分かりやすい違いがわかった。どちらも、
帝都の場合と違う、こういった入場制限がなかったので少し驚いた。……遺体処理/できれば葬儀費用さえ担保として払えば、誰でも入れる仕組みだったから。
「質問!
所属する小隊は、変更できるんですか?」
「可能です。が、変更後の小隊での待遇は、保証できません」
「どうして勝手に決めたの?」
二人の生徒、別々の席に座っていた男女がそれぞれ、皆の疑問を代弁してくれた。
「……生徒会による戦略的判断です。次の【都市間戦争】で、かならず勝利するために」
【都市間戦争】―――。その単語が彼女らから出てきたのに、驚かされた。周りをサッと見渡してみても、『気を引き締める』ことはあっても、『意表を突かれた』ようには見受けられないことにも。
すでに
(やはり、現状を知らされてないのか……?)
だとしたら、致命的過ぎる偽装だ。こんな未来有望な若者たちまで騙しきる。愚かさが極まって、逆に恐れ入る。ツェルニの執政官たちは、よほど凄まじい念威奏者を抱えている、あるいは夢幻を構築し浸透させることができた―――
ハタと、思い出した/繋がった。……確かに、ココには使い手がいる。
(……だとしても、嘘はいずれバレる。暴動でも起きたら、ココは地獄になるのに……)
最悪、全てが虚獣に飲み込まれ/作り替えられ/使役されての【廃都】へ。さらには、魑魅魍魎/死霊魔性/怪物魔獣たちが跋扈する【魔都】へと変貌し―――新しい虚獣が誕生してしまう。……ただ、そんな最低最悪に陥る前に、帝都か有力都市のどこか/合意の上での連帯でか、決戦兵器である【天剣】たちを派遣するはず。
どちらにしても地獄だ。あまりにも市民たちの生命を/未来を無視している。……そう評価せざるを得ない、愚鈍な執政官たちだ。
……と、墓荒らしである罪悪感が、いささかは慰められていると、
「言い忘れましたが、認証パスの効果は明日の午後5時までとなっております。それまでに正式使用のパスと交換しなければ、『所属意思無し』とみなし無効とさせてもらいます」
一日あまりで決断しろというのは、短いのか長いのか……。自分の将来あるいは家族子孫にまで関係してくる選択、なので少々短過ぎると言ってもいいだろう。おそらく、全ての小隊を/可能性を見て回っている時間は無いはず。正しい判断などできようがない。
身に余る贈り物ではある、けど強引だ。……受け取る以外の選択肢を、限りなく潰している。
「……質問が無いようなら、以上になります。
それでは、式典をお楽しみください―――」
そんな締めくくりに合わせるように、バスは到着した。……窓を見ると、先に出発していたバスも同じく停車していた。
乗降口が開き、乗客たちは各々降りていった。
タイミングと座席の都合上、もあるけど別に、一通りココにいる乗客たちの顔を知っておきたい意図。早々に降りようとしたメイシェンを窓側に座らせていたので、不自然じゃない形で押さえれた。
全員を見送り/顔と特徴を確認した。……気づかれると厄介なので、それ以上の探査は今後だ。
最後のひと組が通り過ぎると、ようやく立ち上がりバスから降りようとした、
「―――できれば今日中に、返却した方が身の為ですよ?」
その寸前、急に女誘導係が忠告してきた。
……何のことだ?
口には出さず視線を合わせるだけで答えると、ピクリと不快そうに眉が動いたのが見えた。
「持ち主の不注意もありますので、『停学』とまではいきません。が、『厳重勧告』はします。……今後の良好な学園生活のためにも、返却することをオススメします」
軽い脅しに、ようやく合点がいった。……夢幻で没収した、この短剣のことか。
現在は腰元の剣帯に収まっている短剣。携帯化できないので目立ってしまうも、そもそも仕様として鞘幅を調整できる剣帯を装着してる、短剣もギリギリ納刀することができた。
返却してもよかったが、せっかく手に入れた武器。僕を殺そうとした相手の持ち物だ、わざわざ無事に返してやるいわれもない。
それに彼女を見ると……ふと、良い考えが浮かんできた。ニヤリと不敵に笑いかけると、
「先の選別とやらば、合法なのか? 公にしていいものなのか?」
「…………いいえ」
言いがたそうにも答えてくれた。……意外な素直さだ。
先の一件もある。どこかしら/何かしらに対して誠実さを持っている先輩だろう。用意していた返答の中、その誠実さに相応しいものを返した。
「本人が訪ねてくれたら返すよ。なにせ、顔も名前も分かっていないからな」
後ろ手でヒラヒラ、そう拒否すると、バスから降りた。……後ろからメイシェンが、謝りたさそうに/けど何も言わずオロオロとついてくる。
―――
……
バスから降りてしばらく、他の生徒たちの人流れについていきながら、入学式典が開催される【大講堂】へと向かった。
そんな、綺麗に舗装されてる石畳の上を共に/無言ながらも歩いていると、
「―――あの……、返さなくてよかったんですか?」
オズオズとメイシェンが、尋ねてきた。
問われたことでか、浮かんできたことを聞き返してみた。
「……彼女が、『あの女』だった?」
「え? ……あ。
スイマセン、そこまではわかりませんけど……お友達、なのかもしれないですし」
そうだとは思う……。けど、そうとも限らない。だから、『赤の他人』だと切り捨てた。彼女も強行には追求できないので、あそこで終わりだった。
『お友達』だった場合、不興を買うことになる。けど、そもそも初対面同士だ。印象に残す方が重要、良いか悪いかは後でどうにでもなる。なぜなら、
「アイツは、どういう形かまではわからないが、君を嫌ってるあの高飛車なお嬢様の友達を襲った。あの高慢に傷をつけれる相手……。ぜひ、
味方は多いに越したことはない……。もう対決を避けられないなら、なおさらだ。できる準備は早めに揃えるべし。
そんな含めた意図を察してくれたのだろう、合点がいった表情を浮かべていた。ただすぐに、
「……逆効果に、なるじゃないですか?」
「表向きは、な。でも、
ソレが偽装になる……。相手が知らぬうちは、大っぴらには手が出せない状況を装えば、隅っこで手を結ぶのを見逃すしかない。
これから手を結ぶ相手次第だけど、分からないようなら話はこれまで。手を結ぶ価値は、あまり大きくない。
こんな算段が嫌いなのか、何も返さず/頷くこともせず、ただ少し俯き気味なメイシェン。
その無言を『合意』と勝手に決めつけると、
「それっぽい相手が接触してきたら、すぐに連絡してくれ。どれだけ難癖つけられても、一人で交渉の場には行かないでくれよ」
そう言うや、彼女から/人流れからも離れようとした。大講堂へは入らず、脇道へ向かおうとした。
「ど、どちらに行くんですか?」
「式典会場に従者は必要ないからな、君を即応でカバーできる範囲で、ブラブラしてるよ―――」
会場で事が起きることは……、まぁありえないだろう。もう列車でやったことだし。厳粛な祝いの儀式に、トラブルはもちろんサプライズもお呼びじゃないはず。
心許なくオロオロしてしまってる彼女をそのまま/後ろ手に、人ごみから離れていった。
―――
……
大講堂から離れ、脇道を進み歩くと―――、整備された庭園の遊歩道まで。
周囲の人気が無いのを確認すると、まとっていた緊張を少しだけ外した。
ブラブラと、それでいながらも地形を足で確認/記憶しながら、周辺探索・散歩―――
(―――さてと、これで学園に侵入できたは、いいけど……)
これからが問題。まだまだ課題は山積みだ……。考えなければいけないこと、準備しておかなくてはならないこと諸々、新生活への期待の弾みより重みの方が多い気がして、ため息がこぼれそうになった。
そこでふと……、気づかされた。
(…………入れ込み過ぎ、か?)
どうせ裏切るのに、どうしてここまでする必要が……。もう、切り捨てても問題ないはず。ここまで無事に侵入できたら、あとはどうとでもなる。どうなろうが押し切れる暴力が、僕にはあるはず。
なのに、その意思だけがない。……いや、さすがにそこまでではないが、確実に弱くなっていた。
マズい事態か……?
自問してみた。今からでも奮起して、『正道』に戻るべきか?
(……いいや、まだだ。
あの奏者を見つけるには、ココで探るのが一番の近道だ)
目処がついたら、すぐにでも? ―――。返す答えを、『弱気』と断じてくる。さらには、
……確かにそうだ。否定しきれない。今の僕には、信じれるものがあまりにも少ない、この身体すら偽物なのだから。ただこの意志/目的だけが本物。ソレを貫かないなど、話にもならない―――
でも……、
「……取り戻してからだ。確実に、元に戻ってからだ」
あの念威奏者なら、それでも用心は足りないかもしれない……。ボソリとも、あえて言葉に出してみると、迷いが少しだけ晴れたような気がした。
実力は未知数、【天剣授受者】に比肩するかもしれない【魔人級】。攻めて来るならいざ知らず、逃げられたら捕まえられない、身体を取り戻せなければ共倒れしかない。いま爆走してしまえば、こちらの体力が尽きてしまう。相手の思うツボだろう。
(それに、彼女は優秀な奏者だ。正体をさぐるためには必要な人材だ)
足でまといにならないことは、さきの夢幻列車でもわかった、むしろ助けになるほどだ。……探索では、また別かもしれないけど。
―――
……
うつらうつら当てどなく、自問自答を繰り返しながら、歩き続けた。
決心は固まったようで、まだ迷っている。もう決まっていたと思ってたのに、まだ決まってなかった。選択の余地があることに気づく。
不透明な今、偽物の自分、全てを裏切っているような罪悪感……。何もかも疑わないといけないけど、どこかで信じきってるものがある。ソレが何なのか、どうしても言葉にできない。してもいけないような気がして、迷う/フラフラだ。それでも怖さより、期待感がある。こんな複雑な色々ひっくるめて、どうにか解決できるだろう、と。
たとえ全部がダメになっても、夢だけは見続けられる。ソレすらできなくなったら、この生命をオシマイにすればいいだけ……。深刻になりきれない、自分勝手で投げやりで、無責任だ。
(……僕は本当は、楽観的な人間なのかもしれない?)
どうにも信じがたい/信じたくない……事実らしい。自称相棒/クラリーベルには、決して知られたくないことだ。
そんな嫌な自分像を浮き彫りにしてしまっていると、
「―――そこからは、立ち入り禁止ですよ」
背後から突然、声をかけられた。
聞いたことのない少女の声。小さい声音なはずなのに、よく聞こえている。背後からの奇襲なはずなのに、なぜか害意を感じなかった……。どこかで、聞いたことがあった?
とは言うものの、突然だったことには驚かされた。気づけなかった不注意/自罰の害意に背筋が強ばる。
とそんな戸惑いは隠しながら、振り返ると、
「そこの壁に貼ってある【禁足】の符呪が見えませんか? アナタが今立ってる場所から、あと3mほど先にある地面の赤い線を越えたら、発動してしまいます」
腰まである長い銀髪の美少女が、無表情ながらも忠告してきた。
―――…… 。
その完璧な/人形じみた美形に、二重の驚き……。彼女が暗殺者だったら、今ので間違いなくトドメを刺されていた。
それでもなんとか、衝撃から我を取り戻すと、
「……何か、隠したいことでもあるんですか?」
強がりであることはバレバレな質問返しで、心の平行を取り戻そうとした。
「いいえ。ただその先に、ちょっとした【瘴気の澱】が発生しているんです。入学式典で忙しかったこともあって、浄化が間に合わなかったんです」
だから、今は立ち入り禁止にしてる……。すぐ折れそうなほど細く麗白な指が示した先には、先述の壁に貼ってある【禁足】。そのさらに奥には、視界に入っただけで不快な気分を掻き立てる『黒い澱』。……ただおかげで、一気に平静に戻れた。
【瘴気の澱】___。都市内に不定期に現れてしまう、持ち主不在の念威の凝り。あるいは、都市そのものの垢のような老廃物だとも。
虚獣の触手たる魔性の夢幻域、とは違う。けど、市民から見た現象としては同じだ。放っておけば、ドンドン大きく強くなってしまい、中で強力な魔性を生み出し育てる。さらに放置し続ければ、近くの物・生物すらも飲み込んでしまう、都市を蝕み続ける。……都市のガン細胞とも言っていい、悪性腫瘍だ。
今そこに発生している澱は、周辺を領域内に引きずり込もうとする段階/『赤』までは成長していない。近づいて触れなければ害のない/むしろ影に逃げようともする、魔性を懐胎している段階/未成熟な『黄』だった。
危険なモノだけど、まだ部外者の僕が迂闊に触っていいものでもない。……澱はすぐに解消すべき腫瘍だけど、同時に『宝箱』でもあるから。
澱の中の夢幻域には、危険な魔性が潜んでいるものの、錬金鋼も手に入る。まだ誰の色にも染まっていない/どんな設計図も組み込める無色の錬金鋼。あるいはもっと/微小ながらも、創生鋼さえも手に入る。現実に/都市に持ち帰れば、名誉だけでなくカネにもなる。……都市の片隅に住んでる武剄者/浪人/裏社会の用心棒たちにとって、生活費を稼ぐ真っ当な手段の一つだ。
それは、この学園でも同じはず。ココではカネはあまり必要ないだろうけど、代わりに評価がある。『赤』ならともかく『黄』ならば、他人のナワバリを勝手に荒らしたと難癖つけられてしまう。
「よろしければ……、『浄化』を手伝ってもらってもいいですか?」
「……俺に、ですか?」
「他に誰がいますか?」
それなのに目の前の美少女は、何のためらいも見せずに誘ってきた。
思わず唖然としてしまうも、すぐ「コレは何か裏がある」との疑いがわいてきた。彼女に対しての警戒を強める。
「初対面の、散歩中の一般人相手に言う誘い文句じゃ、ないと思いますが?」
「アナタは武者でしょ? 立ち振る舞いを観察してたので、わかります、かなりデキる人だと」
また思わずも、息を飲まされた。……どのくらい観察されていたんだ?
急いで思い返してみるも……、思い当たれる節はなかった。
自省が過ぎて不注意になっていたのは、否めない。けど、それでもだ。背後から見知らぬ人間に追尾されているのに気づけないほど、間抜けでもない。【剄探糸】はちゃんと展開していた。
「……観察されてたのを気づけないような間抜けに、背中を預けられるんですか?」
「はい、アナタなら」
事も無げに/どんな根拠があってか、全面肯定してきた。
またまた唖然とさせられてしまうと、またまた閃くものがあった。……前から知っていた?
つまり、追尾はただの確認。僕の情報はすでに収集済みだった。
つまり―――、彼女は『関係者』だ。あの夢幻列車を仕掛けた側の人間。
そしてさらに、その外見や纏っている空気感からも、彼女は武者ではなく奏者だと分かる。……仕掛けたどころか、あの夢幻を構築あるいは管理していたかもしれない奏者。
つまり……、『デキる人』どころじゃない、『ヤバい人』だった。
なので、答えは一択。……さっさと離れるに限る。
「……アナタなら一人で、外からでも浄化できると思いますが?」
「できます。でも、今は中からやりたいんです」
アナタと一緒に……。真っ直ぐ過ぎる返答/強引さに、どうしようもなくされた。もうコチラも、『突っぱねる』しか選択肢がない……。
初対面の、ヤバいとは言え美少女にソレを断行する……。そんな、健康な男児としては真っ当なためらいに、差し込むように、
「手間は取らせませんし、することもないでしょう。……その間、主人の身に何か危険が起きることも」
さらりと、わざとらしさを感じさせない無機質さで告げられた事実に、確信にいたれた。彼女はやはり、関係者だったと。……代わりにもう、断る選択肢はなくなったけど。
大きなため息一つ……。わざとも見せたけど、何の痛痒も感じてないご様子。
そんなあまりの梨の礫に、むしろ吹っ切れた。すると一つ、「外見どおり中身も人形じみてるな」と思えるようになれた。
も一つ、胸の内でパンッと頬を叩き、気合を入れなおした。
切り替えると、
「―――中に潜んでるやつは、解析済みですか?」
「はい、【荒蜘蛛】の魔性が一匹です。まだ変態二回目の、成体なりたての個体です」
まだ【魔眼】は使えなければ、【毒粘糸】の拘束力/毒性も弱い……。それでも【荒蜘蛛】/かの夢幻列車で遭遇した魔性の種族名と同じ。こんな都市上層内部/清浄度の高い都市部の、ソレも学園で自然発生するような魔性じゃない。
そこまで分かってるのなら……。どうして一人で浄化しない? そんな愚痴がまた出そうになるも、正体を知られている以上は仕方がない/やるしかない。
「それでは、【穿開】します。準備はよろしいですね?」
「……いつでも良いですよ―――」
ため息混じり/もうどうとでもなれと、剣帯から武器を抜き出した。……さきの夢幻列車で没収した、チンクエデア/手刀を模した短剣。
同時、剄を流して/循環させて手に馴染ませた。すぐにも使えるよう/戦闘準備をしていると、
「その武器でよろしいのですか?」
「この武器だとよろしくないんですか?」
「……いいえ。アナタがそれでよければ、問題ないです」
若干こちらの皮肉が効いたのか、ムスリとしかめっ面をさせることができた。
ほんの少しだけ溜飲を下げることができると、
「…それでは、開きます―――」
宣言と同時に、片手を剣印/ジャンケンのチョキの形にしながら、まっすぐ澱に差し向けた。
チョキ、からの手の平を上に捻ってのグー、からの少し握りためて……パー。
すると―――ボワンッ!と、澱が弾き広がった。
人が一人入れるぐらいの楕円形までに、入口ができあがってしまった。
詠唱なしの手印だけでの、穿開……。思わず唖然としてしまった。本当に、一人で外からでも潰せる=【圧壊】できる実力。
お先にどうぞ―――。ヤバい美少女奏者が勧めてきた。
奏者は後衛、武者の自分が前衛。……セオリーだけど、なんだか納得しきれない。
大きくため息をつきながらも、また切り替え/油断大敵。
開かれた異界の穴の中へと、踏み進んでいった―――
―――
……
瘴気の澱の中―――。
夢幻の中と同じ、言い知れぬ圧迫感と孤独を突きつけてくるような寒気が蔓延してる異空間、『よそ者』だと常に/全方位から警戒されているような村八分感。けど、創造主は別。ソレらの不快要素に加えて、人間に対する殺意が加味されている。
それを端的に表しているのが―――、この赤黒い異界だ。
夕暮れ時、とは違う、逢魔が時。闇の世界の触手に侵食されてる最中のような、血と臓物をイメージさせてくる不気味な色合いだ。
加えて地面/壁/天上の材質も、現実のものとはかけ離れている。大理石に似た巨大なブロックが、幾つもピッタリと組み合わさっている、上下左右無関係に。真下も真上も地平線の先までも……、似たような光景が永遠と続いている。
と言いながらも、自分が今立っているこの場所/地面だけは、現実と同じような重力方向になっている、目測で半径20メートル範囲のココだけは。
『■■■■■■■■■■■■■■■!!』
侵入して早々、脳みそまで掻き乱すような獣叫びの歓迎……。最高だ。大歓迎じゃないか!
僕が侵入して数拍、ヤバ少女も侵入してきた。……この異界の不快さに、顔色一つも変えずの涼やかさで。
実に頼りがいがある……と、言いたいけど、それは仲間だった場合だけだ。まだ赤の他人/初対面、よりもひどい最有力容疑者みたいな彼女だ。退路を絶たれてしまったような不安しかない。
「こういう魔性、ココでは頻繁に出現したりするんですか?」
「いいえ、このレベルのは稀です。
先刻、かなり無茶な夢幻空間を展開したことが、関係してると考えられます」
……なるほど、そういうことか。
夢幻列車で呼び寄せた魔性が、時間切れとともに夢幻が閉じてしまい/乗客も現実に強制送還され、所在無げになってしまった。眠らせた乗客達でブーストした夢幻でもあるので、元々は乗っ取るにも狭すぎる/脆弱すぎる、自分を維持してくれるだけの力が無い。なので、現実に弾き出された。でも魔性なので、身体を維持しきれず……霧散してしまう。そんな消滅の危機の中、どうにかしてたどり着いたのが、この澱だろう。
実にご苦労な迷惑だ。悪運が強いこの魔性もだけど、こんなアクシデント/後始末を放置してしまう仕掛け人たちが特に。
「それでは、存分に暴れてください」
そう応援?をするや、先と同じ「お先にどうぞ」と観客の立場へ。
「……助けてくれないんですか?」
「後詰めはしっかりやりますよ。断末魔で、仲間を呼ばれないようにも」
つまり……ギリギリまで助けない。
人形じみた無表情は、冷徹さを隠す仮面だったのかもしれない。
『■■■■■■■■■■■■■■■!!』
しびれを切らせたのか、巨大蜘蛛/【荒蜘蛛】が襲いかかってきた。
そのノコギリ刃のような前足の一つを、大きく振り上げては―――、突き潰してくる。
バックステップ―――よりも、前に踏み込んだ。蜘蛛の足の内側/懐に入り込む。
ただし、ギリギリ過ぎたのだろう。背中に余波が襲いかかる。空振りで地面を砕いた際の礫を浴びる。
短剣を盾にしながら、半身に。余波を利用してさらに懐奥へと侵入する。……衝撃の余波に全身を撫でられるも、すでに発現していた【活剄】と【装剄】で防いでいる。
一気に無防備な懐まで侵入してしまうと、体を捻る。ながら、短剣を力強く―――ブゥンッ、横薙ぎした。
剄で強化/硬度を高め、さらに短剣そのものに組み込まれてる【硬剄】で片手剣ほどに延長された刃。じゃっかんの反発感があるも、強引に押し切りきりキリ―――、薙ぎきった。
蜘蛛の腹に、紫の一線が引かれた。
ソレが内圧にまけ、中身の体液/臓物を撒き散らしてしまう―――寸前、もう一歩踏み込んで離れた。
数瞬前いた場所に、盛大な紫の土砂崩れが起きた。
『■■■■イィギャァァァ―――!!』
蜘蛛の大顎から、鼓膜を引きちぎるような悲鳴が放たれた。
魔性の声は、耳障りすぎて音としても認識しづらい。けど、重傷のせいだろう、『激痛』の意味がこもっていたのが分かる。
ソレは、蜘蛛に有効打を与えた結果。ではあるものの、同時にカウンターにもなる。特にココが、奴自身が支配している魔界ならば―――
奴の激痛は同時、この魔界の痛み。その悲痛は全てに反響し、実体化してしまう―――
荒蜘蛛を中心に、【衝剄】じみた衝撃波が、爆裂した。
ハンマーで思い切りぶつけられたような衝撃が、襲いかかってくる―――
察知し、ギリギリ逃げていたとはいえ……、避けきれない。
また空中で半身に捻り返すと、ガードした。迫るカウンター衝撃波を、短剣の腹と交差した両手で受け止める―――
奴の刃足の有効間合い。そこまで吹き飛ばされてしまう―――前に、踏ん張りながら弧を描いて散らす/逸らしていった。
『悲鳴カウンター』が終息すると、次は『赫怒の反撃』。
複眼全てを真っ赤に燃やしながら睨みつけるや、刃足による横なぎ払い―――
バックステップ―――では間に合わない。
巨大蜘蛛の重すぎる一撃を横っ腹で受け止めれば、輪切りにはされなくとも肋骨がダメになるのは、目に見えてる。かと言って、ジャンプして避けるのだけは……最悪だ。
『怒り狂っての反撃』のように見えても、違う。蜘蛛の顔/特にその顎が、怨敵の僕よりもやや上空に向けているのが見えたから。身動きが取れない上空中に、毒粘糸を吹き飛ばして拘束してしまうつもりだろう。……次で結殺しようと、待ち構えている。
コレが、魔性の魔性たる所以だ―――。
外見は昆虫の蜘蛛に見えても、中身はまったくの別物。人間と同じほどの知能と悪意が詰め込まれている、悍ましい怨念の塊だ。特に、都市内に侵入してくるような魔性は、暴力だけでない策略を好む。
なので―――、できることは一つだけだ。
なぎ払ってくる一撃を―――、短剣で受け止めた。
グゥン―――と、意識が身体からブレた/横に外れ飛んだ。
受け止めきれない超重量/衝撃だと、頭より先に体が/構えた腕が教えてくれた。衝突した短剣も、悲鳴を上げてるかのようにギギィッと、不快高周波を放っていた。
短剣が砕かれる寸前、肋骨を砕き内蔵まで押しつぶされる―――前に、動いた。
刃の腹を斜めに、衝突点をわずかにズラした。
蜘蛛の刃足は、その斜めに沿いながらズレ登っていく。腕と両足で踏ん張り切れるまでに、軽減しながら―――
短剣の腹を伝うわずか/コンマ数秒の間隙。意識はまだ吹き飛ばされたまま……。
けど、直感と鍛えてきた戦闘経験値。それらを信じきっての反射で―――キィンッ、はね上げた。
短剣を振り上げると同時に、蜘蛛の刃足も真上へと跳ね上がった。
急激なベクトル変化。予期していたのとは違う体の動き。
攻撃を跳ね上げられた蜘蛛は、体勢を崩した。グラリぐらぐらと―――、よろめいていく。
それでもギリギリ、たたらを踏んでこらえていた。
人間だったら横転もの。受身も取れず頭を強打してしまい、コレで勝負は終わったも同然だろう。
けど、蜘蛛は多足。横転することなどありえない。その強靭な本能からも、横転するなどの危険は何が何でも回避する。
ただし、コレは魔性だった。その中に詰め込まれた知能と悪意が、蜘蛛本来の生存本能を邪魔する―――
蜘蛛ならばありえない殺意が、自らに振り返ってきて、金縛り。……その場に居着いた。
こじ開けることができた間隙/無防備。致命的な死角。
超重量の一撃をはね上げた反動で、悲鳴をあげてる両足腰。そこに剄を流し込み/鞭をうって無理やり―――、発射させた。
【旋剄】―――。周辺空気を巻き込みながら圧縮した剄を推進剤に、体を無理やり前方へと発射させた。
文字通り飛ぶように、一直線に―――。
今度は無防備な懐ではなく、驚愕と殺意にみちた頭部へ/額へと―――グサリッ、短剣を突き刺した。
全体重をのせた一撃。短剣は深々と鍔元まで突き刺さった。
同時、短剣に付与されてる【硬剄】を発動させた。突き刺さった刃から、さらに剄刃が頭部内へと突き伸びていく。―――【核】までに。
剄刃の突端が触れ、さらに中へ中へと押し伸ばすと―――バキンッ、貫いた。
同時、生じた幾重ものヒビ割れ。それらが走りはしり伸びていき―――、砕けた。
蜘蛛は悲鳴を上げる―――前、その大顎を開けたまま……停止した。
反撃と、差し向けようとした他の刃足もピタリと、空中/ほんの目と鼻の先で止まっていた。
完全停止―――。まるで周囲の無機物と同じように、ピタリと停止していた。
その直後から―――ポロポロと、身体が崩れていった。
体表から/傷口から徐々に、けどどんどん加速しながら、淡い紫の鱗粉じみたモノとなりながら、バラバラぱらぱらと舞い上がり拡散し―――……、霧散していった。
全てが消滅しきる前に、着地していた。……僕を支えるだけの頭部は、真っ先に消えていた。
紫の鱗粉が舞い上がる中/幻想的ですらある魔性の終着、その完全消滅する先を見送りながら……、まだ残っている問題へと切り替えていった。
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