再生のレギオス   作:ツルギ剣

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入隊 前

 

 

 互いに無言で、銀髪の少女先輩の後ろについていった。

 短気ツインテールの追求から離れるために従うも、疑惑の残る相手。もう当初の目的は果たせたので、そろそろハッキリさせにいく。

 

「―――先輩、俺たちはどこに向かってるんですか?」

 

 尋ねてみるも、銀髪先輩は振り向きもせず。ただ「ついてくればわかる」と命じるがごとく、前へ進み続けていく。

 

 学園・前庭の商店街区から離れ、学生寮区とはまた別方向。学園に来る前に叩き込んでいた地図によれば、武芸訓練区へと向かっているはず。

 生徒たちが、その体と技を鍛えるための訓練区画。個人鍛錬のための小訓練所から、団体同士の模擬戦闘まで行える中訓練館、都市戦や虚獣戦の想定戦闘まで行える大訓練場まで。……エリートたる小隊員が優先的に使うことが許可されているエリア。

 つまりは、小隊員の詰所みたいな場所に案内してくれる、ということだろう。あまりにも早すぎる対応は気になるものの、筋は通る。無愛想なのは性格か、それとも無理やりすぎる推薦に納得していないのか……。

 

(全ては、彼女が()()()()()()()()()()()()()としたら、だけどな)

(ぇッ!? ……どうして分かるんですか?)

 

 従士契約を通してのメイシェンとの内緒話。すぐ先を行く疑惑先輩には聞こえないはずだけど、驚きが漏れたのを心配してか、耳打ちのような小声で聞き返してきた。

 

(ただの直感、確証は無い。

 が、『コレ』ですぐにわかるはず―――)

 

 腰元の剣帯から、列車で奪った短剣を掴みそっと抜き出すと、

 

「もしかして、『コイツ』を返してもらいたいんですか――― 」

 

 何気ない様で言い終わるやいなや、抜き出していた短剣をシュン―――と、投擲した。疑惑先輩の背中へと。

 狙いは肩口辺りだ。完全に後ろを向いている相手では、躱しきれないはず―――

 

「……ッ!?

 くッ――― 」

 

 しかし―――ギリギリで察し、躱した。その場で半回転捻り/沈ませながら、軌道から逸らした。

 

 良い反射神経だ。……()()()()()()良すぎるほどに。

 短剣は、肩元を少し切っただけで、あさっての方向へと飛んでいった。

 

 

 疑惑先輩は戸惑いと、それ以上の怒気を押さえ込みながらも、はじめて真正面で相対してくれた。

 

「…………どういうつもり?」

「ただ、返そうとしただけですよ。

 それと―――()()()()()()

「? 

 なんの冗談……を――― 」

 

 僕がいまだに伸ばしている腕/剣印にしていた指先。目を凝らさなければ/剄を通わせなければ見えないように隠蔽していたけど、気づかれたらしい。指先から真っ直ぐ、自分の肩近くを通りその後ろまで伸びている、剄糸の存在を。

 けど、もう遅い。引き寄せるために剄を使った、その違和感でようやく気づいたのだから。

 明後日に投げ飛ばしたはずの短剣が、再び飛び戻ってくるのが―――

 

 短剣はグサリ―――と、ガラ空きの背中に突き刺さった。

 

 直後、体を仰け反らした銀髪美少女先輩は、苦悶の表情を浮かべ―――、破裂した。

 まるで風船のように、急速に/顔貌まで崩れるほど膨張するや……パチンッ!と、破裂音とともに一気に外見が変わった。

 

 

 

 露わになったのは、先ほどとは似てもにつかない容姿/肩までの黒髪の褐色肌、容貌に至っては中型の肉食獣を思わせる鋭利で静かな瞳。……変装していても、隠しきれなかった彼女の本当の部分。

 首から下げていた/小さなペンダント型の【変化身】の符呪が、ひとりでにボロボロと砕けていった。

 

 ソレをチラと見て、舌打ちしたさそうに眉間にシワを寄せるも、すぐ飲み込み/冷静に向かい直し、

 

 

「―――どうして、気づけたの?」

 

 

 変装前よりも低めの声質で、種明かしを要求してきた。

 それは、隣のメイシェンも同じだった。いきなりの異常行動からの異常な結果に、戸惑いを隠せないでいる。

 別段隠すことでもない。今後のためにも種明かしすることにした。

 

「本物のフェリ先輩とは、もう顔合わせしていた」

「ッ!?

 …………抜かったわ」

 

 その答えに初めて、おおきく舌打ちをこぼし……嘆息した。

 僕の方も、その『偶然』に舌を巻いていた。ソレが無かったら見破れなかったはず。少なくとも、こんな好条件の場所では。

 

(……もしかして、予見してたのか?)

 

 第一印象でしか無いものの、そう思わせる何かを感じさせる人だった。あるいは、彼女の兄/カリアンが見抜いて布石を打ったのかとも。……嘘先輩もおそらく、そう判断しているのだろう。

 嘘先輩は、強ばっていた肩の力も落とすと、

 

「……自己紹介は必要?」

「お願いします」

 

 間髪入れずの求めに、観念してかため息一つ、

 

「第3小隊所属の【サツキ=ハンター】よ。あなた達二人を小隊に勧誘に来たの。……あと、私のナイフを返してもらうため」

「『ハンター』?

 もしかして……、ナツキのお姉さん!?」

「あら? 覚えていてくれて嬉しいわ、メイシェン。

 見ない間に随分大きくなったわね、……色々と」

 

 メイシェンの『色々』を眺めて/我が身と比べてか、愚痴のように。……確かに、年上にしては小柄すぎる、全体的に。

 加えて、思い出せた、彼女の妹/ナツキとは一度会ったことがあると。そのおぼろげながら覚えている容姿容貌と比べてみると、確かに姉妹な共通点はあった。……ただ、目の前の彼女が『妹』だと言われた方が、すごく納得してしまうけど。

 

 知り合いということで、和やかな空気になりかけていた。持っていこうともされる気配に、釘を刺すことにした。

 

「『勧誘』ね……。ぬけぬけとよく言える。

 『拉致』の方が、合ってると思うが?」

 

 続いて『監禁』も加わるかもしれない。……最悪だと『抹殺』にも。

 現状の再確認に、女性陣から眉をひそめられるも、

 

「おおかた、案内した先に脱出不能な罠でも仕掛けてるんだろう? 俺たちの返事がどうであれ、もう居るよりもいない方が都合が良いから。ソレがこんな早々と、まだ街中で目論見も正体もバレてしまった……。

 あからさまな時間稼ぎしなくちゃならないぐらいには、予定外のことだったんだろ?」

 

 すぐに退散しなかったのは、挽回のチャンスを伺っているからだろう。失敗と受け止めて踏ん切れないだけか、問答無用ならどうにかできると驕ってる可能性もある……。どちらにしても、個人プレーじゃない、集団の/おそらく『第3小隊』の総意への忠誠心によるものだろう。

 踏み込みすぎれば、しっぺ返しを喰らってしまう……。手負いの獣のようなものだ。メイシェンに目配せで、じゃっかんの方針修正/できるだけ穏便に済ませると伝えた。

 

「―――俺たちが聞きたいのは、一つだけ。

 どうしてそこまでして、18小隊の結成を邪魔する?」

 

 すぐさま強硬手段に打って出た動機は、そのため以外だとは考え難い。僕らがまだ/有望視されているもひよっ子であること、すでに出会っていた偶然がなかったのなら、かなり成功率は高かったはず。……強引なれど無理じゃなかった。

 僕らからの疑念に、少し驚いたかのように目を丸くされた。図星だったからか、思ったよりも冷静であったからか。

 そして少し黙って考え込むと、観念したように教えてくれた。

 

「―――この都市、ツェルニ存続ため。あの男の都政への影響力を、弱めるためよ」

 

 当たり障りのない、半分は予想していた答え/大義名分だ。……何も教えていないのとほぼ変わらない。

 なので、もう少し突っ込んでみることにする、

 

「あのカリアンて色男は、随分嫌われてるんだな。……フラれた逆恨みかい?」

 

 煽り文句をぶつけてみると、かなり嫌な顔をされて、無視された。……安っぽい面食いだとは思われたくないらしいことは、わかった。

 

「今のツェルニで都市対抗戦なんて強行すれば、真っ先に犠牲になるのがスラム街、アナタの…私たちの故郷よ」

 

 強調してきた、自分も同じ想いなのだと、メイシェンの翻意を唆してくる。

 隣で微かに動揺をみせてしまっている相棒。マズい空気を変えるためにも、

 

「……対抗戦は【橋】の中だけでやるものだろう?」

「通常はね。でも、セルニウムの備蓄が足りないツェルニに、まともな【橋】を作れると思うの?」

 

 常識で冷まそうとするも、実に理屈の通った返答に黙らされた。

 改めて考えさせられると、カリアンの話には無理があった。いくら備蓄をすべて投入しての捨て身、だとしても、まともに【橋】を作れるとは考え難い。そもそも、そんな捨て身な背水の陣に誰が賛同するのか? 自分たちが助かるための備蓄まで供出させる絶対命令権を断行できるのか? できたとしても妥協が挟まり、『一部の犠牲』は仕方がないに落ち着くのでは?

 

 僕も帝都で、散々味遭わされてきたことだ―――。不快な過去、今思い出しても煮え滾るモノが沸いてくる。僕らを奪い殺し、今も死地へ急き立ててくる核燃料。

 共感してしまいそうになると、

 

「……第3小隊の方々は、犠牲の無い方策なんですか?」

「ええ、その通りよ」

 

 ハッキリと明言してきた。

 

「具体的には?」

「とても簡単なことよ」

 

 詳しいことを知りたいなら、招待を受けて……。あからさまな勧誘文句。

 迷わされたメイシェンが、目を合わせてきた、「どうする?」。……答えは決まっている、「ダメだ」。

 

 ハッキリしている致命的なことが、2点。

 まずは、こんな公衆の面前で言えない『秘密』であること。あるいは、当事者である彼女が口に出せば言質となり、第3小隊ならびに協力者達が不利になってしまうか。どちらにしても、誰もが両手をあげて賛同する正道では無いことは、確かだ。

 次に/最も致命的なことは、彼女の当初の目的は『拉致』だった。ソレが使えなくなったら次善策として、自発的な勧誘にすり変えた。僕らの賛意が得られないことを見越しての策略をした。……そんな外道をする相手は、9割がた信頼に値しない。

 知り合いだったのかもしれない。けどソレは、過去の話だ。メイシェンと目の前の女が抱いている考え方は、同じラベルは貼られてるものの、全くの別物になっている。

 

 そんな理屈を叩き込んでやろうと思ったけど……寸前、止めた。

 メイシェンと目合わせて、却下の意を伝えると、「了解」が確かに返ってきた。加えて、僕が繋げて出そうとした理屈を、すでに理解していた気配も。そのさらに奥に、彼女の迷いの核があると。……あえて言葉に/表に出すのは、あまりにも無神経な気がしてしまった。

 どうしたものか……。黙って考えていると、

 

「……どうしたの? ただ一緒に来てくれるだけでいいのよ。それで皆が助かる」

 

 しびれを切らしたのか、策略女の方から急かしてきた。

 微かに動かされた眉に、彼女の焦りが見える。コレ以上の策が無いことの証だろう。あるいは、かなり善人に見積もって、『本当の強硬手段』の発動をギリギリでせき止めている。

 もしもそうだったとしたら、いや微かでもその可能性があるのなら、無碍には断れない。……おそらくソレが、女主人様の考えでもあるのだろう。

 

 どうしたものか……。改めて考えさせられると、

 

「………………わかったわ。考える時間は必要よね。

 今日の夕暮れ時、今から5時間と3分ほどなら待てる。それまでに決断してちょうだいね―――」

 

 その時のために、ゲスト用の通行パスを渡しておくわ―――。肩を落としてのため息まじり、ポケットから取り出した二枚のカード/ちょうどバスで渡されたのと同じような規格のモノを差し出してきた。

 

(……ここが妥協点だろう)

 

 どうせ無視すればいいだけ、カードもすぐに捨ててしまえばいい。

 どうして諦めたのか? 不審なことではあるものの、コレ以上この膠着をどうすることもできないのは伺えた。とりあえずの最低目標が『迷いの楔を打ち込む』だとしたら、達成されてる。ソレが彼女の妥協点だったのだろう。

 

 メイシェンに目で確認すると、「コレでいいよ」と。

 主人が認めたのなら、もう何も言うことはない……。ただ、従者として最後まで警戒、彼女はその場に/カードは自分が受け取ろうと、近づいていった。

 

 しかし、そのカードを受け取る―――寸前、女の口の端が僅かに上がったのが見えた。まるで、ようやく獲物が罠にかかったのを悦ぶかのように―――

 

(ヤバい―――)

 

 嵌められた!? 

 その直感が寸前、手を止めてくれた。

 けど……、全身を退かせるまでにはいかなかった。

 僕が居ついてしまっている間、女は差し出していたカードを表返し、見せてきた。

 

 そこに描かれていた墨絵は、通行パスではありえないものだった―――

 念威を宿せる特殊な文字列/文様、鍵穴を象ったかのような外枠に、中心には6本指の手のような何か。……ソレらが示す具体的な意味は分からずとも、似たようなモノは何度も見せられてきた。

 

 【魔界転身】の符呪―――。札を見た相手を、強制的に夢幻空間に引きずり込む。

 あらゆる符呪にも言えるけど、奏者が念威を込める/発動条件を満たさなければ、ただの不気味な絵柄の札だ。これだけ強制力がある符呪なら、奏者が直々に使うのがセオリー。だけど、力量があるのならその限りじゃない。武者である目の前の女であっても、使うことができる。……ただし、彼女も同じく対象だ。

 

 符呪が発動―――。札から念威特有の幽明な光が溢れると、中心に描かれていた悪魔の手が、大きく大きく具現化した。ただの文様のはずなのに、まるで生きてるかのように軋む/蠢く。

 一度発動されたら、逃れることはできない……。この手は僕の/対象者の視界にだけ、意識の上にだけ刻まれた呪い。対象者以外には見えないし触れられない。対象者を夢幻に引きずり込むまで、どこまでも追いかけてくる、逃げれば逃げるだけ強く/凶悪にもなる。

 ただ、引きずり込むだけだ。他に害を及ぼすことはなく、ソレで呪いは達成される/消える。……されるがままにした方が無難だ。

 

 ため息一つ/諦めて、メイシェンへと振り返ると伝えた、「すぐ戻るから心配するな」。

 自分の身の安全を最優先に―――。間違っても、僕を助けるなどはしないように、ソレがお互いのためにもなるから。

 ……そんな言葉の全ては、さすがに伝わらなかっただろう。けど、ニュアンスは読み取ってくれたはずだ。……そう信じるしかない。

 切り替えて/覚悟を決めると、悪魔の誘い手を受け入れる―――

 

 

 

考えることは、同じですね―――

 

 

 

 どこかからか響いてくる、無機質な少女の声が、遮らなかったのなら。

 

 今にも飲み込まんとするほど、すぐ目と鼻の先で悪魔の爪指が覆い尽くしている。あと数秒にも満たない僅かで鷲掴まれ、夢幻に/用意された檻に引きずり込まれるも……、そこでピタリと静止していた。

 まるで、凍りついてしまったかのように。()()()()()()かのように―――

 

 気づけた直後、視界に映る全てに薄青色のフィルターがかかっていた。先まで地上にいたはずなのに、急に水中となったかのように。……あるいは、死後の世界か。

 いったい何が起きたのか? ……脳みそが答えを弾き出す前に、また別の女性の声音が響き渡った。

 

 

『―――アナタ方がやろうとしているのは、緩やかな集団自殺だ。誇りのない人生など、屍と変わらない!』

 

 

 先ほどの無機質な囁きとは打って変わって、凛々しげな宣言。

 声のした方向に振り向くと、その何も無いはずの空間が歪んでいた。歪みは渦となり、巻きつづけるとその捻じれから、幽明な青白い輝きが溢れ出てくる。光は瞬く間に大きく大きくなり、渦すべてを染色してしまうと―――

 そこには、金髪の女武者が現れた。

 

 その宣言と同じように凛々しく、堂々とした立ち振る舞い。軽武装かつ胸のふくらみが見えなかったら、美男子とも映ったかもしれない。

 中でも目を惹かれてしまうのは、その眼光の力強さだ。太陽でも詰め込まれているかのように、自身だけでなく視えるすべてを輝かそうとしている。ソレは彼女が纏う剄にも反映されていて、白金色に近い色合いに輝いている。

 

 たてつづけの乱入者に動揺が臨界まで達しようとする。表にまで溢れ出そうになる寸前、幸運にも閃いた。思い至れた。

 夢幻【無下間】―――。コンマ数秒以下の時間の狭間をこじ開けて作る夢幻空間。周囲のあらゆる光景が、まるで凍りついてしまったかのように見えるのが特徴だ。……まさに目の前のように。

 ただ、凍りついているのは自分たちも同じだ。自由に動き回れてるのは意識だけで、本当の体はキチンとそこに止まったまま、見えなく錯覚させているだけだ。……なので、視える光景には何も干渉できない。

 

 策略女の罠にはまる寸前/まさに刹那、別の夢幻にかっさらわれた。

 どうやって? ……不可解すぎるタイミングの良さへの疑念が沸いてくると、先ほどの女武者が自己紹介してきた。

 

「出迎えが遅くなって済まない。私は、18小隊隊長代理のニーナ=アントークだ」

「ッ!?」

 

 ……『アントーク』だと!?

 ココで聞くとは思わなかった、まさかの家名。ただ同じ名だったと思いたい、あまりにもありえない偶然なのだから。

 しかし……、相対してくる彼女の風貌には、そう思わせてくるモノがある。かつて死闘を繰り広げた『彼』とダブって見えてしまう。

 そんな動揺はおくびにも出さず……とはいかなかったけど、相手に不審がられるほどあからさまではなかったはず。ただ黙って、今は様子を伺う/セオリーにのっとる。

 

「彼らは既に、18小隊の小隊員だ。多重在籍は都市法でも認められていない。残念だが、お引き取り願おう」

「……ソレが、あなた達のやり方?」

「そうだ。……お互いにな」

 

 共感は示しながらも一歩も退かず。断れば戦うだけと、そして自分たちが必ず勝利すると、優位さを押し付けてきた。

 ソレはサツキも十分に理解しているだろう。それでもメンツゆえにか、焦りでも怒りでもなく平静に最後まで計算して……、諦めた。

 

「……いいわ、今は退いてあげる」

 

 ナイフも返してもらったし……。背中に刺したはずの短剣/変装が破れたと同時に弾かれ落ちて、今は元の持ち主の手の中で転がされている。

 そのナイフを携帯用の圧縮型に/盗んだ僕ではできなかった形態変化をさせると、腰の剣帯へ実に滑らかな動作で収めた。そして、髪を後ろに跳ね上げる動作とともに―――チリぃン、小さな鈴の音色を響かせた。イヤリングに偽装/付属された何かを。

 

 その残響が薄れて消えた……直後、ヒト一人おさめられるほどの巨大な【転移門(ワープポータル)】が、彼女の背後に出現した。

 ほぼ同時、彼女もトンッとバックステップして、ポータルへと飛び込んだ。彼女を受け止め包み込む―――

 

「それじゃ二人共、また近いうちに―――」

 

 【夢幻渡り】___。おそらく仲間の奏者が開いたポータルから、安全圏へと退避してしまった。

 

 

 

 【無下間】の弱点___。敵を強制的にも引きずり込めるけど、簡単に抜け出せてもしまえる。領域半径は10メートルあるか無いか、その外壁を抜ければすぐ脱出できる。敵が奏者だったら、わざわざ夢幻渡りのチャンス/逃げ道を与えることにも。また、相手がいないと/自分ひとりでは展開できない。ので、相手が拒絶したらすぐに崩壊しはじめる。……今回の場合は、彼女一人が抜けても自壊したりはしない。

 ただし一つ長所。夢幻は重ねがけできるも、無下間の重ねがけはほぼ不可能。ゆえに、先取りされたらまず展開できない。味方や敵を一瞬にして自分の領域に引きずり込める、敵性夢幻への対抗策としてよく使われる。

 なので―――

 

「―――『助けてもらった』てことになります?」

 

 無下間を展開してくれたおかげで、敵性夢幻に引きずり込もうとする悪魔の手も、目の前で凍りついてしまっている。……もちろん、まだ解呪されたわけじゃない。のでこの無下間から出れば、あの手は再び/すぐ引きずり込もうとする。

 

「そうしたかったが……、どうやら自力で対処できたようだな。

 恩着せがましくみえてしまったのなら、謝ろう」

 

 そう言うや言葉通り、頭を下げてきた。

 

 ……生真面目な人だ。

 当然演技なのかもしれない。けど、素でやっているようにも見えてしまう。……潔癖そうな佇まいが、そう思わせるのか?

 少なくとも誠実な振る舞い。なら、コチラもそう返すのが礼儀だろう。 

 

「罠にかかったのは事実ですよ。助けてくれなかったら、相手の陣地に引きずり込まれてた。……彼女の護衛としては、あまり褒められたことじゃなかった」

 

 状況の二転三転に困惑しているメイシェンへ、軽く謝罪。……護衛は自分一人、まだ自分たちの安全圏を作っていない現状で、彼女を独りにするのは危険極まりない下策だった。

 すでに戦況は、僕一人の手に負える段階を越えていた。援軍を求めるか、逃げ腰でいつづけるかを選ばなかったのは、僕の驕りによるミスだった。そもそもあの時/カリアンに、護衛を求めるのが最良だった。……自戒しないと。

 

「確か…フェリ先輩ですよね。この無下間を展開してる奏者は。

 姿が見えないようですが、まさか……遠隔で展開してるんですか?」

「ああ、お前たちに渡した18小隊の通行パスを通して、間接展開してる」

 

 指摘されてはじめて、ポケットに収めていたカードに意識を向けると……確かに、念威の波動があった。微弱になるよう隠蔽されてるも、発動している/触れるほど近くにある以上は隠しようがない。……メイシェンのカードにも、何かしら施されていたようだった。

 

(いつの間に……)

 

 おそらく最初からだろう。さらに加えれば、僕と偶然を装って出会った時に、すぐに起動できるようスイッチを押したか。あるいはそもそも、どのカードにもこういった裏機能が仕込まれてたのかもしれない。

 思わずも、胸の内でため息がこぼれた。……彼らの本気度を、過小評価しすぎてた。

 

「ほ、本当に……そんなことを?」

「現に展開され、私もココに飛ぶことができた」

 

 信じがたいことだがな……。最後にこぼした苦笑交じりに、違和感がでてきた、二人は仲間なのでは? 

 我関せず/黙したままのフェリ先輩。ソレらで推察、二人の仲は思っていたよりも親密ではない? 『仕事の同僚』に近い冷めた関係か? ……何かしらの溝があるのは間違いない。

 

「……このまま18小隊の【部室】まで招待してくれる、てことでいいですか?」

「その方が早いだろう? その『手』についても、コチラで処理できる」

 

 凍りついてる呪いの手。執行者にして同じ対象者のサツキが消えたことから、奏者の仲間に解呪させるつもりだろう。すでに無下間に囚われてしまった手は、自分の身を危うくする『逆呪い』になってしまう。フェリ先輩ならソレを端緒に、個人情報を搾り取ってしまうことだろう。

 ただし、『できる』のであって『やる』わけじゃない。僕らが彼女の指示に従う限りおいては、だ。……僕らにはもう、選ぶ自由がない。

 

「俺たちの意思は無視で?」

「……ソレについては、申し訳ないと思っている」

 

 言葉だけの謝罪……とまで冷淡ではなかった。聞く耳は残してくれてる。

 感謝すべきなのか、上から目線だと腹立つか……。彼女はいわば中間管理職だ。なら、悪いのは上司の方針だろう。

 沸いてくるモノは一旦棚上げに、別の疑念を解くことにした。

 

「はじめからやらなかった理由は?」

「少しでもこの街の空気を味わって欲しかった。落ち着いて考える時間も」

 

 ……大人の判断だ。良心と職務を少しでも一致させようとの努力の結果。外見通りの人物だった。

 

 今はもう聞きたいことはないので、一応メイシェンにも振ってみた。……彼女も、今はこれだけで良いと頷き返した。

 僕らの無言に、「了承」を読み取ったのだろう。女武者/ニーナ先輩は、空を見上げながら、もう一人の先輩に指示を出した。

 

「フェリ、このまま全員を【夢幻渡り】してくれ」

『了解です―――』

 

 簡潔なその言葉の直後、視界がグニャリと歪み始めた。

 さらに捻れねじれていくと、できた渦の境目から大小さまざまな【夢幻蝶】が溢れ出てきた。歪みきった視界を、幽明な鱗粉で満たしていく。

 それらが視界すべてを覆い満たすと、白い輝きがすべてを染め上げ/占領していき―――

 

 ―――

 ……

 

 。

 

 

 ___再び視界がクリアになると、そこには……全く別の光景が映っていた。

 

 

 

「―――ようこそ、我らが18小隊の【部室】へ」

 

 

 

 といっても、まだ再現した夢幻空間だが……。夢幻渡りした先なのだから、夢幻なのだろう。ただし、さきほどの無下間とは違う夢幻の中、肌を泡立てくるような違和感/夢幻特有の不快感は微弱になっている。……時間の流れも、現実時間どおりのモノだろう。

 

 サッと辺りを見渡してみた。

 広さは半径5メートルぐらいの立方体内、一般的よりも小さめな道場に近い。地面は強化コンクリート製で、壁も天井も同じだろう。天井付近の壁には幾つかの通風孔、天井には一体型のエアコンと警報装置類に、監視カメラが2台隅に設置されている。

 壁の一面だけはほぼ全面のガラス張りで、外の様子がコチラからも見えるはずだけど、今は曇り過ぎていて見えない。……そういう機能が元々備わっているのか、夢幻の設定としてかはわからない。

 そして、何より気になるのは、目の前の彼女以外の小隊員ならびに部員が見当たらないことだ。……ここに連れてきたフェリ先輩すら見当たらない。

 

「そして、早速で悪いが……、お前たちを試させてもらうぞ」

 

 好みの武器を選べ―――。そう宣言するや、ニーナが向けた手の方向の壁に、無数の極小さな/青白い半透明のポリゴンじみた立方体が何もない空間から溢れ出した。高さ胸ほど/横は背丈ほどの長方体になるまで占領するや、今度は中心から消え始める。と同時に、色合いと質量をもった棚のような何かが出現してくる。

 そして、すべての立方体が消えるとそこには……、多種様々な武装錬金鋼(ダイトアームズ)が立てかけられてる武器棚が、露わになった。

 

 いきなりの宣言と見せられたソレら、導き出される意図に、思わずも眉をひそめた。

 

「…………どういうつもりです?」

「言った通りだ。監督が推薦しただけの実力があるのか、私自身で試す」

 

 カリアンは認めても、彼女はまだ認めていない……。本心は渋っているのかは、憮然としているだけの彼女から見えてはこない。

 

「俺たちはもう小隊員なんですよね?」

「そうだ。だが、隊員としてどう扱うかは、私に一任されてる」

 

 評価が悪ければ、待遇も悪くなる……。背任にならない職務ギリギリ、上司からのイジメ黙認な職場。

 ため息は出ない、むしろ変に気を使わなくていい安心感がある、規律よりも実力と実績を重視してくれるとも言える。実に馴染み深い空気だ。

 ただ一つ、

 

「……断ったとしても、ココから出してはくれない?」

「察しがよくて助かる」

 

 ちなみに、彼女も同じくだ……。急に名指しされてか、ビクリと強張った。さすがの彼女も、緊張しているのだろう、人質になったようなものだから。

 ソレは少し過小評価しすぎだと、

 

「……わ、私が手を出してもかまわない、てことですよね?」

「もちろんだ。―――できるのならな」

 

 フェリ相手に、どこまで張り合えるか……。確実に格上の相手。加えて、その相手が先に展開した夢幻の中での戦い。

 試験にしては、あまりにも不利な状況だ……。仕掛けた彼女たちが勝てるように仕組んでる、少しばかり大人げないほどに。ただの新入生いびりなのかとも、勘ぐってしまう。

 

 本当の狙いは何だ? ……考えるも答えは出ない。分からなくても、戦いは強制される、心理的な負荷までかけられてる。

 でも、やるしかない―――。ココは戦場、ならば迷いは棚上げ/切り捨てて、迫り来る危機の排除に神経を注ぐ。

 そっと契約紋に力を流すと、ニーナには聞こえない(…はず)念話をメイシェンへ、

 

(どこまでなら抵抗できる?)

(!?

 …………たぶん、5秒ほどなら。心身に干渉はされないよう保護できる、ぐらいですけど)

 

 それも初発に限り、次からは保証できない……。申し訳なさそうに、と思ったけど少し外れた。悔しそうな色合いを、抑えきれずにか滲ませていた。……競争や闘争心とは無縁と思っていたけど、奥底の真相はそうではなかったらしい。

 控えめすぎる評価とは思う。けど、未だ姿も捉えられない格上、底が見え無さ過ぎる力量差。そこまで萎縮させられてるのは、事実だろう。彼女自身の守りすら、危ういのだから。

 ソレで十分だ……とは、さすがに言い切れない。目の前のニーナの実力とて不明な現状だ、フェリとのコンビネーションまで考えたら、瞬殺される最悪すら浮かんでくる。けど/だからこそ、無いよりははるかにマシだ。

 

(パスはこのまま繋げておく。その『5秒』の使い時は、俺の判断に従ってもらう)

(……わかりました)

 

 彼女には戦局の見極めができない、とは言わない、むしろ優れてるほどだ。コチラの指示など必要なく、最適な機会を見抜いて確実に援護を送ってくれるはず。

 けど、5秒だ。そして、これからやる戦いの形式は、決闘だ。戦術眼よりも戦闘技能、前線でぶつかる僕が判断する方が無難だ。……そんな諸々を理解してくれてるのが、彼女の了承から受け取れた。

 

 緊急作戦会議終了。ニーナに気取られてしまう前に、

 

「俺たちの方がかなり、不利な気がするんですが?」

 

 自然な不満をぶつけて逸らすと、

 

「……当然だろ。

 知らされた資料通りなら、お前は私よりも()()()()()()だ」

 

 『試す』とは言ったが、『公平に』とは言っていない……。胸を借りる気で、全力でぶつかる!

 

 ……驚いた、自分からそんなことをバラしてしまうとは。

 そして、繋がった、この不利な状況を作った意図も。気合と恐れと緊張が入り混じった、戦意に満ちみちたその眼光には、ハッタリも冗談も読み取れない。

 さらに繋がる、彼女はやはり第一印象通りの人間なのだと。ただ『弱い』ことで、その高潔さを捨てることをしない人物だとも。―――かつて戦った人物とも、重なって見えてしまうほど。

 その時の僕は、今の彼女のようには振舞っていなかった……とも。

 

 

「……勝負の方法は?」

「【剣舞】だ。序曲は【天秤の1番】での重ね打ち、その後は乱取りでいい」

 

 フェリが奏で上げたこの『戦舞台』が、祓われるまでだ―――。

 

 夢幻の別名=戦舞台、虚獣の力を人の手によって=念威をもって奏でられた異空間。その猛き荒ぶる想いを身に宿し舞い、和魂へと昇華する。虚獣と人との調和をもたらす者。それが武剄者ならぬ()剄者の本来の姿。

 今では古風過ぎて、誰もまともに考えてすらいないだろう理念。剄の現実的な武力/暴力にしか目がいっていない。どうやって魔獣たちを滅ぼすか、どうやったら夢幻空間からもっと富を奪取できるか? それしか考えない。恥ずかしながら僕も、その一人だ。……僕の人生は、ほぼソレしかない。

 なので当然、

 

「……すいません。俺、ほとんど剣舞できません」

「なに!?

 ……基本の一番もか?」

「はい……。できるのは、【雄羊】と【魔蠍】の一番だけです」

 

 舞曲の知識は12曲とそれぞれの4部曲、すべて知ってはいる。けど、形だけだ、まともに誰かと型稽古したこともない/時々の剄の流し方もわからない。なにより必要もなかった。まして剣舞ともなれば、最終的に勝敗を決するその二曲以外できなかった。……なかでも【天秤】は、一番苦手だ。

 素直に白状すると、少しばかり訝しがれるも、信じてくれた。

 

「……まぁ、仕方がない。剣舞は止めにしようか。

 ただの乱取り。どちらかが戦闘不能になるか、私が『それまで』と思うかまでだ」

 

 彼女を納得させるまでか……。あくまで『試験』、試される僕らに決定権は無い。わざと/さっさと負けたりしたら、今後の待遇は極めて悪くなるだろう。

 僕はそれでも構わない。この都市の生死は最優先事項じゃない。でも、メイシェンはそうはいかないだろう。彼女との縁は、まだ切るべきじゃない。

 

「……一つだけ、約束してください」

「なんだ?」

「彼女への攻撃はしないで欲しい」

 

 あくまで乱取り/決闘形式というのなら、前衛の武剄者同士の競い合いだけでいい。武剄者が負けたら実質敗北は決まる。……一部の例外を除いて。

 僕かニーナのどちらかが倒れたら終了。矢面に立つのは僕だけだが、ペアとしての試験は十分達成できる。……同時に、僕の方はフェリ先輩を狙うかもしれない、とは含ませておいた。

 そんな従者の鏡ブリと小賢しい悪知恵。どちらも読み取られてしまったかは分からない。けど、一瞬のキョトンからの走り抜けた苦味に耐える顔つき。『意外だった』とは伺えた、他にも何かありそうだけど、残念ながら見極められず。

 

「……お前次第だ。

 あまりにも手を抜くようだったら、そういう戦術も考慮に入れる」

 

 脅しつけてくるも、8割方やらないだろうことは分かった。僕もまた手を抜かないと、読み取ったがゆえに。……信頼に応えないわけには、いかなくなった。

 

 もう説明は終わりと、決闘の準備にとりかかる。まだ戸惑いを払いきれていないメイシェンにも、無言ながら覚悟を決めてもらうように。

 深呼吸一つ……。僕も迷いを/ためらいを捨てる。

 ココなら/フェリ先輩ほどの奏者がつくる夢幻空間なら、かつあの食えない色男カリアンの指示ならば、個人情報を一部晒しても大丈夫だ。秘匿されるだろうし、明かすことで少しは関係性向上にもつながるはず。例え最終的には敵対しようとも、今は必要だ。

 腰の剣帯に収め続けていた、自分専用のダイト。ココまでずっと温存してきたけど、今は使い時だ。

 

「……どうした? 

 まさか、素手でやるつもりじゃないだろうな?」

「ソレも少しだけ考えましたが……、さすがに止めました。

 ココに並んでるのを使わないだけです。自前のモノがあるので―――」

 

 サッと慣れた手つきで抜き出すや、握り締めるとほぼ同時に剄をソコに流し、

 

 

武装展開(レストレーション)―――」

 

 

 簡易起動鍵語を発した。

 その言葉と僕の剄に反応し、手の中のダイトが煌き/膨らみ、形状を変えていった。そして質量も、ズッシリとした/よく手腕に馴染んだ重みがかかる―――

 

 わずか二秒弱。手の中には、ひと振りの刀ができあがっていた。

 

 愛刀【征雷】___。養い親より譲り受けた武器。鋒に向かってなめらかに反っていく黒鉄鋼の細身の刃/カタナ。

 この独特な形状、特に他の武器に比べて強度が無いゆえ、使い手の技量/独特な体捌きを要求してくるキワモノだ。武芸が盛んな/実戦力を重要視している帝都では、体術・短剣・槍が主流、カタナを好んで使う流派は皆無だった……。ゆえに必然、片隅にて廃れていく運命だった。

 しかし、僕が天剣として虚獣・【卍蜃】を討ち取った出来事から、日の目を見ることができた。満身創痍の無我夢中、かの絶死の大雷撃を切り払えたことで、武剄者たちはこぞってその『技』を習得しようと流行した。無銘だったこのカタナにも、【征雷】という泊がついた。

 ……だからと言って、武器そのものに神通力があるわけじゃない。ただの何の変哲もない軽量の武器/刃だ、もっと他に使い勝手も性能も良い武器はある。ここぞの窮地の/今のような、験担ぎのようなものだ。

 

「―――なるほど、確かに資料通りの武器だな」

 

 珍しい武器を見せられての、淡白な反応。どういうことか納得までしている。……嫌な想像がまた当たってしまった。

 

(コレまで調べあげてたのか……)

 

 本当の自分によく似すぎた名前を聞かされた時、まさかとは思ったけど、確信があったらしい。

 どうやって調べたのか……。ものすごく気になるも、今は目の前に集中だ。

 ニーナも、太ももの剣帯から両手に一つずつダイトを抜き出すや、

 

「レストレーション・01―――」

 

 起動鍵語とともに、両手のダイトが形質変化する―――

 

 変化の先、現れたのは―――、無骨な黒鉄鞭/【打狗鞭】だった。

 

 【打狗鞭】___。都市警察が愛用している武装錬金鋼。重量感ある黒鉄鋼の棒ながら、しなり撓む打撃武器。頑丈さと使い勝手の良さ、我が身と背後の人間たちを守るのに適している武器だ。

 彼女の手の中にあるのは、一般基準のモノとはちがったものだった。環状の膨らみが幾つも波打ってる、ではなく、鍔元から突端までグルグルと螺旋状の渦巻きが盛り上がっている。そしてその溝には、黒鋼と似てるが違う赤味のある黒、別の金属/おそらく赤銅鋼が使われているのが見て取れた。

 

(何か仕掛けがあるのか……)

 

 頑丈さが売りの鉄鞭は、強度が最も高い黒鉄鋼で作るのが主流。軽量化や撓み具合/修復力/剄の伝導性などなどの調整のため他の金属を混ぜることはある。けど、基本は黒鉄鋼だけで作る/見た目もそうなる。……その簡単な作り故にも、広く普及している。

 念頭に警戒を置いておくと、

 

「準備はいいか?」

 

 私はできてる―――。全身と二つの鉄鞭に循環し煌めいている剄が、言葉よりも如実に語っている。もういつでも、爆発できると。

 高すぎる戦意にいささか違和感を覚えるも、やるしかない。勝つことよりも認められること。下手な時間稼ぎなどしたら、逆効果になってしまうだろう。……相手のペースに乗るしかない。

 

 胸の内でため息をつくと、軽く目を閉じ心を整え……切り替えた。

 征雷をソッと中段の構えに据えると、ボゥッ―――と一気に、剄を全身に燃え広がせた。体は軽やか/手足は力漲り、五感も冴え渡っていく。

 ソレを征雷にも注ぎ込むと、まるで一心同体になったような融合感。軽く酔いそうになる/いつもの感覚/冷え冷えとしているのに心地よくもある懐かしさ。そのフィードバックに馴染んでくると―――、心と身体が何かの臨界を超えるまで研ぎ澄まされたのがわかった。

 

 

 俺もいつでもいい―――。言葉にせずの眼光だけ/剣気で伝えた。

 差し向けられたニーナはゾクリと、少し表情をこわばらせるも……ニヤリ。まるで肉食獣のような獰猛な笑みを返してくると、

 

「ならば……、本気で行くぞ――― 」

 

 吼えるような掛け声とともに、戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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